小児の運動の不器用さに対する確率共鳴現象の効果

PRESS RELEASE 2020.3.31

学校生活・日常生活やスポーツ活動における様々な運動スキルに不器用さが現れることを特徴とする発達障害として発達性協調運動障害があります.発達性協調運動障害を有する児では,単に運動の不器用さに止まらず,自己肯定感・自尊心の低下や不安障害・抑うつの増加といった心理面への影響も懸念されています.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らは,中井昭夫 教授(武庫川女子大学),嶋田総太郎 教授(明治大学),前田貴記 講師(慶應義塾大学)らと共同で,コンパクトな確率共鳴装置を手首に装着することで,発達性協調運動障害を有する児の手先の器用さが改善することを明らかにしました.この研究成果はFrontiers in Neurology誌(Influence of stochastic resonance on manual dexterity in children with developmental coordination disorder: A double-blind interventional study)に掲載されています.

研究概要

発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder:DCD)とは,麻痺はないにも関わらず,協調運動技能の獲得や遂行に著しい低下がみられる神経発達障害の一類型です.その症状は,字が綺麗に書けない,ボタンが留められないといった手の微細運動困難から,歩行中に物や人にぶつかる,上手く走れない,縄跳びができないといった粗大運動困難,片脚立ちができない,平均台の上を歩けないといったバランス障害まで多岐に渡ります.DCDの頻度は学童期小児の5-6%と非常に多く,またDCDと診断された児の過半数が青年期・成人期にも協調運動困難が残存するとされており,DCDに対する有効なハビリテーション技術の開発は,ニューロリハビリテーション研究における喫緊の課題の一つとされています
一方で,古くから身体への微弱な機械的ランダムノイズ刺激は,感覚および運動機能を改善することが知られています.この改善は,確率共鳴(Stochastic Resonance:SR)現象と呼ばれ,例えば,感知できない程度の機械的ランダムノイズ刺激であっても,触覚感度が改善することやバランス,歩行,手指の運動といった運動機能が改善することなどが報告されています.また,このような改善は健常者だけでなく,脳卒中後片麻痺患者,パーキンソン病患者,脳性麻痺児でも観察されています.しかしながら,DCDを有する児に対するSR現象を用いた介入の報告は極めて少なく,その有効性は明確ではありませんでした.そこで畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らの研究グループは,二重盲検介入研究を行い,SR現象がDCDを有する児の手先の器用さに及ぼす影響を調査しました.その結果,SR装置によってSR現象を付与している際に,DCDを有する児の手先の器用さが有意に向上することが示されました.

本研究のポイント

■ DCDを有する児の手先の器用さに対するSRの影響を調査した.
■ DCDを有する児の手先の器用さは,SRを付与している際に向上した.
■ SRによる手先の器用さの改善効果は,SRの提供を止めると消失した.

研究内容

6~11歳までのDCDを有する児30名(平均年齢9.3歳,男児27名,右利き25名)が本研究に参加しました.参加児たちは,はじめにベースラインデータとして,DCDの国際標準評価法であるM-ABC2のテストを受けました.SRは子どもたちの両手首に装着された振動触覚デバイス(SRデバイス)による感覚閾値の60%の強度の振動触覚ランダムノイズ刺激によって提供されました.条件には,SRを提供するSRオン条件と,SRを提供しないSRオフ条件が設けられ,15名はSRオン⇒オフ⇒オン⇒オフの順で,残り15名はSRオフ⇒オン⇒オフ⇒オンの順で,手先の器用さテスト(微細運動機能テスト)を実施しました(図1).

fig.1

図1. 実施風景

その結果,手先の器用さテストの成績は,SRオン条件において,ベースラインデータおよびSRオフ条件と比較して,有意に向上しました(図2).

fig.2

図2. 結果 **:p<0.001,n.s.:有意差なし

本研究の意義および今後の展開

本研究結果は,SRの提供によってDCDを有する児の手先の器用さが即時的に改善することを示しました.
しかしながら一方で,SRによる改善効果は,その直後のSRオフ条件に持ち越されませんでした.したがって,今後はどのくらい長い時間装置を装着すれば,持ち越し効果が観察されるのか?さらにSR装置を装着している間,どのような運動を行えば,持ち越し効果が観察されるのか?といった持ち越し効果に関する研究が必要です.

関連する論文

Nobusako S, Osumi M, Matsuo A, Fukuchi T, Nakai A, Zama T, Shimada S, Morioka S. Stochastic resonance improves visuomotor temporal integration in healthy young adults. PLoS One. 2018 Dec 14;13(12):e0209382. doi: 10.1371/journal.pone.0209382. 
Nobusako S, Osumi M, Matsuo A, Furukawa E, Maeda T, Shimada S, Nakai A, Morioka S. Subthreshold Vibrotactile Noise Stimulation Immediately Improves Manual Dexterity in a Child With Developmental Coordination Disorder: A Single-Case Study. Front Neurol. 2019 Jul 2;10:717. doi: 10.3389/fneur.2019.00717

 

論文情報

Satoshi Nobusako, Michihiro Osumi, Atsushi Matsuo, Emi Furukawa, Takaki Maeda, Sotaro Shimada, Akio Nakai, Shu Morioka

Influence of Stochastic Resonance on Manual Dexterity in Children With Developmental Coordination Disorder: A Double-Blind Interventional Study

Frontiers in Neurology. 2021. doi: 10.3389/fneur.2021.626608

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
准教授 信迫悟志

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp