患肢に嫌悪感を持つCRPS患者に対して『影絵』を用いたリハビリは有効か?

PRESS RELEASE 2020.5.10

複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome: CRPS)は,骨折などの外傷や打撲など比較的軽微な障害を受けた後,その痛みが長期間残存する症候群です.その症状は,痛みのみならず,通常の治癒過程と異なる異常感覚,自律神経症状,骨や皮膚の萎縮性変化など多岐にわたります.中でも,自己の身体に対する負の概念(醜形感や異形感など)や感情(嫌悪感など)がCRPSの痛みを増悪させることが報告されています.畿央大学大学院博士後期課程の修了生 平川善之 氏(現:福岡リハビリテーション病院・リハビリテーション部長)は,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター長 森岡 周 教授,大阪河崎リハビリテーション大学 今井亮太 助教らと共同で,「影絵」を用いた新しいリハビリ方法を開発し,それをCRPS患者に対して実践した内容「Clinical Intervention Using Body Shadows for a Patient with Complex Regional Pain Syndrome Who Reported Severe Pain and Self-Disgust Toward the Affected Site: A Case Report」を国際雑誌「Journal of Pain Research」で報告しました.

報告概要

今回報告した症例は,自身の患肢に対し強い醜形感・嫌悪感を有しており,これが痛みなどの症状に対して負の影響を与えていました.CRPS患者に対して,比較的効果があるとされている運動イメージなどの介入ではほとんど効果が得られませんでした.また,現在のリハビリテーション医療において,自肢への負の概念を是正でき得る効果的な治療方法は開発されていないのが現状です.今回,平川 氏らは「影絵」を利用した臨床介入を新たに開発し,CRPS一症例に対して臨床実践し,痛み症状などの改善を確認するに至りました.

本論文のポイント

患肢に対する醜形感や嫌悪感などの負の感情が痛みに影響している症例に対し,「影絵」を用いた介入が有効である可能性を示した.

研究内容

症例は,交通事故により左肩CRPSを発症.左肩を中心に強いアロディニアとneglect-like symptoms (自身の身体の認識障害 以下NLS),身体イメージの障害,左肩・肘関節の機能障害,左手の色調や浮腫などの自律神経障害を認めました.さらに,こうした患肢に対し強い醜形感を持ち,「他者に触れたくない」「触れられる他者も嫌だろうと思う」といった身体意識を有しており,これが痛みやNLSを増悪させていました.そこで図のような「影絵」を用いた介入を段階的に行いました.こうした影絵の介入により,醜形感や痛みを伴わない身体所有感や適切な身体イメージの形成が図られ,痛みやNLS,自律神経障害の改善が認められました.

fig.1

円柱形の風船を長袖服の左袖に通し(a),患者の左上肢は袖を通さずに着服し,セラピストの手を用いて患者の左手を模造する(b).この状態で影絵に投射し,患者の右手の屈曲伸展に同期させてセラピストによる左手も屈曲伸展を行う(c).これにより患者は影絵の左手に醜形感の伴わない身体所有感の生起と身体イメージの形成が図られた.次に模造された左上肢から実際の患者の左上肢に変えた.これにより影絵で自身の顔に触れる事ができるようになり(d),影絵上で他者の手を触れる事が可能となった (e).さらに,全身を影絵に投射し,影絵を見つつ両肩の内外転運動を実施した(f).

本論文の意義および今後の展開

今回報告した影絵を用いた臨床介入は,影絵に対し強い身体錯覚が生じるため,① 患肢を抽象的に映像化でき,醜形感や嫌悪感が生起しない.② 身体所有感や運動主体感が形成されやすい.③ 恐怖心を誘発することなく接触へのシミュレーションが可能である.といった特性があることが考えられ,自肢の認識能力障害や醜形感および患肢使用への恐怖心を有するCRPS患者に対する有効な介入手法であると考えられました.
今後は,症状改善に至るより詳細な機序や適応範囲など多くの課題があり,複数の症例にて,検証作業を進める必要があると思われます.

論文情報

Hirakawa Y, Fujiwara A, Imai R, Hiraga Y, Morioka S

Clinical Intervention Using Body Shadows for a Patient with Complex Regional Pain Syndrome Who Reported Severe Pain and Self-Disgust Toward the Affected Site: A Case Report

Journal of Pain Research, 2020

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp