脊髄損傷によるしびれ感に対するしびれ同調経皮的電気神経刺激の効果 -N-of-1試験による効果検証-
PRESS RELEASE 2025.6.26
脊髄損傷患者の多くはしびれ感が併発し,その改善に難渋することから生活の質や治療満足度が低下します.この喫緊の課題に対して,我々はしびれ同調経皮的電気神経刺激(TENS)を開発しましたが,プラセボ効果の影響は検討できていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは,N-of-1試験によりしびれ同調TENSがプラセボ効果よりも有意にしびれ感が改善することが明らかにしました.この研究成果はThe Journal of Spinal Cord Medicine誌(Tailored transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesia in individuals with spinal cord injury: A randomized N-of-1 trial)に掲載されています.
本研究のポイント
■脊髄損傷によるしびれ感に対して,しびれ同調TENSおよびプラセボ効果を比較検証した.
■集団および個人内ともに,プラセボ効果と比較してしびれ同調TENSはしびれ感を改善した.
■しびれ同調TENSはしびれ感のみならず,アロディニアもプラセボ効果より有意に改善した.
研究概要
脊髄損傷患者において,しびれ感は主に両側に生じる一般的な合併症であり,日常生活活動や生活の質が著しく低下します.しびれ感に対する第一選択治療は薬物療法ですが,その効果は限定的で,副作用の報告もあります.そのため,しびれ感は未解決の問題(アンメット・ニーズ)と位置づけられてきました.これに対し,我々は,しびれ同調経皮的電気神経刺激(しびれ同調TENS)を開発しました.本介入は電気刺激のパラメータを個人のしびれ感に一致させるテーラーメイドな介入であり,しびれ感が改善することを先行研究にて報告しています(Nishi et al., Front Hum Neurosci 2022, Front Hum Neurosci 2024).一方,従来の電気刺激療法では,電気刺激本来の効果のみならずプラセボ効果の影響が報告されており,しびれ同調TENSにおいても同様の作用が推察されます.しかしながら,しびれ同調TENSにおけるプラセボ効果の影響は明らかになっていませんでした.一般的に,プラセボ効果の影響はランダム化比較試験により検証されますが,個人への一般化が制限され,個人内介入効果が不明瞭になる可能性があります.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは,N-of-1試験により,しびれ同調TENSの集団および個人内の効果を検証しました.その結果,集団レベルおよび個人レベルの両方で,しびれ同調TENSはプラセボ効果よりもしびれ感を改善することを初めて明らかにしました.
研究内容
本研究の目的は,脊髄損傷によるしびれ感に対して,しびれ同調TENSとプラセボ効果を集団および個人内で検証することでした.そこで,脊髄損傷患者6名を対象に,無作為化プラセボ対照N-of-1試験を実施しました.各試験はしびれ同調TENSとプラセボ効果を反映するSham-TENS(各7日間,1日60分刺激)の2つの治療で構成され,各介入はランダムな順序で2セット行われました.主要評価としてしびれ感の主観的強度をNumerical Rating Scale(NRS)毎日評価し,副次評価として各期で短縮版マクギル痛み質問表(SF-MPQ-2)を評価しました.統計解析では,プラセボ効果(Sham-TENS)を差分したしびれ同調TENSの介入効果(しびれ感NRS)を集団―個人内で検証するために,階層的ベイズモデルを実施しました.また,しびれ感を含めた疼痛関連症状への波及効果(SF-MPQ-2)はベイズt検定を用いてしびれ同調TENSとSham-TENSで比較しました.その結果,しびれ同調TENSは集団レベルおよび個人レベルの両方で,臨床的に意義のある最小変化量を高確率(96~100%)で上回りました(図1).また,Sham-TENSと比較して,しびれ同調TENSは触るだけで痛いアロディニア,チクチク感,しびれ感に関するSF-MPQ-2の項目で決定的証拠(Bayes Factor10 > 1000)としてのしびれ感の改善を示しました.以上の結果は,しびれ同調TENSがしびれ感を有する脊髄損傷患者という集団に有効であるとともに,テーラーメイドな治療のため,各個人の多様なしびれ感(ビリビリ・チクチクの内省や強度)にも有効であることを示唆しています.
図1. A)プラセボ効果(Sham-TENS)を差分したしびれ同調TENSにおける改善効果の確率密度関数.点線は臨床的に意義のある最小変化量であり,臨床的に意味のある治療効果の確率は、点線の右側の曲線領域で表される.B) 改善効果確率の累積プロット.図1Aの確率密度関数を累積的に表現することで,しびれ同調TENSの改善効果を確率として解釈することができる.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,しびれ同調TENSが,非薬物療法としてしびれ感に対する新規標準介入となる可能性があることを支持しています.今後は大規模な介入効果検証や他疾患のしびれ感に対する効果検証を行う予定です.
論文情報
Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yuji Minamikawa, Michihiro Osumi, Shu Morioka
The Journal of Spinal Cord Medicine, 2025.
・関連する先行研究
Nishi Y, Ikuno K, Minamikawa Y, Igawa Y, Osumi M, Morioka S. A novel form of transcutaneous electrical nerve stimulation for the reduction of dysesthesias caused by spinal nerve dysfunction: A case series. Front Hum Neurosci. 2022;16:937319. Published 2022 Aug 24. doi:10.3389/fnhum.2022.937319
URL: https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2022.937319/full
Nishi Y, Ikuno K, Minamikawa Y, Osumi M, Morioka S. Case report: A novel transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesias and motor behaviors after transverse myelitis. Front Hum Neurosci. 2024;18:1447029. Published 2024 Nov 6. doi:10.3389/fnhum.2024.1447029
URL: https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2024.1447029/full
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 西 祐樹
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp