失った手足の痛みを感じる仕組み

PRESS RELEASE 2015.9.10

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘特任助教らは,東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授を中心とする研究グループと共同で,切断によって失ったはずの手足を自分の意志で動かしているような感覚(幻肢の運動)の計測をBinamual circle line coordination taskを用いて実施し,幻肢の運動ができない者では幻肢の痛みが強いことを明らかにしました.この計測手法は幻肢の運動を評価することのできる方法であり,幻肢痛の治療開発に貢献することが期待されます.この研究成果は,Neuroscience Letters誌(Structured Movement Representations of a Phantom Limb Associated with Phantom Limb Pain)に掲載されています.

研究概要

幻肢痛は手や足の切断後に失ったはずの手足が存在(幻肢)するように感じられ,その幻肢が痛いという不思議な現象です.幻肢と幻肢痛は,手足の切断後だけでなく,神経傷害や脊髄損傷などによって手足の感覚と運動が麻痺した場合にも現れることがあります.幻肢痛(神経障害性疼痛)は、さまざまな原因で起こる慢性疼痛の中でも最も重症度が高いことが知られていますが,その治療法は十分ではありません.幻肢痛が発症するメカニズムとして,脳に存在する身体(手足)の地図が書き換わってしまい,幻肢を自らの意志で動かすことができないことが幻肢痛を引き起こす要因と考えられていますが,実際のところは明らかにされておらず,発症メカニズムに基づいた治療法の開発が待たれています.

研究グループは,健康な手と幻肢を同時に動かす両手協調運動課題(Bimanual circle-line coordination task; BCT)という手法を用いて,幻肢の運動を計測し,幻肢の運動と幻肢痛との関係を調べました.その結果,幻肢を運動できるほど幻肢痛が弱く,幻肢を運動できないと幻肢痛が強いことを見出し,幻肢痛の発症には幻肢の随意運動の発現が関連していることを明らかにしました.

本研究のポイント

□ 幻肢の随意運動をBimanual circle line coordination taskを用いて評価した.
□ 幻肢の随意運動ができる者ほど幻肢痛が弱かったことから,幻肢の随意運動と幻肢痛には密接な関係があることが明らかにされた.

研究内容

Bimanual circle line coordination task (BCT) は,幻肢の随意運動を定量的に評価することのできる手法で,健康な手で直線を描くのと同時に幻肢で円を描くと,健康な手で描く直線が円形に歪むという現象を利用したものです.健康な手で描く直線の歪みが大きければ大きいほど,幻肢で円を描く運動が行われていることを意味します.

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図1:Bimanual circle line coordination task (BCT)

本研究では,この定量的に評価された幻肢の随意運動(BCTにおける直線の歪みの程度)が残存している症例は幻肢痛が弱く,幻肢の随意運動が損失されている症例では幻肢痛が強いということが明らかにされました.

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図2:BCTによる直線の歪みと幻肢痛との関係

対象者は健肢で直線を描きながら幻肢で円を描くように指示されます.幻肢痛が重度な者は健肢で描く直線が歪まず,幻肢痛が軽度なものは健肢で描く直線が歪みます.つまり,幻肢の運動が鮮明にできる者は幻肢痛が軽度であるということです.

今後の展開

この成果は,個々の症例における幻肢痛の発現機序を明確にするためのタスクとして有用であると考えられます.さらに,大住倫弘特任助教らは,住谷昌彦准教授(東京大学医学部属病院緩和ケア診療部),東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らとバーチャルリアリティ(仮想現実)を用いた幻肢痛のリハビリテーション開発の臨床研究を始めたところです.今後の成果は,幻肢痛や脊髄損傷後疼痛等の神経障害性疼痛疾患の治療に貢献するものと期待されます.

 

論文情報

Osumi M, Sumitani M, Wake N, Sano Y, Ichinose A, Kumagaya SI, Kuniyoshi Y, Morioka S. Structured movement representations of a phantom limb associated with phantom limb pain. Neurosci Lett. 2015 Aug 10;605:7-11.

関連記事

本研究成果は東京大学研究報告webページ U Tokyo Researchにも掲載されています.
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/definitive-mechanism-of-phantom-limb-pain.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/en/utokyo-research/research-news

 

なお、本研究は東京大学医学部属病院緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授,東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授,東京大学大学院情報理工学系研究科の國吉康夫教授らと共同で行われたものです.また、本研究は文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「構成論的発達科学」の支援を受けて実施されました.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

 

運動錯覚を経験することで術後痛が軽減する.

PRESS RELEASE 2015.7.29

畿央大学大学院健康科学研究科の今井亮太らは,橈骨遠位端骨折術後患者に腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることによって痛みの改善が認められることを明らかにしました.また,この痛みの改善は術後2ヵ月経っても持続していることを報告しました.その研究成果は,Clinical Rehabilitation誌(Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: a quasi-randomized controlled study)に掲載されています.

研究概要

橈骨遠位端骨折は頻度の高い骨折であり,かつ慢性疼痛を発症しやすい骨折の1つです.また,橈骨遠位端骨折に関しては,術後の痛み強度や不安が慢性疼痛疾患の1つである複合性局所疼痛症候群(CRPS)の発症リスクであるとされています.つまり,橈骨遠位端骨折術後のリハビリテーションでは,痛みと不安を考慮したアプローチを実施する必要があります.このような視点から,本研究では痛みの情動的側面(不安・破局的思考)を惹起させずに運動を感じることのできる「腱振動刺激による運動錯覚」を利用したリハビリテーションの効果検証を行いました.以下には本研究の概要が記載されています.

① 術後の不動や固定は大脳皮質の感覚運動領域の不適切な可塑的変化を生じさせ,それが原因で痛みの慢性化が引き起こされると考えられています.そのため,理学療法では積極的に患肢を動かすことが推奨されています.しかしながら,痛みを我慢しながらの積極的な関節可動域訓練を過度に実施してしまうと,痛みに対する不安や破局的思考を助長させ,痛みが増悪する場合もあります.そのため,術後の理学療法では,痛みの不安や破局的思考を惹起させないように考慮しながら,感覚運動領域の不適切な可塑的変化を防ぐことが重要となってきます.

「腱振動刺激による運動錯覚」とは,腱に振動刺激を加えると筋紡錘が興奮し,刺激された筋が伸張しているという情報が脳内へ伝えられることによって「あたかも関節運動が生じているような運動錯覚」が生じる現象です.

③ 筆者らは過去の研究で,実際に運動している時の脳活動と腱振動刺激による運動錯覚を経験した時の脳活動を比較したところ,どちらとも運動関連領域が活動していたことを報告しています(Imai et. J Phys Ther Sci 2014).つまり,腱振動刺激による運動錯覚によって,実際に運動した時と同様に感覚運動領域を活性化させることが可能であることを示しました.

④ これらの先行研究に基づいて,本研究では,痛みや不安・恐怖心が強い橈骨遠位端骨折術後患者に「腱振動刺激による運動錯覚」を惹起させ,痛みの情動的側面が惹起されることなく,感覚運動領域を活性化することができ,痛みを軽減させることができるのではないかと仮説を立て,それを検証しました.

⑤ その結果,術後翌日から運動錯覚を惹起させることによって痛みの強さと痛みの情動的側面の改善を認めました

本研究のポイント

術後翌日から腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,
 術後1週間という短期間で痛みが軽減した.
 術後の痛みだけではなく,痛みの情動的側面も改善を示した.
 術後2ヵ月後も効果が持続した.

研究内容

橈骨遠位端骨折術後から腱振動刺激による運動錯覚を経験させた結果,理学療法だけを行う群(コントロール群)よりも,運動錯覚を経験する方(運動錯覚群)が,痛みだけではなく痛みの情動的側面も軽減した.このような運動錯覚を利用したリハビリテーションで痛みや不安などを改善させる方法は画期的なものであると考えられます.

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図1:腱振動刺激による運動錯覚の課題状況

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図2:運動錯覚群とコントロール群の安静時痛,運動時痛,PCS(反芻),HADS(不安)の経時的変化.
赤線:運動錯覚群(理学療法+運動錯覚)青破線:コンロトール群(理学療法のみ)
**: p<0.01, ##: p<0.01, N.S.: no significant

今後の展開

今後は,運動錯覚によって痛みが改善した神経生理学的メカニズムを明らかにしていきます.

 

論文情報

Imai R, Osumi M, Morioka S. Influence of illusory kinesthesia by vibratory tendon stimulation on acute pain after surgery for distal radius fractures: A quasi-randomized controlled study. Clin Rehabil. 2015 Jul 21.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 今井亮太(イマイ リョウタ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: ryo7891@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

パーキンソン病の前屈姿勢に対する直流前庭電気刺激の即時効果について

PRESS RELEASE 2015.7.3

パーキンソン病の姿勢異常は歩行や食事動作など日常生活に与える影響が大きい重大な問題です.パーキンソン病の姿勢異常には多くの要因が関連すると考えられていますが,近年,前庭系の機能障害の関連についても報告されています.
岡田助教は,前庭系を刺激し,前後あるいは左右方向への姿勢傾斜反応を引き起こす直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation, GVS)を一定時間行うことによりパーキンソン病の姿勢異常が即時的に改善する可能性があるのではないかと考えました.

前屈姿勢を呈するパーキンソン病患者7名を対象に,GVSあるいは偽刺激を1週間の間を空けて無作為な順序で,被験者には刺激条件を伏せて実施しました.

今回実施したGVSは後方への姿勢傾斜反応を誘発可能な刺激方法で,0.7mA以下という非常に弱い直流電流を20分間,仰向けの状態で通電しました.

その結果,GVS後,目を開けている状態でも,閉じている状態でも立っている際の前屈角度が,効果量は小さいものの有意に減少することが明らかになりました

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偽刺激でも前屈角度が減少する傾向が認められましたが,有意な変化は認められませんでした.

刺激前後の前屈角度の変化量について検討すると,GVSは偽刺激よりも目を閉じた状態で立っている際の前屈角度を減少させることが明らかになりました

写真はGVS後前屈姿勢が顕著に改善した例を示しています.GVSによる前屈角度の変化量には個人差があり,適応やその効果の機序などについて今後検討する必要があると考えています.

本研究の臨床的意義

現在パーキンソン病の姿勢異常に対する有効な治療法は現在も確立されていません.本研究結果は,直流前庭電気刺激がパーキンソン病の前屈姿勢に対する新しい介入となる可能性を示唆しています.今後は神経生理学的手法や行動評価などを用いて姿勢異常の病態を評価した上で介入し,その適応や効果のメカニズムについても検討する必要があると考えています.

 

論文情報

Okada Y, Kita Y, Nakamura J, Kataoka H, Kiriyama T, Ueno S, Hiyamizu M, Morioka S, Shomoto K. Galvanic vestibular stimulation may improve anterior bending posture in Parkinson’s disease. Neuroreport 26(7): 405-410, 2015.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

岡田 洋平(オカダ ヨウヘイ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp

 

物品把持動作の映像観察時における運動主体感と脳活動

PRESS RELEASE 2015.3.16

ヒトの身体感覚には運動主体感というものがあります.例えば,私たちがコップに向けて手をのばすという動作をするとき,その運動は自分自身で行ったと感じるはずですが,このときの「行為を引き起こしたのは,または行為を発生させたのは私自身である」という感覚を運動主体感と呼びます.近年,手足の映像を観察することにより実際に手足を動かさずとも動かしているような感覚が得られるとの報告があります.今回は手の機能特性である物品把持動作の映像を観察した時に運動主体感が生じるかどうか,またその時の神経メカニズムについて調査しました.

スクリーンを自分自身の手に重ね合わせて提示する条件(映像一致条件)と,スクリーンを自分自身の手とずらした状態で映像を提示する条件(映像不一致条件)の2条件を設定し,運動主体感の鮮明度の違いと脳活動を比較しました.

どちらの条件も自分自身は手を動かさず,映像を観察するだけにとどめるよう指示しました.課題は,映像一致条件映像不一致条件をランダムに4回ずつ連続して行いました.

課題を行った後,運動主体感の鮮明度の強さについて質問紙で答えてもらい,Numerical rating scale (NRS)で評価しました(図1).

図1.提示した課題と条件

 

脳活動はfunctional near-infrared spectroscopy (fNIRS)を使用して,前頭葉から頭頂葉の範囲を測定しました.プローブと呼ばれる検出器を頭部に装着し図の領域の脳血流量を測定しました(図2).

  

図2.fNIRSにより脳血流量を抽出した脳領域

 

 

図3は11人の健常者に対して行った運動主体感の鮮明度の強さをグラフ化したものです.赤い横線は被験者のスコアの中間値を示しています(図3).

 

 図3.映像一致条件と映像不一致条件における運動主体感の鮮明度の強さ

 

映像一致条件では,すべての被験者が運動主体感を感じていました.また,映像一致条件のスコアは映像不一致条件と比較して有意に大きな値となりました.

図4は脳活動の大きさをグラフ化したものです.

映像一致条件では,右前頭前領域において有意に大きな活動が認められました.一方,映像不一致条件では左下前頭領域において有意に大きな活動が認められました.

また,右前頭前領域の映像一致条件と映像不一致条件の脳活動を比較したところ,映像一致条件において有意に大きな活動が求められました.さらに,この映像一致条件における右前頭前領域の脳活動は,運動主体感の鮮明度の強さと相関が認められました.つまり,運動主体感が惹起されない映像不一致条件では左前頭領域が活動するのに対して,運動主体感が生起される映像一致条件では右前頭領域が活動し,その活動量は運動主体感とは相関関係にあるということです.

これらのことをまとめると,このような映像を観察させることによって運動主体感を生起させることができ,その時には身体知覚に重要である右半球が特異的に活動するということです.

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図4.映像一致条件と映像不一致条件における脳活動

本研究の臨床的意義

実際の運動を行わずに運動主体感を生じさせ,大脳皮質運動野を賦活させる介入方法は,脳損傷患者の運動障害後の運動機能回復への応用が期待できます.また,本研究のように,物品を把持する映像の観察することで,運動主体感を起こすことができれば,運動意図,身体知覚に障害を持つ高次脳機能障害患者に対しても治療へ応用することが期待できると考えられます.治療介入に向け,今後さらに検討を重ねていこうと考えています.

 

論文情報

Wakata S, Morioka S. Brain Activity and the Perception of Self-agency while Viewing a Video of Hand Grasping: a Functional Near-Infrared Spectroscopy Study. NeuroReport. (in press).

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

客員研究員 若田哲史(ワカタ サトシ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: satoshiwakata@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対するVirtual Visual Feedbackの効果

PRESS RELEASE 2015.3.2

脊髄損傷者にとって,疼痛はリハビリテーションの結果を悪くし,生活の質を低下させる因子であることが認識されています.脊髄損傷者の約65%は慢性的な疼痛があり,そのうちの約3分の1は激しい疼痛であったとの報告もされています.脊髄損傷後の疼痛に対しては,外科的療法,薬物療法,神経刺激療法,認知行動療法,運動イメージを用いた治療などが行われてきましたが,その治療効果は一時的であったり,科学的根拠に乏しいため治療に難渋しており長期予後も良くないとされています.また脊髄損傷後には,求心路遮断が起きた実際の四肢に加えて,幻想の四肢を知覚する余剰幻肢や余剰幻肢に疼痛を伴う余剰幻肢痛が出現することも報告されています.四肢切断後に出現する幻肢痛に対しての治療では,鏡療法や映像に合わせて患肢の運動をイメージさせるVirtual Visual Feedback(以下,VVF)の有効性が報告されています.しかし,脊髄損傷後の余剰幻肢痛に対する有効な治療方法は明らかにされていません.そこで本研究では,高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対し映像に合わせて運動をイメージさせるVVFを行い,治療効果とその効果の持続期間についてシングルケースデザインにて検討しました.

本症例は,両上肢が左右ともに余分に1本ずつ存在する感覚を持った高位頸髄損傷者でした(図1).

図1.余剰幻肢と余剰幻肢痛の存在部位

 

そして,図2のように正面に設置した鏡に頸部から下が隠れるようにシーツを巻き付け,第三者が歩行および両上肢を動かしている映像に合わせて運動をイメージしてもらうVirtual Visual Feedbackを1日10分間行い,疼痛の強さの変化をVisual Analog Scale (以下,VAS)にて測定しました(図2).

  

図2.介入風景

 

A期を第一基礎水準期(3週間),A´期を第二基礎水準期(12週間),B期を第一操作導入期(12週間),B´期を第二操作導入期(6週間)としました.A´期は,B期の効果の持続期間を確認するためにB期が終了してから4週後,8週後,12週後に分けました.結果は,治療前(A期)では,疼痛の強さは右側71.0mm,左側70.5mmでしたが,VVFを行ったB期では右側39.0mm,左側47.5mmまで軽減しました.また,その効果は右側ではB期終了後から8週間,左側では12週間持続しました.B´期でVVFを再開することで疼痛の軽減を再度認めました(図3).

 

 図3.結果(余剰幻肢痛の変化)

 

余剰幻肢痛が改善した要因として,高位頸髄損傷完全四肢麻痺による知覚-運動ループの破綻が視覚情報の代償により再統合された可能性が考えられます.知覚-運動ループとは,運動を実行する際に脳内で行われる一連の運動系と感覚系の情報伝達のことをいいます.つまり,我々は運動を実行する際に、予測された感覚情報と実際の感覚情報を常に比較照合しているということです.

しかしながら、この知覚-運動ループが破綻されると自分の腕が増えたように感じたり,疼痛などの異常感覚が出現してしまうことが明らかになっていることから,知覚-運動ループの破綻は病的疼痛の発症メカニズムと関わっていることが示唆されています.

反対に,知覚-運動ループが視覚情報の代償により再統合される結果,幻肢の随意運動感覚が出現し幻肢痛が消失することも報告されています.Mercierらは,外傷性上肢切断,腕神経叢損傷により幻肢痛や余剰幻肢痛を有した患者に対し,映像に映し出された10種類の動きに合わせて幻肢や余剰幻肢を動かすイメージをさせるVVFを行ったところ,疼痛のVASが平均38%減少したと報告しています.このように,知覚-運動ループの破綻を視覚情報の代償により再統合させて疼痛を軽減させる介入方法として,映像に合わせて患肢の運動をイメージさせるVVFの有効性が報告されています.

このことを踏まえながら本症例について考察します.本症例は頸髄損傷によりC3以下の運動麻痺や感覚遮断が起きたため,運動指令および予測は可能ですが実際の運動は起こりません.そのため,実際の運動による体性感覚情報が比較器へフィードバックされず,予測との間に不一致が生まれ,知覚-運動ループが破綻し,その結果として余剰幻肢や余剰幻肢痛が出現したと考えられます.今回行ったVVFは,映像からの視覚情報が頸髄損傷に起因する体性感覚の脱失を代償して運動感覚をFeedbackすることによって,感覚遮断された上肢の知覚-運動ループが再統合され余剰幻肢痛が緩和したと考えています.

本研究の臨床的意義

本研究結果は,高位頸髄損傷者の余剰幻肢痛に対して映像に合わせて運動をイメージさせるVVFの有効性を明らかにしたものと考えています.鏡療法で健側の運動を用いて患側の運動をイメージさせることができない四肢麻痺者や対麻痺者の余剰幻肢痛に対しては、映像を用いて運動をイメージさせるVVFが有効である可能性を示唆するものと考えられます.しかし,1症例での検討であるため今後は症例数を増やしさらに検討していく必要があると考えています.

 

論文情報

Katayama O, Iki H, Sawa S, Osumi M, Morioka S. The effect of virtual visual feedback on supernumerary phantom limb pain in a patient with high cervical cord injury: a single-case design study. Neurocase. 2015 Feb 13:1-7.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

修士課程 片山脩(カタヤマ オサム)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: b4768600@kio.ac.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

自己と他者の歩行観察における大脳皮質活動の違い

PRESS RELEASE 2015.2.25

脳卒中発症後,運動麻痺の影響で歩行ができなくなることがあるため,歩行再獲得は脳卒中後のリハビリテーションにおいて重要な目標となります.近年,脳卒中後の歩行再獲得のための新しい治療法として歩行観察を取り入れた介入の効果が紹介されています.しかしながらその効果の神経メカニズムや,どのような歩行を観察すれば良いのかは明らかになっていませんでした.そこで今回,「自分自身の歩行」と「他者の歩行」を観察したときの脳活動を比較しました.また,歩行を観察しているときに自分自身が歩行するイメージを想起することが重要であることから,観察時の歩行イメージの鮮明度も評価しました.

実際には,歩行観察中の脳活動を計測し,その直後に観察中に想起したイメージの鮮明度を評価しました.

下の図は実験の流れになります.

自分自身の歩行を観察しながらイメージを想起する条件(自己条件)と,会ったことがない他人の歩行を観察しながらイメージを想起する条件(他者条件)の2条件を設定し比較しました.

どちらの条件もイメージは自分自身が歩行するイメージを想起するように指示しました.

図1

図1.実験の流れ(各条件の順番はランダムで実施)

 

脳活動はfunctional near-infrared spectroscopy (fNIRS)を使用して,前頭葉から頭頂葉の範囲を測定しました.

下の図のようにプローブと呼ばれる検出器を頭部に装着し(図2),

ターゲットとなる脳領域からデータを抽出しました(図3).

イメージの鮮明度はvisual analog scale (VAS)で評価しました.

図2.fNIRS装着時の様子

  図3

図3.本研究で抽出した脳領域

 

下の図は13人の健常者で測定した脳活動の大きさをグラフ化したものです.

自己条件ではRt dPMC(右背側運動前野)とRt SPL(右上頭頂小葉)が歩行観察時に活動し,他者条件と比較してその活動が大きい結果となりました.

一方,他者条件ではLt IPL(左下頭頂小葉)が歩行観察時に活動し,自己条件と比較してその活動が大きい結果となりました.条件間で有意差はありませんでしたが,Lt vPMC(左腹側運動前野)が安静時よりも活動していました.

なお,歩行観察時に作ったイメージは,自己条件が他者条件に比べ有意に鮮明でした.

 

 図4.歩行観察時の脳活動

SMA;補足運動野,dPMC;背側運動前野,vPMC; 腹側運動前野,SPL;上頭頂小葉,IPL;下頭頂小葉.*p < 0.05, **p < 0.01;自己条件 vs 他者条件.p < 0.05, ††p < 0.01;安静時 vs 観察時.

本研究の臨床的意義

歩行観察において自分自身の歩行観察の方がより鮮明なイメージを想起できることが明らかになりました.このことは,自分の歩行を観察させることでより効果的な介入が可能になることを示唆しています.また,自分自身の歩行観察では右半球が,他者の歩行観察では左半球が有意に活動することが明らかとなったことから,脳卒中患者に対する歩行観察を取り入れた介入を行う時は,損傷半球側を考慮することが必要と考えられます.

 

論文情報

Fuchigami T, Morioka S. Differences in cortical activation between observing one’s own gait and the gait of others: a functional near-infrared spectroscopy study. NeuroReport. 2015 Mar 4;26(4):192-196.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 渕上健(フチガミ タケシ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600

E-mail: fuchigaminet@yahoo.co.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

静止立位中の重心動揺の随意的および自動的制御の効果

PRESS RELEASE 2015.1.6

立位時のバランスの安定(姿勢動揺の減少)は,日常生活の大部分を立位で過ごすヒトのリハビリテーションにおいて重要です.近年,立位中の姿勢動揺に意識を向け,随意的に動揺を制御する時(随意的制御)に立位中の動揺が減少することが報告されています.一方,立位中に計算などの認知課題を行い,姿勢動揺から意識を逸らした時(自動的制御)も動揺が減少することが報告されています.
今回は,随意的制御と自動的制御のどちらの方が動揺の幅を減少させるのか,また姿勢制御戦略に違いがあるのかについて調査しました.

 

本研究では,随意的制御条件,自動的制御条件,コントロール条件の3条件の静止立位課題を実施してもらい,重心動揺計で測定した足圧中心(center of pressure; COP)動揺を3条件間で比較しました.

立位条件は両足を閉じ,目は開けた状態で実施しました.

随意的制御条件は,「自分の体の動揺に集中して,可能な限り動揺しないようにして下さい」と指示しました.

自動的制御条件は,数字7個を覚えながら立位保持をしてもらいました.

コントロール条件は,「リラックスして立っておいて下さい」と指示しました.

 

この3条件中のCOP動揺の前後左右の動揺の振幅,速度,平均パワー周波数,各周波数帯のパワー密度を比較しました.

図1は,1名の方の3課題中のCOP動揺です.随意的制御条件と自動的制御条件で動揺の幅が小さくなっていることが分かると思います.

図1.3条件中のCOP動揺

 

実際に,被験者23名の結果を平均したものが図2〜4です.

図2は,前後,左右方向のCOPの動揺の振幅(root mean square; RMS)の結果です.随意的制御条件,自動的制御条件ともにコントロール条件より前後,左右の動揺の振幅が減少する結果となりました.このことは,過去の報告通り,随意的制御も自動的制御も姿勢動揺を減少させることを示しています.また,本研究結果は,前後方向のみですが,随意的制御より自動的制御の方が動揺の振幅を減少させる効果が大きいことを示しました.

 

 図2.前後,左右方向のRMSの結果

 

動揺の振幅の減少は随意的,自動的制御ともに似通っていましたが,図3で示している動揺速度や平均パワー周波数は異なっていました.

動揺速度の結果からは,自動的制御条件はコントロール条件と差がありませんが,随意的制御条件は他の2条件と比べてかなり速く動揺していることが分かりました.また,平均パワー周波数の結果からは,随意的制御は頻回な姿勢調節を行っていることが分かりました.

 図3.前後,左右方向の動揺速度と平均パワー周波数

 

姿勢制御に関与する視覚,体性感覚,前庭感覚の関与の程度を表すとされている各周波数帯域のパワー密度の結果(図4)は,低,中,高周波帯域ともに随意的制御と自動的制御に差がありました.これはこの2つの制御では各感覚の関与が異なる可能性を示しています.

図4.前後,左右方向の各周波数帯域のパワー密度

本研究の臨床的意義

立位バランスを安定させることは,バランスが不安定な脳疾患患者さんのリハビリテーションにおいて重要な課題です.動揺が大きい患者さんは,意識的に動揺を減少させようとしてしまうことが多いですが,本研究結果からは,自動的制御条件のような条件設定で立位練習を行うことにより,特に意識的に動揺を制御しようとしなくても姿勢動揺の減少を促せることを示唆しています.また,自動的制御は姿勢調節の頻度や感覚入力への依存を高めなくても姿勢動揺を減少させることが可能であることを示しており,より自動的な姿勢制御戦略へ近づけることが可能であると考えられます.

 

論文情報

Ueta K, Okada Y, Nakano H, Osumi M, Morioka S. Effects of Voluntary and Automatic Control of Center of Pressure Sway During Quiet Standing. J Mot Behav. 2014 Nov 25:1-9.

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 植田耕造(ウエタ コウゾウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: p0511105@univ.kio.ac.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

身体の大きさの錯覚による不快感が痛みに影響を与える

PRESS RELEASE 2014.10.22

近年,視覚的な身体像の大きさを操作して痛みの軽減を図ろうとするリハビリテーションが少しずつ報告されてきています.しかしながら,そのようなリハビリテーション手法は痛みを増悪させることもあります.今回は,身体の大きさを視覚的に拡大視させた時の「不快感」が,痛みの増悪と関連があるのかどうかを調べました.また,拡大視された手を不快に感じやすい者はどのような特性があるのかを調べました.

 

上記の目的を達成するためには,まず「自分の手が大きくなった」という体験(錯覚)をする必要があります.そのための実験道具として,日常でも拡大鏡として使用される凹鏡を利用しました.写真(図1)のように左手を鏡の後ろに隠して,右手を鏡の前に置くことで,被験者にはあたかも「左手が大きくなった」ような錯覚が生じます.

 

図1.拡大視ミラーによる錯覚

この錯覚体験をしている時に,隠れている左手で疼痛閾値(痛みの感受性)を測定しました.さらに,拡大された自分の身体についての不快感をアンケート形式で回答してもらいました.

 

実験では様々な被験者の反応がありました.拡大した手に対して「浮腫んでいる気がする」,「腫れている気がする」,「強くなった気がする」,「左右非対称で気持ち悪い」,「別に何も感じない」などの声がありました.

また,拡大視ミラー条件で痛みが増悪する者とそうでない者がいました.つまり,拡大視ミラーによる痛みの変化には個人によってバラつきがありました.そこで,それらを2つグループに分け,拡大視ミラーによって痛みが増悪したグループを分析することとしました.その結果,拡大視ミラー条件で痛みが増悪したグループ(緑色)は拡大視された手に対して不快に感じていることが明らかになりました.

 

2.拡大視ミラ-で痛みの増悪したグループの不快感

 

 

さらに,本研究では拡大視した手を不快に感じやすい者の特徴を調べました.その結果,「身体の形態に対する意識(Body Shape Questionnaire)」「身体に対する態度(Body Attitude Questionnaire)」がネガティブな者は,拡大視した手を不快に感じやすい特性があることが明らかになりました.「自分の体型を恥ずかしいと感じる」,「私の体はダメになってしまった気がする」,「写真をとられると太っていると感じる」という質問項目でネガティブな者は,拡大視した手を不快に感じやすいという傾向がありました.

 

図3.拡大視ミラー条件での不快感と個人特性

 

本研究の臨床的意義

近年では,ヴァーチャルリアリティシステムなどを利用して,身体像を視覚的に操作する痛みのリハビリテーションが報告されてきています.この研究では,そのようなリハビリテーションに対して,視覚的に身体像を操作する際には対象者の情動反応や性格特性を見定めながら介入をしていく必要性を示唆したものです.

 

論文情報

Osumi M, Imai R, Ueta K, Nakano H, Nobusako S, Morioka S. Factors associated with the modulation of pain by visual distortion of body size. Front Hum Neurosci. 2014 Mar 20;8:137. doi: 10.3389/fnhum.2014.00137.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
特任助教 大住 倫弘(オオスミ ミチヒロ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周(モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

自己身体の認識能力と不安感が人工膝関節置換術後の術後痛に影響を与える

PRESS RELEASE 2014.09.24

膝痛を改善するために人工膝関節置換術という手術が行われます.この術後痛に関わる要因を検討した結果,自己身体の認識能力が低下した症状(neglect-like symptoms)と痛みへの過度の不安感(pain catastrophizing)が術後痛に関与していることが明らかになりました.このことからneglect-like symptoms に対するアプローチ方法の確立とともに,患者の不安を軽減させる患者教育が重要と考えられました.

 

近年,痛みは図1に示すような3つの側面が関わるとされています.特に近年は情動的側面と痛みとの関連が注目されています.そこで本研究ではこの概念を基に,人工膝関節置換術 (Total Knee Arthroplasty; TKA) の術後痛に,情動的・認知的要因がどのように関与するのかを検討しました.

 

 

図1.痛みに関わる3つの側面

 

対象は90名の人工膝関節置換術の患者さんを対象としました方法は,機能的要因として感覚機能(関節位置覚、2点識別覚)と運動機能(関節可動域、筋力),情動的要因として痛みの破局的思考(pain catastrophizing scale;反芻・拡大視・無力感の下位項目に分類)と不安感(state-trait anxiety inventory)を,認知的要因としてneglect-like symptomsNLSを評価しました.また術後痛の程度はvisual analog scale(VAS)を用いて評価しました.

ちなみにNLSとは患肢の認識が低下する,身体性の問題であると考えられています.NLSはさらにmotor neglect(患肢の運動に過剰な注意を要する状態)cognitive neglect(患肢そのものの認識能力の低下した状態)に分類されます.NLSの評価表を図2に示します.NLSはこれまで主に慢性疼痛患者が有する症状として多くの報告があり,痛みの増悪因子とされていますが,術後の急性痛への関与に関しては検討されていませんでした.

 

2.neglect-like symptoms の評価方法

①痛い所は意識しなければ動かないですか.
②痛いところは自分の身体の一部ではないような気がしますか.
③痛い部位を思い通りに動かすためには,全神経を集中させる必要がありますか.
④痛い所が勝手に動くことがありますか.
⑤痛い所は感覚がない気がしますか.
①③:motor neglect  ②⑤:cognitive neglect

 

術後痛を目的変数,その他の情動的要因と認知的要因を独立変数とした重回帰分析をおこなった結果,情動的要因であるpain catastrophizingの下位項目である反芻と,認知的要因のNLSのmotor neglectが術後痛に有意に関わることがわかりました(図3).

 

図3.術後痛に関わる因子の結果

 

 

またNLSの強度に関与する因子を検討するため,NLSを目的変数,感覚機能と運動機能を従属変数とした重回帰分析をおこなった結果,関節位置覚と関節可動域がNLSに有意に関わることがわかりました.(図4)

 

図4.neglect-like symptomsに関わる因子の結果

 

本研究の臨床的意義

術後痛の早期軽減はどのような手術でも大切な目標です.今回検討した因子であるneglect-like symptomsは,慢性疼痛患者ではその痛みに関与していることが報告されていますが,今回術後の急性痛でも痛みの強度に影響することが明らかになりました.現在術後のリハビリテーションは関節可動域訓練や筋力訓練が中心にされていますが,患肢の認識能力の向上をはかるリハビリテーションアプローチが必要であると思われます.しかしまだまだ解明すべき点が多くあり,今後も研究を継続していきます.

またpain catastrophizing scaleの反芻も関与する因子として抽出されました.これは痛みに過剰に固執してしまう精神状態を示しています.不要な不安とその固執を生まないような,患者様に安心感を与えられるような方法論を講じる必要があります.そのために我々は患者教育を充実させる活動を行っています.

こうしたことから、術後のリハビリテーションを改善していきたいと思っています.

 

論文情報

Yoshiyuki Hirakawa, Michiya Hara, Akira Fujiwara, Hirofumi Hanada, Shu Morioka. Influence of psychological factors and neglect-like symptoms on postoperative pain after total knee arthroplasty. Pain Res Manag. 2014 Aug 6. pii: 16344.

問い合わせ先

福岡リハビリテーション病院 リハビリテーション部

平川 善之 (ヒラカワ ヨシユキ)

Tel; 092-812-1555 FAX; 092-811-0330

E-mail; yutsuki0903@yahoo.co.jp

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周 (モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

 

運動によるセロトニンシステムの活性化が不安を軽減する

PRESS RELEASE 2014.09.16

近年,うつ病(気分障害)がわが国において社会的損失の大きな疾患第1位に位置づけられており,こころの病気は私たちにとって身近な問題となってきています.
このような状況の中,運動を行うことがうつ病に効果があるという数多くの報告があります.しかし,なぜ効果があるのかといったメカニズムは明らかとなっていません.今回は,そのメカニズムを明らかにするためにセロトニンという神経伝達物質に着目して検証を行いました.

本研究では,運動することで気分が良くなるメカニズムを明らかにするため,運動するグループ(運動群)と運動しないグループ(コントロール群)に分け,気分のアンケート,尿中のセロトニン,脳波を測定し,運動することによるそれらの変化を確認しました.
セロトニンは,ドパミンやノルアドレナリンといった他の神経伝達物質の調整を行うことで,気分や感情のコントロールを行っていることが知られています.セロトニンが枯渇することでうつ病をはじめとする気分障害やその他の精神疾患が発症しやすくなることが知られています.

 

運動群は30分間ペダリング運動(自転車こぎ)を実施し,その間コントロール群は安静に過ごしました.被験者は運動習慣のある20歳代の男女としました.

 

図1は運動群の運動前と運動後のアンケート結果です.運動前と比べて,運動後では不安が軽減し,活気が向上したことが分かります.一方,このような変化はコントロール群には起こりませんでした.

 

図1.気分のアンケート

nrc 26.9.15 ①

 

尿中のセロトニン量は,運動前は運動群,コントロール群とも大きな差が無い状態でしたが,60分後には有意に運動群の方がコントロール群と比べて尿中セロトニン量が多い状態でした(図2).

 

図2.尿中セロトニン

nrc 26.9.15 ②

 

脳波は,運動群において運動前と比べて運動後に前帯状回という脳部位(図3の青色部分)の活動が有意に低下していました.一方,コントロール群でそのような変化は見られませんでした.

※前帯状回は情動反応を調節する働きがあり,うつ病の責任領域ということが知られています.また,痛みにも関連があると言われています.

 

図3.脳波

nrc 26.9.15

 

 

また,尿中セロトニン量の変化率と,脳波による前帯状回の活動量の変化率の関係は強い負の相関を認めました.つまり,セロトニン生成量が増えるほど前帯状回の活動量が軽減するということが示唆されました.

 

 図4.セロトニンと前帯状回の関係

ohmatsu fig4

本研究の臨床的意義

今回の結果から,運動することで気分が良くなるメカニズムとして,セロトニンの働きが重要ではないかと考えられます.さらに,脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患や整形疾患により,今まで通り運動できなくなった方々に対するリハビリテーションを行う上で,単純に身体として運動できないだけでなく,脳機能・精神に及ぼす影響を踏まえて関わっていく必要があると考えられます.
一方,今回は運動習慣がある若い方を対象としているため,今後は年齢や運動習慣などの要因の影響についても調べる必要があり,検討していきたいと考えています.

 

論文情報

Satoko Ohmatsu, Hideki Nakano, Takanori Tominaga, Yuzo Terakawa, Takaho Murata, Shu Morioka. Activation of the serotonergic system by pedaling exercise changes anterior cingulate cortex activity and improves negative emotion. Behav Brain Res. 2014 Aug 15;270:112-7. doi: 10.1016/j.bbr.2014.04.017. Epub 2014 May 6.

 

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション研究室
博士後期課程 大松聡子 (オオマツ サトコ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: polaresfid@gmail.com

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡周 (モリオカ シュウ)

Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp