慢性腰痛者における運動恐怖は予測的姿勢制御を乱してふらつきの原因になる
PRESS RELEASE 2022.12.23
予測的姿勢調節(APA)は運動を効率的に実行する上で重要な機能ですが,慢性腰痛者のおけるAPAと運動・姿勢制御との関連性は明らかになっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 西 祐樹 客員研究員 と センター長 森岡 周 教授 らは,運動恐怖によるAPAの変化はその後の運動・姿勢制御に影響することを明らかにしました.この研究成果はScandinavian Journal of Pain(Anticipatory postural adjustments mediate the changes in fear–related behaviors in individuals with chronic low back pain)に掲載されています.
研究概要
慢性腰痛者では,運動恐怖によって“凍結行動”と呼ばれる運動時の腰部に対する過剰な保護や運動の緩慢化が生じます.一方,運動には身体の動揺が伴うため,運動実行前に姿勢を調整する“予測的姿勢調節(Anticipatory postural adjustment: APA)”によって効率的かつ正確に運動を制御できることが知られています. しかしながら,慢性腰痛者の腰部運動においてAPAがどのように機能しているのかは明らかになっていませんでした.
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 西 祐樹 客員研究員 と センター長 森岡 周 教授 らは, 地域在住の慢性腰痛者を対象に重心動揺計上で体幹の屈曲伸展運動を計測しました.その結果,運動恐怖がAPAを媒介してその後の運動・姿勢制御に悪影響を及ぼしていることが明らかになりました.この成果は慢性腰痛による運動制御の更なる病態理解に寄与しました.
本研究のポイント
■ 慢性腰痛者および健常高齢者の体幹屈曲伸展運動における予測的姿勢制御や運動・姿勢制御を測定した.
■ その結果,慢性腰痛者では予測的姿勢調節の機能の低下が生じていた.
■ 加えて,運動恐怖のよる予測的姿勢調節の変化はその後の運動・姿勢制御に影響していた.
研究内容
慢性腰痛者48名および健常高齢者22名は体幹の屈曲伸展運動を行い,電子ゴニオメーターで腰部の角度を計測し,重心動揺計で足圧中心(COP)を計測しました(図1).
COPの偏位開始から運動の開始までのAPAの期間を抽出するとともに,体幹屈曲伸展運動の運動および姿勢制御変数を算出しました.その結果,健常高齢者と比較して慢性腰痛者では,屈曲伸展の切り替え時間(運動制御)およびAPA時間が延長しました.加えて,課題前後でCOPの位置(姿勢制御)は前方に偏位していました.つまり,慢性腰痛者では,体幹の屈曲により前方に偏位したCOPが体幹の伸展に伴って正中へ偏位せず,前方位置に残存する現象が観察されました.次に,これらの変数を投入した媒介分析の結果,慢性腰痛者の切り替え時間はAPAの有意な間接効果と運動恐怖の直接効果を受け(部分媒介効果),COPの前方偏位はAPAを介した運動恐怖の有意な間接効果を受けること(完全媒介効果)が明らかとなりました(図2).
これらは運動恐怖症による「凍結行動」のような過剰な保護戦略は,予測的姿勢調節の機能不全をきたし,その後の運動および姿勢制御の変化に影響することが考えられています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
慢性腰痛者では運動制御のみならず臨床場面で見落とされやすい姿勢制御においても運動恐怖によって凍結様の過剰な保護が生じることが明らかになりました.加えて,運動・姿勢制御には運動が始まる前の予測的な姿勢調節が影響していました.本研究成果は,慢性腰痛のさらなる病態理解に寄与する可能性があります.
論文情報
Nishi Y, Osumi M, Morioka S
Scand J Pain, 2022
関連する論文
Osumi M, Sumitani M, Otake Y, et al.
Eur Spine J. 2019;28(7):1572-1578.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
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Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp