ことばと表情の矛盾は信頼性を損ねてしまう
PRESS RELEASE 2016.10.13
人間は言語のみならず,表情やしぐさといった非言語を用いてコミュニケーションをとっています.通常,これら言語,非言語の間には矛盾は起こらないのですが,状況によってはそれらに矛盾が生じる場合があります.例えば,ことばではもっともらしいポジティブなことを話していても,無意識にその表情がネガティブであるといったように. 畿央大学大学院健康科学研究科主任ならびに同大ニューロリハビリテーション研究センター長の森岡 周 教授らの研究グループは,社会的コミュニケーション手段における「言語」と「表情」の間に矛盾が起こると,その矛盾をあらわす人の信頼度が低下することを明らかにしました.また,表情を観察しながら,その人の信頼度をはかっている最中には,大脳皮質の中でも頭頂葉の働きが重要であることを脳波研究によって突き止めました.従来,ヒトの顔を認識している時には側頭葉が,行動の意思決定の際には前頭葉が働くことが明らかにされていましたが,頭頂葉の活動も他者の信頼度をはかるといった高次な認知処理に関与することが本研究によって明らかになりました.この研究成果は10月13日(US東部標準時間)付けで,国際学術雑誌の『PLOS ONE』に掲載されます.
本研究のポイント
ことばと表情の間に矛盾を起こると信頼度を損なうこと,そしてその信頼度をはかっている時には,頭頂葉の神経活動が重要であることを明らかにしました.
研究内容
人間は言語と非言語の両方を用いて適切にコミュニケーションをとっていますが,時折それらに矛盾が生じる場合があります.とりわけ,言語と表情の一致性・不一致性は円滑な社会的コミュニケーションにおいて重要な位置を占めています.
研究グループは,実験的に言語と表情の一致・不一致条件を作成し,その一致あるいは不一致を示す者に対する信頼度,ならびにその信頼度を評価している最中の脳活動を健康な成人で調べました.被験者に対してポジティブな意味を持つ「火事から子どもを救う」など15の文章,ネガティブな意味を持つ「友達を傷つける」など15の文章をランダムに呈示した後,笑顔の表情を示す顔,あるいは怒りの表情を示す顔を呈示し,その顔を観察した後,その表情を示す者に対する信頼度を被験者に決定させました.信頼度は金銭授受課題とし,被験者には「もしあなたの手元に10,000円があるとしたら,この人物(その表情を示す者)が金銭に困っている時,いくら与えることができますか」という問いを与え,被験者はモニタ上に呈示された「0円」「2,500円」「5,000円」「7,500円」「10,000円」の5水準から意思決定しました.その際の与えた金額ならびに意思決定までの反応時間を計測しました.その結果,反応時間に有意差は見られなかったものの,与えた金額において,ポジティブな言語に笑顔の表情といった矛盾がみられない場合に対して,ネガティブな言語に笑顔の表情といった矛盾がみられる場合において有意に低い値となりました(図1).つまり,笑顔を示したとしても,言葉がそれにそぐわないと信頼度を損ねる結果があきらかになりました.
図1 各条件における反応時間(左)と寄付金額(右)
反応時間(左図)には有意差がみられませんが,寄付金額(右図)においてポジティブな言語に笑顔の表情といった矛盾がない条件で有意に高く,逆にネガティブな言語に笑顔の表情が呈示された際、有意に寄付金額が低くなることが示されました.一方で,怒りの表情の場合は、いずれも寄付金額は低いことが示されました.
一方,その意思決定時の脳活動を脳波で記録したところ,矛盾が生じた場合,刺激呈示後300-700msに見られる遅い陽性波形(late positive potential: LPP)が頭頂葉で増加することが確認されました.本来,顔を観察している際には,側頭葉で観察される早い陰性波形(early posterior negativity : EPN)の振幅が増大することがこれまでの研究で示されていますが,今回はその波形には有意差がみられず,LPPに振幅増大を認めました(図2).この結果は,頭頂葉が感覚情報や空間認知の処理に携わるだけでなく,人間がもつ社会的コミュニケーションに関連する機能を有していることが確認されました.
図2 言語と表情が一致・不一致時の脳波振幅(左)ならびにマッピング画像(右)
顔を観察した後,寄付額を決定するまでにおいて左右頭頂葉で観察されるLPPに有意な増大を認めました(左図下段).一方で、顔認知に関わる右側頭葉のEPNの波形には有意な差は認められませんでした(左図上段).なお,マッピング画像(右図)は暖色になればなるほど陽極波形が増大していることを示します.
本研究の意義および今後の展開
本研究結果は,人間社会における円滑なコミュニケーションにとって重要な成果です.意識的に口では立派なことを言っても,無意識的に表情がそれにそぐわないなど,日常生活におけるコミュニケーションの齟齬に関する問題点を,信頼度の視点から突く成果となりました.とりわけ今回の結果は,ネガティブな言動の後,笑顔でごまかすといった状況が当てはまります.すなわち,自ら起こした行動や言動の失敗を時に笑ってごまかす場合がありますが,その場合,信頼性を損ねている可能性が十分に考えられる結果となりました.
これまでの研究から,意思決定の中枢としては前頭葉や前帯状回が挙げられていますが,今回の研究ではそれらに有意な活動の変化がみられませんでした.今後は本研究によって,脳波の振幅差が明確になった頭頂葉とそれら領域のネットワークについて調べ,言語・非言語コミュニケーションに関連するネットワークを調べる必要があります.
論文情報
Morioka S, Osumi M, Shiotani M, Maeoka H, Nobusako S, Okada Y, Hiyamizu M, Matsuo A. Incongruence between Verbal and Non-Verbal Information Enhances the Late Positive Potential. PLoS One. 2016, Oct 13.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp