脳卒中患者における運動まひの重症度と歩行速度の関係性
PRESS RELEASE 2020.7.16
古くから,脳卒中患者の歩行速度は下肢の運動まひの重症度に依存すると言われています.しかし,個々の症例毎に観察すると,運動まひが軽症であるにもかかわらず,歩行速度が低下している症例が存在しています.畿央大学大学院 博士後期課程 水田 直道 氏 と 森岡 周 教授 らは,運動まひの重症度が軽症であるにもかかわらず,歩行速度が低下している症例の歩行特性について検証しました.この研究成果は,Scientific Reports誌(Walking characteristics including mild motor paralysis and slow walking speed in post-stroke patients)に掲載されています.
研究概要
脳卒中患者の歩行速度は,日常生活能力や生活範囲を担保する重要な要因ですが,下肢の運動まひの重症度に強く影響されています.一方で,運動まひが軽症であっても歩行が遅い症例が存在すると考えられており,運動まひの重症度が歩行速度に関係していないといった乖離している症例が一定数存在していることも臨床上明らかですが,なぜかは分かっていませんでした.博士後期課程の水田 直道氏らは,運動まひの重症度と歩行速度の関係性から,クラスター分析を用いてサブグループを特定し,「運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例の歩行特性」を明らかにしました.この特徴的なグループにおいては,歩行時における不安定性や下腿筋の同時収縮が高値であることが分かりました(関節を動かす筋と動きのブレーキをかける筋が同時に収縮していて運動効率が悪い状態).加えて,大脳皮質からの干渉を反映する筋間コヒーレンスが高く,運動まひの重症度からみても過剰な皮質制御が歩行速度を低下させていることが考えられました.
本研究のポイント
■ 脳卒中患者を対象に,下肢の運動まひの重症度と歩行速度は概ね関連するが,この関係性から乖離する症例群が一定数存在することが分かりました.
■ 運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例は,歩行時の不安定性や下腿筋の同時収縮,大脳皮質からの過剰な干渉が原因であることが分かりました.
研究内容
介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました.
対象者は運動まひの重症度評価および快適速度での10m歩行テストを行いました.運動まひの重症度と歩行速度の関係性をもとにクラスター分析を行い,運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例を抽出しました(図1).
図1:運動まひの重症度と歩行速度の関係性
運動まひの重症度と歩行速度は正の相関関係を認めましたが,それらの分布を確認すると運動まひの重症度と歩行速度の関係性から乖離している症例が確認されました.そこで階層的クラスター分析を行い,5つのサブグループを抽出しました.
クラスター1:運動まひは軽症から中等症,歩行速度は低値
クラスター2 :運動まひは重症,歩行速度は低値
クラスター3 :運動まひは重症,歩行速度は中等度
クラスター4 :運動まひは軽症,歩行速度は中等度
クラスター5 :運動まひは軽症,歩行速度は高値
図2:各クラスターにおける体幹加速度と筋活動波形,筋間コヒーレンスの結果
(A)運動まひが軽症から中等症にもかかわらず,歩行速度が低下しているクラスター1は,立脚期(図2のDS1,SS,DS2の区間)の体幹加速度が高値を示し,体幹動揺が大きい状態でした.またクラスター1の前脛骨筋および腓腹筋の筋活動は,歩行周期の各相に応じた筋活動の増減が少なく,同時収縮指数が高いことがわかりました.
(B)beta帯域のコヒーレンスは筋活動の起源が大脳皮質由来であることを示します.コヒーレンスは各クラスターによって大きく異なり,クラスター1が最もコヒーレンスが高いことがわかりました.
本研究の意義および今後の展開
この研究では,運動まひが比較的軽症にもかかわらず,歩行速度が低下している症例の歩行特性について,運動学的ならびに運動力学的に検証しました.結果として,そのような特性を有する症例では,運動機能は比較的残存しているにもかかわらず,体幹の不安定性や下肢筋の同時収縮,過剰な大脳皮質制御によって残存機能がマスクされている可能性が考えられました.今後は,クラスター別に歩行能力の回復へ貢献する要因について調査する予定です.
論文情報
Mizuta N, Hasui N, Nakatani T, Takamura Y, Fujii S, Tsutsumi M, Taguchi J, Morioka S.
Walking characteristics including mild motor paralysis and slow walking speed in post-stroke patients.
Scientific Reports. 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 水田 直道(ミズタ ナオミチ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
peace.pt1028@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp