[Journal Club]半側空間無視の病態:注意の解放困難vs空間性ワーキングメモリー障害
Toba MN, Rabuffetti M, Duret C, Pradat-Diehl P, Gainotti G, Bartolomeo P.
Component deficits of visual neglect: “Magnetic” attraction of attention vs. impaired spatial working memory.
Neuropsychologia. 2017 109:52-62.
半側空間無視(USN)は右半球損傷の結果す生じる神経学的症候であり、対象者は左側の対象物を発見することや、反応することが困難となることが知られています。そのため、USNを有する症例は机上での探索課題でも右側のターゲットのみ探索し左側を探索しないなどの場面が典型的に見られます(Albert, 1973)。
USNの発現機序に関する議論は長年行われてきていますが、近年では注意配向(注意を向けること)や空間性ワーキングメモリー(空間的位置の記憶)、注意の持続、注意の解放(再定位、外発的な刺激による)などといった空間的・非空間的注意機能に関する複数の構成要素の障害が寄与することが知られています((Bartolomeo, 2007; Coulthard et al., 2007; Gainotti et al., 1991;Karnath, 1988). これらの構成要素の障害が症例によって異なりまた、複数の構成要素が相互に影響し合い、異なる複雑な症状特性を示すことが知られています。
臨床的にUSN症例は右側の対象物に注意を集中しやすく、そこから注意を解放することが難しいという症状がよく観察されます(Magnetic attraction; MA)。一方で、USN症例が空間性ワーキングメモリー(Spatial working memory: SWM)の低下を合併する場合も多く、そのような場合にも空間位置の記憶が難しく右空間の同じ場所を何度も探索してしまう場合があります。
本研究では、右半球損傷患者47名に対してタッチパネルPCを用いたターゲット探索課題を以下の3条件で実施しています。1)選択したターゲットがハイライトされる条件(右側へ注意が引き寄せられやすい条件:MAを評価)、2)選択したターゲットが削除される条件(右側から注意を解放しやすい条件:コントロール)、3)選択したターゲットが変化しない条件(どこを探索したか記憶が必要となる条件:SWMを評価)。上記三条件の成績を比較することで各症例におけるUSNを生じさせる構成要素として、右空間からの注意の解放困難さ(MA)と空間性ワーキングメモリー障害(SWM障害)にどのような特性を示すのかを分析しています。
結果として、MAが優位な症例とSWM障害が優位な症例がそれぞれ存在していることが明らかとなりました。これらの結果は無視症状の特性が症例によって異なり、多数の構成要素の組み合わせによって生じているという仮説を支持する結果であると著者は述べています。
[Journal Club]短期間のミラーセラピーにより幻肢の運動主体感が高まる
Imaizumi S, Asai T, Koyama S
Agency over Phantom Limb Enhanced by Short-Term Mirror Therapy
Front Hum Neurosci. 2017 Oct;11:483
切断された四肢が実際には存在しないにも関わらず,あたかも存在するかのように知覚する体験を幻肢と呼び,これに痛みを伴う症状は幻肢痛と呼ばれます.四肢切断後には約90%以上が幻肢を体験し,40-80%が幻肢痛を慢性的に感じていると報告されています.
この幻肢痛に対して,Ramachandranらは鏡を用いた治療を考案しました.その治療では,幻肢痛患者の患側肢と健側肢との間に鏡を設置します.そして,鏡に映った健側肢を覗かせた状態で健側肢の運動を行わせます.患者は鏡に映る健側肢の運動を見ることで,あたかも失われた患側肢が動いているかのような錯覚を惹起します.この鏡を用いた治療はミラーセラピーと呼ばれ,10-15分のミラーセラピーを続けることで幻肢痛が軽減したとする報告が多数あります.このミラーセラピーは,切断された四肢への運動指令に対して,鏡からあたかも四肢が存在し動いているかのような視覚入力が得られます.運動指令に伴う感覚情報の予測と実際に運動した際に入力される感覚情報とが一致することで幻肢痛が軽減すると考えられています.
このミラーセラピーが有効であった方々は,幻肢を患者自身の意図で動かすことができたと言われています.「この四肢を動かしたのは自分自身である」といった意識は運動主体感と呼ばれ,運動指令に伴う感覚情報の予測と入力される感覚情報とが一致することで生起されると言われています.さらに「この四肢は自分自身のものである」といった意識である身体所有感も幻肢痛の軽減に関係している可能性が示唆されています.
そこで,今回紹介する研究では「ミラーセラピーにより幻肢への運動主体感および身体所有感に改善がみられるか」,「ミラーセラピーにより幻肢痛が軽減するか」そして「運動主体感,身体所有感と幻肢痛との関係を明らかにする」ことの3つを研究目的に実施されました.
対象は,上肢切断者9名(平均年齢64.78±12.21歳)で全員が幻肢を随意的に動かすことが可能で,5名が幻肢痛を有していました.8項目で構成され,それぞれ5段階での価する質問紙を用いて幻肢への運動主体感(3項目),身体所有感(3項目),幻肢痛(2項目)についてミラーセラピーの前後で評価を行いました.
ミラーセラピーは15分間の手指の屈伸運動でした.
結果は,15分間のミラーセラピー後に幻肢に対する運動主体感の有意な向上を認めました.しかし,身体所有感と幻肢痛には有意な変化を認めませんでした.
今回の研究結果から,短期間でのミラーセラピーでは幻肢の運動主体感に改善を認めるが,身体所有感や幻肢痛の改善には長い期間のミラーセラピーが必要であることが示唆されました.
著者らはこの研究結果をミラーセラピーにより幻肢痛の軽減や複合性局所疼痛症候群,脳卒中片麻痺の運動機能が改善するメカニズムとして,患側肢に対する主観的な知覚経験が関与することを示唆するものであると述べています.
第41回日本高次脳機能障害学会学術集会に参加してきました
畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の大松です.
2017年12月15,16日と第41回日本高次脳機能障害学会学術集会に参加してきました.
本学会は医師や心理,作業療法士,言語聴覚士が多く参加されており,特に症例報告で丁寧な観察が目立ちました.今回の学会テーマは「わかりあうを科学する」でした.パッと見わかりにくい高次脳機能障害を科学の知見から少しでも探求し理解できるように学び合い,症例をどのように読み解き,対応していくかについてのディスカッションが飛び交っていました.また,実際に関わった特異な症例と類似する症例報告などもあり,病態解釈するうえで大変勉強になりました.
本研究室からは,客員教授の河島則天さん,博士課程の高村優作さん,藤井慎太郎さん,大松が参加し,半側空間無視に関する演題発表を行いました.共同研究チームで口述4演題,ポスター4演題,計8演題行いました.
無視症状を注意ネットワークの障害として捉え,200名を超える症例から特徴的な症例をピックアップし脳画像と症状特性から考察した報告や,動画,3D空間などより実際的な視空間情報処理に対する新たな評価手法を取り入れた報告,無視症状に随伴する全般性注意障害との関係やその縦断的報告,病態に合わせた介入報告など,病態分析から介入まで一貫して報告することができたため,多くの方々に聞いていただき,ディスカッションできて有意義な時間を過ごすことができました.
今回の経験を生かして,症例の病態解釈や研究に繋げていきたいと思います.
健康科学研究科博士後期課程 大松聡子
新学術領域研究「身体性システム」若手の会に参加しました
12/4に名古屋大学にて行われた身体性システム若手の会主催・勉強会に参加させていただきました.本勉強会は新学術領域研究「身体性システム」http://embodied-brain.org/の一環で行われ,森岡周教授が畿央大学大学院で行われている研究を主に講演されました.また,東京農工大学の矢野史朗 先生と東京大学の藤木聡一朗 先生の話題提供も行われました.その後,矢野先生にベイズ推定等の学習アルゴリズムに関する研究相談をさせていただき,今後の研究指針を定めることができました.今回の勉強会に参加し,研究相談の機会を与えてくださった森岡教授に感謝申し上げます.
畿央大学大学院 健康科学研究科
神経リハビリテーション学研究室
博士後期課程 西 祐樹
東京大学 今水 寛 学習機構研究室を訪問しました.
12/1に東京大学の今水研究室(心理学研究室)に森岡周教授,西祐樹(博士後期課程)と私(林田一輝 修士課程)が訪問し,研究成果の発表および今後の研究計画の検討に行って参りましたので報告させていただきます.
今回は新学術領域研究「身体性システム」の一環で行われました.本領域は,脳内身体表現の神経機構とその長期的変容メカニズムを明らかにし,リハビリテーション介入へと応用することを目的としています.また別分野の研究室とインタラクションすることで新しい研究へ発展させることも重要視されています.今水研究室は認知学習や運動学習に関わる脳の仕組みを解明するとともに,学習や適応を支援する技術の開発を行っており(ホームページ引用 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~imamizu/index.html),運動制御・運動学習分野でご活躍されている今水教授から貴重な意見をいただきました.森岡教授のagency attribution,西のBayesian inference,私のintentional bindingに関するの研究についてそれぞれ発表し,今後について検討致しました.今すぐに解決できる簡単な問題ばかりではありませんが,ブレークスルーできるように頂いた意見を元に研究計画を立てていきたいと思います.
また私自身,今水教授とディスカッションできたことは大きな報酬となり,今後の研究活動に対してモチベートされました.このような機会を与えてくださった森岡教授に感謝申し上げます.今後,共同研究へと発展させ,成果を挙げられるよう努力していこうと思います.
畿央大学大学院 健康科学研究科
神経リハビリテーション学研究室
修士課程 2年 林田一輝
大学院生が日本基礎心理学会第36回大会でポスター発表をしました!
12/1〜3に立命館大学大阪いばらきキャンパスで開催された日本基礎心理学会第36回大会で大学院生の石垣智也(博士後期課程)と私(林田一輝 修士課程)が発表してきましたので,が報告させていただきます.
本大会の扱う分野は非常に多岐にわたり,知覚,運動,動物研究,高次脳機能,言語,発達など様々でした.「共感覚的体験:ワークショップと研究の最前線」という題で行われたシンポジウムでは,ブーバ・キキ効果などの「音象徴」と各感覚モダリティを越えて知覚される「共感覚」の違いについての説明とその最前線の研究の紹介が行われ,その不思議さに非常に興味を注がれました.懇親会では「錯視・錯聴コンテスト」の授与式が行われ,受賞された作品をみんなで鑑賞しながら,そのメカニズムについて和気あいあいとディスカッションがなされていました.普段参加している医療やリハビリテーション関連の学会とは違い,本学会は終始穏やかで,優しい雰囲気でした.今回の参加で感じたことは,皆が非常に楽しみながら研究しており,新しい発見に対して高いモチベーションを持って活動をしていることです.本来科学に対する姿勢はこうあるべきだと関心する反面,研究結果が意味する社会的意義を考慮すると批判的に向き合うことも重要であり,両者の行き来が大切であると感じました.
私は「他者との目的共有が行為主体感と運動パフォーマンスに及ぼす影響」という題で発表させていただきました.普段とは違い,医療従事者ではない相手に研究内容を理解してもらうのは難しく非常に勉強になりました.発表時間を超えても質問に来てくださる方がおり,自分自身の研究分野の位置付けを確認する良い機会となりました.
このような経験ができたのは森岡教授をはじめとする多くの方のご指導と畿央大学の支援があってものです.この場を借りて感謝申し上げます.今後,速やかに国際雑誌へ投稿し,少しでも還元できるよう努力致します.
発表演題
石垣智也「身体接触を介した暗黙的な二者間姿勢協調とラポールとの関係」
林田一輝「他者との目的共有が行為主体感と運動パフォーマンスに及ぼす影響」
畿央大学大学院 健康科学研究科
神経リハビリテーション学研究室
修士課程 2年 林田一輝
身体に軽く触れることで示される無意識的な二者間姿勢協調と社会的関係性との関係
PRESS RELEASE 2017.11.23
日常生活やリハビリテーション場面において,身体接触を介して二者の姿勢や運動が影響し合うこと(例えば,手を繋いで歩く,動作介助など)があります.実際,立位姿勢でお互いに軽い身体接触を行うと,両者の姿勢の揺らぎが無意識的に類似することが知られています.畿央大学大学院健康科学研究科の石垣智也らは,この揺らぎの類似性と二者間の社会心理学的な関係性(親密度)が関係することを明らかとしました.これは,身体接触による触覚情報を用いたヒトとヒトの姿勢運動制御の相互作用を理解する基礎的知見になるものと期待されます.この研究成果は,Frontiers in Psychology誌(Association between Unintentional Interpersonal Postural Coordination Produced by Interpersonal Light Touch and the Intensity of Social Relationship)に掲載されています.
研究概要
手を繋いで歩く,ペアでのダンス,そして介護やリハビリテーション場面における動作介助など,身体接触を介して二者の姿勢や運動が影響し合うことがあります.この際,身体接触から加えられる情報は,接触による力学的要因と感覚的要因に分けられます.加えられる力による姿勢や運動への影響は明らかなことですが,本研究では,後者の感覚的要因,つまり身体接触により生じる触覚情報の影響に着目しています.
ヒトの安静立位は一見すると安定しており,運動は生じていないようにみえますが,実際には狭い範囲で常に姿勢は揺ぎながら安定しています.この際,二者が互いに軽い身体接触を行うと,両者の姿勢の揺らぎが無意識的に類似すること(二者間姿勢協調)が知られています.これは,姿勢を制御するために用いている感覚情報に,パートナーの姿勢の揺らぎを反映した触覚情報が取り入れられるために生じると考えられています.一方,社会心理学的な知見によると,運動の二者間協調(模倣や身体同調などとも呼ばれています)は両者の社会心理学的な関係の良さを反映するとともに,良好な関係を形成する“社会的接着剤”として機能していることが知られています.しかし,これまでの研究では,立位姿勢の揺らぎという複雑で無意識的な運動の二者間協調に対して,社会的な関係の良さが影響しているかは明らかになっていませんでした.そこで研究グループは,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調と,相互作用する二者の社会的関係性との関係を検討しました.
実験では,既存の社会的関係(知人,友人または親友)にある同性ペアを対象に,それぞれパートナーへの関係性(親密度)を評価しました.その後,閉眼安静立位姿勢にて身体接触を行わない条件(非接触条件)と,接触による力学的影響を最小化するライトタッチという方法(約102g未満の接触力)で軽い身体接触を行う条件(接触条件)の姿勢の揺らぎを二者同時測定し,姿勢の揺らぎの類似性とペアの親密度との関係を分析しました.結果,対象者の自覚なしに接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認め,接触条件で無意識的な二者間姿勢協調を生じていることが確認されました.さらに,この姿勢協調の程度とペアの親密度との関係を分析したところ,左右方向(パートナーが立っている側)における姿勢協調の程度と親密度においては正の関係(親密度が高いほど姿勢の揺らぎが類似する)を示したのに対し,前後方向では負の関係(親密度が低いほど姿勢の揺らぎが類似する)を示しました. つまり,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調は,相互作用する二者の社会的な関係性(親密度)と関係していることが明らかとなりました.
本研究のポイント
■ 軽く身体に触れることで示される無意識的な姿勢の揺らぎの類似性は,相互作用する二者の親密度と関係することを明らかにしました.
研究内容
本研究では,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調と,相互作用する二者の社会的な関係性との関係を検討しました.実験は,既存の社会的関係(知人,友人または親友)にある同性ペアを対象に行い,はじめに,それぞれ別室でパートナーとの関係性を問う複数の心理アンケート行い,その結果をもとにパートナーへの親密度を評価しました.その後,安静立位姿勢にて軽い身体接触を行う条件(非接触条件)と,接触による力学的影響を最小化するライトタッチという方法(約102g未満の接触力)で軽い身体接触を行う条件(接触条件)(図1)の姿勢の揺らぎを二者同時測定し,測定後に「相手と自分の姿勢の揺らぎが似ていると感じたか」という問いに対する内省を得ました.
図1:実験条件
安静閉眼立位でパートナーの側方に位置し,示指でパートナーの示指に軽く接触を行います.
※軽く接触する程度はライトタッチ(約102g未満の接触力)の設定で行われています.
結果,対象者の自覚なしに接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認め(図2),接触条件で無意識的な二者間姿勢協調を生じていることが確認されました.
図2:姿勢の揺らぎの類似性
左右方向・前後方向の揺らぎともに,接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認めています.
さらに,この二者間姿勢協調の程度とペアの親密度との関係を,階層線形モデリングという個人とペアのデータ構造を扱う統計手法で分析したところ,左右方向(パートナーが立っている側)における姿勢協調の程度とペアの親密度は正の関係(両者が親密と感じているほど強く協調する)を示し,前後方向では負の関係(両者が親密と感じているほど協調は弱い)を示しました(図3)(図4).
図3:接触条件における二者間姿勢協調と親密度との関係
ダイヤが個々の値,丸がペアでの値を示します.いずれの値も左右方向における二者間姿勢協調の程度と親密度において正の関係を示しており,前後方向では負の関係が示されていることを確認できます.
図4:階層線形モデリングの結果
左右・前後ともに接触条件の揺らぎの類似性が,それぞれペアの親密度に対して正の関係,負の関係を示す要因であることを示しています.
この研究結果に対して研究グループは,良好な親密度は,姿勢制御のために用いられる感覚情報として,パートナーの揺らぎを反映した触覚情報を自身の揺らぎの情報よりも優先的に取り入れるように作用するため,二者間姿勢協調と親密度に関係が示されたと考察しています(図5).また,揺らぎの方向で関係が異なったことについては,側方に二者が近接して位置された立位条件で実験が行われており,左右方向において強くパーソナルスペースに侵入する設定になっていたことが要因ではないかと考察しています.
図5:本研究結果のモデル図
ペアの親密度がお互いのパートナーからの情報を取り込む程度を調整することを示しており,ペアの親密度が良好であれば合成された情報の多くに,パートナーの姿勢の揺らぎを反映した情報(自身の情報は相対的に減少)が含まれることを意味しています.
本研究の意義および今後の展開
本研究成果は,触覚情報を用いたヒトとヒトの姿勢運動制御の相互作用を理解する基礎的知見のひとつになるものと期待されます.また,この基礎的知見は,介護者やリハビリテーション専門家がバランス能力の低下した対象者の身体に触れ,姿勢や動作を介助することの社会心理学的意義の解釈を示唆しているものとも言えます.本研究により,二者間姿勢協調における社会心理学的側面の一部が明らかとなりましたが,運動学的側面や神経科学的側面の理解は未だ明らかになっていない点が多く,この点に対する更なる基礎研究が望まれます.さらに,今後はこのような二者間協調の視点をもって,療法士と患者などを対象とした臨床場面における研究展開も望まれます.
論文情報
Ishigaki T, Imai R, Morioka S.
Frontiers in Psychology. 2017
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 石垣 智也(イシガキ トモヤ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: p0611006@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2017年畿央祭ウエルカムキャンパス
2017年畿央祭ウエルカムキャンパスにおいて,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター企画として,2つのイベントを開催いたしました.
同研究センター特任助教の大住倫弘先生と大学院生は,『腰痛が気になる方へ「腰痛チェックをしてみよう!」』と題したイベントを開催いたしました.この企画は,①自分の腰の柔軟性・運動のスムーズさを無線センサで記録,②腰痛ストレスを脳波で計測,③痛みに対しての認識をアンケートで記録して,それらの結果を口頭でフィードバックするイベントです.2日間で70名以上の方々に参加して頂き,一緒に腰痛について話し合うことができて非常に勉強になりました.「へぇ~ 今はこんなことも簡単に測れるんやなぁ!」と言って頂くことも多く,この日のために計測システムの簡略化に時間を割いた甲斐がありました^^ また,理学療法士である大学院生の方々の丁寧な対応は素晴らしく,参加された方々の腰痛を多面的にチェックして頂き,大変頼もしく思いました!予想をはるかに超えるニーズがありましたので,今後はさらにバージョンアップしたシステムで臨もうと考えております!
同研究センター特任助教の信迫悟志先生と教育学部准教授の古川恵美先生のゼミ生17名は,昨年に引き続き『子どもたちへ「運動の器用さにチャレンジしてみよう!!」』と題したイベントを開催いたしました.この企画は,3-16歳までの子どもたちに,運動の器用さと運動学習力を測定する機会を提供するものです.2日間で72枚の整理券を準備しておりましたが,約100名の子ども達(保護者を合わせると約200名)が足を運んでくれました!!台風で足場が悪く,また開催時間が短縮されたにも関わらず,多くの子ども達や保護者の方に参加して下さいまして,誠にありがとうございました.子どもたちが熱心に取り組んでいる姿が印象的でした!!将来,教職に就くことを目標としている教育学部の学生たちにとっても,子どもたちに接する良い経験になったと思われます.
来年度も引き続き畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターでは,痛みや運動発達をテーマにしたイベントを開催する予定です!!今回参加して喜んで頂いた方はもちろん,この記事でご興味を持たれた方は,是非とも来年度の畿央祭ウエルカムキャンパスにご参加ください!!
文責
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘
特任助教 信迫悟志
腱振動刺激による運動錯覚の鎮痛メカニズム
PRESS RELEASE 2017.10.17
畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで痛みの軽減と運動機能の改善が認められたことを確認してきました(Imai, 2016; 2017).本研究は,この振動刺激による運動錯覚の鎮痛効果に関与する神経活動(脳波研究)を調査したものであり,感覚運動関連領域の興奮と鎮痛との間の関係性を確認したものです.この研究成果は,NeuroReport誌(Effects of illusory kinesthesia by tendon vibratory stimulation on the post-operative neural activities of distal radius fracture patients)に掲載されています.
研究概要
2016,2017年に今井らは,橈骨遠位端骨折術後患者に対して腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,痛みの感覚的側面や情動的側面の改善だけではなく,運動機能にも改善が認められたことを報告してます.運動錯覚時には実際に運動するときと同様の脳活動が得られることと,鎮痛には運動関連領域の活動が関与していることが明らかにされていました.しかしながら,この運動錯覚時に認められる感覚運動関連領域の活動が鎮痛効果に関与するかどうかは不明瞭なままでした.そこで本研究では,橈骨遠位端骨折術後患者に対して腱振動刺激による運動錯覚を惹起させ,脳波を用いて運動錯覚中の感覚運動関連領域と痛みとの関連性を調査しました.その結果,すべての患者が運動錯覚を惹起したわけではありませんでしたが,運動錯覚を惹起した群(9名中6名)は,運動時や運動錯覚時に認められる脳活動が感覚運動関連領域に認められました.つまり,痛みが強く運動が困難な術後患者でも,運動錯覚を惹起していることが脳活動の側面から示されました.そして,感覚運動関連領域の活動の程度と痛みの変化量(術後7日目 – 術後1日目)に有意な負の相関関係(脳活動が高いほど痛みの減少量が大きい)が認められました.これらのことから,術後早期から運動錯覚が惹起可能であり,かつ振動刺激によって感覚運動関連領域が強く興奮する患者においては,痛みに対する介入効果が大きいことを示しました.
本研究のポイント
■ 術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,感覚運動関連領域の神経活動が認められた .
■ 感覚運動関連領域の活動の程度が鎮痛の効果量に関係している.
研究内容
橈骨遠位端骨折術後から腱に振動刺激を与えながら(図1),その時の脳活動を脳波計で測定しました.
そして,運動錯覚が惹起した群と惹起しなかった群の脳活動と痛みを比較しました.
図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況
脳波解析の結果,運動錯覚を惹起した群では感覚運動関連領域の活動が認められましたが,運動錯覚を惹起しなかった群では認められませんでした(図2).
図2:腱振動刺激時に認められた脳活動(*青色の方が活動の強いことを意味する)
a:運動錯覚を惹起した群.b:運動錯覚を惹起しなかった群
安静時痛の変化量と感覚運動関連領域の活動に有意な負の相関関係が認められました(図3).
つまり,感覚運動関連領域の活動が大きいほど,鎮痛の効果量も大きいことが示されました.
図3:左感覚運動領域と右感覚運動領域の活動と安静時痛の変化量
今後の展開
痛みが抑制されたメカニズムが明確になっていないため,今後は神経生理学メカニズムの詳細を明らかにしていきます.
関連する先行研究
Imai R, Osumi M, Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2016; 30: 594-603.
Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S. Effect of illusory kinesthesia on hand function in patients with distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2017.31:696-701
論文情報
Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Kodama T, Shimada S, Morioka S.
Neuroreport. 2017 Oct 11.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 今井亮太(イマイ リョウタ)
E-mail: ryo7891@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
大学院生が第41回日本神経心理学会学術集会で発表しました.
2017年10月12日,13日に東京で開催された第41回日本神経心理学会学術集会に参加・発表してきましたので,私(林田一輝 修士課程)から報告させていただきます.本大会は医師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,心理学者など多岐にわたる分野の臨床家,研究者が参加しており,非常に活発な議論がなされていました.症例報告では,どの先生方も臨床症状について深く考察されており,熱心な臨床に対する態度が伺え,私自身襟を正されました.シンポジウムでは「高次脳機能障害の治療戦略」や「認知モデルと方法論」といったテーマが取り上げられ,神経心理学の方向性が治療,リハビリテーションの実践にあることが示されていました.また,河村満先生から「神経心理学を学ぶ人のために」という題で特別講演が行われました.ブロードマンの脳地図が死後100年経っても残っているように,臨床・研究をわかりやすく表現していく努力が必要であるというメッセージを頂きました.
私は「他者との目的共有が運動主体感と運動学習に及ぼす影響」という演題で発表致しました.本研究は,運動主体感を増幅させる手立てを他者関係の視点から探るとともに,運動主体感が運動学習効果に与える影響を調査したものです.フロアから運動主体感・運動学習に関する的確な質問,意見をいただき自身の研究を見直す良いきっかけとなりました.また,自己意識に関する発表に質問,ディスカッションすることで,考えや問題点を共有することができ,私にとって今回の学会参加は成功体験となりました.今回頂戴した意見を参考にさらに精度を上げた研究に取り組んでいきたいと思います.
このような貴重な経験ができたのは森岡教授をはじめとする多くの方のご指導と畿央大学の支援があってのものです.この場を借りて深く感謝申し上げます.今後は研究成果を国際雑誌に投稿し,少しでも還元できるよう努力致します.
畿央大学大学院 健康科学研究科
神経リハビリテーション学研究室
修士課程 2年 林田一輝