バーチャルリアリティを用いた幻肢痛のニューロリハビリテーション
PRESS RELEASE 2016.9.10
神経障害などの後には感覚を失ったはずの肢(幻肢)が痛むことがあります.これは「幻肢痛」と呼ばれる症状であり,生活の質に大きな不利益をもたらします.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘特任助教らは,東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授を中心とする研究グループと共同で,仮想現実(バーチャルリアリティー)システムを用いて,幻肢をあたかも自分の意思で動かしているような錯覚を繰り返すことにより幻肢の随意運動が獲得され、それとともに幻肢痛が改善されることを明らかにしました。この研究成果はEuropean Journal of Pain誌(Restoring movement representation and alleviating phantom limb pain through short-term neurorehabilitation with a virtual reality system)に掲載されています.
研究概要
手足の切断後や神経障害によって感覚を失われたにも関わらず,手足とその感覚が存在するように感じられ(幻肢),その幻肢が痛む不思議な現象は「幻肢痛」と呼ばれています.幻肢痛を有する患者さんの多くが脳内で幻肢を動かすことができないことから,幻肢痛は運動表象(脳の中での手足の運動イメージのこと)の生成異常による脳の警告信号としての痛みであると考えられていますが,従来の治療では十分に痛みを軽減することが出来ませんでした.
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘特任助教らは,東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授,同情報理工学系研究科 國吉康夫教授,同先端科学技術研究センター 熊谷晋一郎准教授らと共同で、脳内での幻肢の運動を両手干渉課題によって行動学的に定量評価した上で,幻肢をあたかも自らの意思で動かしている錯覚を感じることのできる仮想現実(Virtual Reality:VR)システムでのニューロリハビリテーション効果を検証しました.幻肢痛の患者さんに対するVRニューロリハビリの結果,幻肢痛が改善するだけでなく定量評価された幻肢の運動表象の改善と有意な相関関係がありました.この研究成果は幻肢痛の発症メカニズムが脳内での運動表象の異常であることを検証しただけでなく,幻肢痛に対する新しいVR神経リハ治療の開発に成功したことになります.
本研究のポイント
仮想現実を用いたニューロリハビリテーションによって幻肢の運動表象が獲得され,幻肢痛が軽減した.
研究内容
幻肢の運動表象をBimanual circle line coordination task (BCT)によって定量評価した上で,VRシステムを用いたニューロリハビリテーションが幻肢の運動表象と幻肢痛を改善させるのかについて検証しました.
実際のVRシステムは,モーションキャプチャで取得した健肢の運動情報を左右反転した映像をリアルタイムにヘッドマウントディスプレイへ映し出し,対象者は健肢を動かすことによって自らの意志で幻肢を動かしているような仮想体験をすることができるようになっています.
左図:バーチャルリアリティシステムを用いたニューロリハビリテーション
右図:幻肢の運動表象と幻肢痛との関係
本研究では,VRリハビリによって改善した運動表象と幻肢痛の改善との間に有意な相関関係が認められました.つまり,VRリハビリによって幻肢の運動表象が改善した者ほど幻肢痛の軽減が大きかったということを意味します.
このことから,幻肢の運動表象と幻肢痛は密接な関係にあることが明らかになったことだけでなく,ニューロリハビリテーションによってそれらを改善させることができることが明らかにされました.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,幻肢や幻肢痛という直接的に目で捉えることができない症状を簡便に定量化することの重要性が示されただけでなく,幻肢をイメージの中で動かすトレーニングの有効性も示されました.
今後はVRシステムを用いたニューロリハビリテーションの適応と限界について研究される予定である.
関連する先行研究
Osumi M, Sumitani M, Wake N, Sano Y, Ichinose A, Kumagaya S, Kuniyoshi Y, Morioka S. Structured movement representations of a phantom limb associated with phantom limb pain. Neurosci Lett. 2015 Sep 25;605:7-11.
関連記事
本研究成果は東京大学研究報告webページ U Tokyo Researchにも掲載されています.
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/effective-rehabilitation-of-phantom-limb-pain-with-virtual-reality.html
論文情報
Osumi M, Ichinose A, Sumitani M, Wake N, Sano Y, Yozu A, Kumagaya S, Kuniyoshi Y, Morioka S. Restoring movement representation and alleviating phantom limb pain through short-term neurorehabilitation with a virtual reality system. Eur J Pain. 2016 Jul 5.
なお、本研究は東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授,東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授,東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「構成論的発達科学」の支援を受けて実施されました.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp