失った手足の痛みを感じる仕組み

PRESS RELEASE 2015.9.10

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘特任助教らは,東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授を中心とする研究グループと共同で,切断によって失ったはずの手足を自分の意志で動かしているような感覚(幻肢の運動)の計測をBinamual circle line coordination taskを用いて実施し,幻肢の運動ができない者では幻肢の痛みが強いことを明らかにしました.この計測手法は幻肢の運動を評価することのできる方法であり,幻肢痛の治療開発に貢献することが期待されます.この研究成果は,Neuroscience Letters誌(Structured Movement Representations of a Phantom Limb Associated with Phantom Limb Pain)に掲載されています.

研究概要

幻肢痛は手や足の切断後に失ったはずの手足が存在(幻肢)するように感じられ,その幻肢が痛いという不思議な現象です.幻肢と幻肢痛は,手足の切断後だけでなく,神経傷害や脊髄損傷などによって手足の感覚と運動が麻痺した場合にも現れることがあります.幻肢痛(神経障害性疼痛)は、さまざまな原因で起こる慢性疼痛の中でも最も重症度が高いことが知られていますが,その治療法は十分ではありません.幻肢痛が発症するメカニズムとして,脳に存在する身体(手足)の地図が書き換わってしまい,幻肢を自らの意志で動かすことができないことが幻肢痛を引き起こす要因と考えられていますが,実際のところは明らかにされておらず,発症メカニズムに基づいた治療法の開発が待たれています.

研究グループは,健康な手と幻肢を同時に動かす両手協調運動課題(Bimanual circle-line coordination task; BCT)という手法を用いて,幻肢の運動を計測し,幻肢の運動と幻肢痛との関係を調べました.その結果,幻肢を運動できるほど幻肢痛が弱く,幻肢を運動できないと幻肢痛が強いことを見出し,幻肢痛の発症には幻肢の随意運動の発現が関連していることを明らかにしました.

本研究のポイント

□ 幻肢の随意運動をBimanual circle line coordination taskを用いて評価した.
□ 幻肢の随意運動ができる者ほど幻肢痛が弱かったことから,幻肢の随意運動と幻肢痛には密接な関係があることが明らかにされた.

研究内容

Bimanual circle line coordination task (BCT) は,幻肢の随意運動を定量的に評価することのできる手法で,健康な手で直線を描くのと同時に幻肢で円を描くと,健康な手で描く直線が円形に歪むという現象を利用したものです.健康な手で描く直線の歪みが大きければ大きいほど,幻肢で円を描く運動が行われていることを意味します.

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図1:Bimanual circle line coordination task (BCT)

本研究では,この定量的に評価された幻肢の随意運動(BCTにおける直線の歪みの程度)が残存している症例は幻肢痛が弱く,幻肢の随意運動が損失されている症例では幻肢痛が強いということが明らかにされました.

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図2:BCTによる直線の歪みと幻肢痛との関係

対象者は健肢で直線を描きながら幻肢で円を描くように指示されます.幻肢痛が重度な者は健肢で描く直線が歪まず,幻肢痛が軽度なものは健肢で描く直線が歪みます.つまり,幻肢の運動が鮮明にできる者は幻肢痛が軽度であるということです.

今後の展開

この成果は,個々の症例における幻肢痛の発現機序を明確にするためのタスクとして有用であると考えられます.さらに,大住倫弘特任助教らは,住谷昌彦准教授(東京大学医学部属病院緩和ケア診療部),東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らとバーチャルリアリティ(仮想現実)を用いた幻肢痛のリハビリテーション開発の臨床研究を始めたところです.今後の成果は,幻肢痛や脊髄損傷後疼痛等の神経障害性疼痛疾患の治療に貢献するものと期待されます.

 

論文情報

Osumi M, Sumitani M, Wake N, Sano Y, Ichinose A, Kumagaya SI, Kuniyoshi Y, Morioka S. Structured movement representations of a phantom limb associated with phantom limb pain. Neurosci Lett. 2015 Aug 10;605:7-11.

関連記事

本研究成果は東京大学研究報告webページ U Tokyo Researchにも掲載されています.
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/definitive-mechanism-of-phantom-limb-pain.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/en/utokyo-research/research-news

 

なお、本研究は東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授,東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授,東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「構成論的発達科学」の支援を受けて実施されました.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp