慢性腰痛症例の筋活動と疼痛関連因子の経時的な関連性
PRESS RELEASE 2020.12.7
慢性腰痛患者には,立位で体幹を屈曲した時に,完全屈曲位で背筋群が弛緩する屈曲弛緩現象が減弱・消失することが報告されています.また,完全屈曲位から体幹を伸展させる時に背筋群の筋活動が増強もしくは減弱することも報告されています.これらの慢性腰痛患者に特徴的な筋活動と疼痛関連因子の関連性は十分に明らかになっておらず,特に経時的な変化については,同時に変化するのか,どちらかの要素が先行して変化するのかといった経時的な関連性は検討されていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の 重藤 隼人 氏と森岡 周 教授 らは,慢性腰痛症例を対象に経時的に筋活動と疼痛関連因子の評価を行い,シングルケースにおけるcross-lag correlation analysisを用いて,筋活動異常の改善と疼痛関連因子の改善が同時に生じることを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Pain Research誌 (Temporal Associations Between Pain-Related Factors and Abnormal Muscle Activities in a Patient with Chronic Low Back Pain: A Cross-Lag Correlation Analysis of a Single Case)に掲載されています.
研究概要
慢性腰痛患者の筋活動の特徴として,立位で体幹を屈曲した時に,完全屈曲位を保持した時に背筋群が弛緩する屈曲弛緩現象が減弱・消失することや,完全屈曲位から体幹を伸展させる時に背筋群の筋活動が増強もしくは減弱することが報告されています.また,慢性腰痛患者の痛みや能力障害には心理的因子や身体知覚異常などの多角的な因子が関連することが報告されています.しかし,慢性腰痛患者の筋活動と疼痛関連因子の間の経時的な関連性は明らかにされていませんでした.本研究では,経時的に筋活動と疼痛関連因子の評価を行い,シングルケースにおけるcross-lag correlation analysisを用いて,筋活動と疼痛関連因子の間の経時的な関連性を検証しました.その結果,筋活動異常の改善と疼痛関連因子の改善が同時に生じることを明らかにしました..
本研究のポイント
■ 慢性腰痛を有する1症例の筋活動と疼痛関連因子の経時的な関連性をシングルケースにおけるcross-lag correlation analysisを用いて検討した.
■ 立位体前屈における屈曲弛緩現象の低下の改善と身体知覚異常の改善が同時期に生じるを示した.
■ 体幹を伸展する時の筋活動の改善と痛み,心理的因子,能力障害の改善が同時期に生じることを示した.
研究内容
慢性腰痛を有する1症例を対象に,疼痛関連因子の評価と筋活動の評価を経時的に行いました.疼痛評価としてShort-form McGill Pain Questionnaire-2 (SFMPQ-2),心理的因子の評価としてÖrebro Musculoskeletal Screening Questionnaire-12 (OMSQ-12),身体知覚異常の評価としてFremantle Back Awareness Questionnaire (FreBAQ),能力障害の評価としてPatient-Specific Functional Scale (PSFS)を評価しました.筋活動は表面筋電図を用いて,立位体前屈課題時の脊柱起立筋の筋活動を測定し(図1),屈曲弛緩現象の指標である屈曲弛緩比率:FRR,完全屈曲位(完全屈曲相)での筋活動,伸展させている時(伸展相)の筋活動を算出しました.
図1:立位体前屈課題
経時的に測定した筋活動と疼痛関連因子の経時的な関連性を検討するために,シングルケースにおけるcross-lag correlation analysisを行いました.
図2:筋活動指標と疼痛関連因子の同時期における相関係数
各図形は〇:疼痛,△:能力障害,◇:身体知覚異常,□:心理的因子と筋活動指標との相関係数を示しています.塗りつぶされた図形は有意な相関関係であったことを示しています.
本研究の意義および今後の展開
本研究成果は,慢性腰痛患者の経時的な疼痛関連因子の変化が経時的な筋活動の変化に影響することを示唆するものです.そのため,今後はサンプルサイズを増やしてさらなる経時的な関連性の特徴を検討するとともに,疼痛関連因子を考慮した慢性腰痛患者の筋活動に対するアプローチを提唱する臨床研究を進めていく予定です.
論文情報
Shigetoh H, Nishi Y, Osumi M and Morioka S
Temporal Associations Between Pain-Related Factors and Abnormal Muscle Activities in a Patient with Chronic Low Back Pain: A Cross-Lag Correlation Analysis of a Single Case
Journal of Pain Research
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 重藤隼人
E-mail: hayato.pt1121@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
道具に対する視線探索における道具の新奇性と行為意図の影響
PRESS RELEASE 2020.11.24
道具使用場面において,道具や対象物の物理的な特徴から使用方法を類推する技術推論作業が重要であることが報告されています.技術推論の程度は,道具の機能部分をどれだけ見るかということで定量化されますが,道具を使用する意図の有無による視線探索の違いは明らかになっていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科修士課程修了生(現:医療法人社団仁生会甲南病院)の玉木義規 氏と森岡 周 教授らは,被験者に馴染みのある道具と馴染みのない道具を提示し,自由観察した時,持ち上げを意図した時,使用を意図した時の視線探索の違いを調査しました.この研究成果は,Frontiers in Psychology 誌(Effects of tool novelty and action demands on gaze searching during tool observation)に掲載されています.
研究概要
技術的推論とは,物理的な特徴から道具の使い方を推論することです.技術的推論の程度は,道具の機能的な部分への累積注視時間によって示されます.本研究では,健常成人に対して,3つの条件(自由観察,持ち上げ意図,使用意図)で馴染みのある道具と馴染みのない道具を提示した時の視線探索を調べました.その結果,使用意図なく自由観察した場合でも使用を意図した場合と同様に道具の機能部分へ視線が偏向することが明らかになりました.この結果から,単に道具を見た場合でも道具使用のための技術推論作業が自動的に出現していることが示唆されました.しかし,自由観察時の技術的推論は使用意図時ほど強くはありませんでした.このような自由観察時と使用意図時における技術的推論の違いは,自動的な技術的推論と意図的な技術的推論の違いを示している可能性があります.
本研究のポイント
持ち上げることを意図した時に比べて,使用を意図した時だけでなく,使用意図を持たずに道具を自由観察した時にも道具の機能部分への累積注視時間が長くなることを示した.また,使用意図時(意図的な技術推論)と自由観察時(自動的な技術推論)における視線探索に異なる特徴があることを示した.
研究内容
右利きの健常成人14名が実験に参加しました.被験者は3つの条件でモニター上に6つの馴染みのある道具と6つの馴染みのない道具がランダムに呈示された際の視線移動をアイトラッカー(Tobii Pro X2-60)を用いて調べられました.条件1は画面を注視するだけの自由観察条件で,条件2は持ち上げるようなパントマイムを行う持ち上げ条件,条件3は使用するようなパントマイムを行う使用条件としました.2つのパントマイム条件では,モニターの前に実際に道具があることを想定して手をモニター手前まで到達させてから,指示に応じたパントマイムを行いました(図1).
図1:(A)実験プロトコル (B)実験風景
道具の機能的な部分への累積注視時間は,技術的推論の程度の定量的な指標としました.
道具種別(馴染みの有無)と条件についての二元分散分析を行ったところ,累積注視時間は持ち上げ条件と比較して自由観察条件および使用条件で有意に増加しました.また,馴染みのない道具における累積注視時間は,自由観察条件と比較して,持ち上げ条件では有意に減少し,使用条件では有意に増加しました(図2).
図2(左):注視点の可視化 (A)注視点ヒートマップ (B)累積注視位置のヒストグラム
図2(右):機能部分への累積注視時間
本研究の意義および今後の展開
本研究では,馴染みの度合いの異なる道具観察課題において,使用意図時と自由観察時の視線探索の比較によって技術推論の程度が判別できる可能性を示唆しました.今後,道具使用障害を呈する患者に対して同様の課題を実施し,道具使用障害の病態メカニズムの探求につなげていくことが重要です.
論文情報
Tamaki Y, Nobusako S, Takamura Y, Miyawaki Y, Terada M, and Morioka S
Effects of tool novelty and action demands on gaze searching during tool observation.
Frontiers in Psychology. 2020; 11: 587270.
問い合わせ先
医療法人社団仁生会 甲南病院 リハビリテーション部
筆頭主任・作業療法士 玉木 義規(タマキ ヨシノリ)
E-mail: ot44tama@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
痛みが予測通りに回復しない症例の特徴
PRESS RELEASE 2020.11.10
「痛み」という症状は,ひとによって回復度合いにバラつきがあり,症状が悪化する場合もあることが報告されています.畿央大学大学院博士後期課程の重藤隼人 氏と森岡 周 教授らは,病院やクリニックに通われている筋骨格系の痛みを有する患者を対象に“痛み回復予測モデル”を作成し,「中枢性感作症候群の改善度」が痛みのリハビリテーション予後を悪くすることを明らかにしました.この研究成果は,Pain Research and Management誌(Central Sensitivity Is Associated with Poor Recovery of Pain: Prediction, Cluster, and Decision Tree Analyses)に掲載されています.
研究概要
中枢性感作は,心理的因子とともに痛みを修飾する1つの因子であることが報告されています.しかし,心理的因子と痛みとの関係に中枢性感作が媒介して関与するかどうかは明らかにされていませんでした.本研究では,痛み回復予測モデルを作成し,痛み回復予測値と実測値に基づいた階層的クラスター分析を用いて,①痛みが悪化するグループ,②痛みが予測よりも回復しないグループ,③痛みが予測よりも回復するグループに分類しました.そして,多重比較および決定木分析を用いて,痛みの回復予測に適合する症例と適合しない症例に影響する要因を検証しました.その結果,痛みが予測通りに回復しないグループの特徴として,「中枢性感作症候群の改善度」が抽出されました.
本研究のポイント
■ 痛み回復予測値と実測値に基づいたクラスター分析から,①痛みが悪化するグループ,②痛みが予測よりも回復しないグループ,③痛みが予測よりも回復するグループに分類されました.
■ 痛みが予測通りに回復しないグループの特徴として,中枢性感作症候群の改善度が抽出されました.
研究内容
入院・外来受診患者を対象に,中枢性感作の評価としてCentral Sensitization Inventory (CSI-9),疼痛評価としてShort-form McGill Pain Questionnaire-2 (SFMPQ-2),認知情動因子としてPain Catastrophizing Scale-4 (PCS-4:破局的思考),Hospital Anxiety and Depression Scale (HADS不安,抑うつ)を評価しました.1-2カ月後の再評価が可能であった患者の結果を用いて,段階的な統計解析を行いました.
<段階的な解析手順>
1.痛みの改善がみられた対象者を抽出する.
2.痛みの改善がみられた対象者のスコアに基づいて,回帰式を作成する(痛み回復モデル).
痛みの変化量 = −0.52×痛みの初期スコア − 3.34.
3.痛み回復モデルから痛み回復の予測値と実測値を算出する.
4.痛み回復の予測値と実測値に基づいた階層的クラスター分析を実施する(図1)
5.クラスター分析で分類したサブグループについて,各変数の多重比較を行う.
6.各変数の変化量の関連性に着目して,相関分析を行う.
7.痛み回復モデルに適合するグループと適合しないグループの特徴を抽出するために決定木分析を行う.
図1:従属変数をクラスター番号,独立変数を痛み関連因子とした決定木分析
クラスター 1:痛みが悪化するクラスター
クラスター 2:痛みが予測より回復しないクラスター
クラスター 3:痛みが予測より大きく回復するクラスター
決定木分析の結果,各クラスターに分類に関する予測変数として,中枢性感作症候群初期スコアと中枢性感作症候群スコア変化量が抽出されました.特に,中枢性感作症候群スコア変化量は,全てのクラスター分類に関する予測変数として抽出されました.つまり,痛みが予測通りに回復するかどうかに中枢性感作症候群の変化が関連することが示唆されました.
本研究の意義および今後の展開
本研究成果は,従来の研究で報告されていた初期の認知・情動因子および中枢性感作症候群の状態のみならず,中枢性感作症候群の変化が痛みの回復に影響することを示唆するものです.そのため,今後は中枢性感作症候群をはじめとした,痛み関連因子の変化量と合わせて痛みの変化も検討していくことで,サブタイプ分類を行いサブタイプに応じたハイブリッドアプローチを提唱する臨床研究を進めていく予定です.
論文情報
Shigetoh H, Koga M, Tanaka Y, Morioka S
Pain Research and Management 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 重藤隼人 E-mail: hayato.pt1121@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
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荷重が困難な足部CRPS患者へ『影絵』を用いた介入は有効である
PRESS RELEASE 2020.10.23
複合性局所疼痛症候群(Complex Regional pain Syndrome: CRPS)は,捻挫や打撲,骨折など四肢の障害後に痛みが遷延化する疾患です.足部など下肢のCRPS患者では,痛みへの恐怖心から,足に体重をのせて歩くことができなくなります.畿央大学大学院博士後期課程の修了生 平川善之 氏(現:福岡リハビリテーション病院・リハビリテーション部長)は,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター長 森岡 周 教授,大阪河崎リハビリテーション大学 今井亮太 助教らと共同で,こうした痛みへの恐怖心を持つ患者に対し,「影絵」による新たな治療方法を考案し,有効性が認められた症例を報告しました.この報告は,国際雑誌「Brain Science」に「Intervention Using Body Shadow to Evoke Loading Imagery in a Patient with Complex Regional Pain Syndrome in the Foot: A Case Report」として掲載されています.
研究概要
今回報告した症例は,痛みのために足部を接地して荷重することに恐怖心を抱き,「足に体重をかけることを考えただけで痛い」と荷重を想起するだけで,予測的に足部に強い痛みを感じていました.そこで「影絵」を用いることで,痛みを予期させずに足部で荷重するイメージを形成させる新たな介入方法を実践しました.これにより,荷重への予測的な痛みは消失し,歩行能力の向上が認められました.
本研究のポイント
足部のCRPS患者に対し「影絵」を利用した新たな介入により,痛みを誘発せずに荷重するイメージを形成させる可能性があることを示した.
研究内容
症例は,足部の外傷後にCRPSとなり,足部の強い痛みと共に膝関節から足部まで強いアロディニアがあり,身体所有感や身体イメージの欠如が認められました.そこで影絵を用いた介入を行いました.その方法は,実際の症例には触れない状況で(図1A)影絵上のみで触れている錯覚を生じさせました(図1B).これにより身体所有感と身体イメージが再形成され,アロディニアの軽減が認められました.
図1:影絵を用いたリハビリテーション
しかし,患部で荷重することへの予測的な痛みから歩行能力の改善に至りませんでした.そこで下図のように,症例とシーツで隔てた環境(図2a)で第3者の足部の影絵を作成し(図2b),その第3者の影絵が自身の影絵であると錯覚を生じさせ(図2c),その影絵をセラピストが触れる事で自身の足部を触れられているような錯覚を生じさせました(図2d).これにより足部のアロディニアが軽減し,自身の足部で第3者の影絵に触れる事が出来るようになりました(図2e).
図2:影絵を用いたリハビリテーション
その結果,影絵を用いた介入以降に身体イメージの改善にともなって歩行能力の向上が認められました(図3,4).
図3:影絵を用いたリハビリテーションによって改善する身体イメージ
図4:影絵を用いたリハビリテーションによって改善する歩行時の足圧
本研究の意義および今後の展開
CRPS患者の痛みには,身体認知能力や心理要因などが影響します.特に足部など下肢のCRPS患者では,痛みが予測されることで荷重困難となります.今回報告した『影絵』を用いた新たな臨床介入を用いることで,身体認知能力を向上させるともに,荷重に対する予測的な痛みを生じさせることなく,荷重のイメージを想起させることが可能となりました.
今後は,影絵を用いた介入の適応患者の特徴を整理し,その適応範囲を検討するなど,より詳細な検証作業が必要になると考えられます.
論文情報
Hirakawa Y, Imai R, Shigetoh H, Morioka S.
Intervention Using Body Shadow to Evoke Loading Imagery in a Patient with Complex Regional Pain Syndrome in the Foot: A Case Report.
Brain Sci. 2020 Oct 9;10(10):E718.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 森岡 周
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発達性協調運動障害を有する児の改変された運動主体感
PRESS RELEASE 2020.10.21
予測された感覚フィードバックが実際の感覚フィードバックと時間的に一致する時,その行動は自己によって引き起こされたと経験されます.このように私が自分の行動のイニシエーターでありコントローラーであるという経験のことを運動主体感と呼びます.運動主体感は,ヒトの意欲的な行動に強く関連する重要な経験であり,この経験の重要性は,多くの神経障害・精神障害(脳卒中後病態失認,統合失調症,不安障害,抑うつ,脳性麻痺,自閉症スペクトラム障害)で強調されています.しかしながら,発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder: DCD)を有する児における運動主体感については,明かになっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らは,中井昭夫 教授(武庫川女子大学),前田貴記 講師(慶應義塾大学)らと共同で,DCDを有する児の運動主体感について調べる初めての研究を実施しました.この研究成果は,Research in Developmental Disabilities誌(Altered sense of agency in children with developmental coordination disorder)に掲載されています.
研究概要
DCDとは,協調運動技能の獲得や遂行に著しい低下がみられる神経発達障害の一類型であり,その症状は,字が綺麗に書けない,靴紐が結べないといった微細運動困難から,歩行中に物や人にぶつかる,縄跳びができない,自転車に乗れないといった粗大運動困難,片脚立ちができない,平均台の上を歩けないといったバランス障害まで多岐に渡ります.DCDの頻度は学童期小児の5-6%と非常に多く,自閉症スペクトラム障害,注意欠陥多動性障害,学習障害などの他の発達障害とも頻繁に併存することが報告されています.またDCDと診断された児の50-70%が青年期・成人期にも協調運動困難が残存し,頻繁に精神心理的症状(抑うつ症状,不安障害)に発展することも明らかになっています.DCDのメカニズムとしては,運動学習や運動制御において重要な脳の内部モデルに障害があるのではないかとする内部モデル障害説が有力視されており,それを裏付ける多くの研究報告があります.一方で,内部モデルは「その行動を引き起こしたのは自分だ」という運動主体感の生成に関与していることが分かっています.すなわち内部モデルにおいて,自分の「行動の結果の予測」と「実際の結果」との間の時間誤差が少なくなると,その行動は自分が引き起こしたものだと感じられ,時間誤差が大きくなると,その行動は自分が引き起こしたものではないと感じられます.したがって, DCDを有する児では,内部モデル障害のために,この運動主体感が変質している可能性がありますが,それを調査した研究は存在しませんでした.そこで畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らの研究チームは,定型発達児(Typically developing: TD群)とDCDを有する児(DCD群)に参加して頂き,運動主体感の時間窓を調査しました.その結果,TD群とDCD群の両者ともに,運動とその結果との間の時間誤差が大きくなるのに伴って,運動主体感は減少していきました.しかしながら,その時間窓は,TD群よりもDCD群の方が延長していたのです.このことは,DCDを有する児では,行動とその結果の間に大きな時間誤差があったとしても,結果の原因を誤って自己帰属(誤帰属)したことを意味しました.加えて,TD群では,運動主体感の時間窓と微細運動機能との間に相関関係が認められたのに対して,DCD群では,運動主体感の時間窓と抑うつ症状との間に相関関係が認められました.この研究は,DCDを有する児の運動主体感が変質していることを定量的に明らかにし,その運動主体感の変質と内部モデル障害,および精神心理的症状との間には,双方向性の関係がある可能性を示唆しました.
本研究のポイント
■ DCDを有する児の運動主体感の時間窓は,TD児よりも延長していた.
=DCDを有する児では,行動とその結果の間に大きな時間誤差があったとしても,結果の原因を誤って自己帰属(誤帰属)した.
■ DCDを有する児の運動主体感の時間窓は,抑うつ症状と相関していた.
=誤った自己帰属(誤帰属)が大きくなるほど,抑うつ症状が重度化していた.
■ DCDを有する児において,内部モデル障害,精神心理的症状,および運動主体感との間には双方向性の関係があるかもしれない.
研究内容
8~11歳までのDCDを有する児15名とTD児46名が本研究に参加し,Agency attribution task*(Keio method: Maeda et al. 2012, 2013, 2019)を実施してもらいました(図1).この課題は,参加児のボタン押しによって画面上の■がジャンプするようにプログラムされています.そして,ボタン押しと■ジャンプの間に時間的遅延を挿入することができ,この遅延時間として100, 200, 300, 400, 500, 600, 700, 800, 900, 1000ミリ秒の10条件を設定しました.そして,参加児には”自分が■をジャンプさせた感じがするかどうか”を回答するように求められ,参加児がどのくらいの遅延時間まで運動主体感が維持されるのか(運動主体感の時間窓)を定量化しました.さらに参加児はDCD国際標準評価バッテリー(M-ABC-2)や小児用抑うつ評価(DSRS-C)などの評価も受けました.
図1:Agency attribution task(Keio method: Maeda et al. 2012, 2013, 2019)
*Keio Method: Maeda T. Method and device for diagnosing schizophrenia. International Application No.PCT/JP2016/087182. Japanese Patent No.6560765, 2019.
結果として,DCD群の運動主体感の時間窓は,TD群と比較して,有意に延長しました(図2).このことは,DCDを有する児では,行動とその結果の間に大きな時間誤差があったとしても,結果の原因を誤って自己帰属(誤帰属)したことを意味しました.この結果には2つの理由が考えられました.一つは,以前の研究(Nobusako et al. Front Neurol, 2018)から,DCDを有する児では,TD児と比較して,内部モデルにおける感覚-運動統合機能が低下しているためであると考えられました.もう一つは,DCDを有する児では,意図した動きと実際の動きが完全に一致しない状況(すなわち運動の失敗)を頻繁に経験するためであると考えられました.
図2:DCDを有する児とTD児における運動主体感の時間窓の違い
加えて,TD児の運動主体感の時間窓と微細運動機能との間には,有意な相関関係がありました.このことは,内部モデルが,学童期児童の運動主体感の生成に比較的大きな貢献をしていることを示した以前の研究(Nobusako et al. Cogn Dev, 2020)と一致していました.
一方,重要なことに,DCDを有する児における運動主体感の時間窓と抑うつ症状との間には,有意な相関関係があり,このことは誤った自己帰属(誤帰属)が大きくなるほど,抑うつ症状が重度化したことを意味しました(図3).
図3:DCDを有する児における運動主体感の時間窓と抑うつ症状との相関関係
本研究の意義および今後の展開
本研究は,DCDを有する児では,運動主体感が変質している(時間窓が延長している)ことを定量的に初めて明らかにし,この運動主体感の変質と内部モデル障害,そして精神心理的症状との間には双方向性の関係があることを強く示唆しました.
今後,本研究で提起されたいくつかの限界点を考慮して,DCDを有する児における改変された運動主体感が,運動の不器用さ,そして精神心理的問題の発生に,どのように関与しているのかを調べるさらなる研究が必要です.
関連する先行研究
論文情報
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
准教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
ルールへの気づきが行為主体感を増幅させる
PRESS RELEASE 2020.9.29
自身の行為を制御している感覚を行為主体感といいます.畿央大学大学院博士後期課程の林田一輝 氏と森岡 周 教授はルールへの気づきが行為主体感を増幅させるのかどうかについて検証しました.この研究成果は,Brain Sciences誌(Intentional Binding Effects in the Experience of Noticing the Regularity of a Perceptual-Motor Task)に掲載されています.
研究概要
運動制御は,予測と結果を比較照合する繰り返しによって精緻になります.このモデルは,行為主体感の生成でも同じことが考えられています.行為主体感とは,自身の行為を制御している感覚のことであり,予測と結果の誤差が小さいと「この行為は自分で起こしたものである」という経験をすることができます.我々は過去の研究で,知覚運動能力が高いと行為主体感が増幅することを報告しました(Morioka et al. 2018).しかしながら,どのような要素が行為主体感に影響したのかは不明でした.本研究では,運動課題中の気づき経験が行為主体感へ与える影響を調査することを目的としました.参加者は,暗黙的なルールを含む知覚運動課題とintentional binding課題(行為主体感を定量的に測定できる方法)を同時に実行しました.実験終了後にルールに気づいたかどうかを聴取することで「気づきあり群」と「気づき無し群」に分けることができました.実験の結果,「気づき無し群」と比較して「気づきあり群」は,intentional binding効果が徐々に増幅しました.つまり,法則性(ルール)への気づきが行為主体感を増幅させることが明らかになりました.
本研究のポイント
■ 気づき経験が行為主体感に影響する可能性がある.
研究内容
29名の健常人が実験に参加しました.参加者は水平方向に反復運動する円形オブジェクトをキー押しによって画面の中央で止める知覚運動課題を行いました.キーを押すとすぐに円形オブジェクトが止まり,そのキー押しから数100ms遅延して音が鳴りました.参加者は,キーを押してから音が聞こえるまでの時間間隔を推定しました.この時間間隔を短く感じるほど行為主体感が増幅していることを示します(intentional binding効果).知覚運動課題のルールへの気づき経験を与えるために,円形オブジェクトの移動速度を暗黙的なルールに基づいて変更しました.移動速度は5段階(速度1:7.09度/秒,速度2:14.13度/秒,速度3:21.06度/秒,速度4:27.84度/秒,速度5:34.43度/秒)であり,速度は1秒ごとに速度1から速度5に徐々に変更されました.速度5の後,速度は再び速度1に設定されました.このループは,参加者がキーを押すまで繰り返されました.すべての試行終了後,参加者は暗黙の規則性に気づいたかどうか聴取されました.本実験は1ブロック18試行,全10ブロックで構成され,3つの段階(初期, 中期, 後期)に分けることで運動課題とbinding効果の時系列的な変化を調査しました(図1).
図1:知覚運動課題とintentional binding課題(行為主体感を定量的に測定できる方法)
「気づきあり群」17名,「気づき無し群」12名に分けられました.「気づきあり群」における高い知覚順応効果は参加者がルールに気づいていた結果であることを示しています(図2a).さらに,「気づきあり群」は徐々にbinding効果が増幅したのに対して,「気づき無し群」は徐々にbinding効果が減少していました(図2b).
図2a.知覚運動課題の成績:気づきあり群はタスク数を重ねるほど成績が高まっています
図2b.Binding効果(=行為主体感の数値):気づきあり群はタスク数を重ねるほど行為主体感は高まっていきます*緑バーが低くなるほど行為主体感が高くなっていることを意味します
本研究の意義および今後の展開
本研究は,気づきが行為主体感に影響を及ぼす可能性を示唆しました.本研究結果は行為主体感の変容プロセス解明の一助になることが期待されます.
関連する先行研究
論文情報
Hayashida K, Nishi Y, Masuike A and Morioka S.
Intentional Binding Effects in the Experience of Noticing the Regularity of a Perceptual-Motor Task.
Brain Sci. 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 林田 一輝(ハヤシダ カズキ)
E-mail: kazuki_aka_linda@yahoo.co.jp
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
術後早期の運動躊躇が1ヶ月後の運動機能を予測する
PRESS RELEASE 2020.9.24
術後早期における運動学的異常の1つに「運動躊躇」があります.この運動躊躇とは,「運動方向を切り変える時間」であり,運動恐怖との密接な関係が報告されています(Imai et al. 2018).今井亮太さん(畿央大学大学院 博士後期課程修了(現:大阪河崎リハビリテーション大学 助教))は,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 森岡 周 教授,大住倫弘 准教授,石垣智也さん(畿央大学大学院 博士後期課程修了(現:名古屋学院大学 助教))らと共同で,橈骨遠位端骨折術後早期の指タッピング運動の分析をして,術後早期の運動躊躇が1ヶ月後の運動機能を悪くすることを明らかにしました.この研究成果は,HAND誌(Kinematic analyses using finger-tapping task for patients after surgery with distal radius fracture at acute phase)に掲載されています.
研究概要
術後遷延痛・慢性疼痛の発症率は約30~50%と言われており,中でも10%は,重篤な痛みを有します.こうした,遷延化・慢性化する原因の一つとして,“運動恐怖”があり,それは運動障害にも悪影響を及ぼすことが報告されています.この運動恐怖は運動学的分析によって定量化することが可能であり,特に「運動方向を切り替える時間」は運動恐怖と密接に関係していることから,「運動躊躇」と呼ばれています(Imai et al. 2018).しかしながら,術後早期の運動躊躇が運動機能の改善に影響を与えるかどうかは明らかにされていませんでした.そこで本研究では,指タッピング運動の分析によって,運動躊躇を定量化し,術後1ヶ月後の運動機能への影響を明らかにすることを目的としました.
本研究のポイント
■ 術後早期における運動躊躇の時間が1ヶ月後の運動機能に悪影響を及ぼす.
研究内容
橈骨遠位端骨折術後における①痛み(安静時痛,運動時痛),②運動恐怖,③運動機能(DASH)と指タッピング運動データとの関係性を調査しました.評価期間は術後1,3,5,7,14,21,30日まで継続的に実施しました.指タッピング運動の計測は,手指に指タッピング装置UB-1(日立コンピューター機器株式会社)を取り付け,20秒間できるだけ速く・大きく指タッピング運動をしてもらいました(図1).
図1:指タッピング運動と分析
術後1ヶ月後の運動機能の予後が悪いGroupと良いGroupと比較すると,悪いGroupは術後1日目における運動躊躇の時間が有意に延長していました(図2).さらに,術後1日目の運動の躊躇時間と術後1ヶ月後の運動機能との間に有意な相関関係が認められた.つまり,術後1日目に運動を躊躇している(≒運動することを恐がっている)症例は,運動機能が改善しにくいという結果が得られました.
図2:運動機能の予後が悪い/良いGroupにおける運動躊躇と運動速度(*バブル内の日数は,指タッピング運動の計測が術後何日後に実施されたのかを表す)
本研究の意義および今後の展開
本研究結果は,定量化された術後患者の運動恐怖から1ヶ月後の運動機能を予測できることを示唆しています.こうした,術後早期の運動学的評価が,術後患者の運動機能評価の一助になればと思っています.今後は,様々な疾患で特徴を明らかにすることと,術後6ヵ月や術後1年の評価を実施し,検討を行います.術後の運動機能障害へ貢献できればと考えています.
関連する先行研究
Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S. Relationship between pain and hesitation during movement initiation after distal radius fracture surgery: A preliminary study. Hand Surg Rehabil. 2018;37(3):167-170.
論文情報
Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S.
Hand 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
大住倫弘
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
利用できる手がかりに応じて変化する運動制御時の自他帰属戦略
PRESS RELEASE 2020.9.18
動作の中で得られる感覚を自己帰属したとき(自分で自分の運動を制御していると思えるとき),我々はその感覚に基づいて運動を制御しようとします.この自己帰属は,内的予測や感覚フィードバックといった感覚運動手がかりや,知識や思考といった認知的手がかりなどに基づいて決定されることが報告されています.畿央大学大学院博士後期課程・日本学術振興会特別研究員の宮脇 裕 氏と森岡 周 教授は,運動制御時にこれらの手がかりがどのような関係性で利用され自他帰属が達成されるのかについて検証しました.この研究成果は,Attention, Perception, & Psychophysics誌(Confusion within feedback control between cognitive and sensorimotor agency cues in self-other attribution)に掲載されています.
研究概要
自他帰属(Self-other Attribution)とは,自己由来感覚と外界由来感覚を区別することを指します.この区別が上手くいかなくなると,「自分で自分の運動を制御している」という運動主体感の変容を招いたり,不必要な感覚に基づいて運動を遂行してしまったりすることが明らかにされています.この自他帰属には,運動の内的予測や感覚フィードバックといった「感覚運動手がかり」や,自分の持つ知識や思考といった「認知的手がかり」が関与することが報告されています.そしてこれらの手がかり間の関係性について,最適手がかり統合(Optimal Cue Integration)と呼ばれる仮説が提唱されています.本仮説によると,脳は状況に応じた手がかりの信頼性を計算し,その信頼性に基づいて自他帰属にどの手がかりを利用するか決定すると考えられています.しかしながら,運動に直接関与しない認知的手がかりが運動制御時の自他帰属に影響しうるのかは依然明らかになっていません.
宮脇 裕 氏(畿央大学大学院博士後期課程,日本学術振興会特別研究員,慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室)と森岡 周 教授は,フィードバック制御課題を用いて,自他帰属における認知的手がかりの効果について,感覚運動手がかりの情報量を操作した3つの実験により検証しました.その結果,感覚運動手がかりが十分に利用できる状況では(実験1),認知的手がかりは自他帰属に利用されませんでしたが,感覚運動手がかりの情報量が少ない状況では(実験2),認知的手がかりも自他帰属に利用されることが示されました.そして興味深いことに,感覚運動手がかりが十分利用できないような状況では(実験3)認知的手がかりの効果は認めず,これらの実験から,運動制御では認知的手がかりの効果は特定の状況に限定される可能性が示されました.
本研究のポイント
■ 運動制御時の自他帰属は感覚運動手がかりに基づく.
■ 運動制御では認知的手がかりは特定の状況においてのみ自他帰属に影響しうる.
■ 認知的手がかりの効果は利用できる感覚運動手がかりの情報量に依存する可能性がある.
研究内容
参加者(健常大学生)は,モニタ上に表示されたターゲットラインをなぞるようにペンタブレット上で上肢の正弦曲線運動を遂行しました(図1; Asai, 2015).この際,視覚フィードバックとしてカーソルが表示されました.感覚運動手がかりとして,カーソルの動きには,自分のリアルタイムの運動が反映される条件(自己運動条件)と,事前に記録した運動が反映される条件(フェイク運動条件)がありました.参加者は,自分の実際の運動とカーソル運動の時空間的な一致性に基づき,カーソルが自己運動を反映していると判断できる場合にそのカーソルを操作しターゲットラインをなぞることを求められました.
図1:実験セットアップ
ターゲットラインの前半(Cycle 1と2)では,カーソルの形を動きに対応付け,形に基づき自他帰属させることで形を認知的手がかりとして与えました(図2).具体的には,前半では●の形のカーソルは自分のリアルタイムの運動(自己運動)を反映し,※のカーソルは事前に記録した運動(フェイク運動)を反映していたため,参加者に形の情報から自他帰属することを求めました.特に,形を基にカーソルを制御する条件を設け,形をプライミングしました.ターゲットラインの後半(Cycle 4と5)まで運動を進めると,この対応関係が変化することがあり,この際に参加者が動きと形どちらの手がかりを用いて自他帰属するかを検証しました.課題中にターゲットラインとペン座標の距離を運動エラーとして測定し,この運動エラーから手がかりの利用度を算出しました.
図2:実験デザイン
実験2と3では,それぞれカーソルを8 Hzと4 Hzで点滅させることで,カーソルの動きの情報量を減少させました.この際,動きの情報量減少により認知的手がかりの効果が変動するかを検証しました.
結果として,実験1の感覚運動手がかり(カーソルの動き)が十分に利用できる状況では,自他帰属において認知的手がかり(カーソルの形)の効果は認めませんでしたが(図3),実験2の感覚運動手がかりの情報量が少ない状況では,認知的手がかりも自他帰属に利用されるようになりました(図4).そして実験3の感覚運動手がかりがほとんど利用できない状況では,認知的手がかりの効果は認めませんでした(図5).
図3:実験1における運動エラー
運動エラーについては,各条件とベースライン条件(視覚フィードバックなし)間の差分を算出しています.また,サイクル3で各条件の運動エラーの値がゼロになるようにロックしています.自己運動条件(青線)とフェイク運動条件(緑線)間の運動エラーにおける差は,参加者が後半にカーソルの動きに基づいて自他帰属を為したことを示します.●条件(実線)と※条件(点線)間の差は,参加者が後半にカーソルの形に基づいて自他帰属を為したことを示します.エラーバーは標準誤差を示します.
図4:実験2における運動エラー
実験2では,カーソルを8 Hzで点滅させることで,実験1に比べて自他帰属に利用できる感覚運動手がかりの情報量を減少させました.
図5:実験3における運動エラー
実験3では,カーソルを4 Hzで点滅させることで,実験2からさらに感覚運動手がかりの情報量を減少させました.
本研究の意義および今後の展開
本研究は,運動制御時の自他帰属が感覚運動手がかりを基になされており,その手がかりを利用できてかつ情報量が少ない状況では認知的手がかりで代償しうるという,健常者における運動制御時の自他帰属戦略を示唆しました.今後は,感覚運動手がかりの利用に問題をきたす可能性がある脳卒中後遺症を有する方々を対象に,その自他帰属戦略について健常者との相違を検証していく予定です.これらの検証による研究の発展は,脳卒中後遺症の病態と運動主体感の関係性を解明する一助となることが期待されます.
関連する先行研究
Asai T. Feedback control of one’s own action: Self-other sensory attribution in motor control. Conscious Cogn. 2015;38:118-129.
論文情報
Atten Percept Psychophys. 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 宮脇 裕(ミヤワキ ユウ)
E-mail: yu.miyawaki.reha1@gmail.com
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
脳卒中患者における運動まひの重症度と歩行速度の関係性
PRESS RELEASE 2020.7.16
古くから,脳卒中患者の歩行速度は下肢の運動まひの重症度に依存すると言われています.しかし,個々の症例毎に観察すると,運動まひが軽症であるにもかかわらず,歩行速度が低下している症例が存在しています.畿央大学大学院 博士後期課程 水田 直道 氏 と 森岡 周 教授 らは,運動まひの重症度が軽症であるにもかかわらず,歩行速度が低下している症例の歩行特性について検証しました.この研究成果は,Scientific Reports誌(Walking characteristics including mild motor paralysis and slow walking speed in post-stroke patients)に掲載されています.
研究概要
脳卒中患者の歩行速度は,日常生活能力や生活範囲を担保する重要な要因ですが,下肢の運動まひの重症度に強く影響されています.一方で,運動まひが軽症であっても歩行が遅い症例が存在すると考えられており,運動まひの重症度が歩行速度に関係していないといった乖離している症例が一定数存在していることも臨床上明らかですが,なぜかは分かっていませんでした.博士後期課程の水田 直道氏らは,運動まひの重症度と歩行速度の関係性から,クラスター分析を用いてサブグループを特定し,「運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例の歩行特性」を明らかにしました.この特徴的なグループにおいては,歩行時における不安定性や下腿筋の同時収縮が高値であることが分かりました(関節を動かす筋と動きのブレーキをかける筋が同時に収縮していて運動効率が悪い状態).加えて,大脳皮質からの干渉を反映する筋間コヒーレンスが高く,運動まひの重症度からみても過剰な皮質制御が歩行速度を低下させていることが考えられました.
本研究のポイント
■ 脳卒中患者を対象に,下肢の運動まひの重症度と歩行速度は概ね関連するが,この関係性から乖離する症例群が一定数存在することが分かりました.
■ 運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例は,歩行時の不安定性や下腿筋の同時収縮,大脳皮質からの過剰な干渉が原因であることが分かりました.
研究内容
介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました.
対象者は運動まひの重症度評価および快適速度での10m歩行テストを行いました.運動まひの重症度と歩行速度の関係性をもとにクラスター分析を行い,運動まひが軽症ながら歩行速度が遅い症例を抽出しました(図1).
図1:運動まひの重症度と歩行速度の関係性
運動まひの重症度と歩行速度は正の相関関係を認めましたが,それらの分布を確認すると運動まひの重症度と歩行速度の関係性から乖離している症例が確認されました.そこで階層的クラスター分析を行い,5つのサブグループを抽出しました.
クラスター1:運動まひは軽症から中等症,歩行速度は低値
クラスター2 :運動まひは重症,歩行速度は低値
クラスター3 :運動まひは重症,歩行速度は中等度
クラスター4 :運動まひは軽症,歩行速度は中等度
クラスター5 :運動まひは軽症,歩行速度は高値
図2:各クラスターにおける体幹加速度と筋活動波形,筋間コヒーレンスの結果
(A)運動まひが軽症から中等症にもかかわらず,歩行速度が低下しているクラスター1は,立脚期(図2のDS1,SS,DS2の区間)の体幹加速度が高値を示し,体幹動揺が大きい状態でした.またクラスター1の前脛骨筋および腓腹筋の筋活動は,歩行周期の各相に応じた筋活動の増減が少なく,同時収縮指数が高いことがわかりました.
(B)beta帯域のコヒーレンスは筋活動の起源が大脳皮質由来であることを示します.コヒーレンスは各クラスターによって大きく異なり,クラスター1が最もコヒーレンスが高いことがわかりました.
本研究の意義および今後の展開
この研究では,運動まひが比較的軽症にもかかわらず,歩行速度が低下している症例の歩行特性について,運動学的ならびに運動力学的に検証しました.結果として,そのような特性を有する症例では,運動機能は比較的残存しているにもかかわらず,体幹の不安定性や下肢筋の同時収縮,過剰な大脳皮質制御によって残存機能がマスクされている可能性が考えられました.今後は,クラスター別に歩行能力の回復へ貢献する要因について調査する予定です.
論文情報
Mizuta N, Hasui N, Nakatani T, Takamura Y, Fujii S, Tsutsumi M, Taguchi J, Morioka S.
Walking characteristics including mild motor paralysis and slow walking speed in post-stroke patients.
Scientific Reports. 2020
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 水田 直道(ミズタ ナオミチ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
peace.pt1028@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
子どもの運動主体感の時間窓は,大人と同じか違うか?
PRESS RELEASE 2020.6.18
予測された感覚フィードバックが実際の感覚フィードバックと時間的に一致する時,その行動は自己によって引き起こされたと経験されます.このように私が自分の行動のイニシエーターでありコントローラーであるという経験(感覚と判断)のことを運動主体感と呼びます.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らは,中井昭夫 教授(武庫川女子大学),前田貴記 講師(慶應義塾大学)らと共同で,運動主体感の時間窓が,子どもと大人では,同じなのか違うのかについて調査しました.この研究成果は,Cognitive Development誌(The time window for sense of agency in school-age children is different from that in young adults)に掲載されています.
研究概要
「その行動を引き起こしたのは自分だ」という運動主体感は,2つの階層レベルで構成されることが理論的に提案されています.第1のレベルは,運動制御や運動学習に貢献するコンパレーターモデルによって生成されます.すなわち自分の「行動の結果の予測」と「実際の結果」が時間的に一致すると,その行動は自分が引き起こしたものだと感じられます.一方で,それらが不一致であると,その行動は自分が引き起こしたものではないと感じられます.第2のレベルは,期待,信念,文脈,感情といった認知的手がかりに基づき,「その行動は自分が引き起こしたものである」という明確な判断として形成されます.運動主体感の第1のレベルに基づいて,実験的に自分の運動とその結果との間に時間的な誤差を挿入すると運動主体感は減少し,逆に時間的な誤差をなくしていくと運動主体感が増加することが分かっています.つまり運動主体感には時間窓(どのくらいの時間誤差であれば運動主体感を持つことができ,どのくらいの時間誤差であれば運動主体感が失われるのか)があるのです.しかしながら,その運動主体感の時間窓が,子どもと大人では同じなのか,それとも異なるのかは分かっていませんでした.そこで畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らの研究チームは,学童期の子どもと若年成人における運動主体感の時間窓を調査しました.その結果,子どもと大人の両者ともに,運動とその結果との間の時間誤差が大きくなるのに伴って,運動主体感は減少していきました.しかしながら,その時間窓は,大人よりも子どもの方が短かったのです.また子どもの運動主体感の時間窓と手先の器用さとの間には相関関係が認められたのに対して,大人ではそのような関係は認められませんでした.したがって,子どもの運動主体感の生成には,2つの階層レベルの内,主に第1のレベルが貢献していることが示唆されました.
本研究のポイント
■ 子どもの運動主体感の時間窓は,若年成人よりも短かった.
■ 子どもの運動主体感の時間窓は,手先の器用さと相関していた.
■ 子どもの運動主体感は,主に感覚運動機能に基づいている可能性がある.
研究内容
6~12歳までの学童期児童128名と21~23歳までの若年健常成人30名が本研究に参加し,Agency attribution task*(Keio method: Maeda et al. 2012, 2013, 2019)を実施してもらいました(図1).この課題は,参加者のボタン押しによって画面上の■がジャンプするようにプログラムされています.そして,ボタン押しと■ジャンプの間に時間的遅延を挿入することができ,この遅延時間として100, 200, 300, 400, 500, 600, 700, 800, 900, 1000ミリ秒の10条件を設定しました.そして,参加者には“自分が■をジャンプさせた感じがするかどうか”を回答するように求められ,参加者がどのくらいの遅延時間まで運動主体感が維持されるのか(運動主体感の時間窓)を定量化しました.さらに参加者は国際標準評価バッテリー(M-ABC-2)の手先の器用さテストを実施し,微細運動スキルを測定しました.
図1:Agency attribution task(Keio method: Maeda et al. 2012, 2013, 2019)
*Keio Method: Maeda T. Method and device for diagnosing schizophrenia. International Application No.PCT/JP2016/087182. Japanese Patent No.6560765, 2019.
結果として,学童期児童も若年成人も,ボタン押しと■ジャンプの間の時間的遅延が増加するにつれて,運動主体感が減少しました.このことは,予測と結果の一致/不一致に基づく運動主体感が学童期にすでに確立されており,生涯を通じて続く非常に基本的なプロセスであることを示唆しました.
一方で,学童期児童の運動主体感の時間窓は,若年成人と比較して,有意に短縮しました(図2).以前より子どもの場合は,否定的な(好ましくない)予測と結果の一致よりも,肯定的な(好ましい)予測と結果の一致に対して敏感であることが示唆されており,そのことが運動主体感の短縮につながった可能性が考えられます.いずれにしても,運動主体感の時間窓が狭いということは,主体と環境との繋がりが固定的であり,適応性/柔軟性が低いことを示唆し,逆に運動主体感の時間窓の拡張は,主体と環境の間のリンクが柔軟であり,適応行動に寄与している可能性があります.また運動主体感は,責任の概念にも関連しており,本研究結果は,子どもが大人よりも自分の行動に対する責任を感じる程度が少ないことを表している可能性も示唆されました.
図2:学童期児童と若年成人における運動主体感の時間窓の違い
加えて,学童期児童の運動主体感の時間窓と微細運動スキルとの間には,有意な相関関係があったものの,若年成人にはそのような関係性はみられませんでした.このことは,運動主体感の第1レベル(感覚運動機能,コンパレーターモデル)が,学童期児童の運動主体感の生成に比較的大きな貢献をしていることを示唆しました.
本研究の意義および今後の展開
本研究は,大人と子どもでは運動主体感の時間窓が異なっていることを初めて明らかにしました.また発達性協調運動障害を有する子どもでは,コンパレーターモデルに基づく運動学習が困難になっていることが明らかになっています.したがって,学童期児童の運動主体感の生成にコンパレーターモデルが比較的大きく関与していることを考慮すると,発達性協調運動障害を有する子どもでは,運動主体感に何らかの問題が発生している可能性が予測されます.これらを調査する将来の研究は,発達障害を有する子どもにおける運動主体感の理解と効果的なハビリテーション技術の開発に貢献する可能性があります.
論文情報
The time window for sense of agency in school-age children is different from that in young adults.
Cognitive Development. 2020 Apr–Jun; 54: 100891.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
准教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp