運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛を軽減させる-安静時脳波解析による検証-

PRESS RELEASE 2017.1.24

脊髄を損傷すると神経障害性疼痛が生じることがあります.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は高い確率で出現し,心理的な苦痛や生活の質の低下を引き起こします.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の佐藤剛介らは,有酸素運動(車椅子駆動)により脊髄損傷後の神経障害性疼痛の緩和や負の気分状態が改善し,運動野周囲のα帯域の活性を変化させることを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Rehabilitation Medicine誌(Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury)に掲載されています.

研究概要

脊髄損傷後には運動麻痺・知覚麻痺・自律神経障害が生じ,神経障害性疼痛を始めとした様々な二次的障害を引き起こします.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は様々な健康指標を低下させ,治療が難しいことが知られています.この脊髄損傷後の神経障害疼痛は,脊髄が損傷することにより脳と手足の神経を中継する視床と呼ばれる部位の機能異常を引き起こすことが原因の一つと考えられています.この視床の機能異常は脳波を測定した際にα波の変化で表され,具体的にはα波のピークを示す周波数であるPeak alpha frequency(PAF)が低下します.こうした脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対して,有酸素運動を行うことで痛みを緩和させることが報告されており,有酸素運動による鎮痛効果は新たな視点として注目されています.さらに,健常者の実験では有酸素運動により負の気分状態が改善することやPAFが増加することが明らかにされています.しかし,これまで脊髄損傷の患者において運動による鎮痛効果と安静時脳波活動(PAFの変化)との関係は明らかにされていませんでした.
今回,研究グループでは脊髄損傷の患者さんが日常生活で使用する車椅子を駆動する運動を行うことでPAFを増加させ,神経障害性疼痛と負の気分状態への効果を検証しました.主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動の結果,足や背中の神経障害性疼痛の主観的疼痛強度の減少と負の気分状態が改善し,中心領域(運動野に相当する領域周囲)におけるPAFの増加が認められました.この研究成果は,有酸素運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛や負の気分状態に対して有効であるとともに,脳波測定のような神経生理学的指標を用いて運動により視床の機能異常が一時的に軽減することを明らかにしたことになります

本研究のポイント

 15分間の車椅子駆動(有酸素運動)により実際に動かしている手ではなく,動かしていない足や背中の神経障害疼痛が緩和した
 有酸素運動により負の気分状態が改善した
 車椅子駆動によってα帯域の活動が変化(視床の機能異常が一時的に軽減)することを明らかにした

研究内容

神経障害性疼痛の主観的疼痛強度および気分の状態と安静時脳波活動を測定し,15分間の車椅子駆動が神経障害性疼痛の強度・気分の状態と安静時脳波活動を変化させるかについて検証しました.

車椅子駆動は自転車競技用のローラー上で「15分間駆動を維持できる最大速度」で行いました.

主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動で有意な疼痛強度の減少が認められました(図1).脊髄損傷群・コントロール群ともに負の気分状態が改善しました.

NRS

図1:車椅子駆動後に疼痛強度が減少したことを示しています.駆動前と比較して駆動15分経過時点において有意な減少が認められ,駆動終了後10分経過時点においても疼痛強度が減少している状態が持続しました.

†: フリードマンテスト ‡: ウィルコクソンの符号順位検定 **: p<0.01

 

脳波の解析はPeak alpha frequencyをgravity methodを用いて算出しました.図2は車椅子駆動前の安静脳波活動を示しており,脊髄損傷群でPAFが低下していることが表されています.車椅子駆動後には,脊髄損傷群の中心領域(運動野に相当する領域周囲)でPAFの増加が認められました(図3).
研究グループは,車椅子駆動に伴い疼痛強度の減少とともにPAFが増加したことは,脊髄損傷後の神経障害性疼痛の病態の一つである視床の機能異常を一時的に軽減させたことを反映していると考察しています.

Power

図2青線がコントロール群赤線が脊髄損傷群を示しています.ベル型になっている部分はα帯域に相当し,コントロール群のピーク(青矢印)と比較して脊髄損傷群のピーク(赤矢印)が左側へ偏位しており,PAFが低下していることを表しています.

Power_group

図3:グラフは車椅子駆動前後でのPAFの変化を表しています.脊髄損傷群の中心領域(運動野周辺領域)では,車椅子駆動後にPAFが有意に増加することを示しています.

Pre-WP: 車椅子駆動前,WP15: 車椅子駆動15分経過時点,Post-WP10:車椅子駆動終了後10分経過時点

†: フリードマンテスト,‡: ウィルコクソンの符号順位検定,*: p<0.05

本研究の意義および今後の展開

研究成果は,神経障害性疼痛を有する脊髄損傷の患者さんが疼痛や負の気分状態を緩和するための一つの手段として有酸素運動の有効性を示したものであり,日常生活の活動性を高める重要性を説明したものになります.一方で身体機能や体力が低下している場合には十分な運動を行えない場合もあり,運動による鎮痛効果を促進するためにニューロモジュレーションテクニックとの併用など適用範囲を拡大していくことが期待されます..

論文情報

Sato G, Osumi M, Morioka S. Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury. J Rehabil Med. 2017 Jan 18..

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 佐藤 剛介(サトウ ゴウスケ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: gpamjl@live.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp