[Journal Club]ミラーセラピーによる身体所有感の惹起に視覚情報が強く影響する
Liu Y, Medina J
Integrating multisensory information across external and motor-based frames of reference
Cognition. 2018 173:75-86.
四肢切断後の幻肢痛や複合性局所疼痛症候群に対して,鏡を用いたリハビリ(ミラーセラピー)の有効性が報告されています.ミラーセラピーでは,幻肢(患側肢)と健側肢との間に鏡を設置し,鏡に映った健側肢を覗かせた状態で健側肢の運動をしてもらうことで,鏡に映った健側肢があたかも患側肢であるかのような錯覚(身体所有感*)を惹起します.
*身体所有感とは「この身体は私の身体である」という自己の身体に関する意識のことです.
今回紹介する研究では「ミラーセラピーによる四肢への身体所有感の惹起に,視覚と運動感覚(固有感覚)のどちらが強く影響するのか」を明らかにするために3つの実験を行われました.
第1実験では,健常人31名を対象に鏡を挟んで以下の4条件で手指の屈曲/伸展運動を実施しました.
条件a:両手掌を下に向けた肢位で両手指を同じ方向に屈曲/伸展運動(視覚・固有感覚一致条件)
条件b:両手掌を下に向けた肢位で両手指を反対方向に屈曲/伸展運動(視覚・固有感覚不一致条件)
条件c:右側の手掌を下に向け,左側の手掌を上に向けた肢位で両手指を反対方向に屈曲/伸展運動(視覚不一致・固有感覚一致条件)
条件d:右側の手掌を下に向け,左側の手掌を上に向けた肢位で両手指を同じ方向に屈曲/伸展運動(視覚一致・固有感覚不一致条件)
鏡に映った鏡像に対する身体所有感の評価として,固有感覚ドリフトと質問紙が用いられました.固有感覚ドリフトは以下の方法で測定されました.各条件の前後に鏡と天板で隠された左手の示指の位置を右手で回答させました.この際に,実際の左示指の位置と回答した左示指の位置の差を固有感覚ドリフトとしました.つまり,回答した左示指の位置が実際の位置よりも鏡寄りに変位した距離(固有感覚ドリフト)が大きいほど鏡像に対する身体所有感が強まったことを示します.
質問紙では,過去の身体所有感に関連する研究を参考に「鏡の手が私の左手であるかのように感じた」といった7項目をVAS(0mm:全く感じない~100mm:非常に強く感じる)で評価されました.
第1実験の結果は,固有感覚ドリフトは視覚・固有感覚一致条件(条件a)が視覚・固有感覚不一致条件(条件b)と比較して有意に大きい(身体所有感の増大)を認めました.視覚不一致・固有感覚一致条件(条件c)と視覚一致・固有感覚不一致条件(条件d)の比較では視覚情報が一致した条件dが有意に大きな固有感覚ドリフトを認めました.また質問紙においても同様の傾向がみられました.
第1実験の結果から,ミラーセラピーにおける身体所有感の惹起には,視覚情報の一致が重要であることが示されました.そこで第2・第3実験では,運動感覚への感覚情報の重みづけを強くすることで,身体所有感の惹起に関係する感覚情報の重みづけが視覚情報から運動感覚(固有感覚)情報に移行するかが実験されました.具体的には実験二では運動する指の本数を1本から4本に増やし,実験3では示指の運動に対してバネを取り付けて,運動抵抗を増やすことで運動感覚への感覚情報の重みづけが行われました.
しかしながら,結果はいずれも第1実験と同様となり,ミラーセラピーにおける身体所有感の惹起には,視覚情報の一致が強く関わることが示されました.
今回の研究結果は,身体所有感の低下を認める疼痛患者や脳卒中患者などに対するリハビリテーションにおいて視覚情報を用いることの重要性を示唆するものと思われます.