[Journal Club]ニューロフィードバックトレーニングは化学療法誘発性の痛みを改善させる

Prinsloo S, Novy D, Driver L, Lyle R, Ramondetta L, Eng C, McQuade J, Lopez G, Cohen L.
Randomized controlled trial of neurofeedback on chemotherapy-induced peripheral neuropathy: A pilot study.
Cancer. 2017

 

がん化学療法を受けた後には,四肢末端に痺れや痛みが誘発されることが多いです.この痛みに対する薬物療法はいくつかトライされてきていますが,エビデンスレベルは発展途上に留まっています.

今回紹介する論文は,近年注目されている「ニューロフィードバックトレーニング」によって,化学療法によって誘発される痛みが改善するのかを検証したものです.

 

ニューロフィードバックトレーニングとは・・・??
自分の脳波活動をリアルタイムにフィードバックさせながら,ある特定の周波数の活動を選択的に高めるように自らの脳を調整するトレーニングです.

 

この論文では,化学療法によって痛みが誘発された者30名に対して,脳波電極19chを頭皮に装着してα波(8~13Hz)の周波数領域の活動を高めるようにニューロフィードバックトレーニングを実施しています.

今回の研究で実施されたニューロフィードバックでは,α波の活動が高くなると音が鳴るように設定されています.もちろん,対象者は「できるだけα波を高めて下さい」としか指示されていません.

このニューロフィードバックトレーニングを45分×20セッション(10週間)繰り返すことにより,安静時α波が有意に増大して,痛みも有意に改善したようです.ちなみに,痛み改善の効果量は他の先行研究(薬物療法)よりも明らかに大きいものでした.

 

化学療法誘発性疼痛は末梢神経障害に随伴するものと考えられていましたが,中枢機能を自らトレーニングすることによって改善するという知見は非常に興味深いものです.さらなる臨床応用が期待されます.

神経リハビリテーション学研究室の研究交流会が開催されました

平成29年3月11日に畿央大学にて,神経リハビリテーション学研究室(大学院 森岡研究室)による研究交流会が開催されました.今回は,吉備国際大学の竹林 崇 先生,伊丹恒生脳神経外科病院の竹内 健太 先生(いずれも作業療法士)に御来学頂き,研究紹介を行って頂きました.また、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住助教,大学院生の藤井,高村,石垣からも研究紹介を行い,双方の研究に関して意見交換を行いました.また,本会では在学中の大学院生以外にも,修士課程や博士課程の多くの修了生が参加し,懐かしい顏ぶれが揃う機会にもなりました.

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研究会の前半は,竹林先生と竹内先生からそれぞれの研究紹介がありました.
竹林先生の研究紹介では,CI療法(脳卒中後片麻痺上肢の集中訓練:Constraint induced movement therapy)とTransfer package(改善した上肢機能を生活場面の使用に汎化させる行動療法)との併用効果や,その改善に関する神経メカニズム,運動療法にロボットを用いることの有用性,そして,経頭蓋直流電気刺激と末梢電気刺激の併用がCI療法の効果に与える影響など,脳卒中患者を対象とした様々な臨床研究の成果を示して頂きました.脳卒中患者の上肢機能という事項に対して,様々な側面から評価・介入しつつも回復機序までも検証しておられる一連の取り組みに感銘を受けると共に,強い臨床志向的な研究動機に触れさせて頂きました.また,竹内先生からは,半側空間無視患者の臨床的評価に対する素朴な疑問を検証するために取り組んでおられる臨床研究を紹介して頂きました.普段の臨床で生じる疑問を取りこぼさず,それに対する仮説を立てて検証していく手続きの重要性を改めて学ばせて頂きました.

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続いて後半は,畿央大学から半側空間無視の病態特性について藤井,高村が,慢性疼痛患者の運動特性について大住助教,姿勢制御の社会的特性に関して石垣が紹介させて頂きました.

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それぞれの研究紹介に対して,竹林先生,竹内先生との意見交換だけでなく,修了生からの意見も活発に発せられ,予定時間を超過してしまうほどの充実した会となりました.また,普段から博士課程の先輩方の研究発表を聞く機会がある修士課程の私達にとっても,発表を聞く度に研究が発展している先輩方の姿を目の当たりにし,刺激を受けるとともに,自身の研究に取り組む姿勢についても学ばせて頂きました.

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交流会の途中で撮影した集合写真ですが,実は他の共同研究で来学されていた東京大学医学部附属病院リハビリテーション科の四津先生が交流会へと足を運んでくださり,集合写真まで撮らせて頂きました.東京へ戻られるお忙しい時間にも関わらず,わざわざ足を運んで頂きました.ありがとうございました.
半日という短い時間で開催された会ではありましたが,建設的な意見交換が活発に行われ,未来志向的な場を共有することができたと思います.そして,このような機会をきっかけに,様々な領域の研究者との協力関係を形成し,真にリハビリテーションの対象者に還元される研究成果の発信に繋げていきたいと思います.
最後になりましたが,ご多忙のなか御来学して頂いた竹林先生ならびに竹内先生,企画及び運営を実施してくださった博士後期課程の方々,そして,このような機会を与えてくださった森岡教授に深く感謝を申し上げます.

 

畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程1年 山道菜未

保護中: 平成28年度ニューロリハビリテーションセミナー病態・臨床編 事前テキスト配布について

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発達障害児の運動機能には身体知覚の歪みが関係している

PRESS RELEASE 2017.2.10

脳性麻痺に限らず発達障害児は全身や手先の不器用さを伴うことが報告されています.この原因として身体イメージや身体図式とよばれる自己身体の知覚,認識の問題が指摘されていますが,この関係を客観的に調査した研究はこれまでありませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科修士課程修了生(日本バプテスト病院)の浅野大喜らは,運動障害をもつ発達障害児の運動機能と,身体イメージの指標とされている他者に触れられた場所を同定する触覚位置同定(tactile localization)能力が関係していることを明らかにしました.この研究成果は,International Journal of Developmental Disabilities誌(Associations between tactile localization and motor function in children with motor deficits)に掲載されています.

研究概要

出生後早期の脳損傷により運動障害を呈する脳性麻痺児は,運動障害だけでなく身体運動の知覚にも問題があることが示されています.また,自閉症スペクトラム障害などの発達障害児にも運動の不器用さ,身体知覚の問題が指摘されています.これらの運動の困難さの原因として,自己の身体イメージや身体図式といった自己身体の知覚,認識の発達不全が関与していると考えられていますが,下肢については客観的に調査された研究はありませんでした.そこで,研究グループは,運動障害をもつ脳性麻痺や発達障害児を対象に,触れられた手指,足趾,下肢の場所を同定する触覚位置同定(tactile localization)能力と運動機能との関係について調査し,手指の認識と手の巧緻動作,さらに下肢全体のtactile localization能力と下肢の運動機能との間に相関関係があることを見出しました.

本研究のポイント

運動障害をもつ子どもの手の巧緻動作と手指の認識が関係していることに加え,下肢の運動機能と下肢の認識が関係していることを示した.

研究内容

近年,身体イメージを評価する方法として,触れられた身体部位を身体のイラスト上でポインティングする方法が用いられています.この課題に答えるためには自分の身体をそのイラストへ表象する必要があるためです.本研究では,運動障害をもつ脳性麻痺児,発達障害児を対象に,自分の身体が見えない状態で接触された身体部位を目の前に呈示された身体のイラスト上でポインティングして答えるという課題(tactile localization task:TLT)を手指,足趾,下肢全体について実施し(図1),そのtactile localization能力と手や下肢の運動機能,非言語的知能,年齢との関係について分析しました.

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図1:tactile localization task (TLT)で用いられた身体イラスト

(左上)3指TLT & 5指TLT (左下)3趾TLT & 5趾TLT (右)下肢TLT

 

その結果,5指TLTと手指巧緻動作に有意な正の相関関係が認められました(図2左).また,下肢全体のTLTと下肢の運動機能に有意な正の相関関係が認められました(図2右).

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図2(左):5指tactile localization task (TLT)の正答率とペグボードテストの関係

図2(右):下肢tactile localization task (TLT)正答率と片脚立位時間の関係

 

さらに,年齢,知能,足趾TLT,下肢TLTを説明変数,下肢の運動機能を目的変数とした重回帰分析を実施した結果,下肢TLTが下肢の運動機能(片脚立位β=0.57, p=0.02;片脚跳躍β=0.58, p=0.01)を予測する有意な説明変数として抽出されました.

本研究の意義および今後の展開

本研究の成果は,脳性麻痺や発達障害をもつ子どもの運動の問題が身体表象の未発達によって起こっている可能性を示したものであり,これらの子どもの運動障害に対するリハビリテーションを実施する際には,身体表象の評価や身体知覚に介入する必要性を示唆するものです.今後は,運動機能の向上と身体表象の発達的変化を縦断的に調査していくとともに,効果的なリハビリテーション介入の方法について検討していく予定です.

論文情報

Asano D, Morioka S. Associations between tactile localization and motor function in children with motor deficits. International Journal of Developmental Disabilities 2017.

問い合わせ先

日本バプテスト病院 リハビリテーション科

理学療法士・室長 浅野大喜(アサノダイキ)

E-mail: rinto.sou@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

平成28年度 神経リハビリテーション研究大会が開催されました!

平成29年1月28-29日に信貴山観光ホテルにて,神経リハビリテーション研究大会が開催されました.この研究大会は,毎年恒例の合宿形式となっており,今年で11年目を迎えました.

本年度は,ニューロリハビリテーション研究センターの教員と大学院博士後期課程・修士課程のメンバー総勢31名が参加しました.また初めての試みとして,大学院修了生の中野英樹さん(1期生)と河村章史さん(2期生)をお招きし,それぞれ現在進めている研究について紹介して頂きました.

合宿写真1

初日は信貴山観光ホテルにて,森岡教授の開会の挨拶から始まり,修士課程2年の最終審査に向けた予演会と上記修了生の研究紹介が行われ,様々な視点から質問応答や意見交換が繰り広げられていました.

どの発表にも明確な研究目的や臨床意義がある中,特に修了生の研究紹介では,研究の質や精度を上げるために,厳密な研究方法を検討されており,研究手続きの一つ一つに根拠を持って取り組んでおられました.また自身の研究を紹介することに対して,楽しみながら話されている点も印象的な光景でした.

合宿写真2
夕方には3グループに分かれて,修士課程1年の研究計画に対するディスカッションが行われました.各グループのメンバー全員から,意見やアドバイスを頂くことで研究計画が洗練されていくのを感じる中,議論が白熱し過ぎて時間が超過する場面もありました.
1日目終了後の懇親会でも,白熱したディスカッションは続き,日が変わるまで議論が続きました.

2日目の合宿終了後,畿央大学に戻ってからも,ディスカッションが引き続き行われ,最後に森岡教授による閉会の挨拶で無事に全日程を終えました.

合宿写真3

森岡教授からは,これまでの大学院修了生が残してきた研究成果を振り返り,社会の役に立つ研究成果を世の中に出していくためにも,研究を絶えず継続していくことが必要であるとのお言葉を頂きました.
社会人として臨床で働く我々の対象者を通じ,最終的には社会に貢献できるような研究成果が出せるように,今後も研究室一同精進していきたいと考えております.

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最後になりましたが,このような機会を与えてくださった森岡教授をはじめとする研究センターの皆様,神経リハビリテーション研究大会の開催にご尽力頂きました関係者の方々に深く感謝を申し上げます.

 

畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程1年 平田康介

運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛を軽減させる-安静時脳波解析による検証-

PRESS RELEASE 2017.1.24

脊髄を損傷すると神経障害性疼痛が生じることがあります.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は高い確率で出現し,心理的な苦痛や生活の質の低下を引き起こします.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の佐藤剛介らは,有酸素運動(車椅子駆動)により脊髄損傷後の神経障害性疼痛の緩和や負の気分状態が改善し,運動野周囲のα帯域の活性を変化させることを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Rehabilitation Medicine誌(Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury)に掲載されています.

研究概要

脊髄損傷後には運動麻痺・知覚麻痺・自律神経障害が生じ,神経障害性疼痛を始めとした様々な二次的障害を引き起こします.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は様々な健康指標を低下させ,治療が難しいことが知られています.この脊髄損傷後の神経障害疼痛は,脊髄が損傷することにより脳と手足の神経を中継する視床と呼ばれる部位の機能異常を引き起こすことが原因の一つと考えられています.この視床の機能異常は脳波を測定した際にα波の変化で表され,具体的にはα波のピークを示す周波数であるPeak alpha frequency(PAF)が低下します.こうした脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対して,有酸素運動を行うことで痛みを緩和させることが報告されており,有酸素運動による鎮痛効果は新たな視点として注目されています.さらに,健常者の実験では有酸素運動により負の気分状態が改善することやPAFが増加することが明らかにされています.しかし,これまで脊髄損傷の患者において運動による鎮痛効果と安静時脳波活動(PAFの変化)との関係は明らかにされていませんでした.
今回,研究グループでは脊髄損傷の患者さんが日常生活で使用する車椅子を駆動する運動を行うことでPAFを増加させ,神経障害性疼痛と負の気分状態への効果を検証しました.主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動の結果,足や背中の神経障害性疼痛の主観的疼痛強度の減少と負の気分状態が改善し,中心領域(運動野に相当する領域周囲)におけるPAFの増加が認められました.この研究成果は,有酸素運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛や負の気分状態に対して有効であるとともに,脳波測定のような神経生理学的指標を用いて運動により視床の機能異常が一時的に軽減することを明らかにしたことになります

本研究のポイント

 15分間の車椅子駆動(有酸素運動)により実際に動かしている手ではなく,動かしていない足や背中の神経障害疼痛が緩和した
 有酸素運動により負の気分状態が改善した
 車椅子駆動によってα帯域の活動が変化(視床の機能異常が一時的に軽減)することを明らかにした

研究内容

神経障害性疼痛の主観的疼痛強度および気分の状態と安静時脳波活動を測定し,15分間の車椅子駆動が神経障害性疼痛の強度・気分の状態と安静時脳波活動を変化させるかについて検証しました.

車椅子駆動は自転車競技用のローラー上で「15分間駆動を維持できる最大速度」で行いました.

主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動で有意な疼痛強度の減少が認められました(図1).脊髄損傷群・コントロール群ともに負の気分状態が改善しました.

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図1:車椅子駆動後に疼痛強度が減少したことを示しています.駆動前と比較して駆動15分経過時点において有意な減少が認められ,駆動終了後10分経過時点においても疼痛強度が減少している状態が持続しました.

†: フリードマンテスト ‡: ウィルコクソンの符号順位検定 **: p<0.01

 

脳波の解析はPeak alpha frequencyをgravity methodを用いて算出しました.図2は車椅子駆動前の安静脳波活動を示しており,脊髄損傷群でPAFが低下していることが表されています.車椅子駆動後には,脊髄損傷群の中心領域(運動野に相当する領域周囲)でPAFの増加が認められました(図3).
研究グループは,車椅子駆動に伴い疼痛強度の減少とともにPAFが増加したことは,脊髄損傷後の神経障害性疼痛の病態の一つである視床の機能異常を一時的に軽減させたことを反映していると考察しています.

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図2青線がコントロール群赤線が脊髄損傷群を示しています.ベル型になっている部分はα帯域に相当し,コントロール群のピーク(青矢印)と比較して脊髄損傷群のピーク(赤矢印)が左側へ偏位しており,PAFが低下していることを表しています.

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図3:グラフは車椅子駆動前後でのPAFの変化を表しています.脊髄損傷群の中心領域(運動野周辺領域)では,車椅子駆動後にPAFが有意に増加することを示しています.

Pre-WP: 車椅子駆動前,WP15: 車椅子駆動15分経過時点,Post-WP10:車椅子駆動終了後10分経過時点

†: フリードマンテスト,‡: ウィルコクソンの符号順位検定,*: p<0.05

本研究の意義および今後の展開

研究成果は,神経障害性疼痛を有する脊髄損傷の患者さんが疼痛や負の気分状態を緩和するための一つの手段として有酸素運動の有効性を示したものであり,日常生活の活動性を高める重要性を説明したものになります.一方で身体機能や体力が低下している場合には十分な運動を行えない場合もあり,運動による鎮痛効果を促進するためにニューロモジュレーションテクニックとの併用など適用範囲を拡大していくことが期待されます..

論文情報

Sato G, Osumi M, Morioka S. Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury. J Rehabil Med. 2017 Jan 18..

問い合わせ

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 佐藤 剛介(サトウ ゴウスケ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: gpamjl@live.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

腱振動刺激による運動錯覚が手関節骨折後の運動機能改善に与える影響

PRESS RELEASE 2017.1.13

畿央大学大学院健康科学研究科博士後期過程の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで痛みの軽減のみならず,手関節の運動機能の改善が認められたことを示しました.また,この効果は術後2ヵ月経っても持続していました.その研究成果は,Clinical Rehabilitation誌(Effect of illusory kinesthesia on hand function in patients with distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study)に1月12日に掲載されました.

研究概要

2015年に今井らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,痛みの感覚的側面だけではなく情動的側面(不安や恐怖)の改善が認められたことを報告した.またこの時,2ヵ月後まで効果が持続したいことも示された.しかしながら,理学療法において痛みを改善軽減させることは重要であるが,1番の目的は手関節の運動機能(ADL)の獲得であるにも関わらず,調査ができていなかった.そこで,本研究では2ヵ月後まで手関節の運動機能を評価し検討した.その結果,運動錯覚を惹起しなかった群と比較して運動錯覚を惹起した群では有意に手関節の運動機能の改善が認められた.

本研究のポイント

術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,手関節の運動機能も有意に改善が認められた.また,術後2ヵ月後も効果が持続した.

研究内容

橈骨遠位端骨折術後より,腱振動刺激による運動錯覚を経験させた.

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図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況  

 

その結果,理学療法だけを行うよりも,運動錯覚を経験する方が,痛みの感覚的側面や情動的側面の改善だけではなく,手関節の運動機能も改善した.また,2ヵ月後まで効果が持続していたことから,痛みの慢性化を防ぐ一助になる可能性が示された.

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図2:運動錯覚群とコントロール群のPRWE(手関節の運動機能)の経時的変化

赤線:運動錯覚群(理学療法+運動錯覚

緑線:コントロール群(理学療法のみ)

本研究の意義および今後の展開

今後は,痛みが抑制されたメカニズムが明確になっていないため,脳波を用い神経生理学的に明らかにしていきます.

論文情報

Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S. Effect of illusory kinesthesia on hand function in patients with distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil 2017.

関連する先行研究

Imai R, Osumi M and Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2015; 30: 594-603.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 今井 亮太(イマイ リョウタ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail:ryo7891@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

感覚-運動が不一致した際に惹起される異常知覚の要因

PRESS RELEASE 2016.12.9

運動を行おうとする運動の意図と実際の感覚情報との間に不一致が生じると,手足に痛みやしびれといった感覚に加え,奇妙さや嫌悪感といった異常知覚が惹起されます.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の片山脩らは,これらの異常知覚の惹起には頭頂領域の活動が関係していることを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Pain Research誌(Dysesthesia symptoms produced by sensorimotor incongruence in healthy volunteers: an electroencephalogram study)に12月9日に掲載されました.

研究概要

脊髄損傷や腕神経損傷といった神経に損傷が生じた後に,一般的に治癒すると言われている期間を過ぎても痛みが残存することがあります.この痛みを慢性化させる要因の一つとして,神経に損傷を受けた手足を動かそうとする意図と,実際には動かないという感覚フィードバックとの間に生まれる「不一致」があげられています.過去の研究では,このような不一致を実験的に付加すると,健常者でも「痛みの増強」や「腕の重さ」の異常知覚,あるいは嫌悪感といった情動反応が惹起されると報告されています.しかし,これまでの研究報告では,「不一致」が生じた時の異常知覚と関係している脳領域は明らかにされていませんでした.そこで研究グループは,異常知覚の惹起と関係している脳領域を脳波解析によって検討しました.その結果,「不一致」によって生じる「奇妙さ」と右後頭頭頂領域の脳活動に有意な相関関係があることが認められました.

本研究のポイント

不一致によって生じる異常知覚には,頭頂領域の活動が関与していることを明らかにした..

研究内容

鏡を身体の真ん中に設置して,テーブルに肘をつけた状態で肘関節の曲げ伸ばしの運動を異なる4種類の条件で行ってもらいました(図1).

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図1  設定した4種類の条件
本研究では様々な不一致条件を設定しました.

(a): 一致条件(運動の意図,体性感覚,視覚がすべて一致した条件)
肘関節の曲げ伸ばしの運動を同じ方向に左右対称に行ってもらいました.

(b): 不一致条件(運動の意図と体性感覚に対して,視覚が不一致した条件)
一側の肘関節を曲げた際に,もう一方の肘関節は非対称の運動になるように伸ばす(非対称の関係になるように曲げ伸ばし運動を繰り返します).

(c): 意図不一致条件(運動の意図と視覚が不一致した条件)
左の肘関節のみ曲げ伸ばしの運動を行ってもらい,右肘関節は左肘関節とは非対称の運動方向になるように動かすイメージをしてもらいました(実際には動かしていない).

(d): 体性感覚不一致条件(体性感覚と視覚が不一致した条件)
左の肘関節のみ曲げ伸ばしの運動を行ってもらい,右肘関節は左右非対称の運動になるように他動的に動かされました.

本研究では各条件中に脳波を測定し,運動中に鏡に隠れた右腕に感じた異常知覚とその強さを聴取しました.その結果,いずれの不一致条件においても奇妙さと嫌悪感が強く惹起されました(図2).各条件の脳活動をみると前頭領域ではいずれの条件でも活動の増大を認めたましたが,頭頂領域においては条件間に違いがみられました。不一致条件(b)では両側半球で活動の増大を認め、意図不一致条件(c)では、左半球にて活動の増大、体性感覚不一致条件(d)では、右半球で活動の増大が認められました.その中でも,不一致条件(b)と体性感覚と視覚情報とを不一致させた体性感覚不一致条件(d)に生じる異常知覚の強さと右後頭頭頂領域の脳活動に有意な相関関係を認めました(図4).このことから,異常知覚の惹起には頭頂領域の活動が関与することが明らかになりました.

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図2 各条件で惹起した異常知覚の強さの比較
奇妙さと嫌悪感といった異常知覚が一致条件に対して,それぞれの不一致条件で強く惹起されました.

 

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図3  各条件の脳活動の比較
全ての条件で前頭領域の活動の増大を認めたが,頭頂領域の活動の増大には条件間で違いが認められました.a: 一致条件,b: 不一致条件,c: 意図不一致条件,d: 体性感覚不一致条件

 

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図4 異常知覚の強さと脳活動の相関分析
不一致条件(b)と体性感覚不一致条件(d)が類似して異常知覚の強さと右後頭頭頂領域の脳活動に有意な相関関係を認めました.

本研究の意義および今後の展開

本研究成果は,脊髄損傷や腕神経損傷後などに痛みが慢性化している方や慢性化を早期から予防していくリハビリテーションとして,運動を行ってもらう際に体性感覚と視覚情報を一致させることを意識した介入が痛みの慢性化を改善および予防することにつながると考えられます.
今後は感覚-運動の不一致による運動の側面への影響を検証していく予定です.

論文情報

Katayama O, Osumi M, Kodama T, Morioka S. Dysesthesia symptoms produced by sensorimotor incongruence in healthy volunteers: an electroencephalogram study. J Pain Res. 2016.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 片山 脩(カタヤマ オサム)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: b6725634@kio.ac.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

第14回日本神経理学療法学会学術集会で大学院生が最優秀賞・優秀賞に選出されました!

平成28年11月26・27日に宮城県仙台市の仙台市民会館にて第14回日本神経理学療法学会学術集会が開催されました.本学会は「脳卒中理学療法最前線」というテーマにて開催され,1000人を超える方が参加されておりました.会場では2日間にわたり活発な議論が繰り広げられており,学会全体を通してとても興味深い演題やシンポジウム,講演ばかりでした.これらを通して,臨床場面における症例の病態や症候症状の適切な分析と,理論的背景に基づく仮説検証的な介入の適応判断の重要性について改めて考えさせられました.

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本研究室からは植田さん(客員研究員),渕上さん(博士後期課程),竹下さん(修士修了生),高村さん(博士後期課程),私(藤井 慎太郎 修士課程)が発表いたしました.演題名は以下の通りです.

<口述発表>
竹下和良「一側上下肢を用いた車いす駆動が大脳半球間活動の対称性に及ぼす影響 ―機能的近赤外線分光法(fNIRS) を用いた検討―」
高村優作「能動的注意と受動的注意からみた半側空間無視の病態特性 ―クラスター分析による特徴抽出―」
藤井慎太郎「能動的注意と受動的注意からみた半側空間無視の病態特性 ―縦断記録による回復過程の把握―」
<ポスター発表>
植田耕造「橋出血後一症例の自覚的視覚垂直位の経時的変化」
渕上健「脳卒中片麻痺者における運動観察時のモデルの違いによる影響」

またメインシンポジウムである「高次脳機能障害に対する理学療法の最前線」では,信迫悟志特任助教より「失行-limb apraxia-」というテーマで情報提供がありました.講演では失行の定義,分類,予後,病態メカニズムなどに関する最新の知見について情報提供がありました.また,先生が現在臨床場面において検証中の研究についても一部紹介があり,今後の失行研究における新たな展開を予感させるものであり大変興味深く聴講することができました.

私は多施設共同研究として大学院で研究を進めている半側空間無視の病態を能動/受動的注意システムからみた研究を,共同で進めている高村さんと横断・縦断的研究として発表してきました.またセレクション討議型演題にて,半側空間無視の慢性化症例に対するニューロモジュレーションを併用した介入方法についても共同研究者により発表があり,共同研究チームとして半側空間無視に対する評価から介入まで一貫した発表をすることができました.

さらに,本発表内容で私が最優秀賞,高村さんが優秀賞を頂くことが出来ました.日頃より様々なご指摘,ご指導,研究協力を頂きました共同研究施設の皆様をはじめ,河島客員教授,森岡先生に深く感謝申し上げます.ありがとうございました.今後はこの賞に恥じないように日々研鑚を重ね,より多くの成果を報告できるように努力し続けていきたいと思います.

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畿央大学大学院健康科学研究科 神経リハビリテーション学研究室
修士課程2年 藤井 慎太郎

第9回 日本運動器疼痛学会で発表してきました

第9回 日本運動器疼痛学会(東京)で大住倫弘特任助教,今井さん(博士後期課程),片山さん(博士後期課程),西勇樹さん(修士課程),西祐樹さん(修士課程),私(重藤隼人 修士課程)が発表して参りました.教育研修講演では森岡周教授が「慢性痛の脳内メカニズム」というテーマで,慢性痛の病態を前頭葉・頭頂葉の2点に着目し,研究室のメンバーの研究成果も踏まえてとてもわかりやすく説明していただきました.今回の学会では,特別講演で衆議院議員の野田聖子さんに「一億総活躍のための痛み対策」と題して,我が国における慢性疼痛に対する政治活動についてお話していただきました.講演では野田さん自身の疼痛体験も踏まえながら一億総活躍社会のために日本国民,特に高齢者の痛みを減らして健康寿命の延伸を図っていくことの重要性を述べられていました.日本における政治活動としては慢性疼痛に対する議員連盟が2年前に発足し,慢性疼痛という言葉が「ニッポン一億総活躍プラン」の閣議決定の文章に含まれるところまで活動が進んでおり,法律になるまではまだ時間はかかるものの徐々に政治活動においても慢性疼痛に対する取り組みが進んでいる現状を知りました.講演の最後に野田さんから慢性疼痛の治療・研究に取り組んでいる方々からのエビデンスの強い情報を提供していただきたいというメッセージをいただき,今後の研究活動を通して少しでも貢献したいという思いになりました.

我々の演題名は以下であり,いずれも様々な意見をいただき多くの議論ができたと感じております.

<ポスターセッション>
大住倫弘「運動恐怖が運動実行プロセスを修飾する-運動学的解析を用いて-」
今井亮太「橈骨遠位端骨折術後に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させた時の脳活動-脳波を用いた検討-」
西勇樹「疼痛刺激による交感神経活動の時間的変動と内受容感覚との関係について」
<一般演題>
片山 脩「感覚-運動の不一致による異常感覚および機能的連関-脳波を用いた検討」
西祐樹「痛み関連回避行動と人格特性の関連性」
重藤隼人「徒手牽引が有する鎮痛効果に関連する因子の検討」

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近年は慢性疼痛に対する心理面に着目した講演内容が多い印象がありましたが,今回の学会では整形外科医の方から運動器の疼痛を解剖学や運動学の観点から介入した内容も含まれていたことが印象的でした.解剖学,運動学,神経生理学,心理面や社会的背景など様々な観点から痛みを捉えていく必要性をあらためて感じた学会でした.
研究室の痛み研究メンバーも研究内容は多岐に渡っているので,幅広い観点から研究活動に取り組み,私たちの研究が一人でも多くの方の痛みを解決することにつながり,エビデンスの強い情報を提供できるように,今後も研究室の仲間と協力しながら日々努力していきたいと思います.

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畿央大学大学院 健康科学研究科
修士課程 重藤隼人