自他弁別閾値付近での運動経験は運動主体感の感度を向上させる-運動主体感の可塑性-

PRESS RELEASE 2026.5.29

この運動は自分自身が引き起こしたと感じる意識経験を運動主体感といい,リハビリテーションにおいて大事な感覚とされています.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,立教大学の温文 教授との共同研究において,自分の運動かどうかを判断できる境界付近での運動の繰り返し経験によって,運動主体感の感度を向上させることを報告しました. この研究成果は,Acta psycologica誌(Near the self–other discrimination threshold, experience of goal-oriented movement increases the sensitivity of the sense of agency)に掲載されています.この研究は,CREST(ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用)の一部として行われています.

研究概要

この運動は自分自身が引き起こしたものだと感じる意識経験を運動主体感といい,身体的な自己感を形成する上で重要な感覚と言われています.そのため運動主体感はリハビリテーションを進める上で大事な意識経験とされていますが,その可塑的変化の可能性についてほとんどわかっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,立教大学の温文 教授との共同研究において,自分の運動かどうかを判断できる境界付近での目標志向運動の繰り返し経験によって,運動主体感の感度を向上させることを実験的に立証しました.対照実験として,自分の運動であることを容易に判断できる条件下での繰り返し経験では,運動主体感の変化は認められませんでした.この研究成果は運動主体感への介入可能性についての発見であり,リハビリテーション領域のみならず,心理学分野における発展性にも貢献しうる可能性を秘めています.

本研究のポイント

■自分の運動かどうかを判断できる境界付近での繰り返し経験によって運動主体感の感度を向上させる可能性がある

研究内容

この運動は自分自身が引き起こしたものだと感じる意識経験を運動主体感といい,身体的自己(embodiment)を形成する上で重要な感覚と言われています.運動主体感はリハビリテーションを進める上で大事な意識経験とされていますが,その可塑的変化の可能性については不明でした.例えば,脳卒中後の感覚運動障害によって感覚運動不一致が生じた結果,運動主体感は低下しますが,その回復プロセスに応じて改善が期待されます.しかしながら,ごく短期間の可塑的変化についてもわかっていませんでした.本研究では,明確に定義された外部目標を持ち,かつ自他弁別許容範囲内の感覚運動不一致の運動経験を行うことは,運動制御への注意を向けさせ,それによって運動主体感に対する感受性を高める可能性を検証しました.

実験は,健常若年者を対象に行われ,自他弁別閾値付近の運動を経験する中程度不一致群とほとんど自己の運動と判断できる運動を経験する低不一致群に分けられました.事前段階,経験段階,事後段階の3段階で構成されました.事前および事後段階では,自己他者弁別課題を行いました(図1左).この段階では,マウスカーソルの運動に対する視覚フィードバックが自己運動制御レベル100%(他者運動混入0%)から自己運動制御レベル0%(他者運動混入100%)をランダムに提示され,その視覚フィードバックが自己の運動に基づくかどうかを判断する不一致検出課題でした.この課題によって,運動主体感の感受性の定量化および個々の不一致検出閾値を設定することができました.経験段階では目標到達運動課題を行いました(図1右).この段階で中程度不一致群は,自己運動制御が閾値レベル,閾値より10%低いレベルおよび閾値より10%高い3つのレベルを経験しました.低不一致群は,自己運動制御が80%,90%および100%のレベルを経験しました.

図1.実験課題

実験参加者は連続的に五芒星を書くように求められました.この例でモニター上のカーソルは,実験参加者自身のマウス操作に関して「自己運動制御70%」の条件を表しています.各試行の後,「コントロールできていると感じたか」という質問に対して,動きを制御できていると感じた場合は「はい」と答えるよう指示されました.図1右.目標到達運動課題:上下左右にランダムに提示するターゲットにマウスで到達させる課題です.低不一致群は一貫して自己運動制御80-100%レベルでした.中等度不一致群では,例えば不一致検出閾値が50%の場合,自己運動制御が40%,50%,60%レベルで目標到達運動を遂行しました.

実験の結果,中等度不一致群では事前段階に比べて事後段階で運動主体感の感度が向上しました(図2).これまでは不一致の経験は運動主体感を低下させるというのが定説でしたが,本研究はこれに異議を唱える結果となっています.

図2.運動主体感の感受性の変化

自分の運動か判断できる絶妙なラインでの到達運動の繰り返し経験は,自己の運動制御にほどよい注意をもたらし,運動主体感の感受性をむしろ上げたのではないかと考えられます.これはリハビリテーションにおける運動課題の難易度を設定する上で重要なキーワードとなる可能性があります.運動課題をできるかできないかという視点のみならず,その運動が自己のもと判断できるかどうかという視点も合わせて考慮することで運動学習効果やリハビリテーション効果に寄与するかもしれません.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果によって,運動主体感の可塑的変化の可能性について言及することができました.

今回は短時間での変化でしたが,この継続効果などを検証する必要があります.

論文情報

Kazuki Hayashida, Mizuho Mishima, Miho Ohnishi, Daito Iyanaga, Wen Wen, Shu Morioka

Near the self–other discrimination threshold, experience of goal-oriented movement increases the sensitivity of the sense of agency

Acta Psychol (Amst). 2026 May 21;267:107095

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 林田一輝

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

進行期パーキンソン病患者における足こぎ車椅子と手動車椅子の持久性および効率性:予備的研究

PRESS RELEASE 2026.5.29

進行期パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者では,歩行能力の低下により車椅子が必要となります.手動車椅子では直進駆動や方向転換が困難となり,移動が制限される場合がありますが,足こぎ車椅子ではペダリング動作とジョイスティック操作によりそれらの制約が軽減され,効率的かつ持続的な駆動が可能となる可能性があります.しかし,その有用性はこれまで客観的に検証されていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の金蔵満百合氏と岡田洋平教授らは,進行期PD患者を対象に,6分間駆動テストを用いて足こぎ車椅子と手動車椅子の持久性および効率性を比較しました.その結果,足こぎ車椅子は,方向転換を含む走行路において,手動車椅子よりも長距離を効率的に移動できる可能性が初めて示されました.本研究成果はJournal of Movement Disorders誌(Endurance and Efficiency of Cycling and Manual Wheelchairs in Late-Stage Parkinson’s Disease: A Preliminary Study)に掲載されています.

研究概要

進行期パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)では,歩行能力の低下により車椅子での移動が必要となります.手動車椅子では直進駆動や方向転換が困難で,移動が制限される場合がありますが,足こぎ車椅子はペダリング動作とジョイスティック操作によりそれらの制約が軽減され,効率的で持続的な駆動が可能となる可能性があります.しかし,進行期PDにおいて方向転換を含む連続的な移動におけるそれらの比較検証は行われていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の金蔵満百合氏と岡田洋平教授らの研究チームは,Hoehn and Yahr stage 4~5の進行期PD患者9名を対象に,足こぎ車椅子と手動車椅子の持久性および効率性を比較する予備的研究を実施しました.対象者は,方向転換を含む走行路で,足こぎ車椅子と手動車椅子の両方による6分間駆動テストを実施し,総駆動距離,駆動速度,心拍数の変化量,効率性の指標であるPhysiological Cost Index(PCI)を評価しました.PCIは,心拍数の変化量を駆動速度で除して算出しました.

その結果,すべての対象者で,足こぎ車椅子は手動車椅子と比較して,6分間の総駆動距離と駆動速度が有意に高値を示しました.一方で,駆動前後の心拍数の変化量や主観的疲労感には有意差を認めず,より長距離かつ効率的な移動を可能にすることが示されました.

これらの結果から,進行期PD患者において,足こぎ車椅子は,方向転換を含む走行路で持久性と効率性の高い移動手段である可能性が初めて示されました.今後は,対象者数を増やした検証や,生活場面における実際の使用効果を明らかにする研究が期待されます.

本研究のポイント

■進行期パーキンソン病患者9名を対象に,方向転換を含む屋外走行路で,手動車椅子と足こぎ車椅子による6分間駆動テストを実施し,車椅子駆動における持久性と効率性を比較しました.持久性は総駆動距離と駆動速度で評価し,効率性は心拍数の変化量を駆動速度で除して算出されるPhysiological Cost Index(PCI)で評価しました.

足こぎ車椅子では,手動車椅子と比較して総駆動距離と駆動速度が大きく,方向転換を含む連続的な走行において,より長距離の移動が可能であることが示されました.Hoehn and Yahr stage 5の患者に限定した解析でも,同様に足こぎ車椅子で駆動距離と速度が大きい傾向が示されました.

■足こぎ車椅子では,駆動効率を示すPCIが手動車椅子と比較して低く,より効率的な移動が可能であることが示されました.一方で,心拍数の変化量や主観的疲労感には有意差を認めず,足こぎ車椅子は心負荷や疲労感を増大させることなく,進行期PD患者の自律的な移動や生活範囲の拡大に貢献する可能性が示されました.

研究内容

本研究は,進行期パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者における足こぎ車椅子および手動車椅子の持久性と効率性を比較検証することを目的とした予備的研究です.Hoehn and Yahr stage(HY) 4~5の進行期PD患者9名を対象に,足こぎ車椅子と手動車椅子の6分間駆動テストを実施しました.本研究では,屋外の平坦な走行路において,方向転換を含む条件で計測を行いました.すべての対象者は,より症状の軽い側へ方向転換する条件で走行を開始しました.持久性の指標として総駆動距離と駆動速度を評価し,効率性の指標として,心拍数の変化量を駆動速度で除して算出されるPhysiological Cost Index(PCI)を用いました.足こぎ車椅子はペダリングにより駆動し,対象者は利き手でジョイスティックを操作して方向転換しました(図1).

図1:走行路および手動車椅子と足こぎ車椅子

その結果,足こぎ車椅子は手動車椅子と比較して,方向転換を含む走行路において,より長距離かつ効率的な移動を可能にすることが明らかになりました.一方で,心拍数の変化量や主観的疲労感には有意差を認めず,足こぎ車椅子は心拍数の上昇や疲労感を増大させることなく,より長距離の移動を可能にすることが明らかになりました.

図2:手動車椅子と足こぎ車椅子における総駆動距離および心拍数の変化量,駆動効率の比較

さらに,HY stage 56名のPD患者においても,足こぎ車椅子では手動車椅子と比較して駆動距離と駆動速度が大きく,PCIが低い傾向が示されました.これらの結果は,歩行能力が著しく低下した進行期PD患者においても,足こぎ車椅子がより長距離かつ効率的な移動を可能にすることを示唆しています.

 

以上より,進行期PD患者において,足こぎ車椅子は,手動車椅子と比較して持久性および効率性の高い移動手段である可能性が示され,今後は,対象者数を増やした検証や,生活場面における実際の使用効果を明らかにする研究が期待されます.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究結果は,進行期PD患者における足こぎ車椅子および手動車椅子の持久性と効率性を明らかにし,移動手段が限られる進行期PD患者の自律的な移動や生活範囲の拡大を支援する上で重要な知見であると考えます.今後は,足こぎ車椅子の実生活場面での有用性を検証するとともに,手動車椅子における運動学的な特性についても検討し,進行期PD患者に適した車椅子移動支援のあり方を進めていく予定です.

論文情報

Mayura Konzo, Masaru Narita, Masaki Naito, Ayumi Ide, Taiyo Kai, Dai Wakabayashi, Wataru Fujita, Tomohiro Shibata, Yohei Okada

Endurance and Efficiency of Cycling and Manual Wheelchairs in Late-Stage Parkinson’s Disease: A Preliminary Study

J Mov Disord. 2026 Apr;19(2):203-207.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 金蔵満百合

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 岡田 洋平

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp

転倒歴のある高齢者を姿勢のゆらぎから捉える-重心動揺の時間的構造に着目した探索的研究-

PRESS RELEASE 2026.5.26

高齢者の転倒は,けがや活動量の低下,生活の自立度の低下につながる重要な課題です.これまで,重心動揺計を用いた評価では,動揺の大きさや速度などの量的指標が主に用いられてきました.しかし,姿勢制御の変化は,「揺れの大きさ」のみでは十分に捉えられない可能性があります.畿央大学大学院博士後期課程の若林汰氏と岡田洋平教授らは,公開データを用いて高齢者の重心動揺データを解析し,従来の線形指標に加えて,ゆらぎの複雑性や規則性を示す非線形指標を算出しました.さらに,これらの指標と転倒歴との関連を検討しました.この研究成果はSensors誌 (Non-linear Center-of-Pressure Features Associated with Fall History in Older Adults: An Exploratory Analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

高齢者の重心動揺データを用いて,転倒歴と姿勢動揺指標との関連を探索的に検討した.

従来の動揺速度や動揺面積に加えて,マルチスケールエントロピーや再帰定量化分析など,姿勢動揺の時間的構造を示す非線形指標を解析した.

単一の指標では明確な群間差は認められなかったが,探索的な多変量解析では,非線形指標が転倒歴に関連する情報を補足する可能性が示唆された.

研究概要

高齢者の転倒は,骨折や活動量の低下,生活の質の低下につながる重要な健康課題です.転倒リスクを評価する方法の一つとして,立位時の重心動揺を測定する方法があります.従来は,重心の移動距離,動揺速度,動揺面積など,主に「どれだけ大きく揺れているか」を示す量的指標が用いられてきました.しかし,姿勢制御は視覚,前庭感覚,体性感覚,筋骨格系など複数の要素が相互に関わる動的な制御過程であるため,同じような揺れの大きさであっても,その背景にある制御戦略は異なる可能性があります

そこで本研究では,公開されている高齢者の重心動揺データを用いて,転倒歴のある高齢者と転倒歴のない高齢者を比較しました.解析では,従来の線形指標に加えて,マルチスケールエントロピー,再帰定量化分析,フラクタル次元,Stabilogram Diffusion Analysis,Sway Density Curveなど,姿勢動揺の時間的構造や複雑性を捉える非線形指標を算出しました.また,年齢や身体特性,疾患,服薬状況などの背景因子の影響をできるだけ調整するため,傾向スコアマッチングを用いた解析も行いました.その結果,マッチング後の単一指標の比較では,転倒歴の有無による有意な差は認められませんでした.一方で,SHAPを用いた探索的な多変量解析では,姿勢動揺の時間的構造や複数の時間スケールに関わる非線形指標がモデル出力に比較的大きく関与する傾向が示されました.これは,転倒歴に関連する情報が,単一の動揺量指標として明確に現れるのではなく,複数の指標を組み合わせた姿勢制御の「質的な特徴」として反映される可能性を示すものです

研究内容

本研究では,高齢者の転倒歴と立位姿勢動揺との関連を検討することを目的に,公開されている重心動揺データベースを用いました.対象は60歳以上の高齢者で,過去12か月間の転倒歴に基づき,転倒歴あり群と転倒歴なし群に分類しました.解析対象は,硬い床面上での開眼条件および閉眼条件における60秒間の静止立位データとしました.

まず,重心動揺の大きさやばらつきを評価するため,平均動揺速度,95%信頼楕円面積,前後方向・左右方向の速度,速度の標準偏差などの線形指標を算出しました.次に,姿勢動揺の時間的構造を評価するため,マルチスケールエントロピー,再帰定量化分析,フラクタル次元,Stabilogram Diffusion AnalysisSway Density Curveなどの非線形指標を算出しました.これにより,単なる動揺量だけでなく,動揺がどのような時間的パターンで変化しているのかを評価しました.

背景因子の影響を調整するため,年齢,性別,BMIADL,疾患の有無,服薬数,障害の有無,装具使用の有無を用いて傾向スコアマッチングを行いました.その結果,マッチング後の単一指標の比較では,開眼・閉眼条件ともに,転倒歴の有無による有意な差は認められませんでした.一方で,SHAPを用いて各指標がモデル出力にどの程度寄与しているかを検討した結果,動揺速度などの従来指標に加えて,マルチスケールエントロピーや再帰定量化分析など,姿勢動揺の時間的構造を反映する非線形指標が比較的高く寄与する傾向が示されました(図1).研究グループは,転倒リスクに関わる姿勢制御の特徴は,単一の指標では捉えにくく,動揺量と時間的構造を組み合わせて評価する必要があると考察しています.

図1.SHAP解析による姿勢動揺指標の寄与と安定性

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究の臨床的意義は,高齢者の転倒歴に関連する姿勢制御の特徴を捉えるうえで,従来の動揺速度や動揺面積などの量的指標だけでなく,姿勢動揺の複雑性や規則性といった「ゆらぎの質」に着目する重要性を示した点にあります.一方,本研究は公開データを用いた探索的解析であり,対象者数や転倒歴の情報には限界があります.そのため,本結果は臨床で直ちに使用できる判定指標を示すものではなく,今後の大規模研究に向けた仮説生成的知見として位置づけられます.

論文情報

Wakabayashi D, Okada Y.

Non-Linear Center-of-Pressure Features Associated with Fall History in Older Adults: An Exploratory Analysis.

Sensors (Basel). 2026 Apr 8;26(8):2298.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 若林 汰

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 岡田 洋平

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp

発達性協調運動症を有する児の運動イメージ能力の低下を2種類の課題で確認

PRESS RELEASE 2026.5.26

運動イメージ(motor imagery: MI)とは,実際の運動を伴わず,運動を脳内でシミュレーションする認知過程のことをいいます.MIは,運動の計画,調整,実行のイメージも含み,これらの点で実際の運動と機能的に同等であると考えられています.先行研究において,2種類のMI課題(手の左右識別課題と両手結合課題)を用いた研究では,年齢が増加するほどMI能力が向上することが分かっていますが,これらの課題を用いた発達性協調運動症(Developmental Coordination Disorder: DCD)を有する子どものMI能力については,十分に検討されていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の橋添健也氏,信迫悟志教授らの研究チームは,2種類のMI課題を用いて,DCDを有する児のMI能力を詳細に検討しました.この研究成果はExperimental Brain Research誌 (Impaired motor imagery in children with developmental coordination disorder: task-specific deficits and links to ADHD and ASD traits)に掲載されています.

本研究のポイント

DCD児では,両方のMI課題においてMI能力の低下がみられた.

■HLR課題の正答率は,DCDQおよびADHDの不注意特性と関連していた.

BC課題のICEは,ASD特性と関連していた.

DCD児では,MIを想起できるものの,その質は低下していることが示された.

研究概要

本研究では,6~11歳のDCD児と定型発達児(Typical Developing: TD)を対象に,子どもたちがどれだけ正確に手のMIを想起できるかを評価するため,2種類のMI課題を実施しました.1つ目は,最も代表的なMI課題である手の左右識別(hand laterality recognition: HLR)課題(図1)で,モニター上に提示されるさまざまな角度・向きの手の画像を見て,それが左手か右手かをMIを用いて判断するものです.この課題では,正反応時間(RT)や正答率,RTを正答率で除したMI効率に加えて,生体力学的制約(身体の動きにくさ)効果や手の姿勢の効果の有無を指標とし,子どもたちのMI使用の程度を測定しました.2つ目は,両手結合(bimanual coupling: BC)課題(図2)で,次の3条件が含まれます.

・片手条件:利き手でまっすぐな線を繰り返し描く.

・両手条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,他方の手で同時に円を描く.

・MI条件:利き手でまっすぐな線を描きながら,非利き手で円を描いているところを頭の中でイメージする(実際には非利き手を動かさない).

BC課題では,利き手で描いた反復直線を計測し,各条件で描かれた線の歪みの程度を楕円化指数(ovalization index: OI)として算出しました.特に,MI条件のOIから片手条件のOIを減算した値(イメージ干渉効果:Imagery Coupling Effect: ICE)は,MIが適切に想起できていることの定量指標となります.さらに,4つの質問紙(Developmental Coordination Disorder Questionnaire日本語版: DCDQJ; Social Communication Questionnaire: SCQ; Attention Deficit/Hyperactivity Disorder Rating Scale-IV: ADHD-RS-IV; Depression Self-Rating Scale for Children: DSRS-C)を用いて,DCD児のDCD,注意欠如多動症(ADHD),自閉スペクトラム症(ASD)といった神経発達症の特性および抑うつ特性とMIとの関連性も検討しました.

 

研究内容

6~11歳の子ども(DCD群15名,TD群15名)を対象に,HLR課題とBC課題を実施しました.得られたデータは,DCD群とTD群の群間比較,それぞれの群内での相関分析,HLR課題におけるRT,正答率,MI効率の比較,およびBC課題における片手条件,両手条件,MI条件の群内比較を通じて,DCD児のMI能力を検討するために用いられました.

 

HLR課題

群内比較では,TD群においてRT,正答率,MI効率のすべてで生体力学的制約効果を認めましたが,DCD群ではRTとMI効率においてのみ認めました(図3).また,手の姿勢の効果はTD群にのみ認めました(図4).

図3.生体力学的制約効果

図4.手の姿勢の効果

群間比較では,正答率とMI効率において,DCD群がTD群よりも有意にパフォーマンスが低いことが示されました(図5).さらに,DCD群において,正答率とDCD特性およびADHDの不注意特性との間に有意な相関関係を認めました.

図5.HLR課題の群間比較結果

BC課題

ICE(BC課題におけるMI能力の指標)についても,DCD群がTD群よりも有意にパフォーマンスが低いことが示されました(図6).加えて,DCD群において,ICEとASD特性との間に有意な相関関係を認めました.

図6.BC課題の群間比較結果

これらの結果から,DCD児はMIを想起できているものの,その能力は低いことが示されました.また,HLR課題では,視覚刺激がDCD児のMI想起の手がかりとして機能した可能性が示唆されました.それに対し,BC課題では,視覚刺激を用いずにMIを想起することに加え,利き手で反復直線を描きながら,非利き手で円運動を行うイメージをするといった二重注意課題であるため,BC課題の難易度の高さがパフォーマンスの低下に影響した可能性も考えられました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

DCD児のMI能力を測定する際には,DCD特性およびADHDの不注意特性が強い子どもにはHLR課題,ASD特性が強い子どもにはBC課題を用いることで,より感度高く測定できる可能性が示唆されました.

MI能力は,前述の通り,実際の運動と認知プロセスのうえで同等の機能を有すると考えられているため,協調運動に困難さを呈するDCD児への評価において,HLR課題やBC課題が有用である可能性があります.また,リハビリテーションにおける介入効果の評価や,運動学習支援への応用も期待されます.

論文情報

Hashizoe K, Nakai A, Nobusako S.

Impaired motor imagery in children with developmental coordination disorder: task-specific deficits and links to ADHD and ASD traits.

Exp Brain Res. 2026 Mar 17;244(4):73. doi: 10.1007/s00221-026-07265-2.

 

・関連する先行研究

Nobusako S, Tsujimoto T, Sakai A, Yokomoto T, Nagakura Y, Sakagami N, Fukunishi T, Takata E, Mouri H, Osumi M, Nakai A, Morioka S. The use of motor imagery in 6-7-year-old children is not robust: Evidence from two motor imagery tasks. Hum Mov Sci. 2025 Jun;101:103362. doi: 10.1016/j.humov.2025.103362.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 橋添 健也

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学健康イノベーション教育研究センター

教授 信迫 悟志

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp

痛みの性質からみた脳卒中後疼痛のメカニズム

PRESS RELEASE 2026.2.26

脳卒中を発症した患者の約40%以上は,運動麻痺だけでなく「痛み」に苦しむことがあります.これは「脳卒中後疼痛」と呼ばれる症状であり,日常生活やリハビリテーションの進行に大きな不利益をもたらします.畿央大学大学院 健康科学研究科 博士後期課程 浦上慎司氏 と 大住倫弘 教授ら は,患者が日常的に表現する痛みの性質(「しびれるような」「うずくような」など)の背景にある脳内の損傷部位や神経ネットワークの断絶パターンが異なることを特定し,それによってリハビリテーションによる回復の予後を推定できることを明らかにしました.この研究成果はEuropean Journal of Pain誌(Lesion and Disconnection Profiles of Pain Quality Subtypes After Stroke: Implications for Prognosis and Rehabilitation)に掲載されています.

本研究のポイント

痛みの性質に基づいたクラスター解析と脳画像解析を実施した
脳卒中後疼痛患者を痛みの性質(しびれ,冷刺激誘発痛,深部痛,圧痛)に基づき4つのグループに分類し,それぞれのグループの責任病巣と神経ネットワークの断絶(Disconnection)を解析しました.その結果,「しびれ・冷刺激痛」タイプは感覚系である上視床放線の断絶と関連し,「圧痛」タイプは運動系である皮質脊髄路の断絶と関連していることが特定されました.

損傷している神経ネットワークによってリハビリ予後が異なることを明らかにした
12週間にわたるリハビリテーション経過を追跡した結果,皮質脊髄路(運動系)の障害に関連する「圧痛」などのグループは改善しやすい一方,上視床放線(感覚系)の断絶を背景に持つ「しびれ」が強いグループは,従来の運動療法では痛みが軽減しにくい難治性の予後を辿ることが判明しました.

研究概要

脳卒中後疼痛は,脳卒中を発症した患者の約40%以上が経験するとされる痛みであり,その症状は,服が触れるだけで痛む感覚過敏から,うずくような痛み,しびれまで多岐にわたります.脳卒中後疼痛は患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を及ぼしますが,その病態メカニズムは複雑であり,どのような患者で痛みが改善しやすいのかという「リハビリ予後」を正確に予測することは困難とされてきました.これまでの研究では,痛みの性質が病態を反映している可能性が示唆されていましたが,それが脳内のどの部位の損傷やネットワークの断絶と関連しているのか,具体的な根拠は十分に示されていませんでした.

そこで,畿央大学健康科学研究科博士後期課程の浦上慎司氏と大住倫弘教授らは,脳卒中後疼痛を有する患者を対象に,痛みの性質に基づく分類と脳画像解析,そしてリハビリテーション経過の縦断的調査を行いました.その結果,患者は「冷刺激誘発痛・しびれ(CL1)」,「深部痛(CL2)」,「しびれ(CL3)」,「圧痛(CL4)」という4つの特徴的なクラスターに分類されることが明らかになりました.さらに,脳画像解析(Lesion/Disconnection Mapping)を用いた検証により,しびれや冷刺激痛を主とするグループ(CL1・CL3)は,視床と皮質を結ぶ「上視床放線」という感覚ネットワークの断絶と強く関連している一方,圧痛などを主とするグループ(CL2・CL4)は,運動機能を司る「皮質脊髄路」の断絶と関連していることが特定されました

研究内容

脳卒中後疼痛には,冷たさに反応する痛み,しびれ,圧痛など,多様な痛みの性質が含まれます.本研究では,これらの痛みの性質が脳内のどのような損傷部位やネットワーク断絶に関連しているのか,そしてリハビリテーションによる痛みの予後にどう影響するのかを検討するため,脳卒中後疼痛患者114名を対象に,クラスター解析と脳画像解析(Lesion/Disconnection Mapping)を用いた検証を行いました.

まず,痛みの性質に基づいて患者を分類した結果,①冷刺激誘発痛・しびれ(CL1)②深部痛(CL2)③しびれ(CL3)④圧痛(CL4)の4つのクラスターが特定されました.

次に,各クラスターの責任病巣と白質線維の断絶を検討しました.その結果,感覚過敏やしびれを主徴とするCL1およびCL3は,視床,被殻,後部島皮質といった感覚処理領域の損傷,および上視床放線の断絶と強い関連を示しました(図1).一方で,深部痛,圧痛を主徴とするCL2およびCL4は,前頭葉の運動関連領域の損傷,および皮質脊髄路の断絶と関連していることが明らかになりました(図1).

図1:痛みの性質からみた脳卒中後疼痛のサブタイプ分類ごとの脳画像解析

脳卒中後疼痛患者を痛みの性質(冷刺激誘発痛,しびれ,深部痛,圧痛)に基づき4つのグループに分類し,脳損傷部位を解析しました.その結果,「冷刺激誘発痛・しびれ」タイプは感覚系である上視床放線の断絶と関連し,「圧痛」タイプは運動系である皮質脊髄路の断絶と関連していることが特定されました.

 

さらに,12週間にわたるリハビリテーション経過を追跡したところ,運動ネットワークの障害に関連するグループ(CL2・CL4)では痛みの軽減が認められたのに対し,視床ネットワークの断絶を背景に持つ「しびれ」が強いグループ(CL3)では,統計的に有意な痛みの改善が見られず,難治性である傾向が示されました.研究グループは,この結果について,患者が訴える「痛みの性質」が単なる自覚症状にとどまらず,脳内の特定の感覚・運動ネットワークの損傷状態を反映していると考察しています.特に,上視床放線の断絶を伴うしびれタイプは,従来の運動療法では効果が得られにくい予後不良の指標となる可能性があり,早期から非侵襲的脳刺激法や薬物療法を組み合わせた,病態メカニズムに基づく個別化リハビリテーション戦略の必要性を提唱しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,脳卒中後の痛みという目に見えない主観的な症状に対し,患者が発する言葉を詳細に評価することの重要性を示しただけでなく,その背後にある脳ネットワークの損傷状態やリハビリテーション予後までもが予測可能であることを明らかにしました.今後は,痛みの表現型に応じた個別化リハビリテーションの有効性について検証していきます.

論文情報

Uragami S, Igawa Y, Takamura Y, Iki S, Morioka S, Osumi M.

Lesion and Disconnection Profiles of Pain Quality Subtypes After Stroke: Implications for Prognosis and Rehabilitation.

Eur J Pain. 2026 May;30(5):e70276.

 

問い合わせ

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

教授 大住倫弘

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

歩行中の“身体軽量感”錯覚 -偶然発見された新たな錯覚現象-

PRESS RELEASE 2026.2.26

身体が重たいと感じることにより身体活動量が低下してしまい,心身の健康に悪影響を及ぼすことがしばしばあります.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らは,偶然発見された特殊な視覚フィードバックを利用することによって,健常若年者において歩行中に身体軽量感の錯覚を誘発できる可能性について報告しました.この成果は,CREST(ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用)の一環として行われ,Frontiers in Psychology誌(The illusion of a “sense of body lightness” while walking: A preliminary exploratory study)に掲載されています.

本研究のポイント

■歩行中の身体軽量感錯覚を誘発できる可能性について視覚遅延フィードバック課題を用いて行った.

■身体軽量感錯覚は,主観的先行フィードバックによって誘発できる.

■身体重量感などの不快な主観的経験に対する手立てになる可能性を秘めている.

研究概要

錯覚現象は歴史的に知覚過程に関する情報を明らかにするために用いられてきました.最近の研究では,予測される体性感覚フィードバックと比較してわずかに遅れた視覚フィードバックを与えられた実験参加者が身体の重さを感じたと報告されています.これはフィードバック間のわずかな誤差が身体知覚にネガティブな影響を与えるということがいえます.身体重量感というネガティブな身体知覚は,心身への悪影響を及ぼすことが知られていますが,その解決策はわかっていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,歩行中に身体の軽さを感じるという新たな錯覚現象について報告しました.30名の実験参加者がトレッドミル歩行中に「主観的に先行するフィードバック」を経験した際,9名が身体軽量感の錯覚が誘発されたと報告されています.この報告では,主観的に先行するフィードバックの生成方法,身体軽量感錯覚を誘発するメカニズム,およびこの錯覚の応用可能性について記載しています.フィードバック間のわずかな誤差の知覚は,ポジティブな効果も生む可能性について論じています.この研究は予備的・探索的研究な段階ではありますが,この新たな錯覚は医療・リハビリテーション分野だけでなく,拡張現実技術やその他の学際分野にも貢献する可能性を秘めています.

研究内容

身体が重たいと感じるその原因に感覚運動不一致が挙げられています.感覚運動不一致とは,脳内で予測されたフィードバックと実際のフィードバック間のわずかなズレ(不一致)の認識を指します.感覚運動不一致を実験的に扱う方法に視覚遅延フィードバックを用いた研究があります.以前に畿央大学の林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学助教)と同センター長の森岡周 教授らの研究チームは,視覚遅延フィードバックによって歩行中にも身体重量感を実験的に誘発できることを報告していました.しかし中には身体軽量感を報告する者が一定数存在することがわかっていましたが,その理由は不明なままでした.

ある日,研究チームが実験終了後に実験参加者の内省を聴取していると「遅れが大きくなりすぎると少し未来の自分を見ている状態になる.その時に身体が軽く感じる」という内容が報告され,研究チームが意図していなかった偶発的に作りだされた実験状況が身体軽量感錯覚に寄与する可能性が発覚しました.つまり身体軽量感の錯覚は,「主観的に先行するフィードバック」と予測されたフィードバック間の不一致によって誘発される可能性があると研究チームは提案しています.

歩行は周期運動であるため,1歩分に近い遅延を導入すると,先行する視覚フィードバックが生じ得ます.図1に示すように,ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイム(遅延時間:0ミリ秒)が立脚後期の場合,1000ミリ秒の遅延フィードバックは,前の歩行周期の立脚後期を見ている状況になります.また,わずかな遅延フィードバック(図1では立脚中期)によって身体重量感が誘発されることは以前の研究から明らかになっていました(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).一方で,ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期をフィードバックすると,実際は遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する状況を主観的に経験することができます.この特殊な状況を「主観的先行フィードバック」と研究チームは呼んでいます.主観的先行フィードバックは,身体軽量感錯覚を引き起こす可能性があり,本研究の目的はこれを体系的に調査することでした.

図1.主観的先行フィードバックの誘発条件

ある実験参加者の1歩分の時間が約1000ミリ秒で,例えばリアルタイムが立脚後期の場合,遅延時間0ミリ秒および1000ミリ秒のフィードバックは,どちらも立脚後期に対応します.わずかな遅延フィードバック(ここでは立脚中期)では,身体重量感が誘発されます(例:200ミリ秒;現在の周期,青色).ほぼ1歩分の遅延(例:800ミリ秒;前の周期,オレンジ)により前遊脚期のフィードバックを提示すると,実際には遅延フィードバックであるにも関わらず,わずかに先行する段階を主観的に経験することができます.

 

実験により,30名中9名で先行フィードバック時に明確な身体軽量感の錯覚が誘発したという結果が報告されています.本報告は予備的・探索的な性質のものですが,このシンプルなアイデアは,感覚運動不一致によって引き起こされる不快な主観的体験への介入手段として役立つ可能性が秘められています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

新たな錯覚現象の発見によって,身体知覚生起のメカニズムおよび発展可能性を展望することができました.

今後の研究では,身体軽量感を頑健に惹起する方法のさらなる探索をする必要があります.

論文情報

Hayashida K, Nishi Y, Osawa K, Inui Y and Morioka S (2026)

The illusion of a “sense of body lightness” while walking: a preliminary exploratory study.

Front. Psychol. 17:1741215.

・関連する先行研究

Hayashida, K., Nishi, Y., Inui, Y., & Morioka, S. (2025). Sensorimotor incongruence during walking using delayed visual feedback. Psychological research89(5), 139. https://doi.org/10.1007/s00426-025-02170-9

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 林田 一輝

教授 森岡 周

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入院中の脳卒中者はなぜ歩行を重要と認識しているか-歩行に関する語りから重要性を探索-

PRESS RELEASE 2026.2.22

脳卒中を発症すると,多くの人が歩行能力の低下を経験し,日常生活や社会参加にさまざまな影響を受けます.しかし,入院中の脳卒中者が,どのような理由で歩行を重要と捉えているのかについては,これまで十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の三枝 信吾 氏と森岡 周教授らは,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象にインタビュー調査を行い,歩行の重要性に関する認識を質的に分析しました.この研究成果は Frontiers in Neurology誌(Perceived importance of walking among hospitalized patients with stroke: A thematic analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

■回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者を対象に,歩行の重要性について半構造化インタビューを行い,質的に分析した.

■歩行は,日常生活の再開や健康の促進および機能低下の予防に加え,歩行に伴う不安,他者との関係性,歩行能力低下のラベリング,さらに社会環境とも深く結びついていることが明らかとなった.

研究概要

脳卒中を発症すると,多くの人が歩行能力の低下を経験します.歩行は移動手段としてだけでなく,日常生活の自立や社会参加,健康維持にも深く関わる重要な活動です.しかし,入院中の脳卒中者が,どのような理由で歩行を重要と捉えているのかについては,これまで十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の三枝 信吾 氏と森岡 周 教授らの研究チームは,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象に,歩行の重要性について半構造化インタビューを実施し,質的分析を行いました.その結果,歩行は発症前の生活を再開するための重要な要素として強調されていました.一方で,歩行は健康を維持するために重要ではあるが,環境への適応に対する不安も示されました.そして,参加者は歩行能力低下が他者との関係性に悪影響を及ぼすことを懸念していることや,他者からの視線を通じて脳卒中者として捉えられることを避けたいという思いも示されました.さらに,歩行の重要性は経済的負担や交通手段,外部支援の必要性といった,より広範な社会的課題にまで及んでいました.本研究は,入院中の脳卒中者が歩行を重要と捉える理由を質的に明らかにした初めての研究です.

研究内容

本研究では,回復期リハビリテーション病棟に入院中の脳卒中者19名を対象に,歩行の重要性に関する対面での半構造化インタビューを実施しました.インタビューに先立ち,Community Integration Questionnairを用いて,発症前の生活状況や社会参加の背景を把握しました.次に,歩行の自立性,バランス,質,距離,速さの5つの歩行要素の中から,参加者が最も重要と認識している要素を選択してもらい,その理由について詳しく語ってもらいました.インタビューはすべて音声録音され,逐語録として文字起こしされた後,体系的にコーディングされてテーマを生成するための分析が行われました(図1).

図1.インタビューの手順と内容

結果,6つの主要なテーマが抽出されました.(1) 日常生活の再開:歩行は,発症前に行っていた活動や生活習慣に戻るために不可欠な要素として認識されていました.(2) 健康の維持および機能低下の予防:参加者は,歩行は健康を維持し,身体機能の低下を防ぐために重要であると捉えていました.(3) 歩行に伴う不安:参加者は,歩行時に生じる身体的および環境的な困難について語っていました.(4) 他者との関係性:歩行の困難さが,家族や周囲の人々との関係性に影響を及ぼす可能性について懸念が示されていました.(5) 歩行能力低下のラベリング:参加者は,自身の歩き方が他者からどのように見られているかを強く意識していました.(6) 社会環境:歩行は,仕事や交通手段といった,より広範な社会的要因と結びついていました.

研究グループは,これらの結果から,入院中の脳卒中者にとって歩行は,発症前の生活の再構築や健康の維持,人間関係および社会環境への再適応と深く関わる行為であると考えています.一方で,歩行は他者からの視線をはじめとする周囲との関係性といった心理社会的側面からもその重要性が形づくられており,今後の歩行リハビリテーションでは,身体機能や移動能力といった視点に加えて,個々人が認識する歩行観を踏まえた包括的な支援が必要であると考察しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究の臨床的意義は,理学療法士等が歩行リハビリテーションを行う際に,脳卒中者自身が歩行に見出している意味や価値に着目する必要性を示しています.今後は縦断データを使用し,時間の経過に伴歩行の捉え方の変化を検討する必要があります.なお、本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」における研究課題「ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用」の支援を受けて実施しました.

論文情報

Mitsue S, Ogawa T, Minamikawa Y, Shimada S and Morioka S (2026)

Perceived importance of walking among hospitalized patients with stroke: a thematic analysis.

Front. Neurol. 17:1742132.

・関連記事

本研究の出版報告は、NARRATIVE EMBODIMENT PROJECT(NARRA BODY)のウェブサイトにも掲載されています。

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 三枝 信吾

教授 森岡 周

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脳卒中後の体幹機能の構造を解明:4つの因子と難易度階層に基づく新しい評価モデル

PRESS RELEASE 2026.2.13

脳卒中者において,体幹機能の低下は座位保持や歩行,日常生活動作(ADL)の自立を妨げる主要な要因となります.これまで多くの体幹機能検査が開発されてきましたが,それぞれが評価する要素や難易度が異なり,統合的な解釈が困難でした.畿央大学大学院博士後期課程の田上 友希 氏と森岡 周 教授らは,既存の4つの体幹機能検査を統合的に分析し,脳卒中後の体幹機能が「静的座位」「基本動作」「動的座位(より挑戦的な課題)」「動的座位(挑戦的ではない課題)」の4つの因子で構成され,明確な難易度階層構造を持つことを明らかにしました.この研究成果はArchives of Physical Medicine and Rehabilitation誌(Integrated Structural Analysis of Trunk Function Assessment After Stroke – New Evaluation Model Based on Multiscale Factor Analysis and Rasch Analysis)に掲載されています.

本研究のポイント

■急性期脳卒中者200名を対象に,既存の4つの体幹機能検査(TIS-V, TIS-F, FACT, TCT)を用いて,体幹機能の構成要素を検証しました.

■探索的因子分析とRasch分析を用いた結果,体幹機能は「静的座位」「基本動作」「動的座位(より挑戦的な課題)」「動的座位(挑戦的ではない課題)」の4つの因子に分類され,それぞれの難易度が段階的に高くなる階層構造を持つことが明らかになりました.

研究概要

脳卒中後の体幹機能障害は,ADLや歩行の予後を予測する重要な因子ですが,臨床現場では複数の評価尺度が混在しており,「どの検査がどの能力を測っているのか」が不明確なままでした.畿央大学大学院 博士後期課程 田上 友希 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,発症早期の脳卒中患者200名を対象に,代表的な4つの体幹機能検査(計38項目)を実施し,得られたデータを高度な統計手法(探索的因子分析およRasch分析)を用いて解析しました.その結果,脳卒中後の体幹機能は単一の構造ではなく,明確に異なる4つの因子から構成されていることを突き止めました.さらに,これらの因子間には難易度の順序性(静的座位<基本動作<動的座位[挑戦的ではない]<動的座位[より挑戦的])が存在することを証明しました.本研究は,脳卒中後の体幹機能の構造と階層性を初めて統計的に明らかにしたものであり,より個別化されたリハビリテーション介入への道を開くものです.

研究内容

本研究では,脳卒中後の体幹機能評価の構造を解明し,新しい統合的な評価モデルを構築することを目的としました.発症から48時間以内に離床が可能となった脳卒中患者200名を対象に,Trunk Impairment Scale (TIS-V, TIS-F),Functional Assessment for Control of Trunk (FACT),Trunk Control Test (TCT) の4つの評価尺度を用いて評価を行いました.

図1. 本研究で統合解析した体幹機能評価

収集したデータに対し,探索的因子分析(EFA)を行った結果,体幹機能は以下の4つの因子に分類されることがわかりました.

1,静的座位(Static sitting):座位姿勢の保持能力

2,基本動作(Basic movement):寝返りや起き上がりなど,支持基底面内での基本的な体動

3,動的座位・難易度低(Dynamic sitting – Less Challenging):支持基底面内での重心移動を伴う動作

4,動的座位・難易度高(Dynamic sitting – More Challenging):支持基底面外へのリーチや体幹回旋を伴う高度な制御

さらに,ラッシュ分析を用いて各因子の難易度を検証したところ,これらは並列な関係ではなく,静的座位や基本動作が容易で,動的座位(特に回旋や大きな重心移動を伴うもの)が最も困難であるという階層性を持つことが示されました.

図2.体幹機能の4因子と難易度階層

研究グループは,従来の評価法ではこれらの異なる要素が混在してスコアリングされていたため,患者の特異的な課題(例:静的保持はできるが,回旋を含む動的動作だけができない等)が見過ごされていた可能性があると考察しています.本研究で示された4因子モデルを用いることで,患者が「どの段階の」「どの因子」に問題を抱えているかを正確に把握することが可能になります.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,脳卒中後の体幹機能を「静的」「基本動作」「動的(低難度・高難度)」という4つの視点から整理し,その難易度順序を明確にした点にあります.これにより,リハビリテーション専門家は,単なる合計点での評価ではなく,患者の回復段階に応じた適切な目標設定(例:静的座位が確立したら,次は支持基底面内での動的課題へ進むなど)が可能になります.今後は,このモデルに基づいた短縮版の評価票(Keyform)の臨床応用や,各因子にターゲットを絞った介入プログラムの効果検証を進める必要があります.

 

論文情報

Tagami Y, Fujii S, Inui Y, Takamura Y, Nakao S, Takase K, Tomotake A, Shinbori N, Kitahara R, Morioka S.

Integrated Structural Analysis of Trunk Function Assessment After Stroke- New Evaluation Model Based on Multiscale Factor Analysis and Rasch Analysis.

Arch Phys Med Rehabil. 2026 Feb 5

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 田上 友希

教授 森岡 周

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Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

平地の歩きから不整地の不安定さを予測 -ウェアラブルセンサーと機械学習で解析-

PRESS RELEASE 2026.2.10

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らは,脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから特定し,さらにそれらを平地歩行パラメータから予測できるかについて機械学習を用いて検証しました.脳卒中者は不整地歩行中に,上下の動揺,前後の規則性,前後のリズムに課題を抱えることが明らかとなりました.また,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示されました.この研究成果はScientific Reports誌(Identifying and predicting gait stability metrics in people with stroke in uneven-surface walking using machine learning)に掲載されています.

本研究のポイント

■腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を抽出した.

■脳卒中者は,健常者と比較して不整地歩行で上下の動揺の増加,前後の不規則性の増加,前後のリズムの低下を示すことが明らかとなった.

■平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地歩行での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の不規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示された.

研究概要

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.畿央大学大学院博士後期課程の乾 康浩 氏と森岡 周 教授らの研究チームは,自作の予測困難な摂動が生じる不整地路を用いて脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を腰部に取り付けたウェアラブルセンサーから特定し,さらにそれらを平地歩行パラメータから予測できるかについて機械学習を用いて検証しました.脳卒中者は不整地歩行中に,上下の動揺,前後の規則性,前後のリズムに課題を抱えることが明らかとなり,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地での上下の動揺が大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後の規則性に影響を与え,平地歩行でのリズムが不整地歩行でのリズムに影響を与えることが示されました.本研究は,脳卒中者の不整地歩行に特徴的な安定性指標を特定し,平地歩行パラメータから予測した初めての研究です.

研究内容

脳卒中者は,不整地を含む屋外の地域社会での歩行で安定性が低下し,転倒リスクが上昇します.ただし,脳卒中者の不整地での安定性に関する知見は不足しており,臨床的には平地歩行パラメータから予測できることは重要です.

本研究では,腰部にウェアラブルセンサーを装着して自作の不整地路を歩行し(図1),得られた加速度データから線形・非線形指標19項目を算出した.これらの指標を入力として複数の機械学習分類モデルを構築し,脳卒中者と健常者の分類を行った.さらに,SHAPSHapley Additive ExPlanations)分析により,分類に寄与する指標を特定した.さらに特定された安定性指標を平地歩行パラメータか予測できるかについて機械学習回帰モデルを用いて検証しました.

図1.不整地路とウェアラブルセンサー

機会学習分類モデルの結果からは,複数のモデルで95%以上の識別精度があり(2)SHAP分析の結果,脳卒中者は不整地歩行中に,垂直方向の動揺を示すRoot Mean Squareの高さ,前後の不規則性を示すSample Entropyの高さ,前後のリズムを示すHarmonic Ratioの低さの寄与度が高いことが明らかとなりました(3)

図2.不整地歩行における脳卒中者と健常者の分類性能(ROC曲線)

GAN1000: Generative Adversarial Network(GAN)を用いてデータ数を 1000 に拡張したモデル; ctGAN200: Conditional Tabular GANを用いてデータ数を200に拡張したモデル;

ctGAN1000: Conditional Tabular GANを用いてデータ数を10000に拡張したモデル.

図3.機械学習分類モデルにおける特徴量の寄与(SHAP分析)

各安定性指標が脳卒中者と健常者の分類にどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP value(寄与度)を表してます.

また,機械学習回帰モデルの結果からは,平地歩行速度0.8m/s未満になると不整地歩行での垂直方向のRoot Mean Squareが大きく,平地歩行での足関節の動きが不整地歩行での前後のSample Entropyに影響を与え,平地歩行でのHarmonic Ratioが不整地歩行でのHarmonic Ratioに影響を与えることが示されました(図4).

図4.機械学習回帰モデルにおける特徴量の寄与(SHAP分析)

不整地歩行における各安定性指標の予測に対して平地歩行パラメータがどれだけ貢献しているかを示すSHAP値をプロットしており,横軸がSHAP value(寄与度)を表してます.RMS: Root Mean Square; EMG: Electromyography; BF: Biceps Femoris; HR: Harmonic Ratio; SampEn: Sample Entropy; BBS: Berg Balance Scale: IC: Initial Contact; RQA: Recurrence Quantification Analysis; sLE: short-time Lyapunov Exponent

研究グループは,これらの結果から,機械学習を用いて, ウェアラブルセンサーの計測結果から不整地歩行の安定性を多面的に評価できる可能性を示唆しています.また,平地歩行パラメータから不整地歩行での安定性を予測できる可能性があることは,屋外歩行獲得に向けた個別化されたリハビリテーションの開発に貢献すると考察しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究成果は,予測困難な摂動が生じる不整地を歩く際の脳卒中者の安定性低下について,健常者との違いを明らかにしており,リハビリテーション専門家が屋外歩行での安定性を捉える際に着目すべき点を示しています.さらに,不整地を安定して歩行するための平地歩行パラメータを明らかにしたことで,屋外歩行獲得のための個別化支援に貢献します.今後は,より高精度なモデルの構築や縦断研究へと発展する必要があります.

 

論文情報

Yasuhiro Inui, Yusaku Takamura, Yuki Nishi, Shu Morioka

Identifying and predicting gait stability metrics in people with stroke in uneven-surface walking using machine learning.

Scientific Reports. 2026

 

・関連する先行研究

Inui Y, Mizuta N, Hayashida K, Nishi Y, Yamaguchi Y, Morioka S. Characteristics of uneven surface walking in stroke patients: Modification in biomechanical parameters and muscle activity. Gait Posture. 2023 Jun;103:203-209.

Inui Y, Mizuta N, Fujii S, Terasawa Y, Tanaka T, Hasui N, Hayashida K, Nishi Y, Morioka S. Differences in uneven-surface walking characteristics: high-functioning vs low-functioning people with stroke. Top Stroke Rehabil. 2025 Dec;32(8):789-799.

Inui Y, Mizuta N, Terasawa Y, Tanaka T, Hasui N, Hayashida K, Nishi Y, Morioka S. Distance-related changes in gait parameters during uneven-surface walking in people with stroke versus healthy controls: A cross-sectional analysis. Clin Biomech (Bristol). 2026 Jan 9;133:106747.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 乾 康浩

教授 森岡 周

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人工膝関節全置換術後早期には疼痛強度と運動が相互に関連し合う

PRESS RELEASE 2026.1.27

急性疼痛を経験した後,疼痛,運動恐怖,運動機能は互いに影響し合い,たとえ創傷や外傷といった痛みの原因が治癒した後であっても,これらの要素がネットワークを形成することで疼痛や運動機能低下が慢性化すると考えられています.畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程の古賀優之 氏(川西市立総合医療センター)と森岡周 教授らは,人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)を受けた患者を対象に,術前・術後1週・術後2週の縦断データを用いて,疼痛,運動恐怖,運動機能の時間的関係を交差遅延効果モデル(Cross Lagged Panel Model:CLPM)により分析しました.その結果,術後1週における運動の狭小化が術後2週の安静時痛強度を予測し,同様に術後1週における安静時痛強度が術後2週の運動の不規則さを予測するという双方向の関係が明らかになりました.本研究成果はEuropean Journal of Pain誌(Temporal relationship between pain/fear and knee movement disorder after total knee arthroplasty)に掲載されています.

本研究のポイント

TKA患者を対象に術前,術後1週,術後2週の3時点で,「痛み」や「動かすことへの恐怖心」,「膝関節の動かしにくさ」が測定されました.

解析の結果,術後1週時点における膝の曲がる角度(屈曲角度)が小さいほど,2週時点の安静時の痛みが強くなることや,術後1週時点での安静時の痛みが強いほど,2週時点の膝の動きが不規則でぎこちない(滑らかでない)ものになることが明らかになりました.

TKA術後1〜2週という極めて早い段階において,痛みと運動機能がそれぞれ異なる経路で互いに影響し合っていることが科学的に裏付けられました.この「悪循環」を断ち切るためには,術後1週から痛みを適切に管理しつつ,運動機能の改善を図る具体的な介入が不可欠です.

研究概要

人工膝関節置換術(Total Knee ArthroplastyTKA)は,膝の痛みを軽減し,生活の質を向上させる有効な治療法です.しかし,手術を受けた患者の約20%では,術後も痛みが長引いたり,運動機能の回復が十分に得られなかったりするという課題が残されています.「痛み」「動くことへの恐怖心」「運動機能(膝の動き)」といった要素は互いに関連しており,疼痛が遷延化する要因となります.しかし,術後早期において,「動かないから痛くなるのか」,「痛いから動かなくなるのか」といった時間的な順序や関係性については,十分に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程の古賀優之 氏(川西市立総合医療センター)と森岡周 教授らの研究グループは,TKAを受けた患者を対象に,手術前,術後1週,術後2週の時点で,痛み,動くことへの恐怖心,そして膝の運動機能を縦断的に調査しました.研究では,ベッド上で膝を曲げ伸ばしするシンプルな運動課題を実施し,膝の曲がる角度や動作の速度,動きの滑らかさといった運動の量と質の両面を詳細に分析しました.

解析の結果,術後1週時点で膝の曲がる角度が小さい(十分に動かせていない)ほど,術後2週の安静時の痛みが強くなることが予測されました.また,術後1週時点で安静時の痛みが強いほど,術後2週の膝の動きが不規則でぎこちないものになることが示されました.一方で,術後早期における「動くことへの恐怖心」は,術後2週の運動機能には直接影響していませんでした.この結果は,恐怖心が重要であるとされてきた従来の知見を踏まえつつも,術後早期においては「痛み」と「実際の動き」がより強く相互に影響し合っていることを示しています.多くの先行研究が,術後数ヶ月から数年といった長期的な経過に注目してきましたが,本研究は手術直後のわずか1週間の変化が,その後の回復過程に影響を及ぼす可能性を示しました.また,単に動きの速さや大きさだけでなく,「動きの滑らかさ(不規則性)」という目に見えにくい運動の質を数値化して評価に取り入れた点も,これまでにない新しいアプローチです.

これらの知見は,術後早期から痛みに配慮しつつ,適切に膝を動かすことが,その後の痛みの悪化を防ぎ,よりスムーズな動作の獲得につながる可能性を示唆しており,リハビリテーション戦略の改善に貢献することが期待されます.

研究内容

本研究は,術後早期における「疼痛強度」「動くことへの恐怖心」「運動機能(膝の動きの質)」といった要素が,時間の経過とともにどのように影響し合っているのかを明らかにすることを目的に行われました.評価は術前,術後1週,術後23つの時点で行われました.運動機能については,ベッド上で膝を最大限速く大きく曲げ伸ばしする運動課題を動画撮影しました.この映像を解析し,膝が曲がる角度や動かす速度,動きの滑らかさ(ぎこちなさ)といった指標を数値化しました(図1).また,課題直後に疼痛強度(運動時痛,安静時痛)と運動恐怖がVisual Analog Scaleにて評価されました.

図1.運動学的データの抽出と解析手順

下肢にマーカーを貼付して撮影された動画データをトラッキングし,角度変化の時系列データから速度,加速度が算出されました.経過良好例では速度変化で滑らかな曲線を示し,加速度変化でもほぼ乱れがありませんでした.一方,経過不良例では速度変化が不規則になり,加速度変化では細かなノイズが観察されました.

統計的な解析(Cross-Lagged Panel ModelCLPM)の結果,術後1週時点で膝の屈曲角度が小さい(十分に曲げられていない)ほど,術後2週の安静時の痛みが強くなることが予測されました.また術後1週時点での安静時の痛みが強いほど,術後2週の膝の動きが不規則でぎこちないものになることが示されました.一方で,今回の研究の範囲内(術後2週間まで)では,動くことへの恐怖心がその後の運動機能の低下に直接つながるという因果関係は見つかりませんでした(図2).

図2.疼痛,恐怖,運動学的データの時間的関連性

交差遅延効果モデル(CLPM)の解析結果から,術後1週の角度が術後2週の安静時痛を予測し,術後1週の安静時痛が術後2週のエントロピー(円滑さ)を予測していることがわかりました.

これらの結果から,手術直後の極めて早い段階において,「動きの制限」と「痛み」が互いを悪化させ合う特有の経路が存在するということが明らかとなりました.この知見は,リハビリテーションにおいて術後1週という「超早期」から,痛みを適切にコントロールしつつ,膝を動かす範囲をしっかりと確保する介入を行う重要性を示唆しています.単に歩けるようになることだけでなく,早期に「質の高いスムーズな動き」を取り戻すことが,痛みの慢性化を防ぐ鍵になるかもしれません.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究では,術後1週という「超早期」の運動制限がその後の痛みを予測し,逆に痛みが動きの質(不規則性)を悪化させるという具体的な相互作用の経路を特定しました.この知見は,遷延化リスクがある患者の早期特定や標的を絞った早期介入の検討につながるものであると考えられます.今後はより大規模なサンプルを長期間追跡することにより,慢性疼痛へ移行しやすい患者の特徴を明らかにし,「精密なリハビリテーション(Precision Rehabilitation)」戦略の策定に繋げていく予定です.

 

論文情報

Koga M, Fujii S, Nishi Y, Koyama K, Maeda A, Fujikawa K, Morioka S.

Temporal Relationship Among Pain, Fear, and Motor Function After Total Knee Arthroplasty: An Exploratory Study.

Eur J Pain. 2026 Jan;30(1):e70210.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

博士後期課程 古賀 優之

教授 森岡 周

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp