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2017年畿央祭ウエルカムキャンパス

2017年畿央祭ウエルカムキャンパスにおいて,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター企画として,2つのイベントを開催いたしました.

同研究センター特任助教の大住倫弘先生と大学院生は,『腰痛が気になる方へ「腰痛チェックをしてみよう!」』と題したイベントを開催いたしました.この企画は,①自分の腰の柔軟性・運動のスムーズさを無線センサで記録,②腰痛ストレスを脳波で計測,③痛みに対しての認識をアンケートで記録して,それらの結果を口頭でフィードバックするイベントです.2日間で70名以上の方々に参加して頂き,一緒に腰痛について話し合うことができて非常に勉強になりました.「へぇ~ 今はこんなことも簡単に測れるんやなぁ!」と言って頂くことも多く,この日のために計測システムの簡略化に時間を割いた甲斐がありました^^ また,理学療法士である大学院生の方々の丁寧な対応は素晴らしく,参加された方々の腰痛を多面的にチェックして頂き,大変頼もしく思いました!予想をはるかに超えるニーズがありましたので,今後はさらにバージョンアップしたシステムで臨もうと考えております!

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同研究センター特任助教の信迫悟志先生と教育学部准教授の古川恵美先生のゼミ生17名は,昨年に引き続き『子どもたちへ「運動の器用さにチャレンジしてみよう!!」』と題したイベントを開催いたしました.この企画は,3-16歳までの子どもたちに,運動の器用さと運動学習力を測定する機会を提供するものです.2日間で72枚の整理券を準備しておりましたが,約100名の子ども達(保護者を合わせると約200名)が足を運んでくれました!!台風で足場が悪く,また開催時間が短縮されたにも関わらず,多くの子ども達や保護者の方に参加して下さいまして,誠にありがとうございました.子どもたちが熱心に取り組んでいる姿が印象的でした!!将来,教職に就くことを目標としている教育学部の学生たちにとっても,子どもたちに接する良い経験になったと思われます.

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来年度も引き続き畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターでは,痛みや運動発達をテーマにしたイベントを開催する予定です!!今回参加して喜んで頂いた方はもちろん,この記事でご興味を持たれた方は,是非とも来年度の畿央祭ウエルカムキャンパスにご参加ください!!

文責
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘
特任助教 信迫悟志

腱振動刺激による運動錯覚の鎮痛メカニズム

PRESS RELEASE 2017.10.17

畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで痛みの軽減と運動機能の改善が認められたことを確認してきました(Imai, 2016; 2017).本研究は,この振動刺激による運動錯覚の鎮痛効果に関与する神経活動(脳波研究)を調査したものであり,感覚運動関連領域の興奮と鎮痛との間の関係性を確認したものです.この研究成果は,NeuroReport誌(Effects of illusory kinesthesia by tendon vibratory stimulation on the post-operative neural activities of distal radius fracture patients)に掲載されています.

研究概要

2016,2017年に今井らは,橈骨遠位端骨折術後患者に対して腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,痛みの感覚的側面や情動的側面の改善だけではなく,運動機能にも改善が認められたことを報告してます.運動錯覚時には実際に運動するときと同様の脳活動が得られることと,鎮痛には運動関連領域の活動が関与していることが明らかにされていました.しかしながら,この運動錯覚時に認められる感覚運動関連領域の活動が鎮痛効果に関与するかどうかは不明瞭なままでした.そこで本研究では,橈骨遠位端骨折術後患者に対して腱振動刺激による運動錯覚を惹起させ,脳波を用いて運動錯覚中の感覚運動関連領域と痛みとの関連性を調査しました.その結果,すべての患者が運動錯覚を惹起したわけではありませんでしたが,運動錯覚を惹起した群(9名中6名)は,運動時や運動錯覚時に認められる脳活動が感覚運動関連領域に認められました.つまり,痛みが強く運動が困難な術後患者でも,運動錯覚を惹起していることが脳活動の側面から示されました.そして,感覚運動関連領域の活動の程度と痛みの変化量(術後7日目 – 術後1日目)に有意な負の相関関係(脳活動が高いほど痛みの減少量が大きい)が認められました.これらのことから,術後早期から運動錯覚が惹起可能であり,かつ振動刺激によって感覚運動関連領域が強く興奮する患者においては,痛みに対する介入効果が大きいことを示しました.

本研究のポイント

■ 術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,感覚運動関連領域の神経活動が認められた .

■ 感覚運動関連領域の活動の程度が鎮痛の効果量に関係している.

研究内容

橈骨遠位端骨折術後から腱に振動刺激を与えながら(図1),その時の脳活動を脳波計で測定しました.

そして,運動錯覚が惹起した群と惹起しなかった群の脳活動と痛みを比較しました.

図1

図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況

 

脳波解析の結果,運動錯覚を惹起した群では感覚運動関連領域の活動が認められましたが,運動錯覚を惹起しなかった群では認められませんでした(図2).

図2

図2:腱振動刺激時に認められた脳活動(*青色の方が活動の強いことを意味する)
 a:運動錯覚を惹起した群.b:運動錯覚を惹起しなかった群

 

安静時痛の変化量と感覚運動関連領域の活動に有意な負の相関関係が認められました(図3).
つまり,感覚運動関連領域の活動が大きいほど,鎮痛の効果量も大きいことが示されました.

図3

図3:左感覚運動領域と右感覚運動領域の活動と安静時痛の変化量

今後の展開

痛みが抑制されたメカニズムが明確になっていないため,今後は神経生理学メカニズムの詳細を明らかにしていきます.

関連する先行研究

Imai R, Osumi M, Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2016; 30: 594-603.
Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S. Effect of illusory kinesthesia on hand function in patients with distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2017.31:696-701

論文情報

Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Kodama T, Shimada S, Morioka S.

Effects of illusory kinesthesia by tendon vibratory stimulation on the postoperative neural activities of distal radius fracture patients.

Neuroreport. 2017 Oct 11.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 今井亮太(イマイ リョウタ)
E-mail: ryo7891@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

 

大学院生が第41回日本神経心理学会学術集会で発表しました.

 2017年10月12日,13日に東京で開催された第41回日本神経心理学会学術集会に参加・発表してきましたので,私(林田一輝 修士課程)から報告させていただきます.本大会は医師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,心理学者など多岐にわたる分野の臨床家,研究者が参加しており,非常に活発な議論がなされていました.症例報告では,どの先生方も臨床症状について深く考察されており,熱心な臨床に対する態度が伺え,私自身襟を正されました.シンポジウムでは「高次脳機能障害の治療戦略」や「認知モデルと方法論」といったテーマが取り上げられ,神経心理学の方向性が治療,リハビリテーションの実践にあることが示されていました.また,河村満先生から「神経心理学を学ぶ人のために」という題で特別講演が行われました.ブロードマンの脳地図が死後100年経っても残っているように,臨床・研究をわかりやすく表現していく努力が必要であるというメッセージを頂きました.

 私は「他者との目的共有が運動主体感と運動学習に及ぼす影響」という演題で発表致しました.本研究は,運動主体感を増幅させる手立てを他者関係の視点から探るとともに,運動主体感が運動学習効果に与える影響を調査したものです.フロアから運動主体感・運動学習に関する的確な質問,意見をいただき自身の研究を見直す良いきっかけとなりました.また,自己意識に関する発表に質問,ディスカッションすることで,考えや問題点を共有することができ,私にとって今回の学会参加は成功体験となりました.今回頂戴した意見を参考にさらに精度を上げた研究に取り組んでいきたいと思います.

 このような貴重な経験ができたのは森岡教授をはじめとする多くの方のご指導と畿央大学の支援があってのものです.この場を借りて深く感謝申し上げます.今後は研究成果を国際雑誌に投稿し,少しでも還元できるよう努力致します.

 

林田さん写真

畿央大学大学院 健康科学研究科 

神経リハビリテーション学研究室

修士課程 2年 林田一輝

博士後期課程のメンバーが学会発表で優秀賞を受賞しました!

平成29年9月30日-10月1日に神戸商工会議所にて第22回日本ペインリハビリテーション学会学術大会が開催され,「Clinical Pain Rehabilitation 〜概念から臨床実践へ〜」というテーマで,過去最多65演題の一般演題と300名を超える参加者が集いました.

今大会でのシンポジウムでは本大学院からも今井亮太さん(博士後期課程)が「骨・関節痛に対する理学療法」,大住倫弘特任助教が「中枢機能障害性痛に対する先駆的ペインリハビリテーション」というテーマで講演されました.痛みを有する方の運動恐怖をはじめとした心理的側面を行動学的に評価・介入し,慢性痛の発生を予防する試みは,まさに本大会のテーマであります「概念から臨床実践へ」応用する一つの手段であると思います.

また,本大学院の片山脩さん(博士後期課程)が「延髄梗塞後にしびれが出現した症例に対する脳波を用いた新たな運動イメージ介入の効果」で,私(西 祐樹)は「痛み関連回避戦略の心理学的特性-恐怖条件付けに基づく行動選択パラダイムを用いて-」という演題で優秀賞を受賞致しました.この場をお借りして森岡周教授をはじめ,大住倫弘特任助教,信迫悟志特任助教,本学本大学院の神経リハビリテーション学研究室の皆様に心より感謝申し上げます.今後も日々邁進し,痛みで苦しむ方に少しでも貢献できるよう取り組んでまいります.

写真

畿央大学大学院健康科学研究科 
博士課程1年 西 祐樹

[Journal Club]最大前方リーチにおける触覚誘導のための対人相互作用

Steinl SM, Johannsen L.
Interpersonal interactions for haptic guidance during maximum forward reaching.
Gait Posture. 2017 Mar;53:17-24.

 

リハビリテーション場面において,療法士が対象者の動作介助(例:立位・歩行動作など)を行うために,身体接触を伴う徒手的方法を用いることは多くみられます.この際,療法士の介助が対象者の姿勢運動制御に影響を与える要因には,徒手的に加えられる力学的要因だけでなく,接触に起因する感覚的要因(触覚情報)があります.しかし,この触覚情報により双方または二者間の姿勢運動制御にどのような影響を及ぼすのかについての知見は散見される程度となっています.特に,ある目的のある運動課題において「影響を与える側(例:介助者)」と「影響を受ける側(例:被介助者)」のような役割設定を行い,触覚情報の相互作用が「影響を受ける側」の姿勢運動制御にどのような影響を与えるのかは明らかにされていません.

今回紹介する論文は,立位姿勢において一側上肢を可能な限り前方へとリーチさせる「最大前方リーチ課題(ファンクショナルリーチテストと同様な運動)」を行う者に対して,他者がリーチ側上肢への軽い身体接触(対人接触)により触覚情報を付加することで示される姿勢運動制御への影響を調べたものです.

 

健常若年者で構成されたペア(対象者AとB)を対象としており,対象者Aは閉眼安静立位にて右上肢で最大前方リーチ課題を実施することが求められます.この際,対象者Aの左側方に位置している対象者Bは,リーチを行っている対象者Aの右手首に右示指を用いて軽い対人接触を行い,対象者Aのリーチ運動に追従することが求められます.すなわち,対象者Aは対象者Bから対人接触を受けつつ主導的にリーチを行う役割(被接触者)にあり,対象者Bは対象者Aを対人接触によってフォローするといった役割(接触者)にあります.

また,実験では
①対象者Aのリーチ先に接触対象物(僅かな外力で滑動する軽量物)がある条件とない条件
②対象者Bが閉眼または開眼して対象者Aへ接触を行う,または,開眼で接触を伴わずに視覚誘導で対象者Aのリーチに追従する条件
の2要因からなる6条件が実験条件として設定されました.
計測は床反力計とモーションキャプチャーを用いて行われ,足圧中心動揺速度の変動性(姿勢動揺),リーチ上肢の運動距離と動揺速度変動性(リーチ距離とリーチ運動の動揺),そして床反力モーメントの相互相関係数(姿勢運動制御の相互作用)とその時間差(相互作用において対象者AとBのどちらが主導しているかの指標)が解析されました.

 

結果として,接触対象物がある場合は対象者A(被接触者)のリーチ距離がない場合に比べ増加し,姿勢動揺とリーチ運動の動揺を減少させることが示されました.さらに,この姿勢動揺とリーチ運動の動揺の減少は,対象者B(接触者)が閉眼で接触を行っている条件において最も顕著に示されました.また,接触を行う場合には,行わない場合に比べて対象者AとBの姿勢運動制御の相互作用が高く示されるが,これに接触対象物を加えた場合には,相互作用の程度が減少することが示されました.一方,相互作用の時間差については,主として対象者B(接触者)は対象者A(被接触者)の運動に遅れて反応することが示されましたが,接触対象物がなく対象者Bが閉眼で接触を行う場合には,この時間的関係性が逆転する(対象者BがAに先行する)ことが示されました.

これらの結果から,目的のある運動課題の姿勢運動制御において,対人接触を介した触覚情報に基づく相互作用は,被接触者と接触者の各々の状態に応じて変調することが明らかとなりました.具体的には,姿勢動揺の減少や運動の安定化のためには,加えられる触覚情報の参照点が多い(接触対象物と対人接触)と効果的であること.また,目的とする運動課題から明確なフィードバック情報を得ることができる場合(接触対象物があり対人接触を伴う条件)では,双方の情報が競合することで,接触者から加えられるフィードバック情報に対する感覚情報の重みづけが相対的に低下し,二者間の相互作用が減弱すること.一方,接触対象物がなく被接触者が得るフィードバック情報が接触者からの触覚情報に限局されており,さらに接触者が閉眼しており視覚的に被接触者の反応を得ることの出来ない場合には,相互作用を主導する役割が被接触者から接触者側へと切り替わるということです.

 

Steinlら(本論文著者ら)は「本研究の結果は,臨床の介助場面においても,相互作用する両者のおかれている感覚や運動の状態を考慮する必要があること示唆している」,「対人接触による触覚誘導を介助者主導とするには,被介助者が利用できる他の競合する触覚情報がないこと,そして,介助者側は視覚に基づいた反応的な対応を意図的に控える方略が必要かもしれない」と述べています.

運動‐知覚の不協和が主観的知覚と筋活動に及ぼす影響

PRESS RELEASE 2017.9.26

脳卒中後に運動麻痺が生じると“自分の手が思い通りに動かない”,いわゆる運動の意図と実際の感覚フィードバックが解離した状態になります.このことは「運動‐知覚の不協和 (Sensorimotor incongruence)」と呼ばれており,さまざまな問題を引き起こす要因として考えられてきました.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授と大住倫弘特任助教らは,明治大学理工学部の嶋田総太郎教授らと共同で,仮想的に“自分の手が思い通りに動かない”という実験環境を用いて,運動‐知覚の不協和が身体の違和感だけでなく,実際の運動をも変容させてしまうことを実験的に明らかにしました.この研究成果はHuman Movement Science誌(Sensorimotor incongruence alters limb perception and movement)に掲載されています.

研究概要

脳卒中によって生じる運動麻痺によって“自分の手が思い通りに動かない”という訴えは臨床現場で非常に多く聴かれます.これは「動かそう」という意図に反して,「実際には動かない」という感覚フィードバックに直面した結果としての訴えであり,「運動‐知覚の不協和」と呼ばれたりします.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授と大住倫弘特任助教らは,明治大学理工学部の嶋田総太郎教授らと共同で,映像遅延システムを用いて仮想的な運動‐知覚の不協和を起こすことによって “手が自分のもののように感じない” “手が重だるくなってきた”という主観的な異常感覚を惹起させるだけでなく,実際の筋活動量も減少させてしまうことを明らかにしました.この研究成果は,運動‐知覚の不協和そのものが運動単位の動員を妨げることを明らかにしたとともに,運動‐知覚の不協和が起こることによって,運動麻痺の回復を遅延させてしまう重要な要因を示したものです.

本研究のポイント

映像遅延システムを用いた実験によって,運動‐知覚の不協和が主観的な異常感覚だけでなく,運動実行までも変容させてしまうことを明らかにした.

研究内容

健常大学生を対象に,映像遅延システム(図1)の中で手首の曲げ伸ばしを反復させます.映像遅延システムでは,被験者の手の鏡像をビデオカメラで捉えて,そのカメラ映像を「映像遅延装置」経由でモニターへ出力させます.出力されたモニター映像を鏡越しに見ることによって自分の手を見ることができるものの,映像遅延装置によって作為的に映像出力が時間的に遅らされるため,被験者は“あれ?自分の手が遅れて見えるんだけど” “うぅ…自分の手が思い通りに動いてくれない”という状況に陥ることになります.

図1

図1:映像遅延システムを用いた実験
自分で動かした手が時間的に遅れて映し出される細工がされている.こうすることによって,ヒトの運動‐知覚ループを実験的に錯乱させることができ,“思い通りに動かない”という状況を仮想的に設定することができる.
(技術提供:明治大学 理工学部 嶋田総太郎 教授)

 

実際の実験では,① 0ミリ秒遅延,② 150ミリ秒遅延,③ 250ミリ秒遅延,④ 350ミリ秒遅延,⑤ 600ミリ秒遅延の5条件で手首の反復運動を被験者に実施してもらいました.運動中の筋活動は無線筋電計で計測し,「身体所有感」と「手の重だるさ」はアンケートで定性的に評価しました.

実験の結果,動かした手の映像を250ミリ秒以上遅らせて視覚的にフィードバックさせると,“自分の手のように感じない”や“手が重だるくなってきた”という変化が生まれました.遅延時間をさらに長くするとそれらの異常知覚が増大することも確認されました(図2).

図2

図2:運動-知覚の不協和による主観的異常知覚の惹起

 

一方で,反復運動中の筋活動量と運動リズムは,動いている手の映像を150 ミリ秒遅らせただけで変容することが確認されました(図3).

以上のことから,“手が思ったように動かない” 状況は異常知覚だけでなく,運動実行までをも変容させてしまうということが明らかにされました.

図3

図3:筋活動量と反復運動のペースは,動いている手の映像を150 ミリ秒遅らせただけで変化が生じる.

本研究の意義および今後の展開

本研究成果は,運動‐知覚の不協和が運動麻痺の回復を遅らせてしまう重要な要因の1つであることを示唆するものです.そのため,理学療法士や作業療法士による運動アシストによって運動‐知覚の不協和を最小限にしながらリハビリテーションを進める,あるいは錯覚技術を駆使して“思い通りに動かすことができる”経験を積むことの重要性を提唱する基礎研究となります.今後は,運動‐知覚の不協和を最小限にするリハビリテーションを開発する予定です.

関連する先行研究

Shimada S et al. Rubber hand illusion under delayed visual feedback. PLoS One. 2009 Jul 9;4(7):e6185. 

 

論文情報

Osumi M, Nobusako S, Zama T, Taniguchi M, Shimada S, Morioka S. Sensorimotor incongruence alters limb perception and movement. Human Movement Science 2017.

 

なお、本研究は明治大学理工学部 嶋田総太郎教授らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」の支援(研究課題番号15H01671)を受けて実施されました.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

大学院生が第10回欧州疼痛学会でポスター発表をしてきました!

平成29年9月6日から9日にかけてデンマークのコペンハーゲンで開催された第10回欧州疼痛学会(The 10th Congress of the European Pain Federation EFIC®)に,健康科学研究科の森岡周教授と,同研究室に所属する博士後期課程の今井亮太さん,私(片山脩)で発表をしてきました.

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写真:長崎大学および日本福祉大学の研究室メンバーとの集合写真(写真中央は森岡教授)

この学会は,2年に1度ヨーロッパで開催される疼痛に関する国際学会です.世界中から疼痛の研究者が一同に会す学会となっており,内容は講演,シンポジウム,口述発表,ポスター発表に分かれています.我々はポスター発表にて大学院での研究成果を発表してきました.ポスター発表では60分間の討論時間が設けられており,我々の発表に対しても多くの方々に興味を示して頂くことができ,質問や建設的なご意見を多く頂くことができました.

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写真:ポスター前でディスカッションする今井さん(左)と私(右)

私の発表内容は,運動と感覚情報の不一致による主観の変化(痛み,しびれ,奇妙さ,嫌悪感などの異常知覚),身体運動の変化(電子角度計による運動の協調性測定),脳活動の変化(脳波測定による周波数解析)を同時に検討したものでした.
質問内容としては,実験の細かな条件設定や,主観-身体運動-脳活動の結果の関係性についてなどでした.今回,発表させて頂いた内容は現在論文としてまとめている段階にあり,今回頂いたご意見をもとにさらに精度の高い結果を報告できるように進めていきたいと思います.

現地では,疼痛研究を日本で行われている長崎大学および日本福祉大学の研究室の先生方とも意見交換をする機会がありました.今後も他の研究室との交流を通して切磋琢磨できる関係性を築いていければと思います.
最後になりましたが,このような貴重な機会をくださった森岡教授,畿央大学に感謝申し上げます.

 

健康科学研究科 博士後期課程2年
片山脩

ソーシャルスキルが痛み感受性および心理社会的要因へ与える影響について :共分散構造モデリング

PRESS RELEASE 2017.9.13

社会の中で“上手くやっていく”能力は「ソーシャルスキル」と呼ばれており,このスキルは自身の心理状態を良好に保つためにも必要だと考えられています.畿央大学大学院健康科学研究科修了生の田中陽一らは,「ソーシャルスキルと痛みとの間には密接な関係が存在するのではないか?という仮説を立てて,共分散構造モデリングによって検証しました.この研究成果は,Journal of Pain Research誌(Uncovering the influence of social skills and psychosociological factors on pain sensitivity using structural equation modeling)に掲載されています.

研究概要

痛みには多面性があり,同一環境・刺激でも痛みの感じ方は個人によって異なります.痛みに対する複合的な治療概念として生物心理社会モデルが提唱されており,生物学的な要因に加えて,心理的側面,社会的側面を統合した臨床対応が求められています.今回の研究では,社会的要因の1つであるソーシャルスキルに焦点を当てています.先行研究では,ソーシャルスキルが低い者はネガティブな心理状態に陥りやすく,ソーシャルスキルに優れている者は社会的支援(ソーシャルサポート)を受けやすくなるとともに生活の質が高くなり,抑うつに陥りにくいとされています.このように,ソーシャルスキルは個人の心理社会的要因の形成・構築に重要な影響を与えていることが明らかとなっていますが,痛みの感じ方との関係を検討した研究は報告されていませんでした.
そこで研究グループは,ソーシャルスキルが痛み感受性および心理社会的要因へ与える影響について共分散構造分析(structural equation modeling:以下SEM)を用いて検討しました.SEMの結果,ソーシャルスキルの下位項目である「関係開始」スキル(集団のなかでうまくやっていく第一歩として重要なソーシャルスキル)と痛みの感受性との間に正の関係性があることが認められました.

本研究のポイント

SEMでは「関係開始」スキルが心理要因やソーシャルサポートと有意な関係性を有しているだけでなく,痛み感受性とも有意な関係性にあることが認められた.

研究内容

社会的要因として,ソーシャルスキル,ソーシャルサポート,心理要因として抑うつ,孤独感をそれぞれ質問紙にて評価しました.痛みの感受性は,痛みを惹起する画像を使用し内的な痛み体験を通して評価しました(図1).

fig.1

図1:使用した痛み画像

ソーシャルスキルと痛みの感受性の相関分析では,ソーシャルスキルの合計値と下位項目の「関係開始」スキルが痛み感受性と正の相関関係を有していました.SEMでは,ソーシャルスキル下位項目である「関係開始」を扱ったモデルで「関係開始」スキルが心理要因と負の関係性,ソーシャルサポートと正の関係性を有し,痛み感受性と正の関係性にあることが認められました(図2).これらのことから,ソーシャルスキルの1つである「関係開始」スキルが「痛みの感受性」と密接な関係を持つことだけでなく,痛みの慢性化を助長させるような「抑うつ」「孤独感」とも関係していることが明らかになりました.

fig.2

図2:共分散構造分析の結果
*p < 0.05. **p < 0.01. ***p < 0.001.

本研究の意義および今後の展開

研究成果は,痛みの臨床対応においても,良好な心理状態や社会関係性の構築に必要な個人のソーシャルスキルを意識・評価して介入することの重要性を示唆すると考えられます.今後は,身体的な痛み刺激を用いた検討や,臨床場面でのデータを蓄積していく必要があります.

論文情報

Yoichi Tanaka, Yuki Nishi, Yuki Nishi, Michihiro Osumi, Shu Morioka. 

Uncovering the influence of social skills and psychosociological factors on pain sensitivity using structural equation modeling.

Journal of Pain Research. 2017. 10 2223–2231.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科 修了生
田中 陽一(タナカ ヨウイチ)
E-mail: kempt_24am@yahoo.co.jp

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

[Journal Club]大脳白質損傷が半側空間無視の慢性化の予測因子になる

Lunven M, Thiebaut De Schotten M, Bourlon C, Duret C, Migliaccio R, Rode G, Bartolomeo P.
White matter lesional predictors of chronic visual neglect: a longitudinal study.
Brain. 2015 Mar;138(Pt 3):746-60.

 

半側空間無視は右半球損傷後に生じる神経学的症状の1つで,病巣の反対側の空間にある物体・事象を見落とすといった行動的特徴を呈します.無視症状が慢性化すると,自立した日常生活を送ることが困難となるため,発症後の早い段階で無視症状が慢性化するか否かを予測することは,リハビリテーションを行う上でも重要です.無視症状の病態は局所的な頭頂症候群として理解されてきましたが,近年はさまざまな研究により広範な脳領域を含む注意ネットワークの障害として考え直されてきています.

今回紹介する研究は,脳卒中後に起こる病巣(軸索変性)と無視症状の関連を縦断的に調査したものです.45名の右半球損傷患者に対して,発症3か月以内の亜急性期と,1年以上経過した慢性期で机上検査(総合得点ではなく,左空間の見落とし率で算出)を行い,病巣・軸索損傷との関連をみました.1回目の検査では45名中27名において無視症状を認めましたが,2回目の検査では10名のみ症状が残存していました.亜急性期で無視症状を示した患者は,無視のない患者と比較して上縦束という前頭-頭頂を結ぶ神経線維のⅡ・Ⅲ枝に加え,脳梁膨大部の損傷(拡散異方性値の減少)があったことが確認されました.また,慢性期にも無視症状を認めた患者は,改善した無視患者と比較して両半球の後頭-頭頂-側頭間の連絡を行う脳梁膨大部の大鉗子に損傷を認めました.
これまで,前頭-頭頂を結ぶ上縦束の損傷と無視症状発現の関与は,多くの先行研究によって知られていましたが,この研究ではそれに加えて脳梁膨大部の機能停滞が示されています.脳梁膨大部は左右半球の情報連絡を行っていますが,無視症状の回復にどういった役割を担っているのでしょうか?左半球との連絡が無視症状の回復と何かしらの関連があるということは非常に興味深いです.
運動機能の回復のように非麻痺側の左半球が無視症状の回復の手助けになっている可能性があるかもしれない…などなど,まだまだ改善を促す仮説があるのかもしれません.今後の検討に注目したいです.

[Journal Club]前庭脊髄反射や前庭動眼反射は姿勢脅威が増加した立位中に変調される

Naranjo EN, Cleworth TW, Allum JH, Inglis JT, Lea J, Westerberg BD, Carpenter MG.

Vestibulo-spinal and vestibulo-ocular reflexes are modulated when standing with increased postural threat.

J Neurophysiol. 2016 Feb 1;115(2):833-42.

 

「立っているのが怖い」と訴える方はリハビリテーション現場において数多く見受けられます.健常者を対象とした数多くの研究により,この「恐怖心」が姿勢制御を変調させるということがわかってきています.
今回紹介する論文は,恐怖心が起こる条件(高い場所での立位保持)において前庭脊髄反射や前庭動眼反射の活動がどのように変調するのかを調べたものです.

健常若年者を対象とし,低い床面(地上から0.8m)と高い床面(地上から3.2m)の2条件での立位保持を行います.高い床面は恐怖心を惹起するために実施しています.

第一実験では,先の低い床面と高い床面の各条件で前庭器官を刺激し,下斜筋,胸鎖乳突筋,僧帽筋,ヒラメ筋の表面筋電図から反応を測定しました.これはvestibular evoked myogenic potentials (VEMPs)という方法で,前庭動眼反応とともに内側前庭脊髄路や外側前庭脊髄路を経由する前庭脊髄反射を評価しています.

第二実験では,低い床面と高い床面の各条件で,機能的な前庭動眼反射のgainsを計算するためにvideo head impulse test (vHIT)を使用しました.実験者が被験者の頭部を上下,または左右に30~200°/sの速さで動かし,その際の眼球と頭部の速度を計測しました.

結果として,下斜筋,僧帽筋,ヒラメ筋で測定したVEMPの振幅やvHIT gainsは,低い床面と比べ高い床面での立位保持中に増加しました.
下斜筋や胸鎖乳突筋のVEMPの振幅や頭部を左右に動かした際のvHIT gainsの変化は皮膚電位活動(恐怖心などを感じると増加すると報告されています.)の変化と正の相関を示しました.
下斜筋のVEMPの振幅は恐怖心と正の相関を示しました.

これらの結果から,姿勢脅威に誘発された恐怖心や覚醒は前庭脊髄反射や前庭動眼反射に影響することが示されました.背景の神経メカニズムとしては恐怖心や覚醒などを処理する神経中枢から前庭核に興奮性の入力が存在し,前庭核からの反射経路への出力を変調させると考えられます.