パーキンソン病の起立動作能力低下に関連する臨床症状および生体力学的特性の解明
PRESS RELEASE 2025.6.9
パーキンソン病(PD)患者の起立動作(Sit-to-Stand: STS)障害は,上肢補助なしで評価することにより,時間延長,起立失敗,離臀(りでん)失敗へと段階的に進行しますが,それぞれの段階に特異的な臨床症状および生体力学的要因は明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の岩井將修氏と岡田洋平教授らは,PD患者と健常者を対象に,上肢補助なしでのSTS動作を床反力計により評価しました.その結果,STS動作の段階的な進行には,体重移動能力の段階的な低下が関連することを示しました.また,STS動作の遅延は,臀部加速などの生体力学的異常と関連し,起立失敗は下肢寡動や足部の早期減速と,また離臀失敗は,姿勢制御機能の低下が強く関連することも示しました.本研究により,PD患者のSTSの障害の早期の進行に伴い,主たる関連要因が変化することが初めて明らかになりました.これらの知見は,動作障害の段階に応じた評価と予防的介入の基盤となるため,臨床的意義が極めて高いものです.本研究成果はMovement Disorders Clinical Practice誌(Clinical and Biomechanical Factors in the Sit-to-Stand Decline in Parkinson’s Disease)(IF: 4.0)に掲載されました.
本研究のポイント
■パーキンソン病患者の上肢補助なしの起立動作(Sit-to-Stand: STS)を,成功群・起立失敗群・離臀失敗群に分類し,床反力計による生体力学的要因の評価と臨床評価により各段階の特徴を検討した.
■STS能力の段階的な低下に伴い,体重移動能力も段階的に低下することが示された.
■各段階には特異的な生体力学的要因や臨床症状が関与しており,時間延長には臀部加速の低下,起立失敗には下肢寡動と足部早期減速,離臀失敗ではバランス機能の低下が特に関与することが示された.
研究概要
パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者の起立(Sit-to-Stand: STS)動作の障害は,早期から段階的に進行することが知られていますが,各段階における臨床症状や生体力学的特性の違いは十分に解明されていませんでした.PD患者のSTS動作の障害の進行を予防するためには,早期の異常を的確に捉え,その関連要因について理解することは極めて重要です.
畿央大学大学院博士後期課程の岩井將修氏と岡田洋平教授らは,PD患者と健常高齢者を対象に,上肢補助なしのSTS動作を床反力計で解析しました.その結果,PD患者ではSTS動作能力が段階的に低下し,時間延長,起立失敗,離臀失敗へと進行すること,および各段階で異なる主因子が関与することを初めて明らかにしました.具体的には,STS動作の遅延には体重移動能力の低下や臀部加速の異常が,起立失敗には下肢寡動と足部早期減速が,離臀失敗にはバランス機能の低下が関連していました.本研究は,PD患者のSTS障害の進行様式とそれに関与する要因を体系的に明示した初の研究であり,段階別の個別介入設計に資する重要な知見です.
研究内容
本研究では,パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者における起立動作(Sit-to-Stand: STS)の障害が,上肢補助なしの動作では,時間延長・起立失敗・離臀失敗と段階的に進行することに着目し,それぞれの段階に関連する臨床症状および生体力学的因子を明らかにすることを目的としました.本研究では,健常高齢者とPD患者を対象に上肢補助なしSTS動作の評価を床反力計上で実施し,健常高齢者群,STS動作成功群,起立失敗群,離臀失敗群の4群に分けました(図1).
生体力学的指標としては,体重移動能力や加速,減速力やその発揮のタイミング,反復動作の頻度などを計測しました(図2).また,臨床評価として,各運動症状(Movement Disorder Society-sponsored revision of the Unified Parkinson’s Disease Rating Scale part 3:MDS-UPDRS part3),バランス能力(Mini-Balance Evaluation Systems Test: Mini-BESTest),下肢筋力の評価を実施しました.
その結果,STS動作の段階的な進行には,体重移動能力の段階的な低下が関連することを示しました.また,STS動作の遅延は,臀部加速などの生体力学的異常とも関連し,起立失敗は下肢寡動や足部の早期減速と,また離臀失敗は,姿勢制御機能の低下が強く関連することも示しました(図3).
これらの結果から,STS動作の早期の障害の段階的な進行には,臀部から足部への体重移動能力の低下が一貫して関与することが示されたが,各段階において,特異的に関連する運動力学的要因や臨床症状が存在する可能性が示唆されました.本研究結果は,PDのSTS障害の早期の異常を捉え,有効な予防介入戦略を検討する上で基盤となる重要な知見となると考えられます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究結果は,PD患者のSTSの早期の障害とその変化,そして関連する臨床症状や生体力学的特性に関する理解を促す基礎的な知見となり,障害の進行を予防するための介入戦略を検討する上で極めて重要な知見である.今後は,本研究結果を踏まえたPDのSTS障害に対する介入の効果検証や着座動作の障害に対する検討も進めていく予定である.
論文情報
Masanobu Iwai, Shigeo Tanabe, Soichiro Koyama, Kazuya Takeda, Yuichi Hirakawa, Ikuo Motoya, Yuta Okuda, Yutaka Kikuchi, Hiroaki Sakurai, Yoshikiyo Kanada, Mami Kawamura, Nobutoshi Kawamura, Yohei Okada.
Clinical and Biomechanical Factors in the Sit-to-Stand Decline in Parkinson’s Disease
Movement Disorders Clinical Practice, 2025
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 岩井 將修
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 岡田 洋平
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp
パーキンソン病患者のベッド動作の自立度低下に関連する要因
PRESS RELEASE 2025.6.2
パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者は,進行とともにベッド動作(寝返り・起き上がり・寝転がり)の自立度が低下しますが,その関連要因については十分に明らかにされていませんでした.
畿央大学大学院博士後期課程の成田雅氏と岡田洋平教授らは,109名のPD患者を対象に,日中のベッド上動作の自立群/非自立群に分類し,上肢の筋強剛と体軸症状が,すべてのベッド動作の非自立と関連していることを初めて実証しました.また,寝返りの非自立には体幹伸展筋力の低下が関連することも示しました.本研究は,従来明確でなかった各ベッド上動作の自立度低下に関連する要因について包括的に解析し,明らかにした点で新規性があり,ベッド動作の自立度低下を予防,改善するための有効な介入戦略の発展に寄与することが期待されます.この研究成果は,Journal of Movement Disorders誌(Factors associated with the decline ofin daytime bed- mobility independence in patients with Parkinson’s disease: A cross-sectional study)(IF: 2.5)に掲載されています.
本研究のポイント
■パーキンソン病患者109名を対象に,日中のベッド動作(寝返り・起き上がり・寝転がり)の自立と関連する要因について包括的に検証した結果,上肢の筋強剛と体軸症状が全動作に共通する非自立の要因であることが示されました.
■各動作には特異的な要因も存在し,寝返りには体幹伸展筋力が関与し,進行期の起き上がり・寝転がりには認知機能が関与することが示唆されました.
■これらの関連要因の理解に基づく介入戦略が,PD患者のベッド動作の自立度低下の予防,改善,介護負担の軽減に寄与することが期待される.
研究概要
パーキンソン病(PD)は,進行に伴ってベッド上での寝返りや起き上がり,寝転がりといった動作が困難になり,自立度が低下していきます.畿央大学大学院の成田雅氏と岡田洋平教授らの研究チームは,日中におけるベッド上動作の自立度に着目し,Hoehn and Yahr stage 2〜4のPD患者109名を対象とした横断的観察研究を実施しました.本研究では,「寝返り」「起き上がり」「寝転がり」の3つの動作について,運動症状(筋強剛,寡動,振戦,体軸症状),頸部・体幹・股関節筋力,認知機能との関連を包括的に評価しました.
その結果,上肢の筋強剛と体軸症状は,寝返り・起き上がり・寝転がりの全動作に共通して非自立と強く関連する主要因子であることが明らかになりました.さらに寝返りの非自立には体幹伸展筋力の低下も関与していました.Hoehn and Yahr stage 4の患者群に限定した分析では,起き上がりや寝転がりの非自立群において,**Mini-Mental State Examination(簡易認知機能検査)のスコア低値およびTrail Making Test Part A(注意機能検査)**の時間延長がみられ認知機能と注意機能の低下が関連することも示されました.
これらの結果から,上肢の筋強剛や体軸症状に対する介入に加え,個別化した認知機能への支援を含む早期介入が,ベッド動作の自立度維持に寄与する可能性が示唆されました.今後は,これらの関連要因の理解に基づく介入戦略が,PD患者のベッド動作の自立度低下の予防,改善,介護負担の軽減に寄与することが期待されます.
研究内容
本研究は,パーキンソン病(PD)患者における日中のベッド動作の自立度低下に関連する臨床的因子を明らかにすることを目的とした横断的観察研究です.Hoehn and Yahr stage 2〜4のPD患者109名を対象に,寝返り,起き上がり,寝転がりの3つの動作について,左右両方向に3回ずつ実施し,全て自力で完遂できた場合を「自立」,補助(介助やベッド柵利用)を要した場合を「非自立」と判定しました.自立・非自立の判定はビデオ記録に基づき,理学療法士2名が独立に評価し,全例で一致しました.
同時に,運動症状(筋強剛,寡動,振戦,体軸症状),頸部・体幹・股関節の筋力,認知機能(MMSE,TMT)を評価し,各動作の自立・非自立との関連性を包括的に解析しました.
その結果,すべてのベッド動作において上肢の筋強剛と体軸症状が非自立と有意に関連しており,さらに寝返りでは体幹伸展筋力の低下も関与していることが明らかになりました.
さらに,ロジスティック回帰分析により各動作の非自立を予測する多変量モデルを構築し,寝返り(AUC=0.84),起き上がり(AUC=0.78),寝転がり(AUC=0.92)において良好な識別性能が示されました.
また,Hoehn and Yahr stage 4の患者に限定したサブ解析では,起き上がり・寝転がりの非自立群において認知機能が有意に低下しており,Mini-Mental State Examinationスコアの低値およびTrail Making Test Part Aの所要時間延長が,注意・実行機能の低下との関連を示しました.
以上より,PD患者における日中のベッド動作の自立度低下には,上肢の筋強剛や体軸症状に加えて,進行期には注意・認知機能の関与も重要であることが示唆され,今後の有効な介入戦略の構築に向けた科学的基盤となることが期待されます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,パーキンソン病(PD)患者における日中のベッド上動作の自立度に影響する臨床的因子を,動作ごとに詳細に解析した初の横断的観察研究であり,上肢の姿勢保持および体幹起こしがすべての動作に共通する重要な要因であることを明らかにしました.Hoehn and Yahr stage 4に限定したサブ解析では,起き上がり・寝転がりの両動作においては,認知機能の低下が影響することが示されました.これにより,進行期PDでは姿勢制御機能に加えて認知機能要因が動作自立に大きく影響することが示唆されました.
本研究の臨床的意義としては,患者のベッド上動作の自立の難易度を的確に把握し,動作ごとの課題に基づく介入戦略策定や,自立度低下の予防,改善,介護負担の軽減につなげることが期待されます.
今後は,ベッド上動作の自立に関連する要因を経時的に評価する縦断的調査や,初期・OFF期での動作評価,さらに介入効果の検証にも取り組んでいく予定です.
論文情報
Masaru Narita, Kosuke Sakano, Yuichi Nakashiro, Fumio Moriwaka, Shinsuke Hamada, Yohei Okada
Journal of Movement Disorders, 2025
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 成田 雅
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 岡田 洋平
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp
6-7歳児における運動イメージの使用は未熟:2つの運動イメージ課題からの証拠
PRESS RELEASE 2025.5.29
運動イメージ(motor imagery: MI)とは,実際に身体を動かすことなく,頭の中でその運動を想像する動的な認知プロセスです.MIは「運動の計画と実行に関わる行為表象」とされており,意図形成,運動の計画,運動プログラムの構築という点で,実際の身体運動と機能的に同等であると考えられています.このMIの使用は,成人では十分に発達していることが知られていますが,小児における発達過程は十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科の信迫悟志 教授らの研究チームは,6〜13歳の定型発達児を対象に,2種類のMI課題(手の左右識別課題と両手結合課題)を用いて,年齢によるMI能力の発達変化を詳細に検討しました.この研究成果は,Human Movement Science誌(The use of motor imagery in 6–7-year-old children is not robust: Evidence from two motor imagery tasks)に掲載されています.
研究概要
本研究では,6〜13歳の定型発達児50名を対象に,子どもたちがどれだけ正確に手のMIを想起できるかを評価するため,2種類のMI課題を実施しました.1つ目は最も代表的なMI課題である手の左右識別(hand laterality recognition: HLR)課題(図1)で,モニター上に提示されるさまざまな角度・向きの手の画像を見て,それが左手か右手かをMIを用いて判断するものです.この課題では,正答率や正反応時間(RT)に加えて,生体力学的制約(身体の動きにくさ)効果や手の姿勢の効果の有無を指標とし,子どもたちのMIの使用の程度を測定しました.2つ目はニッチなMI課題である両手結合(bimanual coupling: BC)課題(図2)で,次の3条件が含まれます.片手条件:利き手でまっすぐな線を繰り返し描く.両手条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,他方の手で同時に円を描く.MI条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,非利き手で円を描いているのを頭の中でイメージする(実際には動かさない).BC課題では,利き手で描いた反復直線を計測し,各条件で描かれた線の歪みの程度を楕円化指数(ovalization index: OI)として算出し,特にMI条件のOIから片手条件のOIを減算した値(イメージ干渉効果: Imagery Coupling Effect: ICE)は,MIが適切に想起できていることの定量指標となります.さらに,微細運動技能も測定し,MIとの関連性も検討しました.
本研究のポイント
■6〜7歳児では,どちらの課題においてもMI使用の証拠が明確には見られなかった.
■HLR課題では,年齢が上がるにつれてRTの短縮と正答率の向上が認められ,MI能力が発達的に向上することが示された.
■一方で,BC課題では,6〜13歳の間でICEに明確な年齢差は見られず,年齢とICEとの間の相関関係も示されなかった.
■どちらのMI能力も微細運動技能と有意に関連していた.
研究内容
HLR課題
6〜13歳の子ども50名を対象に,HLR課題とBC課題,および微細運動技能検査を実施しました.得られたデータは,年齢群(6–7歳,8–9歳,10–11歳,12–13歳)間の比較および相関分析を通じて,MIの発達的変化と,MIと微細運動技能との関連を検討するために用いられました.6〜7歳児では,生体力学的制約効果(身体で取りやすい姿勢の手画像でRTが短くなる効果)が見られず,MIの使用が不十分である可能性が示されました(図3).一方,8歳以上の群では生体力学的制約効果が明確に観察され,年齢に伴ってMI能力が向上することが示されました(図3).また,正答率やRTにおいても,年齢とともに有意な改善が確認されました(図4).
BC課題
ICE(片手で線を描きながら他方の手の円描きをイメージすることで線が歪む効果)は,8歳以上では見られたものの,6〜7歳児では観察されませんでした(図5).ただしICEは,全体的に年齢差が小さく,HLR課題ほど明確な発達的変化は観察されませんでした(図6).
これらの結果から,子どものMIの発達変化を捉える上で,HLR課題の方がBC課題よりも感度が高い可能性が示唆されました.実際,HLR課題によって測定されたMI指標は,年齢の増加に伴って指数関数的に向上していました.一方でBC課題は,実際の運動遂行に加えて,実行機能やワーキングメモリといった高次認知機能も求められる二重課題です.そのため,年齢とともにMI能力が向上する一方で,運動機能や認知機能の発達により干渉効果が弱まることで,両者がトレードオフの関係となり,結果として年齢による変化が見えにくくなっていた可能性があります.
さらに,微細運動技能とHLR課題におけるRT,およびBC課題のMI条件におけるOIとの間に有意な相関が見られ,MI能力と微細運動技能が関連していることも明らかになりました(図7,図8).
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,MI能力が6〜7歳児においてはまだ十分に発達しておらず,年齢とともにその能力が向上することを,2種類のMI課題を用いて明らかにしました.特に,HLR課題は,MIの発達的変化を鋭敏に捉えることができる評価手法であり,MI能力の成熟過程を把握するうえで有用であると考えられます.一方で,BC課題もMIと実際の運動や認知機能との統合的な発達を評価できる手法として有用です.特に,干渉効果の変化は,運動制御や実行機能の成熟を反映する指標となり得ます.MI能力単体の評価にはHLR課題が適していますが,BC課題は,より複合的な認知−運動機能の発達過程を捉えるのに適した課題といえます.
また,MI能力は微細運動技能とも関連していることが示されており,MI評価は運動技能の発達指標としても臨床的意義があることが示唆されました.今後,発達性協調運動障害(DCD)や自閉スペクトラム症(ASD)など,神経発達症の子どもたちに対してMI課題を応用することで,運動障害の特性理解や介入効果の評価,さらにはリハビリテーションや運動学習支援への応用が期待されます.
論文情報
Nobusako S, Tsujimoto T, Sakai A, Yokomoto T, Nagakura Y, Sakagami N, Fukunishi T, Takata E, Mouri H, Osumi M, Nakai A, Morioka S.
Hum Mov Sci. 2025;101: 103362.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
行為主体感(Sense of Agency)の時間的許容幅は若年成人期に最大となる
PRESS RELEASE 2025.5.29
人は自分の行動とその結果を結びつけ,「自分が動かした」「自分が行なった」という感覚――すなわち行為主体感(Sense of Agency: SoA)を日常的に経験しています.このSoAは,実際の動作とその結果の間にどの程度の時間的ズレがあっても「自分の行為の結果」と感じられるかという「時間的許容幅」によって支えられており,この幅が広いほど柔軟で適応的な行動が可能になると考えられます.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授と慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の前田貴記 専任講師らの研究チームは,6歳から83歳までの189名を対象に,このSoAの時間的許容幅が生涯発達の中でどのように変化するかを明らかにしました.その結果,若年成人(20〜25歳)において最も時間的許容幅が広がることが示され,この時期がSoAの発達における重要な転換点である可能性が示唆されました.この研究成果は,Cognitive Development誌(Developmental changes in the time window for the explicit sense of agency experienced across the lifespan)に掲載されています.
本研究のポイント
■若年成人(20〜25歳)では,SoAの時間的許容幅(PSE)が他の年齢群(学齢期児童,青年期,成人,高齢者)よりも有意に長かった.
■PSEは非線形的な発達パターンを示し,若年成人期にピークを迎える「逆U字型」の軌跡を描くことが示唆された.
■SoA判断の「明確さ」(傾き)は,高齢者群において若年成人よりも有意に低下しており,加齢に伴う判断精度の低下も確認された.
研究概要
SoAとは「自分がこの行動を起こし,その結果を生んだ」という主観的な感覚を指し,人の自己認識や運動制御において基盤的な役割を果たします.SoAの発生には,行為と結果の時間的・空間的一致や予測とのズレの有無が重要であり,これまでの研究では発達や老化にともなって変化することが示唆されていましたが,SoAの「時間的許容幅(time window)」の生涯発達的な変化を詳細に検討した研究はありませんでした.本研究では,行為と結果の間に導入された時間遅延に対して「自分が動かした」と感じるかどうかを尋ねるエージェンシー判断課題(agency attribution task)を用いて,SoAの時間的許容幅(PSE)を測定し,各年齢群間で比較しました.
研究内容
6歳から83歳までの189名を対象に,SoAの時間的許容幅を測定するためのエージェンシー判断課題(agency attribution task)(図1)を実施しました.この課題では,参加者がビープ音に合わせてボタンを押すと,画面上の四角い図形が一定の遅延時間の後に跳ね上がる視覚刺激が提示され,「自分の操作によって図形が跳ねた」と感じるかを「はい/いいえ」で回答します.遅延時間は0~1000 msまで11段階で設定されており,行為と結果の間に導入された時間的ずれに対する感受性が評価されます.この「自己の行為によって結果が生じた」と感じられる時間の幅(PSE: Point of Subjective Equality)をSoAの時間的許容幅として定量化しました.
その結果,若年成人(20〜25歳)においてPSEが最も長く,他の年齢群と比較して有意に広い時間的許容幅を示したことが明らかになりました(図2).また年齢とPSEの関係を非線形回帰モデルで解析した結果,SoAの時間的許容幅は加齢に伴って増加したのち再び短縮し,さらに高齢期にかけて再び緩やかに上昇するという逆U字型の発達パターンを描くことが示されました.この結果から,若年成人期がSoAの柔軟性・適応性の発達における転換点である可能性が示唆されました.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,SoAの時間的許容幅が発達により変化することを実証的に示した初めての研究であり,特に若年成人期がSoAの柔軟性や適応性の発達において重要な時期である可能性を示しています.この背景には,前頭頭頂ネットワークの神経成熟,自律性の発達,および遂行機能の向上といった要因が関与していると考えられます.今後は,SoAの時間的許容幅と脳の構造的成熟,自律性の発達,実行機能との関係を縦断的に検討し,より包括的な理解を深めていくことが期待されます.また,SoAの障害がみられる発達障害や高齢期の認知症などにおける早期発見・介入指標としての応用可能性も視野に入れた研究展開が望まれます.
論文情報
Nobusako S, Takamura Y, Koge K, Osumi M, Maeda T, Morioka S.
Developmental changes in the time window for the explicit sense of agency experienced across the lifespan.
Cognitive Development. 2024 October–December 72, 101503.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
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Fax: 0745-54-1600
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脳卒中後疼痛の病態特性 -サブタイプ別の包括的分析-
PRESS RELEASE 2025.5.13
脳卒中では,発症から遅れて感覚障害を伴った痛みや肩を動かした際の痛みが生じる時があります.この症状は,単一の症状のみならず複数の症状が組み合わさり,生活の質に不利益をもたらします.畿央大学健康科学研究科博士後期課程の井川祐樹 氏と大住倫弘 准教授らは,多施設および大阪大学大学院医学系研究科 細見晃一医師らと共同で,簡易的定量的感覚検査,質問紙検査,脳画像解析を実施し,神経障害性疼痛と侵害性疼痛を有する脳卒中患者の臨床症状の特性と異常感覚および痛みに関連した脳損傷部位を明らかにしました.この研究成果はBrain communications誌(Pathological features of post-stroke pain: a comprehensive analysis for subtypes)に掲載されています.
本研究のポイント
■脳卒中後疼痛の特徴を,痛みの質問紙,簡易的定量的感覚検査,画像解析で詳細かつ包括的に分析した.
■中枢性脳卒中後疼痛(CPSP)は,体性感覚・痛覚系に関わる脳領域およびネットワークの破綻によって異常感覚を伴うことが関係する.
■侵害性疼痛(non-CPSP)の場合は筋骨格系疼痛(関節を動かした際に生じる痛み)の要因が関係する.
研究概要
脳卒中患者では,脳卒中発症直後あるいは発症数カ月後に「触れられると痛い」,「電気が走るような痛みがある」といった感覚障害を伴う神経障害性疼痛の痛みと「動かした時に痛みがある」といった筋骨格系の痛み(侵害性疼痛)の症状を有することがあります.これらの痛みは,臨床上において多くの場合,複数の症状が重なり合って現れるため,適切な治療が困難です.このように,様々なタイプが存在する脳卒中後疼痛の症状は,さまざまな側面の評価(感覚機能評価,画像評価)を詳細かつ包括的に調べる必要があります.これまでにも脳卒中後の痛みに関する研究は行われてきましたが,神経障害性疼痛と侵害性疼痛の違いに注目し,二つの痛みのタイプを対比させ,感覚評価や画像解析などを含めた包括的な調査を行った研究はほとんどありませんでした.そこで,畿央大学大学院健康科学研究科博士課程 井川祐樹 氏,大住倫弘 准教授らの研究グループは,大阪大学大学院医学系研究科 細見晃一医師らの研究グループと共同で,脳卒中後疼痛患者を対象に,サブタイプごとの痛みの病態特性について,痛みの質問紙,簡易的定量的感覚検査,脳画像分析により詳細かつ包括的に調査を行いました.その結果,中枢性脳卒中後疼痛(Central Post-Stroke Pain: CPSP)の患者は,冷覚刺激に対して感覚が鈍いにもかかわらず痛みが誘発されやすく,安静時でも強い痛みが持続するという特徴があり,その症状は脳の皮質および皮質下の損傷部位,連絡線維の破綻に依存していることがわかりました.一方,侵害性疼痛(non-CPSP)の患者は,主に関節を動かしたときに一時的な痛みが生じることが特徴であることが明らかとなりました.
研究内容
本研究では,中枢性脳卒中後疼痛(CPSP)グループ,非中枢性脳卒中後疼痛(non-CPSP)グループ,痛みなしグループの3群に分け,痛みの質問紙,簡易的定量的感覚検査,脳画像所見をもとに,これらのグループにおける臨床特性を調査しました.
その結果,CPSPグループの患者は,冷覚刺激に対して感覚鈍麻あるいは痛覚過敏を伴い,神経障害性疼痛における誘発・自発痛の項目におけるスコアが高いことが特徴として示されました(図).さらに,このような冷覚刺激に対する痛みは,体性感覚系,痛覚系に関わる神経経路に隣接した脳皮質下の被殻後部,島皮質,内包レンズ後部などの部位が関係し,それだけでなく帯状回と海馬を結ぶ連絡線維の断絶も関係することが明らかとなりました.一方,non-CPSPグループでは,異常感覚は認めず,関節を動かした際に一時的な痛みがあるのみで,筋骨格系の問題が直接的に関係することが示唆されました.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,脳卒中後疼痛におけるサブタイプ別の特徴を指標とした意思決定を促し,適切かつ正確な治療へ繋げられる可能性があります.今後は中枢性脳卒中後疼痛の縦断的な観察をする予定です.
論文情報
Yuki Igawa, Michihiro Osumi, Yusaku Takamura, Hidekazu Uchisawa, Shinya Iki, Takeshi Fuchigami, Shinji Uragami, Yuki Nishi, Nobuhiko Mori, Koichi Hosomi, Shu Morioka
Pathological features of post-stroke pain: a comprehensive analysis for subtypes.
Brain Communication, 2025.
https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaf128
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 井川 祐樹
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
准教授 大住 倫弘
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp
脳卒中患者の不整地歩行の特徴 -高機能者と低機能者による違い-
PRESS RELEASE 2025.4.29
脳卒中患者は,不整地を含む屋外での歩行が困難になりやすく,結果として社会参加を妨げ,生活の質に不利益をもたらします.しかし,脳卒中患者が有する歩行能力によって不整地での歩行戦略に違いがある可能性があります.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らは,屋内平地歩行速度0.8m/s未満の低機能脳卒中患者と0.8m/s以上の高機能脳卒中患者の不整地歩行の特徴の違いを検証しました.低機能脳卒中患者は不整地歩行中に,歩行速度が低下するが安定性を維持し,高機能脳卒中患者は遊脚期の膝関節屈曲増大,立脚期の大腿部の共収縮低下を示すことを明らかにしました.この研究成果はTopics in stroke rehabilitation誌(Differences in Uneven-Surface Walking Characteristics: High-Functioning vs Low-Functioning People with Stroke)に掲載されています.
本研究のポイント
■屋内平地歩行速度0.8m/s未満の低機能患者と0.8m/s以上の高機能患者の脳卒中患者の不整地歩行の特徴の違いを自作の不整地路を用いて評価した.
■低機能患者は不整地で歩行速度が低下するが安定性を維持し,高機能脳卒中患者は遊脚期の膝関節屈曲増大,および立脚期における大腿部の共収縮低下を示すことが明らかとなった.
研究概要
脳卒中患者は,中枢神経系の損傷により歩行障害を有し,不整地を含めた屋外での歩行が困難になります.これは,社会参加を妨げ,生活の質の低下にもつながります.また,脳卒中患者の歩行能力には違いがあり,その能力の違いによって予測困難な摂動が生じる不整地での歩行の戦略が異なる可能性があります.畿央大学大学院 博士後期課程 乾 康浩 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,自作の予測困難な摂動が生じる不整地路を用いて,脳卒中患者の不整地歩行中の歩行速度,体幹の加速度,麻痺側の関節運動,および下肢筋共収縮を計測し,平地歩行速度0.8m/s未満の低機能脳卒中患者と0.8m/s以上の高機能脳卒中患者で特徴の違いを分析しました.その結果,低機能脳卒中患者は, 不整地歩行中に歩行速度は低下するものの歩行安定性は維持し,高機能脳卒中患者は遊脚期の膝関節屈曲増大,立脚期の大腿部の共収縮低下を示すことを明らかにしました.本研究は,歩行能力の違いによる脳卒中患者の予測困難な摂動が生じる不整地歩行中の特徴の違いを明らかにした初めての研究です.
研究内容
リハビリテーション専門家にとって,脳卒中患者の歩行能力の違いによる不整地歩行時の戦略の違いを捉えることは必要です.本研究では,予測困難な摂動が生じる不整地での脳卒中患者の歩行戦略の特徴を平地歩行速度0.8m/s未満(低機能脳卒中患者)と0.8m/s以上(高機能脳卒中患者)の2グループで比較することを目的とし,自作の不整地路(図1)を用いて検証しました.
実験で得られたデータから,歩行速度,歩行安定性を評価するための立脚期と遊脚期に分けた3軸の体幹の加速度のRoot Mean Square,麻痺側下肢の最大関節角度,麻痺側下肢の立脚期と遊脚期に分けた共収縮指数を算出しました(図2).
その結果,平地と比較した不整地での変化として,低機能脳卒中患者では歩行速度は低下するものの安定性は維持し,高機能脳卒中患者では遊脚期の膝関節屈曲増大(図3),立脚期における大腿部の共収縮指数低下がみられました.
研究グループは,この結果のうち,低機能脳卒中患者の歩行速度低下と歩行安定性の維持に関しては,不整地歩行中の保守的な戦略と考えています.一方で,高機能脳卒中患者の遊脚期膝関節屈曲増大と立脚期における大腿部共収縮指数の低下は適応的な戦略の結果と考察しています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,平地での歩行速度が異なる脳卒中患者において,予測困難な摂動が生じる不整地での適応の違いを明らかにしており,リハビリテーション専門家が脳卒中患者の屋外歩行の問題を考える際に着目すべき点を示しています.今後は,非麻痺側を含めた戦略の特徴や縦断的な経過を調査する必要があります.
論文情報
Yasuhiro Inui, Naomichi Mizuta, Shintaro Fujii, Yuta Terasawa, Tomoya Tanaka, Naruhito Hasui, Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Shu Morioka
Differences in uneven-surface walking characteristics: high-functioning vs low-functioning people with stroke.
Topics in stroke rehabilitation, 2025.
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/10749357.2025.2495987
・関連する先行研究
Inui Y, Mizuta N, Hayashida K, Nishi Y, Yamaguchi Y, Morioka S.
Characteristics of uneven surface walking in stroke patients: Modification in biomechanical parameters and muscle activity. Gait Posture. 2023 Jun;103:203-209.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0966636223001376?via%3Dihub
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 乾 康浩
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
自立歩行が困難な脳卒中者の歩行回復の特徴 -歩行中の内側広筋の筋内コヒーレンスとの関連-
PRESS RELEASE 2025.4.18
脳卒中後,下肢の運動麻痺によって体重支持が困難となり,自立歩行の再獲得に大きな影響を与えます.本邦では,そのような状態からの回復を目的に,長下肢装具を用いた歩行トレーニングを推奨しています.畿央大学大学院 博士後期課程 蓮井 成仁氏と森岡 周 教授らを中心とする研究グループは,監視歩行獲得に関連する要因を明らかにしました.さらに,1ヶ月間の歩行トレーニング後に,監視歩行が獲得できた/できなかった群に分けて分析することで,長下肢装具を用いた歩行トレーニングの「適応」と「限界」を明らかにしました.この研究成果は,Neurological Sciences誌(Association of gait recovery with intramuscular coherence of the Vastus medialis muscle during assisted gait in subacute stroke)に掲載されています.
本研究のポイント
■監視歩行が可能となるまでの日数と麻痺側内側広筋の筋内コヒーレンス値は有意な負の相関関係にありました.
■「監視歩行獲得群」は,1ヶ月間の歩行トレーニングによって,運動麻痺の改善と,麻痺側内側広筋の筋内コヒーレンスと理学療法中の歩数が増える特徴がありました.
■「監視歩行未獲得群」は,1ヶ月間の歩行トレーニングによって,運動麻痺の改善が特徴としてありました.
研究概要
脳卒中者に対するリハビリテーションとして,下肢の運動麻痺によって体重支持が困難な者には長下肢装具(KAFO)を用いた歩行トレーニングが推奨されています.しかしながら,回復期病棟を退院する際に,介助なく歩行が可能となる症例とそうではない症例が混在しており,歩行回復に関連する要因はこれまで明らかになっていませんでした.畿央大学大学院 博士後期課程 蓮井 成仁氏と森岡 周 教授らを中心とする研究グループは,監視歩行獲得に関連する要因を調査しました.その結果,歩行トレーニング前における歩行中の麻痺側内側広筋への下降性神経出力の強さと監視歩行が可能となるまでの日数が有意に関係することを明らかにしました.さらに,監視歩行が獲得できた/できなかった症例に分類して,長下肢装具を用いた1ヶ月間の歩行トレーニング効果を確認すると,監視歩行獲得群では運動麻痺や体幹機能,バランス機能の改善と,麻痺側内側広筋の筋内コヒーレンスと理学療法中の歩数が増えており,介助歩行トレーニングの利得があることが示唆されました。本研究の成果は,監視歩行獲得群への更なるリハビリテーション効果の促進と,監視歩行未獲得群へのリハビリテーション戦略の開発を進めていくために役立つことが期待されます.
研究内容
本研究は,脳卒中患者20名を対象に,身体機能評価に加えて理学療法中の歩数を評価しました.対象者は,KAFOを装着し,後方より理学療法士1名に支えられた条件下(介助歩行)で10m歩行を行いました.その際,筋電図より麻痺側内側広筋および外側ハムストリングの近位部・遠位部から筋内ならびに筋間コヒーレンス(β帯域;下降性神経出力を反映),下肢屈曲・伸展角度を算出しました.歩行自立度の評価であるFACを用いて,FAC 3(15m監視歩行が可能)に至るまでの日数を歩行回復の指標としました.
監視歩行が可能となるまでの日数(または監視歩行が獲得できなかった対象者は退院までの日数)と麻痺側内側広筋の筋内コヒーレンス値は有意な負の相関関係にありました.これは,介助歩行開始早期に内側広筋への下降性神経出力が強い症例ほど監視歩行へ到達しやすいことが考えられます.
さらに,監視歩行の獲得の有無に分けて1ヶ月間の介助歩行トレーニングの影響を下記に示します.
■監視歩行獲得群:運動麻痺や体幹機能,バランス機能の改善と,麻痺側内側広筋の筋内コヒーレンスと理学療法中の歩数が増えており,介助歩行トレーニングの利得があることを示しています.
■監視歩行未獲得群:運動麻痺のみが改善しましたが,その他の身体機能および歩行中の神経出力の強化,歩行量が停滞しており,介助歩行トレーニングの利得が得られにくいことを示しています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
これまでに明らかにされていなかったKAFOを用いた歩行トレーニングによる歩行回復の実態を調査できたことで,症例の応答性に合わせた効果的なリハビリテーションの立案に役立つことが期待されます.今後は,監視歩行獲得群への更なるリハビリテーション効果の促進と,監視歩行未獲得群へのリハビリテーション戦略の開発を進めていく予定です.
論文情報
Naruhito Hasui, Naomichi Mizuta, Ayaka Matsunaga, Yasutaka Higa, Masahiro Sato, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka
Association of gait recovery with intramuscular coherence of the Vastus medialis muscle during assisted gait in subacute stroke.
Neurological Sciences, 2025.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 蓮井 成人
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
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求心路遮断性疼痛へのミラーセラピーが脳筋コヒーレンスを増大させる-Proof of concept study-
PRESS RELEASE 2025.2.28
不慮のバイク事故などで腕神経叢を損傷してしまうと,上肢の感覚・運動機能が麻痺するだけでなく,激しい痛みが生じることがあります.この痛みは求心路遮断性疼痛と総称されており,これは生活の質に大きな影響を与えます.畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 瀬川 栞 氏,大住 倫弘 准教授の研究グループは,求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に,ミラーセラピー実施中の筋電図・脳波を計測し,ミラーセラピーによって痛みが緩和している時には脳-筋コヒーレンスが増大していることを報告しました.この研究成果は国際学術誌 Frontiers in Human Neuroscience(Case report: Exploring cortico-muscular coherence during Mirror visual feedback for deafferentation pain: a proof-of-concept study)に掲載されています.
研究概要
不慮のバイク事故などで腕神経叢を損傷してしまい,上肢の感覚・運動麻痺が生じるだけでなく,激しい痛みをともなうことがあります.この痛みは求心路遮断性疼痛と総称されており,これは生活の質に大きな影響を与えます.そして,この求心路遮断性疼痛は脳の誤った活動によって増悪すると考えられています.この誤った脳の活動を是正するためのリハビリテーションツールとして “ミラーセラピー” が有名です.これは健常な手を鏡に映しながら運動をすることで惹起される「あたかも麻痺している手が動いているような」錯覚を利用したもので,脳の活動を正常に戻すようなリハビリテーションツールとして知られています.これまでの研究でも,ミラーセラピーを活用したリハビリテーションによって求心路遮断性疼痛が緩和したという報告はいくつかありますが,その脳のメカニズムは明らかにはなっていません.そこで,畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 瀬川 栞 氏,大住 倫弘 准教授 の研究グループは,求心路遮断性を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に,ミラーセラピー実施中の筋電図・脳波を計測し,ミラーセラピーによって痛みが緩和している時には感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大することを報告しました.つまり,ミラーセラピーによって求心路遮断性疼痛が緩和する背景には,脳の感覚運動領域における活動と麻痺した筋の活動の同期,これが適正化するというメカニズムがあるということです.
本研究のポイント
• 求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に,ミラーセラピーを実施中の脳波および筋電図を計測した.
• ミラーセラピーによって痛みが緩和すると同時に,感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大した.
研究内容
求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者2名にご協力頂き,ミラーセラピーをしている時の脳波および筋電図を計測しました.どちらの症例も不全麻痺ながら感覚・運動麻痺があり,求心路遮断性疼痛を有していました.ミラーセラピー実施中には「あたかも麻痺している手が動いているような感覚」が得られ,その時には不十分ながら痛みは緩和しました.そして,ミラーセラピー実施中に筋が収縮している区間の筋電データおよび脳波データ(32ch)を抽出して,それらの同期性(コヒーレンス)を計算しました.その結果,どちらの腕神経叢引き抜き損傷者ともミラーセラピー実施中には対側感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大していました.これらは,「感覚運動領域の適正化が求心路遮断性疼痛を緩和する」ことを示唆する結果となります.ちなみに,脳波-筋コヒーレンスは皮質脊髄路の興奮性を間接的に表す指標として知られており,分かりやすく言うと,これが増大するということは脳からの運動指令が麻痺した筋肉へうまく伝わるようになった状態だと考えられます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
リハビリテーション現場でも活用されているミラーセラピー,これによる痛みの緩和メカニズム解明の一助になったことは意義があると思います.ただし,今回は症例報告ですので,今後もこのような研究を継続して痛みの緩和をもたらすリハビリテーションのメカニズムを解明していく所存です.
論文情報
Segawa S, Osumi M.
Front Hum Neurosci, 2025.
謝辞
西大和リハビリテーション病院 リハビリテーション部 技師長
畿央大学大学院健康科学研究科 客員准教授
生野公貴
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 瀬川 栞
准教授 大住倫弘
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp
脳卒中後の特異な空間認知障害を報告-描画時に左側を過剰に表現する症例-
PRESS RELEASE 2025.2.10
脳卒中後,多くの患者さんに見られる半側空間無視は,日常生活動作に支障をきたし,リハビリテーションの大きな課題となっています.この症状が改善した後も残る空間認知の障害は,患者さんの生活の質に影響を与える可能性があります.畿央大学大学院健康科学研究科の吉川里彩氏,大住倫弘准教授,森岡周教授らの研究グループは,右視床出血後の症例を詳細に分析し,半側空間無視が改善した後も,描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia(空間の過剰表象)」が継続することを発見しました.さらに,詳細な画像解析により,この症状が脳の腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました.この研究成果は国際学術誌Cureus(Persistent Hyperschematia With Over-Generation Following Recovery From Unilateral Spatial Neglect: A Case Report)に掲載されています.
研究概要
脳卒中後の空間認知障害の一つである半側空間無視は,脳の右側が損傷を受けた際に起こる症状です.この症状により,患者さんは左側の空間を認識することが困難となり,日常生活に大きな支障をきたします.これまでの研究から,半側空間無視には様々な特徴があることが分かっていますが,回復過程での変化については,まだ十分に解明されていない点が多く残されています.
畿央大学大学院健康科学研究科の吉川里彩氏(西大和リハビリテーション病院言語聴覚士),南川勇二氏,大住倫弘准教授,森岡周教授らは,右視床出血後の症例を縦断的に詳細に分析しました.その結果,半側空間無視が改善した後も,描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia(空間の過剰表象)」という特異な症状が継続することを発見しました.例えば,星の左部分を拡大して表現したり,時計の文字盤を描く際に必要以上の数字を書いたり,花の絵を描く際に左側に余分な花びらを加えたりする現象が観察されました.
本研究の新しい発見は以下の2点です.第一に,これまで半側空間無視や身体失認に付随すると考えられていた「Hyperschematia」が,必ずしも半側空間無視の症状と同時に改善するとは限らないことを示しました.第二に,詳細な画像解析技術を用いて,この症状が脳の腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました.
この成果は,脳卒中後の空間認知障害の理解を深め,より効果的なリハビリテーション方法の開発につながる重要な知見を提供しています.空間認知の障害に対して,より詳細な評価と個別化された対応の重要性を示唆する発見といえます.
本研究のポイント
• 右視床出血後の症例において,半側空間無視が改善した後も,描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia」が継続することを見出しました.
• 画像解析により,この症状が下前頭後頭束(IFOF)および中縦束(MdLF)という腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました.
研究内容
本研究の目的は,脳卒中後の半側空間無視の回復過程における空間認知の変化を明らかにすることでした.研究では,右視床出血後の症例について,約6ヶ月間の詳細な観察を行い,従来の評価に加えて最新の脳画像解析を実施しました.
研究グループは,最新の画像解析技術を用いて脳の神経回路を詳細に分析しました.その結果,本症例では,下前頭後頭束(IFOF)および中縦束(MdLF)という腹側視覚経路に90%以上の重度な損傷があることが判明しました.
行動評価では,特徴的な「Hyperschematia」が半側空間無視の改善後も持続することが明らかになりました.下図に示すように,星の左部分を拡大して表現したり,時計描画では文字盤に必要以上の数字を書き加える,花の絵では左側に余分な要素を追加するなどの現象が観察されました.これらの症状は観察期間を通じて持続しました.
このような詳細な観察と画像解析の結果から,研究グループは以下の重要な結論に達しました:
■ 「Hyperschematia」は,半側空間無視の改善後も残存する可能性がある.
■ この症状は,腹側視覚経路の損傷と関連している可能性が高い.
これらの知見は,脳卒中後の空間認知障害の評価において,従来の半側空間無視の評価に加えて,より包括的な空間認知機能の評価が必要であることを示唆しています.
このように,神経回路の損傷パターンと行動症状を詳細に対応づけた本研究は,脳卒中後の空間認知障害の理解を深め,より効果的なリハビリテーション方法の確立に向けた重要な一歩となりました.
本研究の臨床的意義および今後の展開
この症例研究では,半側空間無視の改善後も「Hyperschematia」が持続する可能性と,その症状が脳の特定の神経経路の損傷と関連している可能性を示しました.これは空間認知障害の評価において新たな視点を提供するものです.
論文情報
Yoshikawa R, Minamikawa Y, Osumi M, Morioka S.
Cureus. 2025 Jan 25;17(1):e77951.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
脳卒中者の歩行非対称性の特徴-障害と代償戦略の特定-
PRESS RELEASE 2025.2.3
脳卒中後,多くの人が体験する歩行の左右非対称性は,転倒リスクを高め,リハビリ期間を長引かせることがあります.この現象は「歩行非対称性」と呼ばれ,日常生活の質に大きな影響を与えます.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 の 水田直道さん(日本福祉大学健康科学部 助教 ),教授 森岡 周 らを中心とする研究グループは,リズム聴覚刺激を用いた歩行実験を通じて,歩行非対称性の原因が「純粋な障害」と「補償戦略」の2つに分類できることを明らかにしました.さらに,被験者の歩行パターンを詳細に分析することで,歩行非対称性が4つの特徴的なグループに分類できることを明らかにしました.この研究成果はScientific Reports誌 (Identifying impairments and compensatory strategies for temporal gait asymmetry in post-stroke persons)に掲載されています.
研究概要
脳卒中者の歩行の特徴として,歩行時の左右の動きが異なる「歩行非対称性(Temporal Gait Asymmetry, TGA)」があります.この状態は転倒リスクを高め,日常生活の質を低下させるだけでなく,リハビリ期間の延長にもつながります.TGAは,運動麻痺や痙縮などの身体的な要因だけでなく,患者が安全を優先して取る歩行戦略も影響していると考えられていました.しかし,快適歩行条件(CWS)における非対称性は,純粋な障害と代償戦略が混在しており,これらの要因をどのように区別できるかは明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 の 水田直道さん(日本福祉大学健康科学部 助教 ),教授 森岡 周 らを中心とする研究グループは,リズム聴覚刺激を用いた歩行実験を通じて,歩行非対称性の原因が「純粋な障害」と「補償戦略」の2つに分類できることを明らかにしました.
・クラスター1:過剰な代償戦略
メトロノームの音に合わせて歩行する条件(RAC)では左右対称に歩くことができるにも関わらず,CWSでは非対称的であるクラスター.
身体機能は他のクラスターと差はないが,歩行への自己効力感(modified Gait Efficacy Scale)が低く,「代償戦略」が優位になっていると考えられます.
・クラスター2:純粋な障害
CWS・RACともに非対称的な歩行となるクラスター.
運動麻痺や痙縮,体幹機能等が重症であり,「純粋な障害」が優位になっていると考えられます.
本研究は,これまで区別が困難であったTGAの要因を「純粋な障害」と「代償戦略」に分類した点にあります.この成果は,個々の脳卒中者に合わせた,テーラーメイドリハビリテーションの構築に役立つことが期待されます.
本研究のポイント
• CWSとRACを用いた2つの条件下で,歩行中の時間的対称性(SI)を評価した.
•「純粋な障害」を特徴とするクラスターは,運動麻痺や痙縮,体幹機能低下などの神経学的要因により歩行が非対称的である特徴がありました.
•「代償戦略」を特徴とするクラスターは,身体機能は他のクラスターと差がないが,歩行への自己効力感が低い特徴がありました.
研究内容
本研究では脳卒中後の患者39名を対象に,Fugl-Meyer Assessment(FMA),Modified Ashworth Scale(MAS),Trunk Impairment Scale,modified Gait Efficacy Scale(mGES)を用いて臨床評価を行い,参加者の身体機能や歩行の自己効力感を評価しました.参加者は,快適歩行条件(CWS)とメトロノームの音に合わせて歩行する条件(RAC)の2つの異なる条件下で10m歩行を行いました.RAC条件では,CWS条件で計測されたケイデンスに基づきメトロノームのテンポを設定し,参加者はメトロノームの音に下肢の接地タイミングを合わせて歩行しました.慣性センサーのデータから両下肢の接地・離地のタイミングを同定し,単脚支持時間の対称性指数(SI)を算出しました.CWS条件とRAC条件における単脚支持時間のSIを用いて,混合ガウスモデルに基づくクラスター分析を行い,参加者を4つのクラスターに分類しました.
図1.対称性指数に基づくクラスタリングの結果.© 2025 Naomichi Mizuta
CWSおよびRAC条件における歩行中の単脚支持時間の対称性指数の分布をクラスターごとに示す.黒色のラインプロットは全データの回帰直線を示す.上図と右図は,各条件における平均値,95%信頼区間,各データポイントを示している. 対称性指数が負であるほど,非麻痺側の単脚支持時間が麻痺側と比較して長いことを示す.
CWS条件とRAC条件における単脚支持時間のSIは有意な相関関係が見られませんでした.クラスター分析の結果,4つのクラスターが抽出され,本研究の目的に合致したクラスターは下記の2つです.
・クラスター1:過剰な代償戦略
RACでは左右対称に歩けるが,CWSでは非対称的であるクラスター.
身体機能は他のクラスターと差はないが,歩行への自己効力感(modified Gait Efficacy Scale)が低く,「代償戦略」が優位になっていると考えられます.
・クラスター2:純粋な障害
CWS・RACともに非対称的な歩行となるクラスター.
運動麻痺や痙縮,体幹機能等が重症であり,「純粋な障害」が優位になっていると考えられます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
これまで区別されていなかった快適歩行時のTGAの要因を,「純粋な障害」と「代償戦略」に分類できたことは,個々の脳卒中者に応じた,より効果的なリハビリテーションの立案に役立つと期待されます.今後は,個々の特徴に合わせたリハビリテーション介入の効果を検証する予定です.
論文情報
Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Sora Ohnishi, Yuki Sato, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka.
Scientific Reports, 2025.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 水田直道
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp