歩行中の“身体軽量感”錯覚 -偶然発見された新たな錯覚現象-

PRESS RELEASE 2026.2.26

身体が重たいと感じることにより身体活動量が低下してしまい,心身の健康に悪影響を及ぼすことがしばしばあります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らは,偶然発見された特殊な視覚フィードバックを利用することによって,健常若年者において歩行中に身体軽量感の錯覚を誘発できる可能性について報告しました.この成果は,CREST(ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用)の一環として行われ,Frontiers in Psychology誌(The illusion of a “sense of body lightness” while walking: A preliminary exploratory study)に掲載されています.

本研究のポイント

■歩行中の身体軽量感錯覚を誘発できる可能性について視覚遅延フィードバック課題を用いて行った.

■身体軽量感錯覚は,主観的先行フィードバックによって誘発できる.

■身体重量感などの不快な主観的経験に対する手立てになる可能性を秘めている.

研究概要

錯覚現象は歴史的に知覚過程に関する情報を明らかにするために用いられてきました.最近の研究では,予測される体性感覚フィードバックと比較してわずかに遅れた視覚フィードバックを与えられた実験参加者が身体の重さを感じたと報告されています.これはフィードバック間のわずかな誤差が身体知覚にネガティブな影響を与えるということがいえます.身体重量感というネガティブな身体知覚は,心身への悪影響を及ぼすことが知られていますが,その解決策はわかっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,歩行中に身体の軽さを感じるという新たな錯覚現象について報告しました.30名の実験参加者がトレッドミル歩行中に「主観的に先行するフィードバック」を経験した際,9名が身体軽量感の錯覚が誘発されたと報告されています.この報告では,主観的に先行するフィードバックの生成方法,身体軽量感錯覚を誘発するメカニズム,およびこの錯覚の応用可能性について記載しています.フィードバック間のわずかな誤差の知覚は,ポジティブな効果も生む可能性について論じています.この研究は予備的・探索的研究な段階ではありますが,この新たな錯覚は医療・リハビリテーション分野だけでなく,拡張現実技術やその他の学際分野にも貢献する可能性を秘めています.

研究内容

身体が重たいと感じるその原因に感覚運動不一致が挙げられています.感覚運動不一致とは,脳内で予測されたフィードバックと実際のフィードバック間のわずかなズレ(不一致)の認識を指します.感覚運動不一致を実験的に扱う方法に視覚遅延フィードバックを用いた研究があります.以前に畿央大学の林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,視覚遅延フィードバックによって歩行中にも身体重量感を実験的に誘発できることを報告していました.しかし中には身体軽量感を報告する者が一定数存在することがわかっていましたが,その理由は不明なままでした.

ある日,研究チームが実験終了後に実験参加者の内省を聴取していると「遅れが大きくなりすぎると少し未来の自分を見ている状態になる.その時に身体が軽く感じる」という内容が報告され,研究チームが意図していなかった偶発的に作りだされた実験状況が身体軽量感錯覚に寄与する可能性が発覚しました.つまり身体軽量感の錯覚は,「主観的に先行するフィードバック」と予測されたフィードバック間の不一致によって誘発される可能性があると研究チームは提案しています.

歩行は周期運動であるため,1歩分に近い遅延を導入すると,先行する視覚フィードバックが生じ得ます.図1に示すように,ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイム(遅延時間:0ミリ秒)が立脚後期の場合,1000ミリ秒の遅延フィードバックは,前の歩行周期の立脚後期を見ている状況になります.また,わずかな遅延フィードバック(図1では立脚中期)によって身体重量感が誘発されることは以前の研究から明らかになっていました(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).一方で,ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期をフィードバックすると,実際は遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する状況を主観的に経験することができます.この特殊な状況を「主観的先行フィードバック」と研究チームは呼んでいます.主観的先行フィードバックは,身体軽量感錯覚を引き起こす可能性があり,本研究の目的はこれを体系的に調査することでした.

図1.主観的先行フィードバックの誘発条件

ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイムが立脚後期の場合,遅延時間0ミリ秒および1000ミリ秒のフィードバックは,どちらも立脚後期に対応します.わずかな遅延フィードバック(ここでは立脚中期)では,身体重量感が誘発されます(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期のフィードバックを提示すると,実際には遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する段階を主観的に経験することができます.

 

実験により,30名中9名で先行フィードバック時に明確な身体軽量感の錯覚が誘発したという結果が報告されています.本報告は予備的・探索的な性質のものですが,このシンプルなアイデアは,感覚運動不一致によって引き起こされる不快な主観的体験への介入手段として役立つ可能性が秘められています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

新たな錯覚現象の発見によって,身体知覚生起のメカニズムおよび発展可能性を展望することができました.

今後の研究では,身体軽量感を頑健に惹起する方法のさらなる探索をする必要があります.

論文情報

Hayashida K, Nishi Y, Osawa K, Inui Y and Morioka S (2026)

The illusion of a “sense of body lightness” while walking: a preliminary exploratory study.

Front. Psychol. 17:1741215.

・関連する先行研究

Hayashida, K., Nishi, Y., Inui, Y., & Morioka, S. (2025). Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback. Psychological research89(5), 139. https://doi.org/10.1007/s00426-025-02170-9

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 林田 一輝

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp