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今井亮太さん(博士後期課程)が学術雑誌「理学療法学」で最優秀論文賞を受賞しました

平成28年5月27(金)~29日(日)に札幌コンベンションセンターにて第51回日本理学療法学術大会が行われました.今学会は,日本における理学療法士の学会で最も大きな学術大会であり,12の分化学会から成り立っています.その中,第50回日本理学療法学術大会における受賞者,そして日本理学療法士学会編集発行の2015年度「理学療法学」に掲載されている研究論文から選出され,それらに対する表彰式が行われました.私(今井亮太)は,「理学療法学第42巻1号」に掲載された原著論文「橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果-手術後翌日からの早期介入-」が最優秀論文賞となり,今学会で表彰されました.これで私自身,5度目の表彰・受賞となりました.

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本研究論文は,橈骨遠位端骨折術後患者に対し,あたかも自分の手が動いているかのような錯覚(腱振動刺激を用いた)を惹起させることで,痛みや痛みに対する不安,関節可動域への効果検証を行ったものです.結果,介入1週間後に痛み,心理面,関節可動域に有意な改善を認め,さらに2ヵ月後まで効果が持続することを明らかとしました.
本研究結果の理学療法への示唆は,疼痛理学療法においては,対象者の不動期間,痛み経験,破局的思考,不安を考慮した理学療法の実施が重要であるという点と,腱振動刺激は痛みの知覚をさせることなく,運動錯覚を惹起させることが可能であり,術後翌日といった早期介入が可能な有効な手段であることを示した点にあります.さらに,急性疼痛の軽減だけでなく,その後の痛みの慢性化防ぐことができる可能性がある方法であることも示しています.

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現在はこの効果機序を検証するための研究を行っています.これにより,本介入方法の適応・不適応をより明確にすることができ,臨床で広く一般化された方法として使用されることを目的としています.
私が研究対象としている「痛み」は,不快な知覚,あるいは情動体験と定義されています.恐怖や嫌悪だけでなく不安や妬みなども痛みを修飾します.さらに,不快な知覚は人それぞれ違っており,バックグラウンドや生活環境によっても痛みは増悪することも考えられます.そのため,痛みに対するリハビリテーションは病態を多角的に捉え,対応することが求められています.私が所属する畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターでは,「高次脳機能学部門」「社会神経科学部門」「身体運動制御学部門」「発達神経科学部門」の4つの領域で研究を行っています.大学院での授業では包括的にすべての講義を聞き,ゼミでは様々な分野から指摘・助言を頂ける環境です.このような研究領域を超えたコミュニケーションを図れることは,ニューロリハビリテーション研究センターの強みであり,このような環境で研究を行えたからこそ,今回の受賞に繋がったものと考えています.

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最後に,研究を指導し受賞に導いて下さいました森岡周教授をはじめ,畿央大学ニューロリハビリテーションセンター特任助教の大住倫弘先生,本学大学院の神経リハビリテーション学研究室の皆様に深く感謝申し上げます.今後も,痛みを有する患者さんに有益な研究成果を発信し続けられるように,更なる研究活動に取り組んでいきます.

畿央大学大学院健康科学研究科 神経リハビリテーション学研究室
博士後期課程 今井亮太

 

第51回日本理学療法学術大会への参加報告

第51回日本理学療法学術大会に参加してきました.

今学術大会より12分科学会・5部門に分かれて行われるようになり,非常に多岐に渡る内容で全ての講演・演題を把握できませんが,私が見て・聞いたものに限り報告させて頂きます.

神経理学療法学会の「運動制御と身体認知を支える脳内身体表現の神経基盤」と題した内藤栄一先生のご講演では,腱振動錯覚の神経基盤としての反対側一次運動野と右半球前頭-頭頂ネットワークに関するお話がなされました.腱振動錯覚は,運動を行わずして,反対側一次運動野を活動させることが可能であり,運動療法が行えない麻痺や固定肢の回復に有用である可能性を指摘されました.
実際,本研究室博士課程の今井亮太さんは,この腱振動錯覚を利用した橈骨遠位端骨折術後急性疼痛に対する介入効果を調査しており,理学療法学に掲載されたその論文「橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果 : 手術後翌日からの早期介入 」が,本学会において,最優秀論文賞として表彰されました.このような内容が,日本の理学療法界において最も権威ある学術誌で認められたことは,本学のニューロリハビリテーション研究を推し進めていくうえで,非常に大きな勇気と力になるものと感じます.

今井さん表彰

私は,小児理学療法学会と神経理学療法学会で2つの演題を発表させて頂きました.小児理学療法学会の方では,理学療法にはあまり馴染みのない模倣抑制や視点取得といった内容を含んだものでしたが,経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を使用していることもあり,多くの方にご意見を頂くことができました.私が楽しみにしていた小児理学療法学会で行われた「教育現場と理学療法士」のシンポジウムでは,羽田空港で発生した事故の影響で,ご講演者がお一人登壇できなくなってしまいましたが,特別支援学校における支援の在り方について非常に考えさせられる時間となりました.一方で,この分野は科学的追及が困難な部分がある領域かと思われますが,私の研究分野でもあり,障害を抱えた子どもたちに価値ある研究を行わなくてはならないと思いを強くいたしました.

小児スライド

またもう一つの演題発表であった神経理学療法学会の方では,映像遅延装置システムを用いた視覚フィードバック遅延検出課題を用いた基礎研究であり,これまた理学療法にはあまり馴染みのないものでしたが,幾つかの的確な指摘を頂くこともでき,大変勉強になりました.この神経理学療法学会や日本支援工学理学療法学会では,tDCSや経頭蓋磁気刺激(TMS)などのニューロモデュレーション技術を使用した臨床研究やロボティクス技術を使用した臨床研究が数多く報告されるようになり,ニューロリハビリテーション技術は理学療法の一手段として定着しつつあるのを感じました.
私が拝聴した研究発表はいずれも高い精度で行われており,理学療法研究が非常に進歩しているのを強く感じました.その中でも,個人的に非常に面白く,今後が楽しみに感じたのは,本学の前岡浩准教授の研究報告でした.独創的で,これを臨床研究として活かすためには,どのようにしたら良いか,色々と思いを巡らされる内容でした.
その他,本研究室からは,約20演題の発表がありましたが,皆さんそれぞれ良いディスカッションができたようで,次の研究へのモチベーションが高まったようです
ポスター発表 

最後に本学会においても,森岡周教授の著書『リハビリテーションのための脳・神経科学入門 改訂第2版』が,売り上げ1位だったようです(ちなみに私も分担執筆させて頂いた阿部浩明先生編集の『高次脳機能障害に対する理学療法』は,3位だったようです).先に述べたようにこの日本理学療法学術大会においても,ニューロリハビリテーション技術に関する研究報告が非常に多くなってきましたが,その流れは森岡教授が10年前に著された第1版から始まったと考えると,敬服いたします.

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
信迫悟志

[Journal Club]慢性期脳卒中片麻痺における四肢の重だるさ

Kuppuswamy A, Clark E, Rothwell J, Ward NS.

Limb Heaviness: A Perceptual Phenomenon Associated With Poststroke Fatigue?

Neurorehabil Neural Repair. 2016 May;30(4):360-2.

 

脳卒中後患者において,「腕が重い」という愁訴は頻回に聞かれます。時には,その重さの訴えがリハビリテーションを阻害することもあります.しかしながら,このような重さの訴えには何が関係しているのかまだ明確にされていません。直感的には筋力が低下している患者さんは腕の重さを訴える方が多い気もしますが、果たしてどうなのでしょうか??

本日は患者さんの主観的な四肢の重さと関係しているものを調査している論文を紹介します。

この調査では69人の慢性期脳卒中片麻痺患者を,四肢の重さを強く感じている者とそうでない者の2群に分けて,両群における「疲労感や疲れ易さ」のアンケート,上肢運動機能テスト,握力の成績を比較しました.

その結果,四肢の重さを強く感じている者は「疲労感や疲れ易さ」のアンケートの点数が高いということが明らかになりました.

一方で,両群の運動機能や握力には違いが認められませんでした.

この研究グループは「疲労感や疲れ易さ」には運動皮質の興奮性が関与していること自身の研究で既に明らかにしていることから,

脳卒中患者が訴える「四肢の重さ」というのは,筋力低下などよりも運動皮質の興奮性が低下することが要因ではなかろうかと考察しています.

 

このような脳卒中の「四肢の重さ」に関するエビデンスはまだまだ乏しいため,今後の研究が期待されます.

[Journal Club]求心路遮断患者のメンタルイメージ

ter Horst AC, Cole J, van Lier R, Steenbergen B.

The effect of chronic deafferentation on mental imagery: a case study.

PLoS One. 2012;7(8):e42742.

 

運動イメージが想起できているのかを客観的に評価するツールとして「メンタルローテーション課題」が臨床現場ではよく使われていると思います。色んな角度の手の写真に対して「右手!」「左手!」と答えている時に、頭の中で自分の手を回転させているという脳内プロセスを利用したものです。
しかし、中にはメンタルローテーション課題の正答率や反応時間の成績は良好にも関わらず「この患者さん、本当に運動イメージをする能力あるの??」という印象を持つことも多くあると思います。
上記の論文はそのような時の解決策を1症例の検討で示してくれています。

この研究で紹介されている症例は慢性的に感覚が脱失しているにも関わらず、メンタルローテーションの成績が健常者よりも良好でした。しかも、この成績は「手を背中の後ろで組む」状態でも良好でした。
ちょっと不思議ですよね?
通常であれば、メンタルローテーション課題は「現在の姿勢」の影響を受けやすいという特徴があります。ですから、背中の後ろで手を組んだりしたら正答率も反応時間も遅くなるはずです。実際に、この論文でも健常者では背中の後ろで手を組むと成績が悪くなっています。
つまり、この感覚脱失している症例に関しては「頭の中で自分の手を回転させる」という心的プロセスとは異なるプロセスでメンタルローテーション課題を実施していたということです。
ということで、この症例には「運動イメージ能力がある!」とは言い難いですね。
この論文では「背中の後ろで手を組む」という些細な工夫ですが、こういった1つの工夫で、臨床評価の精度が上がることは大変意味のあるものだと思いました。

 

[Journal Club]複合性局所疼痛症候群の運動特性

Schilder JC, Schouten AC, Perez RS, Huygen FJ, Dahan A, Noldus LP, van Hilten JJ, Marinus J.

Motor control in complex regional pain syndrome: a kinematic analysis.

Pain. 2012 Apr;153(4):805-12.

様々な疾患において「指先の運動障害」が出現します。しかしながら、臨床現場でみられる「指先の運動障害」のパターンは非常に多岐にわたるため、それに対するリハビリテーションアプローチもその都度変えていかなければなりません。しかし、「指先の運動障害」の質的な部分を評価することにはちょっとした困難さがあると思います。
以下の論文は、そのような質的な部分を明確にするための検査方法を紹介してくれています。

この論文で対象にしているのは、パーキンソン病患者75名と複合性局所疼痛症候群(CRPS患者)80名です。
評価方法は非常に簡単で、15秒間「親指と人差し指を出来るだけ大きく速く開いたり閉じたりする」だけです。この様子を上からビデオ撮影するだけです。
この論文では、この後の分析方法がユニークです。
ビデオ撮影した映像をもとに、ビデオトラッキングシステムを使って、親指と人差し指の運動軌跡を数値化します。
その数値から、総軌跡長、親指と人差し指の運動速度、距離シグナルから算出されるパワースペクトラル密度、親指と人差し指の開口幅、それらが15秒の間でどれほど変化が生じたのか・・・・などなどを分析します。
このような分析を経て、
パーキンソン病患者では、親指と人差し指の開口幅が狭いこと(hypokinesia)、経時とともに段々と開口幅が小さくなっていくという特徴が検出されました。一方で、CRPS患者では開口幅は健常者と同等なのに、運動速度の低下、低い周波数成分のパワー値が高い(運動緩慢)という特徴が検出されました。
少しだけ分析方法を工夫するだけで、臨床現場で何となく分かっている質的な特徴を明確にすることが出来ます。このような分析を加えることによってリハビリテーション効果も明確になります。

[Journal Club]錯視を利用した運動学習

Chauvel G, Wulf G, Maquestiaux F.

Visual illusions can facilitate sport skill learning.

Psychon Bull Rev. 2015 Jun;22(3):717-21.

 

「エビングハウス錯視」をご存じでしょうか?図の2つのオレンジ色の真ん中の円は両方とも同じ大きさなのですが,周りに大きい円があると小さく,逆に小さい円があると大きく見えてしまうという錯視図のことです。今回はゴルフパットのスキル学習に有効利用されている報告を紹介します。

36名の大学生にゴルフパットの練習の際,ゴルフカップの周りにこの錯視を投影させ,練習によるパッティングの「うまさ」を検証しています。
実験方法は,まず通常にパッティングを実施した後,ゴルフカップよりも大きい円を投影して練習する群(ゴルフカップが小さいと感じる群)と,ゴルフカップよりも小さい円を投影して練習する群(ゴルフカップが大きいと感じる群)に分類しています。そして,練習は両群ともに10試行を5セット実施し,学習されたスキルの保持効果をみるために24時間後に周りの円の投影なしで1セット実施しています。「うまさ」はゴルフカップから外れたボールまでの距離とし,短い方が「うまい」と判断しています。

そして,その結果,ゴルフカップよりも小さい円を投影した群では,大きい円を投影した群と比較して明らかにゴルフカップが大きいと知覚し(1〜2cmも大きく感じている!),なんと,カップとボールの距離も明らかに短く,その効果が24時間後も認められたというのです。このように錯覚を利用した運動学習が少しずつ報告されてきております。

 

[Journal Club]一見すると上手にみえる、でも少しぎこちない不全脊髄損傷患者の到達把握運動

Stahl VA, Hayes HB, Buetefisch CM, Wolf SL, Trumbower RD.

Modulation of hand aperture during reaching in persons with incomplete cervical spinal cord injury.
Exp Brain Res. 2015 Mar;233(3):871-84.

 

不全脊髄損傷患者では上肢機能が低下することは明らかでありますが、到達・把握運動などの合目的的動作が損なわれているかどうかの調査はまだ不十分な現状です。
本日紹介する論文は、合目的運動時の手指の空間制御&手指運動に関わる筋活動を計測して、不全脊髄損傷患者の到達・把握動作の特徴を調査してものです。
不全脊髄損傷患者に対して、4種類の大きさのボールに対しての到達・把握運動を実施し、運動軌跡を2台のoptical motion analysis system (Optotrak 3020 and Certus;sampling 100Hz)で計測し、手指運動に関わる筋活動を筋電計で計測しました.

その結果、不全脊髄損傷患者でも健常者と同様にそれぞれのボールの大きさに対応した手指の空間的制御が可能でした。つまり、外部環境に合わせた運動調整ができていたということです。
しかしながら、不全脊髄損傷患者では伸筋と屈筋を「同時収縮」させているという筋活動パターンが特異的に認められました。つまり、一見すると上手く手指の運動調整ができるているようでも、その中身は健常者とは異なるものとなっていたということです。このことから、リハビリテーションにおいても、協調的あるいは効率的な運動制御に着目したリハビリテーションが必要であろうということが主張されてきています。

[Journal Club]Motor Neglectは注意の問題?運動意図の問題?

Punt TD, Riddoch MJ, Humphreys GW.

Motor extinction: a deficit of attention or intention?

Front Hum Neurosci. 2013 Oct 16;7:644.

 

運動能力は残存しているにも関わらず麻痺側を動かそうとしない症状はMotor Neglectと呼ばれており,このような症状が出現する原因は「運動意図の損失」なのか「注意の損失」なのかは明らかにされておりませんでした.この研究では,注意と運動意図のどちらがMotor neglect症状に影響を与えているのかを実験的に検証しています.

示指で円を描く課題を「左手のみ」・「右手のみ」・「両手同時に」で,「患肢側をみる」・「正面を見る」・「健肢側をみる」の合計9条件で実施した.示指にマーカーをつけて運動軌跡を3次元カメラで記録する.そして,描かれた円の直径・円を描く時間・速度・時間的干渉の度合いを算出した.

その結果,同時に円を描くと「患肢の円の直径の縮小」・「運動速度」が認められました.このことは,両手運動を行うことによって左手の運動意図が損失してしまった結果を示すものであり,Motor Neglect症状には「運動意図の問題」が関与していることを意味しているものです.一方で,「患肢側をみる」条件では空間的エラーが少なくなり,逆に患肢をみない条件では空間的エラーが生じやすいことから,少なくとも「注意の影響」という影響も考えられるという結果となっています.

この研究結果から,Motor Neglectは「運動意図の問題」と「注意の問題」もどちらも有しているという結論となっています.この実験では,患肢側へ注意を喚起している時には,Motor neglect症状が少なくなったことから,麻痺肢を動かそうとしない症例に対しては,できるだけ注意を患肢へ向けていく介入も良いであろうと報告されておりました.

[Journal Club]壊れたミラーニューロン仮説??

Spengler S, Bird G, Brass M.

Hyperimitation of actions is related to reduced understanding of others’ minds in autism spectrum conditions.

Biol Psychiatry. 2010 Dec 15; 68(12): 1148-55.

ヒトはある運動反応をする際に,同じ運動を観察しながらであれば,その運動反応は促進されますが,違う運動を観察しながらであれば,その運動反応が難しくなる傾向にあります。これはミラーニューロンシステム(MNS)が自動的に活性化するのを抑制しなくてはならないためで,それを担うのが,メンタライジングや心の理論に重要な領域である内側前頭前野(mPFC)や側頭-頭頂接合部(TPJ)であることが分かっています。

この研究では,自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ被験者に対して,模倣抑制課題を実施しています。この課題は,示指か中指を持ち上げる動画を観察しながら,被験者も示指か中指を持ち上げる運動を行うものです。そして動画と一緒に示指あるいは中指を持ち上げなさいという指示が出ます。被験者は,動画を無視して指示に従うことが要求されます。そのため,動画の運動と指示運動が同じ条件(例:動画も指示も示指を持ち上げる)と違う条件(例:動画は示指を持ち上げる,指示は中指を持ち上げる)が作られます。通常,一致条件と比較して,不一致条件の方がその反応時間が遅くなり,正解率も低下します。それを模倣干渉効果と呼びます。

結果,ASDグループでは,定型発達グループと比較して,大きな干渉効果を示し,干渉効果とASD重症度には相関関係があり,そして干渉効果が大きいほど,心の理論課題におけるmPFCやTPJの活動が弱いことも明らかになりました。
この研究は,ASDの最も有力な神経科学的仮説の一つである「壊れたミラーニューロン仮説」とは異なり,ASDではMNSの働き(自動模倣)は保たれており,むしろMNSを調整(抑制)するシステムに問題があることを示唆した重要な研究となりました。

 

[Journal Club]壊れたミラーニューロン仮説の行動学的指標

Cook J, Swapp D, Pan X, Bianchi-Berthouze N, Blakemore SJ.

Atypical interference effect of action observation in autism spectrum conditions.

Psychol Med. 2014 Mar;44(4):731-40.

手を左右に反復横運動を行っている他者を観察しながら,自身は手を上下に反復縦運動を行うと,自身の運動軌道が歪むことが知られており(Kilner, 2003),これを運動観察干渉効果と呼びます.これはミラーニューロンシステム(MNS)において,自己運動と他者運動がお互いに干渉をきたすことによるものと考えられています.

この研究では自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ被験者と定型発達被験者に対して,運動観察-運動実行課題を一致条件(自己と他者が同じ運動)と不一致条件(自己と他者が異なる運動)で実施しています.その結果,定型発達被験者では,不一致条件の干渉効果(運動軌道の歪み)が大きかったのですが,ASDを持つ被験者では,干渉効果が生じませんでした.これは,一つの可能性として,ASDではMNSの障害があることを示唆する結果であり,それを脳イメージング技術ではなく,行動学的な指標を使用して明らかにした研究になります.