[書評]身体性システムとリハビリテーションの科学(東京大学出版会)

「身体性システムとリハビリテーションの科学」が東京大学出版会から刊行されています.

身体性システムとリハビリテーションの科学①運動制御

http://www.utp.or.jp/book/b376573.html

身体性システムとリハビリテーションの科学②身体認知

http://www.utp.or.jp/book/b378019.html

 

運動制御とはすなわち身体認知である(運動制御=身体認知).

ヒトの運動制御を理解する上で,コンパレータモデルを欠かすことはできない.コンパレータモデルは,実際の感覚フィードバックが利用可能になる前に運動の感覚的結果を予測することによって,感覚フィードバック制御による遅延を防ぎ,運動システムに安定性を提供し,迅速なオンライン補正の手段を提供する.具体的には,運動関連脳領域によって生成された運動指令は,身体に伝達される.その際,同時に運動指令のコピー信号から運動結果の感覚的予測が生成され,頭頂葉や小脳に伝達される.次に頭頂葉や小脳では,予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバックとの比較が行われる.その際,運動結果の感覚的予測と実際の感覚フィードバックとの間に不一致が生じると,展開中の運動指令をリアルタイムで補正/修正するエラー信号が生成される.このエラー信号は,運動精度を向上させるためのトレーニング信号として機能する.ヒトは生後から日常生活においてこのプロセスを反復し続けることにより,頭頂葉や小脳に内部モデルを形成する.内部モデルとは運動の記憶であり,運動の実施前に“この運動を行ったらどのような感覚的結果が返ってくるか”を予測することを可能にする.したがって,このコンパレータモデル/内部モデルのことをフォワードモデルとも呼ぶ.

一方で,予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバック(視覚,体性感覚など)が時間的・空間的に一致することによって,身体意識が生成される.より具体的には,感覚フィードバック(視覚,体性感覚)間の時空間的一致は,“この身体は自分自身のものだ”という感覚,すなわち身体保持(所有)感(Sense of Ownership:SoO)を生成する.そして運動指令と実際の感覚フィードバック間の時空間的一致は,“この運動や行為の結果生じた外部の事象は,自分自身の主体的運動・行為に起因したものだ”という感覚,すなわち運動主体感(Sense of Agency:SoA)を生成する.

したがって運動制御と身体認知は,コンパレータモデルによって統一的に理解することができ,冒頭に示したように,まさに運動制御と身体認知は現象の表と裏の関係といえる.

本書は2014年から5年計画で発足した文部科学省新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御(略称:身体性システム科学)」で得られた成果をまとめた書籍であり,日本が世界に誇る一流の脳科学者,システム工学者,リハビリテーション医学者によって執筆されている.
本書は,①運動制御,②身体認知の2冊で構成されており,脳科学,システム工学,リハビリテーション医学のそれぞれの視点から,冒頭で述べた運動制御と身体認知の表裏一体の関係性を詳述している.
また脳卒中後片麻痺,統合失調症,先天性無痛症,幻肢痛,ジストニア,身体失認,失行などの症候における身体性の変容について,そしてVirtual Reality Trainingなどの最新リハビリテーション技術についても解説してあり,とりわけリハビリテーション専門職にとっては非常に関心の深い内容となっている.
これからのリハビリテーションにおいて,冒頭で述べた運動制御と身体認知の表裏一体の関係性の理解は必要不可欠であり,本書は,今後のリハビリテーションの方向性を示す羅針盤ともいえる書籍である.

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文責 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
助教 信迫悟志