腰痛を有する就労者の体幹運動制御障害には恐怖心が影響する

PRESS RELEASE 2022.2.21

腰痛による労働能力の低下には,作業関連動作中に生じる体幹の運動制御の変調が影響すると言われています.しかしながら,このような体幹の運動制御障害が,どのような要因によって引き起こされているのかは明らかにされていませんでした.畿央大学大学院 博士後期課程 藤井 廉 氏 と 森岡 周 教授らは,腰痛を有する就労者を対象に作業動作中の体幹の運動パターンと痛み関連因子の評価を行い,体幹の運動制御障害には“恐怖心”が影響することを明らかにしました.この研究成果は,BMC Musculoskeletal Disorders誌(Task-specific fear influences abnormal trunk motor coordination in workers with chronic low back pain: A relative phase angle analysis of object-lifting)に掲載されています.

研究概要

作業関連動作時において,腰痛は体幹の運動制御障害を引き起こします.その特徴としては,上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターン(上部体幹と下部体幹の運動が時空間的に一致した状態)が挙げられます.この運動パターンは腰部負荷に悪影響を及ぼし,やがては労働能力の低下をもたらしますが,それがどのような要因で引き起こされるのかは明らかにされていませんでした.
畿央大学大学院  博士後期課程 藤井 廉 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,三次元動作解析装置を用いて重量物を持ち上げる際の体幹の運動パターンの分析と痛み関連因子の評価を行い,両者の関係性を詳細に分析しました.その結果,動作課題を遂行する際に生じる特異的な恐怖心によって,作業関連動作中の上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました.

本研究のポイント

■ 腰痛を有する就労者を対象に,重量物を持ち上げる際の体幹の運動制御障害に影響する要因を分析した.
■ 動作課題中に生じる恐怖心によって,作業関連動作中の上部-下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました.

研究内容

本研究の対象は,腰痛のない就労者と腰痛のある就労者としました.三次元動作解析装置を用いて,床に置かれた重量物を持ち上げる動作における体幹の運動パターンを定量的に計測しました.身体各部位に貼付したマーカーの位置情報から,上部体幹と下部体幹の一致度を算出しました.あわせて,痛み関連因子に関するアンケート評価を実施し,動作課題中に生じた痛み・不快感・痛みの予測・恐怖心の程度も評価しました.

分析の結果,最も重い重量物を持ち上げる条件における「重量物を把持して持ち上げる場面」の上部体幹と下部体幹の一致度が腰痛群では高いことが明らかになりました図1).

 

fig1

図1.腰痛群と対照群における上部-下部体幹運動の一致度

 

また,この同位相による運動パターンに影響する要因を明らかにするために,階層的重回帰分析を用いて関係性を分析しました.その結果,同位相による運動パターンに影響する要因として,「動作課題中に生じた恐怖心」が抽出されました

つまり,動作課題中に生じる恐怖心によって,作業関連動作中の上部-下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました.つまり,同位相による運動パターンは痛み関連恐怖によって引き起こされる回避行動そのものと言え,それによって上部-下部体幹の運動の自由度を制限してしまうことが示唆されました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

作業関連動作時の上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターンは腰部負荷に直接的に悪影響を及ぼし,やがて労働能力や労働生産性を低下させるため,適切なリハビリテーション介入が求められます.本研究の結果,体幹の同位相による運動パターンを是正するためには,作業遂行時に特異的に生じる恐怖心を軽減する介入が必要であると考えられました.今後は,運動恐怖を減ずる介入によって運動制御障害が改善するかどうかを縦断的研究によって検証していく予定です.

論文情報

Ren Fujii, Ryota Imai, Hayato Shigetoh Shinichiro Tanaka, Shu Morioka

Task-specific fear influences abnormal trunk motor coordination in workers with chronic low back pain: a relative phase angle analysis of object-lifting.

BMC Musculoskeletal Disorders 2021

関連する論文

藤井 廉, 今井 亮太, 西 祐樹, 田中 慎一郎, 佐藤 剛介, 森岡 周. 運動恐怖を有する腰痛有訴者における重量物持ち上げ動作時の運動学的分析. 理学療法学. 2020; 47 (5): 441-449.

Ren Fujii, Ryota Imai, Shinichiro Tanaka, Shu Morioka. Kinematic analysis of movement impaired by generalization of fear of movement-related pain in workers with low back pain. PLoS ONE. 2021; 16 (9): e0257231.

 

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期
藤井 廉

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

脳卒中患者における歩行の関節運動学的特徴と筋シナジーパターン

PRESS RELEASE 2022.2.7

脳卒中患者の歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています.しかし,個々の症例毎に観察すると,異常な筋活動パターンは歩行時の立脚相または遊脚相において確認されます.畿央大学大学院 博士後期課程の水田 直道 氏と森岡 周 教授らは,歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性について検証しました.この研究成果は,PLOS ONE誌(Merged swing-muscle synergies and their relation to walking characteristics in subacute post-stroke patients: An observational study)に掲載されています.

研究概要

多くの脳卒中患者は歩行能力が低下し,日常生活や屋外での移動時にさまざまな困難さを経験します.歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています.歩行時における異常な筋活動パターンは立脚相または遊脚相において確認され,運動学的特徴においても症例ごとに異なるパターンを示すことは臨床上明らかですが、それらの関係性は分かっていませんでした.
博士後期課程の水田 直道さんらは,歩行時における筋活動の異常パターンを筋シナジーの側面からサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性を明らかにしました.立脚期における筋シナジーの異常パターン(単調な筋シナジー制御)がみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少した一方で,遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少していることが分かりました.加えて,遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,麻痺側下肢を大きく振り出す(屈曲角度の増大)ように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました

本研究のポイント

■ 立脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少
■ 遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少
■ 遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善する.

研究内容

介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました.対象者は3つの歩行条件(快適歩行:cws,麻痺側下肢大股歩行:p-long,非麻痺側下肢大股歩行:np-long)で10m歩行テストを行いました.p-longおよびnp-long条件では,対象者にそれぞれの下肢を前に大きく振り出しながら歩くよう指示しました.cws条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき,3つのサブタイプを特定しました.

fig.1

PDF_Figure.1

図1:歩行時における筋シナジーの併合パターン
快適歩行条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき,3つのサブタイプを特定しました.(A)歩行時における個々の筋活動波形を示します.(B)併合している筋シナジー波形と,それに含まれる筋肉の重み付けを示します.サブタイプ1では立脚前半と立脚後半,サブタイプ2では遊脚後半と立脚前半,サブタイプ3では遊脚前半と遊脚後半における筋シナジーが併合していることが確認できます.

 

fig.2

PDF_Figure.2

図2:歩行条件間における運動学的パラメータおよび筋シナジーの複雑さ
cws条件における下肢屈曲角度はサブタイプ3が減少している一方で,下肢伸展角度はサブタイプ1において減少していました.歩行条件間における筋シナジーの異常パターンは,サブタイプ3においてのみp-long条件で複雑に表現されました.

 

fig.3

PDF_Figure.3

図3:歩行速度と筋シナジーの複雑さの関係性
全症例における歩行速度と筋シナジーの複雑さは有意な負の相関を示しました.一方で,サブタイプごとにこれらの相関関係を確認すると,サブタイプ2、3においてのみ有意な相関を示しました.

本研究の臨床的意義および今後の展開

この研究では,歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性について検証しました.結果として,筋シナジーの異常パターンは3つのサブタイプに分類され,それぞれのサブタイプに応じて快適歩行時の運動学的パラメータは異なっていました.遊脚期における筋シナジーの異常パターンを示すサブタイプにおいては,麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました.今後は,サブタイプの神経基盤を明らかにするとともに,筋シナジーの異常パターンがどのような回復過程を辿るか調査する予定です.

論文情報

Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yuki Nishi, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Junji Deguchi, Yasutada Yamamoto, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka.

Merged swing-muscle synergies and their relation to walking characteristics in subacute post-stroke patients: An observational study.

PLOS ONE 17 (2), e0263613, 2022

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

博士後期課程 水田 直道(ミズタ ナオミチ)
医療法人尚和会 宝塚リハビリテーション病院
E-mail: peace.pt1028_@_gmail.com(※@の前後の_を削除してお送りください)

固定物とヒトへの軽い接触による立位姿勢制御の特徴

PRESS RELEASE 2021.12.17

手すりや壁などの固定物だけではなく,ヒトに軽く触れるだけでも立位姿勢が安定します.しかし,このような接触する対象物の違いによって生じる姿勢制御の特徴は明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 石垣 智也 客員研究員(現:名古屋学院大学 講師)と畿央大学大学院 修了生 山道 菜未 氏(現 福岡リハビリテーション病院),森岡 周 教授らは,固定物に触れると立位姿勢が安定化し姿勢動揺が高周波化するのに対し,ヒトに触れる場合には立位姿勢の安定化が固定物の場合に比べ少ないものの,姿勢動揺の高周波化が生じにくいことを明らかにしました.また,低周波成分の姿勢動揺で生じる二者間の姿勢協調が,高周波化を生じさせにくくする要因である可能性を示しました.この研究成果はHuman Movement Science誌(Characteristics of postural control during fixed light-touch and interpersonal light-touch contact and the involvement of interpersonal postural coordination )に掲載されています..

研究概要

ヒトの立位姿勢は様々な感覚情報を用いて制御されています.この中でも,触覚が姿勢制御に与える影響を調べるために,指先等を用いて対象物に軽く接触(1 N未満)する「ライトタッチ」という方法が用いられています.一般的にライトタッチを固定物(例:手すりや壁)やヒトに対して行うと立位姿勢の安定化が得られますが,これら姿勢制御特徴の違いは明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 石垣 智也 客員研究員らは,固定物とヒトに対するライトタッチの姿勢制御特徴を比較するために4つの立位条件(図1)で姿勢動揺を計測し,姿勢動揺の大きさや周波数,二者間での姿勢協調(自身と相手の姿勢動揺が類似すること)を分析しました.結果,固定物へのライトタッチ(固定物ライトタッチ)で立位姿勢動揺の減少と高周波化が認められ,ヒトへのライトタッチ(対人ライトタッチ)では立位姿勢動揺の減少が固定物の場合に比べて少ないものの,高周波化が生じにくいことが示されました.また,対人ライトタッチでは0.4 Hz以下の低周波成分で二者間の姿勢協調が認められるのに対し,0.4 Hzより大きな高周波成分では姿勢協調が認められませんでした.これら結果より,固定物ライトタッチでは自身の姿勢動揺を動きの無い対象物を基準に制御するため,姿勢動揺が大きく減少するとともに高周波化が生じると解釈されます.一方,対人ライトタッチでは動いている対象物(ヒト)を基準に自身の姿勢動揺を制御するため,姿勢動揺の減少が得られつつも高周波化が生じにくいと考えられます.低周波成分の姿勢動揺はヒトの重心の動きを反映するため,対人ライトタッチによる二者間での姿勢協調が高周波化を生じさせにくくする要因と考えられます.

本研究のポイント

・固定物へのライトタッチでは,立位姿勢の安定化が得られ姿勢動揺は高周波化する

・ヒトへのライトタッチでは立位姿勢の安定化は固定物の場合に比べると少ないが,姿勢動揺の高周波化は生じにくい

・ヒトへのライトタッチでは姿勢動揺の低周波成分において二者間の姿勢協調が生じる

研究内容

健常若年者を対象に閉眼での継ぎ足立位姿勢を基準とし,非接触条件,固定物(安定した台)へのライトタッチ条件,自身より安定したヒトに接触する対人ライトタッチ条件,自身と同様に不安定なヒトに接触する対人ライトタッチ条件の4条件を設定し(図1),各条件の姿勢動揺(足圧中心)を計測しました.そして,姿勢動揺の大きさと主たる周波数(平均周波数),低周波成分(≤0.4 Hz以下)と高周波成分(>0.4 Hz)における二者間での姿勢協調(相互相関係数)を解析し,条件間の比較を行いました.

図1

図1:設定した立位条件
NT: no touch, FLT: fixed light touch, SILT: stable interpersonal light touch, UILT: unstable interpersonal light touch

 

その結果,固定物ライトタッチでは立位姿勢動揺の減少と高周波化が認められ,対人ライトタッチ条件では立位姿勢動揺の減少が固定物ライトタッチに比べて少ないものの,不安定な対人ライトタッチ条件の左右動揺を除いて高周波化が生じにくいことが示されました(図2).そして,高周波化の示されなかった安定した対人ライトタッチ条件と不安定な対人ライトタッチ条件の前後動揺では,低周波成分で高い姿勢協調が認められたのに対し,高周波成分では姿勢協調に条件の差を認めませんでした(図3).

図2

図2:立位姿勢動揺の平均周波数

図3

 

図3:周波数成分別における二者間の姿勢協調

本研究の臨床的意義および今後の展開

リハビリテーションの臨床場面では,対象者の動作介助や運動療法のために支持物(手すりや杖など)や療法士の徒手的な身体接触が用いられます.本研究成果は,これら方法の違いが対象者の姿勢制御に与える影響について,基礎的知見からの考察を提供するものとなります.具体的には,姿勢動揺の減少は姿勢の安定化を意味するものの,他の研究知見を踏まえると,姿勢動揺の高周波化は固定化された自由度の低い制御様式とも解釈できます.そのため,姿勢の安定化を目的にライトタッチを用いる場合であったとしても,対象者や状況によっては用いる方法を使い分ける必要があるかも知れないという仮説を提唱するものとなります.

論文情報

Ishigaki T, Yamamichi N, Ueta K, Morioka S.

Characteristics of postural control during fixed light-touch and interpersonal light-touch contact and the involvement of interpersonal postural coordination.

Hum Mov Sci. 2021;81:102909.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員
現:名古屋学院大学 リハビリテーション学部 理学療法学科 講師
石垣 智也(イシガキ トモヤ)
Tel: 0745-54-1601(畿央大学)
Fax: 0745-54-1600(畿央大学)
E-mail: ishigaki_@_ngu.ac.jp(※@の前後の_を削除してお送りください)

 

森岡 周(モリオカ シュウ)

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600

腰痛を持つ就労者における体幹運動障害は過去の痛み経験に由来する恐怖心が原因

PRESS RELEASE 2021.9.22

腰痛を有する就労者は,作業動作中に体幹の可動域が狭くなることや,体幹の運動スピードが緩慢となることが明らかとされています.しかしながら,このような体幹の運動異常が,痛みやそれに関連する心理的要因などによって引き起こされているのかは明らかとされていませんでした.畿央大学大学院 博士後期課程 藤井 廉 氏 と 森岡 周 教授らは,腰痛を有する就労者を対象に作業動作中の運動異常と痛み関連因子の評価を行い,重量物を持ち上げる際の体幹の運動速度の低下は,動作中に生じる腰部痛が原因ではなく,過去に生じた痛みの経験によって引き起こされる運動への恐怖心が影響していることを明らかにしました.この研究成果は,PLOS ONE誌(Kinematic analysis of movement impaired by generalization of fear of movement-related pain in workers with low back pain)に掲載されています.

研究概要

腰痛を有する就労者は,重量物を持ち上げる動作などの作業において,体幹の可動域が狭くなることや,体幹の運動速度が低下するなどの特徴を有することが報告されています.この運動範囲の狭小化や運動の緩慢さは,「痛みを回避するための過剰な保護行動」と捉えられており,痛みが慢性化するに至る要因と考えられています.このような腰痛による体幹の運動障害には痛みに対する恐怖心や破局的思考など,様々な痛み関連因子が関与していると考えられていますが,これらの要因がどのように影響しているのかは明らかとされていませんでした.畿央大学大学院 博士後期課程 藤井 廉 氏,森岡 周 教授らの研究チームは,三次元動作解析装置を用いて重量物を持ち上げる際の体幹運動の分析と痛み関連因子の評価を行い,媒介分析を用いて運動と痛み関連因子の詳細な関係性を分析しました.その結果,腰痛によって重量物を持ち上げる際に体幹運動速度が緩慢となり,その緩慢さには動作中に腰部に生じる痛みでなく,過去の痛み経験によって引き起こされる運動への恐怖心が影響していることを明らかにしました.

本研究のポイント

■ 腰痛を有する就労者を対象に,重量物を持ち上げる際の体幹の運動障害と痛み関連因子の関係を詳細に分析した.
■ 腰痛によって,重量物を把持して持ち上げる際の体幹伸展方向への運動速度が緩慢となっていた.
■ 体幹の運動速度の低下には,動作中に生じる痛みではなく,過去の痛み経験によって引き起こされる運動恐怖が関与していることを示した.

研究内容

本研究は,腰痛のない就労者と腰痛のある就労者を対象にしました.三次元動作解析装置を用いて,床に置かれた重量物を持ち上げる動作を遂行している際の体幹運動を定量的に計測しました.身体各部位に貼付したマーカーの位置情報から,体幹の最大屈曲角速度と伸展角速度を算出しました(図1).あわせて,「運動恐怖」,「破局的思考」,「不安」などの痛み関連因子の評価について質問紙を用いて行いました.

fig.1

図1.体幹の運動学的分析方法

「重量物を取りにいく場面」に最大となる体幹屈曲角速度と「重量物を把持して持ち上げる場面」に最大となる体幹伸展角速度を算出した.

 

分析の結果,「重量物を取りにいく場面」の体幹屈曲角速度は両群で有意な差はありませんでしたが,「重量物を把持して持ち上げる場面」の体幹伸展角速度が腰痛群で低値を示しました.つまり,動作課題中に痛みを訴えた者は1名も存在しなかったにも関わらず,体幹の伸展運動が緩慢となっていたということです.
また,この体幹の伸展方向への緩慢さに影響する痛み関連因子を明らかにするために,媒介分析を用いた変数同士の関係性を分析しました.その結果,過去の痛み経験と体幹伸展角速度を媒介する因子として,「運動恐怖」が抽出されました(図2).つまり,体幹の運動障害は,動作中に生じる痛みの強さによって影響されるのではなく,過去の痛み経験によって引き起こされる運動恐怖が原因であることが示唆されました.

 

fig.2

図2.媒介分析の結果

過去4週間のうちに経験した痛みの強度と体幹伸展角速度は,運動恐怖によって媒介されることを示す(完全媒介モデル)

本研究の臨床的意義および今後の展開

就労者に生じる腰痛は,労働障害や労働生産性に悪影響を及ぼすため,その予防は喫緊の課題と位置付けられています.作業動作中に痛みがないにも関わらず,運動恐怖によって体幹の運動障害が出現している場合,いずれ腰痛の再発や遷延化を予兆するサインかもしれません。今後は,運動恐怖を減ずる介入によって運動障害が改善するかどうかを検証する予定です.

論文情報

Ren Fujii, Ryota Imai, Shinichiro Tanaka, Shu Morioka

Kinematic analysis of movement impaired by generalization of fear of movement-related pain in workers with low back pain.

PLOS ONE 2021

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
藤井 廉(フジイ レン)

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

 

森岡 周(モリオカ シュウ)

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600

パーキンソン病患者における長期間の理学療法の有効性-システマティックレビュー&メタアナリシスー

PRESS RELEASE 2021.9.1

パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)の運動症状は疾患早期から認め,運動症状に対して抗PD薬や理学療法などのリハビリテーションを早期から継続して行うことが重要であることは広く認識されていますが,長期間の理学療法の効果に関するエビデンスは明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの岡田 洋平 准教授(健康科学部理学療法学科,大学院健康科学研究科併任)は,日本全国の研究者と共同でシステマティックレビュー,メタアナリシスを行うことにより,疾患早期から中期のPD患者に対する長期間(6か月以上)の理学療法は,運動症状を改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることのエビデンスを初めて示しました.この研究成果は,Journal of Parkinson’s Disease(Effectiveness of Long-Term Physiotherapy in Parkinson's Disease: A Systematic Review and Meta-Analysis)に掲載されています.

研究概要

パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)は,様々な運動症状や非運動症状を認める緩徐進行性神経変性疾患です.疾患の経過とともに,それらは徐々に進行し日常生活動作の障害が認められるようになります.抗PD薬による治療はそれらの症状を軽減しますが,疾患の進行とともにその内服量は徐々に増加します.抗PD薬の内服量の増加は,症状の日内変動や不随意運動などの副作用のリスクの増加につながります.一方,薬物療法とともに理学療法などのリハビリテーションを継続して長期間行うことが重要であることは広く認識されています.長期間の理学療法を継続して実施することにより,抗PD薬の内服量を過度に増加させることなく,運動症状の増悪を軽減できることが望ましいと考えられます.
これまで,PD患者に対する理学療法の運動症状や日常生活動作を改善する短期効果に関するエビデンスは示されておりましたが,長期間の理学療法の運動症状や抗PD薬内服量に対する効果に関するエビデンスは検証されておりませんでした.そこで,畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの岡田 洋平 准教授(同 健康科学部理学療法学科,大学院健康科学研究科併任)は,日本全国の研究者と共同で, PD患者に対する長期間の理学療法の効果に関するシステマティックレビュー,メタアナリシスを行い,長期間の理学療法は抗PD薬の薬効状態が悪い状態(オフ期)の運動症状を改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることのエビデンスを初めて示しました.

本研究のポイント

■ パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者に対する長期間の理学療法の効果に関するシステマティックレビュー,メタアナリシスを実施した.

■ 疾患早期から中期のPD患者に対して,長期間(6か月以上)の理学療法を行うことにより,運動症状が改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることのエビデンスが初めて示された.

研究内容

2020年8月までに出版されたPD患者に対する理学療法の効果に関するランダム化比較対照試験(Randomized controlled trial: RCT)を複数のデータベース(Pubmed,Cochrane Central, PEDro, CINAHL)を用いて検索しました.特定された2940件の研究を対象にペアで厳密にスクリーニングした結果,疾患早期から中期(ヤール分類1-3)のPD患者を対象に,6か月以上の理学療法を行い,運動症状,日常生活動作,抗PD薬内服量に対する効果について検証しているRCTが10件同定されました(図1).今回のシスティックレビューでは,抗PD薬の薬効状態による運動症状に対する効果の差異について検証するため,評価時の薬効状態が明確なRCTのみを対象としました.

図1改2

 

図1.PRISMA声明に基づくシステマティックレビューの過程 © 2021 Yohei Okada

4つのデータベースの検索と,Narrative reviewなど他の情報源から抽出したものを合わせた2940件の研究を対象に,タイトル・抄録,全文にてスクリーニングした結果,10件のRCTが解析の対象となった.

 

薬効状態の良好なオン期,不良なオフ期の運動症状,日常生活動作,抗PD薬内服量に関する結果を抽出し,メタアナリシスを行いました.その結果,長期間の理学療法はオフ期の運動症状を改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることが明らかになりました(図2)

図2

図2.理学療法の効果(vs 介入なし/コントロール介入)に関するメタアナリシスの結果

長期間の理学療法が,介入なし/コントロール介入と比較して,オフ期の運動症状を改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることが示された.

 

研究グループは,PD患者は薬物療法を継続していると,薬の効果が持続せず薬を飲んでいてもオフ期に運動症状の増悪を認めることが多いため,長期間の理学療法によりオフ期の運動症状が改善することのエビデンスが明らかになったことは,PD患者にとって意義深いと考察しています.また,長期間の薬物療法に伴い,抗PD薬の内服量が増加すると,PD患者が症状の日内変動や不随意運動などの副作用が出現・増悪するリスクが高くなり,社会にとっても医療費増大につながる可能性が考えられます。したがって,長期間の理学療法により抗PD内服量が減少することは,抗PD薬内服量増加に伴う副作用の発生リスクや医療費増大の抑制に寄与する可能性があり,PD患者やその家族にとってだけでなく,社会にとっての意義が大きいとも言及しています.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究により,PD患者に対する長期間の理学療法が運動症状を改善し,抗PD薬内服量を減少する効果があることのエビデンスが初めて示されました.本研究成果は,PD患者が疾患早期から理学療法を継続して行う動機づけにつながり,抗PD薬内服量増加に伴う副作用出現や増悪のリスクの低下,医療費増大の抑制にも寄与することが期待されます.本研究では,介入方法による長期理学療法の効果の差異についても検討したが,研究数が少なくエビデンスの質としては十分でなかったため,今後有効な介入方法についても再度検証する予定です.また,PD患者に対するより長期間の理学療法の効果や運動療法以外の理学療法介入の効果についても研究する予定です.

論文情報

Yohei Okada, Hiroyuki
Ohtsuka, Noriyuki Kamata, Satoshi Yamamoto, Makoto Sawada, Junji Nakamura, Masayuki Okamoto, Masaru Narita, Yasutaka Nikaido, Hideyuki Urakami, Tsubasa Kawasaki, Shu Morioka, Koji Shomoto , Nobutaka Hattori

Effectiveness of Long-Term Physiotherapy in Parkinson’s Disease: A Systematic Review and Meta-Analysis.

Journal of Parkinson’s Disease, 2021

関連ページ

本研究のPROSPERO登録
https://www.crd.york.ac.uk/prospero/display_record.php?ID=CRD42020206939

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

岡田洋平(オカダヨウヘイ)

E-mail: y.okada@kio.ac.jp

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600

すくみ足があるパーキンソン病患者における歩行中の前方不安定性

PRESS RELEASE 2021.7.13

歩行時に足が地面にくっついたようになって前に進めなくなる症状を「すくみ足」といいます.すくみ足があるパーキンソン病患者は前方に転倒しやすいことが知られていますが,歩行中に前方へ不安定となっているかについては客観的に明らかにされていませんでした.畿央大学大学院修士課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは,三次元動作解析装置を用いて,すくみ足があるパーキンソン病患者は,すくみ足がないパーキンソン病患者よりも歩行中に前方へ不安定となっていることし,また,その前方不安定性はすくみ足に関連する歩幅の低下や歩行リズムの上昇と関連することを実験的検証により初めて明らかにしました.この研究成果は,Neuroscience Research誌(Forward gait instability in patients with Parkinson's disease with freezing of gait)に掲載されています.

研究概要

パーキンソン病患者の歩行中の前方不安定性は,すくみ足によるものと,前屈姿勢によるものの2つの表現型があるとされてきました.すくみ足は,パーキンソン病患者でみられる特徴的な歩行障害であり,すくみ足が出現する直前には歩幅の低下や歩行率の上昇がみられることが知られています.近年,すくみ足があるパーキンソン病患者は前方への転倒頻度が高いことが報告されていましたが,歩行中の前方不安定性については,客観的な検証が行われていませんでした.
歩行中の前方不安定性の客観的指標には,踵接地時における身体質量中心(COM)と支持基底面(BOS)までの距離(COM-BOS距離)や,Margin of Stability(MOS)が用いられています.COM-BOS距離は前方へ転倒するリスクの程度を示し,MOSはCOMの位置と速度の両方を考慮した動的安定性を示します.
畿央大学大学院修士課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは,すくみ足があるパーキンソン病患者11名,すくみ足がないパーキンソン病患者9名および高齢者13名を対象に三次元動作解析装置を用いて歩行解析を行い,前方不安定性について検討しました.その結果,①すくみ足があるパーキンソン病患者は,すくみ足がないパーキンソン病患者と比較して,歩行中に前方へ平衡を失うリスクが高く,動的に不安定となっていることと,②その前方不安定性はすくみ足に関連する歩行指標(歩幅減少と歩行率上昇)と関連することが示されました.

本研究のポイント

■ すくみ足があるパーキンソン病患者の歩行時の前方不安定性について三次元動作解析装置を用いてを客観的に検証した.
■ すくみ足があるパーキンソン病患者はすくみ足がないパーキンソン病患者と比較して,歩行時に前方に平衡を失うリスクが高く,前方への動的不安定性が高いことが明らかになった.
■ すくみ足があるパーキンソン病患者の歩行中の前方不安定性は,歩幅の低下や歩行リズムの上昇と関連があることが明らかにされた.

研究内容

本研究では,すくみ足があるパーキンソン病患者11名,すくみ足がないパーキンソン病患者9名および高齢者13名を対象に三次元動作解析を用いて歩行解析を行い,前方不安定性について検証しました.対象者は,40点の赤外線反射マーカーを貼付した状態で,快適歩行速度で5mの歩行路を歩行し,赤外線カメラにて取得したマーカーの三次元座標情報から時空間歩行指標(歩幅,歩行率)と運動学的指標(体幹前傾角度,後続肢の股関節伸展角度),さらに前方不安定性指標(COM-BOS距離,MOS)を算出しました.(図1).

fig.1

図1:歩行の前方不安定性指標
右踵接地時におけるCOM-BOS距離,MOSの算出方法を示す.いずれの指標も,低値であれば前方へ不安定であると解釈される.

 

その結果,すくみ足があるパーキンソン病患者のCOM-BOS距離は低い値を示しました.また,疾患重症度を調整した群間比較において,すくみ足があるパーキンソン病患者はすくみ足がないパーキンソン病患者よりもMOSが低い値を示しました図2).

fig.2

2:歩行の前方不安定性指標の群間比較 (*p<0.05)

PD+FOG:すくみ足があるパーキンソン病患者群,PD-FOG:すくみ足がないパーキンソン病患者群,Control:健常高齢者

*有意な群間差あり(ANOVA, p<0.05) †有意な群間差あり(ANCOVA 疾患重症度で調整, p<0.05

また,すくみ足があるパーキンソン病患者群において,COM-BOS距離は歩幅と正の相関を示し,MOSは歩行率と負の相関を示しました(図3).

fig.3

図3:各群における歩行中の前方不安定性指標とすくみ足関連指標の散布図

●すくみ足のあるパーキンソン病患者 〇すくみ足のないパーキンソン病患者 △健常高齢者

この結果は,すくみ足があるパーキンソン病患者において,歩幅の減少はCOM-BOS距離の減少と関連し,前方への転倒リスクが高まること,また歩行率の上昇は,MOSの減少と関連し,動的安定性が低下することを示しています.これは,すくみ足のあるパーキンソン病患者における歩行時の前方不安定性があること,すくみ足に関連する歩幅の低下や歩行率の上昇は前方不安定性と関連することを実験的検証により初めて示したことになります.これらの結果から,すくみ足と関連する歩幅の減少や歩行率の上昇を,投薬治療やリハビリテーションにより改善することが,すくみ足があるパーキンソン病患者の歩行中の前方不安定性の軽減につながることが期待されます.

本研究の臨床的意義および今後の展開

パーキンソン病患者の歩行中の前方不安定性は,すくみ足によるものと,前屈姿勢によるものの2つの表現型があるとされてきましたが,本研究では,すくみ足があるパーキンソン病患者の前方不安定性を実験的検証により初めて明らかにしました.今後は,もう1つの表現型である前屈姿勢のあるパーキンソン病患者の前方不安定性について検証する予定です.

論文情報

Hideyuki Urakami, Yasutaka Nikaido, Kenji Kuroda, Hiroshi Ohno, Ryuichi Saura, Yohei Okada

Forward gait instability in patients with Parkinson’s disease with freezing of gait.

Neuroscience Research, 2021

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

岡田洋平(オカダヨウヘイ)

E-mail: y.okada@kio.ac.jp

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600

慢性疼痛患者における疼痛律動性のタイプ分類

PRESS RELEASE 2021.7.8

近年,日内で疼痛強度が変動する疼痛律動性の存在が注目されております.こうした疼痛律動性を把握することは慢性疼痛への治療戦略を考えるうえで有用であり,様々な疾患で律動性の調査が行われています.しかし,これまでの研究では疾患横断的に調査されたものはなく,律動性が疾患由来で生じるのか?神経障害性や心理状態といった個人の要因で生じるのか?といった点が明らかになっておりませんでした.畿央大学大学院博士後期課程 田中 陽一 氏と森岡 周 教授 らは,慢性疼痛患者56名を対象にクラスター分析を用い,疼痛律動性の類似性から群分けを行い,リズムタイプの異なる3タイプの存在を明らかにしました.また,神経障害性疼痛の重症度がこれらの群間で異なっていることを報告しました.この研究成果は,Medicine誌 (Classification of circadian pain rhythms and pain characteristics in chronic pain patients:An observational study)に掲載されています.

研究概要

これまで疾患別に疼痛律動性の存在が多数報告されてきました.しかし,疼痛律動性が生じる原因について論じられたものはなく,律動性が疾患由来で生じているのか,個人因子の影響が強いのかといった点が明らかになっておりませんでした.そこで,畿央大学大学院博士後期課程 田中 陽一 氏 と 森岡 周 教授 らは,慢性疼痛患者56名の疼痛律動性を疾患横断的に調査しました.

その結果,リズムタイプの異なる3タイプの律動性の存在を明らかにし,更に神経障害性疼痛の重症度に群間差があることがわかりました.こうした疼痛律動性の把握は,時間帯を考慮した生活活動の導入や身体活動の管理などの介入に有用であると考えられます.また、3群間で疾患に有意差を認めなかったことから,疾患では疼痛律動性を把握することは困難であり,本研究で群間差が見られた神経障害性の要素などの個別的な評価が必要であることが示唆されました.

本研究のポイント

■ 慢性疼痛患者を対象に疼痛律動性を調査した.
■ 律動性の異なる3タイプの存在が明らかになった.
■ 群間で神経障害性疼痛の重症度に有意差があったことから,こうした疼痛のリズムには疼痛の性質が影響していることが示唆された.

研究内容

慢性疼痛患者56名を対象に,疼痛律動性は1日6時点(起床時・9時・12時・15時・18時・21時)を7日間評価しました.6時点の7日間平均に標準化処理(Zスコア)を行った6変数でクラスター分析を行い,律動性の類似性から分類を行いました.

クラスター分析の結果,起床時に最も疼痛強度が高く,時間経過とともに疼痛が減少していくタイプ,起床時に疼痛強度が高いが日中に低下し,夕方から夜間にかけて疼痛が再度増悪していくタイプ,これらのタイプとは逆に起床時に最も疼痛強度が低く,時間経過とともに疼痛が増強していくタイプの3タイプの律動性を明らかにしました(図1).

図1.疼痛律動性のリズム分類

クラスター分析により,異なる特徴を持つ3つのクラスターが抽出された.CL1では,起床時の痛みスコアが最も高かったが,時間の経過とともに痛みスコアは低下する傾向にあった.CL2では,起床時に痛みスコアが高く,日中は減少したが,15時以降は徐々に増加した.CL3では、時間の経過とともに痛みスコアが徐々に上昇する傾向が見られた.

 

また,3群間の比較において疾患や疼痛罹患期間,服薬の有無には有意差は見られませんでしたが,神経障害性疼痛の重症度に群間差を認めました(図2).CL1・2とCL3の間で有意差が見られたことから神経障害疼痛の重症度が起床時の高い疼痛強度に関与していることが考えられます.本研究の結果から,疼痛律動性は疾患由来ではなく,神経障害性などの疼痛性質に強く影響を受けていることが示唆されました.

図2.3群間の比較

CL1とCL2は,CL3よりも神経障害性の重症度の総得点が高かった.また,誘発痛については,CL1がCL3よりも高いスコアを示した.

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究は,疼痛律動性が疾患由来ではなく疼痛性質によって生じていることを示唆し,個別的な評価によって律動性を評価する必要性が示されました.今後は,疼痛律動性を踏まえた,治療介入の効果と限界について研究される予定です. 

論文情報

Yoichi Tanaka, Hayato Shigetoh, Gosuke Sato, Ren Fujii, Ryota Imai, Michihiro Osumi, Shu Morioka

Classification of circadian pain rhythms and pain characteristics in chronic pain patients: An observational study.

Medicine, 2021

 

関連する論文

■ Tanaka Y, Sato G, Imai R, Osumi M, Shigetoh H, Fujii R, Morioka S. Effectiveness of patient education focusing on circadian pain rhythms: A case report and review of literature. World J Clin Cases 2021; 9(17): 4441-4452

■ 田中 陽一, 大住 倫弘, 佐藤 剛介, 森岡 周. 日中の活動が慢性疼痛の日内変動に及ぼす影響─右腕神経叢損傷後疼痛を有する1症例での検討─. 作業療法 2019; 38: 117-122, 2019

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科
田中 陽一(タナカ ヨウイチ)

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

森岡 周(モリオカ シュウ)

E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600

パーキンソン病患者,高齢者の方向転換時の移動軌跡,足接地位置の特性

PRESS RELEASE 2021.7.5

方向転換を円滑に行うには,移動軌跡や足の接地位置を適切に制御することが重要であると考えられます.畿央大学の岡田洋平 准教授,福本貴彦 准教授,慶應義塾大学の高橋正樹 教授,同大学院 萬礼応(現筑波大学 助教),京都大学の青山朋樹 教授らの研究グループは,レーザーレンジセンサー(慶応義塾大学 高橋正樹 教授,萬礼応ら 開発)を用いた高精度歩行計測システムにより,パーキンソン病患者と高齢者がTimed up and go test(TUG)で方向転換を行う際の移動軌跡と足接地位置の特性について調査しました.その結果,パーキンソン病患者は,TUGにおいてマーカーの近くに足を接地して方向転換し,その傾向が強い人ほど方向転換時の歩幅が低下することを明らかにしました.一方,高齢者はTUGにおいて歩隔(足の横幅)を広くして,マーカーのより奥の空間に足を接地して方向転換することが示されました.この研究結果はGait & Posture誌(Footsteps and walking trajectories during the Timed Up and Go test in young, older, and Parkinson’s disease subjects)に掲載されています.

研究概要

方向転換は,加齢やパーキンソン病により障害されます.高齢者は方向転換時の歩数が増加し,速度が低下し,転倒リスクの増加につながります.パーキンソン病患者は,方向転換の速度がより低下し,歩幅も低下することなどが示されています.円滑な方向転換には,移動軌跡や足の接地位置を適切に制御することが重要であると考えられますが,これまで高齢者やパーキンソン病患者が,方向転換時にどのように移動軌跡や足接地位置をとる傾向にあるのか,またその傾向は方向転換時の歩幅などにどのように関連するかについては明らかにされていませんでした.畿央大学の岡田洋平准教授,福本貴彦准教授,慶應義塾大学の高橋正樹教授,同大学院 萬礼応(現筑波大学助教),京都大学の青山朋樹教授らの研究グループは,レーザーレンジセンサー(慶応義塾大学 高橋正樹 教授,萬礼応ら 開発)を用いた高精度歩行計測システムにより,高齢者やパーキンソン病患者がTimed up and go test(TUG)で方向転換を行う際の移動軌跡と足接地位置の特性について検討しました.その結果,パーキンソン病患者はTUGにおいてマーカーの近くに足を接地して方向転換し,その傾向が強い人ほど方向転換時の歩幅が低下することを明らかにしました.また,高齢者はTUGにおいて歩隔(足の横幅)を広くして,マーカーのより奥の空間に足を接地して方向転換することが示されました

本研究のポイント

■ パーキンソン病患者と高齢者の方向転換時の移動軌跡と足接地位置を,レーザーレンジセンサーを用いた高精度歩行計測システムにより評価した.
■ パーキンソン病患者はTUGにおいてマーカーの近くに足を接地して方向転換し,その傾向が強いほど方向転換時の歩幅が低下することが明らかになった.
■ 高齢者は,方向転換において歩隔(足の横幅)を広くして,マーカーのより奥の空間に足を接地して方向転換することが示された.

研究内容

パーキンソン病患者,健常高齢者,健常若年者を対象に,レーザーレンジセンサー(LRS)を用いた高精度歩行計測システム(図1)により,TUGを行う際の脚移動軌跡と足接地位置について比較検証しました.従来のTUGは,椅子から立ち上がり,3m歩いて,180度方向転換し,戻ってきて,椅子に座るまでの所要時間を計測するのみでした.しかし,今回我々はLRSを用いた計測システムを利用することにより,肢移動軌跡や足接地位置に関する指標(マーカーと足接地位置の最短距離,スタート地点と足接地位置の最大前方距離,足接地位置の最大横幅など)や歩行の時空間指標(歩幅,歩隔,歩行率)もマーカーレスで計測可能でした.

fig.1

図1 レーザーレンジセンサー(LRS)を用いた計測システム

 

その結果,パーキンソン病患者はTUGにおいてマーカーの近くに足を接地して方向転換し,その傾向が強いほど,方向転換時の歩幅が低下することが明らかになりました.この結果は,パーキンソン病患者はTUGにおいてマーカーの近くに足を接地してより鋭い角度で方向転換しようとすることにより,方向転換時の歩幅の低下の程度が大きくなる可能性を示唆しています.一方,高齢者はTUGにおいて歩隔が広く,方向転換時のスタート地点と足接地位置の最大前方距離が大きいことが示されました.この結果は,高齢者が方向転換時に歩隔を広くして,側方への動的不安定性を減少させるための代償戦略をとっていることを表している可能性があります.

fig.2

図2 結果
a. 3群のTUGにおける移動軌跡および足接地位置の代表例
b. マーカーと足接地位置の最短距離の群間比較 *<0.05
c. マーカーと足接地位置の最短距離と方向転換時の歩幅の関連(パーキンソン病患者)

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究の結果,パーキンソン病患者と高齢者の方向転換時の足接地位置や移動軌跡の特性が初めて示されました.今回得られた知見は,パーキンソン病患者の方向転換時の歩幅の低下の助長を防ぐため,あるいは高齢者の動的不安定性を軽減するための運動療法や動作指導を行う上で有用であると考えられます.今後は,パーキンソン病患者や高齢者の方向転換時の足接地位置や移動軌跡に関連する要因や他疾患における傾向についても検証していきたいと考えています.

論文情報

Okada Y, Yorozu A, Fukumoto T, Morioka S, Shomoto K, Aoyama T, Takahashi M.

Footsteps and walking trajectories during the Timed Up and Go test in young, older, and Parkinson’s disease subjects.

Gait & Posture, 2021.

 

問い合わせ先

畿央大学 ニューロリハビリテーション研究センター

岡田 洋平(オカダ ヨウヘイ)

Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: y.okada@kio.ac.jp

慢性腰痛患者における歩行時の体幹運動制御は環境に依存する

PRESS RELEASE 2021.6.22

慢性腰痛における物の持ち上げ動作時の体幹の運動学は既に明らかにされていますが,歩行時の体幹制御や,それが環境によって変化するのかは明らかにされていませんでした.畿央大学大学院神経リハビリテーション研究室 西 祐樹 氏(博士後期課程),森岡 周 教授らは,慢性腰痛患者では歩行時の体幹の変動性や安定性が異常になり,それは日常生活環境でより顕著になることを明らかにしました.また,これらの制御異常は,痛みや恐怖,QOLと関連していることを示しました.この研究成果はJournal of Pain Research 誌(Changes in Trunk Variability and Stability of Gait in Patients with Chronic Low Back Pain: Impact of Laboratory versus Daily-Living Environments)に掲載されています.

研究概要

慢性腰痛患者では,立位や持ち上げ動作中に体幹の変動性や安定性が異常になることは既に明らかにされています.一方で,歩行中での体幹運動制御異常は明らかにされていませんでした.加えて,腰痛の運動制御の研究は,整えられた実験環境のみで調査されており,実際に腰痛が発生する日常生活環境では計測されてきませんでした.畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室 西 祐樹 氏(博士後期課程),森岡 周 教授らの研究チームは,無線加速度計を用いて,慢性腰痛患者における『外来リハビリ環境』および『日常生活環境』に応じた歩行制御の変化を調査しました.その結果,慢性腰痛患者では歩行時における体幹の変動性や安定性が異常になっていることが明らかになり,それは日常生活環境でより顕著になることが分かりました.また,これらの日常生活環境での歩行制御の変化は,痛みや恐怖,QOLと関連していることも明らかになりました.

本研究のポイント

■ 慢性腰痛患者における外来リハビリ環境と日常生活環境での歩行時の体幹制御を評価した.
■ 慢性腰痛患者では,歩行時の体幹の変動性や安定性が異常となっており,それは日常生活環境でより顕著になった.
■ これらの制御異常は,痛みや恐怖,QOLと関連していることが明らかになった.

研究内容

健常者と慢性腰痛患者を対象に,腰部に加速度計を装着し,『外来リハビリ環境』と,3日間の『日常生活環境』にて計測しました.加速度データから前後軸,左右軸それぞれにおいて,変動性の変数としてストライド間のSDおよびマルチスケールエントロピー,安定性の変数として最大リヤプノフ指数を算出しました.その結果,慢性腰痛患者における左右軸のばらつき,前後軸の不安定性が増加しており,それは日常生活環境でより顕著になりました.これらの歩行制御の変容は,日常生活環境においてのみ,痛みや恐怖,QOLと正の相関関係が認められました.このことから,外来リハビリ環境だけでは慢性腰痛患者の運動制御に関する病態を把握しきれていない可能性が考えられます.また,左右軸は痛みや恐怖に基づいた代償的なばらつきの変化により,安定性を保持している一方で,前後軸は代償戦略が機能せずに不安定性が高くなっており,QOL の低下にまで波及していると考えられます.以上のことから,本研究は,腰痛の増悪予防や病態把握における日常生活環境での歩行の質的評価の重要性を示唆しました.

fig.1

図1.歩行時の体幹制御の指標(© 2021 Yuki Nishi)

歩行時の加速度の前後軸,左右軸からストライド間のSD,安定性の指標として最大リヤプノフ指数,変動性の指標としてマルチスケールエントロピーを算出.

本研究の臨床的意義および今後の展開

腰痛の増悪予防や病態把握における日常生活環境での歩行の質的評価の重要性を示唆しました.今後はケースシリーズや縦断研究で運動制御と腰痛の因果関係を明らかにしていく予定です.

論文情報

Yuki Nishi, Hayato Shigetoh, Ren Fujii, Michihiro Osumi, Shu Morioka

Changes in Trunk Variability and Stability of Gait in Patients with Chronic Low Back Pain: Impact of Laboratory versus Daily-Living Environments

Journal of pain research, 2021

問い合わせ先

畿央大学大学院健康科学研究科

博士後期課程 西 祐樹(ニシ ユウキ)

教授 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

痛みへの恐怖は運動のプログラム中枢を変容させる

PRESS RELEASE 2021.6.14

ヒトは痛みを怖がるとうまく身体を動かせなくなりますが,その脳メカニズムは明らかになってはいませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授,森岡 周 教授らは,東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部 住谷昌彦 准教授らと共同で,痛みを怖がりながら運動を継続していく時の脳活動を調べ,身体を動かそうと意識をすると運動プログラム中枢の活動に異常が生じることを明らかにしました.この研究成果は,Behavioural Brain Research誌(Fear of movement-related pain disturbs cortical preparatory activity after becoming aware of motor intention)に掲載されています.

研究概要

痛みを怖がると身体をうまく動かせなくなることは多くの研究で明らかにされてきており,これは運動をプログラムしている “脳” の活動異常によるものだと考えられてきました.しかしながら,具体的に脳にどのような活動異常が生じるのかは明らかにされていませんでした.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授らは,健常成人18名を対象に,ボタンを押したら痛みが与えられる実験状況を設定して,ボタンを押すことを怖がっている時(ボタンを押す直前)の脳波活動を計測しました(図1).その結果,痛みを怖がりながらボタンを押す条件では,ボタンを押す直前に出現する「運動準備電位」の波形に異常が認められました.さらに詳細に分析すると,この時には,行動抑制の機能がある前頭領域の過活動と,運動プログラム中枢である補足運動野・帯状皮質の過活動が同時に認められました.これは,いわば,『ブレーキを踏みながらアクセルと強く踏んでいるような状態』で,自らで行動を抑制しながらも,無理をして行動を起こしている状態だと考えられます.おそらく,この脳の活動異常が続くことで,運動の異常パターンが出現するのだと考えられます.加えて,興味深いことに,この実験では,被験者に「自分がボタンを押そうとおもった瞬間」をLibet paradigmで記録しており,上記のような脳の活動異常は「ボタンを押そうと思った」 という自らの意思が顕在化した後から生じていることが明らかになりました.つまり,運動を意識すればするほど,あるいは痛みを意識すればするほど,脳の活動が異常になりやすいことを示唆しています.

参考:Libet paradigm
https://www.youtube.com/watch?v=OjCt-L0Ph5o

本研究のポイント

■ 痛みを怖がりながら身体を動かすと運動のプログラム中枢に活動異常が生じる
■ そのような脳の活動異常は,運動の意思が顕在化された後から生じる

研究内容

以下の図1のような手順で実験を進めました.被験者は,目の前に用意された特殊な時計(2550ミリ秒で1周する時計)をみながら,好きなタイミングでボタンを押すように指示されました.ボタンを押すと痛みをともなう電気刺激が与えられ,これを続けると被験者はボタンを押すことを怖がるようになります.また,ボタンを押した後には,「時計の針がどこの時にボタンを押したいと思ったか?」に対して回答をします.多くの被験者は,実際にボタンを押した時間の0.2 – 0.5秒前の時間を回答しました.

fig.1

図1:実験手順

 

このような実験タスクをすると,ボタンを押す直前に「運動準備電位」という図2のような波形が観察されました.この運動準備電位は,運動のプログラムを反映しており,この振幅や潜時に異常が生じるということは,運動プログラム中枢に何らかの異常が生じていることを意味します.実験の結果では,痛い条件での運動準備電位は,痛くない条件での運動準備電位よりも振幅が大きかったです.また,この振幅の異常は,自分でボタンを押そうという意思が顕在化した後(=自分の運動意図に気づいた後)に生じていました

fig.2

図2:各条件における運動準備電位

 

この時間帯でSource解析を進めると,図3のような行動抑制の機能がある前頭領域の過活動と,運動プログラム中枢である補足運動野・帯状皮質の過活動が同時に認められました.

 

fig.3

図3:痛みへの恐怖によって運動プログラム中枢に認められた異常な脳活動

本研究の臨床的意義

痛みへの恐怖が運動を悪くする脳メカニズムの一端が明らかになりました.また,これは運動の意思が顕在化された後に生じる脳活動の異常であることから,運動/痛みを過度に顕在化させないようなリハビリテーションの重要性を示唆していると考えます.

論文情報

Osumi M, Sumitani M, Nishi Y, Nobusako S, Dilek B, Morioka S.
Fear of movement-related pain disturbs cortical preparatory activity after becoming aware of motor intention.
Behav Brain Res. 2021 May 26;411:113379.

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
准教授 大住倫弘(オオスミ ミチヒロ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp