脳卒中者が不整地を歩きつづけたときの歩き方の変化
PRESS RELEASE 2026.1.23
脳卒中者は,歩行障害を有することで,不整地を含む屋外の地域社会での歩行が困難となる場合があり,結果として社会参加を妨げ,生活の質に不利益をもたらします.さらに、脳卒中者は不整地上で長い距離を歩いた場合に課題を抱える可能性があります.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らは,脳卒中者と健常者が80mの不整地を歩行した際の距離に応じた変化の違いを検証しました.この研究成果はClinical Biomechanics誌(Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis)に掲載されています.
本研究のポイント
■健常者と脳卒中者の不整地歩行中の距離に応じた変化の特徴の違いを自作の不整地路を用いて評価しました.
■脳卒中者は,不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で,健常者とは異なり踵接地の際に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数が低下することが明らかとなりました.
研究概要
脳卒中者は,中枢神経系の損傷により歩行障害を有し,不整地を含めた屋外の地域社会での歩行が困難になります.これは,社会参加を妨げ,生活の質の低下にもつながります.また、脳卒中者は不整地上で長い距離を歩いた場合に課題を抱える可能性があります.畿央大学大学院 博士後期課程 乾 康浩 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,自作の予測困難な摂動が生じる不整地路を用いて,脳卒中者が80mの不整地行中の歩行速度,体幹の加速度,麻痺側の関節運動,および下肢筋電図振幅と周波数を計測し、脳卒中者と健常者で歩行距離に応じた変化の特徴の違いを分析しました.その結果,脳卒中者は, 不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で,健常者とは異なり踵接地の際に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数が低下することを明らかにしました.本研究は,健常者と脳卒中者の不整地歩行中の距離に応じた変化の違いを明らかにした初めての研究です.
研究内容
本研究では,脳卒中者が予測困難な摂動が生じる不整地80mを歩行する際の距離に応じた歩行パラメータ変化を健常者と比較することを目的とし,自作の不整地路(図1)を用いて検証しました.

図1. 不整地路と実験環境
実験で得られたデータから,歩行速度,歩行安定性を評価するための3軸の体幹の加速度のRoot Mean Square,麻痺側下肢の最大関節角度,麻痺側下肢の筋電図振幅と瞬間平均周波数を算出しました.その結果,脳卒中者は, 不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節の角度は維持する一方で,健常者とは異なり踵接地時に前脛骨筋の筋電図振幅が増大せずに足関節背屈角度が低下し,立脚終期には中殿筋の周波数低下がみられました(図2).

図2. 不整地歩行中の脳卒中者と健常者の歩行パラメータの変化の違い
研究グループは,この結果のうち,脳卒中者が不整地歩行中に歩行速度,安定性,股関節および膝関節角度を維持したことは不整地への適応と考えています.一方で,前脛骨筋の筋電図振幅を増大せずに足関節背屈角度が低下したことは皮質脊髄路損傷による神経駆動の低下に起因し,中殿筋の周波数が低下したことは疲労の可能性があると考察しています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,予測困難な摂動が生じる不整地を歩く際の距離に応じた変化について,脳卒中者と健常者の違いを明らかにしており,リハビリテーション専門家が脳卒中者の屋外歩行の適応や疲労を考える際に着目すべき点を示しています.今後は,より長い距離での歩行パラメータの変化や非麻痺側を含めた戦略の特徴を調査する必要があります.
論文情報
Yasuhiro Inui, Naomichi Mizuta, Yuta Terasawa, Tomoya Tanaka, Naruhito Hasui, Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Shu Morioka.
Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis.
Clinical Biomechanics, Volume 133, 2026, 106747.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
博士後期課程 乾 康浩
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
身体知覚の変容のカギは「うずく・引きつる」痛み-機械学習による検証-
PRESS RELEASE 2025.12.23
痛みを有する患者の中には,「自分の身体がどこにあるかわからない」,「身体の大きさや位置が変に感じる」といった身体知覚の変容を経験する場合があります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの重藤隼人 客員研究員(京都橘大学助教)と同センター長の森岡周 教授らは,機械学習手法の一つであるSHAP(SHapley additive exPlanations)解析を用いて,複数の痛みの性質(かじられるような痛み,刃物でつき刺されるような痛み,割れるような痛み,気分が悪くなるような,ちくちくする,焼けるような痛み,ひきつるような痛み,うずくような痛み,鋭い痛み)が身体知覚異常と関連することを明らかにしました.特に,運動感覚に関わる痛みの性質(ひきつるような痛み,うずくような痛み,かじられるような痛み)が身体知覚の変容に強く影響することが示され,痛みの性質に基づいた評価および介入戦略の重要性が示唆されました.この研究成果はArchives of Physical Medicine and Rehabilitation誌(Pain qualities associated with body perception disturbances: insights from machine learning and SHapley additive exPlanations)に掲載されています.
なお,本研究は厚生労働科学研究補助金(種々の症状を呈する難治性疾患における中枢神経感作の役割解明とQOL向上,社会啓発を目指した領域統合他施設共同疫学研究班)の研究成果になります.
本研究のポイント
■機械学習(SHAP解析)を用いて,痛みの性質と身体知覚の変容との関連を定量的に解析しました.
■複数の痛みの性質が身体知覚異常と関連することを明らかにしました.
■特に「ひきつるような痛み)」,「うずくような痛み」,「かじられるような痛み」といった運動感覚に関連することが示唆されている痛みの性質が,身体知覚の変容に強く影響することが示されました.
研究概要
疼痛患者は,痛みだけでなく「自分の身体がどこにあるかわからない」,「身体の大きさや位置が変に感じる」といった身体知覚の変容を経験することがあります.身体知覚異常は痛みの重症度と関連し,運動感覚に関連する痛みの性質とも関連することが示唆されていますが,どのような痛みの性質が身体知覚の変容と関連しているのかは明らかになっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの重藤隼人 客員研究員(京都橘大学助教)と森岡周 センター長・教授らの研究チームは,疼痛患者を対象に身体知覚の変容と痛みの性質の関連性について検証しました.身体知覚の変容および痛みの性質について質問紙を用いて評価した上で,機械学習(SHAP解析)を用いて,痛みの性質が身体知覚異常にどのように影響するかを定量的に解析しました.その結果,複数の痛みの性質が身体知覚異常と関連し,特に「ひきつるような痛み」,「うずくような痛み」,「かじられるような痛み」といった運動感覚に関わる痛みの性質が身体知覚の変容に強く影響することを明らかにしました(図1).

図1.研究の概要
本研究では,各痛みの性質の身体知覚の変容にどれだけ貢献しているか機械学習手法(SHAP解析)を用いて検証しています.
研究内容
本研究の目的は,筋骨格系疼痛患者を対象に機械学習を用いて痛みの性質と身体知覚異常との関連を明らかにすることでした. 質問紙評価を用いて,身体知覚の変容(Fremantle Back Awareness Questionnaire: FreBAQ)と痛みの性質(Short-Form McGill Pain Questionnaire-2:SFMPQ-2)を評価し,機械学習(SHAP解析)を用いて,各痛みの性質が身体知覚の返答にどれだけ貢献しているかを示す寄与度を可視化・定量化しました. SHAP分析の結果,「ひきつるような痛み」が最も身体知覚異常への寄与度(SHAP値)が高いことが明らかになりました(図2).また,運動感覚に関連する痛みの性質でもある「うずくような痛み」も寄与度が高いことが明らかになりました.

図2.身体知覚異常に対する各痛みの性質のSHAP値(寄与度)
各痛みの性質が身体知覚の変容にどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP値(寄与度),各点が個別の患者の痛みの性質スコアを表してます.特に「ひきつるような痛み」が最も高い寄与度を示しています.
さらに,各対象者における痛みの性質の寄与度(SHAP値)と身体知覚変容スコアとの相関分析の結果,複数の痛みの性質(かじられるような痛み,刃物でつき刺されるような痛み,割れるような痛み,気分が悪くなるような,ちくちくする,焼けるような痛み,ひきつるような痛み,鋭い痛み)が身体知覚の変容と高い相関(r > 0.7)を示しました.特に運動感覚に関連する痛み(かじられるような痛み,ひきつるような痛み)が高い相関を示しており,運動感覚に関連する痛みの性質が身体知覚変容の病態と関連していることを示唆しています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究成果は,特定の痛みの性質が身体知覚の変容に関連する可能性を示しています.特に,運動感覚に関連する痛みの性質を訴える患者に対しては,感覚運動連関に焦点を当てた評価やリハビリテーションアプローチが有効である可能性が考えられます.
論文情報
Shigetoh H, Koga M, Tanaka Y, Hirakawa Y, Morioka S.
Arch Phys Med Rehabil. 2025 Dec 3:S0003-9993(25)01070-6.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 重藤 隼人
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
「重り×速度」が脳による歩行修正を促進-重り負荷は「速く歩く」ことで中枢神経系の適応を引き出す-
PRESS RELEASE 2025.12.1
歩行には、脚の重さや速さの変化による誤差を感知し、徐々に動きを修正・適応・学習する機能があります。畿央大学大学院健康科学研究科(修了生/現 トヨタ記念病院)の本川剛志氏と森岡周教授(畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター・センター長)らは、健常成人を対象に「片脚への重り」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習効果に与える影響を検証しました。その結果、単に重りをつけるだけでなく、「重い×速い」という高強度の条件下でのみ、歩幅や関節運動に顕著な学習(遅延適応)と、重りを外した後も効果が続く現象(残効)が確認されました。これは、リハビリテーションにおいて歩行の修正を促すには、負荷と速度を組み合わせた強度の設計が重要であることを示唆する成果です。この研究成果はHuman Movement Science誌(Effects of Unilateral Leg Weight Perturbation Intensity on Spatiotemporal Gait Parameter Symmetry and Lower Limb Muscle Activity: An Exploratory Laboratory Study in Healthy Adults)に掲載されています。
本研究のポイント
■「重い×速い」高強度条件のみで、歩幅や関節角度などの空間的指標に学習効果(遅延適応・後効果)が認められました。
■一方、スイング時間などの時間的指標には学習効果が生じず、脳による学習よりも即時的な調整に依存することが示唆されました。
■負荷と速度の条件により筋活動パターンが異なることから、リハビリにおける適切な「処方設計(重さ・速さ)」の重要性が示されました。
研究概要
私たちの脳には、歩行中に脚の重さや環境が変化しても、その誤差を感知して少しずつ動きを修正し、最適なパターンを学習する能力(適応)が備わっています。この学習効果は、重りなどの刺激を外した後もしばらく残ることがあり、これを「残効(aftereffects)」と呼びます。 リハビリテーションの現場では、脳卒中などによる歩行の左右非対称性を改善するために、片脚に重りをつけて歩く手法が用いられます。しかし、どのような「重さ」と「歩行速度」の組み合わせが、脳(中枢神経系)による効果的な運動学習を引き出すのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
畿央大学大学院 健康科学研究科(修了生/現所属:トヨタ記念病院)の本川剛志氏、同大学 ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授らの研究チームは、健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミルで歩く実験を行いました。実験では、負荷の強度を変えるために「①軽い×速い」「②重い×遅い」「③重い×速い」という3つの条件を設定し、歩幅(ステップ長)の対称性や関節の角度、筋肉の活動パターンがどのように変化するかを詳細に解析しました。
その結果、最も負荷が高い「③重い×速い」条件においてのみ、歩行中に徐々に対称性が改善していく「遅延適応」という学習プロセスが明確に観察されました。さらに、重りを外した後も強い「残効」が現れ、歩幅や膝・股関節の動きに学習効果が定着しやすいことが示されました。 一方、他の2条件(軽い×速い/重い×遅い)では、重りを外した後の「残効」は見られましたが、歩行中の明確な「遅延適応」は生じませんでした。これは、負荷が不十分な場合、脳が積極的に動きを予測して修正する(フィードフォワード制御)までには至らない可能性を示唆しています。また、歩行のリズム(時間的指標)は空間的な動き(歩幅など)とは異なり、学習効果が残りにくいことも明らかになりました。
本研究の新規性は、歩行の左右差を修正するためには、単に重りをつけるだけでなく、「速く歩く」ことを組み合わせた高い強度の負荷設定が、脳の学習機能を最大限に引き出す鍵であることを体系的に示した点にあります。 この知見は、「どの脚に、どれだけの重さをつけ、どのくらいの速さで歩けばよいか」という、効果的なリハビリテーションプログラムを設計するための科学的な根拠となります。今後は、実際に歩行障害を持つ患者さんへの応用が期待されます。
研究内容
歩行中に脚の重さなどの環境が変化すると、私たちはその誤差を感知して動きを修正し、徐々に新しいパターンを学習します(遅延適応)。この学習効果は、環境が元に戻っても一時的に残存すること(後効果)が知られています。本研究では、リハビリテーションへの応用を見据え、「重さ(負荷量)」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習プロセスにどのような影響を与えるかを検証することを目的としました。
健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミル歩行を行う実験を実施しました(図1)。条件は、負荷(体重の3%または5%)と速度(3.5 km/hまたは5.0 km/h)を組み合わせた「①軽い×速い」「②重い×遅い」「③重い×速い」の3パターンとし、別日にランダムな順序で測定しました。 各条件のプロトコルは、ベースライン(5分)→ 重りありの適応期(10分)→ 重りなしの脱適応期(5分)とし、ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性、下肢屈伸角度、筋活動を計測しました。

図1.実験環境および条件とプロトコルの概略
データ解析では、各時期(ベースライン:BL、適応期:EA/LA、脱適応期:EP/LP)から10歩ずつを抽出し、統計的に比較しました。
実験の結果、最も高強度である「重い×速い」条件においてのみ、ステップ長の対称性と下肢屈伸角度の両方で、明瞭な遅延適応(徐々に対称性が改善する現象)と、強い後効果が確認されました(図2、3)。 一方、「軽い×速い」や「重い×遅い」条件では、ステップ長には後効果が見られましたが、関節角度の変化に顕著な後効果は認められませんでした。また、時間的な指標である「スイング時間の対称性」は、どの条件でも後効果を示しませんでした。
図2.ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性の変化
※各時期の定義 ・BL(Baseline):ベースライン期終盤の10歩 ・EA(Early Adaptation):適応期開始直後の10歩 ・LA(Late Adaptation):適応期終了直前の10歩 ・EP(Early Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)開始直後の10歩 ・LP(Late Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)終了直前の10歩

図3.下肢の関節角度(屈伸)における遅延適応と後効果
歩行周期全体を通した関節角度の変化(SPM1D解析)。 上段の**「低重量/高速度」条件では、重り側(摂動側)の振り出し動作において、初期(EA)から後期(LA)にかけて元の動きに戻る遅延適応が見られた(上部赤矢印)。 下段の「高重量/高速度」条件では、重りをつけていない側(非摂動側)において遅延適応**(下部赤矢印)が生じ、重りを外した後には両脚の蹴り出し動作(立脚後半)に強い後効果が出現した(右側赤枠)。これらの結果は、条件によって学習の現れ方が異なることを示している。
これらの結果から、重い負荷と速い歩行の組み合わせは、感覚的な誤差信号と筋肉への出力要求を高め、その場しのぎの修正(フィードバック制御)だけでなく、脳による予測的な制御(フィードフォワード制御)を強く動員させると考えられます。これにより、空間的な運動パターン(歩幅や関節角度)の学習が促進されたと解釈されます。対照的に、時間的なリズム調整は即時的な反応に依存しやすく、学習効果が残りにくい特性があることが示唆されました。 本研究は、歩行のリハビリテーションにおいて、「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」**という処方設計が、再学習の効果を決定づける重要な要素であることを示しています。
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は、「重さ×速さ」の強度が歩行学習の効果を左右し、特に「高負荷×高速度」条件が空間的パターンの学習を強く促進することを実証しました 。これは、リハビリテーションにおける「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」という科学的な処方設計の基盤となります 。今後は、脳卒中後の歩行障害に対する安全性を検証しつつ、個々の歩行特性に合わせた負荷設定や、日常歩行への波及効果を含めた臨床ガイドラインの構築を目指します。
論文情報
Motokawa T, Terasawa Y, Nagamori Y, Onishi S, Morioka S.
Hum Mov Sci. 2025 Nov 4;104:103426.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
修士課程修了生(現所属:トヨタ記念病院) 本川剛志
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
脳卒中患者の「二重課題歩行」の安定性、普段の歩行パターンから予測可能に
PRESS RELEASE 2025.11.16
脳卒中後、歩行中に同時に他の作業を行うとバランスを崩しやすくなることがあります。畿央大学健康科学研究科の北郷龍也氏、日本福祉大学健康科学部の水田直道助教、畿央大学健康科学研究科の蓮井成仁氏、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授らの研究グループは、通常歩行時の体幹の揺れや筋活動のパターンが、二重課題(歩行中に計算などを行う課題)歩行時の安定性に関係していることを明らかにしました。本研究の新規性は、二重課題歩行中の不安定さを、通常歩行中の特徴から予測できることを実証した点にあります。この成果は、転倒予防や脳卒中患者における歩行リハビリテーションの個別化に貢献するもので、今後の効果的な治療プログラム開発につながると期待されます。この研究成果はJournal of Electromyography and Kinesiology誌(Factors Influencing Instability during Dual-Task Walking in Stroke Patients)に掲載されています。
本研究のポイント
■単一課題歩行中の歩行速度、体幹加速度(RMS)、体幹動揺の規則性(サンプルエントロピー)を用いて、二重課題歩行時における不安定性の程度が予測可能であることを明らかにしました。
■二重課題歩行時には、単一課題歩行時に比べて体幹の揺れや筋の共収縮が増加し、これらの変化が歩行速度の低下と関連していることが示されました。
■本研究では、二重課題歩行中の不安定性を単一課題歩行の特性から予測可能であり、転倒リスク評価や個別化されたリハビリテーション介入の根拠に資する基盤が示されました。
研究概要
脳卒中を経験した多くの方々は,歩く際にバランスを崩しやすくなったり,転びやすくなったりすることがあります.さらに,日常生活では「歩きながら会話する」「考え事をしながら移動する」など,複数のことを同時に行う場面が頻繁にあります.しかし,脳卒中の後遺症を持つ方は,このような“二つのことを同時にこなす”状況,つまり「二重課題」に特に弱く,バランスを崩しやすくなることが知られています.
このような背景のもと,畿央大学健康科学研究科の北郷龍也,日本福祉大学健康科学部の水田直道 助教,畿央大学健康科学研究科の蓮井成仁,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周 教授らの研究グループは,二重課題歩行時の不安定さを,単一課題歩行時の特性から予測できるかを検証しました.研究には30名の脳卒中患者が参加し,通常歩行(単一課題)と,計算などの課題を同時に行う二重課題歩行を比較.その際の歩行速度や体幹の揺れ,体幹の動きの複雑さなどを計測・分析しました.
その結果,単一課題歩行時の「歩行速度が遅い」「体幹の動きが大きい」「体幹の動きのリズムが不規則」といった特性が,二重課題歩行時の不安定さと強く関係していることが明らかになりました.つまり,複雑なタスクをしながらの歩行に不安がある人は,通常の歩行時にもすでに特有の不安定な動きが表れているということです.
この研究の新規性は,これまで感覚的・経験的に語られがちだった「二重課題に弱い」という問題を,具体的な身体データによってその特徴を定量的に示した点にあります.これにより,転倒リスクの早期発見や,認知と運動を組み合わせた個別リハビリテーション計画の立案が,より科学的な根拠をもって進められる可能性が広がります.
研究内容
脳卒中を経験した多くの方々は、歩く際にバランスを崩しやすくなったり、転びやすくなったりすることが知られています。さらに、歩きながら別の作業(例えば、計算や会話など)を同時に行う二重課題歩行では、よりバランスを失いやすくなります。しかし、脳卒中後の患者がなぜ、このような不安定さを感じやすいのか、通常の歩行との関連性については十分に解明されていませんでした。
本研究では、脳卒中後の患者30名を対象に、単一課題歩行(通常の歩行)と二重課題歩行(歩行中に引き算を行う)の両方において、慣性センサーと筋電図を用いて体幹の動きや筋活動を測定しました。その結果、二重課題歩行時には通常歩行時に比べて歩行速度が低下し、体幹の揺れ(RMS)や体幹動揺の規則性(サンプルエントロピー)、下肢筋の共収縮が増加することが明らかになりました(図1)。
また、単一課題歩行から二重課題歩行における歩行速度低下率は臨床評価と有意な相関を示しませんでしたが、同時収縮指数、サンプルエントロピー、RMSにおいては有意な負の相関を示しました(図2)。
さらに、通常歩行時の歩行速度、体幹の揺れ、体幹動揺の規則性が、二重課題歩行時の不安定性を予測する因子であることを統計的に示しました。

図1.単一課題および二重課題条件下での体幹加速度、下肢筋活動、および歩行評価
左および中央パネル:単一課題歩行時(a)および二重課題歩行時(b)における体幹の前後方向、側方方向、垂直方向の加速度;単一課題歩行時(c)および二重課題歩行時(d)における前脛骨筋およびヒラメ筋の筋活動.右パネル:条件間における単脚支持時間対称性指数(e);RMS(f);サンプルエントロピー(g);同時収縮指数(h)の箱ひげ図.

図2.歩行速度低下率と臨床評価および歩行評価との関連性
この研究の新規性は、これまで歩行中の認知課題が与える影響だけに着目されていた「二重課題における問題」を、通常時の歩行特性データによって予測できる可能性を示した点にあります。これにより、脳卒中リハビリテーションの新戦略や、歩行の個別化治療の設計に貢献できる可能性があります。
本研究の臨床的意義および今後の展開
脳卒中後における歩行不安定性が、単一課題歩行時の特性から予測可能であることを示し、二重課題歩行時の転倒リスク評価に新たな視点を提供しました。今後は、単一課題歩行の指標を活用した新規リハビリテーションの効果検証と、認知機能負荷に対応したトレーニングプログラムの開発を行う予定です。
論文情報
Ryuya Kitago, Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Shu Morioka
Factors Influencing Instability during Dual-Task Walking in Stroke Patients
J Electromyogr Kinesiol. 2025 Oct 26;85:103077
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 北郷 龍也
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
歩行中の予測誤差検出 -視覚遅延フィードバックを用いた感覚運動不一致-
PRESS RELEASE 2025.10.3
運動をより良くするためには,いかに予測誤差を検出できるかが重要となりますが,これまでの研究では上肢運動課題に特化したものがほとんどでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員らは,健常成人を対象とした歩行中の予測誤差検出実験により,歩行パラメータや身体の重量感,不一致検出率が遅延時間とともに増加し,これらのデータは観察の視点に依存しないことを明らかにしました.この成果は,Psychological research誌(Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback)に掲載されています.
本研究のポイント
■「歩行中」の予測誤差検出能力の評価について視覚遅延フィードバック課題を用いて行いました.
■歩行パラメータ(ステップ時間・ストライド時間),身体の重量感,不一致検出率は遅延時間の増加に伴い上昇しました.
■また,これらのパラメーターは観察する視点に依存しないことが明らかになりました.
研究概要
脳損傷後のリハビリテーションでは,動こうとしたときに脳が予測する感覚と,実際の感覚とのわずかなずれ(誤差)を認識できる能力がとても重要です.これまでの研究では,腕や指の動きを使ってこの能力が調べられてきましたが,実際に患者にとって最も必要とされる「歩行中」での仕組みはよく分かっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員らの研究チームは,歩行中の誤差を認識する能力について実験を行いました.健常な人がトレッドミル上を歩くときに,その歩いている自身の映像の動きを段階的に遅延させ,その「わずかな遅れ」に気づけるかどうかの実験を行いました.その結果,歩くリズムや自分の体の重さの感じ方,そして遅れに気づく割合は,映像の遅延が大きくなるほど高まることが分かりました.さらに,自身の映像を横から見ても後ろから見ても結果は同じで,観察する視点に左右されないことも確認されました.これらの成果は,歩行リハビリにおいて「感覚と運動を統合する力」を新たに評価する方法の開発につながる可能性が示されました.
研究内容
本研究の目的は,健常者を対象としたトレッドミル歩行中の視覚フィードバック遅延実験において,歩行パラメータ,身体の重量感,遅延誤差検出率の影響を臨床でも応用可能な形で調査することでした.また,リハビリ場面で一般的に用いられる歩行中の矢状面(左側)または前額面(後方)による視覚フィードバックが誤差検出課題に与える影響も不明でした.したがって,もう一つの目的として,異なる観察視点によって影響されるかどうかも調査しました(図1).

図1.実験手続き
参加者は,トレッドミル歩行中の姿をカメラで撮影され,リアルタイムに前方のモニターに映し出された.このフィードバックには遅延が設けられ,その遅延に気づいたかどうかの判断が求められた.遅延判断と同時に身体重量感も聴取された.歩行パラメータは加速度計にて計測された.
実験の結果,歩行パラメータ(ステップ時間・ストライド時間),身体の重量感,不一致検出率は遅延時間の増加とともに上昇し,これらのデータは観察視点に依存しないことが判明しました.本研究は,歩行中の患者の感覚運動統合機能を評価する手法開発に向けた重要な示唆を提供すると考えられます(図2).

図2.実験の結果
左:不一致(遅延)検出確率曲線を表す.遅延時間の増加に伴い,遅延判断(Yes)の回答確率が上昇していることがわかる.右上:遅延時間増加に伴う身体重量感の変化を表す(7段階評価).右下:遅延時間増加に伴うステップ時間の変化を表す. *p<0.05
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,歩行中の患者の感覚運動統合機能を評価する方法を開発するための重要な手がかりになる可能性が考えられます.
今後は脳卒中などの神経疾患患者への応用を行う予定です.
論文情報
Hayashida K, Nishi Y, Inui Y, Morioka S.
Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback.
Psychol Res. 2025 Sep 8;89(5):139. doi: 10.1007/s00426-025-02170-9.
関連する論文情報
Hayashida K, Nishi Y, Matsukawa T, Nagase Y, Morioka S.
Conscious Cogn. 2024 Jan;117:103622. doi: 10.1016/j.concog.2023.103622. Epub 2023 Dec 14.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 林田 一輝
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
子どもの“書きにくさ”を特性ごとに解明―DCD・ADHD・ASDの違いをタブレットで可視化
PRESS RELEASE 2025.8.29
学校生活において運筆・書字スキルは学習の基盤ですが,神経発達症のある子どもたちの多くが書く行為に困難を抱えています.発達性協調運動症(Developmental Coordination Disorder:DCD),注意欠如多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD),そして自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)と運筆・書字困難との関連はすでに指摘されていますが,先行研究結果は必ずしも一致しておらず,客観的な指標に基づいた各特性と書く能力との詳細な関連は不明でした.畿央大学大学院博士後期課程の片岡新 氏と信迫悟志 教授らは,診断名で分けるのではなく,各特性の強さに着目する「Dimensional approach(次元的アプローチ)」で解析を行い,デジタル機器で運筆スキルを定量的に評価し,堅牢な書字評価バッテリーで書字スキルを評価することで,特性ごとの運筆および書字運動プロファイルの違いを明らかにすることを目的としました.この研究成果は,Human Movement Science誌(Kinematic and kinetic characteristics of graphomotor skills in children with neurodevelopmental disorders: The impact of DCD, ADHD, and ASD traits)に掲載されています.
本研究のポイント
■DCD特性が強い子どもほど,描線の正確性(逸脱量),速度,加速度,ジャーク(動作の滑らかさ)など,多くの運筆指標が悪化することが明らかになった.
■ADHD特性が強い場合には,筆圧が強くなり,描線速度も速くなる傾向が認められた.特に曲線や三角波といった複雑な描線条件で顕著であり,一方で直線条件では能力低下との関連は見られなかった.
■ASD特性は二面性を示した.すなわち,「注意を細部に向ける特性」が強いと直線課題で速度,加速度,ジャークが悪化する一方,「注意の切り替え能力」が高いと書字スキル(書字流暢性)が向上するという,他の発達特性とは異なる特徴的な結果が得られた.
研究概要
本研究は,DCD,ADHD,ASDと診断された神経発達症の子ども17名(6〜11歳)を対象に,書字スキルおよび運筆スキルと神経発達特性との関連を調べた探索的研究です.書字スキルは Understanding Reading and Writing Skills of Schoolchildren II(URAWSS-II) を用いて「書字流暢性」を測定しました.運筆スキルは TraceCoder®を使用し,直線・正弦波・三角波の3条件(図1)で描線をトレースさせ,基準線からの逸脱量,筆圧,速度,加速度,ジャーク(動作の滑らかさ),描線面積 の6指標を定量的に測定しました.さらに,神経発達症特性の評価として Developmental Coordination Disorder Questionnaire(DCDQ),ADHD Rating Scale IV(ADHD-RS),Autism Spectrum Quotient(AQ) を使用しました.その他の測定項目には,年齢,学年,全検査IQ(FSIQ),レーヴン色彩マトリシス検査(RCPM),感覚プロファイル(SSP) を含めました.

図1. Trace coder®を使用した運筆評価
研究内容
本研究では,6~11歳の神経発達症(DCD,ADHD,ASD)の診断を有する児17名を対象に,神経発達症特性と運筆・書字スキルとの関連を検討しました.運筆スキルは,各条件(直線,正弦波,三角波)における基準線からの逸脱量,筆圧,速度,加速度,ジャーク(動作の滑らかさ),描線面積といった運動学的・運動力学的指標をTraceCoder®により測定し,書字スキルは URAWSS-II によって書字流暢性を評価しました.さらに,知的機能(FSIQ,RCPM)や感覚特性(SSP)も測定項目に含め,相関分析を行いました.
その結果,DCD特性が強い子どもほど,直線・正弦波・三角波といったいずれの描線課題においても,基準線からの逸脱が大きく,速度や加速度,ジャークの安定性が低下するなど,運筆の正確性や滑らかさが一貫して悪化することが示されました(図2,図3).

図2.相関ヒートマップ
縦軸に運筆スキル(運筆における運動学的・運動力学的指標)と書字スキル(書字流暢性)を示し,横軸に神経発達症特性(DCD,ADHD,ASD)を示す.
SLC:直線条件,SWC:正弦波条件,TWC:三角波条件

図3. 各神経発達症児の代表的な運筆波形
これらの知見は,書字運動の特性が単なる診断名ではなく,DCD・ADHD・ASDといった発達特性ごとに異なる形で現れることを示しており,子どもの「書きにくさ」に対して,より特性に応じた個別的な評価・支援が重要であることを強調しています.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,子どもの「書きにくさ」の背景にある多様なメカニズムを解明し,診断カテゴリーではなく特性に応じた評価と支援の必要性を示しました.特に,タブレット端末による定量的評価と URAWSS-II の標準化された書字評価を組み合わせることで,臨床や教育現場において,子どもの課題点を客観的かつ効率的に把握できる方法を提示しました.
さらに,ASD特性に見られた「注意の切り替え能力」と書字流暢性とのポジティブな関連は,書字困難を単なる弱点としてではなく,特性に応じた強みを生かす視点の重要性を示しています.
今後は,より大規模な調査や縦断的研究を通じて,発達に応じた書字スキルの変化や介入効果を検証し,特性に応じた支援プログラムの開発につなげていくことが期待されます.
論文情報
Kataoka S, Nakai A, Nobusako S.
Human Movement Science. 2025 Aug 18;103:103388. doi: 10.1016/j.humov.2025.103388. Epub ahead of print. PMID: 40829511.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 片岡 新
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
日常生活に不可欠な“両手を同時に独立して動かす能力”の発達変化
PRESS RELEASE 2025.7.30
一方の手で定規を押さえながら,他方の手で線を引く.一方の手で紙を持ちながら,他方の手でハサミで切る.あるいは,一方の手でお皿を保持しながら,他方の手でスプーンで食べ物をすくう.このように,両手を同時に異なる動きで使う“両手同時独立制御能力(Simultaneous Independent Bimanual Coordination)”は,日常生活において不可欠な動作スキルであり,その発達には運動制御や注意機能など多様な神経基盤が関与しています.しかしこの能力が,子どもにおいてどのように発達するのかについては,これまで十分に解明されていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科の信迫悟志 教授らの研究チームは,5〜13歳の定型発達児150名を対象に,両手で同時に異なる描画を行う「両手結合課題(bimanual circles–lines coupling task)」を用いて,この能力の発達過程を詳細に検討しました.その結果,年齢の増加とともに“両手を同時に独立して動かす能力”が徐々に向上することが明らかになりました.また,この課題で得られた指標は,標準化された微細運動技能テストによって測定された“両手協調運動技能”の得点とも有意に関連していることが示されました.この研究成果は,Frontiers in Human Neuroscience誌(Developmental Changes in Independent Bimanual Coordination: Evidence from the Circles–Lines Coupling Task in Children Aged 5–13 Years)に掲載されています.
本研究のポイント
■両手を同時に別々に動かす「両手同時独立制御能力」は,5〜13歳の間に徐々に向上することが示された.
■「両手同時独立制御能力」は,両手を協調させて目的を達成する両手協調運動技能と有意に関連していた.
■両手結合課題(BC課題)は,特別な設備を必要とせず短時間で実施可能であり,発達期における両手協調運動技能の評価ツールとして有用である.
研究概要
本研究では,5〜13歳の定型発達児150名を対象に,両手を同時に異なる動きで使う「両手同時独立制御能力(Simultaneous Independent Bimanual Coordination)」の発達変化を調査するため,両手結合(bimanual circles–lines coupling task: BC)課題を実施しました.この課題では,以下の2条件を設定しました(図1):
〇 片手条件:利き手でタブレット上に垂直線を繰り返し描く(図1_左).
〇 両手条件:同様に利き手で垂直線を描きながら,同時に非利き手で紙の上に円を反復描画する(図1_右).

図1. BC課題
本研究に参加した8歳の右利き女児の例.通常,図の両手条件にあるように,利き手で描いた垂直線は,非利き手の円運動の影響を受けて,楕円形に歪んでしまう.したがって,両手条件でこの歪みの程度が少ないことは,両手を同時に別々に動かす能力が高いことを表す.
通常,両手条件においては,非利き手による円運動のプログラムからの干渉(影響)により,利き手で描かれた直線が楕円状に歪む現象が見られます.本研究では,この線の歪みの程度を楕円化指数(Ovalization Index: OI)として算出しました.OIは,0に近いほど直線性が保たれ,100に近いほど正円に近づくことを意味します.さらに,両条件間のOIの差分を両手干渉効果(Bimanual Coupling Effect: BCE)として定量化しました.BCEの値が小さいほど,両手を同時に独立して動かす能力が高いことを示します.さらに,協調運動技能の標準化検査の手先の器用さテストを実施し,BCEとの関連も検討しました.
研究内容
本研究では,5〜13歳の定型発達児150名を対象に,両手で異なる運動を同時に行う能力を評価するためのBC課題(図1)および微細運動技能検査(利き手スキル,非利き手スキル,両手スキル,利き手の運筆スキル,総合)を実施しました.BC課題(片手条件,両手条件)で測定された利き手の運動軌跡の歪みをOIとして算出し,両条件間のOIの差をBCEとして定量化し,年齢との関係性および微細運動技能との関連性を検討しました.その結果,全ての年齢群において両手条件のOIは片手条件よりも有意に高く,BCEの存在が確認されました.そして,片手条件および両手条件のOIは年齢とともに有意に低下し,運動軌跡の直線性が向上していくことが示されました(図2).また,BCEも年齢と有意な負の相関を示し,年齢の増加に伴い干渉効果が弱まり,両手を同時に独立して制御する能力が徐々に発達することが示唆されました(図3).

図2. 年齢群間比較結果

図3. 年齢とBC課題変数との相関関係
さらに,年齢を統制したうえでの偏相関分析では,BCEおよび両手条件でのOIが,両手協調運動技能と有意に関連していることが明らかとなりました(図4).

図4. 年齢を制御したBCEと両手協調運動技能との偏相関関係
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究では,両手で異なる運動を同時に行う「両手同時独立制御能力」が,5歳から13歳にかけて徐々に発達することが,行動レベルで明らかになりました.またこの能力は,左右の手を協調させてひとつの目的を達成する「両手協調運動技能」とも有意に関連していることが示されました.
この「両手同時独立制御能力」の発達には,前頭−頭頂ネットワーク,前頭前野(実行機能・注意制御),脳梁を介した左右の大脳半球間の情報伝達・抑制機構,という3つの神経的成熟が関与すると考えられており,本研究結果は,これらの神経基盤の発達過程を行動的に捉えたものと位置づけることができます.
さらに,既存の標準化された協調運動技能検査では,年齢に応じて異なる課題や道具を用意する必要がありますが,BC課題はタブレットと紙,ペンのみで実施可能であり,年齢にかかわらず同一の手順で短時間に評価が可能です.こうした特徴から,BC課題は発達期における両手協調能力の発達段階を簡便かつ定量的に評価できる実用的な手法として有用である可能性が示されました.今後は,この課題を特別な支援を必要とする子どもたちにも応用することで,運動機能のより的確な評価や,リハビリテーション,運動学習支援への実践的な活用が期待されます.
論文情報
Nobusako S, Hashizoe K and Nakai A (2025)
Front. Hum. Neurosci. 19:1620941. doi: 10.3389/fnhum.2025.1620941
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
脊髄損傷によるしびれ感に対するしびれ同調経皮的電気神経刺激の効果 -N-of-1試験による効果検証-
PRESS RELEASE 2025.6.26
脊髄損傷患者の多くはしびれ感が併発し,その改善に難渋することから生活の質や治療満足度が低下します.この喫緊の課題に対して,我々はしびれ同調経皮的電気神経刺激(TENS)を開発しましたが,プラセボ効果の影響は検討できていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは,N-of-1試験によりしびれ同調TENSがプラセボ効果よりも有意にしびれ感が改善することが明らかにしました.この研究成果はThe Journal of Spinal Cord Medicine誌(Tailored transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesia in individuals with spinal cord injury: A randomized N-of-1 trial)に掲載されています.
本研究のポイント
■脊髄損傷によるしびれ感に対して,しびれ同調TENSおよびプラセボ効果を比較検証した.
■集団および個人内ともに,プラセボ効果と比較してしびれ同調TENSはしびれ感を改善した.
■しびれ同調TENSはしびれ感のみならず,アロディニアもプラセボ効果より有意に改善した.
研究概要
脊髄損傷患者において,しびれ感は主に両側に生じる一般的な合併症であり,日常生活活動や生活の質が著しく低下します.しびれ感に対する第一選択治療は薬物療法ですが,その効果は限定的で,副作用の報告もあります.そのため,しびれ感は未解決の問題(アンメット・ニーズ)と位置づけられてきました.これに対し,我々は,しびれ同調経皮的電気神経刺激(しびれ同調TENS)を開発しました.本介入は電気刺激のパラメータを個人のしびれ感に一致させるテーラーメイドな介入であり,しびれ感が改善することを先行研究にて報告しています(Nishi et al., Front Hum Neurosci 2022, Front Hum Neurosci 2024).一方,従来の電気刺激療法では,電気刺激本来の効果のみならずプラセボ効果の影響が報告されており,しびれ同調TENSにおいても同様の作用が推察されます.しかしながら,しびれ同調TENSにおけるプラセボ効果の影響は明らかになっていませんでした.一般的に,プラセボ効果の影響はランダム化比較試験により検証されますが,個人への一般化が制限され,個人内介入効果が不明瞭になる可能性があります.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは,N-of-1試験により,しびれ同調TENSの集団および個人内の効果を検証しました.その結果,集団レベルおよび個人レベルの両方で,しびれ同調TENSはプラセボ効果よりもしびれ感を改善することを初めて明らかにしました.
研究内容
本研究の目的は,脊髄損傷によるしびれ感に対して,しびれ同調TENSとプラセボ効果を集団および個人内で検証することでした.そこで,脊髄損傷患者6名を対象に,無作為化プラセボ対照N-of-1試験を実施しました.各試験はしびれ同調TENSとプラセボ効果を反映するSham-TENS(各7日間,1日60分刺激)の2つの治療で構成され,各介入はランダムな順序で2セット行われました.主要評価としてしびれ感の主観的強度をNumerical Rating Scale(NRS)毎日評価し,副次評価として各期で短縮版マクギル痛み質問表(SF-MPQ-2)を評価しました.統計解析では,プラセボ効果(Sham-TENS)を差分したしびれ同調TENSの介入効果(しびれ感NRS)を集団―個人内で検証するために,階層的ベイズモデルを実施しました.また,しびれ感を含めた疼痛関連症状への波及効果(SF-MPQ-2)はベイズt検定を用いてしびれ同調TENSとSham-TENSで比較しました.その結果,しびれ同調TENSは集団レベルおよび個人レベルの両方で,臨床的に意義のある最小変化量を高確率(96~100%)で上回りました(図1).また,Sham-TENSと比較して,しびれ同調TENSは触るだけで痛いアロディニア,チクチク感,しびれ感に関するSF-MPQ-2の項目で決定的証拠(Bayes Factor10 > 1000)としてのしびれ感の改善を示しました.以上の結果は,しびれ同調TENSがしびれ感を有する脊髄損傷患者という集団に有効であるとともに,テーラーメイドな治療のため,各個人の多様なしびれ感(ビリビリ・チクチクの内省や強度)にも有効であることを示唆しています.

図1. A)プラセボ効果(Sham-TENS)を差分したしびれ同調TENSにおける改善効果の確率密度関数.点線は臨床的に意義のある最小変化量であり,臨床的に意味のある治療効果の確率は、点線の右側の曲線領域で表される.B) 改善効果確率の累積プロット.図1Aの確率密度関数を累積的に表現することで,しびれ同調TENSの改善効果を確率として解釈することができる.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,しびれ同調TENSが,非薬物療法としてしびれ感に対する新規標準介入となる可能性があることを支持しています.今後は大規模な介入効果検証や他疾患のしびれ感に対する効果検証を行う予定です.
論文情報
Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yuji Minamikawa, Michihiro Osumi, Shu Morioka
The Journal of Spinal Cord Medicine, 2025.
・関連する先行研究
Nishi Y, Ikuno K, Minamikawa Y, Igawa Y, Osumi M, Morioka S. A novel form of transcutaneous electrical nerve stimulation for the reduction of dysesthesias caused by spinal nerve dysfunction: A case series. Front Hum Neurosci. 2022;16:937319. Published 2022 Aug 24. doi:10.3389/fnhum.2022.937319
URL: https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2022.937319/full
Nishi Y, Ikuno K, Minamikawa Y, Osumi M, Morioka S. Case report: A novel transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesias and motor behaviors after transverse myelitis. Front Hum Neurosci. 2024;18:1447029. Published 2024 Nov 6. doi:10.3389/fnhum.2024.1447029
URL: https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2024.1447029/full
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 西 祐樹
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
脳卒中後失行症における感覚−運動統合の障害と保持された明示的行為主体感の乖離
PRESS RELEASE 2025.6.20
脳卒中後にみられる四肢失行は,運動麻痺や感覚障害がないにもかかわらず,意図的な行為が困難になる高次脳機能障害の一つです.この障害の背景の一部には,運動と感覚の統合の不具合,すなわち「感覚−運動統合」の破綻があるとされていますが,それがどのように「自分が自分の行為を引き起こしている」という感覚(=行為主体感,Sense of Agency: SoA)に影響するかは不明でした.畿央大学大学院の信迫悟志 教授,森岡周 教授らは,嶋田総太郎 教授(明治大学),前田貴記 講師(慶應義塾大学)らと共同で,左半球脳卒中患者を対象に,「感覚−感覚統合」および「感覚−運動統合」の時間的な処理幅(=時間窓)と,明示的なSoAの時間窓を比較する実験を実施しました.その結果,失行を有する患者では「感覚−運動統合」の時間窓が著しく歪んでいる(=遅延検出が困難)一方で,明示的なSoAの時間窓は保持されていることが示されました.この研究成果は,Frontiers in Human Neuroscience誌(Distorted time window for sensorimotor integration and preserved time window for sense of agency in patients with post-stroke limb apraxia)に掲載されています.
本研究のポイント
■失行症を有する患者では,「自己運動」と「視覚フィードバック」との時間的一致/不一致を検出する能力(=感覚−運動統合の時間窓)が著しく歪んでいた.
■一方で,「受動運動」と「視覚フィードバック」との時間的一致/不一致を検出する能力(=感覚−感覚統合の時間窓)と「自分の行為によってその結果が生じた」と明示的に感じられる時間幅(=明示的SoAの時間窓)は保持されていた.
■感覚−運動統合の時間窓の歪みは失行の重症度と有意に相関していたが,感覚−感覚統合の時間窓や明示的SoAの時間窓にはそのような相関は認められなかった.
■感覚−運動統合の破綻とSoAの保持という乖離は,失行患者において高次の認知的補償機構(メタ認知や概念的推論)が働いている可能性を示唆する.
研究概要
脳卒中後にみられる失行症は,運動麻痺や感覚障害がないにもかかわらず,日常生活上の様々な意図的な動作(ジェスチャー,パントマイム,模倣,道具使用)が困難となる高次脳機能障害です.その背景には,自己の運動と感覚的な結果との統合(感覚−運動統合)の障害があるとされますが,それが「自分の行為によって結果が生じた」と感じる意識経験(SoA)にどのような影響を及ぼすかは明らかではありませんでした.
本研究では,左半球脳卒中後の患者を対象に,感覚−感覚統合,感覚−運動統合,および明示的なSoAの時間窓を定量的に測定する2つの心理物理課題を実施し,その関連性を検討しました.その結果,感覚−運動統合にのみ障害がみられた一方で,SoAの時間窓は保たれており,SoAにおける高次認知的補償機構の存在が示唆されました.
研究内容
本研究では,左半球脳卒中患者20名(失行群9名,非失行群11名)を対象に,2つの心理物理課題を用いて,感覚-感覚/感覚-運動統合と明示的SoAの時間窓を比較検討しました.失行の有無はApraxia screen of TULIA (AST)により評価されました.
遅延検出課題:
この課題では,参加者には,左示指の受動運動および能動運動に対するその映像フィードバックの遅延を検出してもらいました.映像遅延は0〜600msまでの7段階(100ms刻み)で設定され,各条件下で遅延の有無を強制選択で回答してもらいました(図1).
その結果,失行群では能動運動に対する視覚フィードバックの遅延を検出する感覚−運動統合の時間窓(能動-DDT)が有意に延長しており(遅延検出が困難),その判断の明瞭さ(能動-steepness)も緩やかであることが示されました.一方で,受動運動に対する視覚フィードバックの遅延を検出する感覚−感覚統合の時間窓(受動-DDT)とその判断の明瞭さ(受動-steepness)には群間差が認められませんでした(図3, 図4).

図1. 遅延検出課題
明示的SoA課題:
この課題では,参加者のボタン押しによって,画面上の正方形の図形(□)がジャンプします.ただし,実際にはボタンを押してから□がジャンプするまでに,0〜1000ミリ秒の間で設定された11(100ms刻み)遅延がランダムに挿入されます.各試行の後,参加者は「自分のボタン押しによって□がジャンプしたと感じたかどうか」について,“はい/いいえ”で主観的に回答します.この回答をもとに,どの程度の時間的遅延まで「自分のボタン押しが□ジャンプの原因である」と感じられるか,すなわちSoAが保たれる時間幅(=SoAの時間窓)を定量的に評価しました(図2).
その結果,失行群と非失行群の間で,SoAの時間窓(PSE)や判断の明瞭さ(SoA-steepness)に有意差は認められず,明示的なSoAは保持されていることが示されました(図3, 図4).

図2. 明示的SoA課題
※Keio Method: Maeda T. Method and device for diagnosing schizophrenia. International Application No.PCT/JP2016/087182. Japanese Patent No.6560765, 2019.

図3. 遅延検出確率曲線と明示的SoA判断曲線

図4. 群内・群間比較結果
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は,脳卒中後失行症を呈した患者において,感覚−運動統合に明らかな障害がある一方で,明示的なSoAは保持されているという乖離を,初めて実証的に示しました.この結果は,SoAが単一の過程ではなく,低次の感覚−運動レベル(予測誤差の検出など)から高次の認知的判断レベル(自己帰属の判断)までの階層的なプロセスで構成されているという近年の理論枠組みを支持するものです.とりわけ,低次レベルに障害があっても高次の判断が保持されうるという点は,SoAの可塑性や補償のあり方を理解するうえで重要な示唆を与えます.本研究は,失行という病態を通じて,ヒトにおけるSoAの生成メカニズムをより深く理解するための貴重な手がかりを提供するものです.
論文情報
Nobusako S, Ishibashi R, Maeda T, Shimada S and Morioka S.
Front. Hum. Neurosci. 2025.
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
パーキンソン病の起立動作能力低下に関連する臨床症状および生体力学的特性の解明
PRESS RELEASE 2025.6.9
パーキンソン病(PD)患者の起立動作(Sit-to-Stand: STS)障害は,上肢補助なしで評価することにより,時間延長,起立失敗,離臀(りでん)失敗へと段階的に進行しますが,それぞれの段階に特異的な臨床症状および生体力学的要因は明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の岩井將修氏と岡田洋平教授らは,PD患者と健常者を対象に,上肢補助なしでのSTS動作を床反力計により評価しました.その結果,STS動作の段階的な進行には,体重移動能力の段階的な低下が関連することを示しました.また,STS動作の遅延は,臀部加速などの生体力学的異常と関連し,起立失敗は下肢寡動や足部の早期減速と,また離臀失敗は,姿勢制御機能の低下が強く関連することも示しました.本研究により,PD患者のSTSの障害の早期の進行に伴い,主たる関連要因が変化することが初めて明らかになりました.これらの知見は,動作障害の段階に応じた評価と予防的介入の基盤となるため,臨床的意義が極めて高いものです.本研究成果はMovement Disorders Clinical Practice誌(Clinical and Biomechanical Factors in the Sit-to-Stand Decline in Parkinson’s Disease)(IF: 4.0)に掲載されました.
本研究のポイント
■パーキンソン病患者の上肢補助なしの起立動作(Sit-to-Stand: STS)を,成功群・起立失敗群・離臀失敗群に分類し,床反力計による生体力学的要因の評価と臨床評価により各段階の特徴を検討した.
■STS能力の段階的な低下に伴い,体重移動能力も段階的に低下することが示された.
■各段階には特異的な生体力学的要因や臨床症状が関与しており,時間延長には臀部加速の低下,起立失敗には下肢寡動と足部早期減速,離臀失敗ではバランス機能の低下が特に関与することが示された.
研究概要
パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者の起立(Sit-to-Stand: STS)動作の障害は,早期から段階的に進行することが知られていますが,各段階における臨床症状や生体力学的特性の違いは十分に解明されていませんでした.PD患者のSTS動作の障害の進行を予防するためには,早期の異常を的確に捉え,その関連要因について理解することは極めて重要です.
畿央大学大学院博士後期課程の岩井將修氏と岡田洋平教授らは,PD患者と健常高齢者を対象に,上肢補助なしのSTS動作を床反力計で解析しました.その結果,PD患者ではSTS動作能力が段階的に低下し,時間延長,起立失敗,離臀失敗へと進行すること,および各段階で異なる主因子が関与することを初めて明らかにしました.具体的には,STS動作の遅延には体重移動能力の低下や臀部加速の異常が,起立失敗には下肢寡動と足部早期減速が,離臀失敗にはバランス機能の低下が関連していました.本研究は,PD患者のSTS障害の進行様式とそれに関与する要因を体系的に明示した初の研究であり,段階別の個別介入設計に資する重要な知見です.
研究内容
本研究では,パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者における起立動作(Sit-to-Stand: STS)の障害が,上肢補助なしの動作では,時間延長・起立失敗・離臀失敗と段階的に進行することに着目し,それぞれの段階に関連する臨床症状および生体力学的因子を明らかにすることを目的としました.本研究では,健常高齢者とPD患者を対象に上肢補助なしSTS動作の評価を床反力計上で実施し,健常高齢者群,STS動作成功群,起立失敗群,離臀失敗群の4群に分けました(図1).

生体力学的指標としては,体重移動能力や加速,減速力やその発揮のタイミング,反復動作の頻度などを計測しました(図2).また,臨床評価として,各運動症状(Movement Disorder Society-sponsored revision of the Unified Parkinson’s Disease Rating Scale part 3:MDS-UPDRS part3),バランス能力(Mini-Balance Evaluation Systems Test: Mini-BESTest),下肢筋力の評価を実施しました.

その結果,STS動作の段階的な進行には,体重移動能力の段階的な低下が関連することを示しました.また,STS動作の遅延は,臀部加速などの生体力学的異常とも関連し,起立失敗は下肢寡動や足部の早期減速と,また離臀失敗は,姿勢制御機能の低下が強く関連することも示しました(図3).

これらの結果から,STS動作の早期の障害の段階的な進行には,臀部から足部への体重移動能力の低下が一貫して関与することが示されたが,各段階において,特異的に関連する運動力学的要因や臨床症状が存在する可能性が示唆されました.本研究結果は,PDのSTS障害の早期の異常を捉え,有効な予防介入戦略を検討する上で基盤となる重要な知見となると考えられます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究結果は,PD患者のSTSの早期の障害とその変化,そして関連する臨床症状や生体力学的特性に関する理解を促す基礎的な知見となり,障害の進行を予防するための介入戦略を検討する上で極めて重要な知見である.今後は,本研究結果を踏まえたPDのSTS障害に対する介入の効果検証や着座動作の障害に対する検討も進めていく予定である.
論文情報
Masanobu Iwai, Shigeo Tanabe, Soichiro Koyama, Kazuya Takeda, Yuichi Hirakawa, Ikuo Motoya, Yuta Okuda, Yutaka Kikuchi, Hiroaki Sakurai, Yoshikiyo Kanada, Mami Kawamura, Nobutoshi Kawamura, Yohei Okada.
Clinical and Biomechanical Factors in the Sit-to-Stand Decline in Parkinson’s Disease
Movement Disorders Clinical Practice, 2025
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 岩井 將修
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 岡田 洋平
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp




