歩行中の“身体軽量感”錯覚 -偶然発見された新たな錯覚現象-

PRESS RELEASE 2026.2.26

身体が重たいと感じることにより身体活動量が低下してしまい,心身の健康に悪影響を及ぼすことがしばしばあります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らは,偶然発見された特殊な視覚フィードバックを利用することによって,健常若年者において歩行中に身体軽量感の錯覚を誘発できる可能性について報告しました.この成果は,CREST(ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用)の一環として行われ,Frontiers in Psychology誌(The illusion of a “sense of body lightness” while walking: A preliminary exploratory study)に掲載されています.

本研究のポイント

■歩行中の身体軽量感錯覚を誘発できる可能性について視覚遅延フィードバック課題を用いて行った.

■身体軽量感錯覚は,主観的先行フィードバックによって誘発できる.

■身体重量感などの不快な主観的経験に対する手立てになる可能性を秘めている.

研究概要

錯覚現象は歴史的に知覚過程に関する情報を明らかにするために用いられてきました.最近の研究では,予測される体性感覚フィードバックと比較してわずかに遅れた視覚フィードバックを与えられた実験参加者が身体の重さを感じたと報告されています.これはフィードバック間のわずかな誤差が身体知覚にネガティブな影響を与えるということがいえます.身体重量感というネガティブな身体知覚は,心身への悪影響を及ぼすことが知られていますが,その解決策はわかっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,歩行中に身体の軽さを感じるという新たな錯覚現象について報告しました.30名の実験参加者がトレッドミル歩行中に「主観的に先行するフィードバック」を経験した際,9名が身体軽量感の錯覚が誘発されたと報告されています.この報告では,主観的に先行するフィードバックの生成方法,身体軽量感錯覚を誘発するメカニズム,およびこの錯覚の応用可能性について記載しています.フィードバック間のわずかな誤差の知覚は,ポジティブな効果も生む可能性について論じています.この研究は予備的・探索的研究な段階ではありますが,この新たな錯覚は医療・リハビリテーション分野だけでなく,拡張現実技術やその他の学際分野にも貢献する可能性を秘めています.

研究内容

身体が重たいと感じるその原因に感覚運動不一致が挙げられています.感覚運動不一致とは,脳内で予測されたフィードバックと実際のフィードバック間のわずかなズレ(不一致)の認識を指します.感覚運動不一致を実験的に扱う方法に視覚遅延フィードバックを用いた研究があります.以前に畿央大学の林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,視覚遅延フィードバックによって歩行中にも身体重量感を実験的に誘発できることを報告していました.しかし中には身体軽量感を報告する者が一定数存在することがわかっていましたが,その理由は不明なままでした.

ある日,研究チームが実験終了後に実験参加者の内省を聴取していると「遅れが大きくなりすぎると少し未来の自分を見ている状態になる.その時に身体が軽く感じる」という内容が報告され,研究チームが意図していなかった偶発的に作りだされた実験状況が身体軽量感錯覚に寄与する可能性が発覚しました.つまり身体軽量感の錯覚は,「主観的に先行するフィードバック」と予測されたフィードバック間の不一致によって誘発される可能性があると研究チームは提案しています.

歩行は周期運動であるため,1歩分に近い遅延を導入すると,先行する視覚フィードバックが生じ得ます.図1に示すように,ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイム(遅延時間:0ミリ秒)が立脚後期の場合,1000ミリ秒の遅延フィードバックは,前の歩行周期の立脚後期を見ている状況になります.また,わずかな遅延フィードバック(図1では立脚中期)によって身体重量感が誘発されることは以前の研究から明らかになっていました(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).一方で,ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期をフィードバックすると,実際は遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する状況を主観的に経験することができます.この特殊な状況を「主観的先行フィードバック」と研究チームは呼んでいます.主観的先行フィードバックは,身体軽量感錯覚を引き起こす可能性があり,本研究の目的はこれを体系的に調査することでした.

図1.主観的先行フィードバックの誘発条件

ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイムが立脚後期の場合,遅延時間0ミリ秒および1000ミリ秒のフィードバックは,どちらも立脚後期に対応します.わずかな遅延フィードバック(ここでは立脚中期)では,身体重量感が誘発されます(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期のフィードバックを提示すると,実際には遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する段階を主観的に経験することができます.

 

実験により,30名中9名で先行フィードバック時に明確な身体軽量感の錯覚が誘発したという結果が報告されています.本報告は予備的・探索的な性質のものですが,このシンプルなアイデアは,感覚運動不一致によって引き起こされる不快な主観的体験への介入手段として役立つ可能性が秘められています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

新たな錯覚現象の発見によって,身体知覚生起のメカニズムおよび発展可能性を展望することができました.

今後の研究では,身体軽量感を頑健に惹起する方法のさらなる探索をする必要があります.

論文情報

Hayashida K, Nishi Y, Osawa K, Inui Y and Morioka S (2026)

The illusion of a “sense of body lightness” while walking: a preliminary exploratory study.

Front. Psychol. 17:1741215.

・関連する先行研究

Hayashida, K., Nishi, Y., Inui, Y., & Morioka, S. (2025). Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback. Psychological research89(5), 139. https://doi.org/10.1007/s00426-025-02170-9

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 林田 一輝

教授 森岡 周

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入院中の脳卒中者はなぜ歩行を重要と認識しているか-歩行に関する語りから重要性を探索-

PRESS RELEASE 2026.2.22

脳卒中を発症すると,多くの人が歩行能力の低下を経験し,日常生活や社会参加にさまざまな影響を受けます.しかし,入院中の脳卒中者が,どのような理由で歩行を重要と捉えているのかについては,これまで十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の三枝 信吾 氏と森岡 周教授らは,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象にインタビュー調査を行い,歩行の重要性に関する認識を質的に分析しました.この研究成果は Frontiers in Neurology誌(Perceived importance of walking among hospitalized patients with stroke: A thematic analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

■回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者を対象に,歩行の重要性について半構造化インタビューを行い,質的に分析した.

■歩行は,日常生活の再開や健康の促進および機能低下の予防に加え,歩行に伴う不安,他者との関係性,歩行能力低下のラベリング,さらに社会環境とも深く結びついていることが明らかとなった.

研究概要

脳卒中を発症すると,多くの人が歩行能力の低下を経験します.歩行は移動手段としてだけでなく,日常生活の自立や社会参加,健康維持にも深く関わる重要な活動です.しかし,入院中の脳卒中者が,どのような理由で歩行を重要と捉えているのかについては,これまで十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の三枝 信吾 氏と森岡 周 教授らの研究チームは,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象に,歩行の重要性について半構造化インタビューを実施し,質的分析を行いました.その結果,歩行は発症前の生活を再開するための重要な要素として強調されていました.一方で,歩行は健康を維持するために重要ではあるが,環境への適応に対する不安も示されました.そして,参加者は歩行能力低下が他者との関係性に悪影響を及ぼすことを懸念していることや,他者からの視線を通じて脳卒中者として捉えられることを避けたいという思いも示されました.さらに,歩行の重要性は経済的負担や交通手段,外部支援の必要性といった,より広範な社会的課題にまで及んでいました.本研究は,入院中の脳卒中者が歩行を重要と捉える理由を質的に明らかにした初めての研究です.

研究内容

本研究では,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象に,歩行の重要性に関する対面での半構造化インタビューを実施しました.インタビューに先立ち,Community Integration Questionnairを用いて,発症前の生活状況や社会参加の背景を把握しました.次に,歩行の自立性,バランス,質,距離,速さの5つの歩行要素の中から,参加者が最も重要と認識している要素を選択してもらい,その理由について詳しく語ってもらいました.インタビューはすべて音声録音され,逐語録として文字起こしされた後,体系的にコーディングされてテーマを生成するための分析が行われました(図1).

図1.インタビューの手順と内容

結果,6つの主要なテーマが抽出されました.(1) 日常生活の再開:歩行は,発症前に行っていた活動や生活習慣に戻るために不可欠な要素として認識されていました.(2) 健康の維持および機能低下の予防:参加者は,歩行は健康を維持し,身体機能の低下を防ぐために重要であると捉えていました.(3) 歩行に伴う不安:参加者は,歩行時に生じる身体的および環境的な困難について語っていました.(4) 他者との関係性:歩行の困難さが,家族や周囲の人々との関係性に影響を及ぼす可能性について懸念が示されていました.(5) 歩行能力低下のラベリング:参加者は,自身の歩き方が他者からどのように見られているかを強く意識していました.(6) 社会環境:歩行は,仕事や交通手段といった,より広範な社会的要因と結びついていました.

研究グループは,これらの結果から,入院中の脳卒中者にとって歩行は,発症前の生活の再構築や健康の維持,人間関係および社会環境への再適応と深く関わる行為であると考えています.一方で,歩行は他者からの視線をはじめとする周囲との関係性といった心理社会的側面からもその重要性が形づくられており,今後の歩行リハビリテーションでは,身体機能や移動能力といった視点に加えて,個々人が認識する歩行観を踏まえた包括的な支援が必要であると考察しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究の臨床的意義は,理学療法士等が歩行リハビリテーションを行う際に,脳卒中者自身が歩行に見出している意味や価値に着目する必要性を示しています.今後は縦断データを使用し,時間の経過に伴歩行の捉え方の変化を検討する必要があります.なお、本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」における研究課題「ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用」の支援を受けて実施しました.

論文情報

Mitsue S, Ogawa T, Minamikawa Y, Shimada S and Morioka S (2026)

Perceived importance of walking among hospitalized patients with stroke: a thematic analysis.

Front. Neurol. 17:1742132.

・関連記事

本研究の出版報告は、NARRATIVE EMBODIMENT PROJECT(NARRA BODY)のウェブサイトにも掲載されています。

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 三枝 信吾

教授 森岡 周

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脳卒中後の体幹機能の構造を解明:4つの因子と難易度階層に基づく新しい評価モデル

PRESS RELEASE 2026.2.13

脳卒中者において,体幹機能の低下は座位保持や歩行,日常生活動作(ADL)の自立を妨げる主要な要因となります.これまで多くの体幹機能検査が開発されてきましたが,それぞれが評価する要素や難易度が異なり,統合的な解釈が困難でした.畿央大学大学院博士後期課程の田上 友希 氏と森岡 周 教授らは,既存の4つの体幹機能検査を統合的に分析し,脳卒中後の体幹機能が「静的座位」「基本動作」「動的座位(より挑戦的な課題)」「動的座位(挑戦的ではない課題)」の4つの因子で構成され,明確な難易度階層構造を持つことを明らかにしました.この研究成果はArchives of Physical Medicine and Rehabilitation誌(Integrated Structural Analysis of Trunk Function Assessment After Stroke – New Evaluation Model Based on Multiscale Factor Analysis and Rasch Analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

■急性期脳卒中者200名を対象に,既存の4つの体幹機能検査(TIS-V, TIS-F, FACT, TCT)を用いて,体幹機能の構成要素を検証しました.

■探索的因子分析とRasch分析を用いた結果,体幹機能は「静的座位」「基本動作」「動的座位(より挑戦的な課題)」「動的座位(挑戦的ではない課題)」の4つの因子に分類され,それぞれの難易度が段階的に高くなる階層構造を持つことが明らかになりました.

研究概要

脳卒中後の体幹機能障害は,ADLや歩行の予後を予測する重要な因子ですが,臨床現場では複数の評価尺度が混在しており,「どの検査がどの能力を測っているのか」が不明確なままでした.畿央大学大学院 博士後期課程 田上 友希 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,発症早期の脳卒中患者200名を対象に,代表的な4つの体幹機能検査(計38項目)を実施し,得られたデータを高度な統計手法(探索的因子分析およRasch分析)を用いて解析しました.その結果,脳卒中後の体幹機能は単一の構造ではなく,明確に異なる4つの因子から構成されていることを突き止めました.さらに,これらの因子間には難易度の順序性(静的座位<基本動作<動的座位[挑戦的ではない]<動的座位[より挑戦的])が存在することを証明しました.本研究は,脳卒中後の体幹機能の構造と階層性を初めて統計的に明らかにしたものであり,より個別化されたリハビリテーション介入への道を開くものです.

研究内容

本研究では,脳卒中後の体幹機能評価の構造を解明し,新しい統合的な評価モデルを構築することを目的としました.発症から48時間以内に離床が可能となった脳卒中患者200名を対象に,Trunk Impairment Scale (TIS-V, TIS-F),Functional Assessment for Control of Trunk (FACT),Trunk Control Test (TCT) の4つの評価尺度を用いて評価を行いました.

図1. 本研究で統合解析した体幹機能評価

収集したデータに対し,探索的因子分析(EFA)を行った結果,体幹機能は以下の4つの因子に分類されることがわかりました.

1,静的座位(Static sitting):座位姿勢の保持能力

2,基本動作(Basic movement):寝返りや起き上がりなど,支持基底面内での基本的な体動

3,動的座位・難易度低(Dynamic sitting – Less Challenging):支持基底面内での重心移動を伴う動作

4,動的座位・難易度高(Dynamic sitting – More Challenging):支持基底面外へのリーチや体幹回旋を伴う高度な制御

さらに,ラッシュ分析を用いて各因子の難易度を検証したところ,これらは並列な関係ではなく,静的座位や基本動作が容易で,動的座位(特に回旋や大きな重心移動を伴うもの)が最も困難であるという階層性を持つことが示されました.

図2.体幹機能の4因子と難易度階層

研究グループは,従来の評価法ではこれらの異なる要素が混在してスコアリングされていたため,患者の特異的な課題(例:静的保持はできるが,回旋を含む動的動作だけができない等)が見過ごされていた可能性があると考察しています.本研究で示された4因子モデルを用いることで,患者が「どの段階の」「どの因子」に問題を抱えているかを正確に把握することが可能になります.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,脳卒中後の体幹機能を「静的」「基本動作」「動的(低難度・高難度)」という4つの視点から整理し,その難易度順序を明確にした点にあります.これにより,リハビリテーション専門家は,単なる合計点での評価ではなく,患者の回復段階に応じた適切な目標設定(例:静的座位が確立したら,次は支持基底面内での動的課題へ進むなど)が可能になります.今後は,このモデルに基づいた短縮版の評価票(Keyform)の臨床応用や,各因子にターゲットを絞った介入プログラムの効果検証を進める必要があります.

 

論文情報

Tagami Y, Fujii S, Inui Y, Takamura Y, Nakao S, Takase K, Tomotake A, Shinbori N, Kitahara R, Morioka S.

Integrated Structural Analysis of Trunk Function Assessment After Stroke- New Evaluation Model Based on Multiscale Factor Analysis and Rasch Analysis.

Arch Phys Med Rehabil. 2026 Feb 5

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 田上 友希

教授 森岡 周

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平地の歩きから不整地の不安定さを予測 -ウェアラブルセンサーと機械学習で解析-

PRESS RELEASE 2026.2.10

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らは,脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから特定し,さらにそれらを平地歩行パラメータから予測できるかについて機械学習を用いて検証しました.脳卒中者は不整地歩行中に,上下の動揺,前後の規則性,前後のリズムに課題を抱えることが明らかとなりました.また,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示されました.この研究成果はScientific Reports誌(Identifying and predicting gait stability metrics in people with stroke in uneven-surface walking using machine learning)に掲載されています.

本研究のポイント

■腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を抽出した.

■脳卒中者は,健常者と比較して不整地歩行で上下の動揺の増加,前後の不規則性の増加,前後のリズムの低下を示すことが明らかとなった.

■平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地歩行での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の不規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示された.

研究概要

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らの研究チームは,自作の予測困難な摂動が生じる不整地路を用いて脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから特定し,さらにそれらを平地歩行パラメータから予測できるかについて機械学習を用いて検証しました.脳卒中者は不整地歩行中に,上下の動揺,前後の規則性,前後のリズムに課題を抱えることが明らかとなり,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示されました.本研究は,脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を特定し,平地歩行パラメータから予測した初めての研究です.

研究内容

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.

本研究では,腰部にウェアラブルセンサーを装着して自作の不整地路を歩行し(図1),得られた加速度データから線形・非線形指標19項目を算出した.これらの指標を入力として複数の機械学習分類モデルを構築し,脳卒中者と健常者の分類を行った.さらに,SHAPSHapley Additive ExPlanations)分析により,分類に寄与する指標を特定した.さらに特定された安定性指標を平地歩行パラメータか予測できるかについて機械学習回帰モデルを用いて検証しました.

図1.不整地路とウェアラブルセンサー

機会学習分類モデルの結果からは,複数のモデルで95%以上の識別精度があり(2)SHAP分析の結果,脳卒中者は不整地歩行中に,垂直方向の動揺を示すRoot Mean Squareの高さ,前後の不規則性を示すSample Entropyの高さ,前後のリズムを示すHarmonic Ratioの低さの寄与度が高いことが明らかとなりました(3)

図2.不整地歩行における脳卒中者と健常者の分類性能(ROC曲線)

GAN1000: Generative Adversarial Network(GAN)を用いてデータ数を 1000 に拡張したモデル; ctGAN200: Conditional Tabular GANを用いてデータ数を200に拡張したモデル;

ctGAN1000: Conditional Tabular GANを用いてデータ数を10000に拡張したモデル.

図3.機械学習分類モデルにおける特徴量の寄与(SHAP分析)

各安定性指標が脳卒中者と健常者の分類にどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP value(寄与度)を表してます.

また,機械学習回帰モデルの結果からは,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地歩行での垂直方向のRoot Mean Squareが大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後のSample Entropyに影響を与え,平地歩行でのHarmonic Ratioが不整地歩行でのHarmonic Ratioに影響を与えることが示されました(図4).

図4.機械学習回帰モデルにおける特徴量の寄与(SHAP分析)

不整地歩行における各安定性指標の予測に対して平地歩行パラメータがどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP value(寄与度)を表してます.RMS: Root Mean Square; EMG: Electromyography; BF: Biceps Femoris; HR: Harmonic Ratio; SampEn: Sample Entropy; BBS: Berg Balance Scale: IC: Initial Contact; RQA: Recurrence Quantification Analysis; sLE: short-time Lyapunov Exponent

研究グループは,これらの結果から,機械学習を用いて, ウェアラブルセンサーの計測結果から不整地歩行の安定性を多面的に評価できる可能性を示唆しています.また,平地歩行パラメータから不整地歩行での安定性を予測できる可能性があることは,屋外歩行獲得に向けた個別化されたリハビリテーションの開発に貢献すると考察しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,予測困難な摂動が生じる不整地を歩く際の脳卒中者の安定性低下について,健常者との違いを明らかにしており,リハビリテーション専門家が屋外歩行での安定性を捉える際に着目すべき点を示しています.さらに,不整地を安定して歩行するための平地歩行パラメータを明らかにしたことで,屋外歩行獲得のための個別化支援に貢献します.今後は,より高精度なモデルの構築や縦断研究へと発展する必要があります.

 

論文情報

Yasuhiro Inui, Yusaku Takamura, Yuki Nishi, Shu Morioka

Identifying and predicting gait stability metrics in people with stroke in uneven-surface walking using machine learning.

Scientific Reports. 2026

 

・関連する先行研究

Inui Y, Mizuta N, Hayashida K, Nishi Y, Yamaguchi Y, Morioka S. Characteristics of uneven surface walking in stroke patients: Modification in biomechanical parameters and muscle activity. Gait Posture. 2023 Jun;103:203-209.

Inui Y, Mizuta N, Fujii S, Terasawa Y, Tanaka T, Hasui N, Hayashida K, Nishi Y, Morioka S. Differences in uneven-surface walking characteristics: high-functioning vs low-functioning people with stroke. Top Stroke Rehabil. 2025 Dec;32(8):789-799.

Inui Y, Mizuta N, Terasawa Y, Tanaka T, Hasui N, Hayashida K, Nishi Y, Morioka S. Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis. Clin Biomech (Bristol). 2026 Jan 9;133:106747.

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 乾 康浩

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人工膝関節全置換術後早期には疼痛強度と運動が相互に関連し合う

PRESS RELEASE 2026.1.27

急性疼痛を経験した後,疼痛,運動恐怖,運動機能は互いに影響し合い,たとえ創傷や外傷といった痛みの原因が治癒した後であっても,これらの要素がネットワークを形成することで疼痛や運動機能低下が慢性化すると考えられています.畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程の古賀優之 氏(川西市立総合医療センター)と森岡周 教授らは,人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)を受けた患者を対象に,術前・術後1週・術後2週の縦断データを用いて,疼痛,運動恐怖,運動機能の時間的関係を交差遅延効果モデル(Cross Lagged Panel Model:CLPM)により分析しました.その結果,術後1週における運動の狭小化が術後2週の安静時痛強度を予測し,同様に術後1週における安静時痛強度が術後2週の運動の不規則さを予測するという双方向の関係が明らかになりました.本研究成果はEuropean Journal of Pain誌(Temporal relationship between pain/fear and knee movement disorder after total knee arthroplasty)に掲載されています.

本研究のポイント

TKA患者を対象に術前,術後1週,術後2週の3時点で,「痛み」や「動かすことへの恐怖心」,「膝関節の動かしにくさ」が測定されました.

解析の結果,術後1週時点における膝の曲がる角度(屈曲角度)が小さいほど,2週時点の安静時の痛みが強くなることや,術後1週時点での安静時の痛みが強いほど,2週時点の膝の動きが不規則でぎこちない(滑らかでない)ものになることが明らかになりました.

TKA術後1〜2週という極めて早い段階において,痛みと運動機能がそれぞれ異なる経路で互いに影響し合っていることが科学的に裏付けられました.この「悪循環」を断ち切るためには,術後1週から痛みを適切に管理しつつ,運動機能の改善を図る具体的な介入が不可欠です.

研究概要

人工膝関節置換術(Total Knee ArthroplastyTKA)は,膝の痛みを軽減し,生活の質を向上させる有効な治療法です.しかし,手術を受けた患者の約20%では,術後も痛みが長引いたり,運動機能の回復が十分に得られなかったりするという課題が残されています.「痛み」「動くことへの恐怖心」「運動機能(膝の動き)」といった要素は互いに関連しており,疼痛が遷延化する要因となります.しかし,術後早期において,「動かないから痛くなるのか」,「痛いから動かなくなるのか」といった時間的な順序や関係性については,十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程の古賀優之 氏(川西市立総合医療センター)と森岡周 教授らの研究グループは,TKAを受けた患者を対象に,手術前,術後1週,術後2週の時点で,痛み,動くことへの恐怖心,そして膝の運動機能を縦断的に調査しました.研究では,ベッド上で膝を曲げ伸ばしするシンプルな運動課題を実施し,膝の曲がる角度や動作の速度,動きの滑らかさといった運動の量と質の両面を詳細に分析しました.

解析の結果,術後1週時点で膝の曲がる角度が小さい(十分に動かせていない)ほど,術後2週の安静時の痛みが強くなることが予測されました.また,術後1週時点で安静時の痛みが強いほど,術後2週の膝の動きが不規則でぎこちないものになることが示されました.一方で,術後早期における「動くことへの恐怖心」は,術後2週の運動機能には直接影響していませんでした.この結果は,恐怖心が重要であるとされてきた従来の知見を踏まえつつも,術後早期においては「痛み」と「実際の動き」がより強く相互に影響し合っていることを示しています.多くの先行研究が,術後数ヶ月から数年といった長期的な経過に注目してきましたが,本研究は手術直後のわずか1週間の変化が,その後の回復過程に影響を及ぼす可能性を示しました.また,単に動きの速さや大きさだけでなく,「動きの滑らかさ(不規則性)」という目に見えにくい運動の質を数値化して評価に取り入れた点も,これまでにない新しいアプローチです.

これらの知見は,術後早期から痛みに配慮しつつ,適切に膝を動かすことが,その後の痛みの悪化を防ぎ,よりスムーズな動作の獲得につながる可能性を示唆しており,リハビリテーション戦略の改善に貢献することが期待されます.

研究内容

本研究は,術後早期における「疼痛強度」「動くことへの恐怖心」「運動機能(膝の動きの質)」といった要素が,時間の経過とともにどのように影響し合っているのかを明らかにすることを目的に行われました.評価は術前,術後1週,術後23つの時点で行われました.運動機能については,ベッド上で膝を最大限速く大きく曲げ伸ばしする運動課題を動画撮影しました.この映像を解析し,膝が曲がる角度や動かす速度,動きの滑らかさ(ぎこちなさ)といった指標を数値化しました(図1).また,課題直後に疼痛強度(運動時痛,安静時痛)と運動恐怖がVisual Analog Scaleにて評価されました.

図1.運動学的データの抽出と解析手順

下肢にマーカーを貼付して撮影された動画データをトラッキングし,角度変化の時系列データから速度,加速度が算出されました.経過良好例では速度変化で滑らかな曲線を示し,加速度変化でもほぼ乱れがありませんでした.一方,経過不良例では速度変化が不規則になり,加速度変化では細かなノイズが観察されました.

統計的な解析(Cross-Lagged Panel ModelCLPM)の結果,術後1週時点で膝の屈曲角度が小さい(十分に曲げられていない)ほど,術後2週の安静時の痛みが強くなることが予測されました.また術後1週時点での安静時の痛みが強いほど,術後2週の膝の動きが不規則でぎこちないものになることが示されました.一方で,今回の研究の範囲内(術後2週間まで)では,動くことへの恐怖心がその後の運動機能の低下に直接つながるという因果関係は見つかりませんでした(図2).

図2.疼痛,恐怖,運動学的データの時間的関連性

交差遅延効果モデル(CLPM)の解析結果から,術後1週の角度が術後2週の安静時痛を予測し,術後1週の安静時痛が術後2週のエントロピー(円滑さ)を予測していることがわかりました.

これらの結果から,手術直後の極めて早い段階において,「動きの制限」と「痛み」が互いを悪化させ合う特有の経路が存在するということが明らかとなりました.この知見は,リハビリテーションにおいて術後1週という「超早期」から,痛みを適切にコントロールしつつ,膝を動かす範囲をしっかりと確保する介入を行う重要性を示唆しています.単に歩けるようになることだけでなく,早期に「質の高いスムーズな動き」を取り戻すことが,痛みの慢性化を防ぐ鍵になるかもしれません.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究では,術後1週という「超早期」の運動制限がその後の痛みを予測し,逆に痛みが動きの質(不規則性)を悪化させるという具体的な相互作用の経路を特定しました.この知見は,遷延化リスクがある患者の早期特定や標的を絞った早期介入の検討につながるものであると考えられます.今後はより大規模なサンプルを長期間追跡することにより,慢性疼痛へ移行しやすい患者の特徴を明らかにし,「精密なリハビリテーション(Precision Rehabilitation)」戦略の策定に繋げていく予定です.

 

論文情報

Koga M, Fujii S, Nishi Y, Koyama K, Maeda A, Fujikawa K, Morioka S.

Temporal Relationship Among Pain, Fear, and Motor Function After Total Knee Arthroplasty: An Exploratory Study.

Eur J Pain. 2026 Jan;30(1):e70210.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 古賀 優之

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

脳卒中者が不整地を歩きつづけたときの歩き方の変化

PRESS RELEASE 2026.1.23

脳卒中者は,歩行障害を有することで,不整地を含む屋外の地域社会での歩行が困難となる場合があり,結果として社会参加を妨げ,生活の質に不利益をもたらします.さらに、脳卒中者は不整地上で長い距離を歩いた場合に課題を抱える可能性があります.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らは,脳卒中者と健常者が80mの不整地を歩行した際の距離に応じた変化の違いを検証しました.この研究成果はClinical Biomechanics誌(Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

■健常者と脳卒中者の不整地歩行中の距離に応じた変化の特徴の違いを自作の不整地路を用いて評価しました.

■脳卒中者は,不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で,健常者とは異なり踵接地の際に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数が低下することが明らかとなりました.

研究概要

脳卒中者は,中枢神経系の損傷により歩行障害を有し,不整地を含めた屋外の地域社会での歩行が困難になります.これは,社会参加を妨げ,生活の質の低下にもつながります.また、脳卒中者は不整地上で長い距離を歩いた場合に課題を抱える可能性があります.畿央大学大学院  博士後期課程 乾 康浩 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,自作の予測困難な摂動が生じる不整地路を用いて,脳卒中者が80mの不整地行中の歩行速度,体幹の加速度,麻痺側の関節運動,および下肢筋電図振幅と周波数を計測し、脳卒中者と健常者で歩行距離に応じた変化の特徴の違いを分析しました.その結果,脳卒中者は, 不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で健常者とは異なり踵接地の際に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数が低下することを明らかにしました.本研究は,健常者と脳卒中者の不整地歩行中の距離に応じた変化の違いを明らかにした初めての研究です.

研究内容

本研究では,脳卒中者が予測困難な摂動が生じる不整地80mを歩行する際の距離に応じた歩行パラメータ変化を健常者と比較することを目的とし,自作の不整地路(図1)を用いて検証しました.

図1. 不整地路と実験環境

実験で得られたデータから,歩行速度,歩行安定性を評価するための3軸の体幹の加速度のRoot Mean Square,麻痺側下肢の最大関節角度,麻痺側下肢の筋電図振幅と瞬間平均周波数を算出しました.その結果,脳卒中者は, 不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で,健常者とは異なり踵接地時に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数低下がみられました(図2).

図2. 不整地歩行中の脳卒中者と健常者の歩行パラメータの変化の違い

研究グループは,この結果のうち,脳卒中者が不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節角度を維持したことは不整地への適応と考えています.一方で,前脛骨筋の筋電図振幅を増大せずに足関節背屈角度が低下したことは皮質脊髄路損傷による神経駆動の低下に起因し,中殿筋の周波数が低下したことは疲労の可能性があると考察しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,予測困難な摂動が生じる不整地を歩く際の距離に応じた変化について,脳卒中者と健常者の違いを明らかにしており,リハビリテーション専門家が脳卒中者の屋外歩行の適応や疲労を考える際に着目すべき点を示しています.今後は,より長い距離での歩行パラメータの変化や非麻痺側を含めた戦略の特徴を調査する必要があります.

 

論文情報

Yasuhiro Inui, Naomichi Mizuta, Yuta Terasawa, Tomoya Tanaka, Naruhito Hasui, Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Shu Morioka.
Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis.
Clinical Biomechanics, Volume 133, 2026, 106747.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 乾 康浩

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

身体知覚の変容のカギは「うずく・引きつる」痛み-機械学習による検証-

PRESS RELEASE 2025.12.23

痛みを有する患者の中には,「自分の身体がどこにあるかわからない」,「身体の大きさや位置が変に感じる」といった身体知覚の変容を経験する場合があります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの重藤隼人 客員研究員(京都橘大学助教)と同センター長の森岡周 教授らは,機械学習手法の一つであるSHAP(SHapley additive exPlanations)解析を用いて,複数の痛みの性質(かじられるような痛み,刃物でつき刺されるような痛み,割れるような痛み,気分が悪くなるような,ちくちくする,焼けるような痛み,ひきつるような痛み,うずくような痛み,鋭い痛み)が身体知覚異常と関連することを明らかにしました.特に,運動感覚に関わる痛みの性質(ひきつるような痛み,うずくような痛み,かじられるような痛み)が身体知覚の変容に強く影響することが示され,痛みの性質に基づいた評価および介入戦略の重要性が示唆されました.この研究成果はArchives of Physical Medicine and Rehabilitation誌(Pain qualities associated with body perception disturbances: insights from machine learning and SHapley additive exPlanations)に掲載されています.
なお,本研究は厚生労働科学研究補助金(種々の症状を呈する難治性疾患における中枢神経感作の役割解明とQOL向上,社会啓発を目指した領域統合他施設共同疫学研究班)の研究成果になります.

本研究のポイント

■機械学習(SHAP解析)を用いて,痛みの性質と身体知覚の変容との関連を定量的に解析しました.

複数の痛みの性質が身体知覚異常と関連することを明らかにしました.

特に「ひきつるような痛み)」,「うずくような痛み」,「かじられるような痛み」といった運動感覚に関連することが示唆されている痛みの性質が,身体知覚の変容に強く影響することが示されました.

研究概要

疼痛患者は,痛みだけでなく「自分の身体がどこにあるかわからない」,「身体の大きさや位置が変に感じる」といった身体知覚の変容を経験することがあります.身体知覚異常は痛みの重症度と関連し,運動感覚に関連する痛みの性質とも関連することが示唆されていますが,どのような痛みの性質が身体知覚の変容と関連しているのかは明らかになっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの重藤隼人 客員研究員(京都橘大学助教)と森岡周 センター長・教授らの研究チームは,疼痛患者を対象に身体知覚の変容と痛みの性質の関連性について検証しました.身体知覚の変容および痛みの性質について質問紙を用いて評価した上で,機械学習(SHAP解析)を用いて,痛みの性質が身体知覚異常にどのように影響するかを定量的に解析しました.その結果,複数の痛みの性質が身体知覚異常と関連し,特に「ひきつるような痛み」,「うずくような痛み」,「かじられるような痛み」といった運動感覚に関わる痛みの性質が身体知覚の変容に強く影響することを明らかにしました(図1).

図1.研究の概要

本研究では,各痛みの性質の身体知覚の変容にどれだけ貢献しているか機械学習手法(SHAP解析)を用いて検証しています.

研究内容

本研究の目的は,筋骨格系疼痛患者を対象に機械学習を用いて痛みの性質と身体知覚異常との関連を明らかにすることでした. 質問紙評価を用いて,身体知覚の変容(Fremantle Back Awareness Questionnaire: FreBAQ)と痛みの性質(Short-Form McGill Pain Questionnaire-2:SFMPQ-2)を評価し,機械学習(SHAP解析)を用いて,各痛みの性質が身体知覚の返答にどれだけ貢献しているかを示す寄与度を可視化・定量化しました. SHAP分析の結果,「ひきつるような痛み」が最も身体知覚異常への寄与度(SHAP値)が高いことが明らかになりました(図2).また,運動感覚に関連する痛みの性質でもある「うずくような痛み」も寄与度が高いことが明らかになりました.

図2.身体知覚異常に対する各痛みの性質のSHAP値(寄与度)

各痛みの性質が身体知覚の変容にどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP値(寄与度),各点が個別の患者の痛みの性質スコアを表してます.特に「ひきつるような痛み」が最も高い寄与度を示しています.

 

さらに,各対象者における痛みの性質の寄与度(SHAP値)と身体知覚変容スコアとの相関分析の結果,複数の痛みの性質(かじられるような痛み,刃物でつき刺されるような痛み,割れるような痛み,気分が悪くなるような,ちくちくする,焼けるような痛み,ひきつるような痛み,鋭い痛み)が身体知覚の変容と高い相関(r > 0.7)を示しました.特に運動感覚に関連する痛み(かじられるような痛み,ひきつるような痛み)が高い相関を示しており,運動感覚に関連する痛みの性質が身体知覚変容の病態と関連していることを示唆しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,特定の痛みの性質が身体知覚の変容に関連する可能性を示しています.特に,運動感覚に関連する痛みの性質を訴える患者に対しては,感覚運動連関に焦点を当てた評価やリハビリテーションアプローチが有効である可能性が考えられます.

論文情報

Shigetoh H, Koga M, Tanaka Y, Hirakawa Y, Morioka S.

Pain qualities associated with body perception disturbances: insights from machine learning and SHapley additive exPlanations.

Arch Phys Med Rehabil. 2025 Dec 3:S0003-9993(25)01070-6.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 重藤 隼人

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
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「重り×速度」が脳による歩行修正を促進-重り負荷は「速く歩く」ことで中枢神経系の適応を引き出す-

PRESS RELEASE 2025.12.1

歩行には、脚の重さや速さの変化による誤差を感知し、徐々に動きを修正・適応・学習する機能があります。畿央大学大学院健康科学研究科(修了生/現 トヨタ記念病院)の本川剛志氏と森岡周教授(畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター・センター長)らは、健常成人を対象に「片脚への重り」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習効果に与える影響を検証しました。その結果、単に重りをつけるだけでなく、「重い×速い」という高強度の条件下でのみ、歩幅や関節運動に顕著な学習(遅延適応)と、重りを外した後も効果が続く現象(残効)が確認されました。これは、リハビリテーションにおいて歩行の修正を促すには、負荷と速度を組み合わせた強度の設計が重要であることを示唆する成果です。この研究成果はHuman Movement Science誌(Effects of Unilateral Leg Weight Perturbation Intensity on Spatiotemporal Gait Parameter Symmetry and Lower Limb Muscle Activity: An Exploratory Laboratory Study in Healthy Adults)に掲載されています。

本研究のポイント

「重い×速い」高強度条件のみで、歩幅や関節角度などの空間的指標に学習効果(遅延適応・後効果)が認められました。

一方、スイング時間などの時間的指標には学習効果が生じず、脳による学習よりも即時的な調整に依存することが示唆されました。

負荷と速度の条件により筋活動パターンが異なることから、リハビリにおける適切な「処方設計(重さ・速さ)」の重要性が示されました。

研究概要

 私たちの脳には、歩行中に脚の重さや環境が変化しても、その誤差を感知して少しずつ動きを修正し、最適なパターンを学習する能力(適応)が備わっています。この学習効果は、重りなどの刺激を外した後もしばらく残ることがあり、これを「残効(aftereffects)」と呼びます。 リハビリテーションの現場では、脳卒中などによる歩行の左右非対称性を改善するために、片脚に重りをつけて歩く手法が用いられます。しかし、どのような「重さ」と「歩行速度」の組み合わせが、脳(中枢神経系)による効果的な運動学習を引き出すのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。

 畿央大学大学院 健康科学研究科(修了生/現所属:トヨタ記念病院)の本川剛志氏、同大学 ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授らの研究チームは、健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミルで歩く実験を行いました。実験では、負荷の強度を変えるために「軽い×速い」「重い×遅い」「重い×速い」という3つの条件を設定し、歩幅(ステップ長)の対称性や関節の角度、筋肉の活動パターンがどのように変化するかを詳細に解析しました。

 その結果、最も負荷が高い「重い×速い」条件においてのみ、歩行中に徐々に対称性が改善していく「遅延適応」という学習プロセスが明確に観察されました。さらに、重りを外した後も強い「残効」が現れ、歩幅や膝・股関節の動きに学習効果が定着しやすいことが示されました。 一方、他の2条件(軽い×速い/重い×遅い)では、重りを外した後の「残効」は見られましたが、歩行中の明確な「遅延適応」は生じませんでした。これは、負荷が不十分な場合、脳が積極的に動きを予測して修正する(フィードフォワード制御)までには至らない可能性を示唆しています。また、歩行のリズム(時間的指標)は空間的な動き(歩幅など)とは異なり、学習効果が残りにくいことも明らかになりました。

 本研究の新規性は、歩行の左右差を修正するためには、単に重りをつけるだけでなく、「速く歩く」ことを組み合わせた高い強度の負荷設定が、脳の学習機能を最大限に引き出す鍵であることを体系的に示した点にあります。 この知見は、「どの脚に、どれだけの重さをつけ、どのくらいの速さで歩けばよいか」という、効果的なリハビリテーションプログラムを設計するための科学的な根拠となります。今後は、実際に歩行障害を持つ患者さんへの応用が期待されます。

研究内容

 歩行中に脚の重さなどの環境が変化すると、私たちはその誤差を感知して動きを修正し、徐々に新しいパターンを学習します(遅延適応)。この学習効果は、環境が元に戻っても一時的に残存すること(後効果)が知られています。本研究では、リハビリテーションへの応用を見据え、「重さ(負荷量)」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習プロセスにどのような影響を与えるかを検証することを目的としました。

 健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミル歩行を行う実験を実施しました(図1)。条件は、負荷(体重の3%または5%)と速度(3.5 km/hまたは5.0 km/h)を組み合わせた「軽い×速い」「重い×遅い」「重い×速い」の3パターンとし、別日にランダムな順序で測定しました。 各条件のプロトコルは、ベースライン(5分)重りありの適応期(10分)重りなしの脱適応期(5分)とし、ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性、下肢屈伸角度、筋活動を計測しました。

図1.実験環境および条件とプロトコルの概略

データ解析では、各時期(ベースライン:BL、適応期:EA/LA、脱適応期:EP/LP)から10歩ずつを抽出し、統計的に比較しました。

 実験の結果、最も高強度である「重い×速い」条件においてのみ、ステップ長の対称性と下肢屈伸角度の両方で、明瞭な遅延適応(徐々に対称性が改善する現象)と、強い後効果が確認されました(図2、3)。 一方、「軽い×速い」や「重い×遅い」条件では、ステップ長には後効果が見られましたが、関節角度の変化に顕著な後効果は認められませんでした。また、時間的な指標である「スイング時間の対称性」は、どの条件でも後効果を示しませんでした。

図2.ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性の変化

各時期の定義 ・BLBaseline):ベースライン期終盤の10歩 ・EAEarly Adaptation):適応期開始直後の10歩 ・LALate Adaptation):適応期終了直前の10歩 ・EPEarly Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)開始直後の10歩 ・LPLate Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)終了直前の10

図3.下肢の関節角度(屈伸)における遅延適応と後効果

歩行周期全体を通した関節角度の変化(SPM1D解析)。 上段の**「低重量/高速度」条件では、重り側(摂動側)の振り出し動作において、初期(EA)から後期(LA)にかけて元の動きに戻る遅延適応が見られた(上部赤矢印)。 下段の「高重量/高速度」条件では、重りをつけていない側(非摂動側)において遅延適応**(下部赤矢印)が生じ、重りを外した後には両脚の蹴り出し動作(立脚後半)に強い後効果が出現した(右側赤枠)。これらの結果は、条件によって学習の現れ方が異なることを示している。

 

 これらの結果から、重い負荷と速い歩行の組み合わせは、感覚的な誤差信号と筋肉への出力要求を高め、その場しのぎの修正(フィードバック制御)だけでなく、脳による予測的な制御(フィードフォワード制御)を強く動員させると考えられます。これにより、空間的な運動パターン(歩幅や関節角度)の学習が促進されたと解釈されます。対照的に、時間的なリズム調整は即時的な反応に依存しやすく、学習効果が残りにくい特性があることが示唆されました。 本研究は、歩行のリハビリテーションにおいて、「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」**という処方設計が、再学習の効果を決定づける重要な要素であることを示しています。

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究は、「重さ×速さ」の強度が歩行学習の効果を左右し、特に「高負荷×高速度」条件が空間的パターンの学習を強く促進することを実証しました 。これは、リハビリテーションにおける「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」という科学的な処方設計の基盤となります 。今後は、脳卒中後の歩行障害に対する安全性を検証しつつ、個々の歩行特性に合わせた負荷設定や、日常歩行への波及効果を含めた臨床ガイドラインの構築を目指します。

 

論文情報

Motokawa T, Terasawa Y, Nagamori Y, Onishi S, Morioka S.

Effects of unilateral leg weight perturbation intensity on spatiotemporal gait parameter symmetry and lower limb muscle activity: An exploratory laboratory study in healthy adults.

Hum Mov Sci. 2025 Nov 4;104:103426.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

修士課程修了生(現所属:トヨタ記念病院) 本川剛志

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 森岡 周

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脳卒中患者の「二重課題歩行」の安定性、普段の歩行パターンから予測可能に

PRESS RELEASE 2025.11.16

脳卒中後、歩行中に同時に他の作業を行うとバランスを崩しやすくなることがあります。畿央大学健康科学研究科の北郷龍也氏、日本福祉大学健康科学部の水田直道助教、畿央大学健康科学研究科の蓮井成仁氏、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授らの研究グループは、通常歩行時の体幹の揺れや筋活動のパターンが、二重課題(歩行中に計算などを行う課題)歩行時の安定性に関係していることを明らかにしました。本研究の新規性は、二重課題歩行中の不安定さを、通常歩行中の特徴から予測できることを実証した点にあります。この成果は、転倒予防や脳卒中患者における歩行リハビリテーションの個別化に貢献するもので、今後の効果的な治療プログラム開発につながると期待されます。この研究成果はJournal of Electromyography and Kinesiology誌(Factors Influencing Instability during Dual-Task Walking in Stroke Patients)に掲載されています。

本研究のポイント

■単一課題歩行中の歩行速度、体幹加速度(RMS)、体幹動揺の規則性(サンプルエントロピー)を用いて、二重課題歩行時における不安定性の程度が予測可能であることを明らかにしました。

二重課題歩行時には、単一課題歩行時に比べて体幹の揺れや筋の共収縮が増加し、これらの変化が歩行速度の低下と関連していることが示されました。

本研究では、二重課題歩行中の不安定性を単一課題歩行の特性から予測可能であり、転倒リスク評価や個別化されたリハビリテーション介入の根拠に資する基盤が示されました。

研究概要

脳卒中を経験した多くの方々は,歩く際にバランスを崩しやすくなったり,転びやすくなったりすることがあります.さらに,日常生活では「歩きながら会話する」「考え事をしながら移動する」など,複数のことを同時に行う場面が頻繁にあります.しかし,脳卒中の後遺症を持つ方は,このような“二つのことを同時にこなす”状況,つまり「二重課題」に特に弱く,バランスを崩しやすくなることが知られています.

このような背景のもと,畿央大学健康科学研究科の北郷龍也,日本福祉大学健康科学部の水田直道 助教,畿央大学健康科学研究科の蓮井成仁,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周 教授らの研究グループは,二重課題歩行時の不安定さを,単一課題歩行時の特性から予測できるかを検証しました.研究には30名の脳卒中患者が参加し,通常歩行(単一課題)と,計算などの課題を同時に行う二重課題歩行を比較.その際の歩行速度や体幹の揺れ,体幹の動きの複雑さなどを計測・分析しました.

その結果,単一課題歩行時の「歩行速度が遅い」「体幹の動きが大きい」「体幹の動きのリズムが不規則」といった特性が,二重課題歩行時の不安定さと強く関係していることが明らかになりました.つまり,複雑なタスクをしながらの歩行に不安がある人は,通常の歩行時にもすでに特有の不安定な動きが表れているということです.

この研究の新規性は,これまで感覚的・経験的に語られがちだった「二重課題に弱い」という問題を,具体的な身体データによってその特徴を定量的に示した点にあります.これにより,転倒リスクの早期発見や,認知と運動を組み合わせた個別リハビリテーション計画の立案が,より科学的な根拠をもって進められる可能性が広がります.

研究内容

脳卒中を経験した多くの方々は、歩く際にバランスを崩しやすくなったり、転びやすくなったりすることが知られています。さらに、歩きながら別の作業(例えば、計算や会話など)を同時に行う二重課題歩行では、よりバランスを失いやすくなります。しかし、脳卒中後の患者がなぜ、このような不安定さを感じやすいのか、通常の歩行との関連性については十分に解明されていませんでした。

本研究では、脳卒中後の患者30名を対象に、単一課題歩行(通常の歩行)と二重課題歩行(歩行中に引き算を行う)の両方において、慣性センサーと筋電図を用いて体幹の動きや筋活動を測定しました。その結果、二重課題歩行時には通常歩行時に比べて歩行速度が低下し、体幹の揺れ(RMS)や体幹動揺の規則性(サンプルエントロピー)、下肢筋の共収縮が増加することが明らかになりました(図1)。

また、単一課題歩行から二重課題歩行における歩行速度低下率は臨床評価と有意な相関を示しませんでしたが、同時収縮指数、サンプルエントロピー、RMSにおいては有意な負の相関を示しました(図2)。

さらに、通常歩行時の歩行速度、体幹の揺れ、体幹動揺の規則性が、二重課題歩行時の不安定性を予測する因子であることを統計的に示しました。

図1.単一課題および二重課題条件下での体幹加速度、下肢筋活動、および歩行評価

左および中央パネル:単一課題歩行時(a)および二重課題歩行時(b)における体幹の前後方向、側方方向、垂直方向の加速度;単一課題歩行時(c)および二重課題歩行時(d)における前脛骨筋およびヒラメ筋の筋活動.右パネル:条件間における単脚支持時間対称性指数(e);RMS(f);サンプルエントロピー(g);同時収縮指数(h)の箱ひげ図.

図2.歩行速度低下率と臨床評価および歩行評価との関連性

この研究の新規性は、これまで歩行中の認知課題が与える影響だけに着目されていた「二重課題における問題」を、通常時の歩行特性データによって予測できる可能性を示した点にあります。これにより、脳卒中リハビリテーションの新戦略や、歩行の個別化治療の設計に貢献できる可能性があります。

本研究の臨床的意義および今後の展開

脳卒中後における歩行不安定性が、単一課題歩行時の特性から予測可能であることを示し、二重課題歩行時の転倒リスク評価に新たな視点を提供しました。今後は、単一課題歩行の指標を活用した新規リハビリテーションの効果検証と、認知機能負荷に対応したトレーニングプログラムの開発を行う予定です。

 

論文情報

Ryuya Kitago, Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Shu Morioka

Factors Influencing Instability during Dual-Task Walking in Stroke Patients

J Electromyogr Kinesiol. 2025 Oct 26;85:103077

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 北郷 龍也

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

歩行中の予測誤差検出 -視覚遅延フィードバックを用いた感覚運動不一致-

PRESS RELEASE 2025.10.3

運動をより良くするためには,いかに予測誤差を検出できるかが重要となりますが,これまでの研究では上肢運動課題に特化したものがほとんどでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員らは,健常成人を対象とした歩行中の予測誤差検出実験により,歩行パラメータや身体の重量感,不一致検出率が遅延時間とともに増加し,これらのデータは観察の視点に依存しないことを明らかにしました.この成果は,Psychological research誌(Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedbackに掲載されています.

本研究のポイント

■「歩行中」の予測誤差検出能力の評価について視覚遅延フィードバック課題を用いて行いました.

■歩行パラメータ(ステップ時間・ストライド時間),身体の重量感,不一致検出率は遅延時間の増加に伴い上昇しました.

■また,これらのパラメーターは観察する視点に依存しないことが明らかになりました.

研究概要

脳損傷後のリハビリテーションでは,動こうとしたときに脳が予測する感覚と,実際の感覚とのわずかなずれ(誤差)を認識できる能力がとても重要です.これまでの研究では,腕や指の動きを使ってこの能力が調べられてきましたが,実際に患者にとって最も必要とされる「歩行中」での仕組みはよく分かっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員らの研究チームは,歩行中の誤差を認識する能力について実験を行いました.健常な人がトレッドミル上を歩くときに,その歩いている自身の映像の動きを段階的に遅延させ,その「わずかな遅れ」に気づけるかどうかの実験を行いました.その結果,歩くリズムや自分の体の重さの感じ方,そして遅れに気づく割合は,映像の遅延が大きくなるほど高まることが分かりました.さらに,自身の映像を横から見ても後ろから見ても結果は同じで,観察する視点に左右されないことも確認されました.これらの成果は,歩行リハビリにおいて「感覚と運動を統合する力」を新たに評価する方法の開発につながる可能性が示されました.

研究内容

本研究の目的は,健常者を対象としたトレッドミル歩行中の視覚フィードバック遅延実験において,歩行パラメータ,身体の重量感,遅延誤差検出率の影響を臨床でも応用可能な形で調査することでした.また,リハビリ場面で一般的に用いられる歩行中の矢状面(左側)または前額面(後方)による視覚フィードバックが誤差検出課題に与える影響も不明でした.したがって,もう一つの目的として,異なる観察視点によって影響されるかどうかも調査しました(図1).

図1.実験手続き

 参加者は,トレッドミル歩行中の姿をカメラで撮影され,リアルタイムに前方のモニターに映し出された.このフィードバックには遅延が設けられ,その遅延に気づいたかどうかの判断が求められた.遅延判断と同時に身体重量感も聴取された.歩行パラメータは加速度計にて計測された.

 

実験の結果,歩行パラメータ(ステップ時間・ストライド時間),身体の重量感,不一致検出率は遅延時間の増加とともに上昇し,これらのデータは観察視点に依存しないことが判明しました.本研究は,歩行中の患者の感覚運動統合機能を評価する手法開発に向けた重要な示唆を提供すると考えられます(図2).

図2.実験の結果

 左:不一致(遅延)検出確率曲線を表す.遅延時間の増加に伴い,遅延判断(Yes)の回答確率が上昇していることがわかる.右上:遅延時間増加に伴う身体重量感の変化を表す(7段階評価).右下:遅延時間増加に伴うステップ時間の変化を表す. *p<0.05

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究は,歩行中の患者の感覚運動統合機能を評価する方法を開発するための重要な手がかりになる可能性が考えられます.

今後は脳卒中などの神経疾患患者への応用を行う予定です.

 

論文情報

Hayashida K, Nishi Y, Inui Y, Morioka S.

Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback.

Psychol Res. 2025 Sep 8;89(5):139. doi: 10.1007/s00426-025-02170-9.

 

関連する論文情報

Hayashida K, Nishi Y, Matsukawa T, Nagase Y, Morioka S.

I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in the unpredictable situation whether negative outcomes.

Conscious Cogn. 2024 Jan;117:103622. doi: 10.1016/j.concog.2023.103622. Epub 2023 Dec 14.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 林田 一輝

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp