[Journal Club]近位空間は身体図式によって変化する
Giglia G, Pia L, Folegatti A, Puma A, Fierro B, Cosentino G, Berti A, Brighina F.
Far Space Remapping by Tool Use: A rTMS Study Over the Right Posterior Parietal Cortex.
Brain Stimul. 2015 Jul-Aug;8(4):795-800.
経頭蓋磁気刺激 (Transcranial magnetic stimulation)で一時的に右後頭頂葉の機能を低下させることによって,近位空間(手が届くまでの範囲の空間)内で半側空間無視様の現象が出現することが知られています.(※半側空間無視:半側から与えられる刺激(視覚、聴覚、触覚等)を認識できなくなる症候).一方で,この近位空間は道具使用によって容易に変化するということも明らかにされています.例えば,杖などの長い道具を使用し続けると,私たちは道具を自分の身体の一部のように感じ,身体図式が延長すると同時に近位空間が心的に拡大する(遠位空間まで近位空間として認識するようになる)ことはとても有名です.
今回紹介する研究論文では,杖などの道具使用(道具の身体化)で近位空間が遠位まで拡大されることによって,右後頭頂葉へのTMSによって生じる近位空間内での半側空間無視様現象が遠位空間でも認められるようになるのではないかという仮説で実験をしています.
実際には,60cm(近位空間)と 120cm(遠位空間)にあるモニター上で線の長さを判断する課題を実施しました(詳細は本文参照).
そして右後頭頂葉へTMSを実施すると,60cm条件(近位空間)でのみ線の長さ判断にエラーが生じました(近位空間内でのみ半側空間無視症状が出現した).
一方で,興味深いことに,道具使用(長い棒を繰り返し使用する)条件では120cm条件(遠位空間)でも半側空間無視症状が生じました.つまり,道具使用によって身体図式が延長し,近位空間が遠位にまで拡大することによって,遠位空間が近位空間とみなされ,遠位空間内でも半側空間無視症状が出現したということです.
この研究結果から,近位空間での空間認知は身体図式に基づいて行われており,身体図式が変化することによって近位空間での空間認知が変化するということが実験的に明らかになりました.
これまでにも,近位空間認知に関する研究は多くありますが,本研究のように近位空間認知は自己身体認知に基づいているという見解の方が多いように感じます.
[Journal Club]慢性期脳卒中片麻痺における四肢の重だるさ
Kuppuswamy A, Clark E, Rothwell J, Ward NS.
Limb Heaviness: A Perceptual Phenomenon Associated With Poststroke Fatigue?
Neurorehabil Neural Repair. 2016 May;30(4):360-2.
脳卒中後患者において,「腕が重い」という愁訴は頻回に聞かれます。時には,その重さの訴えがリハビリテーションを阻害することもあります.しかしながら,このような重さの訴えには何が関係しているのかまだ明確にされていません。直感的には筋力が低下している患者さんは腕の重さを訴える方が多い気もしますが、果たしてどうなのでしょうか??
本日は患者さんの主観的な四肢の重さと関係しているものを調査している論文を紹介します。
この調査では69人の慢性期脳卒中片麻痺患者を,四肢の重さを強く感じている者とそうでない者の2群に分けて,両群における「疲労感や疲れ易さ」のアンケート,上肢運動機能テスト,握力の成績を比較しました.
その結果,四肢の重さを強く感じている者は「疲労感や疲れ易さ」のアンケートの点数が高いということが明らかになりました.
一方で,両群の運動機能や握力には違いが認められませんでした.
この研究グループは「疲労感や疲れ易さ」には運動皮質の興奮性が関与していること自身の研究で既に明らかにしていることから,
脳卒中患者が訴える「四肢の重さ」というのは,筋力低下などよりも運動皮質の興奮性が低下することが要因ではなかろうかと考察しています.
このような脳卒中の「四肢の重さ」に関するエビデンスはまだまだ乏しいため,今後の研究が期待されます.
[Journal Club]求心路遮断患者のメンタルイメージ
ter Horst AC, Cole J, van Lier R, Steenbergen B.
The effect of chronic deafferentation on mental imagery: a case study.
運動イメージが想起できているのかを客観的に評価するツールとして「メンタルローテーション課題」が臨床現場ではよく使われていると思います。色んな角度の手の写真に対して「右手!」「左手!」と答えている時に、頭の中で自分の手を回転させているという脳内プロセスを利用したものです。
しかし、中にはメンタルローテーション課題の正答率や反応時間の成績は良好にも関わらず「この患者さん、本当に運動イメージをする能力あるの??」という印象を持つことも多くあると思います。
上記の論文はそのような時の解決策を1症例の検討で示してくれています。
この研究で紹介されている症例は慢性的に感覚が脱失しているにも関わらず、メンタルローテーションの成績が健常者よりも良好でした。しかも、この成績は「手を背中の後ろで組む」状態でも良好でした。
ちょっと不思議ですよね?
通常であれば、メンタルローテーション課題は「現在の姿勢」の影響を受けやすいという特徴があります。ですから、背中の後ろで手を組んだりしたら正答率も反応時間も遅くなるはずです。実際に、この論文でも健常者では背中の後ろで手を組むと成績が悪くなっています。
つまり、この感覚脱失している症例に関しては「頭の中で自分の手を回転させる」という心的プロセスとは異なるプロセスでメンタルローテーション課題を実施していたということです。
ということで、この症例には「運動イメージ能力がある!」とは言い難いですね。
この論文では「背中の後ろで手を組む」という些細な工夫ですが、こういった1つの工夫で、臨床評価の精度が上がることは大変意味のあるものだと思いました。
[Journal Club]複合性局所疼痛症候群の運動特性
Schilder JC, Schouten AC, Perez RS, Huygen FJ, Dahan A, Noldus LP, van Hilten JJ, Marinus J.
Motor control in complex regional pain syndrome: a kinematic analysis.
様々な疾患において「指先の運動障害」が出現します。しかしながら、臨床現場でみられる「指先の運動障害」のパターンは非常に多岐にわたるため、それに対するリハビリテーションアプローチもその都度変えていかなければなりません。しかし、「指先の運動障害」の質的な部分を評価することにはちょっとした困難さがあると思います。
以下の論文は、そのような質的な部分を明確にするための検査方法を紹介してくれています。
この論文で対象にしているのは、パーキンソン病患者75名と複合性局所疼痛症候群(CRPS患者)80名です。
評価方法は非常に簡単で、15秒間「親指と人差し指を出来るだけ大きく速く開いたり閉じたりする」だけです。この様子を上からビデオ撮影するだけです。
この論文では、この後の分析方法がユニークです。
ビデオ撮影した映像をもとに、ビデオトラッキングシステムを使って、親指と人差し指の運動軌跡を数値化します。
その数値から、総軌跡長、親指と人差し指の運動速度、距離シグナルから算出されるパワースペクトラル密度、親指と人差し指の開口幅、それらが15秒の間でどれほど変化が生じたのか・・・・などなどを分析します。
このような分析を経て、
パーキンソン病患者では、親指と人差し指の開口幅が狭いこと(hypokinesia)、経時とともに段々と開口幅が小さくなっていくという特徴が検出されました。一方で、CRPS患者では開口幅は健常者と同等なのに、運動速度の低下、低い周波数成分のパワー値が高い(運動緩慢)という特徴が検出されました。
少しだけ分析方法を工夫するだけで、臨床現場で何となく分かっている質的な特徴を明確にすることが出来ます。このような分析を加えることによってリハビリテーション効果も明確になります。
[Journal Club]錯視を利用した運動学習
Chauvel G, Wulf G, Maquestiaux F.
Visual illusions can facilitate sport skill learning.
Psychon Bull Rev. 2015 Jun;22(3):717-21.
「エビングハウス錯視」をご存じでしょうか?図の2つのオレンジ色の真ん中の円は両方とも同じ大きさなのですが,周りに大きい円があると小さく,逆に小さい円があると大きく見えてしまうという錯視図のことです。今回はゴルフパットのスキル学習に有効利用されている報告を紹介します。
36名の大学生にゴルフパットの練習の際,ゴルフカップの周りにこの錯視を投影させ,練習によるパッティングの「うまさ」を検証しています。
実験方法は,まず通常にパッティングを実施した後,ゴルフカップよりも大きい円を投影して練習する群(ゴルフカップが小さいと感じる群)と,ゴルフカップよりも小さい円を投影して練習する群(ゴルフカップが大きいと感じる群)に分類しています。そして,練習は両群ともに10試行を5セット実施し,学習されたスキルの保持効果をみるために24時間後に周りの円の投影なしで1セット実施しています。「うまさ」はゴルフカップから外れたボールまでの距離とし,短い方が「うまい」と判断しています。
そして,その結果,ゴルフカップよりも小さい円を投影した群では,大きい円を投影した群と比較して明らかにゴルフカップが大きいと知覚し(1〜2cmも大きく感じている!),なんと,カップとボールの距離も明らかに短く,その効果が24時間後も認められたというのです。このように錯覚を利用した運動学習が少しずつ報告されてきております。
[Journal Club]一見すると上手にみえる、でも少しぎこちない不全脊髄損傷患者の到達把握運動
Stahl VA, Hayes HB, Buetefisch CM, Wolf SL, Trumbower RD.
Modulation of hand aperture during reaching in persons with incomplete cervical spinal cord injury.
Exp Brain Res. 2015 Mar;233(3):871-84.
不全脊髄損傷患者では上肢機能が低下することは明らかでありますが、到達・把握運動などの合目的的動作が損なわれているかどうかの調査はまだ不十分な現状です。
本日紹介する論文は、合目的運動時の手指の空間制御&手指運動に関わる筋活動を計測して、不全脊髄損傷患者の到達・把握動作の特徴を調査してものです。
不全脊髄損傷患者に対して、4種類の大きさのボールに対しての到達・把握運動を実施し、運動軌跡を2台のoptical motion analysis system (Optotrak 3020 and Certus;sampling 100Hz)で計測し、手指運動に関わる筋活動を筋電計で計測しました.
その結果、不全脊髄損傷患者でも健常者と同様にそれぞれのボールの大きさに対応した手指の空間的制御が可能でした。つまり、外部環境に合わせた運動調整ができていたということです。
しかしながら、不全脊髄損傷患者では伸筋と屈筋を「同時収縮」させているという筋活動パターンが特異的に認められました。つまり、一見すると上手く手指の運動調整ができるているようでも、その中身は健常者とは異なるものとなっていたということです。このことから、リハビリテーションにおいても、協調的あるいは効率的な運動制御に着目したリハビリテーションが必要であろうということが主張されてきています。
[Journal Club]Motor Neglectは注意の問題?運動意図の問題?
Punt TD, Riddoch MJ, Humphreys GW.
Motor extinction: a deficit of attention or intention?
Front Hum Neurosci. 2013 Oct 16;7:644.
運動能力は残存しているにも関わらず麻痺側を動かそうとしない症状はMotor Neglectと呼ばれており,このような症状が出現する原因は「運動意図の損失」なのか「注意の損失」なのかは明らかにされておりませんでした.この研究では,注意と運動意図のどちらがMotor neglect症状に影響を与えているのかを実験的に検証しています.
示指で円を描く課題を「左手のみ」・「右手のみ」・「両手同時に」で,「患肢側をみる」・「正面を見る」・「健肢側をみる」の合計9条件で実施した.示指にマーカーをつけて運動軌跡を3次元カメラで記録する.そして,描かれた円の直径・円を描く時間・速度・時間的干渉の度合いを算出した.
その結果,同時に円を描くと「患肢の円の直径の縮小」・「運動速度」が認められました.このことは,両手運動を行うことによって左手の運動意図が損失してしまった結果を示すものであり,Motor Neglect症状には「運動意図の問題」が関与していることを意味しているものです.一方で,「患肢側をみる」条件では空間的エラーが少なくなり,逆に患肢をみない条件では空間的エラーが生じやすいことから,少なくとも「注意の影響」という影響も考えられるという結果となっています.
この研究結果から,Motor Neglectは「運動意図の問題」と「注意の問題」もどちらも有しているという結論となっています.この実験では,患肢側へ注意を喚起している時には,Motor neglect症状が少なくなったことから,麻痺肢を動かそうとしない症例に対しては,できるだけ注意を患肢へ向けていく介入も良いであろうと報告されておりました.
[Journal Club]壊れたミラーニューロン仮説??
Biol Psychiatry. 2010 Dec 15; 68(12): 1148-55.
ヒトはある運動反応をする際に,同じ運動を観察しながらであれば,その運動反応は促進されますが,違う運動を観察しながらであれば,その運動反応が難しくなる傾向にあります。これはミラーニューロンシステム(MNS)が自動的に活性化するのを抑制しなくてはならないためで,それを担うのが,メンタライジングや心の理論に重要な領域である内側前頭前野(mPFC)や側頭-頭頂接合部(TPJ)であることが分かっています。
この研究では,自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ被験者に対して,模倣抑制課題を実施しています。この課題は,示指か中指を持ち上げる動画を観察しながら,被験者も示指か中指を持ち上げる運動を行うものです。そして動画と一緒に示指あるいは中指を持ち上げなさいという指示が出ます。被験者は,動画を無視して指示に従うことが要求されます。そのため,動画の運動と指示運動が同じ条件(例:動画も指示も示指を持ち上げる)と違う条件(例:動画は示指を持ち上げる,指示は中指を持ち上げる)が作られます。通常,一致条件と比較して,不一致条件の方がその反応時間が遅くなり,正解率も低下します。それを模倣干渉効果と呼びます。
結果,ASDグループでは,定型発達グループと比較して,大きな干渉効果を示し,干渉効果とASD重症度には相関関係があり,そして干渉効果が大きいほど,心の理論課題におけるmPFCやTPJの活動が弱いことも明らかになりました。
この研究は,ASDの最も有力な神経科学的仮説の一つである「壊れたミラーニューロン仮説」とは異なり,ASDではMNSの働き(自動模倣)は保たれており,むしろMNSを調整(抑制)するシステムに問題があることを示唆した重要な研究となりました。
[Journal Club]壊れたミラーニューロン仮説の行動学的指標
Cook J, Swapp D, Pan X, Bianchi-Berthouze N, Blakemore SJ.
Atypical interference effect of action observation in autism spectrum conditions.
Psychol Med. 2014 Mar;44(4):731-40.
手を左右に反復横運動を行っている他者を観察しながら,自身は手を上下に反復縦運動を行うと,自身の運動軌道が歪むことが知られており(Kilner, 2003),これを運動観察干渉効果と呼びます.これはミラーニューロンシステム(MNS)において,自己運動と他者運動がお互いに干渉をきたすことによるものと考えられています.
この研究では自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ被験者と定型発達被験者に対して,運動観察-運動実行課題を一致条件(自己と他者が同じ運動)と不一致条件(自己と他者が異なる運動)で実施しています.その結果,定型発達被験者では,不一致条件の干渉効果(運動軌道の歪み)が大きかったのですが,ASDを持つ被験者では,干渉効果が生じませんでした.これは,一つの可能性として,ASDではMNSの障害があることを示唆する結果であり,それを脳イメージング技術ではなく,行動学的な指標を使用して明らかにした研究になります.