身体に軽く触れることで示される無意識的な二者間姿勢協調と社会的関係性との関係
PRESS RELEASE 2017.11.23
日常生活やリハビリテーション場面において,身体接触を介して二者の姿勢や運動が影響し合うこと(例えば,手を繋いで歩く,動作介助など)があります.実際,立位姿勢でお互いに軽い身体接触を行うと,両者の姿勢の揺らぎが無意識的に類似することが知られています.畿央大学大学院健康科学研究科の石垣智也らは,この揺らぎの類似性と二者間の社会心理学的な関係性(親密度)が関係することを明らかとしました.これは,身体接触による触覚情報を用いたヒトとヒトの姿勢運動制御の相互作用を理解する基礎的知見になるものと期待されます.この研究成果は,Frontiers in Psychology誌(Association between Unintentional Interpersonal Postural Coordination Produced by Interpersonal Light Touch and the Intensity of Social Relationship)に掲載されています.
研究概要
手を繋いで歩く,ペアでのダンス,そして介護やリハビリテーション場面における動作介助など,身体接触を介して二者の姿勢や運動が影響し合うことがあります.この際,身体接触から加えられる情報は,接触による力学的要因と感覚的要因に分けられます.加えられる力による姿勢や運動への影響は明らかなことですが,本研究では,後者の感覚的要因,つまり身体接触により生じる触覚情報の影響に着目しています.
ヒトの安静立位は一見すると安定しており,運動は生じていないようにみえますが,実際には狭い範囲で常に姿勢は揺ぎながら安定しています.この際,二者が互いに軽い身体接触を行うと,両者の姿勢の揺らぎが無意識的に類似すること(二者間姿勢協調)が知られています.これは,姿勢を制御するために用いている感覚情報に,パートナーの姿勢の揺らぎを反映した触覚情報が取り入れられるために生じると考えられています.一方,社会心理学的な知見によると,運動の二者間協調(模倣や身体同調などとも呼ばれています)は両者の社会心理学的な関係の良さを反映するとともに,良好な関係を形成する“社会的接着剤”として機能していることが知られています.しかし,これまでの研究では,立位姿勢の揺らぎという複雑で無意識的な運動の二者間協調に対して,社会的な関係の良さが影響しているかは明らかになっていませんでした.そこで研究グループは,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調と,相互作用する二者の社会的関係性との関係を検討しました.
実験では,既存の社会的関係(知人,友人または親友)にある同性ペアを対象に,それぞれパートナーへの関係性(親密度)を評価しました.その後,閉眼安静立位姿勢にて身体接触を行わない条件(非接触条件)と,接触による力学的影響を最小化するライトタッチという方法(約102g未満の接触力)で軽い身体接触を行う条件(接触条件)の姿勢の揺らぎを二者同時測定し,姿勢の揺らぎの類似性とペアの親密度との関係を分析しました.結果,対象者の自覚なしに接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認め,接触条件で無意識的な二者間姿勢協調を生じていることが確認されました.さらに,この姿勢協調の程度とペアの親密度との関係を分析したところ,左右方向(パートナーが立っている側)における姿勢協調の程度と親密度においては正の関係(親密度が高いほど姿勢の揺らぎが類似する)を示したのに対し,前後方向では負の関係(親密度が低いほど姿勢の揺らぎが類似する)を示しました. つまり,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調は,相互作用する二者の社会的な関係性(親密度)と関係していることが明らかとなりました.
本研究のポイント
■ 軽く身体に触れることで示される無意識的な姿勢の揺らぎの類似性は,相互作用する二者の親密度と関係することを明らかにしました.
研究内容
本研究では,身体接触による触覚情報から生じる無意識的な二者間姿勢協調と,相互作用する二者の社会的な関係性との関係を検討しました.実験は,既存の社会的関係(知人,友人または親友)にある同性ペアを対象に行い,はじめに,それぞれ別室でパートナーとの関係性を問う複数の心理アンケート行い,その結果をもとにパートナーへの親密度を評価しました.その後,安静立位姿勢にて軽い身体接触を行う条件(非接触条件)と,接触による力学的影響を最小化するライトタッチという方法(約102g未満の接触力)で軽い身体接触を行う条件(接触条件)(図1)の姿勢の揺らぎを二者同時測定し,測定後に「相手と自分の姿勢の揺らぎが似ていると感じたか」という問いに対する内省を得ました.
図1:実験条件
安静閉眼立位でパートナーの側方に位置し,示指でパートナーの示指に軽く接触を行います.
※軽く接触する程度はライトタッチ(約102g未満の接触力)の設定で行われています.
結果,対象者の自覚なしに接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認め(図2),接触条件で無意識的な二者間姿勢協調を生じていることが確認されました.
図2:姿勢の揺らぎの類似性
左右方向・前後方向の揺らぎともに,接触条件では非接触条件に比べて高い揺らぎの類似性を認めています.
さらに,この二者間姿勢協調の程度とペアの親密度との関係を,階層線形モデリングという個人とペアのデータ構造を扱う統計手法で分析したところ,左右方向(パートナーが立っている側)における姿勢協調の程度とペアの親密度は正の関係(両者が親密と感じているほど強く協調する)を示し,前後方向では負の関係(両者が親密と感じているほど協調は弱い)を示しました(図3)(図4).
図3:接触条件における二者間姿勢協調と親密度との関係
ダイヤが個々の値,丸がペアでの値を示します.いずれの値も左右方向における二者間姿勢協調の程度と親密度において正の関係を示しており,前後方向では負の関係が示されていることを確認できます.
図4:階層線形モデリングの結果
左右・前後ともに接触条件の揺らぎの類似性が,それぞれペアの親密度に対して正の関係,負の関係を示す要因であることを示しています.
この研究結果に対して研究グループは,良好な親密度は,姿勢制御のために用いられる感覚情報として,パートナーの揺らぎを反映した触覚情報を自身の揺らぎの情報よりも優先的に取り入れるように作用するため,二者間姿勢協調と親密度に関係が示されたと考察しています(図5).また,揺らぎの方向で関係が異なったことについては,側方に二者が近接して位置された立位条件で実験が行われており,左右方向において強くパーソナルスペースに侵入する設定になっていたことが要因ではないかと考察しています.
図5:本研究結果のモデル図
ペアの親密度がお互いのパートナーからの情報を取り込む程度を調整することを示しており,ペアの親密度が良好であれば合成された情報の多くに,パートナーの姿勢の揺らぎを反映した情報(自身の情報は相対的に減少)が含まれることを意味しています.
本研究の意義および今後の展開
本研究成果は,触覚情報を用いたヒトとヒトの姿勢運動制御の相互作用を理解する基礎的知見のひとつになるものと期待されます.また,この基礎的知見は,介護者やリハビリテーション専門家がバランス能力の低下した対象者の身体に触れ,姿勢や動作を介助することの社会心理学的意義の解釈を示唆しているものとも言えます.本研究により,二者間姿勢協調における社会心理学的側面の一部が明らかとなりましたが,運動学的側面や神経科学的側面の理解は未だ明らかになっていない点が多く,この点に対する更なる基礎研究が望まれます.さらに,今後はこのような二者間協調の視点をもって,療法士と患者などを対象とした臨床場面における研究展開も望まれます.
論文情報
Ishigaki T, Imai R, Morioka S.
Frontiers in Psychology. 2017
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 石垣 智也(イシガキ トモヤ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: p0611006@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp