6-7歳児における運動イメージの使用は未熟:2つの運動イメージ課題からの証拠
PRESS RELEASE 2025.5.29
運動イメージ(motor imagery: MI)とは,実際に身体を動かすことなく,頭の中でその運動を想像する動的な認知プロセスです.MIは「運動の計画と実行に関わる行為表象」とされており,意図形成,運動の計画,運動プログラムの構築という点で,実際の身体運動と機能的に同等であると考えられています.このMIの使用は,成人では十分に発達していることが知られていますが,小児における発達過程は十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科の信迫悟志 教授らの研究チームは,6〜13歳の定型発達児を対象に,2種類のMI課題(手の左右識別課題と両手結合課題)を用いて,年齢によるMI能力の発達変化を詳細に検討しました.この研究成果は,Human Movement Science誌(The use of motor imagery in 6–7-year-old children is not robust: Evidence from two motor imagery tasks)に掲載されています.
研究概要
本研究では,6〜13歳の定型発達児50名を対象に,子どもたちがどれだけ正確に手のMIを想起できるかを評価するため,2種類のMI課題を実施しました.1つ目は最も代表的なMI課題である手の左右識別(hand laterality recognition: HLR)課題(図1)で,モニター上に提示されるさまざまな角度・向きの手の画像を見て,それが左手か右手かをMIを用いて判断するものです.この課題では,正答率や正反応時間(RT)に加えて,生体力学的制約(身体の動きにくさ)効果や手の姿勢の効果の有無を指標とし,子どもたちのMIの使用の程度を測定しました.2つ目はニッチなMI課題である両手結合(bimanual coupling: BC)課題(図2)で,次の3条件が含まれます.片手条件:利き手でまっすぐな線を繰り返し描く.両手条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,他方の手で同時に円を描く.MI条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,非利き手で円を描いているのを頭の中でイメージする(実際には動かさない).BC課題では,利き手で描いた反復直線を計測し,各条件で描かれた線の歪みの程度を楕円化指数(ovalization index: OI)として算出し,特にMI条件のOIから片手条件のOIを減算した値(イメージ干渉効果: Imagery Coupling Effect: ICE)は,MIが適切に想起できていることの定量指標となります.さらに,微細運動技能も測定し,MIとの関連性も検討しました.
本研究のポイント
■6〜7歳児では,どちらの課題においてもMI使用の証拠が明確には見られなかった.
■HLR課題では,年齢が上がるにつれてRTの短縮と正答率の向上が認められ,MI能力が発達的に向上することが示された.
■一方で,BC課題では,6〜13歳の間でICEに明確な年齢差は見られず,年齢とICEとの間の相関関係も示されなかった.
■どちらのMI能力も微細運動技能と有意に関連していた.
研究内容
HLR課題
6〜13歳の子ども50名を対象に,HLR課題とBC課題,および微細運動技能検査を実施しました.得られたデータは,年齢群(6–7歳,8–9歳,10–11歳,12–13歳)間の比較および相関分析を通じて,MIの発達的変化と,MIと微細運動技能との関連を検討するために用いられました.6〜7歳児では,生体力学的制約効果(身体で取りやすい姿勢の手画像でRTが短くなる効果)が見られず,MIの使用が不十分である可能性が示されました(図3).一方,8歳以上の群では生体力学的制約効果が明確に観察され,年齢に伴ってMI能力が向上することが示されました(図3).また,正答率やRTにおいても,年齢とともに有意な改善が確認されました(図4).
BC課題
ICE(片手で線を描きながら他方の手の円描きをイメージすることで線が歪む効果)は,8歳以上では見られたものの,6〜7歳児では観察されませんでした(図5).ただしICEは,全体的に年齢差が小さく,HLR課題ほど明確な発達的変化は観察されませんでした(図6).
これらの結果から,子どものMIの発達変化を捉える上で,HLR課題の方がBC課題よりも感度が高い可能性が示唆されました.実際,HLR課題によって測定されたMI指標は,年齢の増加に伴って指数関数的に向上していました.一方でBC課題は,実際の運動遂行に加えて,実行機能やワーキングメモリといった高次認知機能も求められる二重課題です.そのため,年齢とともにMI能力が向上する一方で,運動機能や認知機能の発達により干渉効果が弱まることで,両者がトレードオフの関係となり,結果として年齢による変化が見えにくくなっていた可能性があります.
さらに,微細運動技能とHLR課題におけるRT,およびBC課題のMI条件におけるOIとの間に有意な相関が見られ,MI能力と微細運動技能が関連していることも明らかになりました(図7,図8).
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,MI能力が6〜7歳児においてはまだ十分に発達しておらず,年齢とともにその能力が向上することを,2種類のMI課題を用いて明らかにしました.特に,HLR課題は,MIの発達的変化を鋭敏に捉えることができる評価手法であり,MI能力の成熟過程を把握するうえで有用であると考えられます.一方で,BC課題もMIと実際の運動や認知機能との統合的な発達を評価できる手法として有用です.特に,干渉効果の変化は,運動制御や実行機能の成熟を反映する指標となり得ます.MI能力単体の評価にはHLR課題が適していますが,BC課題は,より複合的な認知−運動機能の発達過程を捉えるのに適した課題といえます.
また,MI能力は微細運動技能とも関連していることが示されており,MI評価は運動技能の発達指標としても臨床的意義があることが示唆されました.今後,発達性協調運動障害(DCD)や自閉スペクトラム症(ASD)など,神経発達症の子どもたちに対してMI課題を応用することで,運動障害の特性理解や介入効果の評価,さらにはリハビリテーションや運動学習支援への応用が期待されます.
論文情報
Nobusako S, Tsujimoto T, Sakai A, Yokomoto T, Nagakura Y, Sakagami N, Fukunishi T, Takata E, Mouri H, Osumi M, Nakai A, Morioka S.
Hum Mov Sci. 2025;101: 103362.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp