脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御の異質性

PRESS RELEASE 2024.9.25

脳卒中による歩行障害は歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とし,転倒リスクや生活範囲の狭小化,生活の質に不利益をもたらします.しかし,個々の患者においてこれらの歩行の特徴がどのように関係しているのかは不明でした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域(保健学系)  西 祐樹らは,ネットワーク分析を用いた因果探索を行い,日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに,その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました.この研究成果はIEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering誌(Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network)に掲載されています.

研究概要

脳卒中患者の多くは歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とした歩行障害を呈し,転倒リスクや生活範囲の狭小化,生活の質の低下を引き起こします.特に日常生活環境においては,様々な文脈や環境に応じた歩行速度の調整等の歩行制御が求められます.近年,慣性センサー技術の進歩により,日常生活における歩行制御が明らかになってきました.一方,これまでの手法では,歩行の時空間パラメータを距離や時間の平均値として扱っており,歩行の連続性や歩行制御の変化を十分に捉えきれていませんでした.また,上記の歩行パラメータは相互に関係しており,従来の歩行制御モデルでは,脳卒中患者の歩行速度は主に歩調によって決定されますが,歩幅や歩行非対称性が歩行速度に与える影響には一貫性はありませんでした.つまり,脳卒中の歩行制御には個別性があることが推測されます.脳卒中患者個々の歩行制御モデルの構築と類型化は歩行機能の相互作用への洞察を深め,個別化されたリハビリテーション戦略に貢献することが期待されます.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域 (保健学系)  西 祐樹らは,脳卒中患者の日常生活環境における歩行を計測し,ネットワーク分析を用いて,脳卒中患者個々の歩行制御モデルを構築するとともに,クラスター分析による類型化を行いました.その結果,日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに,その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました

本研究のポイント

■ 脳卒中患者の日常生活環境における個々の歩行制御の異質性を分析した.
■ 脳卒中患者の歩行制御モデルは3つのクラスターに類型化された.
■ これら3つのクラスターは歩幅速度の調整能,Fugl-Meyer assessment,歩幅の非対称性,歩幅によって説明可能であった.

研究内容

本研究の目的は,脳卒中患者の日常生活環境における個別の歩行制御モデルを構築し,類型化することでした.そこで,脳卒中患者を対象に腰部に加速度計を装着し,日常生活環境において24時間計測しました.計測された加速度データから歩行の時空間変数を算出し,Linear Non-Gaussian Acyclic Model(LiNGAM)を使用して歩行の連続性を考慮した時系列的因果探索を行い,各患者における有向非巡回グラフ(DAG)を作成しました.次にスペクトルクラスタリングを使用して各患者のDAGを類型化しました.最後に類型化されたDAGの特徴を分析するために,ベイズロジスティック回帰に基づいた特徴選択を行いました.

本研究における脳卒中患者の歩行制御モデルは以下の3つのクラスターに類型化されました: クラスター 1;歩行の非対称性と歩行の不安定性が高く,主にケイデンスに基づいて歩行速度を調整する中等度の脳卒中患者,クラスター 2;主に歩幅に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者,クラスター 3;主に歩幅とケイデンスの両方に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者.これらの 3 つのクラスターは,歩幅速度の調整能,Fugl-Meyer assessment,歩幅の非対称性,歩幅という 4 つの変数に基づいて正確に分類できました.これらの脳卒中患者における歩行制御モデルのパターンは,歩行制御の異質性と脳卒中患者の機能的多様性を示唆しています

1:脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御モデル ©  2024 Yuki Nishi

全参加者と各クラスターにおけるDAGの可視化.(a) 全参加者のDAG.(b) クラスター1のDAG (c) クラスター2のDAG (d) クラスター3のDAG.ノードの色はノードの次数,エッジの色はエッジの重み,エッジの幅は占有率(クラスター内で各エッジを持つ人の割合)を表す.

本研究の臨床的意義および今後の展開

脳卒中患者における特徴的な歩行障害間の相互作用を理解し,異質性を明らかにすることは,個別性の高い精密リハビリテーションの基礎となります.歩行制御の個々のネットワークを解読することで,歩行速度の向上などの望ましい機能改善に関連する歩幅や歩行の非対称性などの特定の歩行障害をターゲットにした正確な介入を開発できます.このアプローチにより,よりオーダーメイドで効果的な治療戦略が期待されます.

論文情報

Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yusaku Takamura, Yuji Minamikawa, Shu Morioka

Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network

IEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering, 2024

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
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小脳への経頭蓋直流電気刺激が脊髄運動ニューロンおよび前庭脊髄路の興奮性に及ぼす影響

PRESS RELEASE 2024.8.19

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は,脳の神経活動を変調させる手法でありリハビリテーションに用いられています。小脳に対するtDCSは小脳皮質の興奮性を変調させることは分かっていますが,小脳と機能的結合を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性にどのように影響するかは明らかになっていません.畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 氏(畿央大学14期生)と森岡周 教授らは,健常者を対象に小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました.この研究成果は,Experimental Brain Research誌(Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals)に掲載されています.

研究概要

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は脳の興奮性を変調させることができる非侵襲的な脳刺激法の一つであり,リハビリテーションに有効であると考えられています.近年,運動学習や姿勢制御において重要な脳の部位である小脳に対するtDCSの研究が多く実施されています.小脳に対するtDCSは小脳皮質の活動を変調させることができると報告されている一方で,小脳と機能的な連結を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路などの興奮性に与える影響は明らかになっておりませんでした.そこで畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 さん,森岡 周 教授らの研究グループは,H反射と直流前庭電気刺激(GVS)などの神経生理学的手法を用いて,小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました. その結果,小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えないことが分かりました.

本研究のポイント

H反射やGVSを用いて測定した脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性は小脳へのtDCS刺激前,刺激中,刺激後で変化はみられませんでした.健常被験者の座位姿勢において,小脳へのtDCSは脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性には影響を与えない可能性が示唆されました.

研究内容

本研究では脊髄運動ニューロンの興奮性を評価するためにH反射と呼ばれる神経生理学的手法を使用しました.これは感覚神経を電気で刺激することで誘発される筋電位であり脊髄運動ニューロンの興奮性を反映しています.また前庭脊髄路の興奮性を評価するために直流前庭電気刺激(GVS)を用い,H反射を誘発するための電気刺激の直前にGVSを通電することでGVS-H反射を測定しました.これはGVSによって前庭脊髄路の興奮性が一時的に上昇し,H反射の大きさが増大する現象を利用したものであり,GVSによるH反射の変化率が大きいほど前庭脊髄路の興奮性が高いことを示します.今回は運動神経を刺激することで誘発される最大のM波(Mmax),最大のH反射(Hmax),GVSで条件付けされたHmax(GVS-Hmax)をそれぞれ,tDCS刺激前,刺激中,刺激後の3地点で測定しました.またHmaxをMmaxで正規化したHmax/Mmaxを脊髄運動ニューロンの興奮性,GVSによるHmaxの変化率(%)を前庭脊髄路の興奮性の指標として用いました.tDCSの電極は小脳虫部に貼付し,偽刺激,陽極刺激,陰極刺激の3条件の刺激を同一被験者に対して最低3日以上の間隔を空けて実施しました.

1:実験プロトコル

tDCSは同一被験者に対して偽刺激,陽極刺激,陰極刺激の3刺激条件を最低3日以上の間隔を空けて実施しました.tDCSの刺激前,刺激中,刺激後の3地点でMmax,Hmax,GVS-Hmaxをそれぞれ測定しました.

2H反射の測定方法と代表的な波形

a) 被験者は股関節90°,膝関節20°,足関節90°でベッド上に座り,右ヒラメ筋からH反射を計測しました.

b) H反射とGVS-H反射の代表的な波形.H反射を誘発するための脛骨神経刺激の100ms前にGVSを与えることによってH反射の大きさが増大します.

3:各tDCS刺激条件によるHmax/Mmaxの結果(脊髄運動ニューロンの興奮性の評価)

tDCSの刺激条件による主効果,測定タイミングによる主効果,交互作用は有意ではありませんでした.

4:各tDCS刺激条件によるGVSによるHmaxの変化率の結果(前庭脊髄路の興奮性の評価)

tDCSの刺激条件による主効果,測定タイミングによる主効果,交互作用は有意ではありませんでした.

本研究の臨床的意義および今後の展開

小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において,H反射やGVSなどの神経生理学的手法で測定される脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えない可能性が示唆されました.この結果には神経細胞の膜電位を変化させるtDCSの神経学的作用メカニズムが本研究の結果に関連している可能性があり,tDCSによって小脳の活動を変調させても,健常者の座位姿勢における脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性の調節にはあまり影響を及ぼさない可能性があります.今後は,異なるニューロモデュレーション技術や姿勢条件下で,脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路に対する小脳の関与を調べる必要があります.

論文情報

Yuki Sato, Yuta Terasawa, Yohei Okada, Naruhito Hasui, Naomichi Mizuta, Sora Ohnishi, Daiki Fujita, Shu Morioka.

Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals.

Exp Brain Res (2024).

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高所などの怖い場所でのバランス制御メカニズムを調査

PRESS RELEASE 2024.7.31

高所などpostural threat (姿勢脅威) を生じる環境では静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)の周波数が高く,振幅が小さくなることが知られています.このメカニズムとして,postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました.畿央大学大学院 客員准教授の植田耕造氏,森岡周教授らは,身体内部に注意を向ける課題(意識的なバランス処理課題)と比べて,できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御課題)の方がCOP動揺の平均パワー周波数が高く,postural threat下の姿勢制御と類似することを明らかにしました.この研究成果はNeuroscience Letters誌 (Difference between voluntary control and conscious balance processing during quiet standing)に掲載されています.本研究はpostural threatが姿勢制御を変調するメカニズム解明の一助となる研究です.

研究概要

過去の姿勢制御の基礎研究において,postural threat(姿勢脅威)が姿勢制御を変調することが報告されてきました.Postural threatとは,直立姿勢の制御に影響を与える要因のひとつであり,具体的には自分の身の安全に対し認識された脅威(threat)のことです.Postural threat(姿勢脅威)は高所で床面の端に立つなどの状況で生じ,静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)動揺の平均パワー周波数が高く,振幅が小さくなることが知られています.このメカニズムとして,postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました.しかし近年,身体内部(自己の足圧の移動)へ注意を向けておく課題(意識的なバランス処理課題)は簡単な認知課題を行う課題と比べ静止立位時の平均パワー周波数は高くなく,postural threatにより平均パワー周波数が高くなるメカニズムとなり得ないことが示されました.一方,植田 耕造 客員准教授 らは,できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御)において,リラックスした課題や難しい認知課題を行う課題と比べ静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く,振幅が小さいことを報告しています(https://www.kio.ac.jp/nrc/2015/01/06/press_ueta/).そこで,畿央大学大学院客員准教授/JCHO滋賀病院の植田 耕造氏(責任著者),森岡 周教授,畿央大学大学院の修了生である菅沼惇一氏 (筆頭著者:中部学院大学),中西康二氏(京丹後市立弥栄病院)らの研究グループは,健常若年者に対し,静止立位時の随意的制御課題と意識的なバランス処理課題を比較し,随意的制御課題の方がpostural threat下と類似した姿勢制御になるかを検証しました.その結果,意識的なバランス処理課題と比べ随意的制御課題の方が静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く,postural threat下とより類似していることを明らかにしました.

本研究のポイント

静止立位時に身体内部に注意を向けるよりも,できる限り動揺しないように随意的に制御する方がCOP動揺の平均パワー周波数が高くなることが判明しました.

研究内容

本研究では健常若年者27名を対象に,下記の3条件で各30秒間の静止立位時のCOP動揺を2回ずつ測定しました.

①リラックス条件:リラックスして立つよう指示

②意識的なバランス処理条件:立位中の足圧の移動に注意を向けるよう指示

③随意的制御条件:できる限り動揺を小さく制御するように指示

その結果,左右方向の平均パワー周波数や高周波帯域において,随意的制御条件で意識的なバランス処理条件よりも高値を示しました.一方で,RMS(root mean square)で表されるCOP動揺の平均振幅に差はありませんでした.

高所条件でpostural threatを引き起こしている過去の研究では,全ての研究で平均パワー周波数の増加を認めており,本研究の結果から,意識的なバランス処理条件よりも随意的制御条件の方がpostural threat下の姿勢制御と類似していることが示されました.このことから,postural threat下では注意が身体内部へ向くだけでなく,随意的な動揺の制御が行われていると考えられます.そのため本研究結果は,postural threatが姿勢制御を変調するメカニズムの概念的枠組みの一部の修正が必要であることを提案します.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究では,動揺を随意的に制御しようとした時にpostural threat下と類似した姿勢制御となることが示されました.臨床において,立つことが不安定で恐怖心を感じている症例の中には,随意的制御により姿勢制御が変調している対象者も存在する可能性があります.今後は随意的制御の方法の違いによる姿勢制御への影響を検証する必要があります.

論文情報

Suganuma J, Ueta K, Nakanishi K, Ikeda Y, Morioka S.

Difference between voluntary control and conscious balance processing during quiet standing.

Neurosci Lett. 2024 Jul 15;837:137900.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

客員准教授    植田耕造

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

人工膝関節全置換術後の長引く痛みと関連する疼痛の性質

PRESS RELEASE 2024.7.10

人工膝関節全置換術(TKA)の施行によって歩行や階段動作といった日常生活の問題が改善される一方で,およそ2割の患者は長引く痛みを経験しています.畿央大学大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏,森岡 周 教授らは,TKA術前・術後において患者が訴える疼痛の性質において,とりわけ術後2週の「ひきつるような」という疼痛の性質が,術後3ヵ月・6ヵ月まで長引く痛みの存在に関連していることを明らかにしました.この研究成果は,Scientific Reports誌(Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty)に掲載されています.疼痛の性質は痛みの病態を反映しており,術後遷延痛に対して,より具体的なリハビリテーション介入選択の一助になることが期待されます.

研究概要

TKA術前・術後の疼痛強度は長引く痛みの関連因子ですが,その要因は様々です.疼痛の性質は痛みの病態を理解するために重要な情報を提供するため,本研究では,術前・術後に患者が訴える疼痛の性質に着目し,術後3ヵ月・6ヵ月の疼痛強度との関連性を分析しました.

本研究のポイント

■「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」といった関節炎に由来するような疼痛の性質は,術前から術後2週で(すなわちTKAの施行によって)改善されていることがわかりました.

■ 術前の「ビーンと走る」,「うずく」,「軽く触れるだけで痛い」,「しびれ」,術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質は術後3ヵ月の疼痛強度と関連しましたが,とりわけ「ひきつるような」は,術後3ヵ月・6ヵ月の遷延痛の存在(NRS≧3)と関連していることが分かりました.

研究内容

TKA患者52名を対象に,術前と術後2週の疼痛強度(Numerical Rating Scale: NRSと様々な疼痛の性質(Short Form McGill Pain Questionnaire – 2: SFMPQ2を評価し,それぞれが比較されました.その結果,関節炎に由来するような「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」といった疼痛の性質はTKAの施行後に改善されていることが分かりました(図1).

図1.術前と術後2週における疼痛の性質

「ずきんずきん」や「鋭い」,「うずくような」,「疲れてくたくたになるような」といった疼痛の性質は,術前と比べて術後2週で有意に改善しました.また,「さわると痛い」や「むずがゆい」といった疼痛の性質はわずかに悪化しました.

 

続いて,マルコフ連鎖モンテカルロ法による事後分布推定を用いたベイズアプローチによって,術前・術後2週における疼痛の性質と,術後3ヵ月・6ヵ月時点における疼痛強度の関連性を分析した結果,いくつかの術前(「ビーンと走る」,「うずくような」,「軽く触れると痛い」,「しびれ」)と,術後2週(「ひきつるような」)の性質が,術後3ヵ月の疼痛強度と関連していることがわかりました.また,これらの性質と術後3ヵ月および6ヵ月における遷延痛の存在(NRS≧3)の関連性を分析したところ,術後2週における「ひきつるような」のみが関連していることがわかりました(図2).

図2.疼痛の性質と術後遷延痛の関連性

いくつかの疼痛の性質(術前:「ビーンと走る」,「うずく」,「軽く触れるだけで痛い」,「しびれ」,術後2週:「ひきつるような」)は,術後3ヵ月の疼痛強度と関連していました.さらに,術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質のみが術後3ヵ月,6ヵ月における遷延痛(NRS≧3)の存在と関連していました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

TKA術後遷延痛の予防において,周術期の疼痛管理で特に焦点を当てるべき疼痛の性質が明らかとなり,痛みの病態に基づいた介入戦略選択の一助になると考えられます.今後はこのような疼痛の性質の背景にある運動障害や末梢/中枢神経制御のメカニズムを検証していく予定です.

論文情報

Koga M, Maeda A, Morioka S.

Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty.

Sci Rep. 2024 Jul 2;14(1):15217.

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 古賀優之

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

パーキンソン病患者における静止立位時の足圧中心の包括的多変量解析

PRESS RELEASE 2024.6.18

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈しますが,その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています.畿央大学大学院研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎 氏,森岡 周 教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは,パーキンソン病患者の姿勢障害を構成する5つの因子を抽出し,抽出された姿勢障害の因子より6つのサブタイプに分類できることを明らかにしました.この研究成果はJournal of NeuroEngineering and Rehabilitationに掲載されています.このようなサブタイプ分類により,パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます.

研究概要

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢反射応答の低下や体幹の前屈姿勢などが顕著となり,立位姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈することが知られています.ヒトの立位時の姿勢の揺れは,重心動揺計を用いた足圧中心により評価され,揺れの大きさや速さなどから姿勢障害の特徴づけがされています.しかし,姿勢不安定性があるパーキンソン病患者では,単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく,むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されています.パーキンソン病には,臨床徴候や病歴,発症年齢,疾患進行速度などの違いから異なるサブタイプが存在することが広く知られており,姿勢障害の特徴についても様々なサブタイプが存在することが想定されています.そこで畿央大学大学院研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎氏,森岡 周教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは,健常者およびパーキンソン病患者に対して静止立位時の重心動揺を計測し,様々な特徴量を持つ変数に「因子分析」を施すことで姿勢障害の構成要素(因子)の抽出を試みました.その結果,揺れの大きさ,前後・左右・高周波(揺れの頻度),閉ループ制御(揺れに基づく修正能力)といった5つの因子が特定されました.次いで,抽出された因子を用いた「クラスター分析」を試みることにより,6つのタイプに分類可能であることを見出しました.パーキンソン病の重症度での比較では,姿勢障害を構成する因子に有意差がみられませんでしたが,サブタイプ間においては明確に異なる値を示していました.またパーキンソン病の発症からの期間の長さや症状の重症度についても有意な違いを示しており,この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせることを明らかにしました

本研究のポイント

■ パーキンソン病患者における静止立位時の重心動揺変数を用いた因子分析およびクラスター分析により,姿勢障害の特徴分類を試みた.
■ 姿勢障害の構成要素とみなし得る5つの因子が抽出され,因子得点を用いたクラスター分析を行うことによりパーキンソン病患者の姿勢障害が6つのサブタイプに分類できることを明らかにした.

研究内容

パーキンソン病患者は,病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈します.ヒトの静止立位時の姿勢の揺れは,重心動揺計を用いた足圧中心(center of pressure: CoP)の評価によって定量化され,揺れの範囲や速度などの時空間変数から姿勢障害の特徴づけが試みられています.しかし,パーキンソン病患者では,単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく,むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されており,その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています.そこで本研究では,静止立位時の足圧中心(CoP)時系列データを用いてPD患者における姿勢障害の特徴分類を行うことを目的としました.

対象はパーキンソン病患者127名,健常若年者71名,健常高齢者47名でした.対象者は重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測しました.計測されたCoP時系列データから,95%楕円信頼面積などの空間変数,平均移動速度などの時間変数,パワースペクトル分析を用いた周波数特性およびフラクタル解析の手法であるStabilogram Diffusion Analysis(SDA)により,短時間領域(Ds)/長時間領域の傾き(Dl),短時間/長時間領域の切り替え時間(CP)など計23変数を算出しました(図1左).その後,パーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴を抽出するために,各変数について因子分析を実施しました.その結果,95%楕円信頼面積や平均移動速度などの関連が強い動揺振幅因子や,左右周波数因子,前後周波数因子,高周波因子,SDAの変数であるDlやCPの関連が強い動揺拡散因子といった5因子が抽出されました(図1右).

図1.計測方法の概要および因子分析の結果 (高解像度の図はこちらをクリック)
:計測方法およびCoPより算出された変数一覧.重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測し,計測されたCoP時系列データから30変数を算出した(うち7変数は除外).:算出された23変数を用いた因子分析により,5つの因子が抽出された.

 

臨床分類として,健常高齢者およびパーキンソン病患者は,健常若年者と比較し動揺範囲因子および高周波因子において有意に高値を示しましたが,PD重症度間では有意差を認めませんでした(図2左).次にパーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴の違いに基づいてサブタイプを分類するために,抽出された因子を用いたガウス混合モデルによるクラスター分析を行いました.健常若年者を除く174名での5因子を用いたクラスター分析の結果,6つのクラスターに分類されました.これらのクラスター間において,因子得点は明確に異なる値を示しており,この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせると考えられました(図2右).

図2.臨床分類とクラスター分類間での因子得点の比較(高解像度の図はこちらをクリック)
臨床分類において,PD重症度間(左)では因子得点に有意な違いを示さなかったが,クラスター分類(右)では,各因子得点に明確な違いを示した.

 

図3は代表的な4症例を提示しています.この4症例は疾患重症度が同程度であるにもかかわらず,因子得点は明確に異なる結果を示しており,それぞれ異なるクラスターに分類されました.このことからも,単に疾患重症度から姿勢制御の問題を捉えるのではなく,それぞれのサブタイプに応じた姿勢制御の病態を捉える必要があると考えられます.

図3.各クラスターの代表4症例(高解像度の図はこちらをクリック)
各クラスターの代表4症例を示す.疾患重症度は同程度であるが,各因子得点は明確に異なっており,それぞれが異なる姿勢制御を示していることが示唆された.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究により,パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます.今後はパーキンソン病患者で生じる体幹の前屈や側弯といった姿勢異常や筋活動特性を包含した姿勢障害の特徴分類を予定しています.

論文情報

Shintaro Fujii, Yusaku Takamura, Koki Ikuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima

A comprehensive multivariate analysis of the center of pressure during quiet standing in patients with Parkinson’s disease.

Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation, 2024

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畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 藤井慎太郎

教授・センター長 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

痛みの性質を観察することで脳卒中後疼痛のリハビリテーション予後を推定できるか?

PRESS RELEASE 2024.6.13

脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain:PSP)は,脳卒中を発症した患者の約40%が経験するとされる痛みです.脳卒中後疼痛は,患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えるため,その予後を正確に予測し,適切なリハビリテーションを計画する必要があります.畿央大学大学院 博士後期課程 浦上慎司,ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授らの研究グループは,痛みの性質データ(うずくような,しびれたような)を活用すれば痛みのリハビリテーション予後を推定できることを明らかにしました.この研究成果はPhysical Therapy誌(Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality)に掲載されています.

研究概要

脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain, PSP)は,脳卒中を発症した患者の約43%が経験するとされる痛みです.この痛みは肩の痛み,筋肉の痙攣による痛み,神経障害性疼痛など,様々なタイプがあり,患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えます.PSPの管理は患者の機能回復にとって重要であり,痛みの質に応じた個別化された治療が理想とされています.今回の研究により,脳卒中後の痛み(PSP)のリハビリテーション予後は,痛みの性質に依存することが明らかになりました.

本研究のポイント

痛みの性質に基づく患者分類: 脳卒中後疼痛患者を4つの異なるクラスターに分類し,それぞれの痛みの性質に基づいて個別のリハビリテーション戦略が提案されました.

リハビリテーション効果の差異: 一部のクラスターでは,従来の運動療法ベースのリハビリテーションが有効である一方,他のクラスターでは追加の治療法が必要とされることが判明しました.

個別化されたリハビリテーションの必要性: 痛みの性質に応じた個別化されたリハビリテーション戦略が,脳卒中後疼痛の治療に重要であることが示されました.

研究内容

本研究では,脳卒中後疼痛を有する85名の患者を対象に,痛みの質に基づいて4つの異なるクラスターに分類しました(下図の左:こちらをクリック).クラスター1は「冷たい刺激が痛いグループ」,クラスター2は「しびれがつよいグループ」,クラスター3は「圧痛がつよいグループ」,クラスター4は「深部痛がつよいグループ」で構成されました.患者は,12週間にわたる運動療法ベースのリハビリテーションを受け,痛みの強さ縦断的に観察されました.クラスター4の患者は,従来の運動療法ベースのリハビリテーションにより痛みの強度が有意に軽減されましたが,クラスター1およびクラスター2の患者は痛みの軽減が見られませんでした(下図の右:こちらをクリック).この研究結果から,症例ごとに異なる痛みの性質によってリハビリテーション予後が異なることが分かりました.痛みの性質は,症例の痛みを発生させている病態メカニズムを表現していると考えられていることから,それぞれの病態によってリハビリテーション予後が異なるということが考えられます.そのため,個別化されたリハビリテーション戦略が重要であり,特に,従来のリハビリテーションが効果的でない場合,追加の治療法(例:経頭蓋直流刺激など)が必要となる可能性があります.

図:脳卒中後疼痛の痛みの性質に基づくクラスター分類とそれぞれのグループのリハビリテーション予後

高解像度の図はこちらをクリックして下さい.

本研究の臨床的意義および今後の展開

今回の研究では,症例が日常的に表現する痛みの性質(ズキズキなど)を軽んじてはいけないということが再確認されました.また,リハビリテーションの初期段階での痛みの性質の評価をすることで,予後を予測できるだけでなく,リハビリテーションの選択を迅速に提供できるようになるとのことです.

論文情報

Uragami S, Osumi M, Sumitani M, Fuyuki M, Igawa Y, Iki S, Koga M, Tanaka Y, Sato G, Morioka S.

Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality.

Phys Ther. 2024 Apr 3:pzae055. doi: 10.1093/ptj/pzae055. Epub ahead of print. PMID: 38567849.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 浦上慎司

准教授 大住倫弘

E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

痛みの概日リズムの評価は短縮可能か?-慢性疼痛を有する地域住民を対象とした研究-

PRESS RELEASE 2024.5.31

痛みの概日リズムとは24時間周期の痛み感受性の変動を意味します.こうした痛みの概日リズムを把握することで,痛みによって制限を受けている日常生活活動や生活の質の改善を目的としたリハビリテーションがより効果的に進むのではないかと考えられています.しかし,痛みの概日リズムの評価期間はこれまで7日間が一般的であり,日内に数回評価する特性上,患者負担が大きいことが問題視されていました.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの田中 陽一 客員研究員と森岡 周 教授らは,痛みの概日リズムの評価期間が3日間であっても,従来の7日間の評価から得られた結果と概ね一致することを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Pain Research誌(Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain)に掲載されています.

研究概要

慢性疼痛患者に対し自身で痛み管理を行いながら日々の生活活動や身体運動の適正化を目標に教育的介入を行っていくことは重要であり,より具体的で効率的な教育的介入を行う為には,慢性疼痛患者の痛み概日リズムを把握する必要があります.しかしながら,従来痛みの概日リズムの評価期間は7日間が主流となっており,患者負担が大きいことから評価として定着しない現状がありました.そこで本研究では7日間評価と比較し,3日間評価の妥当性をカッパ係数を用いて検証しました.

本研究のポイント

■ 金曜から日曜の3日間が最も7日間評価との一致度が高いことがわかりました.
■ 金曜から日曜,火曜から木曜の3日間では概ね7日間評価と一致していましたが,日曜から火曜の3日間では他の曜日と比べ7日間評価との一致度が低下していました.

研究内容

地域在住の慢性疼痛患者を対象に,痛みの概日リズムの評価として起床時,9時,12時,15時,18時,21時の6時点での痛みの評価を7日間実施しました.個々の参加者について6時点の痛みスコアを用いてクラスター分析を行い,7日間評価による分類と,各3日間評価(火曜‐木曜,金曜‐日曜,日曜‐火曜)による分類間の一致度をカッパ係数を用いて確認しました

図1.7日間評価による痛みの概日リズムの分類
各クラスターには以下の基準が適用されました;
CL1:痛みの強さは起床時に最小で,その後上昇し,正午以降はスコア0を超えた.CL2:起床時と21時にスコア0を上回り,日中は下回る.CL3:VASスコアは起床時にピークに達し,時間の経過とともに低下し,正午過ぎにはスコア0を下回った.

 

各3日間評価の分類を7日間評価の分類基準と照らし合わせて相違を確認し,7日間評価と各3日間評価の被験者内変動性をカッパ係数を用いて調べたところ,金曜-日曜の3日間が最も高いカッパ係数を示し(k=0.77),次いで火曜-木曜(k=0.67),日曜-火曜(k=0.34)という一致度であった.先行研究においてカッパ係数が0.58~0.80の間であれば,良好な一致を示すとされており,金曜-日曜,火曜-木曜の3日間評価は7日間評価の結果と一致していると考えられます.しかし,日曜日から火曜日までの3日間の一致度は低くなっており,本研究の結果は,3日間評価の有効性を示すと同時に,特定の曜日によっては一致度にばらつきが生じることも強調する結果となりました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究で得られた知見は,3日間評価から得られた結果が,従来の7日間評価から得られた結果と一致することを示しています.痛みの概日リズムの評価を短縮できるようになれば,臨床における評価がさらに確立され,痛みのリズムを考慮した疼痛管理が容易になると考えられます.また,評価時間の短縮は早期介入につながり,患者満足度の向上にも寄与すると思われます.したがって,本研究の結果は,患者の個人差を考慮し,評価期間を短縮した痛みの概日リズム評価を確立する必要性を示唆しています.

論文情報

Tanaka Y, Fujii R, Shigetoh H, Sato G, Morioka S.

Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain.

J Pain Res. 2024 May 25 ; 17 :1929-1940.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 田中 陽一(タナカ ヨウイチ)
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

運動出力の調節には「感覚フィードバック」が重要

PRESS RELEASE 2024.4.20

リハビリテーションの臨床で多く接する脳卒中患者において,運動麻痺は軽度であるにも関わらず感覚障害によって動作拙劣を呈するような症例をしばしば目にすると思います.本研究はその背景メカニズムを捉えるために,手指による物体把持動作における感覚フィードバックの影響を検討することを目的として実施しました.畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の 赤口 諒 氏,森岡 周 教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは,慢性期脳卒中患者の物体把持動作中の特徴として,①過剰な力発揮,②把持動作時の安定性低下,③予測制御の停滞を見出し,これらの運動制御の停滞が運動麻痺よりもむしろ感覚障害に強く影響を受けることを明らかにしました.この研究成果はClinical neurophysiologyに掲載されています.

研究概要

脳卒中後に生じる手指の麻痺や動作の拙劣さは日常生活の利便性に直結するため,手指機能の改善はリハビリテーションの主要な目標となっています.軽度の運動麻痺にも関わらず,感覚障害が原因で動作が不器用になる脳卒中患者は決して少なくありません.そのため,手指を用いた物体の把持動作において,感覚フィードバックがどのように影響するかを理解することは,その背景メカニズムを探る上で重要です.物体把持時の力の調節は,感覚フィードバックに基づく運動制御の一般的なモデルとして,長年にわたって研究されてきました.しかし,リハビリテーション分野で広く用いられている臨床的アウトカム尺度は,主に四肢運動の運動学的特性(例:Fugl-Meyer AssessmentやAction Research Arm Test)に焦点を当てており,運動制御戦略(例:把持力制御)には焦点が当てられていません.

このギャップを埋めるために,畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の赤口 諒氏,森岡 周教授,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島則天室長(畿央大学客員教授)を含む研究グループは,把持力計測装置を使用し,既存の研究で明らかにされた制御方略と計測・解析方法を臨床に応用する新しいアプローチを開発しました.彼らは,慢性期脳卒中患者の把持力調節の特徴把握のために,①物体重量に応じた力調節,②動作安定性,③予測制御の3つの観点から評価しました.その結果,脳卒中患者が物体を把持する際に過剰な力を発揮し,動作が不安定で,予測制御が停滞していること,さらには上記特徴が運動麻痺よりも感覚障害の影響を強く受けることを明らかにしました.この研究に用いている計測装置は,臨床現場で活用可能なシンプルなもので,かつ臨床評価の一環として取得・集積したデータを分析することで得られた知見であることに,大きな意義があると考えられます.

手指による物体の把持動作の円滑な遂行には,行った動作(運動出力)とその結果(感覚フィードバック)を照合・修正するプロセスが重要です.感覚情報に基づく運動調節は,動作実行中のオンライン制御だけでなく,運動の結果として得られた誤差情報を次の動作に修正・反映させるオフライン制御(予測制御や運動学習の基となる内部モデルに基づく運動制御)に大別されます.本研究では,運動制御における感覚フィードバックの重要性に焦点を当て,①物体重量に応じた力調節,②動作安定性,③予測制御の側面から分析するため,3つの課題を設定して把持力を計測しました.

 

図1.把持力計測装置と計測方法の概要

患者さんは各課題でロードセルおよび加速度計が内蔵された装置を把持して持ち上げます.計測は①3種類の異なる重量設定下での5秒反復把持課題(重量の違いに基づく力発揮調節を検証),②30秒静的把持課題(物体把持時の安定性を検証),③動的把持課題(把持物体を上下方向に動作させた際の予測制御を検証)で実施し,把持力(Grip force)と加速度(ACC)を計測しました.各課題の把持力と加速度の時系列データの代表例とその後の解析結果の代表例を提示しています.

本研究のポイント

■ 慢性脳卒中患者の物体把持力制御能は,感覚障害の影響を大きく受ける.

■ 長期にわたる感覚入力の欠如は,内部モデルの更新を妨げ,予測的な把持力制御を困難にしている.

■ 把持力制御に関する詳細な評価を行うことで,脳卒中患者における手指機能障害のメカニズム理解の一助となる.

研究内容

対象は麻痺側の手指で物体を把持できる脳卒中患者24名でした.運動麻痺はFugl-Meyer Assessment,感覚障害はSemmes Weinstein Monofilament Testで評価しました.把持力計測は,前記3課題を実施し,得られた把持力および加速度データを用いて,①物体重量に応じた把持力の感度特性(回帰式のゲイン・切片)の評価,②安定把持局面の加速度パワースペクトル解析による把持安定性,③物体把持下での上下動作時の把持力と負荷力のカップリングの程度について相互相関解析による評価を行いました.

図2.研究結果の概要

患側は健側よりも過剰な力発揮と物体把持安定性の低下,予測制御が停滞していることが明らかになりました.

 

全課題を通して,把持力は健側と比べ患側で有意に大きく,この結果は重量に応じた把持力の変化を示す回帰式の切片における有意な増加に反映されています.把持動作時の安定性は患側で乏しく,30秒間の静止把持課題時の加速度スペクトル密度の振幅と低周波シフトにその特徴が表れています.また,動的把持課題の把持力と負荷力の相互相関係数は,健側に比べて患側で低い値を示しました.

図3.運動麻痺・感覚障害との関連性

運動麻痺よりも感覚障害との相関係数が大きいことが明らかになりました.

 

これらの特徴は感覚障害との関連性が高く,感覚障害が重度であるほど過剰な出力が生じ,物体の把持安定性が失われ,予測制御が損なわれる傾向が示唆されました.感覚情報は動作逐次のフィードバック制御だけでなく,結果を次の動作に活かす「内部モデルの更新」にも不可欠です.したがって,感覚障害を持つ症例の動作の不器用さや過剰出力は,単なる実行エラーではなく,予測制御の困難さが一因である可能性を示唆しています.

図4.運動麻痺優位,感覚障害優位,双方混在の典型例の対比

感覚障害優位,双方混在の典型例Patient W, Xは運動麻痺優位の典型例Patient Cと比べて,把持力過剰出力,物体把持安定性の低下,予測制御の停滞となる特性を認めました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

把持力計測は単に運動出力の調節を検討するだけでなく,感覚情報を手掛かりとしたフィードバック制御や予測制御の成否を把握することを可能にします.運動制御のどの側面に停滞が生じているのかを感覚障害との関連から見極めた上で適切な課題設定や動作指導を行うことができれば,残存機能を最大限に活用した動作獲得を目指す上での足掛かりとなる可能性があり,高い臨床的意義を持つものと考えます.

この論文に用いたデータは実験計画を立てた上での研究目的のデータ取得ではなく,通常臨床における症状の特性評価を目的として実施したデータを,一定数集積後に事後的に分析したものです.既に研究レベルで得られている知見を臨床評価に応用し,リハビリテーション臨床における症状特性把握に活かすことは,極めて重要だと考えられます.

研究グループでは,今回の研究で明らかにしたような「評価的観点」からの試みに加え,感覚障害由来の動作拙劣さを呈する脳卒中患者に対してどのようなリハビリテーション介入を行うことで手指機能の改善に繋げられる可能性があるのか,という視点での「介入的観点」での取り組みを進めており,把持力計測を用いてその効果検証をするための介入研究を進めています.

尚,本研究で使用した把持力計測装置は,国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能障害研究室の研究成果をもとに,株式会社テック技販が既に製品化しています.

論文情報

Ryo Akaguchi, Yusaku Takamura, Hiroyuki Okuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima.

Relative contribution of sensory and motor deficits on grip force control in patients with chronic stroke.

Clinical Neurophysiology  2024.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
博士後期課程 赤口 諒(アカグチ リョウ)
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
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E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいた筋骨格系患者の臨床転帰

PRESS RELEASE 2024.3.29

痛みが慢性化する要因となる痛覚変調性疼痛には,損傷量から予測されるよりも広い範囲で生じる強い痛みや疲れやすさ,不眠,記憶力の低下,気分の不調といった様々な症状(中枢性感作関連症状)が含まれています.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 重藤 隼人 客員研究員と同大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏,森岡 周 教授らは,このような中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいたグループ分類において,中枢性感作関連症状が強いことは疼痛強度にかかわらず臨床転帰が不良になることを明らかにしました.この研究成果は,Scientific Reports誌(Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms)に掲載されています.

研究概要

筋骨格系疼痛患者は,しばしば不眠や疲労といった中枢性感作関連症状(Central sensitization-related symptoms: CSS)を呈します.しかしながら,疼痛が軽度でもCSSが強かったり,CSSが軽度でも疼痛が強かったりと,個々の患者で臨床症状は様々です.本研究では質問紙表の結果を用いたCSSと疼痛強度の重症度から4つのグループに分類し,横断的な特徴や縦断的な臨床転帰を分析しました.

本研究のポイント

■ CSSと疼痛強度によって分類された4つのグループでは,身体知覚異常や心理的要因の観点から特徴が異なることがわかりました.
■ CSSと疼痛強度が共に軽度のグループではNRSの改善が良好でしたが,その他のグループでは改善しにくい傾向があり,とりわけCSSが重度な二つのグループでは臨床転帰が不良であることが分かりました.

研究内容

有痛患者を対象に,短縮版CSI(CSI9)と様々な性質の痛み強度を点数化するShort Form McGill Pain Questionnaire – 2(SFMPQ2)を評価し,これら二つの質問紙の評価結果に基づいて,4つの群に分類しました.横断的分析の結果から,各群で異なる特徴が抽出されました(図1)

図1.多重比較結果に基づく各グループの特徴
疼痛/CSSがともに強いGroup3は疼痛強度,CSS,身体知覚異常,心理的要因が全て重度でした.これに対し,Group4は身体知覚異常と心理的要因が軽度~中等度であり,Group2は疼痛強度,身体知覚異常が重度であるという特徴がみられました.Group1は全ての項目が軽度でした.

 

縦断的解析として,Numerical Rating Scale(NRS)のMinimal Clinically Important Difference(急性痛: 22%,慢性痛: 33%)に基づいた1ヵ月後の疼痛改善者割合を分析したところ,Group1のみ改善は良好であり,Group2,3,4は改善しにくい傾向にあることがわかりました(図2).

図2.各群におけるNRS改善者割合の比較
Group1は疼痛改善が良好でしたが,Group2,3,4は疼痛改善が良好とはいえませんでした.また,CSSが重度なGroup3,4では約5割しか疼痛改善者がいませんでした.

更に,個々の患者が縦断的にどの群へ移行するかを分析したところ,CSSが重度なGroup3,4では,軽症群であるGroup1への移行が少ないことに加え,痛みがさほど強くないGroup4に属する患者の一部(5/40人,12.5%)は重症群であるGroup3へ移行していることがわかりました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

不眠や疲労感といった関連症状が強い場合,臨床転帰が不良となりやすく,痛みが軽度でも改善しにくいことや,一部の患者は重症化することもあるため,患者の訴えを注意深く観察し適切に対処していく必要があります。今後は,このような関連症状を呈する患者の背景にある神経過敏性についても検証していく予定です.

論文情報

Hayato Shigetoh, Masayuki Koga, Yoichi Tanaka, Yoshiyuki Hirakawa, Shu Morioka.

Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms.

Sci Rep. 2024 Feb 28;14(1):4873.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
客員研究員 重藤 隼人(シゲトウ ハヤト)
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

脊髄小脳失調症患者の立位姿勢制御能改善に着眼した効果的な理学療法-症例報告-

PRESS RELEASE 2024.1.6

脊髄小脳変性症(SCD)は,小脳や脊髄の神経変性によって発生する運動失調を主症状とする進行性の疾患です.姿勢バランス障害は,SCDの主な症状の一つです.ライトタッチは姿勢の揺れを軽減するための広く知られた方法ですが,四肢に運動失調を持つSCD患者には適用されていませんでした.本学の理学療法学科4年の 岩佐しおり さん,摂南総合病院及び本学の博士後期課程の 赤口 諒 さん,森岡 周 教授らの研究チームは,SCD患者の理学療法として体を壁に軽く接触させてリラックスした状態での静的立位保持を行い,その後,段階的に動的な姿勢バランス練習を導入することで,立位姿勢バランスと運動失調,日常生活動作(ADL)の改善に寄与したと報告しました.この研究結果は「Cureus」誌に「Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity」と題して掲載されました.

研究概要

脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Degeneration:SCD)は,小脳や脊髄後索の運動失調を主要な症状とする進行性の疾患です.SCD患者は姿勢バランスの維持が困難であり,多くの症例で転倒が報告されています.姿勢の揺れを軽減する手段としてライトタッチが知られていますが,これは通常,指先で行われ,四肢の運動失調があるSCD患者では適切な感覚情報の取得が困難になることがありました.本学理学療法学科4年の 岩佐しおり さん,摂南総合病院および本学の博士後期課程の 赤口 諒 さん,森岡 周 教授 らによる研究では,壁面を利用したライトタッチの理学療法を介して段階的に動的な姿勢バランスへの移行を図り,その結果,SCD患者の立位姿勢バランスの改善と運動失調,日常生活動作(ADL)の向上が見られました.これらの効果は姿勢動揺及び立位保持時の筋活動の分析を通じて検証されました.

本研究のポイント

■ 進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者でも,適切な段階的理学療法を実施することで姿勢バランスが改善されることが示されました.
■ 上肢に運動失調を持つSCD患者にとって,壁面への軽いタッチを利用することが有効であることがわかりました.
■ 安定した静的立位姿勢の維持が,過剰な筋活動の抑制に寄与し,それが動的な姿勢バランスの練習へとつながることが確認されました.

研究内容

対象となったのは,6年前にSCDと診断され,その後の転倒により右第5中足骨基部と左脛骨近位部を骨折し,理学療法を開始した60代の患者です.左右の上下肢に運動失調が見られ,特に左下肢の運動失調が顕著であり,立位と歩行の能力が著しく低下していましたが,何とか意図的に立つことが可能なレベルでした.理学療法の介入初期から中期にかけてはライトタッチを利用し,力を抜いて楽に立つ練習を行いました.静止立位が安定した後期には,随意的な重心移動と道具を用いた関節間協調運動の練習を実施しました.歩行練習も計画通りに実施されました.理学療法の進行は初期から最終まで4期に分けて行われ,各期間は1週間ずつ設定されました.各段階でADL,歩行能力,SARA(包括的な運動失調検査),BBS(包括的な姿勢バランス検査),重心動揺,筋電図などの検査・測定を図1に示す通り行いました.

図1 病歴および理学療法の経過

上図:特異的な姿勢バランス練習介入開始までの現病歴,下図: 特異的な姿勢バランス練習の内容・経過

 

患者は歩行器を用いて自立歩行が可能な状態で退院しました.また,BBS(Berg Balance Scale:包括的バランス尺度)とSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia:運動失調評価のための尺度)も改善が見られました.初期から最終段階にかけて,姿勢動揺が軽減しました.動揺面積と動揺速度,特に前後動揺の高周波パワー値(前後HF)の減少が認められました(図2A, B参照).初期では,右前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の活動が顕著でした(図2C参照).その後,右前脛骨筋の活動が減少し,ふくらはぎのヒラメ筋(Soleus:Sol)とTAの同時収縮指数は初期から中期に増加しましたが,中期から後期にかけては減少しました.交差的時間差相関分析の結果,左ヒラメ筋と前脛骨筋の同時収縮とSARAの間には時間差のない負の相関関係が見られました.

初期に右前脛骨筋の過剰な活動により姿勢が不安定でしたが,ライトタッチによる姿勢練習を導入し,本介入が進むにつれて姿勢の揺れや前脛骨筋とヒラメ筋の同時収縮指数が減少しました.これは健常幼児の発達過程に似た自動的な姿勢制御への移行を示唆しています.結果として,段階的な介入によって進行性SCD患者にも顕著な理学療法の効果が得られることが示唆されました.

 

図2:重心動揺および筋活動の経過

本研究の臨床的意義および今後の展開

進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者において,壁面への軽いタッチを用いることで,過度な筋肉の収縮を伴わずに安定した立位を維持する学習が可能であることが示されました.これは意図的な姿勢制御を減らすことに繋がり,結果としてより動的な姿勢バランスの練習が実施可能であることが確認されました.この結果は,戦略的かつ適切な理学療法を実施することで,進行性の脊髄小脳変性症の患者にも有効である可能性があることを示唆しています

論文情報

Shiori Iwasa, Ryo Akaguchi, Hiroyuki Okuno, Koji Nakanishi, Kozo Ueta, Shu Morioka

Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity

Cureus, 2023

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

畿央大学大学院健康科学研究科

教授 森岡 周

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp