抗重力姿勢時に前庭脊髄路興奮性は増大する

PRESS RELEASE 2020.2.9

ヒトは地球上で重力に抗して座位や立位のような姿勢を保っています.このような抗重力姿勢を保つ上で,前庭脊髄路という神経経路を介した抗重力筋の制御が重要な役割を果たすと考えられています.しかしながら,ヒトにおいて,抗重力姿勢を保つ際に非抗重力姿勢と比較して前庭脊髄路興奮性が増大するかどうかについてこれまで十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院修士課程の田中宏明氏と岡田洋平准教授は,ヒトにおいて抗重力姿勢時に前庭脊髄路興奮性が増大するかどうかについて,直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation: GVS)やH反射という神経生理学的手法を用いて検証しました.この研究成果は,Experimental Brain Research誌(Posture influences on vestibulospinal tract excitability)に掲載されています.

研究概要

前庭脊髄路は抗重力姿勢を保持する上での抗重力筋の制御に重要な役割を果たすと考えられています.しかしながら,ヒトにおいては抗重力姿勢時に前庭脊髄路興奮性が増大するかについては明らかにされていませんでした.ヒトにおいて非侵襲的に前庭脊髄路興奮性を評価する方法として,ヒラメ筋H反射を誘発する脛骨神経刺激の100ms前に直流前庭電気刺激(galvanic vestibular stimulation (GVS))を条件刺激として与えることによるヒラメ筋H反射の促通率を評価するという神経生理学的方法があります.この方法は,耳後部に電極を貼付し直流電流で経皮的に前庭系を刺激し,前庭神経,前庭神経核,前庭脊髄路を介して,脊髄の抗重力筋の運動ニューロン群の興奮性の変化を評価していると考えられています.畿央大学大学院修士課程 田中 宏明 氏 と 岡田 洋平 准教授らの研究チームは,まず実験①において本手法を用いて,抗重力姿勢である座位において,抗重力姿勢ではない腹臥位,背臥位と比較して前庭脊髄路興奮性が高いことを示しました.しかしながら,GVSは乳様突起で電極を貼付し,経皮的に電気刺激する方法であるため,GVSによるH反射の促通が前庭刺激によるものでなく,単なる皮膚刺激によるものである可能性も棄却できていませんでした.そのため,同研究チームは実験②において,背臥位と座位においてGVSと皮膚刺激によるH反射促通の差異について検証し,GVSによるH反射の促通の程度は皮膚刺激による促通の程度よりも大きいことを示しました

本研究のポイント

■ 座位のGVSによるH反射(最大H波)促通の程度は腹臥位,背臥位より大きかった.
■ GVSによるH反射(最大H波)促通の程度は皮膚刺激による促通の程度と比較して,背臥位では同程度であったにも関わらず,座位では大きかった.

研究内容

実験①では,14名の健常者が研究に参加しました.対象者は,腹臥位,背臥位,座位の3つの姿勢において両耳後部の乳様突起に電極(右陰極,左陽極)を貼付し,GVSすることによる右ヒラメ筋H反射の変化率について検証しました.その結果,座位におけるGVSによるH反射(最大H波)促通の程度は,腹臥位や背臥位と比較して大きいことが示されました図1,2,3).

fig.1

図1:GVSによるH反射の変化の測定と各姿勢条件

 

fig.1

図2:各肢位におけるH反射(最大H波)の波形(GVSあり,GVSなし)(実験1)

fig.2

図3:GVSによるH反射(最大H波)の姿勢間比較(N = 14)(実験1)

実験②では、実験①の座位におけるGVSによるH反射促通の程度が大きい結果が,GVSによる前庭刺激によるものなのか,単なる皮膚刺激によるものなのかについて明らかにするため,10名の健常者を対象に,背臥位と座位においてGVSと皮膚刺激によるH反射促通の差異について検証しました。GVSは実験①と同様に実施し、皮膚刺激は前庭系を刺激することなく,できる限りGVS時と近い部位を刺激するため,刺激電極を耳介後部と耳垂に貼ってGVS時と同じ方法で直流電流刺激を実施しました。その結果,背臥位,座位ともにGVSだけでなく皮膚刺激によってもH反射(最大H波)が促通されましたが,GVSによるH反射(最大H波)促通の程度は,座位においてのみ皮膚刺激によるH反射(最大H波)促通の程度よりも大きいことが示されました(図4).

fig.3

図4:各姿勢におけるGVSおよび皮膚刺激によるH反射(最大H波)の変化率 (実験2)

これらの結果は抗重力姿勢である座位では腹臥位や背臥位と比較して前庭脊髄路が増大することを意味しています.実験②を追加実験として行うことにより,座位におけるGVSによるH反射促通効果の増大は,単なる皮膚刺激によるものではなく,前庭刺激によるものであることが示され,抗重力位である座位において前庭脊髄路興奮性がより増大するという結果の解釈はより強く支持されました.

本研究の意義および今後の展開

本研究は,抗重力姿勢である座位において腹臥位,背臥位よりも前庭脊髄路興奮性が増大することをヒトで初めて明らかにしました.このことは,ヒトにおいて前庭脊髄路が抗重力姿勢の制御に重要であるという従来の説をより支持するものです.今後は,抗重力姿勢において前庭脊髄路興奮静性が増大する神経機序について非侵襲的脳刺激などを用いて検証する必要があります.また、脳卒中やパーキンソン病,前庭疾患などの姿勢制御に異常のある患者を対象にGVSを用いた前庭脊髄路興奮性の評価を行い,臨床において遭遇する姿勢制御の異常と前庭脊髄路機能の関連性について検証し,その病態の理解を深め,介入可能性を模索していきたいと考えています.

関連する論文

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Influence of the intensity of galvanic vestibular stimulation and cutaneous stimulation on the soleus H-reflex in healthy individuals.

Neuroreport. 2018 Sep 5;29(13):1135-1139. 

論文情報

Tanaka H, Nakamura J, Siozaki T, Ueta K, Morioka S, Shomoto K, Okada Y.

Posture influences on vestibulospinal tract excitability.

Exp Brain Res. 2021 Jan 21. 

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科

修士課程 田中宏明
准教授 岡田洋平
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