ヒトの過剰な疼痛回避行動を捉える実験
PRESS RELEASE 2019.10.17
ヒトは痛みをともなう運動に対して,「全く動かない(=過剰な回避)」,「痛みを避けながらも行動する(=疼痛抑制行動)」,あるいは「避けずに動き続ける」などの行動をとりますが,各行動特性の詳細やどのような性格がそれぞれの行動をとらせるのかは明らかになっていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の西 祐樹 氏と森岡 周 教授らは,痛みをともなう運動を過剰に避ける人(=全く動かなくなる人)は,痛みがなくなっても恐怖が残存しやすいことと,その行動には性格特性が関わっていることを明らかにしました.この研究成果はFrontier Behavioral Neuroscience誌(The avoidance behavioral difference in acquisition and extinction of pain-related fear)に掲載されています.
研究概要
痛みに対する回避行動は,身体を損傷から保護する短期的な利益がありますが,傷が癒えた後でもそれを続けてしまうと,痛みを長引かせる要因になることが知られています.博士後期課程の西 祐樹さんは,「運動をすると痛みが与えられる」実験タスクをオリジナルに作成して,「自らの意志で痛みに対する行動を選択できる」実験環境で行動計測をしました.その結果,過剰な回避行動をとりやすい人は,運動開始に時間がかかりやすい(=躊躇しやすい)行動特性が明らかになりました.また,この過剰な回避行動をとるグループは,痛み刺激を止めても運動の躊躇や恐怖反応が消えないことも明らかになりました.加えて,このグループは,「特性不安」や「リスクに対して過剰に反応する損害回避気質」が高いという性格を有していました.
本研究のポイント
■ 過剰な回避行動をとる人は,運動の開始時に「運動の躊躇」が認められました.
■ そして,過剰な回避行動をとる人は,痛み刺激がなくなっても「運動の躊躇」と「恐怖反応」が残存していました.それとは対照的に,痛みを避けながらでも行動したり,痛みを避けることなく行動する人たちは,痛み刺激がなくなると同時に恐怖反応も消失しました.
■ 過剰な回避行動を示す人は,「特性不安」や「リスクに対して過剰に反応する損害回避気質」を有していました.
研究内容
健常者を対象に,タッチパネルを用いた運動課題を行いました(図1).
この運動課題では,被験者がタッチパネルを塗りつぶしている間は痛み刺激が与えられます.痛みを恐がらない被験者は塗りつぶす行動を続けられますが(=疼痛行動),痛みを過度に恐がってしまう被験者は塗りつぶし行動を止めます(=過剰な回避行動).加えて,この実験では,特定の運動方向(下図 水色部分)に特定の速度で塗りつぶすと,痛み刺激が弱くなる仕掛けにしていました(=疼痛抑制行動).この仕掛けをすることで,被験者を「過剰な回避行動をとる人」,「疼痛抑制行動をとる人」,「疼痛行動をとる人」に分けることができます.
図1:疼痛回避行動パターンを捉える実験手続き
この運動課題は,以下の4つの段階で行われました.
1.練習段階:単なる塗りつぶし行動をしてもらう.
2.獲得段階:塗りつぶし行動をしている間は痛みが与えられる.
3.テスト段階:被験者に「特定の運動方向に特定の速度で塗りつぶすと痛み刺激が弱くなる仕掛けになっている」ことを説明した後に,獲得段階と同じように運動に痛みがともなう状況で塗りつぶしをしてもらう.
4.消去段階:塗りつぶし行動をしても痛みが与えられない.
実験の結果,行動パターンから被験者を3つのグループ「過剰な回避行動をとるグループ」,「疼痛抑制行動をとるグループ」,「疼痛行動をとるグループ」に分けることができました.
過剰な回避行動をとる人は,運動の開始時間が遅れていました(=運動の躊躇).また,興味深いことに,この運動の躊躇は,痛みがなくなった消去段階にも残存しており,生理学的データで定量化された恐怖反応も同様に消去段階で残存していました(図2).これは,過剰な回避行動をとる人は,“動くことが恐い(=運動恐怖)” を学習しやすいことを意味します.
図2:それぞれの行動パターンをとるグループの運動躊躇と恐怖反応
痛みをともなう行動についての価値観は,それぞれのグループ間に差はありませんでしたが,過剰な回避行動をとるグループは,損害回避気質や特性不安が高いことが明らかになりました(図3).この結果から,過剰な回避行動はその人の性格特性によって決定づけられる可能性が示唆されました.つまり,不安になりやすい慎重タイプの性格が,過剰な回避行動をとりやすい要因であることが分かりました.
図3:それぞれの行動パターンをとるグループの性格特性
本研究の意義および今後の展開
この研究結果は,回避行動を詳細に評価することの重要性を示唆しました.また,臨床場面で個人の痛みを評価するときには,個人の気質や過去の経験,思考の側面を配慮することも重要であることが分かりました.今後は,痛み患者における回避行動を定量的に評価し,痛みの慢性化に寄与するのか調査する予定です.
論文情報
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
博士後期課程 西祐樹(ニシ ユウキ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
修士課程 辰巳光世さんの演題が優秀発表賞に選出されました!
令和1年10月6日に千里ライフサイエンスセンターにて,第38回日本小児歯学会近畿地方会大会が開催されました.この学会は,主に歯科医師,歯科衛生士をはじめとする歯科関係者で構成されている学会です.本大会では,「小児歯科における多角的アプローチを考察する」というテーマで,特別講演,教育講演,歯科衛生士セミナー,一般演題発表が行われ,小児の口腔内疾患や,学習法についてなど,多岐に渡り活発な議論がなされました.
今回,私(辰巳光世)は,「小児における歯肉炎,プラーク,および口腔内表象との関係」という演題で発表を行い,一般演題発表の中で,優秀発表賞に選ばれました.発表では,歯磨きを行う際には,手の運動機能だけでなく,口腔内のイメージ(口腔内表象)も重要と考えられるため,小児を対象に口腔内表象とプラーク,歯肉炎との関係性を調査した結果を報告しました.
多くの演題の中から優秀発表賞に選んでいただけたことは,日々の取り組みを認めてもらえたことだと大変嬉しく思います.今後も歯科衛生士として,子どもたちの口腔の健康に繋がるような研究を続けていけるよう,日々精進していきたいと思います.
また,本研究の実施・発表にあたり,指導教員である 信迫 悟志 准教授をはじめとする多くの方々にご指導およびご支援いただきました.この場を借りて深く感謝申し上げます.
発表演題
『小児における歯肉炎,プラーク,および口腔内表象との関係』
辰巳光世,信迫悟志,西田綾美,國府健一郎,中野雅子,境陽子,深野貢,齋部泰子,塚本理沙,吉田美香
畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程2年 辰巳光世
博士後期課程 重藤さんが運動器理学療法学会でポスター発表をしました!
第7回日本運動器理学療法学会学術大会(岡山)で,私,重藤隼人(博士後期課程)が発表して参りました.昨年に続き,一症例の関りを重視するという観点から「症例報告」のセッションがあり,「一般演題」「ポスター演題」も疼痛に関わるセッションから,機能障害や能力障害,基礎研究に関わるものまで多岐に渡る演題発表がありました.私は本学会のテーマでもある「繋ぐ-学術と臨床の連携-」と同テーマのシンポジウムを中心に,痛みに関する講演や徒手理学療法のエビデンス構築に関するシンポジウムを聴講しました.「繋ぐ-学術と臨床の連携-」というテーマから,「学術」と「臨床」が連携できていないという現状の問題点があり,それを解決していくためにはどのような繋がりを意識していけばよいのかということを,各シンポジストの先生方の研究成果と周囲の人々への関り方の体験談も含めた話を通してあらためて再考する必要性を感じました.私自身も臨床現場で働きながら現在大学院に所属しているので,まさに「学術」と「臨床」の連携を体現していく必要性があると強く感じ,今後の研究活動は何に繋げていくべきかを考えて行動を見直していきたいと思いました.また,本学会では昨年開催されました第6回日本運動器理学療法学会学術大会の表彰式が行われ,森岡研究室OBの田中創さんが大会長賞を受賞しました.修了生の方の頑張りにも刺激をうけて,今後の研究活動の意欲がさらに強まった学会でした.
今回の発表演題名は以下であり,様々な意見をいただき多くの議論ができたと感じております.
<一般演題>
重藤隼人「慢性腰痛患者のADL 障害に関連する運動制御の特徴と運動制御に影響する疼痛関連因子」
最後になりましたが,このような貴重な機会をいただき,いつもご指導をいただいています森岡先生,畿央大学に感謝申し上げます.
博士後期課程 重藤隼人
大学院生が21st ESCOPで発表してきました!
9月25日から28日にかけてスペインのテネリフェで開催された21st conference of the European Society for Cognitive Psychologyにおいて,宮脇裕(博士後期課程)と私(林田一輝 博士後期課程)が演題発表をしてきましたのでここに報告させていただきます.
本大会はヨーロッパで2年に1度行われる歴史ある学会であり,認知科学や神経科学を主に扱っています.学会会場はビーチの真横にあり,日本人の私には独特の雰囲気に感じましたが,リラックスしながら議論を促進させることが目的であったようです.今回の学会では様々な内容のセクションが組まれていましたが,身体性やagencyのみを取り上げたシンポジウムがいくつもあり非常に興味深く拝聴させていただきました.特に「Acting in a Complex World – Emerging Perspectives on Human Agency.」と題されたセッションのシンポジストは,社会性の心理学をagencyの観点で研究しているWilfried Kunde教授のグループで構成されており,日頃より論文を参考にしている方々の講演を聴くことができました.どのシンポジストもイントロダクションからリサーチクエッションへの流れが明確で,20分の講演時間で提示される結果のスライドは1つか2つであり,複雑な内容をいかにシンプルに伝えるかという点で非常に勉強になりました.私は「Diffusion of responsibility and the outcomes on sense of agency」という題でポスター発表をさせていたただきましたが,まさに社会性とagencyに着目した内容であり,Kunde教授のグループの数人の方に聴いていただけました.特に私が修士の頃より注目しているRoland Pfister博士に直接発表を聴いていただいたことは相当な報酬となりました.その他の一般演題でもagencyの発表はいくつもあり,質問にいけないほど活発に議論されているものもありました.今回の学会に参加して自身の取り組んでいる研究領域が注目されているのは確かですが,研究として取り扱うことが本当に難しいものだと痛感しました.相応の成果を出し,研究領域の発展につながるよう尽力していきたいと思います.
宮脇 裕(博士後期課程)
「Cue integration strategy for self-other sensory attribution in motor control」
林田一輝(博士後期課程)
「Diffusion of responsibility and the outcomes on sense of agency」
第17回日本神経理学療法学会学術大会で大学院生が発表しました!
2019年9月28日,29日の二日間,パシフィコ横浜で開催された第17回日本神経理学療法学会学術大会が開催されました.
当日のオープニングセミナー,教育講演「身体性システム科学から考える「一歩先」の神経理学療法」では森岡 周先生が登壇されました.
演題発表では客員研究員の佐藤さん,博士後期課程の高村さん・藤井さん・水田さん・私(赤口)が発表を行いました.
演題名は下記の通りです.
佐藤剛介「安静時脳波を用いた頚髄損傷に対する理学療法の長期的効果の検証-しびれに着目した 1 例による予備的検討-」
高村優作「半側空間無視に対する腹側注意ネットワークへの直流電気刺激と視覚刺激の併用効果-残存する受動的注意機能の最大化を企図した新たな介入手法の試み-」
藤井慎太郎「静止立位時の重心動揺変数を用いた姿勢制御戦略の特徴分析 -神経疾患症例の特性に着目して-」
水田直道「脳卒中後症例における長下肢装具を使用した介助歩行時の非麻痺側歩幅の違いが麻痺側下肢筋活動に与える影響」
赤口 諒「慢性期脳卒中患者の把持力調節の特徴-上肢機能ならびに使用頻度との関係に着目して-」
本大会のテーマは「一歩先へ〜 One more step forward」とされ,神経理学療法領域の対象とされる神経疾患の「重複障害」に加えて,本来,理学療法士として重要なテーマである「歩行」に基づいた特別講演,教育講演等が企画されました.多数の講演,演題が重複する中でどれを聴講しようか悩まれた方も少なくなかったのではないでしょうか.私は「歩行」についての講演を重点的に聴講して参りましたが,科学の発展に伴いVRやロボットの活用する演題が多数あり,示唆に富む興味深いものがありました.その一方で,そうした最先端の技術を取り入れる上では限界点を見極め,病態,分類・評価に基づいた上での介入手段として意思決定されることが重要であると改めて強く感じました.このことから,森岡先生が教育講演で強調していた「理学療法士はエビデンスに基づいた治療を提供する専門職であると同時に,対象者にとって必要な,報酬価値のあるサービスを提供することができる専門職である」といったメッセージには,これからを担う我々若いセラピストが真摯に受け止め(概念化し),共有していくことが重要であると感じました.
博士課程課程 赤口 諒
第24回日本ペインリハビリテーション学会で発表してきました!
2019年9月21日、22日の二日間、名古屋学院大学で開催された第24回日本ペインリハビリテーション学会学術集会が開催されました.
本研究室からは,特別講演「痛みの中枢制御機構」と,シンポジウム「痛みに挑む-適応と限界を語る-」で大住倫弘准教授が登壇されました.また,同一のシンポジウムでは本学理学療法学科の瓜谷大輔准教授も登壇されました.
演題発表では佐藤さん(客員研究員),西さん・重藤さん・田中陽一さん・藤井廉さん(博士後期課程)と,古賀(修士課程)が発表を行いました.
演題名は下記の通りです.
【口述】
佐藤 剛介「有酸素運動がしびれと安静時脳波活動に及ぼす長期的効果の検証ー頚髄損傷者1例による予備的研究ー」
西 祐樹「慢性腰痛有訴者における体幹屈曲伸展運動の姿勢制御
重藤 隼人「慢性腰痛患者のADL障害と運動制御の特徴および疼痛関連因子との関連性ー連関規則分析を用いてー」
田中 陽一「慢性疼痛の日内律動性についてー律動性の各タイプ分類と疼痛特性についてー」
古賀 優之「中枢性感作症候群と痛みの関係性ークラスター分析による特徴抽出ー」
【ポスター】
藤井 廉「腰痛の程度と運動恐怖による就労者の運動学的特徴ー作業動作の経時的変化に着目してー」
本学会は「痛みを治療する-ペインリハビリテーションの真価-」というテーマを掲げて開催されており,痛みのメカニズム,評価,痛みに対する介入手段という一連の流れがよくわかるプログラム構成となっておりました.
これまでの学会では,痛みの多面的要素をいか捉え,適切な運動療法や患者教育,活動量の調整を行っていくことが重要というお話が多かったように思いますが,本学会では物理療法や徒手療法,ニューロリハビリテーション,作業療法といった様々なリハビリテーション介入の視点から,適応と限界がどういった点なのかということを明確化させるようなセッションが組まれておりました.
それぞれの介入を,手技・手法ではなく,病態解釈も含めた「概念」として捉え,「科学に方向づけされながら,適切な治療に発展させていくことが重要である」というような強いメッセージ性を感じ,まさに「ペインリハビリテーションの真価」が垣間見えた素晴らしい学会でした.このような考え方をいかに実践して,また,その結果がどうであったのかということの検証を積み重ねていくことを,今後の課題として日々の研究活動ならびに臨床へ生かしていきたいと思います.
最後になりましたが,今回の発表にあたりご指導いただきました森岡周教授と,研究室の皆さま,研究データ収集を手伝ってくださった皆様に深く感謝申し上げます.
修士課程2年 古賀優之
[Journal Club]行為主体感形成における意図の強さの役割
行為主体感形成における意図の強さの役割
The Role of Intentional Strength in Shaping the Sense of Agency
Front Psychol. 2019; 10: 1124.
Samantha Antusch, Henk Aarts, and Ruud Custers
意図は,行為の準備,開始,認識の重要な構成要素となります.さらに,意図は行為主体感の経験を促進する上で重要な役割を果たします.行為主体感における意図の重要性を示した先行研究において,(意図がある)能動的な行為とそれによって引き起こされた結果の主観的時間間隔は,(意図が無い)受動的な行為と比較して,短く知覚されることがわかっています(意図による結合効果).これまでの研究は意図の「有無」によって行為主体感のメカニズムが議論されてきましたが,意図の「質」にはあまり着目されていませんでした.行為の動機付けにおける意図の強弱は行為主体感に影響する可能性があります.行為の動機付けには予測される結果の価値(報酬)が関与することは明らかです.いくつかの先行研究で,意図的な行為が経済的損失をもたらす場合と比較して,利益がある場合に行為主体感が増幅することが示唆されています.この研究では,行為を結果の報酬と関連づけることにより,意図の強さが行為主体感に与える影響について調査されました.
実験参加者は80%の確率で報酬が与えられるキー(高報酬条件)と20%の確率で報酬が与えられるキー(低報酬条件)を事前に学習しました.実験課題では,事前に学習したキーを押した時の意図による結合効果が調べられました.その結果,高報酬を学習したキー条件の方が低報酬条件よりも結合効果が高くなることが示されました.著者らは,ドーパミン作動系によって結合効果が駆動されたのではないかと考察しています.
意図の有無ではなく,強さという質に着目し,それを意図による結合効果によって定量的に示したことが本研究のポイントだと思います.意図の質がなぜ行為主体感に影響したのか,そのメカニズムについてはまだ推論の域を出ず,今後の研究が期待されます.
第1回 畿央大学・名古屋大学 研究交流会
9月8日(日),畿央大学にて畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室研究交流会が開催されました.今回は名古屋大学大学院 内山研究室と記念すべき第1回の研究交流会となり,内山靖先生をはじめ大学院生,学部生の方々に遠路はるばるお越しいただきました.プログラムとしては,まず最初に,内山先生に内山研究室についてのご紹介をいただき,その後に内山研究室の大学院生から,高橋さんが「脳性麻痺児における生活の質と生物心理社会的な関連因子の探索的研究」について,川路さんが「じん肺検診受信者における身体活動量の要因に関する研究」について,佐藤さんが「Smart Walkerにおける治療・誘導刺激制御の最適化に関する実証的研究」について現在進行形の研究を発表していただきました.いずれの研究も研究背景の説明がわかりやすく丁寧に構成されており,普段聞きなれない領域の発表でしたが,初めて聞く分野の話題でも理解が深まる内容・プレゼンテーションであり,大変参考になりました.午前の最後には両研究室の数名の院生から,自己紹介も含めて簡単に研究分野や現在行っている研究の概要について発表させていただきました.午後からはまず森岡先生から森岡研究室についてのご紹介をいただき,その後,赤口さんが「慢性期脳卒中患者の把持力調節の特徴-上肢機能並びに使用頻度との関係に着目して-」について,水田さんから「脳卒中後症例における運動麻痺と歩行速度の関係性からみた歩行特性・クラスター分析に基づく特徴分析-」,西さんから「痛みの予期は目標志向的な運動制御に影響する-痛み恐怖条件付けパラダイムを用いて-」について発表していただきました.内山研究室・森岡研究室双方の院生から研究について意見交換がされ,特に休み時間に気楽な雰囲気の中で議論が自然とされていたのが非常に良い雰囲気であったと印象的に思いました.
内山研究室・森岡研究室ともに研究分野が多岐にわたっていますが,特に内山研究室では医工連携を踏まえた研究もされており,今後のリハビリテーション分野も大きく変遷していくことを実感しました.内山先生,森岡先生からもお話をいただき,両先生に共通していたことは,理学療法とは何か,どのような病態にはどのような介入をしていくべきか,ということを標準化・アルゴリズム化していくことが今我々には求められており,人間を対象としている分野なので,個別性と普遍性を踏まえた関りを高めていくことで,理学療法士の価値を高めていくことが重要であるということでした.このことを踏まえた上で,我々一人ひとりが,自分がどのような部分に貢献できるかということを考えていくことが求められているので,日々の行動を意識していきたいと再認識しました.
最後になりましたが,ご多忙の中快くご対応してくださり,かつ遠方までお越しいただきました内山先生ならびに内山研究室の皆様,研究交流会の運営幹事としてご尽力いただきました佐藤さんと藤井さん,そしてこのような機会を与えてくださった森岡先生に深く感謝を申し上げます.
博士後期課程 2年 重藤隼人
予測-結果の不一致と運動主体感の関係
PRESS RELEASE 2019.7.19
「この行為を引き起しているのは自分だ」という感覚を“運動主体感”といいます.運動主体感は,予測と実際の感覚結果が一致することによって引き起こされる感覚であることが知られています.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡 周 教授と大住倫弘 准教授らは,明治大学理工学部の嶋田総太郎 教授,慶應義塾大学の前田貴記 講師らと共同で,予測-結果の一致だけで運動主体感が構成されていない可能性を実験的に示しました.この研究成果は,PLoS One誌(The relationship and difference between delay detection ability and judgment of sense of agency)に掲載されています.
研究概要
「この行為を引き起しているのは自分だ」という“運動主体感”は,「この行為によってどのような感覚が引き起こされるか」という予測と,実際の感覚結果の一致によってもたらされる感覚と考えられてきましたが,互いがどれほど密接な関係にあるのかは不明でした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡 周 教授と大住倫弘 准教授らは,明治大学理工学部の嶋田総太郎 教授,慶應義塾大学の前田 貴記 講師らと共同で,予測-結果の不一致に気づく時間窓と,予測-結果の不一致によって運動主体感が損なわれる時間窓との関係を調査しました.その結果,予測-結果の不一致に気づきやすい被験者ほど運動主体感を損ないやすい傾向があることが確認されましたが,互いの関係は決して強固なものではないことも明らかにされました.この結果は,運動主体感は単なる予測-結果の一致だけで構成されている感覚ではなく,それ以外の要因によって修飾されることを示唆するものです.
本研究のポイント
運動主体感は,予測-結果の一致/不一致だけによって左右されるものではない可能性を示した.
研究内容
1.予測-結果の不一致に気づく時間窓の計測
健常大学生を対象に,映像遅延システム(図1)の中で人差し指を1回だけ動かしてもらいます.映像遅延システムでは,被験者の手の鏡像をビデオカメラで捉えて,そのカメラ映像を「映像遅延装置」経由でモニターへ出力させます.出力されたモニター映像を鏡越しに見ることによって自分の手を見ることができます.また,映像遅延装置によって作為的に映像出力を時間的に遅らせることができます.この遅延時間を100, 200, 300, 400, 500, 600, 700, 800, 900, 1000ミリ秒の10条件設定をして,被験者がどのくらいの遅延時間で遅延に気づくことができるのかを定量化しました(図3左).
図1:映像遅延システム
2.予測-結果の不一致によって運動主体感が損なわれる時間窓の計測
健常大学生を対象に,Agency attribution task(Keio method: Maeda et al. 2012, 2013)を実施してもらいました(図2).被験者のボタン押しによって画面上の■がジャンプするようにプログラムされており,さらにボタン押しと■ジャンプの間に時間的遅延を挿入することができ,この遅延時間を100, 200, 300, 400, 500, 600, 700, 800, 900, 1000ミリ秒の10条件設定をしました.そして,被験者は“自分が■を動かしている感じがするかどうか”を回答するように求められ,被験者がどのくらいの遅延時間で運動主体感が損なわれるのかを定量化しました(図3左).
図2:Agency attribution task(Keio method)
そして,「遅延に気づく時間窓」と「運動主体感が損なわれる時間窓」の相関関係を算出したところ,お互いに一定の関係が認められるものの,その関係は決して強固なものではありませんでした(図3右).
図3:「遅延に気づく時間窓」と「運動主体感が損なわれる時間窓」の関係
本研究の意義および今後の展開
運動主体感はリハビリテーションを進める上で欠かすことのできないものです.その運動主体感のメカニズムの一端を明らかにすることができましたが,どのような要因によって運動主体感が修飾されるのかは,今後の研究で明らかにしていかなければなりません.
関連する先行研究
Shimada S et al. Rubber hand illusion under delayed visual feedback. PLoS One. 2009 Jul 9;4(7):e6185.
Maeda T, Kato M, Muramatsu T, Iwashita S, Mimura M, Kashima H. Aberrant sense of agency in patients with schizophrenia: forward and backward over-attribution of temporal causality during intentional action. Psychiatry Res. 2012 Jun 30;198(1):1-6.
Maeda T, Takahata K, Muramatsu T, Okimura T, Koreki A, Iwashita S, Mimura M,
Kato M. Reduced sense of agency in chronic schizophrenia with predominant
negative symptoms. Psychiatry Res. 2013 Oct 30;209(3):386-92.
論文情報
Osumi M, Nobusako S, Zama T, Yokotani N, Shimada S, Maeda T, Morioka S. The relationship and difference between delay detection ability and judgment of sense of agency. PLoS One. 2019 Jul 9;14(7):e0219222.
なお、本研究は明治大学理工学部 嶋田総太郎教授,慶應義塾大学 前田 貴記 講師らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」の支援(研究課題番号 17H05915)を受けて実施されました.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
大学院生が第41回日本疼痛学会で発表してきました!
7月12日‐13日に名古屋国際会議場にて開催された第41回日本疼痛学会に参加してきました.愛知医科大学学際的痛みセンターの牛田享宏先生が学会長を務められ,「心身二元論からの脱却と新たなる挑戦」をテーマに,痛みに関わる様々な分野の専門家が集結し,情報交換を行いました.森岡研究室からは4名の院生が発表参加し,口述・ポスター発表で活発な意見交換を行いました.以下発表演題です.
D2重藤隼人:中枢性感作と疼痛強度に基づいたサブグループにおける疼痛関連因子の特性-クラスター解析を用いて‐
D2田中陽一:慢性疼痛の日内律動性について‐律動性に影響を与える要因の検討-
D1藤井廉:腰痛を持つ就労者の作業動作における痛みおよび運動恐怖の関連性
M2古賀優之:中枢性感作症候群を呈したTKA患者に対する運動療法と患者教育・行動日記の併用効果‐症例報告‐
ポスター発表では田中と藤井が優秀ポスター賞候補に選出されておりましたが,残念ながら受賞はなりませんでした.本学会は,基礎研究や普段あまり目にしない薬理学の内容も多く聞きなれない用語もあって新鮮でしたが,臨床での応用性も高く,興味深く参加できました.本学会の参加は初めてでしたが,リハビリ関連の学会だけではなく,こうした痛みに関わる医師を中心とした学会に触れ,その考えや痛みへの治療法などを深く知ることにより,痛みに対する集学的治療の意識が更に高まりました.学会で取り入れた知識や経験をさっそく臨床に持ち帰り,痛みに悩む患者さんに還元していきたいと思います!
最後になりましたが,このような機会を頂きました畿央大学と指導教員である森岡周教授に深謝いたします.
畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション学研究室
博士課程2年 田中陽一