二重課題中の姿勢制御における前頭葉の役割

PRESS RELEASE 2016.3.4

畿央大学大学院健康科学研究科 研究生の藤田浩之らは,ワーキングメモリにおける中央実行系の機能の違いが運動パフォーマンスのみならず,前頭葉の活動も異なることを明らかにしました.本研究成果は,Bio Med Research International 誌 (Role of the frontal cortex in standing postural sway tasks while dual tasking: a functional near-infrared spectroscopy study examining working memory capacity) に掲載されています.

研究概要

ヒトの日常生活において,注意をそれぞれの刺激に対して適切に切り替え・配分を行うことで,電話をしながらテレビを見たり,バランスの維持しながら異なる運動をしたりと,1つのことを行いながらもう1つのことを行う課題を達成しています.このような2つの事を同時に行う(このことを二重課題という)際には,それぞれの課題に対する注意のコントロールが求められます.この注意の切り替え・配分には,ワーキングメモリ( Working memory; WM )のもつ中央実行系が重要な役割を担い,二重課題においてはこのワーキングメモリが重要であると考えられています.ワーキングメモリ容量に関わる脳活動は,主に背外側前頭前野であることが既に明らかにされており,本研究ではワーキングメモリの容量と二重課題をしながらの姿勢制御課題時の前頭葉の働きとの関係について調査しました.その結果,ワーキングメモリの容量が大きい者は不安定な姿勢でも要求された認知課題の実行と姿勢の安定化が認められました.つまり,認知課題行いながら,身体動揺を最小限に抑え,2つの課題に対して適切に注意資源を配分することができる特性があることを明らかにしました.また,脳活動においてもワーキングメモリ容量の大きい群では,前頭葉の活動がより明確であり,この活動の差異が身体動揺に影響していることが示唆されました.従来から明らかになっているワーキングメモリに関連する背外側運動前野の活動に加え,姿勢制御における二重課題を行う際は,補足運動野の作用が特に重要であることが明らかとなりました.

本研究のポイント

・ワーキングメモリ容量が二重課題時の姿勢制御に影響を及ぼすことが明らかになった.
・ワーキングメモリ容量の違いによって運動時の前頭葉の働きも異なることが明らかにされた.
・姿勢制御に特化した二重課題では,ワーキングメモリに関連する背外側前頭前野の作用に加え,補足運動野の活動が重要であることが明らかとなった.

研究内容

ワーキングメモリ(WM)の評価については,容量を測定するテストとしてリーディングスパンテスト(RST)が広く知られており,中央実行系を検討する有効な指標とされています.この成績が良好な群と不良な群に分け,それぞれの姿勢制御課題を行い,その際の前頭葉の活動について近赤外分光法(fNIRS)を用いて比較しました.測定領域は前頭葉とし,補足運動野領域(SMA),左右運動前野領域(L/R PMC),左右背外側前頭前野領域(L/R DLPFC)の5領域としました.姿勢課題は①両足立位,②片足立位,両足立位+二重課題,片足立位+二重課題の4つの姿勢条件としました.

図1:片脚立位+二重課題中の脳活動

実験の結果、不安定条件である片足立位での二重課題時の脳活動では,補足運動野領域および背外側前頭前野領域において,ワーキングメモリ容量が小さい群と比べワーキングメモリ容量が大きい群で有意な活動の増加が認められました.

本研究の臨床的意義

本研究の結果から,二重課題を伴う姿勢制御時における安定性には,ワーキングメモリの個人差が関わり,その影響が前頭葉の一部である補足運動野と背外側前頭前野の関与によるものであることが明らかになりました.今後は姿勢課題中の二重課題を苦手とする方やバランス障害を有する方へリハビリテーションにおいて役立てていきたいと考えています.

論文情報

Fujita H, Kasbuchi K, Wakata S, Hiyamizu M, Morioka S. Role of the frontal cortex in standing postural sway tasks while dual tasking: a functional near-infrared spectroscopy study examining working memory capacity. Bio Med Research International. 2016.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
研究生 藤田 浩之(フジタ ヒロユキ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: hiyoyuki0010@yahoo.co.jp

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

軽く触れることで得られる立位姿勢の安定化に関係する脳活動

PRESS RELEASE 2016.1.22

安定している外部対象物(例:壁など)に軽く触れると,立位姿勢が安定化する「ライトタッチ効果」と呼ばれる現象があります.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の石垣智也らは,このライトタッチ効果には,左感覚運動皮質領域と左後部頭頂皮質領域の脳活動が関係することを明らかにしました.これは,接触による感覚入力から得られる立位姿勢や動作の安定化を,脳活動の側面から説明する基礎的知見になるものと期待されます.この研究成果は,Experimental Brain Research誌(EEG frequency analysis of cortical brain activities induced by effect of light touch)に掲載されています.

研究概要

不安定な環境下(暗所,狭い床面,高所など)において,軽く壁や手すりに軽く触れるだけで立位姿勢が安定化することは,日常生活でも経験されます.このように,力学的作用に依らない程度の力の接触によって,立位姿勢の安定化が得られることをライトタッチ効果といいます.ライトタッチ効果は,リハビリテーションの場面においても,杖の使用や手すりへの軽い接触,または,理学療法士が軽い身体的接触により患者の動作介助を行う際などにも用いられます.ライトタッチ効果には①接触から得られる感覚情報が必要であること,②接触点に対する注意の分配がなされていること,そして③自己身体と外部空間との位置関係を参照するための対象物が必要であることが,これまでの研究によって明らかにされてきました.そして,ライトタッチ効果の作動には,脳活動の関与があるものと考えられていましたが,実際にどの部位の脳活動が関係しているのかは明らかにされていませんでした.
そこで,研究グループはライトタッチ効果に関係する要因を調整した様々な立位条件を設定し,各立位条件の姿勢動揺と脳活動を測定しました.脳活動には脳波を用いており,その周波数解析から得られる脳活動と,ライトタッチ効果の得られた条件の立位姿勢の安定化の程度との関係を検討しました.その結果,固定された台に接触を行う条件においてのみ,立位姿勢の安定化,つまりライトタッチ効果が得られ,かつ,左感覚運動皮質領域と左後部頭頂皮質領域において高い脳活動を認めました.また,ライトタッチ効果によって得られる姿勢動揺の安定化の程度と,左感覚運動皮質領域の脳活動には負の関係が認められ,一方,左後部頭頂皮質領域の脳活動では正の関係にあることが認められました.

本研究のポイント

・異なる要因を含む立位条件を設定し,ライトタッチ効果に特異的な脳活動を明らかにした.
・脳波周波数解析により,ライトタッチ効果により得られる立位姿勢の安定化の程度と関係する脳活動を明らかにした.

研究内容

ライトタッチ効果には①接触から得られる感覚情報が必要であること,②接触点に対する注意の分配がなされていること,そして③自己身体と外部空間との位置関係を参照するための対象物が必要であるといわれています.本研究では,これら要因を組み合わせた4種類の立位条件(図1)を設定しました.

図1-2

図1 設定した4種の立位条件
全て閉眼閉脚立位にて異なる4種類の立位条件が設定された

  (a):コントロール条件(自己の姿勢定位に注意する条件)
  (b):ライトタッチ条件(接触を行う固定点への姿勢定位に注意する条件)
  (c):感覚入力条件(自己の姿勢動揺を反映する接触点への姿勢定位に注意する条件)
  (d):指先への注意条件(右示指先端に注意する条件)

 

実験では,各立位条件の姿勢動揺と脳波の測定を行いました.姿勢動揺については,安定している外部対象物(固定点)に右示指で接触を行う「ライトタッチ条件」のみで,低い姿勢動揺範囲を認めました(図2).

図2

図2 姿勢動揺範囲の結果
他の条件に比べライトタッチ条件でのみ低い姿勢動揺範囲を認めたこと示しています.

 

脳波は周波数解析という解析方法を用いて,その脳活動を検討しました.その結果,姿勢動揺の結果と同様に,ライトタッチ条件の左感覚運動皮質領域と左後部頭頂皮質領域において,高い脳活動を認めました(図3).また,ライトタッチ条件でみられる立位姿勢の安定化の程度は,左感覚運動皮質領域の脳活動と負の関係にあり,左後部頭頂皮質領域の脳活動とは,正の関係が認められました(図4).つまり,大きなライトタッチ効果が得られた者は,左感覚運動皮質領域の脳活動が低く,また左後部頭頂必要領域の脳活動が高いということです.
研究グループは,この結果について,ライトタッチ効果時の感覚-運動入出力様式の程度を左感覚運動皮質領域の脳活動に反映されており,左後部頭頂皮質の脳活動は,立位姿勢の安定化に作用する感覚情報の統合を反映していると考察しています.

 

図3

図3 脳活動の結果
ライトタッチ条件の左感覚運動皮質領域と左後部頭頂皮質領域において他条件に比べて高い脳活動を認めたことを示しています.

 

図4

図4 ライトタッチ効果と脳活動の関係
ライトタッチ条件でみられる立位姿勢の安定化の程度は,左感覚運動皮質領域の脳活動と負の関係にあり,左後部頭頂皮質領域の脳活動とは,正の関係が認められたことを示しています.つまり,高いライトタッチ効果が得られたものは,左感覚運動皮質領域の脳活動が低く,また左後部頭頂必要領域の脳活動が高いということを示しています.

今後の展開

この研究成果は,ライトタッチ効果の神経メカニズムを説明する基礎的知見のひとつになるものと期待されます.本研究により,ライトタッチ効果に関係する脳活動の一端が明らかとなりましたが,その神経メカニズムのさらなる理解には,大元となる神経基盤を明らかにすることが望まれます.

論文情報

Ishigaki T, Ueta K, Imai R, Morioka S. EEG frequency analysis of cortical brain activities induced by effect of light touch. Exp Brain Res. 2016 Jan 12. [Epub ahead of print]

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 石垣 智也(イシガキ トモヤ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: p0611006@gmail.com

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

ワーキングメモリにおける中央実行系から見たバランスへの影響

PRESS RELEASE 2015.12.18

畿央大学大学院健康科学研究科 研究生の藤田浩之らは,ワーキングメモリにおける中央実行系の機能が姿勢バランスに影響を与えることを明らかにしました.特に,中央実行系の影響はマルチタスクの際に大きく見られ,姿勢制御における高次脳機能領域の関わりに貢献することが期待されます。本研究成果は,Journal of Motor Behavior誌(Effects of the Central Executive on Postural Control)に掲載されています.

研究概要

日常生活において注意資源をそれぞれの刺激に対して適切に切り替えたり,注意資源の配分を行うことでバランスの維持や運動を実行しています.この注意資源の切り替えや注意資源の配分にはワーキングメモリ( Working memory; WM )のもつ中央実行系が重要な役割を担っています.例えば,認知機能に問題のある被験者と比べ認知機能に問題のない被験者では同時に2つの課題(dual-task)を付加することで運動機能の低下が報告され,適切に2つの課題に注意を向けたり,分配することが難しいとされています.つまり,dual task下での運動を苦手とする方は中央実行系が低下し,課題に対する適切な注意資源の配分が困難であることが考えられます.この中央実行系を評価する方法としてReading Span Test(RST)があり,RSTの良群はひとたび注意を向けた対象を適切に抑制し,注意のフォーカスを移行することができ,不良群ではひとたび注意を向けた対象の抑制ができず,注意資源のフォーカスを切り替えることができないことが明らかになっています.しかし,これらの現象は流動性知能に関するものや高次認知機能の因子に関するもので考えられています.RSTにより測定されたWM容量が, 高次認知機能領域に限らず運動領域においても注意の制御に関わっている可能性があります.そこでRSTを用いて中央実行系を評価し,様々な状況での姿勢制御への影響を検討しました.その結果,RSTの成績が不良な参加者では良好群と比べ,通常の状態では何ら違いはありませんが,困難なバランスの維持を求められた際に,身体動揺が強くなることを認め,中央実行系の能力の違いがバランスの維持に影響を及ぼすことが明らかとなりました.

本研究のポイント

□ ワーキングメモリにおける中央実行系の機能をReading Span Testを用いて評価を実施した.
□ RSTの成績は流動性知能や高次認知機能領域のみならず運動領域の注意の制御にも関与することが明らかとなった.

研究内容

WMの評価については,容量を測定するテストとして RSTが広く知られており,中央実行系を検討する有効な指標とされています.このテストは文章の音読とその文章内にある単語の保持を同時に行う課題で,1文から5文の音読を行いながら単語の保持がどの程度できるかを口頭で再生させることで,WMの容量測定を行います.この成績を基に,良好群と不良群に分け比較しました.
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図Aでは座位,立位,片足立ちでの認知課題の正当数をカウントしました.RSTの成績で分けた2群(良好群と不良群)の比較ではそれぞれの姿勢で認知機能に差は見られませんでした.
図Bでは運動機能を2群で比較しました.それぞれの姿勢条件の足圧中心を計測しました.両群とも運動の難易度が困難になるにつれ,姿勢の悪化を認めましたがより複雑な条件(片足立位+認知課題)において交互作用を認められ,RST不良群で著しいバランスの悪化が見られました.

本研究の臨床的意義

本研究の結果からdual taskを用いた実験や臨床応用を行う際は,個人の要する中央実行系に依存することが明らかとなり,中央実行系の成績に応じた課題設定や難易度の設定の際のタスクとして有効に用いることが期待できます.同時に,リハビリテーションにおいても個人の持ちうる中央実行系の能力を考慮することが重要であることが示唆されます.

論文情報

Fujita H, Kasubuchi K, Osumi M, Morioka S. Effects of the Central Executive on Postural Control. J Mot Behav. 2015 Dec 16:1-7. [Epub ahead of print]

  • 問い合わせ先

    畿央大学大学院健康科学研究科
    研究生 藤田 浩之(フジタ ヒロユキ)
    Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
    E-mail: hiyoyuki0010@yahoo.co.jp
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    センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
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脊髄損傷に対するリハビリテーション時の足底接地の重要性

PRESS RELEASE 2015.10.27

畿央大学大学院健康科学研究科の林部美紀は、藍野大学再生医療研究所の井出千束教授らとともに、脊髄損傷ラットに対して免荷式トレッドミルトレーニングをした際の足底接地の重要性を歩行動作と脊髄組織で明らかにしました。この研究成果は、Spinal Cord誌(Locomotor improvement of spinal cord-injured rats through treadmill training by forced plantar placement of hind paws オンライン先行)に掲載されています。

研究概要

脊髄損傷は交通事故や転落により,脊柱(背骨)の中の脊髄神経が損傷した状態をいいます.損傷部位より下の神経が支配している筋肉の麻痺や感覚障害が残るといわれています.現在のリハビリテーションでは,損傷を受けていない神経が支配している筋肉を利用して日常生活を送れるようにする訓練が中心で,車椅子生活をしている脊髄損傷者が多い状況です.脊髄損傷の歩行におけるリハビリテーションの研究では,ハーネスで体をつり上げ体重を免荷してトレッドミルの上を歩くBody Weight Support Treadmill Trainingというトレーニングがあります.これは脊髄固有のステッピング運動を誘発させる機能を利用した訓練方法といわれています.私達の研究では,ラットでこの訓練方法を行い,普段セラピスト達が重要としている足底接地の重要性を示しました.

本研究のポイント

□ 脊髄損傷ラットに対し,Body Weight Support Treadmill Trainingを用いて,足底接地の重要性を示した. □ 足底接地と足背接地群とでは,足底接地群の方が歩行評価において高い数値を示し,正常なラットに似た値になった.また,脊髄組織の評価において,足底接地群の方が損傷部位に神経が修復された痕跡が示された.

研究内容

BBWSTTの方法を用いて,図1Aのように体幹を吊り上げる設定をします.ラット用のトレッドミルを動かし,足底接地群はセラピストが足底接地を確認しながら,歩行の介助を行いました.足背接地群は,セラピストが足背を接地するポジションを取りながら,後肢を前に移動する介助を行いました.

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図1.訓練方法(Bは足底接地群の方法,Cは足背接地の群の方法)      

 

本研究では歩行評価において,図2のように足底接地群は高い点数となり,歩行時に歩き方がスムーズになってきていることを示します.また,脊髄組織を採取した評価においても,足底接地群に損傷した神経が訓練によって修復された痕跡が認められました.また,脊髄組織を採取した評価においても,図3のように,訓練によって,損傷を受けた空洞に神経が増えたり,支持細胞であるアストロサイトの面積が足底接地群の方が広くなってました。これは,足底接地の訓練によって,脊髄が修復された痕跡があることを示しています。

 

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図2.歩行評価の結果(足底接地群の点数が高く,歩行能力が向上したことを示す)

 

図1

図3.A.mm2あたりの神経の数(足底接地群が多いことを示す) B.脊髄中のアストロサイトの面積(足底接地群の面積が広いことを示す)

今後の展開

この研究は,BWSTTを用いたときに足底接地を丁寧に行うことで,歩行の質のみならず,脊髄の組織に影響を与えた可能性があることを示しています.今後は,脊髄組織のみならず,脳からの神経経路がどのように脊髄に影響を与えているのかや訓練によっての感覚障害の程度の評価も進めて行き,より詳細な原因を探求して,人間のリハビリテーションに役立てたいと考えます.  

論文情報

Hayashibe M, Homma T, Fujimoto K, Oi T, Yagi N, Kashihara M, Nishikawa N, Ishizumi Y, Abe S, Hashimoto H, Kanekiyo K, Imagita H, Ide C, Morioka S. Locomotor improvement of spinal cord-injured rats through treadmill training by forced plantar placement of hind paws. Spinal Cord. 2015 Oct 20. doi: 10.1038/sc.2015.186. [Epub ahead of print]

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 博士課程 林部美紀(ハヤシベ ミキ) E-mail:hayashibeot@gmail.com 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp  

失った手足の痛みを感じる仕組み

PRESS RELEASE 2015.9.10

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘特任助教らは,東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授を中心とする研究グループと共同で,切断によって失ったはずの手足を自分の意志で動かしているような感覚(幻肢の運動)の計測をBinamual circle line coordination taskを用いて実施し,幻肢の運動ができない者では幻肢の痛みが強いことを明らかにしました.この計測手法は幻肢の運動を評価することのできる方法であり,幻肢痛の治療開発に貢献することが期待されます.この研究成果は,Neuroscience Letters誌(Structured Movement Representations of a Phantom Limb Associated with Phantom Limb Pain)に掲載されています.

研究概要

幻肢痛は手や足の切断後に失ったはずの手足が存在(幻肢)するように感じられ,その幻肢が痛いという不思議な現象です.幻肢と幻肢痛は,手足の切断後だけでなく,神経傷害や脊髄損傷などによって手足の感覚と運動が麻痺した場合にも現れることがあります.幻肢痛(神経障害性疼痛)は、さまざまな原因で起こる慢性疼痛の中でも最も重症度が高いことが知られていますが,その治療法は十分ではありません.幻肢痛が発症するメカニズムとして,脳に存在する身体(手足)の地図が書き換わってしまい,幻肢を自らの意志で動かすことができないことが幻肢痛を引き起こす要因と考えられていますが,実際のところは明らかにされておらず,発症メカニズムに基づいた治療法の開発が待たれています.

研究グループは,健康な手と幻肢を同時に動かす両手協調運動課題(Bimanual circle-line coordination task; BCT)という手法を用いて,幻肢の運動を計測し,幻肢の運動と幻肢痛との関係を調べました.その結果,幻肢を運動できるほど幻肢痛が弱く,幻肢を運動できないと幻肢痛が強いことを見出し,幻肢痛の発症には幻肢の随意運動の発現が関連していることを明らかにしました.

本研究のポイント

□ 幻肢の随意運動をBimanual circle line coordination taskを用いて評価した.
□ 幻肢の随意運動ができる者ほど幻肢痛が弱かったことから,幻肢の随意運動と幻肢痛には密接な関係があることが明らかにされた.

研究内容

Bimanual circle line coordination task (BCT) は,幻肢の随意運動を定量的に評価することのできる手法で,健康な手で直線を描くのと同時に幻肢で円を描くと,健康な手で描く直線が円形に歪むという現象を利用したものです.健康な手で描く直線の歪みが大きければ大きいほど,幻肢で円を描く運動が行われていることを意味します.

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図1:Bimanual circle line coordination task (BCT)

本研究では,この定量的に評価された幻肢の随意運動(BCTにおける直線の歪みの程度)が残存している症例は幻肢痛が弱く,幻肢の随意運動が損失されている症例では幻肢痛が強いということが明らかにされました.

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図2:BCTによる直線の歪みと幻肢痛との関係

対象者は健肢で直線を描きながら幻肢で円を描くように指示されます.幻肢痛が重度な者は健肢で描く直線が歪まず,幻肢痛が軽度なものは健肢で描く直線が歪みます.つまり,幻肢の運動が鮮明にできる者は幻肢痛が軽度であるということです.

今後の展開

この成果は,個々の症例における幻肢痛の発現機序を明確にするためのタスクとして有用であると考えられます.さらに,大住倫弘特任助教らは,住谷昌彦准教授(東京大学医学部属病院緩和ケア診療部),東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らとバーチャルリアリティ(仮想現実)を用いた幻肢痛のリハビリテーション開発の臨床研究を始めたところです.今後の成果は,幻肢痛や脊髄損傷後疼痛等の神経障害性疼痛疾患の治療に貢献するものと期待されます.

 

論文情報

Osumi M, Sumitani M, Wake N, Sano Y, Ichinose A, Kumagaya SI, Kuniyoshi Y, Morioka S. Structured movement representations of a phantom limb associated with phantom limb pain. Neurosci Lett. 2015 Aug 10;605:7-11.

関連記事

本研究成果は東京大学研究報告webページ U Tokyo Researchにも掲載されています.
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/definitive-mechanism-of-phantom-limb-pain.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/en/utokyo-research/research-news

 

なお、本研究は東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授,東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授,東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「構成論的発達科学」の支援を受けて実施されました.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

 

運動錯覚を経験することで術後痛が軽減する.

PRESS RELEASE 2015.7.29

畿央大学大学院健康科学研究科の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることによって痛みの改善が認められることを明らかにしました.また,この痛みの改善は術後2ヵ月経っても持続していることを報告しました.その研究成果は,Clinical Rehabilitation誌(Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study)に掲載されています.

研究概要

橈骨遠位端骨折は頻度の高い骨折であり,かつ慢性疼痛を発症しやすい骨折の1つです.また,橈骨遠位端骨折に関しては,術後の痛み強度や不安が慢性疼痛疾患の1つである複合性局所疼痛症候群(CRPS)の発症リスクであるとされています.つまり,橈骨遠位端骨折術後のリハビリテーションでは,痛みと不安を考慮したアプローチを実施する必要があります.このような視点から,本研究では痛みの情動的側面(不安・破局的思考)を惹起させずに運動を感じることのできる「腱振動刺激による運動錯覚」を利用したリハビリテーションの効果検証を行いました.以下には本研究の概要が記載されています.

① 術後の不動や固定は大脳皮質の感覚運動領域の不適切な可塑的変化を生じさせ,それが原因で痛みの慢性化が引き起こされると考えられています.そのため,理学療法では積極的に患肢を動かすことが推奨されています.しかしながら,痛みを我慢しながらの積極的な関節可動域訓練を過度に実施してしまうと,痛みに対する不安や破局的思考を助長させ,痛みが増悪する場合もあります.そのため,術後の理学療法では,痛みの不安や破局的思考を惹起させないように考慮しながら,感覚運動領域の不適切な可塑的変化を防ぐことが重要となってきます.

「腱振動刺激による運動錯覚」とは,腱に振動刺激を加えると筋紡錘が興奮し,刺激された筋が伸張しているという情報が脳内へ伝えられることによって「あたかも関節運動が生じているような運動錯覚」が生じる現象です.

③ 筆者らは過去の研究で,実際に運動している時の脳活動と腱振動刺激による運動錯覚を経験した時の脳活動を比較したところ,どちらとも運動関連領域が活動していたことを報告しています(Imai et. J Phys Ther Sci 2014).つまり,腱振動刺激による運動錯覚によって,実際に運動した時と同様に感覚運動領域を活性化させることが可能であることを示しました.

④ これらの先行研究に基づいて,本研究では,痛みや不安・恐怖心が強い橈骨遠位端骨折術後患者に「腱振動刺激による運動錯覚」を惹起させ,痛みの情動的側面が惹起されることなく,感覚運動領域を活性化することができ,痛みを軽減させることができるのではないかと仮説を立て,それを検証しました.

⑤ その結果,術後翌日から運動錯覚を惹起させることによって痛みの強さと痛みの情動的側面の改善を認めました

本研究のポイント

術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,
 術後1週間という短期間で痛みが軽減した.
 術後の痛みだけではなく,痛みの情動的側面も改善を示した.
 術後2ヵ月後も効果が持続した.

研究内容

橈骨遠位端骨折術後から腱振動刺激による運動錯覚を経験させた結果,理学療法だけを行う群(コントロール群)よりも,運動錯覚を経験する方(運動錯覚群)が,痛みだけではなく痛みの情動的側面も軽減した.このような運動錯覚を利用したリハビリテーションで痛みや不安などを改善させる方法は画期的なものであると考えられます.

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図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況

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図2:運動錯覚群とコントロール群の安静時痛,運動時痛,PCS(反芻),HADS(不安)の経時的変化.
赤線:運動錯覚群(理学療法+運動錯覚)青破線:コンロトール群(理学療法のみ)
**: p<0.01, ##: p<0.01, N.S.: no significant

今後の展開

今後は,運動錯覚によって痛みが改善した神経生理学的メカニズムを明らかにしていきます.

 

論文情報

Imai R, Osumi M, Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2015 Jul 21.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 今井亮太(イマイ リョウタ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: ryo7891@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

パーキンソン病の前屈姿勢に対する直流前庭電気刺激の即時効果について

PRESS RELEASE 2015.7.3

パーキンソン病の姿勢異常は歩行や食事動作など日常生活に与える影響が大きい重大な問題です.パーキンソン病の姿勢異常には多くの要因が関連すると考えられていますが,近年,前庭系の機能障害の関連についても報告されています.
岡田助教は,前庭系を刺激し,前後あるいは左右方向への姿勢傾斜反応を引き起こす直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation, GVS)を一定時間行うことによりパーキンソン病の姿勢異常が即時的に改善する可能性があるのではないかと考えました.

前屈姿勢を呈するパーキンソン病患者7名を対象に,GVSあるいは偽刺激を1週間の間を空けて無作為な順序で,被験者には刺激条件を伏せて実施しました.

今回実施したGVSは後方への姿勢傾斜反応を誘発可能な刺激方法で,0.7mA以下という非常に弱い直流電流を20分間,仰向けの状態で通電しました.

その結果,GVS後,目を開けている状態でも,閉じている状態でも立っている際の前屈角度が,効果量は小さいものの有意に減少することが明らかになりました

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偽刺激でも前屈角度が減少する傾向が認められましたが,有意な変化は認められませんでした.

刺激前後の前屈角度の変化量について検討すると,GVSは偽刺激よりも目を閉じた状態で立っている際の前屈角度を減少させることが明らかになりました

写真はGVS後前屈姿勢が顕著に改善した例を示しています.GVSによる前屈角度の変化量には個人差があり,適応やその効果の機序などについて今後検討する必要があると考えています.

本研究の臨床的意義

現在パーキンソン病の姿勢異常に対する有効な治療法は現在も確立されていません.本研究結果は,直流前庭電気刺激がパーキンソン病の前屈姿勢に対する新しい介入となる可能性を示唆しています.今後は神経生理学的手法や行動評価などを用いて姿勢異常の病態を評価した上で介入し,その適応や効果のメカニズムについても検討する必要があると考えています.

 

論文情報

Okada Y, Kita Y, Nakamura J, Kataoka H, Kiriyama T, Ueno S, Hiyamizu M, Morioka S, Shomoto K. Galvanic vestibular stimulation may improve anterior bending posture in Parkinson’s disease. Neuroreport 26(7): 405-410, 2015.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

岡田 洋平(オカダ ヨウヘイ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp

 

物品把持動作の映像観察時における運動主体感と脳活動

PRESS RELEASE 2015.3.16

ヒトの身体感覚には運動主体感というものがあります.例えば,私たちがコップに向けて手をのばすという動作をするとき,その運動は自分自身で行ったと感じるはずですが,このときの「行為を引き起こしたのは,または行為を発生させたのは私自身である」という感覚を運動主体感と呼びます.近年,手足の映像を観察することにより実際に手足を動かさずとも動かしているような感覚が得られるとの報告があります.今回は手の機能特性である物品把持動作の映像を観察した時に運動主体感が生じるかどうか,またその時の神経メカニズムについて調査しました.

スクリーンを自分自身の手に重ね合わせて提示する条件(映像一致条件)と,スクリーンを自分自身の手とずらした状態で映像を提示する条件(映像不一致条件)の2条件を設定し,運動主体感の鮮明度の違いと脳活動を比較しました.

どちらの条件も自分自身は手を動かさず,映像を観察するだけにとどめるよう指示しました.課題は,映像一致条件映像不一致条件をランダムに4回ずつ連続して行いました.

課題を行った後,運動主体感の鮮明度の強さについて質問紙で答えてもらい,Numerical rating scale (NRS)で評価しました(図1).

図1.提示した課題と条件

 

脳活動はfunctional near-infrared spectroscopy (fNIRS)を使用して,前頭葉から頭頂葉の範囲を測定しました.プローブと呼ばれる検出器を頭部に装着し図の領域の脳血流量を測定しました(図2).

  

図2.fNIRSにより脳血流量を抽出した脳領域

 

 

図3は11人の健常者に対して行った運動主体感の鮮明度の強さをグラフ化したものです.赤い横線は被験者のスコアの中間値を示しています(図3).

 

 図3.映像一致条件と映像不一致条件における運動主体感の鮮明度の強さ

 

映像一致条件では,すべての被験者が運動主体感を感じていました.また,映像一致条件のスコアは映像不一致条件と比較して有意に大きな値となりました.

図4は脳活動の大きさをグラフ化したものです.

映像一致条件では,右前頭前領域において有意に大きな活動が認められました.一方,映像不一致条件では左下前頭領域において有意に大きな活動が認められました.

また,右前頭前領域の映像一致条件と映像不一致条件の脳活動を比較したところ,映像一致条件において有意に大きな活動が求められました.さらに,この映像一致条件における右前頭前領域の脳活動は,運動主体感の鮮明度の強さと相関が認められました.つまり,運動主体感が惹起されない映像不一致条件では左前頭領域が活動するのに対して,運動主体感が生起される映像一致条件では右前頭領域が活動し,その活動量は運動主体感とは相関関係にあるということです.

これらのことをまとめると,このような映像を観察させることによって運動主体感を生起させることができ,その時には身体知覚に重要である右半球が特異的に活動するということです.

figure4

図4.映像一致条件と映像不一致条件における脳活動

本研究の臨床的意義

実際の運動を行わずに運動主体感を生じさせ,大脳皮質運動野を賦活させる介入方法は,脳損傷患者の運動障害後の運動機能回復への応用が期待できます.また,本研究のように,物品を把持する映像の観察することで,運動主体感を起こすことができれば,運動意図,身体知覚に障害を持つ高次脳機能障害患者に対しても治療へ応用することが期待できると考えられます.治療介入に向け,今後さらに検討を重ねていこうと考えています.

 

論文情報

Wakata S, Morioka S. Brain Activity and the Perception of Self-agency while Viewing a Video of Hand Grasping: a Functional Near-Infrared Spectroscopy Study. NeuroReport. (in press).

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 若田哲史(ワカタ サトシ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: satoshiwakata@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対するVirtual Visual Feedbackの効果

PRESS RELEASE 2015.3.2

脊髄損傷者にとって,疼痛はリハビリテーションの結果を悪くし,生活の質を低下させる因子であることが認識されています.脊髄損傷者の約65%は慢性的な疼痛があり,そのうちの約3分の1は激しい疼痛であったとの報告もされています.脊髄損傷後の疼痛に対しては,外科的療法,薬物療法,神経刺激療法,認知行動療法,運動イメージを用いた治療などが行われてきましたが,その治療効果は一時的であったり,科学的根拠に乏しいため治療に難渋しており長期予後も良くないとされています.また脊髄損傷後には,求心路遮断が起きた実際の四肢に加えて,幻想の四肢を知覚する余剰幻肢や余剰幻肢に疼痛を伴う余剰幻肢痛が出現することも報告されています.四肢切断後に出現する幻肢痛に対しての治療では,鏡療法や映像に合わせて患肢の運動をイメージさせるVirtual Visual Feedback(以下,VVF)の有効性が報告されています.しかし,脊髄損傷後の余剰幻肢痛に対する有効な治療方法は明らかにされていません.そこで本研究では,高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対し映像に合わせて運動をイメージさせるVVFを行い,治療効果とその効果の持続期間についてシングルケースデザインにて検討しました.

本症例は,両上肢が左右ともに余分に1本ずつ存在する感覚を持った高位頸髄損傷者でした(図1).

図1.余剰幻肢と余剰幻肢痛の存在部位

 

そして,図2のように正面に設置した鏡に頸部から下が隠れるようにシーツを巻き付け,第三者が歩行および両上肢を動かしている映像に合わせて運動をイメージしてもらうVirtual Visual Feedbackを1日10分間行い,疼痛の強さの変化をVisual Analog Scale (以下,VAS)にて測定しました(図2).

  

図2.介入風景

 

A期を第一基礎水準期(3週間),A´期を第二基礎水準期(12週間),B期を第一操作導入期(12週間),B´期を第二操作導入期(6週間)としました.A´期は,B期の効果の持続期間を確認するためにB期が終了してから4週後,8週後,12週後に分けました.結果は,治療前(A期)では,疼痛の強さは右側71.0mm,左側70.5mmでしたが,VVFを行ったB期では右側39.0mm,左側47.5mmまで軽減しました.また,その効果は右側ではB期終了後から8週間,左側では12週間持続しました.B´期でVVFを再開することで疼痛の軽減を再度認めました(図3).

 

 図3.結果(余剰幻肢痛の変化)

 

余剰幻肢痛が改善した要因として,高位頸髄損傷完全四肢麻痺による知覚-運動ループの破綻が視覚情報の代償により再統合された可能性が考えられます.知覚-運動ループとは,運動を実行する際に脳内で行われる一連の運動系と感覚系の情報伝達のことをいいます.つまり,我々は運動を実行する際に、予測された感覚情報と実際の感覚情報を常に比較照合しているということです.

しかしながら、この知覚-運動ループが破綻されると自分の腕が増えたように感じたり,疼痛などの異常感覚が出現してしまうことが明らかになっていることから,知覚-運動ループの破綻は病的疼痛の発症メカニズムと関わっていることが示唆されています.

反対に,知覚-運動ループが視覚情報の代償により再統合される結果,幻肢の随意運動感覚が出現し幻肢痛が消失することも報告されています.Mercierらは,外傷性上肢切断,腕神経叢損傷により幻肢痛や余剰幻肢痛を有した患者に対し,映像に映し出された10種類の動きに合わせて幻肢や余剰幻肢を動かすイメージをさせるVVFを行ったところ,疼痛のVASが平均38%減少したと報告しています.このように,知覚-運動ループの破綻を視覚情報の代償により再統合させて疼痛を軽減させる介入方法として,映像に合わせて患肢の運動をイメージさせるVVFの有効性が報告されています.

このことを踏まえながら本症例について考察します.本症例は頸髄損傷によりC3以下の運動麻痺や感覚遮断が起きたため,運動指令および予測は可能ですが実際の運動は起こりません.そのため,実際の運動による体性感覚情報が比較器へフィードバックされず,予測との間に不一致が生まれ,知覚-運動ループが破綻し,その結果として余剰幻肢や余剰幻肢痛が出現したと考えられます.今回行ったVVFは,映像からの視覚情報が頸髄損傷に起因する体性感覚の脱失を代償して運動感覚をFeedbackすることによって,感覚遮断された上肢の知覚-運動ループが再統合され余剰幻肢痛が緩和したと考えています.

本研究の臨床的意義

本研究結果は,高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対して映像に合わせて運動をイメージさせるVVFの有効性を明らかにしたものと考えています.鏡療法で健側の運動を用いて患側の運動をイメージさせることができない四肢麻痺者や対麻痺者の余剰幻肢痛に対しては、映像を用いて運動をイメージさせるVVFが有効である可能性を示唆するものと考えられます.しかし,1症例での検討であるため今後は症例数を増やしさらに検討していく必要があると考えています.

 

論文情報

Katayama O, Iki H, Sawa S, Osumi M, Morioka S. The effect of virtual visual feedback on supernumerary phantom limb pain in a patient with high cervical cord injury: a single-case design study. Neurocase. 2015 Feb 13:1-7.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

修士課程 片山脩(カタヤマ オサム)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: b4768600@kio.ac.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

自己と他者の歩行観察における大脳皮質活動の違い

PRESS RELEASE 2015.2.25

脳卒中発症後,運動麻痺の影響で歩行ができなくなることがあるため,歩行再獲得は脳卒中後のリハビリテーションにおいて重要な目標となります.近年,脳卒中後の歩行再獲得のための新しい治療法として歩行観察を取り入れた介入の効果が紹介されています.しかしながらその効果の神経メカニズムや,どのような歩行を観察すれば良いのかは明らかになっていませんでした.そこで今回,「自分自身の歩行」と「他者の歩行」を観察したときの脳活動を比較しました.また,歩行を観察しているときに自分自身が歩行するイメージを想起することが重要であることから,観察時の歩行イメージの鮮明度も評価しました.

実際には,歩行観察中の脳活動を計測し,その直後に観察中に想起したイメージの鮮明度を評価しました.

下の図は実験の流れになります.

自分自身の歩行を観察しながらイメージを想起する条件(自己条件)と,会ったことがない他人の歩行を観察しながらイメージを想起する条件(他者条件)の2条件を設定し比較しました.

どちらの条件もイメージは自分自身が歩行するイメージを想起するように指示しました.

図1

図1.実験の流れ(各条件の順番はランダムで実施)

 

脳活動はfunctional near-infrared spectroscopy (fNIRS)を使用して,前頭葉から頭頂葉の範囲を測定しました.

下の図のようにプローブと呼ばれる検出器を頭部に装着し(図2),

ターゲットとなる脳領域からデータを抽出しました(図3).

イメージの鮮明度はvisual analog scale (VAS)で評価しました.

図2.fNIRS装着時の様子

  図3

図3.本研究で抽出した脳領域

 

下の図は13人の健常者で測定した脳活動の大きさをグラフ化したものです.

自己条件ではRt dPMC(右背側運動前野)とRt SPL(右上頭頂小葉)が歩行観察時に活動し,他者条件と比較してその活動が大きい結果となりました.

一方,他者条件ではLt IPL(左下頭頂小葉)が歩行観察時に活動し,自己条件と比較してその活動が大きい結果となりました.条件間で有意差はありませんでしたが,Lt vPMC(左腹側運動前野)が安静時よりも活動していました.

なお,歩行観察時に作ったイメージは,自己条件が他者条件に比べ有意に鮮明でした.

 

 図4.歩行観察時の脳活動

SMA;補足運動野,dPMC;背側運動前野,vPMC; 腹側運動前野,SPL;上頭頂小葉,IPL;下頭頂小葉.*p < 0.05, **p < 0.01;自己条件 vs 他者条件.p < 0.05, ††p < 0.01;安静時 vs 観察時.

本研究の臨床的意義

歩行観察において自分自身の歩行観察の方がより鮮明なイメージを想起できることが明らかになりました.このことは,自分の歩行を観察させることでより効果的な介入が可能になることを示唆しています.また,自分自身の歩行観察では右半球が,他者の歩行観察では左半球が有意に活動することが明らかとなったことから,脳卒中患者に対する歩行観察を取り入れた介入を行う時は,損傷半球側を考慮することが必要と考えられます.

 

論文情報

Fuchigami T, Morioka S. Differences in cortical activation between observing one’s own gait and the gait of others: a functional near-infrared spectroscopy study. NeuroReport. 2015 Mar 4;26(4):192-196.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 渕上健(フチガミ タケシ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: fuchigaminet@yahoo.co.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp