畿央大学の教育・研究・キャンパスライフをリアルタイム配信!

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被災地支援の活動

2013年3月25日(月)

こんにちは。教育学部現代教育学科3回生、古川ゼミの玉木佑果です。
3月8日(金)から12日(火)まで、宮城県の気仙沼へ行ってきました。
今回で三度目の訪問となりました。(一度目2012年2月、二度目2012年8月)

古川ゼミ (1)

 

 

<今回気仙沼へ行った目的>
①小学校・高等学校・特別支援学校の先生方の話を聞くこと
②お母さん方の話を聞くこと
③震災から2年目の3月11日を肌で感じること

 

学校には、ご自身が被災者である先生もたくさんいらっしゃいます。
家が津波で流されたり、ご家族を亡くされたり、勤務していた学校が被害にあったりと、非常に辛い経験をしながらも毎日がんばっておられます。
今年は極寒だったこともあり、運動場が使えない、体育館も使えないことで、子どもたちはストレスが溜まり、苦しい状況だそうです。

 

2013年3月11日14時46分

宮城県気仙沼向洋高等学校 仮設校舎の職員室で先生方と一緒に黙祷させていただきました。

 

下記は、11日の午前中、私に授業を見学させてくださった先生から、夜にいただいたメールです。
「2年前の今、学校から3㌔内陸の中学校に避難し、真っ暗で寒い中、大勢の生徒たちといました。情報もあまりなく、信じられないことが、起こったらしいしか分からず、長い夜を過ごしました…。大きい余震が頻繁で、とにかく寒く、トイレも大変でした…。今夜もあの日みたいに、寒いですね。」

 

気仙沼へ行くと、毎回感じること、思うことがたくさんあります。
テレビでは決して伝わらないことばかりです。

 

古川先生と一緒に行動することで、分かったことがあります。
支援は信頼関係がない上では成立しないということ。
信頼関係を築くためには、継続的に足を運ぶことが必要なのだということを学びました(先生は毎月訪問しています)。
私も、気仙沼で出会い、話をしてくださった先生方や子どもたち、地域の人々に会いに、必ずまた行きたいと思います。

 

▼気仙沼復興商店街 南町紫市場 「揚げたてコロッケ屋」さんの中で。
緊急派遣カウンセラーの国重先生、気仙沼市内の高等学校の養護教諭の先生、古川先生、私。

 

古川ゼミ (2)

 

是非一度、皆さんも気仙沼へ足を運んでみてほしいです。

 

▼気仙沼の有志が行っている追悼イベント「3月11日からのヒカリ2013」

古川ゼミ (3)

 

光の柱には、震災の記憶を刻んでいく「いしぶみ」になってほしいという思い、未来を照らす光になってほしいという思いも込められています。

 

現代教育学科3回生
被災地支援サークル「HOPEFUL」
玉木 佑果

 

【関連ブログ】
▼被災地支援~教育学部生有志が、宮城県南気仙沼小学校へボランティアに!
http://www.kio.ac.jp/information/2012/04/post-492.html

2013年3月25日(月)

こんにちは。
学生広報スタッフ&HOPEFULメンバーの、きーさんです!

 

3月10日(日)、神戸市中央区のコミスタこうべ(神戸市生涯学習支援センター)で東北支援の健康チャリティーイベント「BTB 命は宝」が開催されました。畿央大学被災地支援サークル「HOPEFUL」の有志4名(尾西、喜島、境、山野)でイベント運営のボランティアに参加。今回はこの様子について書きたいと思います☆

 

このイベントにボランティア参加するきっかけは昨年9月。HOPEFULメンバー3名で宮城県石巻市へ漁業支援ボランティアに行った時(学生広報スタッフblog vol.3746参照)、たまたま同じボランティアに来ていたチームBTB(Beyond the Border)代表の森西美香さんと知り合いイベントを紹介してもらいました。

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 (昨年9月 写真左)真ん中が森西さん。宮城県石巻市にて (今年3月 写真右)神戸で再会!素敵な一期一会☆

 

イベントは、フィットネスやスポーツを通して健康を作ったり、子供向けのブースではスライム作りをしたりするもので、収益は東北の支援に充てられます。
HOPEFULメンバーはそれぞれ別々の配属となったのですが、自分は子どもフットサル教室を担当しました。準備運動で鬼ごっこをしたり、ボールを使って簡単な遊びをし、最後は小学校の学年別チームで試合をします。時折雨もぱらつく肌寒い日でしたが、子ども達は元気に走り回っていました。

 

▼フットサル教室                               ▼試合の様子

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▼兵庫県のマスコット「はばタン」登場!子ども大喜び♪

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あいにくの天候でしたが来場者も多く、皆さん身体を動かして健康的にチャリティーに参加されていました。
きーさんも、子どもらと触れ合いながら一緒にフットサルの試合に参加したりして、楽しく活動する事が出来ました。関西と東北は距離的には離れていますが、イベントに携わった大勢の人々の思いはきっと現地へ届く事と思います。

 

▼体育館の様子。午後2時46分にはここで黙祷も捧げました。

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▼HOPEFUL有志4名!

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2013年3月25日(月)

学生広報スタッフとして初投稿、健康栄養学科2回生の稲垣美穂です。 

東日本大震災から満2年を迎えた3月11日(月)。
私はバスを乗り継ぎ、18時間かけて被災地宮城県南三陸の地に、NPOバタフライ・エフェクトのボランティアスタッフとして立っていました。

▼被災前、被災後の南三陸町町役場

稲垣1

 

私が訪れた南三陸は元々豊かな自然に恵まれ、特に漁業や海産物加工が盛んで、多くの商店街や昔ながらの家が立ち並ぶ街でした。それが、震災であっという間に更地になってしまったのです。

3月11~1

 

 ▼元の街並み(志津川地区)

3月11~2

 

▼震災後(戸倉地区)

3月113

 

▼有名な歌津大橋

3月11~4

 

そして今、やっとワカメを収穫できるまでに至りました。しかし、今のこの期間以外は全くお仕事がないとのことでした。今だに進まぬ復興、忘れ去られるのではないかという不安に苛まれながらも現地の方々は、日々の生活を必死に笑顔を絶やさず生き抜いてらっしゃいます。
東北の方々は本当に優しくて良い人ばかりで、本当にこれでボランティアになるのかな?と思うほど、楽しい時間を共に過ごしました。冗談を言いあって笑いながらワカメの芯ぬきをしたり、メカブを湯がいたり…
「 おらの孫の嫁さなってくんねべかー?!」
「 おしょす〜笑(恥ずかしい~)」
とか言い合ってきました。現に、お子さんは超美男子、国立大学生!!
「 あれけー(あれ、たべなさいよ)」「これくー(これ、食いなさいよ)」と、お菓子の山!
「メカブくーたら、頭もお肌もお通じも良くなるだっちゃ!」
「メカブすげー」…とボランティアのみんなは大絶賛!
本当に素朴で優しくて暖かい人たちでした!なんでこんな良い人たちがこんな目に…とも思いましたが…
本当に南三陸に嫁に行っても良いと思えるぐらい素敵な方達でした\(^o^)/

 

3月11~5

今まで震災については、ニュースでの報道や、新聞を見聞きしたりするだけで、「へぇ、そうなんだぁ、大変なんやなぁ…」と思っているだけでした。また、震災のボランティアはしていたのですが、実際現地でボランティアするということは今までありませんでした。ところが、今回、現地を目の当たりした途端、「あの報道はなんだったんだ?被災された方の気持ちをちゃんと伝えているのか?どんなにきつい生活を強いられている方々がいると思っているんだ?」と今までの自分の意識が一変しました。実際、見て感じ、触れないと分からない事がいかにたくさんあるのかということを実感しました。

 

ニュースの話ははっきり言って、「どこまで伝えきれているんだろう、一過性の報道しかしていないじゃないか」と思うことがあります。例えば、水洗トイレがまだまだ復旧していなかったり、生活用品を買出しに行くだけで2時間もかかってしまう地域があったりします。このように、自分が当たり前だと思っていることが当たり前ではない環境で被災地の人々は大変な生活を強いられているのです。

 

このような状況を、普通に生活している自分に返した時、「私は何と不自由なく生きているのだろう」と感じました。このことから、被災して困っている人達のことを他人事と思わず、また、こうして自分たちが生活できていることに感謝しながら生活することが大切であるということを実感しました。また、現地に行ってボランティアをすることが全てではなく、こうして「現状を伝えること」「話をすることによって身近な人が理解を示し、意識をもってもらうこと」もボランティアの一つだと思います。

 

さて、 約130万人という多くのボランティアがこの地を訪れ、その人たちの260万の両手によって、やっと瓦礫の撤去作業が終わろうとしています。

 3月11~6

 

 

しかしながら、まだ全体としては、掃除が済んだだけの状態なのです。東北の方々のこれからの生活を築いていくために地域産業の復活、住宅の手配など、これからの復興への手助けが大切な次へのステップになるのです。これで終わってはいけないのです。

 

3月11~8

 

ボランティアも次のステップや作業に移行しつつある今、今一度みなさんの力が必要であると感じました。なので、またみなさんの力を貸して頂きたい、何が出来るのか考えて行動して頂きたいと思うのです。国も義援金や支援物資などをできうる限り有効活用できるような対応をしてほしいところですが、うまくいかないところも多々あると聞き、行政に任せきりにするのも、私はとても怖いことであると感じます。

 

私は、今回ボランティアで出会ったメンバーや現地の方々との繋がりを大切にしていきたいと考えています。今までボランティアをしたことがあるが風化しつつあるという方には、今一度、ボランティアの意義、精神を考えていただきたい、忘れて欲しくないと強く思いました。

 

真後ろまで津波がやってきて、なんとか逃げ切り生き残ったけど手を握っていたはずの祖母を亡くしたお母さん、船も家も奥さんも亡くしたお父さん、そんな辛い思いをした被災地のみなさんは、辛い思いの中でもみんな前を向いて生きてらっしゃいました。
そんな方々に対して、これを読んでくださったみなさんも何が出来るか今一度一緒に考えていただけたら…と思います。

 

3月11~9

 

現地に訪れたからこそ、得たことが多かったボランティアでした!
東北が大好きになりました!!!絶対また行きたい!!!南三陸のお父さんやお母さんにまた会いたいです。

 

東日本大震災の後、たくさんのひまわりが瓦礫の間から生えてきて、太陽に向かって咲いていたように、被災地のみなさんも支え合って力強く生きていらっしゃいました。
東北のみなさんには、これからもみんなで力を合わせて強く生きていってほしいし、私たちもできる限りのお手伝いを微力ながらも続けていきたいと思いました。
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健康栄養学科2回生 稲垣 美穂

2012年12月10日(月)

学生広報スタッフ、理学療法学科3回生の山野です!

被災地支援サークル「HOPEFUL」の活動として、9月10日から13日までの4日間、宮城県石巻市雄勝町を訪れました。かなり遅くなりましたが、その活動について報告させていただきます。
先日、きーさんもこの活動の内容や、受け入れ先の合同会社オーガッツのことについて書いているので、詳しいことはそのブログ記事をご覧ください。私は実際被災地に訪れて感じたこと、気づいたことについて書きたいと思います。

世界中で起こっている地震のうち、10%が日本で起こっており、日本で起こっている地震のうち、半分がこの雄勝町で起こっていると現地の方に聞きました。世界中の地震の5%がこの雄勝町で起こっているんです!!この4日間の活動中でも揺れがわかる程度の地震が何度かあり、こんな状況が今でもずっと続いていることを身にしみて感じました。

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まず雄勝町に訪れて、オーガッツの方に初日に言われたことがあります。

「あれ(東日本大震災)から1年半もたって、遠いところから来てくれたんだね。本当に勇気のいることだったと思う。あの地震で雄勝には人もいなくなった。家もなくなった。外には街灯もない。テレビもない。夜は静かだよ。だから何にもないからこそ色んなことを感じることができると思う。この4日間いろんなことを感じていってね。」

こんな言葉をもらい、本当に胸がいっぱいになりました。今ではこんなに静かな場所に、どんなに大きくて恐ろしい津波がこの場所まできたんだろうと、テレビで見た映像を想像することしかできず、信じることができませんでした。

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漁師の人たちが必要な漁船や加工場、いままで大切に育ててきた養殖していたものなど、すべて津波で流されたそうです。しかしこの合同会社オーガッツでは、志のある人たちが集まってそれまでは別々に活動していた漁師さんたちが1つになりました。もともと雄勝で漁師をしていた方、漁業関係とは全く違う仕事をされていた方も震災をきっかけに雄勝町に来て、個々の持っている知識・技術を持ち寄り、1つの会社として成り立っていました。
どうやったら、雄勝に人が集まるか、どうやったらここでとれる新鮮なものが売れるかどうか…夜遅くまでこんな話をしていました。

海辺で活動していると、毎日決まった時間に1台のスクールバスが通過します。大きなバスに子どもが2人、毎日同じ席に座って私たちの活動している場所を横切っていきます。
小さな男の子と女の子が1人ずつ、どこからどこへ向かっているのかは分かりませんが、近くの小学校がなくなってしまい、もともと雄勝町に住んでいた子どもたちも今ではもうここには住んでいないのかな…と思いました。仲の良い友達に会えない、一緒に遊べない、知らない学校に行かなければいけない、小学校の中に仮設住宅ができて、おもいっきりあそぶ場所がない…小さな子どもたちのことを考えると、本当に胸がいっぱいになりました。

あと現地に行って気づいたこと、それはがれきのことです。
まだまだ生活に支障のない道路や土地には、がれきは山のように積まれたままあちこちで残っていました。時間が止まったように、そのままの状態の場所もありました。テレビや新聞で見たら茶色や黒色の山ずみにされているものとして見えますが、真近くでみると、この場所で住んでいた人たちの生活感が浮かび上がってくるようなものが多く見られました。食器のかけらや食材(マヨネーズの容器や調味料のびん)、携帯電話のふたや、子どもの遊び道具(人形やスコップ)の割れたかけら、中身のないアルバムの表紙など、こんなものがたくさん見られました。

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活動2日目、9月11日は東日本大震災からちょうど1年半年がたった日でした。午後2時46分、町内放送が流れ、黙祷を行いました。この震災では今までにはないようなたくさんの人たちが亡くなり、今になっても行方が分からない人もいます。
いま自分が大学に行き、自分のしたいことを勉強することができていること、家族・友達・先生たちが周りにいること、住める場所があること、食べ物・飲み物が当たり前のようにあること、このようなことに感謝し、1日1日を大切に過ごしていかなければいけないなぁと思いました。

最後になりましたが、オーガッツの皆様には本当にお世話になりました。4日間という短い期間でしたが本当に貴重な体験や、たくさん考えることができる機会をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

現在HOPEFULは人数も増え、日々活動しています。大震災があったことを忘れず、その記憶が薄れていかないためにも活動を続けていき、情報も発信していきたいと考えています。

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【関連記事】
学生広報スタッフblog vol.37~被災地支援サークル「HOPEFUL」の活動
https://www.kio.ac.jp/information/2012/10/blog-vol37.html

2012年10月8日(月)

学生広報スタッフ&HOPEFULメンバー、きーさんです☆

HOPEFULは、昨年の東日本大震災を受けて発足した畿央大学のサークルで、教育学部の良原誠崇准教授(通称:よっしー)を顧問、教育学部3回生細川知憲(通称:ともぴー)を代表としています。

今回、私たちHOPEFULの有志3名(喜島、境、山野)は、夏休みを利用して、9/10~9/13に宮城県石巻市でボランティア活動に参加しました。

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受入先は、石巻市雄勝(おがつ)町にある合同会社オーガッツ(http://oh-guts.jp/)。
被災した漁師さんらが集まって出来た会社です。
約4,300人だった人口が1,000人弱にまで激減し、高齢化も深刻な雄勝町。
オーガッツの皆さんは、合同会社として生産者同士のネットワークを作り、日々復興に向けて漁業に勤しんでいます。

私たちは、漁業支援という形でそのお手伝いをすると同時に、漁業体験もさせて頂きました。

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▲仙台からレンタカーで約2時間。オーガッツのある石巻市雄勝町水浜に到着。
この高台から見える景色は震災前、住宅でいっぱいだったそうです。

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▲車で10分弱の場所にある「おがつ店こ屋街」。
廃墟となった石巻市雄勝総合支所敷地内にオープンしました。
少しずつではありますが、町は復興へ向けて歩み出しています。
この商店街で毎日食料品等の買い物をしました。

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▲宿泊場所はこの古民家。囲炉裏もあるレトロな構造です。

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▲作業の様子。
採れたての牡蠣に付いたフジツボやムール貝を鉈で落とします。
その後高圧洗浄機で汚れを落として完成★

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