Author Archive

パーキンソン病患者の診療環境と日常生活環境における歩行速度の調節能

PRESS RELEASE 2024.10.4

歩行速度は環境の多様な文脈に応じて歩幅やケイデンス等の歩行パラメーターが変化することで調節されます.パーキンソン病患者は環境適応への困難さが指摘されておりますが,診療環境と日常生活環境の歩行制御の差異は十分に明らかになっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の 西 祐樹ら は,慣性センサーを用いて診療環境と日常生活環境の歩行を計測することで,診療環境と日常生活環境では歩行速度に応じた歩行パラメーターが異なることを明らかにしました.この研究成果はJournal of Movement Disorders誌(Adjustability of gait speed in clinics and free-living environments in people with Parkinson‘s disease)に掲載されています.

研究概要

パーキンソン病(PD)患者における歩行速度の低下や歩幅の短縮は,活動範囲,転倒リスク,生活の質,社会参加に影響を与える重大な歩行障害です.歩行速度は主にケイデンスと歩幅に影響を受けますが,PD患者においては,ケイデンスが歩行速度を主に決定付けます.これまでの先行研究では,参加者に快適あるいは最大歩行速度を求め,平均値や中央値による代表値によって歩行速度を解釈してきました.一方,日常生活環境における歩行速度の分布は二峰性ガウス分布を示しており,これは2つの好ましい速度が存在することが近年明らかになっています.比較的低い速度は,認知負荷が高い状況や狭い空間での歩行に該当し,比較的高い速度は,特定の目的地に到達する際やより広い空間での歩行に対応しており,環境や文脈に適応した歩行速度の調節能を反映していると考えられています.PD患者は環境適応性が低下していることが知られており,リハビリテーションが行われている診療環境と,日常生活環境では歩行が乖離している可能性があります.そのため,環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは,PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要であるといえます.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の 西 祐樹 ら は,PD患者の診療環境および日常生活環境の歩行を計測し,比較しました.その結果,歩行速度に応じた歩行制御が診療環境と日常生活環境では異なるとともに,パーキンソン病の重症度,転倒回数,生活の質に関連していることを明らかにしました.

本研究のポイント

・パーキンソン病患者を対象に,診療環境と日常生活環境における速度に応じた歩行制御を比較した.
・日常生活環境では,診療環境と比較して,歩行速度の調節能の低下,速度の低下,歩幅の狭小化,左右非対称性の増大がみられた.
・日常生活環境における歩行の調節能はパーキンソン病の重症度,転倒回数,生活の質に関連した.

研究内容

本研究の目的は,PD患者の診療環境および日常生活環境における歩行速度に応じた歩行パラメーターを比較することです.また,歩行パラメーター,環境要因,PD特有の評価との関連性を調査しました.
PD患者を対象に,腰に装着した加速度計を用いて診療環境および日常生活環境で計測しました.抽出した歩行速度分布に二峰性ガウスモデルを適合させることで,歩行速度を低速と高速に分類するとともに,歩行速度の調節能(Ashman’D)を算出しました.歩幅やケイデンス,左右非対称性等の歩行の時空間パラメーターを,環境(診療環境/日常生活環境)×速度(低速/高速)の2×2反復測定分散分析を用いて比較しました.また,パーキンソン病の症状と歩行パラメーターとの関連性をベイジアン・ピアソン相関係数を用いて評価しました.

図1.診療環境と自由生活環境における歩行パラメーターの相関係数を示すヒートマップ

濃いピクセルはより高い相関係数を示し(赤色は正の相関、緑色は負の相関を表す),各相関がBayes factor (BF10) ≥ 1であったピクセルにのみ,BF10値と95%信頼区間が示されている.*:BF10 ≥3は実質的な証拠、**:BF10 ≥30は非常に強い証拠、***:BF10 ≥100は決定的な証拠を意味する.

 

その結果,日常生活環境では,診療環境と比較して,歩行速度の調節能の低下,速度の低下,歩幅の狭小化,左右非対称性の増大がみられましたが,ケイデンスは変わらないことが明らかになりました.また,速度の低下によって歩幅やケイデンスは低下しますが,左右非対称性には有意差がありませんでした.また,日常生活環境における歩行速度の調節能とパーキンソン病の重症度(MDS-UPDRS-III),転倒回数,生活の質(PDQ-39)に有意な相関が認められました.さらに,近隣環境の歩きやすさは(Walk score),日常生活環境における歩行速度の調節能との相関関係はありませんでしたが,相対的に高い速度の割合との有意な相関関係が明らかになりました.これらの結果は,パーキンソン病患者の歩行制御が環境の影響を受けることを示唆しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは,PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要な示唆を与えます.今後は環境や文脈の要因を詳細に評価することで,PD患者における環境適応の病態をさらに明らかにする予定です.

論文情報

Yuki Nishi, Shintaro Fujii, Koki Ikuno, Yuta Terasawa, Shu Morioka.

Adjustability of gait speed in clinics and free-living environments in people with Parkinson’s disease.

Journal of Movement Disorders, 2024.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御の異質性

PRESS RELEASE 2024.9.25

脳卒中による歩行障害は歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とし,転倒リスクや生活範囲の狭小化,生活の質に不利益をもたらします.しかし,個々の患者においてこれらの歩行の特徴がどのように関係しているのかは不明でした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域(保健学系)  西 祐樹らは,ネットワーク分析を用いた因果探索を行い,日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに,その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました.この研究成果はIEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering誌(Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network)に掲載されています.

研究概要

脳卒中患者の多くは歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とした歩行障害を呈し,転倒リスクや生活範囲の狭小化,生活の質の低下を引き起こします.特に日常生活環境においては,様々な文脈や環境に応じた歩行速度の調整等の歩行制御が求められます.近年,慣性センサー技術の進歩により,日常生活における歩行制御が明らかになってきました.一方,これまでの手法では,歩行の時空間パラメータを距離や時間の平均値として扱っており,歩行の連続性や歩行制御の変化を十分に捉えきれていませんでした.また,上記の歩行パラメータは相互に関係しており,従来の歩行制御モデルでは,脳卒中患者の歩行速度は主に歩調によって決定されますが,歩幅や歩行非対称性が歩行速度に与える影響には一貫性はありませんでした.つまり,脳卒中の歩行制御には個別性があることが推測されます.脳卒中患者個々の歩行制御モデルの構築と類型化は歩行機能の相互作用への洞察を深め,個別化されたリハビリテーション戦略に貢献することが期待されます.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域 (保健学系)  西 祐樹らは,脳卒中患者の日常生活環境における歩行を計測し,ネットワーク分析を用いて,脳卒中患者個々の歩行制御モデルを構築するとともに,クラスター分析による類型化を行いました.その結果,日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに,その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました

本研究のポイント

■ 脳卒中患者の日常生活環境における個々の歩行制御の異質性を分析した.
■ 脳卒中患者の歩行制御モデルは3つのクラスターに類型化された.
■ これら3つのクラスターは歩幅速度の調整能,Fugl-Meyer assessment,歩幅の非対称性,歩幅によって説明可能であった.

研究内容

本研究の目的は,脳卒中患者の日常生活環境における個別の歩行制御モデルを構築し,類型化することでした.そこで,脳卒中患者を対象に腰部に加速度計を装着し,日常生活環境において24時間計測しました.計測された加速度データから歩行の時空間変数を算出し,Linear Non-Gaussian Acyclic Model(LiNGAM)を使用して歩行の連続性を考慮した時系列的因果探索を行い,各患者における有向非巡回グラフ(DAG)を作成しました.次にスペクトルクラスタリングを使用して各患者のDAGを類型化しました.最後に類型化されたDAGの特徴を分析するために,ベイズロジスティック回帰に基づいた特徴選択を行いました.

本研究における脳卒中患者の歩行制御モデルは以下の3つのクラスターに類型化されました: クラスター 1;歩行の非対称性と歩行の不安定性が高く,主にケイデンスに基づいて歩行速度を調整する中等度の脳卒中患者,クラスター 2;主に歩幅に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者,クラスター 3;主に歩幅とケイデンスの両方に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者.これらの 3 つのクラスターは,歩幅速度の調整能,Fugl-Meyer assessment,歩幅の非対称性,歩幅という 4 つの変数に基づいて正確に分類できました.これらの脳卒中患者における歩行制御モデルのパターンは,歩行制御の異質性と脳卒中患者の機能的多様性を示唆しています

1:脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御モデル ©  2024 Yuki Nishi

全参加者と各クラスターにおけるDAGの可視化.(a) 全参加者のDAG.(b) クラスター1のDAG (c) クラスター2のDAG (d) クラスター3のDAG.ノードの色はノードの次数,エッジの色はエッジの重み,エッジの幅は占有率(クラスター内で各エッジを持つ人の割合)を表す.

本研究の臨床的意義および今後の展開

脳卒中患者における特徴的な歩行障害間の相互作用を理解し,異質性を明らかにすることは,個別性の高い精密リハビリテーションの基礎となります.歩行制御の個々のネットワークを解読することで,歩行速度の向上などの望ましい機能改善に関連する歩幅や歩行の非対称性などの特定の歩行障害をターゲットにした正確な介入を開発できます.このアプローチにより,よりオーダーメイドで効果的な治療戦略が期待されます.

論文情報

Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yusaku Takamura, Yuji Minamikawa, Shu Morioka

Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network

IEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering, 2024

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

小脳への経頭蓋直流電気刺激が脊髄運動ニューロンおよび前庭脊髄路の興奮性に及ぼす影響

PRESS RELEASE 2024.8.19

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は,脳の神経活動を変調させる手法でありリハビリテーションに用いられています。小脳に対するtDCSは小脳皮質の興奮性を変調させることは分かっていますが,小脳と機能的結合を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性にどのように影響するかは明らかになっていません.畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 氏(畿央大学14期生)と森岡周 教授らは,健常者を対象に小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました.この研究成果は,Experimental Brain Research誌(Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals)に掲載されています.

研究概要

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は脳の興奮性を変調させることができる非侵襲的な脳刺激法の一つであり,リハビリテーションに有効であると考えられています.近年,運動学習や姿勢制御において重要な脳の部位である小脳に対するtDCSの研究が多く実施されています.小脳に対するtDCSは小脳皮質の活動を変調させることができると報告されている一方で,小脳と機能的な連結を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路などの興奮性に与える影響は明らかになっておりませんでした.そこで畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 さん,森岡 周 教授らの研究グループは,H反射と直流前庭電気刺激(GVS)などの神経生理学的手法を用いて,小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました. その結果,小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えないことが分かりました.

本研究のポイント

H反射やGVSを用いて測定した脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性は小脳へのtDCS刺激前,刺激中,刺激後で変化はみられませんでした.健常被験者の座位姿勢において,小脳へのtDCSは脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性には影響を与えない可能性が示唆されました.

研究内容

本研究では脊髄運動ニューロンの興奮性を評価するためにH反射と呼ばれる神経生理学的手法を使用しました.これは感覚神経を電気で刺激することで誘発される筋電位であり脊髄運動ニューロンの興奮性を反映しています.また前庭脊髄路の興奮性を評価するために直流前庭電気刺激(GVS)を用い,H反射を誘発するための電気刺激の直前にGVSを通電することでGVS-H反射を測定しました.これはGVSによって前庭脊髄路の興奮性が一時的に上昇し,H反射の大きさが増大する現象を利用したものであり,GVSによるH反射の変化率が大きいほど前庭脊髄路の興奮性が高いことを示します.今回は運動神経を刺激することで誘発される最大のM波(Mmax),最大のH反射(Hmax),GVSで条件付けされたHmax(GVS-Hmax)をそれぞれ,tDCS刺激前,刺激中,刺激後の3地点で測定しました.またHmaxをMmaxで正規化したHmax/Mmaxを脊髄運動ニューロンの興奮性,GVSによるHmaxの変化率(%)を前庭脊髄路の興奮性の指標として用いました.tDCSの電極は小脳虫部に貼付し,偽刺激,陽極刺激,陰極刺激の3条件の刺激を同一被験者に対して最低3日以上の間隔を空けて実施しました.

1:実験プロトコル

tDCSは同一被験者に対して偽刺激,陽極刺激,陰極刺激の3刺激条件を最低3日以上の間隔を空けて実施しました.tDCSの刺激前,刺激中,刺激後の3地点でMmax,Hmax,GVS-Hmaxをそれぞれ測定しました.

2H反射の測定方法と代表的な波形

a) 被験者は股関節90°,膝関節20°,足関節90°でベッド上に座り,右ヒラメ筋からH反射を計測しました.

b) H反射とGVS-H反射の代表的な波形.H反射を誘発するための脛骨神経刺激の100ms前にGVSを与えることによってH反射の大きさが増大します.

3:各tDCS刺激条件によるHmax/Mmaxの結果(脊髄運動ニューロンの興奮性の評価)

tDCSの刺激条件による主効果,測定タイミングによる主効果,交互作用は有意ではありませんでした.

4:各tDCS刺激条件によるGVSによるHmaxの変化率の結果(前庭脊髄路の興奮性の評価)

tDCSの刺激条件による主効果,測定タイミングによる主効果,交互作用は有意ではありませんでした.

本研究の臨床的意義および今後の展開

小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において,H反射やGVSなどの神経生理学的手法で測定される脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えない可能性が示唆されました.この結果には神経細胞の膜電位を変化させるtDCSの神経学的作用メカニズムが本研究の結果に関連している可能性があり,tDCSによって小脳の活動を変調させても,健常者の座位姿勢における脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性の調節にはあまり影響を及ぼさない可能性があります.今後は,異なるニューロモデュレーション技術や姿勢条件下で,脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路に対する小脳の関与を調べる必要があります.

論文情報

Yuki Sato, Yuta Terasawa, Yohei Okada, Naruhito Hasui, Naomichi Mizuta, Sora Ohnishi, Daiki Fujita, Shu Morioka.

Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals.

Exp Brain Res (2024).

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

高所などの怖い場所でのバランス制御メカニズムを調査

PRESS RELEASE 2024.7.31

高所などpostural threat (姿勢脅威) を生じる環境では静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)の周波数が高く,振幅が小さくなることが知られています.このメカニズムとして,postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました.畿央大学大学院 客員准教授の植田耕造氏,森岡周教授らは,身体内部に注意を向ける課題(意識的なバランス処理課題)と比べて,できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御課題)の方がCOP動揺の平均パワー周波数が高く,postural threat下の姿勢制御と類似することを明らかにしました.この研究成果はNeuroscience Letters誌 (Difference between voluntary control and conscious balance processing during quiet standing)に掲載されています.本研究はpostural threatが姿勢制御を変調するメカニズム解明の一助となる研究です.

研究概要

過去の姿勢制御の基礎研究において,postural threat(姿勢脅威)が姿勢制御を変調することが報告されてきました.Postural threatとは,直立姿勢の制御に影響を与える要因のひとつであり,具体的には自分の身の安全に対し認識された脅威(threat)のことです.Postural threat(姿勢脅威)は高所で床面の端に立つなどの状況で生じ,静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)動揺の平均パワー周波数が高く,振幅が小さくなることが知られています.このメカニズムとして,postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました.しかし近年,身体内部(自己の足圧の移動)へ注意を向けておく課題(意識的なバランス処理課題)は簡単な認知課題を行う課題と比べ静止立位時の平均パワー周波数は高くなく,postural threatにより平均パワー周波数が高くなるメカニズムとなり得ないことが示されました.一方,植田 耕造 客員准教授 らは,できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御)において,リラックスした課題や難しい認知課題を行う課題と比べ静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く,振幅が小さいことを報告しています(https://www.kio.ac.jp/nrc/2015/01/06/press_ueta/).そこで,畿央大学大学院客員准教授/JCHO滋賀病院の植田 耕造氏(責任著者),森岡 周教授,畿央大学大学院の修了生である菅沼惇一氏 (筆頭著者:中部学院大学),中西康二氏(京丹後市立弥栄病院)らの研究グループは,健常若年者に対し,静止立位時の随意的制御課題と意識的なバランス処理課題を比較し,随意的制御課題の方がpostural threat下と類似した姿勢制御になるかを検証しました.その結果,意識的なバランス処理課題と比べ随意的制御課題の方が静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く,postural threat下とより類似していることを明らかにしました.

本研究のポイント

静止立位時に身体内部に注意を向けるよりも,できる限り動揺しないように随意的に制御する方がCOP動揺の平均パワー周波数が高くなることが判明しました.

研究内容

本研究では健常若年者27名を対象に,下記の3条件で各30秒間の静止立位時のCOP動揺を2回ずつ測定しました.

①リラックス条件:リラックスして立つよう指示

②意識的なバランス処理条件:立位中の足圧の移動に注意を向けるよう指示

③随意的制御条件:できる限り動揺を小さく制御するように指示

その結果,左右方向の平均パワー周波数や高周波帯域において,随意的制御条件で意識的なバランス処理条件よりも高値を示しました.一方で,RMS(root mean square)で表されるCOP動揺の平均振幅に差はありませんでした.

高所条件でpostural threatを引き起こしている過去の研究では,全ての研究で平均パワー周波数の増加を認めており,本研究の結果から,意識的なバランス処理条件よりも随意的制御条件の方がpostural threat下の姿勢制御と類似していることが示されました.このことから,postural threat下では注意が身体内部へ向くだけでなく,随意的な動揺の制御が行われていると考えられます.そのため本研究結果は,postural threatが姿勢制御を変調するメカニズムの概念的枠組みの一部の修正が必要であることを提案します.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究では,動揺を随意的に制御しようとした時にpostural threat下と類似した姿勢制御となることが示されました.臨床において,立つことが不安定で恐怖心を感じている症例の中には,随意的制御により姿勢制御が変調している対象者も存在する可能性があります.今後は随意的制御の方法の違いによる姿勢制御への影響を検証する必要があります.

論文情報

Suganuma J, Ueta K, Nakanishi K, Ikeda Y, Morioka S.

Difference between voluntary control and conscious balance processing during quiet standing.

Neurosci Lett. 2024 Jul 15;837:137900.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

客員准教授    植田耕造

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

人工膝関節全置換術後の長引く痛みと関連する疼痛の性質

PRESS RELEASE 2024.7.10

人工膝関節全置換術(TKA)の施行によって歩行や階段動作といった日常生活の問題が改善される一方で,およそ2割の患者は長引く痛みを経験しています.畿央大学大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏,森岡 周 教授らは,TKA術前・術後において患者が訴える疼痛の性質において,とりわけ術後2週の「ひきつるような」という疼痛の性質が,術後3ヵ月・6ヵ月まで長引く痛みの存在に関連していることを明らかにしました.この研究成果は,Scientific Reports誌(Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty)に掲載されています.疼痛の性質は痛みの病態を反映しており,術後遷延痛に対して,より具体的なリハビリテーション介入選択の一助になることが期待されます.

研究概要

TKA術前・術後の疼痛強度は長引く痛みの関連因子ですが,その要因は様々です.疼痛の性質は痛みの病態を理解するために重要な情報を提供するため,本研究では,術前・術後に患者が訴える疼痛の性質に着目し,術後3ヵ月・6ヵ月の疼痛強度との関連性を分析しました.

本研究のポイント

■「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」といった関節炎に由来するような疼痛の性質は,術前から術後2週で(すなわちTKAの施行によって)改善されていることがわかりました.

■ 術前の「ビーンと走る」,「うずく」,「軽く触れるだけで痛い」,「しびれ」,術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質は術後3ヵ月の疼痛強度と関連しましたが,とりわけ「ひきつるような」は,術後3ヵ月・6ヵ月の遷延痛の存在(NRS≧3)と関連していることが分かりました.

研究内容

TKA患者52名を対象に,術前と術後2週の疼痛強度(Numerical Rating Scale: NRSと様々な疼痛の性質(Short Form McGill Pain Questionnaire – 2: SFMPQ2を評価し,それぞれが比較されました.その結果,関節炎に由来するような「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」といった疼痛の性質はTKAの施行後に改善されていることが分かりました(図1).

図1.術前と術後2週における疼痛の性質

「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」,「疲れてくたくたになるような」といった疼痛の性質は,術前と比べて術後2週で有意に改善しました.また,「さわると痛い」や「むずがゆい」といった疼痛の性質はわずかに悪化しました.

 

続いて,マルコフ連鎖モンテカルロ法による事後分布推定を用いたベイズアプローチによって,術前・術後2週における疼痛の性質と,術後3ヵ月・6ヵ月時点における疼痛強度の関連性を分析した結果,いくつかの術前(「ビーンと走る」,「うずくような」,「軽く触れると痛い」,「しびれ」)と,術後2週(「ひきつるような」)の性質が,術後3ヵ月の疼痛強度と関連していることがわかりました.また,これらの性質と術後3ヵ月および6ヵ月における遷延痛の存在(NRS≧3)の関連性を分析したところ,術後2週における「ひきつるような」のみが関連していることがわかりました(図2).

図2.疼痛の性質と術後遷延痛の関連性

いくつかの疼痛の性質(術前:「ビーンと走る」,「うずく」,「軽く触れるだけで痛い」,「しびれ」,術後2週:「ひきつるような」)は,術後3ヵ月の疼痛強度と関連していました.さらに,術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質のみが術後3ヵ月,6ヵ月における遷延痛(NRS≧3)の存在と関連していました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

TKA術後遷延痛の予防において,周術期の疼痛管理で特に焦点を当てるべき疼痛の性質が明らかとなり,痛みの病態に基づいた介入戦略選択の一助になると考えられます.今後はこのような疼痛の性質の背景にある運動障害や末梢/中枢神経制御のメカニズムを検証していく予定です.

論文情報

Koga M, Maeda A, Morioka S.

Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty.

Sci Rep. 2024 Jul 2;14(1):15217.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 古賀優之

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

第28回 日本ペインリハビリテーション学会 学術大会で大学院生が一般口述演題奨励賞を受賞しました!

健康科学研究科 博士後期課程の古賀 優之です.2024年6月8日,9日に長崎で開催された第28回日本ペインリハビリテーション学会学術大会において,私たちは「人工膝関節全置換術患者における疼痛/運動恐怖と膝の運動学的データの関連性」というテーマで発表し,一般口述演題奨励賞を受賞しました!

【本研究の内容】

人工膝関節全置換術は,膝の痛みや歩行・階段昇降動作の困難さを改善するのに有効ですが,比較的大きな術侵襲が伴うことから術後のリハビリテーションにおいて膝周囲に過度な力が入り,膝の曲げ伸ばし運動が不規則な動きになる症例を経験することがあります.そこで私たちは,骨指標にマーカーを貼り付け,ベッド上でシンプルな膝の屈伸運動を撮影した動画データをトラッキングして,その角度変化から運動学的データ(速さ,大きさ,躊躇,円滑さ)を算出しました.運動学的データと痛みや恐怖心の強さとの関連を分析したところ,術後1週の安静時痛が術後2週の円滑さ低下の要因となっていることや,術後1週の運動の小ささが術後2週の安静時痛の要因となっていることが示唆されました.

 

 

本研究は,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡 周教授による指導のもと,同大学院研究生の藤井 慎太郎氏,客員研究員/長崎大学生命医科学域(保健学系)西祐樹氏と共同で進められた研究であり,この場をお借りして心より感謝申し上げます.

また,本学会では客員准教授の生野 公貴先生がポスター演題最優秀賞,修士課程を畿央大学大学院で修了されている田中 創氏が一般口述演題最優秀賞を受賞されている他,各種講演・セミナーの講師や座長,シンポジスト,一般口述・ポスター演題発表など,大学院生や修了生が幅広く活躍されており,ペインリハビリテーション領域における畿央大学の貢献をあらためて感じる機会となりました.

生野 公貴 先生 ポスター演題最優秀賞のブログ記事⇒(https://www.kio.ac.jp/information/2024/06/79885.html

本学会で感じた熱量を次の研究に繋ぎ,ペインリハビリテーションのさらなる発展の一助となれるよう,引き続き研鑽に努めていきたいと思います.

 

健康科学研究科 博士後期課程

古賀 優之

パーキンソン病患者における静止立位時の足圧中心の包括的多変量解析

PRESS RELEASE 2024.6.18

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈しますが,その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています.畿央大学大学院研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎 氏,森岡 周 教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは,パーキンソン病患者の姿勢障害を構成する5つの因子を抽出し,抽出された姿勢障害の因子より6つのサブタイプに分類できることを明らかにしました.この研究成果はJournal of NeuroEngineering and Rehabilitationに掲載されています.このようなサブタイプ分類により,パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます.

研究概要

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢反射応答の低下や体幹の前屈姿勢などが顕著となり,立位姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈することが知られています.ヒトの立位時の姿勢の揺れは,重心動揺計を用いた足圧中心により評価され,揺れの大きさや速さなどから姿勢障害の特徴づけがされています.しかし,姿勢不安定性があるパーキンソン病患者では,単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく,むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されています.パーキンソン病には,臨床徴候や病歴,発症年齢,疾患進行速度などの違いから異なるサブタイプが存在することが広く知られており,姿勢障害の特徴についても様々なサブタイプが存在することが想定されています.そこで畿央大学大学院研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎氏,森岡 周教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは,健常者およびパーキンソン病患者に対して静止立位時の重心動揺を計測し,様々な特徴量を持つ変数に「因子分析」を施すことで姿勢障害の構成要素(因子)の抽出を試みました.その結果,揺れの大きさ,前後・左右・高周波(揺れの頻度),閉ループ制御(揺れに基づく修正能力)といった5つの因子が特定されました.次いで,抽出された因子を用いた「クラスター分析」を試みることにより,6つのタイプに分類可能であることを見出しました.パーキンソン病の重症度での比較では,姿勢障害を構成する因子に有意差がみられませんでしたが,サブタイプ間においては明確に異なる値を示していました.またパーキンソン病の発症からの期間の長さや症状の重症度についても有意な違いを示しており,この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせることを明らかにしました

本研究のポイント

■ パーキンソン病患者における静止立位時の重心動揺変数を用いた因子分析およびクラスター分析により,姿勢障害の特徴分類を試みた.
■ 姿勢障害の構成要素とみなし得る5つの因子が抽出され,因子得点を用いたクラスター分析を行うことによりパーキンソン病患者の姿勢障害が6つのサブタイプに分類できることを明らかにした.

研究内容

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈します.ヒトの静止立位時の姿勢の揺れは,重心動揺計を用いた足圧中心(center of pressure: CoP)の評価によって定量化され,揺れの範囲や速度などの時空間変数から姿勢障害の特徴づけが試みられています.しかし,パーキンソン病患者では,単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく,むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されており,その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています.そこで本研究では,静止立位時の足圧中心(CoP)時系列データを用いてPD患者における姿勢障害の特徴分類を行うことを目的としました.

対象はパーキンソン病患者127名,健常若年者71名,健常高齢者47名でした.対象者は重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測しました.計測されたCoP時系列データから,95%楕円信頼面積などの空間変数,平均移動速度などの時間変数,パワースペクトル分析を用いた周波数特性およびフラクタル解析の手法であるStabilogram Diffusion Analysis(SDA)により,短時間領域(Ds)/長時間領域の傾き(Dl),短時間/長時間領域の切り替え時間(CP)など計23変数を算出しました(図1左).その後,パーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴を抽出するために,各変数について因子分析を実施しました.その結果,95%楕円信頼面積や平均移動速度などの関連が強い動揺振幅因子や,左右周波数因子,前後周波数因子,高周波因子,SDAの変数であるDlやCPの関連が強い動揺拡散因子といった5因子が抽出されました(図1右).

図1.計測方法の概要および因子分析の結果 (高解像度の図はこちらをクリック)
:計測方法およびCoPより算出された変数一覧.重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測し,計測されたCoP時系列データから30変数を算出した(うち7変数は除外).:算出された23変数を用いた因子分析により,5つの因子が抽出された.

 

臨床分類として,健常高齢者およびパーキンソン病患者は,健常若年者と比較し動揺範囲因子および高周波因子において有意に高値を示しましたが,PD重症度間では有意差を認めませんでした(図2左).次にパーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴の違いに基づいてサブタイプを分類するために,抽出された因子を用いたガウス混合モデルによるクラスター分析を行いました.健常若年者を除く174名での5因子を用いたクラスター分析の結果,6つのクラスターに分類されました.これらのクラスター間において,因子得点は明確に異なる値を示しており,この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせると考えられました(図2右).

図2.臨床分類とクラスター分類間での因子得点の比較(高解像度の図はこちらをクリック)
臨床分類において,PD重症度間(左)では因子得点に有意な違いを示さなかったが,クラスター分類(右)では,各因子得点に明確な違いを示した.

 

図3は代表的な4症例を提示しています.この4症例は疾患重症度が同程度であるにもかかわらず,因子得点は明確に異なる結果を示しており,それぞれ異なるクラスターに分類されました.このことからも,単に疾患重症度から姿勢制御の問題を捉えるのではなく,それぞれのサブタイプに応じた姿勢制御の病態を捉える必要があると考えられます.

図3.各クラスターの代表4症例(高解像度の図はこちらをクリック)
各クラスターの代表4症例を示す.疾患重症度は同程度であるが,各因子得点は明確に異なっており,それぞれが異なる姿勢制御を示していることが示唆された.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究により,パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます.今後はパーキンソン病患者で生じる体幹の前屈や側弯といった姿勢異常や筋活動特性を包含した姿勢障害の特徴分類を予定しています.

論文情報

Shintaro Fujii, Yusaku Takamura, Koki Ikuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima

A comprehensive multivariate analysis of the center of pressure during quiet standing in patients with Parkinson’s disease.

Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation, 2024

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 藤井慎太郎

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

第28回日本ペインリハビリテーション学会学術大会で大学院生が発表しました!

2024年6月8,9日に長崎で開催された第28回日本ペインリハビリテーション学会学術大会に大学院生である私ども,森川(修士課程)と大角(修士課程)がそれぞれ「脊椎圧迫骨折による急性痛の時系列的特徴-予備的研究-」「心拍変動が痛みの定量的評価になり得るか-予備的研究-」というテーマで発表をしてきました.発表時のディスカッションを通して,今後の研究の発展に繋がる貴重な意見を頂き,より一層深みのある研究になるよう努めていきたいと思いました.
また本学術大会のテーマである「臨床実践の新機軸」というテーマの通り、DXとペインリハビリテーションや,痛みの正確な表出が難しい小児や認知症高齢者の疼痛医療など様々な講演や演題があり,知見を深めることができました.

加えて,古賀優之(博士後期課程)さんが発表された「人工膝関節全置換術患者における疼痛/運動恐怖と膝の運動学的データの関連性」が奨励賞に選出されました.先輩の素晴らしい発表をみて,さらに努力しようと感じた次第です.

最後に,大学院ゼミのメンバーには終始サポートをいただきました.この場をお借りして深く感謝申し上げます.

大学院生 森川雄生・大角亮太

痛みの性質を観察することで脳卒中後疼痛のリハビリテーション予後を推定できるか?

PRESS RELEASE 2024.6.13

脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain:PSP)は,脳卒中を発症した患者の約40%が経験するとされる痛みです.脳卒中後疼痛は,患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えるため,その予後を正確に予測し,適切なリハビリテーションを計画する必要があります.畿央大学大学院 博士後期課程 浦上慎司,ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授らの研究グループは,痛みの性質データ(うずくような,しびれたような)を活用すれば痛みのリハビリテーション予後を推定できることを明らかにしました.この研究成果はPhysical Therapy誌(Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality)に掲載されています.

研究概要

脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain, PSP)は,脳卒中を発症した患者の約43%が経験するとされる痛みです.この痛みは肩の痛み,筋肉の痙攣による痛み,神経障害性疼痛など,様々なタイプがあり,患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えます.PSPの管理は患者の機能回復にとって重要であり,痛みの質に応じた個別化された治療が理想とされています.今回の研究により,脳卒中後の痛み(PSP)のリハビリテーション予後は,痛みの性質に依存することが明らかになりました.

本研究のポイント

痛みの性質に基づく患者分類: 脳卒中後疼痛患者を4つの異なるクラスターに分類し,それぞれの痛みの性質に基づいて個別のリハビリテーション戦略が提案されました.

リハビリテーション効果の差異: 一部のクラスターでは,従来の運動療法ベースのリハビリテーションが有効である一方,他のクラスターでは追加の治療法が必要とされることが判明しました.

個別化されたリハビリテーションの必要性: 痛みの性質に応じた個別化されたリハビリテーション戦略が,脳卒中後疼痛の治療に重要であることが示されました.

研究内容

本研究では,脳卒中後疼痛を有する85名の患者を対象に,痛みの質に基づいて4つの異なるクラスターに分類しました(下図の左:こちらをクリック).クラスター1は「冷たい刺激が痛いグループ」,クラスター2は「しびれがつよいグループ」,クラスター3は「圧痛がつよいグループ」,クラスター4は「深部痛がつよいグループ」で構成されました.患者は,12週間にわたる運動療法ベースのリハビリテーションを受け,痛みの強さ縦断的に観察されました.クラスター4の患者は,従来の運動療法ベースのリハビリテーションにより痛みの強度が有意に軽減されましたが,クラスター1およびクラスター2の患者は痛みの軽減が見られませんでした(下図の右:こちらをクリック).この研究結果から,症例ごとに異なる痛みの性質によってリハビリテーション予後が異なることが分かりました.痛みの性質は,症例の痛みを発生させている病態メカニズムを表現していると考えられていることから,それぞれの病態によってリハビリテーション予後が異なるということが考えられます.そのため,個別化されたリハビリテーション戦略が重要であり,特に,従来のリハビリテーションが効果的でない場合,追加の治療法(例:経頭蓋直流刺激など)が必要となる可能性があります.

