自己身体の認識能力と不安感が人工膝関節置換術後の術後痛に影響を与える
PRESS RELEASE 2014.09.24
膝痛を改善するために人工膝関節置換術という手術が行われます.この術後痛に関わる要因を検討した結果,自己身体の認識能力が低下した症状(neglect-like symptoms)と痛みへの過度の不安感(pain catastrophizing)が術後痛に関与していることが明らかになりました.このことからneglect-like symptoms に対するアプローチ方法の確立とともに,患者の不安を軽減させる患者教育が重要と考えられました.
近年,痛みは図1に示すような3つの側面が関わるとされています.特に近年は情動的側面と痛みとの関連が注目されています.そこで本研究ではこの概念を基に,人工膝関節置換術 (Total Knee Arthroplasty; TKA) の術後痛に,情動的・認知的要因がどのように関与するのかを検討しました.
図1.痛みに関わる3つの側面
対象は90名の人工膝関節置換術の患者さんを対象としました.方法は,機能的要因として感覚機能(関節位置覚、2点識別覚)と運動機能(関節可動域、筋力),情動的要因として痛みの破局的思考(pain catastrophizing scale;反芻・拡大視・無力感の下位項目に分類)と不安感(state-trait anxiety inventory)を,認知的要因としてneglect-like symptoms(NLS)を評価しました.また術後痛の程度はvisual analog scale(VAS)を用いて評価しました.
ちなみにNLSとは患肢の認識が低下する,身体性の問題であると考えられています.NLSはさらにmotor neglect(患肢の運動に過剰な注意を要する状態)とcognitive neglect(患肢そのものの認識能力の低下した状態)に分類されます.NLSの評価表を図2に示します.NLSはこれまで主に慢性疼痛患者が有する症状として多くの報告があり,痛みの増悪因子とされていますが,術後の急性痛への関与に関しては検討されていませんでした.
図2.neglect-like symptoms の評価方法
①痛い所は意識しなければ動かないですか. ②痛いところは自分の身体の一部ではないような気がしますか. ③痛い部位を思い通りに動かすためには,全神経を集中させる必要がありますか. ④痛い所が勝手に動くことがありますか. ⑤痛い所は感覚がない気がしますか. ①③:motor neglect ②⑤:cognitive neglect
術後痛を目的変数,その他の情動的要因と認知的要因を独立変数とした重回帰分析をおこなった結果,情動的要因であるpain catastrophizingの下位項目である反芻と,認知的要因のNLSのmotor neglectが術後痛に有意に関わることがわかりました(図3).
図3.術後痛に関わる因子の結果
またNLSの強度に関与する因子を検討するため,NLSを目的変数,感覚機能と運動機能を従属変数とした重回帰分析をおこなった結果,関節位置覚と関節可動域がNLSに有意に関わることがわかりました.(図4)
図4.neglect-like symptomsに関わる因子の結果
本研究の臨床的意義
術後痛の早期軽減はどのような手術でも大切な目標です.今回検討した因子であるneglect-like symptomsは,慢性疼痛患者ではその痛みに関与していることが報告されていますが,今回術後の急性痛でも痛みの強度に影響することが明らかになりました.現在術後のリハビリテーションは関節可動域訓練や筋力訓練が中心にされていますが,患肢の認識能力の向上をはかるリハビリテーションアプローチが必要であると思われます.しかしまだまだ解明すべき点が多くあり,今後も研究を継続していきます.
またpain catastrophizing scaleの反芻も関与する因子として抽出されました.これは痛みに過剰に固執してしまう精神状態を示しています.不要な不安とその固執を生まないような,患者様に安心感を与えられるような方法論を講じる必要があります.そのために我々は患者教育を充実させる活動を行っています.
こうしたことから、術後のリハビリテーションを改善していきたいと思っています.
論文情報
Yoshiyuki Hirakawa, Michiya Hara, Akira Fujiwara, Hirofumi Hanada, Shu Morioka. Influence of psychological factors and neglect-like symptoms on postoperative pain after total knee arthroplasty. Pain Res Manag. 2014 Aug 6. pii: 16344.
問い合わせ先
福岡リハビリテーション病院 リハビリテーション部
平川 善之 (ヒラカワ ヨシユキ)
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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周 (モリオカ シュウ)
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