運動錯覚を経験することで術後痛が軽減する.
PRESS RELEASE 2015.7.29
畿央大学大学院健康科学研究科の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることによって痛みの改善が認められることを明らかにしました.また,この痛みの改善は術後2ヵ月経っても持続していることを報告しました.その研究成果は,Clinical Rehabilitation誌(Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study)に掲載されています.
研究概要
橈骨遠位端骨折は頻度の高い骨折であり,かつ慢性疼痛を発症しやすい骨折の1つです.また,橈骨遠位端骨折に関しては,術後の痛み強度や不安が慢性疼痛疾患の1つである複合性局所疼痛症候群(CRPS)の発症リスクであるとされています.つまり,橈骨遠位端骨折術後のリハビリテーションでは,痛みと不安を考慮したアプローチを実施する必要があります.このような視点から,本研究では痛みの情動的側面(不安・破局的思考)を惹起させずに運動を感じることのできる「腱振動刺激による運動錯覚」を利用したリハビリテーションの効果検証を行いました.以下には本研究の概要が記載されています.
① 術後の不動や固定は大脳皮質の感覚運動領域の不適切な可塑的変化を生じさせ,それが原因で痛みの慢性化が引き起こされると考えられています.そのため,理学療法では積極的に患肢を動かすことが推奨されています.しかしながら,痛みを我慢しながらの積極的な関節可動域訓練を過度に実施してしまうと,痛みに対する不安や破局的思考を助長させ,痛みが増悪する場合もあります.そのため,術後の理学療法では,痛みの不安や破局的思考を惹起させないように考慮しながら,感覚運動領域の不適切な可塑的変化を防ぐことが重要となってきます.
②「腱振動刺激による運動錯覚」とは,腱に振動刺激を加えると筋紡錘が興奮し,刺激された筋が伸張しているという情報が脳内へ伝えられることによって「あたかも関節運動が生じているような運動錯覚」が生じる現象です.
③ 筆者らは過去の研究で,実際に運動している時の脳活動と腱振動刺激による運動錯覚を経験した時の脳活動を比較したところ,どちらとも運動関連領域が活動していたことを報告しています(Imai et. J Phys Ther Sci 2014).つまり,腱振動刺激による運動錯覚によって,実際に運動した時と同様に感覚運動領域を活性化させることが可能であることを示しました.
④ これらの先行研究に基づいて,本研究では,痛みや不安・恐怖心が強い橈骨遠位端骨折術後患者に「腱振動刺激による運動錯覚」を惹起させ,痛みの情動的側面が惹起されることなく,感覚運動領域を活性化することができ,痛みを軽減させることができるのではないかと仮説を立て,それを検証しました.
⑤ その結果,術後翌日から運動錯覚を惹起させることによって痛みの強さと痛みの情動的側面の改善を認めました.
本研究のポイント
術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,
術後1週間という短期間で痛みが軽減した.
術後の痛みだけではなく,痛みの情動的側面も改善を示した.
術後2ヵ月後も効果が持続した.
研究内容
橈骨遠位端骨折術後から腱振動刺激による運動錯覚を経験させた結果,理学療法だけを行う群(コントロール群)よりも,運動錯覚を経験する方(運動錯覚群)が,痛みだけではなく痛みの情動的側面も軽減した.このような運動錯覚を利用したリハビリテーションで痛みや不安などを改善させる方法は画期的なものであると考えられます.
図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況
図2:運動錯覚群とコントロール群の安静時痛,運動時痛,PCS(反芻),HADS(不安)の経時的変化.
赤線:運動錯覚群(理学療法+運動錯覚),青破線:コンロトール群(理学療法のみ)
**: p<0.01, ##: p<0.01, N.S.: no significant
今後の展開
今後は,運動錯覚によって痛みが改善した神経生理学的メカニズムを明らかにしていきます.
論文情報
Imai R, Osumi M, Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2015 Jul 21.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 今井亮太(イマイ リョウタ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: ryo7891@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp