[Journal Club]最大前方リーチにおける触覚誘導のための対人相互作用

Steinl SM, Johannsen L.
Interpersonal interactions for haptic guidance during maximum forward reaching.
Gait Posture. 2017 Mar;53:17-24.

 

リハビリテーション場面において,療法士が対象者の動作介助(例:立位・歩行動作など)を行うために,身体接触を伴う徒手的方法を用いることは多くみられます.この際,療法士の介助が対象者の姿勢運動制御に影響を与える要因には,徒手的に加えられる力学的要因だけでなく,接触に起因する感覚的要因(触覚情報)があります.しかし,この触覚情報により双方または二者間の姿勢運動制御にどのような影響を及ぼすのかについての知見は散見される程度となっています.特に,ある目的のある運動課題において「影響を与える側(例:介助者)」と「影響を受ける側(例:被介助者)」のような役割設定を行い,触覚情報の相互作用が「影響を受ける側」の姿勢運動制御にどのような影響を与えるのかは明らかにされていません.

今回紹介する論文は,立位姿勢において一側上肢を可能な限り前方へとリーチさせる「最大前方リーチ課題(ファンクショナルリーチテストと同様な運動)」を行う者に対して,他者がリーチ側上肢への軽い身体接触(対人接触)により触覚情報を付加することで示される姿勢運動制御への影響を調べたものです.

 

健常若年者で構成されたペア(対象者AとB)を対象としており,対象者Aは閉眼安静立位にて右上肢で最大前方リーチ課題を実施することが求められます.この際,対象者Aの左側方に位置している対象者Bは,リーチを行っている対象者Aの右手首に右示指を用いて軽い対人接触を行い,対象者Aのリーチ運動に追従することが求められます.すなわち,対象者Aは対象者Bから対人接触を受けつつ主導的にリーチを行う役割(被接触者)にあり,対象者Bは対象者Aを対人接触によってフォローするといった役割(接触者)にあります.

また,実験では
①対象者Aのリーチ先に接触対象物(僅かな外力で滑動する軽量物)がある条件とない条件
②対象者Bが閉眼または開眼して対象者Aへ接触を行う,または,開眼で接触を伴わずに視覚誘導で対象者Aのリーチに追従する条件
の2要因からなる6条件が実験条件として設定されました.
計測は床反力計とモーションキャプチャーを用いて行われ,足圧中心動揺速度の変動性(姿勢動揺),リーチ上肢の運動距離と動揺速度変動性(リーチ距離とリーチ運動の動揺),そして床反力モーメントの相互相関係数(姿勢運動制御の相互作用)とその時間差(相互作用において対象者AとBのどちらが主導しているかの指標)が解析されました.

 

結果として,接触対象物がある場合は対象者A(被接触者)のリーチ距離がない場合に比べ増加し,姿勢動揺とリーチ運動の動揺を減少させることが示されました.さらに,この姿勢動揺とリーチ運動の動揺の減少は,対象者B(接触者)が閉眼で接触を行っている条件において最も顕著に示されました.また,接触を行う場合には,行わない場合に比べて対象者AとBの姿勢運動制御の相互作用が高く示されるが,これに接触対象物を加えた場合には,相互作用の程度が減少することが示されました.一方,相互作用の時間差については,主として対象者B(接触者)は対象者A(被接触者)の運動に遅れて反応することが示されましたが,接触対象物がなく対象者Bが閉眼で接触を行う場合には,この時間的関係性が逆転する(対象者BがAに先行する)ことが示されました.

これらの結果から,目的のある運動課題の姿勢運動制御において,対人接触を介した触覚情報に基づく相互作用は,被接触者と接触者の各々の状態に応じて変調することが明らかとなりました.具体的には,姿勢動揺の減少や運動の安定化のためには,加えられる触覚情報の参照点が多い(接触対象物と対人接触)と効果的であること.また,目的とする運動課題から明確なフィードバック情報を得ることができる場合(接触対象物があり対人接触を伴う条件)では,双方の情報が競合することで,接触者から加えられるフィードバック情報に対する感覚情報の重みづけが相対的に低下し,二者間の相互作用が減弱すること.一方,接触対象物がなく被接触者が得るフィードバック情報が接触者からの触覚情報に限局されており,さらに接触者が閉眼しており視覚的に被接触者の反応を得ることの出来ない場合には,相互作用を主導する役割が被接触者から接触者側へと切り替わるということです.

 

Steinlら(本論文著者ら)は「本研究の結果は,臨床の介助場面においても,相互作用する両者のおかれている感覚や運動の状態を考慮する必要があること示唆している」,「対人接触による触覚誘導を介助者主導とするには,被介助者が利用できる他の競合する触覚情報がないこと,そして,介助者側は視覚に基づいた反応的な対応を意図的に控える方略が必要かもしれない」と述べています.