サーマルグリル錯覚経験は,脳卒中後や脊髄損傷後に生じる痛みの性質と似ている

PRESS RELEASE 2021.5.25

温かいモノと冷たいモノを同時に触ると,本当は熱くないはずなのに,それを「熱い」とか「痛い」と経験することがあり,この経験は “サーマルグリル錯覚” と呼ばれています.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授,森岡 周 教授らは,東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部 住谷昌彦 准教授らと共同で,サーマルグリル錯覚での「痛みの性質」を分析し,その痛みの性質が,脳卒中後や脊髄損傷後に生じる痛みの性質と似ていることを明らかにしました.この研究成果はScand J Pain誌(Pain quality of thermal grill illusion is similar to that of central neuropathic pain rather than peripheral neuropathic pain)に掲載されています.

研究概要

サーマルグリル錯覚” とは,温かい棒と冷たい棒が交互に並べられているグリルに手を置くと,痛みをともなう灼熱感,ズキズキする痛み,しびれたような痛みが惹起される現象です(図1).この現象は,脊髄-大脳皮質における中枢神経メカニズムによって生じると説明されていますが,実際に,そのような中枢神経が損傷した患者さんの痛みと類似しているのかは明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授らは,まずは健常者137名を対象に,サーマルグリル錯覚によって生じる痛みの性質を分析し,その痛みの性質が,帯状疱疹後神経痛(PHN),三叉神経痛(TN),脊髄損傷後疼痛(SCI),脳卒中後疼痛(Stroke)における痛みの性質と似ているのか/異なっているのかを調査しました.その結果,サーマルグリル錯覚における痛みの性質は,末梢神経メカニズムに起因するような帯状疱疹後神経痛(PHN),三叉神経痛(TN)とは類似しておらず,中枢神経メカニズムに起因するような脊髄損傷後疼痛(SCI),脳卒中後疼痛(Stroke)と類似していることが明らかになりました.この研究は,サーマルグリル錯覚が中枢神経メカニズムによって生じるという説を支持したことになります.

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図1:サーマルグリル錯覚を誘発するための実験セット

本研究のポイント

■ 温かい棒と冷たい棒が交互に並べられているグリルの上に手を置くと痛みを感じる(サーマルグリル錯覚)

■ サーマルグリル錯覚における痛みの性質は,中枢神経システムに問題がある脊髄損傷後疼痛(SCI),脳卒中後疼痛(Stroke)と類似している

研究内容

研究1:健常者137名を対象にして,サーマルグリル錯覚によって生じる痛みの性質を分析しました.

その結果,「焼けるような痛み」のほかにも,「ずきんずきん」,「うずくような」,「しびれるような」などの痛みがサーマルグリル錯覚によって経験されました.

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図2:健常者がサーマルグリル錯覚で経験する痛みの種類

 

研究2:帯状疱疹後神経痛(PHN)131名,三叉神経痛(TN)83名,脊髄損傷後疼痛(SCI)42名,脳卒中後疼痛(Stroke)31名における痛みの性質が,研究1で抽出されたサーマルグリル錯覚によって生じる痛みの性質とどれだけ類似/相違しているのかをMultiple correspondence analysis (MCA) と cross tabulation analysisを組み合わせて分析しました.その結果,サーマルグリル錯覚に特異的な痛みの性質は,脊髄損傷後疼痛(SCI),脳卒中後疼痛(Stroke)の性質と類似していることが明らかになりました図3).

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図3:痛みの性質の類似性/相違性 Multiple correspondence analysis (MCA)

本研究の臨床的意義および今後の展開

サーマルグリル錯覚の痛みが,脊髄損傷後疼痛あるいは脳卒中後疼痛と類似していることが明らかになったことから,この実験的疼痛を利用して,脊髄損傷後疼痛あるいは脳卒中後疼痛の新規リハビリテーションを考案することが可能であると考えています.加えて,このような実験手続きによって,「脊髄損傷後疼痛・脳卒中後疼痛を有する方がどのような痛みを経験をしているのか?」を健常者が疑似的に体験することができるため,リハビリテーション専門家と患者さんの痛みが共有されやすくなると考えています.

論文情報

Osumi M, Sumitani M, Nobusako S, Sato G, Morioka S.

Pain quality of thermal grill illusion is similar to that of central neuropathic pain rather than peripheral neuropathic pain.

Scand J Pain. 2021

 

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
准教授 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp