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最適難易度での知覚運動学習中には運動主体感が増幅する
PRESS RELEASE 2018.12.14
身体性の科学において,この運動を実現しているのは,自分自身であるという主体の意識を運動主体感(sense of agency)と呼びます.この運動主体感は主観の意識であるため定量的評価が難しいと考えられていたものの,近年,intentional binding(IB)課題が開発され,運動主体感を測定する試みがされはじめています.IB課題とは,被験者がキーを押した後,音が鳴るように設定された実験手続きにおいて,キー押し後,音が鳴るまでの時間を主観的に被験者に回答させ,実際の時間とそれの差分をみるものです.先行研究では自らの意志によって随意的にキーを押した場合は,音が鳴るまでの時間を実際よりも短く感じることが明らかになっています.つまり,時間知覚の短縮は「自分がキーを押したから音が鳴った」という運動主体感の強さを反映していると考えられています.この時間短縮をみることで運動主体感の程度をみることができるわけです.畿央大学の森岡 周 教授らの研究グループは,林田一輝さん(博士後期課程)のアイディアをもとに知覚運動学習型のintentional binding課題を新たに開発し,知覚運動学習の程度と運動主体感の関係性を調べました.その結果,知覚運動学習が徐々に進むグループでは運動主体感が増幅することがわかりました.その一方で,知覚運動学習が停滞(天井効果)するグループでは運動主体感が増幅しないことがわかりました.つまり,学習効果と運動主体感の間には密接な関係性があることが示されました.この結果は,知覚運動学習課題における誤差修正過程において,徐々に学習効果が起こっていることを潜在的に捉えている時期においては,運動主体感が高まっていることをあらわしています.この結果は,学習プロセスおいて課題の難易度が重要であることを示唆しています.この研究成果はPeer J誌(Changes in intentional binding effect during a novel perceptual-motor task)に掲載されています.
本研究のポイント
■ 知覚運動学習の進行と運動主体感の程度には関係がある.
■ 知覚運動学習課題の難易度が運動主体感に影響を与える.
研究内容
大学生を対象に,今回新たに独自に開発した知覚運動学習型intentional binding課題(図1)を用いて実験が行われました.課題は,左右に動く円形の赤い球をPC画面中心のターゲット内にあわすようにタイミング良くキーを押すといった時間的精度を学習させる知覚運動学習課題です.この際,ターゲットと赤い球の間に発生する空間的な誤差値(pixel)を知覚運動パフォーマンス効果の指標としました.一方,キー押し後,ランダムな時間遅延(200,500,700ms)後に音が鳴り,キー押しから音が鳴るまでの時間を被験者に主観的に回答させました(被験者は200,500,700msであることは知りません).実際の時間と主観的に感じる心理的時間の差をintentional binding効果(ms)とし,運動主体感の指標としました.
図1:知覚運動学習型intentional binding課題
練習課題,コントロール課題(個人の時間感覚の違いを是正する目的)を経て,実験課題が行われました.実験課題は18試行を1セットとし,計10セット行われました.1セットと10セットの誤差値を用いてクラスター分析を行ったところ,2つの説明可能なクラスターに分けることができました.クラスター2はクラスター1と比べ知覚運動学習が有意に起こっていました.10セットを2セット毎の5ブロックに統合して,知覚運動学習の変化を観察したところ,クラスター1は5ブロックを通じてわずかな誤差値の減少にとどまり,ほぼ天井効果を示した(図2水色)のに対して,クラスター2は1ブロック目の誤差値が大きく,その後ブロックを重ねるごとに誤差値が大きく減少することが確認されました(図2オレンジ).
図2:ブロック毎のエラー値の比較
一方,intentional binding効果の結果に関しては図3に示しました.時間(縦軸)がマイナスにいけばいくほど,時間短縮をあらわしておりintentional binding効果が増幅した,すなわち運動主体感が高まったことを示しています.クラスター2(図3オレンジ)において2ブロックから徐々にintentional binding効果が高まっていることがわかります(2ブロックと5ブロックの間に有意差).すなわち,知覚運動学習効果が明確にみられたクラスター2のみ運動主体感が増幅したことが確認されました.一方,クラスター1(図3水色)は著明な変化が見られませんでした.
図3:ブロック毎のintentional binding効果の比較(運動主体感の指標)
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究によって知覚運動学習の進行と運動主体感の程度の間には関係があることがわかりました.運動主体感の増幅には目標設定のみならず,目標が徐々に達成されていくプロセスが重要であることを本研究は示しており,学習者あるいはリハビリテーション対象者に対する知覚運動学習課題において,その難易度の設定・調整が重要であることを本研究は示す結果になりました.今後はこれに関係するメカニズム(例:報酬,注意)を明らかにすることや,実際のリハビリテーション対象者の課題中の時間短縮を記録する必要があります.
論文情報
Morioka S, Hayashida K, Nishi Y, Negi S, Nishi Y, Osumi M, Nobusako S.
Changes in intentional binding effect during a novel perceptual-motor task.
Peer J 2018
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授/センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
大学院生が第42回日本高次脳機能障害学会学術総会で発表してきました!
12月6日,7日に神戸国際会議場で開催された第42回日本高次脳機能障害学会学術総会に院生4名が参加し,一般演題発表をしてきました(以下).
① 藤井慎太郎(博士後期課程)「半側空間無視における反応時間の空間分布特性―机上検査と日常生活場面の乖離を埋める新たな評価の視点―」
② 高村優作(博士後期課程)「半側空間無視の諸症状とその回復過程―データベースから抽出した典型症例の症状と回復過程の分析―」
③ 大松聡子(博士後期課程)「著明な右視線偏向を呈した半側空間無視症状の病態メカニズム―情動喚起画像を用いた評価と介入―」
④ 大松聡子(博士後期課程)「運転動画視認時における半側空間無視症例の視線特性の定量的評価」
⑤ 寺田萌(修士課程)「自動詞ジェスチャー模倣時の視覚探索特性と失行重症度の関連性~模倣障害を呈した脳卒中症例における検討~」
本学会のテーマは「Neuropsychological Rehabilitationの原点とトピック」となっており,幅広い症状の症例を通じたディスカッションが活発にされていました.ここ5,6年は毎年のように参加していますが,今年は特に我々が取り組んでいる半側空間無視症状に関する報告が多かった印象です.
私たちは,半側空間無視の研究チームで1つのセッション5演題並びで発表しました.無視症状に関する病態特性や回復過程,介入の視点,3D空間の評価,自動車運転…と臨床に即した流れで聞いて頂けたのではないかと思います.発表時間はもちろんですが,終わった後でも多くの方とディスカッションし大変有意義な時間でした.特に,最近取り組み始めた自動車運転動画の視線分析に関して,脳卒中後の自動車運転再開に長年取り組まれている方々に興味を持って頂き,内容について意見交換できたことが非常に有難かったです.
今後も研究チームの一員として,ますます研究活動に取り組んでいき,セラピストや症状に悩まれている方々に貢献していきたいと思います!
博士後期課程 大松聡子
第11回日本運動器疼痛学会で発表してきました!
平成30年12月1日,2日にびわ湖ホール,ピアザ淡海(滋賀県)にて開催された第11回日本運動器疼痛学会に参加してきました.
今回の学会では「新時代への挑戦ー日本人にあった専門性の融合と共有ー」をテーマに,医者や看護師,臨床心理士も含めた様々な職種の方が一堂に会し,医療現場,社会において疼痛に関わる問題点や今後必要とされるべき取り組みについて情報交換が成されました.
私も博士研究の内容を発表させて頂き,同じリハビリ職種だけではなく医師や看護師の方との意見交換を行う中で,自分がやろうとしている研究を疼痛医療の集学的な取り組みの中で考えることができ,非常に有意義な時間となりました.
我々の研究室からは以下の発表が行われ,いずれも活発に議論が成されていました.
<口述発表>
・佐藤剛介(客員研究員)「経頭蓋直流電気刺激とペダリング運動との併用介入が疼痛閾値および気分に及ぼす影響」
・重藤隼人(博士課程在籍)「中枢性感作と心理的因子の疼痛強度に対する関係性」
<ポスター発表>
・今井亮太(客員講師)「術後1週間の疼痛改善度が1ヶ月後の疼痛強度を決定する」
・西 祐樹(博士課程在籍)「慢性膝痛患者の日常生活における歩行の詳細分析」
・田中陽一(博士課程在籍)「日中の活動が慢性疼痛の日内変動に及ぼす影響ー腕神経叢損傷後疼痛を有する1症例での検討ー」
・藤井 廉(修士課程在籍)「腰痛を持つ労働者の痛み関連恐怖による重量物持ち上げ動作の動作特性」
今回の学会を通して改めて,疼痛医療にかかわる職種間連携の必要性を再認識することができました.一つの職種だけでは複雑な慢性疼痛には立ち向かっていけません.各職種が横のつながりを意識し,自分の専門性をチームの中で発揮しくことが重要なことだと感じました.
今後も疼痛研究に関わる研究室間のつながりも大切にしていきながらチームとして社会に貢献できる活動を行っていきたいと思います.
最後になりましたが,このような機会を与えて頂きました森岡周教授,畿央大学に深く感謝申し上げます.
畿央大学大学院健康科学研究科 神経リハビリテーション学研究室
博士課程1年 田中 陽一
[Journal Club]下肢MEPは慢性期脳卒中者の歩行アウトカムに影響しない
Sivaramakrishnan A, Madhavan S
Stroke. (2018) 49:2004-2007
先行研究のいくつかは,transcranial magnetic stimulation(TMS)-induced motor evoked potential(MEP)の有無が,急性期や慢性期における上肢運動機能の回復に関連していることを示しています.しかしながら,歩行速度や他の下肢機能評価とMEPとの関連ははっきりしていません.加えて,非損傷側からの同側性の伝導が,重度下肢機能障害や運動課題のパフォーマンス低下に関連することを示した研究はほとんどありません.この研究の主要な目的は,前脛骨筋と大腿直筋のMEPの有無を評価して,下肢の皮質脊髄路の損傷が,慢性期脳卒中者の歩行速度と関連しているかを明らかにすることとしています.
発症から6ヶ月以上が経過した初発の脳卒中で,5分間短下肢装具なしで歩行可能な者が研究に参加しました.行動学的評価として,快適10m歩行時間,最大10m歩行時間,6分間歩行試験,Timed up and go test(TUG),Fugl-Meyer Assessment下肢項目(FMA-L),最大筋力が評価され,神経学的評価としてTMS-MEPが評価されました.TMSは損傷側と非損傷側の前脛骨筋と大腿直筋の大脳皮質領域を刺激し,TMSの反応は麻痺側と非麻痺側の前脛骨筋と大腿直筋から計測しました.また,参加者を前脛骨筋と大腿直筋からのMEPの大きさに基づいてMEP+群とMEP−群に分け,MEP+群において,MEPのパラメーターと最大筋収縮,FMA-L,年齢,発症からの期間,歩行速度との関連を重回帰分析で調査しました.
61人の参加者からのデータが分析され,MEPは28人の参加者の麻痺側前脛骨筋と大腿四頭筋から観察されました.MEP+群とMEP−群との間に快適10m歩行時間,最大10m歩行時間,6分間歩行,TUGに有意差はありませんでした.FMA-Lと麻痺側前脛骨筋の最大筋力は,MEP+群が有意に高い値でした.MEP+群とMEP−群に皮質脊髄路の興奮性に有意差はありませんでした.MEP+群の重回帰分析において,快適歩行速度と最大歩行速度を決定する要因を見つけることができませんでした.
今回の結果から損傷半球からの下肢MEPの有無が,慢性期脳卒中者の歩行アウトカムに影響しないことが示されました.このことは皮質脊髄路の残存の有無が,慢性期脳卒中者の歩行の回復を予測するバイオマーカーとして利用できないと著者らは述べています.
第16回日本神経理学療法学会学術集会で信迫助教と大学院生が発表してきました!
平成30年11月10、11日に大阪国際会議場にて第16回日本神経理学療法学会学術集会が開催されました.本学会は「次代を担う」をテーマに開催され,2000名以上の方が参加されました.
本研究室からは信迫助教をはじめ,植田さん(客員研究員),高村さん(博士後期課程),藤井さん(博士後期課程),水田さん(博士後期課程)が発表を行いました.
演題名は以下の通りです.
<口述発表>
・信迫悟志「脳卒中後失行症と視覚‐運動統合障害に共通した責任病巣―映像遅延検出課題とVoxel‐based lesion‐symptom mappingからの証拠―」
・植田耕造「Pushingの出現に付随して自覚的姿勢垂直位の傾斜を認めた重度左半側空間無視の一症例」
・高村優作「空間性/非空間性注意の包括的評価による半側空間無視の回復過程の把握」
・水田直道「脳卒中後症例における運動麻痺と歩行速度からみた歩行障害の特性―運動学/筋電図学的な側面からの検討―」
<ポスター発表>
・藤井慎太郎「脳卒中患者における静止立位時の側方重心偏倚の特徴に着目した重心動揺特性分析」
たくさんの方が参加されており,フロアでは活発な議論がされておりました.
また,特別公演「私らしさを取り戻すということ―身体性システム科学の視点から―」と,シンポジウム「中枢神経障害の歩行再建を担う」では森岡周教授が情報提供をされました.どちらの講演もSynofzikの論文から,感覚運動表象,概念的表象,メタ表象という3つの階層を軸に,社会的人間としての役割も含めた「私らしさ」の重要性について,行為主体感・身体所有感の視点から説明をされていました.
2日目には第52回日本理学療法学術大会と第15回日本神経理学療法学会学術集会の表彰式が行われました.
前者の最優秀賞で森岡教授,後者の学術集会長賞で信迫助教がそれぞれ表彰されました!
近年,装具療法や電気刺激療法に加え,経頭蓋磁気刺激やロボティクスなど,様々な視点からの介入が注目されており,講演や演題発表においてもその効果やメカニズムに触れた内容がたくさんあったように思います.また,再生医療の治験に関する講演もあり,今後ますます神経理学療法の分野が広がっていくであろうことを感じました.
どの介入も有効性が報告されており,臨床応用されていくことが期待される一方,介入ありきではなく,病態特性を考慮した適応と限界についても考えていく必要があるのではないかと思いました.こういった場で時間を共有し,たくさん議論する中で,研究と臨床がつながるように方向付けしていくことが,より良い医療を提供するために重要であると感じた二日間でした.
最後に,学会運営や準備、発表や参加をしたみなさまに,貴重な時間を提供していただいたことを深く感謝いたします.
畿央大学大学院 健康科学研究科
修士課程 古賀 優之
感覚運動の時間的不一致による身体性変容の神経メカニズム
PRESS RELEASE 2018.11.22
脳卒中や脊髄損傷,慢性疼痛患者において,患肢を自己身体の一部と認識できないといった身体性の変容が生じることが報告されています.こうした身体性変容の要因の1つには,運動指令と実際の感覚フィードバックとの間に生じる不一致(感覚運動の不一致)が考えられています.しかしながら,感覚運動の不一致による身体性の変容が,①どれくらいの時間的不一致により生じるのか? あるいは,②その神経メカニズムは? については明らかになっていませんでした.畿央大学大学院 博士後期課程 片山脩と森岡周教授らは,感覚運動の時間的不一致が,150ミリ秒では身体に対する奇妙な感覚のみが惹起され,250ミリ秒以上の不一致では身体の喪失感や重さの知覚変容が生じることを明らかにしました.また,350ミリ秒以上の不一致で運動の正確性が低下することを明らかにしました.さらに,これらの身体性変容と運動制御への影響には,補足運動野と頭頂連合野の神経活動が関わっていることを脳波のネットワーク解析にて明らかにしました.この知見は,脳卒中や脊髄損傷,慢性疼痛患者の病態解明に貢献し,新たなニューロリハビリテーション技術開発に向けた基礎的知見になるものと期待されます.この研究成果は,Frontiers in Behavioral Neuroscience誌(Neural mechanism of altered limb perceptions caused by temporal sensorimotor incongruence)に掲載されています.
本研究のポイント
■ 感覚運動の時間的不一致は,身体性の変容(「奇妙な感覚」「身体の喪失感」「重さの知覚変容」)を生じさせるだけでなく,運動制御にも悪影響を与える.
■ 身体性の変容と運動制御への影響には,補足運動野と頭頂連合野の神経活動が関わっている.
研究内容
健常大学生を対象に,映像遅延システム(図1)の中で手首の曲げ伸ばしを反復させます.映像遅延システムでは,被験者の手の鏡像をビデオカメラで捉えて,そのカメラ映像を「映像遅延装置」経由でモニターへ出力させます.出力されたモニター映像を鏡越しに見ることによって自分の手を見ることができるものの,映像遅延装置によって作為的に映像出力が時間的に遅らされるため,被験者は”あれ?自分の手が遅れて見える” “自分の手が思い通りに動いてくれない” “自分の手のように感じない”という状況に陥ることになります.
図1:映像遅延システムを用いた実験
自分で動かした手が時間的に遅れて映し出される細工がされることによって,ヒトの感覚運動ループを錯乱させることができ,”身体性の変容”という状況を仮想的に設定することができます(技術提供:明治大学 理工学部 嶋田総太郎 教授).
実際の実験では,① 0ミリ秒遅延,② 150ミリ秒遅延,③ 250ミリ秒遅延,④ 350ミリ秒遅延,⑤ 600ミリ秒遅延の5条件で手首の反復運動を被験者に実施してもらいました.運動中の手関節の運動を電気角度計で計測し,身体に対する「奇妙さ」「喪失感」「重さ」についてアンケートで定性的に評価しました.
実験の結果,動かした手の映像を150ミリ秒遅延させて視覚的にフィードバックすると,“自分の手に奇妙な感覚がする”といった変化が生まれました.さらに250ミリ秒以上遅延させると“自分の手のように感じない” “手が重くなった”という身体性の変容が生じました.遅延時間をさらに長くするとそれらの変化が増大することも確認されました(図2).一方で,手関節の反復運動は,動いている手の映像を350 ミリ秒遅延させると,正確性が低下することが確認されました.これらの結果から,身体性の変容だけでなく運動制御までをも変容させてしまうということが明らかにされました.
図2:感覚運動の時間的不一致による身体性の変容と運動の正確性の乱れ
さらに,身体に対する「奇妙さ」においては,150ミリ秒遅延では両側の腹内側前頭前野の神経活動性(図3),600ミリ秒遅延では左の補足運動野と右の背外側前頭前野および右の右上頭頂小葉の神経活動性が関わっていることが明らかとなりました.「喪失感」および「重さ」においては,左の補足運動野の神経活動性が関わり,運動制御には右の下頭頂小葉の神経活動性が関わることが明らかとなりました.
図3:150ミリ秒遅延条件での「奇妙さ」に関わる神経活動領域
図4:600ミリ秒遅延条件での「運動の正確性」に関わる神経活動領域
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,脳卒中や脊髄損傷,慢性疼痛患者の身体性変容や運動制御への影響に補足運動野と頭頂連合野の神経活動性が関わっていることを示唆するものです.そのため,感覚運動の不一致を最小限にしながらリハビリテーションを進めることの重要性を提唱する基礎研究となります.今後は,実際に身体性の変容が生じている患者を対象に神経メカニズムの検証を行い,ニューロモデュレーション技術などを用いて,特定された脳領域の神経活動性に修飾を与えるニューロリハビリテーションの効果を検証していく予定です.
論文情報
Katayama O, Tsukamoto T, Osumi M, Kodama T,Morioka S.
Neural mechanism of altered limb perceptions caused by temporal sensorimotor incongruence.
Front. Behav. Neurosci. Vol 12. 282
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 片山 脩(カタヤマ オサム)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: b6725634@kio.ac.jp
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授/センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
ニューロリハビリテーション研究センター シンポジウム企画×プロジェクト研究報告会のご案内
身体性・社会性システムからニューロリハビリテーションを考える
2019年3月2日(土)に、ニューロリハビリテーション研究センター シンポジウム企画×プロジェクト研究報告会を開催いたします。
本研究センターでは、ニューロリハビリテーションに応用するためのプロジェクト研究を進めて参りました。今回、数年間で得られた研究成果を皆様と共有するために、シンポジウムを企画させて頂きました。このシンポジウムでは、諸外国で報告された最新のニューロリハビリテーションのエビデンスを網羅的に共有しながら、当研究センターのプロジェクト研究で得られた成果を報告させて頂きます。
皆様のご参加をお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
お問い合わせ
畿央大学総務部 TEL:0745-54-1602
[Journal Club]運動学的指標に基づいた腰痛者のサブグループ分析
Robert A Laird, Jennifer L Keating, Peter Kent
BMC Musculoskeletal Disorders. (2018) 19:309
運動機能障害は持続的な腰痛と関連があると報告されているものの,最適な介入は不明なままです.腰痛のサブグループでは運動の特徴が異なり、介入への反応も異なる可能性が示唆されています.腰痛者では座位,前屈,持ち上げ動作などの腰椎屈曲に関連した活動が特に問題であるとされており,屈曲運動時の腰椎-骨盤の運動異常が特徴的であると報告されていますが,その特徴によってサブグループ化が可能であるかは報告されていませんでした.
今回紹介する論文では,1.屈曲に関連した腰椎-骨盤運動指標のパターン(サブグループ)が存在するのか,2.腰痛の有無でそのパターンの頻度が異なるのかを明らかにし,3.そのパターンが臨床的所見と関連しているのか調査することを目的にしています. 対象は非腰痛者124名と腰痛者140名であり,第12胸椎・第3腰椎・第2仙椎にモーションセンサーを取り付け,第3腰椎の両側に表面筋電図センサーを取り付けて,立位および座位での前屈動作時の運動指標と筋活動指標の評価を行い,潜在クラス分析を行いました.
その結果,立位屈曲運動時の体幹角度・腰椎角度・骨盤角度・腰椎骨盤リズム・屈曲弛緩比率・最大屈曲までの時間・体幹屈曲0度と20度時の腰椎もしくは骨盤の運動遅延の指標がサブグループ化に有用であることが明らかになりました.一方で,座位での運動指標はサブグループ化には有用ではなく用いられませんでした.立位での運動・筋活動指標を用いてサブグループ化を行うと,サブグループ1:標準,サブグループ2:腰椎主体の運動,サブグループ3:骨盤主体の運動,サブグループ4:防御戦略,の4タイプに分類できることが明らかとなりました.特にサブグループ4:防御戦略をとるグループには腰痛者しか属しておらず,他のグループと比較しても痛みや活動制限が有意に大きいことが明らかになりました.なお,サブグループ4の特徴は最大屈曲角度までの時間も最も遅く,屈曲弛緩現象も最も少なかったことも明らかにされました.
今回の結果より,腰椎-骨盤の運動指標に着目した腰痛者の分類が可能であり,その分類に基づいた治療介入が良好な治療反応を示す可能性があると著者らは述べています.
大学院生の発表演題が最優秀賞に選出されました!
平成30年9月29・30日に門真市民文化会館ルミエールホールにおいて第19回認知神経リハビリテーション学会学術集会が開催されました.大学院生の高村優作さん(博士後期課程),舞田大輔さん(修士課程),そして私(寺田萌 修士課程)が参加・発表してきましたので報告させて頂きます.
本学会は「病態を深化する」というテーマで行われました.台風が近付く中での開催でしたが,リハビリテーションに携わる多数の職種の方々が参加され,特別講演,教育講演,シンポジウム,一般演題発表において,脳卒中後片麻痺や高次脳機能障害,神経難病など多岐に渡る領域における,行為の異常の背景にある症例固有の病態理解を深めるための様々な検証作業の提案があり,活発な議論がなされました.
今回私は,「慢性期失行症例におけるジェスチャー観察時の視覚探索特性 ~模倣障害の回復過程における一考察~」という演題で発表を行い,一般演題発表のなかで最優秀賞に選んで頂きました.この発表は,模倣障害を呈した患者様に対して従来の行動面の観察・評価に加えて視線の動きを計測・分析したもので,模倣障害の回復過程における代償戦略を示唆するデータを報告しました.多くの演題の中から最優秀賞に選んで頂けたことは,日頃の取り組みが認めてもらえたことと大変嬉しく思っております.
認知神経リハビリテーションでは,個々の症例の認知過程への介入を基本としており,内省や内観を治療の重要なポイントとして用います.これに併せて,種々の評価結果を客観的データとして把握するために研究的手法を用いることは,正確な病態解釈やより良い介入手段の立案の一助となると感じました.今後も継続する努力を怠らず,リハビリテーションの対象者,さらには社会に貢献することができるように,ますます精進していきたいと思います.
このような経験ができたのは森岡教授をはじめとする多くの方のご指導と畿央大学の支援があってのものです.この場を借りて深く感謝申し上げます.
発表演題
【指定シンポジウム】
・高村優作「前頭機能や空間性注意の停滞を併発する感覚性失調症例の病態解釈と介入経験」
【ポスター発表】
・舞田大輔「視覚入力を用いた自己運動錯覚の定量化の試み~Bimanual circle line coordination taskを用いて~」
・寺田萌「慢性期失行症例におけるジェスチャー観察時の視覚探索特性~模倣障害の回復過程における一考察~」
畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程2年 寺田萌
[Journal Club]変形性関節症における身体活動を干渉する痛み
Murphy SL, Schepens Niemiec S, Lyden AK, Kratz AL.
Pain, Fatigue, and Physical Activity in Osteoarthritis: The Moderating Effects of Pain- and Fatigue-Related Activity Interference.
Arch Phys Med Rehabil. 2016 Sep;97(9 Suppl):S201-9.
定期的な身体活動(physical activity; PA)は,循環器系,気分,内臓系などにポジティブな影響を与えると広く認識されています.しかし,骨関節炎(OA)患者では,健常者と比べて日常生活で不活動傾向にあることが報告されています(OA患者の男性40%,女性で57%が国際的PA条件を満たしていない).こうしたOA患者の毎日のPAパターンに対する調査は,定期的な身体活動量を向上させるための知見として重要です.加えて,低い活動レベルと関係している要因として「痛み」は最も認知されているOA徴候です.また最近の調査では,PAと否定的に強い結びつきがある要因として「疲労」を報告しています.今回紹介する論文では,OA患者を対象に痛みと疲労関連の生活干渉とPAの関係性を調査することを目的としています.
対象は膝または股関節痛を有するOA患者で,地域で生活を送っている162名が参加しました.事前評価として6分間歩行やOAのグレード評価,身体部位の評価,自己記載の質問紙を使用して,痛みと疲労関連の活動干渉を評価した後に,7日間にわたって毎日計5回(起床時,午前11時,午後3時,午後7時と就寝時)の痛みおよび疲労強度の評価と,身体活動量計を使用して身体活動量の評価を行いました.
結果,PAは午前中が高く,昼から夕方にかけて減少していくという身体活動パターンを示しました.また,午前中において,その時の痛みが強く,痛みによって生活に支障が出ているという意識が強い者はPAが少なくなっていることが明らかとなりました.つまり,痛みは「朝~昼過ぎ」の生活へ干渉してPAを少なくすることがわかりました.
今回の調査のポイントとして痛みによる生活干渉がありますが,痛みにより生活に支障が出ているという意識が高い者は,痛みを避ける手段として「不活動」を選択してしまいやすいのかもしれません.一方で,支障がでているという意識が低い者は,(痛みから気をそらす手段として)身体活動を選択しているのかもしれません.
今回の結果より,特に午前中の活動において個々の痛みによる生活干渉の高/低に合わせることと,個人が持っている疼痛への対処戦略を考慮して,指導的介入を行っていくリハビリテーションが重要であると著者らは述べています.