図:脳卒中後疼痛の痛みの性質に基づくクラスター分類とそれぞれのグループのリハビリテーション予後

高解像度の図はこちらをクリックして下さい.

本研究の臨床的意義および今後の展開

今回の研究では,症例が日常的に表現する痛みの性質(ズキズキなど)を軽んじてはいけないということが再確認されました.また,リハビリテーションの初期段階での痛みの性質の評価をすることで,予後を予測できるだけでなく,リハビリテーションの選択を迅速に提供できるようになるとのことです.

論文情報

Uragami S, Osumi M, Sumitani M, Fuyuki M, Igawa Y, Iki S, Koga M, Tanaka Y, Sato G, Morioka S.

Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality.

Phys Ther. 2024 Apr 3:pzae055. doi: 10.1093/ptj/pzae055. Epub ahead of print. PMID: 38567849.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 浦上慎司

准教授 大住倫弘

E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

痛みの概日リズムの評価は短縮可能か?-慢性疼痛を有する地域住民を対象とした研究-

PRESS RELEASE 2024.5.31

痛みの概日リズムとは24時間周期の痛み感受性の変動を意味します.こうした痛みの概日リズムを把握することで,痛みによって制限を受けている日常生活活動や生活の質の改善を目的としたリハビリテーションがより効果的に進むのではないかと考えられています.しかし,痛みの概日リズムの評価期間はこれまで7日間が一般的であり,日内に数回評価する特性上,患者負担が大きいことが問題視されていました.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの田中 陽一 客員研究員と森岡 周 教授らは,痛みの概日リズムの評価期間が3日間であっても,従来の7日間の評価から得られた結果と概ね一致することを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Pain Research誌(Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain)に掲載されています.

研究概要

慢性疼痛患者に対し自身で痛み管理を行いながら日々の生活活動や身体運動の適正化を目標に教育的介入を行っていくことは重要であり,より具体的で効率的な教育的介入を行う為には,慢性疼痛患者の痛み概日リズムを把握する必要があります.しかしながら,従来痛みの概日リズムの評価期間は7日間が主流となっており,患者負担が大きいことから評価として定着しない現状がありました.そこで本研究では7日間評価と比較し,3日間評価の妥当性をカッパ係数を用いて検証しました.

本研究のポイント

■ 金曜から日曜の3日間が最も7日間評価との一致度が高いことがわかりました.
■ 金曜から日曜,火曜から木曜の3日間では概ね7日間評価と一致していましたが,日曜から火曜の3日間では他の曜日と比べ7日間評価との一致度が低下していました.

研究内容

地域在住の慢性疼痛患者を対象に,痛みの概日リズムの評価として起床時,9時,12時,15時,18時,21時の6時点での痛みの評価を7日間実施しました.個々の参加者について6時点の痛みスコアを用いてクラスター分析を行い,7日間評価による分類と,各3日間評価(火曜‐木曜,金曜‐日曜,日曜‐火曜)による分類間の一致度をカッパ係数を用いて確認しました

図1.7日間評価による痛みの概日リズムの分類
各クラスターには以下の基準が適用されました;
CL1:痛みの強さは起床時に最小で,その後上昇し,正午以降はスコア0を超えた.CL2:起床時と21時にスコア0を上回り,日中は下回る.CL3:VASスコアは起床時にピークに達し,時間の経過とともに低下し,正午過ぎにはスコア0を下回った.

 

各3日間評価の分類を7日間評価の分類基準と照らし合わせて相違を確認し,7日間評価と各3日間評価の被験者内変動性をカッパ係数を用いて調べたところ,金曜-日曜の3日間が最も高いカッパ係数を示し(k=0.77),次いで火曜-木曜(k=0.67),日曜-火曜(k=0.34)という一致度であった.先行研究においてカッパ係数が0.58~0.80の間であれば,良好な一致を示すとされており,金曜-日曜,火曜-木曜の3日間評価は7日間評価の結果と一致していると考えられます.しかし,日曜日から火曜日までの3日間の一致度は低くなっており,本研究の結果は,3日間評価の有効性を示すと同時に,特定の曜日によっては一致度にばらつきが生じることも強調する結果となりました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究で得られた知見は,3日間評価から得られた結果が,従来の7日間評価から得られた結果と一致することを示しています.痛みの概日リズムの評価を短縮できるようになれば,臨床における評価がさらに確立され,痛みのリズムを考慮した疼痛管理が容易になると考えられます.また,評価時間の短縮は早期介入につながり,患者満足度の向上にも寄与すると思われます.したがって,本研究の結果は,患者の個人差を考慮し,評価期間を短縮した痛みの概日リズム評価を確立する必要性を示唆しています.

論文情報

Tanaka Y, Fujii R, Shigetoh H, Sato G, Morioka S.

Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain.

J Pain Res. 2024 May 25 ; 17 :1929-1940.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 田中 陽一(タナカ ヨウイチ)
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp