第1回社会神経科学とニューロリハビリテーション研究会が開催されました!
平成26年10月11日(土)に第1回社会神経科学とニューロリハビリテーション研究会が開催されました.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターが発足後,初の研究会であり,約60名の方々にお越し頂きました.
本研究会は,ヒトの社会的行動に関連する既存の学問分野を超えた新しい視点での研究成果を取り入れながら,これまでのニューロリハビリテーション研究と融合・発展させるために,セラピストと研究者が集まりディスカッションすることを通じて,日本におけるこの分野の発展と推進に貢献することを目的として開催されました.
まず,森岡周教授によるOpening remarkからスタートしました.
「意欲」・「信頼関係」という臨床において非常に重要なキーワードについて,お話していただき,その中でも,「意欲」の「意」は外部に表出することで,「欲」は自己に内在するものであるため,意欲が出るということは外部の他者との関わりが重要であるという言葉がとても心に響きました.そして,リハビリテーションにおける患者さんとの信頼関係とは何かを問いただしていく必要があると再認識しました.
午前の部では,社会神経科学分野における研究を実践されている2名の先生に招待講演をして頂きました.
福島宏器先生(関西大学)には「共感と向社会的行動の神経基盤」と題して,先生が行われてきた研究成果も含めてご講演頂きました.自分に近しい人に対してより強く共感するという知見を脳科学的視点から再確認でき,他者理解のためには,まずは自己を知ろうとする手続きが必要であると再認識できるご講演をして頂きました.
また,川崎真弘先生(筑波大学)には,「社会的コミュニケーションにおける脳の同期現象」と題して,先生が行われてきた研究成果も含めてご講演頂きました.環境と相互作用して複雑に変化する人間の社会性を脳科学の視点から解明することの有効性を再認識し,医療者と患者様とのコミュニケーションの壁を軽減させる手法を創造することができるご講演をしていただきました.
指定演題として,本センターの冷水誠准教授が「他者を意識した目標設定が運動学習およびモチベーションに与える影響」を,私(大門恭平)が「2者の対話における身体動作の同調傾向と共感」,保屋野健吾が「視点取得と談話機能の関係」を発表させていただきました.
ポスターセッションでは,20演題の発表が行われ,70分間自由なディスカッションをする場が設けられました.リハビリテーション成立の基盤である社会的関係性に示唆を与える研究がたくさんあり,表情や対話の相互作用がたくさんみられたポスターセッションでした.
最後は松尾篤教授によるClosing remarkでした.EvidenceはEvidenceを活用する側と活用される側との人間関係があってはじめてEvidenceとなる.そして,日本人だからこそ生みだせるリハビリテーションの形があるというお言葉がとても心に響きました.この分野でリハビリテーションに関わる者だからこそすべき研究を創造したいと思いました.
最後になりましたが,この研究会に大学院生という立場で,自身の研究を発表できたことは,今後の私にとって大きな糧となりました.招待講演をして下さいました福島宏器先生,川崎真弘先生,参加していただいた皆様,本研究会の準備・運営にご協力いただいた関係諸氏,発表の場を与えて下さいました本学の先生方に深謝いたします.ありがとうございました.
畿央大学大学院健康科学研究科
修士課程2年 大門恭平
保護中: 第1回社会神経科学とニューロリハビリテーション研究会 抄録集について
ニューロリハビリテーションセミナー応用編が開催されました.
2014年9月27日(土)、28日(日)にニューロリハビリテーションセミナー応用編が開催されました.
素晴らしい秋空での開催となりました。
今回も遠方から300名以上の方々にお越しいただきました。せっかくなので,私(大住倫弘)の方から報告させてもらいます.
今回の応用編は,「情動」ではじまり「社会性」で締めくくりました。
松尾教授からは「情動と共感の神経機構」・「社会性の神経機構」の講座でした.「社会性」に関する講義は特に面白くて,シンプルに「人間っておもしろいなぁ」って感じることができたと思います.また,言語・表情・身体(ボディー)の一致性が,コミュニケーションには重要というところが印象深かったです.
私は「身体性の神経機構」を担当させていただきました.身体所有感・運動主体感についての研究を中心に説明させていただきました.分かりにくいところが多々ありましたが,臨床現場でよく聴取される身体に関する愁訴を捉えるための材料は提供できたかなと思っております.
前岡助教の「記憶・ワーキングメモリーの神経機構」の講座では,海馬・前頭前野が中心に取り上げられました.ワーキングメモリーは短期記憶という単純なものだけではないということがよく理解できたかと思います.
森岡センター長の「注意の神経機構」の講座では,スライドのアニメーションを駆使して,cue刺激を提示したりして,ボトムアップ処理とトップダウンの処理を皆さんに体験してもらいながら説明していただけました.あのような親切な説明を聴くことができるのもニューロリハセミナーだからこそかなと思います.
岡田助教の「姿勢制御・歩行の神経機構」の講座では,前庭,小脳,大脳小脳連関,CPGなどを中心にまとめられました.特に,近年非常に注目されている前庭機能についての最新の知見も取り入られており,大変勉強になったと思います.
信迫客員講師の「上肢の運動制御」の講座では,背側-背側経路,背側‐腹側経路,腹側経路の機能が中心に取り上げられました.この神経機構は,失行症状の発現機序を捉える上で非常に重要なものにもなります.信迫客員講師は,今年度は非常にやさしく分かりやすくまとめていただいたと感じました.
冷水准教授の「運動学習の神経機構」の講座では,いつもに増して笑いが多かったように感じます.運動学習における報酬の重要性を中心に取り上げながらの講義でした. 順モデル・逆モデルについても話題になりました.
次回は臨床編です!
様々な疾患に対するニューロリハビリテーションについての情報が提供されます.これからの臨床が少しでも良いものになっていくために頑張りますので,宜しくお願い致します.
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘
自己身体の認識能力と不安感が人工膝関節置換術後の術後痛に影響を与える
PRESS RELEASE 2014.09.24
膝痛を改善するために人工膝関節置換術という手術が行われます.この術後痛に関わる要因を検討した結果,自己身体の認識能力が低下した症状(neglect-like symptoms)と痛みへの過度の不安感(pain catastrophizing)が術後痛に関与していることが明らかになりました.このことからneglect-like symptoms に対するアプローチ方法の確立とともに,患者の不安を軽減させる患者教育が重要と考えられました.
近年,痛みは図1に示すような3つの側面が関わるとされています.特に近年は情動的側面と痛みとの関連が注目されています.そこで本研究ではこの概念を基に,人工膝関節置換術 (Total Knee Arthroplasty; TKA) の術後痛に,情動的・認知的要因がどのように関与するのかを検討しました.
図1.痛みに関わる3つの側面
対象は90名の人工膝関節置換術の患者さんを対象としました.方法は,機能的要因として感覚機能(関節位置覚、2点識別覚)と運動機能(関節可動域、筋力),情動的要因として痛みの破局的思考(pain catastrophizing scale;反芻・拡大視・無力感の下位項目に分類)と不安感(state-trait anxiety inventory)を,認知的要因としてneglect-like symptoms(NLS)を評価しました.また術後痛の程度はvisual analog scale(VAS)を用いて評価しました.
ちなみにNLSとは患肢の認識が低下する,身体性の問題であると考えられています.NLSはさらにmotor neglect(患肢の運動に過剰な注意を要する状態)とcognitive neglect(患肢そのものの認識能力の低下した状態)に分類されます.NLSの評価表を図2に示します.NLSはこれまで主に慢性疼痛患者が有する症状として多くの報告があり,痛みの増悪因子とされていますが,術後の急性痛への関与に関しては検討されていませんでした.
図2.neglect-like symptoms の評価方法
①痛い所は意識しなければ動かないですか. ②痛いところは自分の身体の一部ではないような気がしますか. ③痛い部位を思い通りに動かすためには,全神経を集中させる必要がありますか. ④痛い所が勝手に動くことがありますか. ⑤痛い所は感覚がない気がしますか. ①③:motor neglect ②⑤:cognitive neglect
術後痛を目的変数,その他の情動的要因と認知的要因を独立変数とした重回帰分析をおこなった結果,情動的要因であるpain catastrophizingの下位項目である反芻と,認知的要因のNLSのmotor neglectが術後痛に有意に関わることがわかりました(図3).
図3.術後痛に関わる因子の結果
またNLSの強度に関与する因子を検討するため,NLSを目的変数,感覚機能と運動機能を従属変数とした重回帰分析をおこなった結果,関節位置覚と関節可動域がNLSに有意に関わることがわかりました.(図4)
図4.neglect-like symptomsに関わる因子の結果
本研究の臨床的意義
術後痛の早期軽減はどのような手術でも大切な目標です.今回検討した因子であるneglect-like symptomsは,慢性疼痛患者ではその痛みに関与していることが報告されていますが,今回術後の急性痛でも痛みの強度に影響することが明らかになりました.現在術後のリハビリテーションは関節可動域訓練や筋力訓練が中心にされていますが,患肢の認識能力の向上をはかるリハビリテーションアプローチが必要であると思われます.しかしまだまだ解明すべき点が多くあり,今後も研究を継続していきます.
またpain catastrophizing scaleの反芻も関与する因子として抽出されました.これは痛みに過剰に固執してしまう精神状態を示しています.不要な不安とその固執を生まないような,患者様に安心感を与えられるような方法論を講じる必要があります.そのために我々は患者教育を充実させる活動を行っています.
こうしたことから、術後のリハビリテーションを改善していきたいと思っています.
論文情報
Yoshiyuki Hirakawa, Michiya Hara, Akira Fujiwara, Hirofumi Hanada, Shu Morioka. Influence of psychological factors and neglect-like symptoms on postoperative pain after total knee arthroplasty. Pain Res Manag. 2014 Aug 6. pii: 16344.
問い合わせ先
福岡リハビリテーション病院 リハビリテーション部
平川 善之 (ヒラカワ ヨシユキ)
Tel; 092-812-1555 FAX; 092-811-0330
E-mail; yutsuki0903@yahoo.co.jp
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周 (モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
大学院生の浅野さんが第2回日本赤ちゃん学会研究合宿で講演を行いました。
大学院生の浅野さんが第2回日本赤ちゃん学会研究合宿(http://www.er.ams.eng.osaka-u.ac.jp/hiroki/baby-science-young-researcher/)で講演を行いました!
以下は、浅野さんがレポートしてくれた内容です!
今回,講演者としてよばれたのは,兵庫県立リハビリテーション中央病院の中井昭夫先生,そしてカリフォルニア工科大学の下條信輔先生,そして私でした.
日本の発達性協調運動障害(DCD)研究の第一人者でもある中井先生の講演では,発達障害児の知覚世界や診断や分類についての基本的な知識についてわかりやすく解説してくださいました.
知覚や意識の研究で世界的にも著名な下條先生の講演では,先生ご自身が学生時代からどのような研究を進められてきたのかについて研究成果を紹介しながら解説していただき,赤ちゃん学研究の限界点や今後の期待について述べられていました.
私はというと、身体表象の発達からリハビリテーションへの応用について症例を中心に話させていただきました.実際の臨床の場で障害をもつ子どもたちが変化していく様を映像で見せることで少しでもさまざまな障害をもつ子どもの世界をわかっていただこうと思い,そのような構成にしました.最後には多くの質問や大きな拍手をいただいて非常に嬉しかったです.
質問のなかには,やはりその効果について,数名の症例発表での限界点について指摘も受けましたが,それに対して講演後に下條先生に以下のような心強いお言葉をいただきました.
「私が以前にアメリカの学会でラマチャンドランがあの幻肢痛に対するミラーセラピーの効果について一症例の発表をしたときにその場にいた.参加者のなかから一事例のうまくいった症例についての報告に対して批判的な意見が出た.そのときにラマチャンドランはこう返した.『ここに突然,言葉を話すブタが一頭現れたとしよう.そのとき皆はその脳内メカニズムについて一生懸命調べようとするだろ?』それは半分冗談交じりだったかもしれないが,すごく説得力のある反論だった」と.そして,一症例の圧倒的な成果を見せることはすごく重要だ.と言っていただきました.
下條先生は,現象学を知ってから知覚の研究に進まれたということでしたので,その辺の理解があるのだと感じました.
夜のポスター発表では,深夜の遅い時間まで皆さんとディスカッションでき,非常に有意義な時間を過ごすことができました.
今回,さまざまな分野で活躍されている研究者と交わりながら貴重な経験をすることができ,企画された日本赤ちゃん学会若手部会の先生方には本当に感謝しています.
最近はリハビリテーションとは異なる分野からの講演依頼が多いですが,今後も異分野の研究者との意見交換や交流を積極的に広げていき,視野を幅広く持てるように講演や発表など続けていきたいと思います.また,臨床現場において障害をもった子どもたちと今後も根気よく向き合っていきたいと思いました.
畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション学研究室
修士課程 浅野大喜
ニューロリハビリテーションセミナー応用編の事前テキスト配布について
9月27日(土)・28日(日)に開催される『ニューロリハビリテーションセミナー2014応用編』の事前テキストをweb配信いたします。
受講される方には申込時にご登録いただいたアドレスに、PDFファイル開封に必要なパスワードを記載したメールを配信いたします。
事前学習のうえ、当日セミナーに参加してください。
【問い合わせ先】
ニューロリハビリテーション研究センター事務局
TEL:0745-54-1602(畿央大学 総務部)
ニューロリハビリテーション研究室内で研究ミーティングを行いました!
ニューロリハビリテーション研究センターで研究ミーティングを行いました!
このミーティングは定期的に夜19時半から行っております。本日は博士後期課程の佐藤さんが、脊髄損傷者における痛みの研究の進捗状況を報告してくれました。詳細な内容はまだ公表できませんが、社会心理面までを含めた研究内容です。
ミーティングの様子を写真に撮ってみました。ご覧の通りミーティングルームはガラス張りで中身がオープンです(防音のため外からの音はほとんど入ってきません)。
ミーティングルームをオープンにすることによって、研究センター部門内の壁がなくなります。そうすることによって、幅広い視点から議論をすることができ、研究の方向性の幅が広がります!実際に、本日も多くの意見が飛び交いましたが、いくつかの問題も挙げられました。様々なものをクリアして何とか臨床現場にとって意義のあるものにしていきたいと思います!
第19回日本ペインリハビリテーション学会学術大会を開催しました。
平成26年9月6日(土)・7日(日)、大阪産業創造館にて第19回日本ペインリハビリテーション学会学術大会を開催いたしました。 今大会は大会長を森岡周先生(畿央大学大学院健康科学研究科主任・教授)が務められました。また事務局長を前岡浩先生(畿央大学健康科学部理学療法学科助教)が、学術局長を大住倫弘先生(畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター特任助教)が、総務局長を今井亮太先生(畿央大学大学院健康科学研究科)が務められ、準備委員長を私、信迫悟志(畿央大学大学院健康科学研究科客員講師)が務めました。 そして本学大学院神経リハビリテーション学研究室の多くの院生と本学健康科学部理学療法学科の学部生にご協力頂きました。
結果的には、参加者数280名となり、19回の本学会学術大会の歴史上、最多の動員数となりました。 これもひとえに、本学に関わる皆様の優れた社会的業績とそのご協力の賜物と、深く感謝しております。この場をお借りして、ご協力下さった皆様、そしてご参集頂いた皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
また内容としましても、今大会はテーマに「痛みに対するニューロリハビリテーションの確立」を掲げ、本学が推し進めているニューロリハビリテーションと本学会が綿々と積み上げてきたペインリハビリテーションとの癒合が図られた斬新かつ画期的なものとなりました。
森岡周教授による大会長基調講演では、痛みの慢性化における脳神経の構造的・機能的・化学的変化について、痛みの情動的側面と認知的側面に整理してご解説頂き、タイトル通り「疼痛に対するニューロリハビリテーションの確立に向けて」必要な情報提供をおこなって頂きました。
また今大会では、我が国において先駆けとなって痛みに対する集学的アプローチを導入された愛知医科大学より2名の先生に特別講演をお願いしました。
池本竜則先生(愛知医科大学運動療育センター)には特別講演Ⅰ「疼痛に対するリハビリテーションにおける脳機能の重要性」と題し、先生が行われてきた研究成果をご講演頂きました。fMRIを用いた痛みの可視化研究において、主観的な痛みを客観的な神経活動として捉えきれない一方で、疼痛患者さんが抱える認知変容の仕組みと、その認知を改善する取り組みの効果について、情熱的な語り口でご講演頂きました。先生は私のひとつ年上ですが、NPO法人いたみ医学研究情報センターの設立という積極的な社会的貢献も行っておられ、大変感銘を受けました。
特別講演Ⅱでは「脳と心からみた痛みの慢性化」と題して、西原真理先生(愛知医科大学学際的痛みセンター)にご講演頂きました。西原先生は精神科医という立場から、目に見える脳機能と目に見えない精神機能との関係性という観点から、痛みの慢性化に関わる様々な因子について、実際の症例報告も交えながら、ご講演頂きました。何か一つの側面に痛みの原因を求めるのは間違いであり、そのため多面的な評価が必要であるということ、そして痛みの治療は、医療従事者と患者との関係性から始まる(丸田俊彦先生のお言葉からの引用)という部分が非常に印象的でした。如何なる治療手段を選択したとしても、医療従事者側の表情・言葉がけ・態度が重要であることを改めて気付かされました。
昨年に引き続き、2つの教育講演も企画し、今大会では本学の前岡浩先生に教育講演Ⅰ「痛みの中枢機構(脊髄-脳)」と題して、痛みに関わる上行路および下行路、脳領域について基本的知見を概説頂きました。また城由起子先生(名古屋学院大学)には教育講演Ⅱ「痛みの多面的評価」と題して、痛みの感覚的・身体的因子のみならず、情動的・認知的・社会的因子についての評価手法と、それぞれの問題に対応したリハビリテーションアプローチを選択する実際についてご講義頂きました。
一般演題は、ケースディスカッション、リカレントセッションを含めて過去最多の39演題の発表が行われました。 内容は基礎から臨床まで多岐にわたるものでしたが、その中で最優秀演題として平賀勇貴先生(福岡リハビリテーション病院)の「人工膝関節置換術患者の術前、術後教育による破局的思考への効果」が選ばれました。本研究はビデオ視聴による術前・術後教育が破局的思考を低下させ、精神的健康を向上させることを明らかにしており、新規性に富み、なおかつ一般化可能な優れた研究でありました。
また優秀演題には井上雅之先生(愛知医科大学運動療育センター)の「難治性の慢性痛患者に対する認知行動療法に基づく学際的グループプログラムの有効性について」と石井瞬先生(長崎大学病院)の「保存的治療が適応となるがん患者に対する低強度の運動は身体活動量を向上させ、身体症状の改善やQOLの向上をもたらす」の2演題が選ばれました。 いずれも臨床研究であり、科学的信頼性の高い優れた研究でした。日本ペインリハビリテーション学会は今後、法人化、国会への提言、診療報酬へと進めていく予定となっていますが、その上でこの学術大会の一般演題はその学術力を担うことになります。今後の益々の発展が祈念されると同時に、自らも貢献すると心に誓いました。
今大会のフィナーレとして、「慢性疼痛に対するニューロリハビリテーション」と題したシンポジウムを開催し、本学の大住倫弘先生に加え、佐藤健治先生(岡山大学病院麻酔科蘇生科・ペインセンター)と河島則天先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所・本学ニューロリハビリテーション研究センター客員教授)にご登壇頂き、話題提供をして頂きました。
大住先生からは、CRPS症例を通じて、身体イメージという主観的現象を二点識別知覚、身体部位のポインティング、言語記述、描画、body perception scale、動作分析など様々な評価を屈指して理解し、その評価に基づいて適切なニューロリハビリテーション介入を選択していく手続きについてご報告頂きました。
佐藤先生からは、岡山大学病院で実践されている幻肢痛やCRPSに対するヴァーチャルリアリティ鏡治療についてご紹介頂きました。現在は簡便かつ継続意欲を高め、慢性疼痛を持つ患者さんであれば、誰でも、どこでも治療できるようにとの意図で、家庭版システムの開発にも着手されていることもご報告頂きました。 そして河島先生からは痛みという主観的体験を客観的に捉えるための新たな2つの方法と義肢やミラーセラピーによる具体的アプローチについてご報告頂きました。 とりわけ、研究の2つの指針、普遍的特性の探究とケーススタディの重要性についてのお話は、臨床しながら研究活動も行っている本学の多くの院生にとっても、私にとっても大きな方向性を与えられたと思います。しかしながら、いずれのご講演においても共通していたのは、運動・視覚・体性感覚の時間的・空間的一致性が「私の身体が私の身体である所以」であり、その身体性を取り戻すことが、痛みに対するニューロリハビリテーションの治療戦略であるということでした。 こうして考えると、身体性に関する研究は、慢性疼痛のみならず、脳卒中後の運動障害、そして病態失認・身体失認・半側空間無視などの高次脳機能障害の病態解明や治療開発にも繋がる深遠なテーマということができます。このシンポジウムでは、その重要性が明確になったものと思われます。
いずれにしましても、本学術大会は、ニューロリハビリテーションとペインリハビリテーションの癒合が行われた記念的大会となりました。 その大会に準備委員長として関われたことは、今後の私にとっての大きな糧になったと思います。 そしてこの学術大会の動員的成功は、関係諸氏から畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室と畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターが非常に注目されている証となりました。この期待に応えるべく、畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室と畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターは、その歩みを加速していきます。研究室および研究センターの皆さん、痛みに関わらずニューロリハビリテーションの発展・進歩に益々貢献していきましょう。 そして、痛みに携わる多くのセラピストの皆様、セラピストが直接的に貢献できること、セラピストに求められる内容も増え、基礎的にも臨床的にもペインリハビリテーションは確実に進歩しています。
次回、第20回日本ペインリハビリテーション学会学術大会は我が国における痛みに対する集学的アプローチ発祥の地・名古屋(大会長:名古屋学院大学 肥田朋子教授)にて開催される予定です。これから1年間のそれぞれの成果を持ち寄り、議論し、次の時代のペインリハビリテーションを共に創っていく機会にしましょう。 再三になりますが、本学術大会の準備・運営にご協力いただいた関係諸氏、参加していただいた皆様、協賛していただいた企業の皆様に深謝いたします。ありがとうございました。
畿央大学大学院健康科学研究科 客員講師 信迫悟志
運動によるセロトニンシステムの活性化が不安を軽減する
PRESS RELEASE 2014.09.16
近年,うつ病(気分障害)がわが国において社会的損失の大きな疾患第1位に位置づけられており,こころの病気は私たちにとって身近な問題となってきています. このような状況の中,運動を行うことがうつ病に効果があるという数多くの報告があります.しかし,なぜ効果があるのかといったメカニズムは明らかとなっていません.今回は,そのメカニズムを明らかにするためにセロトニンという神経伝達物質に着目して検証を行いました.
本研究では,運動することで気分が良くなるメカニズムを明らかにするため,運動するグループ(運動群)と運動しないグループ(コントロール群)に分け,気分のアンケート,尿中のセロトニン,脳波を測定し,運動することによるそれらの変化を確認しました.
※セロトニンは,ドパミンやノルアドレナリンといった他の神経伝達物質の調整を行うことで,気分や感情のコントロールを行っていることが知られています.セロトニンが枯渇することでうつ病をはじめとする気分障害やその他の精神疾患が発症しやすくなることが知られています.
運動群は30分間ペダリング運動(自転車こぎ)を実施し,その間コントロール群は安静に過ごしました.被験者は運動習慣のある20歳代の男女としました.
図1は運動群の運動前と運動後のアンケート結果です.運動前と比べて,運動後では不安が軽減し,活気が向上したことが分かります.一方,このような変化はコントロール群には起こりませんでした.
図1.気分のアンケート
尿中のセロトニン量は,運動前は運動群,コントロール群とも大きな差が無い状態でしたが,60分後には有意に運動群の方がコントロール群と比べて尿中セロトニン量が多い状態でした(図2).
図2.尿中セロトニン
脳波は,運動群において運動前と比べて運動後に前帯状回という脳部位(図3の青色部分)の活動が有意に低下していました.一方,コントロール群でそのような変化は見られませんでした.
※前帯状回は情動反応を調節する働きがあり,うつ病の責任領域ということが知られています.また,痛みにも関連があると言われています.
図3.脳波
また,尿中セロトニン量の変化率と,脳波による前帯状回の活動量の変化率の関係は強い負の相関を認めました.つまり,セロトニン生成量が増えるほど前帯状回の活動量が軽減するということが示唆されました.
図4.セロトニンと前帯状回の関係
本研究の臨床的意義
今回の結果から,運動することで気分が良くなるメカニズムとして,セロトニンの働きが重要ではないかと考えられます.さらに,脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患や整形疾患により,今まで通り運動できなくなった方々に対するリハビリテーションを行う上で,単純に身体として運動できないだけでなく,脳機能・精神に及ぼす影響を踏まえて関わっていく必要があると考えられます.
一方,今回は運動習慣がある若い方を対象としているため,今後は年齢や運動習慣などの要因の影響についても調べる必要があり,検討していきたいと考えています.
論文情報
Satoko Ohmatsu, Hideki Nakano, Takanori Tominaga, Yuzo Terakawa, Takaho Murata, Shu Morioka. Activation of the serotonergic system by pedaling exercise changes anterior cingulate cortex activity and improves negative emotion. Behav Brain Res. 2014 Aug 15;270:112-7. doi: 10.1016/j.bbr.2014.04.017. Epub 2014 May 6.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション研究室
博士後期課程 大松聡子 (オオマツ サトコ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: polaresfid@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周 (モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
身体の見た目の変化に伴う不快感が、痛みに与える影響を解明
PRESS RELEASE 2014.09.12
痛みは、様々な感覚により影響を受けます.例えば身体の大きさや色などの見た目を変化させると,痛みを軽減あるいは増幅する現象も報告されています.このような不思議な現象はもちろん個人によって差がありますが、この個人差が「何によって生じるのか」はこれまで明らかになっていませんでした. 本研究では個人差が生じる要因の一つとして身体の見た目を操作した時に生じる「不快感」に着目し,それをユニークな手法を用いて検証しました.
本研究では,身体の見た目を操作して「不快感」を引き起こせば、痛みが変化するのではないかと考えました.そしてその「不快感」を与えるために3つの特殊なダミーハンド(図1)を作成し,「この手は自分の手である」という錯覚を生じさせて,痛みの閾値(痛みを感じる最低の刺激量)を測定しました.
図1.4種類のダミーハンド
ダミーハンドが「自分の手である」と錯覚させるために,ダミーハンドを机の上に置き,自分の手が直接見えないようにその横に置いて,ダミーハンドと自分の手を同時に筆でなでられ続けました.(図2)
図2.実験イメージ
ねじれたダミーハンドに関してはそれほど錯覚が生じませんでしたが,傷ついたダミーハンドと毛深いダミーハンドは通常のダミーハンドと同程度の錯覚が生じました.それと同時に「不快感」も引き起こすことに成功しました.痛みの閾値に関しては,傷ついたダミーハンドに錯覚をした時では明らかに痛み閾値が低い結果となりました.つまり,傷ついたダミーハンドに「自分の手である」という錯覚が生じることで不快感が惹起され,痛みを感じやすくなるということが明らかになりました.
図3.実験結果
本研究の臨床的意義
近年バーチャルリアリティなどを用いて身体の見た目を変化させる痛みのリハビリテーション(ペインリハビリテーション)が報告されてきています.しかしながら鎮痛効果が一定していないのが現状です.今回の実験結果は,一定した効果が得られにくい要因の1つに自分の身体への「不快感」が関わっていることを示唆するものです.視覚フィードバックを用いた痛みのリハビリテーションの適応や改良の必要性を示唆するものであると考えられます。
また「皮膚が傷ついている」という見た目が主観的な痛みを強くするという本研究の結果は美容的な視点からも意義があります.怪我をした箇所の皮膚の管理が不十分であるために過度な乾燥や軽微な傷が目立つケースがよく見られますが、皮膚の管理をしっかり行い,身体の見た目を綺麗にすることによって,痛みの軽減が図られる可能性を示唆しています.
そのため今後は,痛みを抱える患者さんに美容的な視点からのアプローチも検討していきたいと考えています.
論文情報
Michihiro Osumi, Ryota Imai, Kozo Ueta, Satoshi Nobusako, Shu Morioka. Negative Body Image Associated with Changes in the Visual Body Appearance Increases Pain Perception. PLoS ONE 9(9): e107376. doi:10.1371/journal.pone.0107376
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住 倫弘 (オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp