この痛みは私のせいじゃない:非予測的な負の出来事に対する認知過程
PRESS RELEASE 2023.12.21
「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など,自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず,その痛みは自分のせいで起こったのではないと認識してしまうことがあります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 林田 一輝 客員研究員,森岡 周 教授 らは,非予測的な負の結果に対する認知過程について実験心理学的手法を用いて明らかにしました.この成果は,Consciousness and Cognition誌(I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in situations with unpredictable outcomes)に掲載されています.
研究概要
ある出来事について,それを生み出していると考えられる何らかの原因に結び付ける心理過程を原因帰属といいます.しばしば臨床では,「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など,自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず,その痛みは自分のせいで起こったのではないと原因帰属してしまうことがあります.このような患者は,他人に原因帰属をしてしまうため,患者教育が難渋する場合があります.痛みというネガティブな出来事を適切に原因帰属させることは,行動変容を促すために重要ですが,原因帰属は主観的な要素が多く科学的に扱うことが難しいため,その認知的メカニズムは不明でした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員らの研究チームは,原因帰属を客観的に測定できるtemporal bindingという現象に着目し,行為を自分の意志で選択した場合(自由選択条件)と他者に強制された場合(強制選択条件)とで原因帰属が変化するのかどうかを,健常者を対象に実験的に調査しました.その結果,行為に伴って痛みが与えられた時,自由選択条件と比較して強制選択条件で自分への原因帰属が減少することが示されました.驚くべきことに,自由選択条件と強制選択条件では,痛みの程度は同等に感じていることも示されました.これらの結果から,他者のせいにする,といった原因帰属は,ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました.
本研究のポイント
■ 自由選択と強制選択が痛みの原因帰属を変調させるかどうかの認知プロセスを調べた.
■ 強制選択に痛みを伴うと自己への原因帰属が減少することが明らかにされた.
研究内容
強制選択が痛みの原因帰属に影響するかどうかを,健常者を対象とした実験で検証しました.単純な意思決定課題と痛み刺激を組み合わせた修正版temporal binding課題を用いました.Temporal binding課題とは,認知的な原因帰属を暗黙的かつ定量的に評価できる方法として知られています.あるキーを押して(行為を実行する),100ms時間間隔を空けて,音が鳴る(出来事が起こる)という状況おいて,そのキー押しと音の間の時間間隔を参加者に推定させる課題です.推定した時間間隔が短いほど,行為と出来事の強い結びつけを認知しており,原因帰属を定量化できるとされています,
実験参加者は,自由選択条件と強制選択条件を遂行しました.画面上の3つのキーのうち1つは音だけが出る確率が最も高いキー,もう1つのキーは音と触覚刺激が出る確率が最も高いキー,最後のキーは音と痛み刺激が出る確率が最も高いキーであることが参加者に伝えられていました.自由選択条件では,痛み刺激を避けるようにキーを選択して押すように参加者に伝えられました.強制選択条件では,強制的に選択された黒塗りのキーを押すように指示されました.実際には,各キーはそれぞれの刺激を与える確率が同じでした(そのことを参加者は知りませんでした).つまり,痛み刺激を受ける確率は,参加者がどのキーを押しても同じでした(33.3%).すなわち,自由に選択できるかどうかの要因のみが操作されました.この課題にTemporal binding課題を組わせた実験を行いました.(図1)
図1.実験課題
キー押しの後,数100msの時間間隔が空いて,音のみ,音と触覚または音と痛みが提示される.その後,時間間隔の推定と痛みの程度をNumerical Rating Scale(NRS)にて評価する.自由選択条件と強制選択条件の両方を実験参加者は遂行した.
その結果,行為に伴って痛みが与えられた時,自由選択条件と比較して強制選択条件で推定時間間隔が有意に長くなることが示されました(図2).つまり他者強制された時に痛みを伴うと自分への原因帰属が減少していました.驚くべきことに,自由選択条件と強制選択条件では,痛みの程度は同等であるという結果も得られました.これらの結果から,他者のせいにするといった原因帰属は,ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました.この成果は,患者教育の際に患者の自由意志を確保する重要性を示しています.
図2.実験の結果
A:時間推定の結果.値が小さい程キー押しと音との時間間隔を短く推定しており,原因帰属が強いことを表す.痛みが提示された条件において,自由選択と比較して強制選択が有意に長くなった.
B:痛みの結果.自由選択条件と強制選択条件で有意な差は認めなかった.データは平均±標準誤差を表す.*p<0.05 NRS:Numerical Rating Scale
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究によって,原因帰属は自由選択が重要な要因であることが示されました.今後の研究では、痛みの原因帰属の根底にある認知過程が患者の行動を変化させるかどうかを調べる予定です.
論文情報
Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Taku Matsukawa, Yuya Nagase, Shu Morioka
Consciousness and Cognition, 2023
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp