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[Journal Club]神経障害性疼痛を有する脊髄損傷者に対する経頭蓋直流電気刺激の効果
Ngernyam N, Jensen MP, Arayawichanon P, Auvichayapat N, Tiamkao S,
Janjarasjitt S, Punjaruk W, Amatachaya A, Aree-uea B, Auvichayapat P.
Clin Neurophysiol. 2015 Feb;126(2):382-90
脊髄損傷後の神経障害性疼痛は約半数で出現すると言われており,Quality of lifeを低下させる大きな問題の一つとされています.神経障害性疼痛に対する治療は投薬や外科的治療など様々なものが考案されていますが,投薬では期待する治療効果が得られないことや外科的治療では手術を必要とするため事故の可能性があり実際には行えないのが現状となっています.
今回,紹介する論文は経頭蓋直流電気刺激(Transcranial direct current stimulation: tDCS)という機器を用いて非侵襲的に脳を刺激することで脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対する鎮痛効果と安静時脳波活動への影響を検証したものです.
tDCSとは?
tDCSは非侵襲的脳刺激法になります.頭皮上に刺激したい部位または基準部位に電極を置き微弱な電流(1~2mA)で刺激を行います.刺激の種類には,脳を興奮性に修飾する陽極刺激(anodal)と抑制性に修飾する陰極刺激(cathodal)があります.
この論文では,20名の神経障害性疼痛を有する脊髄損傷者に対して1回の陽極刺激(2mA)を左側の一次運動野に20分間行いました.加えて,tDCSが脳に及ぼす影響を調べるために安静時の脳波を測定しています.神経障害性疼痛を有する脊髄損傷者では安静時脳波活動が低周波域へ偏位する(低周波域の活動が増大する)と言われていますので,この低周波域への偏位が変化するかを調べています.
結果は,神経障害性疼痛の強度が減少し,tDCSで刺激していた部位の安静時脳波活動が高周波域へ偏位しました(高周波域の活動が増大した).
この研究は,脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対するtDCSの鎮痛効果を示すとともに左側の一次運動野の興奮性を増加させることは下行性に疼痛を変調させるシステムに影響していた可能性を示しています.
[Journal Club]対人同期性は乳児の社会的行動を増加させる
Cirelli LK, Einarson KM, Trainor LJ.
Interpersonal synchrony increases prosocial behavior in infants.
Developmental Science. 2014.
たとえ乳幼児期であっても,その頃に経験した社会的相互作用が,後の社会性の発達に重要であることは周知の事実です.
今回紹介する論文は,対人同期的運動経験が,乳児の社会的行動を促進するかを検証したものです.
相互同期性とは・・・??
生まれたばかりの新生児であっても,人の発話に同調して身体を動かす現象のことであり,子どもがもともと人の働きかけに応じやすい,コミュニケーションを成立させるのに適した仕組みを生得的に持っていることを示す.
この論文では,生後14ヶ月の乳児48名に対して,音楽に合わせて,乳児を抱きかかえた大人と向かい合った大人が,①同期してバウンス(膝の屈伸)した場合と②非同期してバウンスした場合とで,その後の乳児の社会的行動が異なるかを調べています.
その後の社会的行動には,instrumental helping taskといって,大人が落とした物を,乳児が拾って助けてあげるかという利他的行動を観察しています.
その結果,同期条件を経験した乳児は,非同期条件を経験した乳児より,有意に大人を助ける行動を示しました.
この研究は,幼い頃の社会的相互作用の重要性を改めて認識させると共に,生後14ヶ月の乳児がすでに対人援助のために社会的手がかりを使用しており,同期性はそのような社会的手がかりの1つとなることを示しています.
第52回日本理学療法学術大会で約30演題が発表されました!
2017年5月12日(金)〜14日(日)に幕張メッセで開催された第52回日本理学療法学術大会に参加・発表してきましたので,私(水田直道 健康科学研究科 修士課程)がレポートさせて頂きます.
今大会で理学療法士学会・各分科学科が合同で開催される最後であり,参加者は約6500人と非常に多くの先生方が参加されておりました.
本大会のテーマは『理学療法士の学術活動推進』と題され,講演では研究デザインや研究意義,質の高い理学療法研究の進め方,理学療法教育など学術活動に即した内容が充実していました.
3日間の会期中には,ニューロリハビリテーション研究センターから約30演題の研究成果が報告されました.
⇒ 演題一覧は2017年度研究業績(国内学会)をご参照下さい.
中でも,今回は森岡周教授から『脳卒中片麻痺上肢における運動イメージ能力と運動機能ならびに身体使用頻度との関係』のタイトルで,運動イメージ能力が片麻痺上肢の運動機能や麻痺肢の使用頻度に関係するかという視点で研究成果の紹介が行われました.発表セッションの構成から発表時間,質疑時間とも10分間と他の発表演題と比較して与えられた時間が豊富であり,非常に充実したディスカッションの場であったように感じました.
また,ニューロリハビリテーション研究センター特任助教の大住倫弘先生が日本運動器理学療法学会学術集会 学術集会長賞を受賞されました.大住倫弘先生は運動器疼痛疾患のリハビリテーションに関する臨床研究を中心に行っており,このような内容が学会で認められたことは,本学のニューロリハビリテーション研究を推し進めていくうえで,非常に大きな原動力になるものと感じます.また基礎理学療法学会が企画する『若手研究者(U39)による最先端研究紹介』でシンポジストとしても登壇され,幻肢痛や複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Symdrome:CRPS)に出現する運動異常の解析結果を報告されました.
ちなみに私は,神経理学療法学会で『脳卒中患者における歩行のTrailing Limb Angleの構成因子-予備的研究-』というタイトルで発表させて頂きました.神経理学療法学会では脳卒中症例の歩行改善に向けた取り組みが多く発表され,近年急速に普及しているロボットリハビリテーションや装具療法に関する発表も散見されました.この分野は介入研究による科学性の追求に加え,歩行の病態特性に応じたサブタイプに分類を通してそれぞれの特性に応じた介入戦略を検証していく必要があり,ロボットリハビリテーションに代表される『練習量』に焦点を当てた戦略に加えて歩容や歩行パターンなど『質』まで包含した検証を取り組んでいく必要があると強く感じました.
本学会を通して多くを学ぶことができましたが,特に同じ領域の研究をされている方々と未来志向的にディスカッションできたことが一番の収穫でした.今後は自身の研究の質をさらに高め,リハビリテーションという文脈の中で社会的に意義のある研究に挑戦していきたいと思いました.
最後になりましたが,この様な貴重な経験ができたのは,畿央大学の研究活動に対する手厚い支援と森岡周教授をはじめとする多くの方々のご指導やご協力があってのものです.
この様な環境で学ばせて頂いたことに深く感謝致します.
ありがとうございました.
畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程 水田直道
経頭蓋直流電流刺激による社会的認知機能の向上
PRESS RELEASE 2017.5.9
「自他区別」,すなわち自分の思いや考えと他者の思いや考えは異なることがあると理解した上で,他者の考えや意見を参考にしつつ,自身の考えや意見をより良いものにしていく能力は,社会生活において重要です.一方で,「視点取得」といって,他者の視点に立って物事を考える能力は,他者の意図や感情といった心的状態を適切に理解する上で重要です.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志らは,経頭蓋直流電気刺激(transcranial Direct Current Stimulation:以下,tDCS)を用いて,右頭頂-側頭接合部および右下前頭皮質の神経活動を促進すると,自他区別や視点取得といった社会的認知機能が向上することを明らかにしました.これは,社会性の神経基盤を説明する基礎的知見になるものと期待されます.この研究成果は,Frontiers in Behavioral Neuroscience誌(Transcranial direct current stimulation of the temporoparietal junction and inferior frontal cortex improves imitation-inhibition and perspective-taking with no effect on the Autism-Spectrum Quotient score)に掲載されています.
研究概要
自閉症スペクトラムは,主に社会性に困難を認める発達障害です.自閉症スペクトラムの神経科学的な説明として,右頭頂-側頭接合部(Temporo-Parietal Junction:以下,TPJ)や右下前頭皮質(Inferior Frontal Cortex:以下,IFC)の機能不全が指摘されています.TPJは他者の心的状態を見出したり推論したりする能力(メンタライジング)の中核領域とされています.IFCは,模倣や共感の神経基盤とされるミラーシステムの主要領域です.
「自他区別」や「視点取得」のような社会的認知能力を客観的かつ定量的に測定するのには,困難が伴います.そんな中,自他区別能力を反映する課題として,模倣抑制課題(図1)があります.この課題は,画面上に表示された数字に従って,人差し指か中指を持ち上げる課題です(①なら人差し指,②なら中指).その際,指示と動画が一致している条件と異なっている条件があります.通常,ヒトは目前の他者の運動を真似ることよりも,他者の運動と異なる運動をすることの方が難しくなります.これは,模倣や共感を担うミラーシステムの自動的活性化によるためとされています.したがって,ミラーシステムの働きによって,一致条件の反応時間や正答率は促進され,逆に不一致条件では他者運動に干渉を受けて,反応時間が遅くなったり,正答率が低下します.つまり他者の運動につられてしまうわけです.この影響を模倣干渉効果と呼び,それが小さくなるほど自他区別がしっかりできていることの一指標となります.
図1:模倣抑制課題
また視点取得課題(図2)では,素早く他者の視点に立って物事を見る能力を定量的に測定することができます.図2の視点取得条件をご覧ください.あなたはラックの手前に立っています.ラックの向こう側では,男性があなたに向かって「1番大きなコップに触れてください」と指示を出しています.実際,1番大きなコップは,青丸で囲んだコップですが,この条件では,指示を出している男性からは,そのコップが見えていないことに気が付く必要があります.そして,男性が言っている1番大きなコップとは,赤丸で囲んだコップだと認識する必要があります.
図2:視点取得課題
信迫らの研究グループは,tDCSという脳活動を修飾することできるニューロモデュレーション技術を用いて,自閉症スペクトラムにおいて機能不全が指摘されているTPJとIFCの脳活動を一時的に促進させた際の模倣抑制,視点取得,そして自閉症スペクトラム指数(Autism spectrum Quotient:以下,AQ)に与える影響について検討を行いました.AQとは,個人の自閉症傾向を測定するスクリーニング検査です.その結果,TPJ刺激とIFC刺激の両方において,模倣抑制と視点取得が促進されることが示されました.一方で,AQには影響を及ぼさないことも示されました.
本研究のポイント
tDCSによるニューロモデュレーション技術によって,自他区別や視点取得に関係する大脳皮質領域を明らかにした.
研究内容
本研究ではtDCSを用いて,TPJとIFCの神経活動を一時的に促進する手続きを加えることで示される模倣抑制や視点取得,AQへの影響を検討しました.実験では,右TPJを刺激する群と右IFCを刺激する群の二群を設定し,それぞれプラセボ刺激(脳活動に影響を及ぼさない刺激)を加え,模倣抑制課題と視点取得課題の正答率,反応時間およびAQを測定しました.その結果,TPJ刺激とIFC刺激の両方の群において,AQに対しては影響を及ぼさないものの,模倣抑制と視点取得の反応時間を促進することが示されました(図3,4).
図3:模倣抑制課題の結果
図4:視点取得課題の結果
模倣抑制は,眼前の他者運動を抑制して,指示に従う必要があるため,他者を抑制し,自己を促進する課題とも言えます.一方で,視点取得は,自分の見えを抑制して,他者の視点に立つ必要があるため,自己を抑制し,他者を促進する課題とも言えます.このように一見すると対照的な課題ですが,本研究では,TPJとIFCの両方が,両課題に関与していることが示されました.この研究結果に対して研究グループは,IFC(ミラーシステム)とTPJ(メンタライジング)は,社会的認知において競合するシステムではなく,所与の行動的状況において適切な社会的相互作用を確実にするために,お互い相乗的・相補的に働くシステムであると考察しています.
本研究の意義および今後の展開
本研究成果は,自閉症スペクトラムに関連する社会性の神経メカニズムを説明する基礎的知見のひとつになるものと期待されます.本研究により,TPJとIFCの両方が,自他区別と視点取得に貢献していることが明らかになりましたが,自閉症スペクトラム傾向を
反映するAQとの関連については未だ明らかになっておらず,この点に対する更なる研究が望まれます.また,本研究成果は,模倣抑制や視点取得といった運動・行動課題による訓練が,社会性の向上につながる可能性も示唆しており,今後は社会性向上を目指したニューロリハビリテーションに関する研究も望まれています.
論文情報
問い合わせ先
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
特任助教 信迫 悟志(ノブサコ サトシ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
[Journal Club]ニューロフィードバックトレーニングは化学療法誘発性の痛みを改善させる
Prinsloo S, Novy D, Driver L, Lyle R, Ramondetta L, Eng C, McQuade J, Lopez G, Cohen L.
Randomized controlled trial of neurofeedback on chemotherapy-induced peripheral neuropathy: A pilot study.
Cancer. 2017
がん化学療法を受けた後には,四肢末端に痺れや痛みが誘発されることが多いです.この痛みに対する薬物療法はいくつかトライされてきていますが,エビデンスレベルは発展途上に留まっています.
今回紹介する論文は,近年注目されている「ニューロフィードバックトレーニング」によって,化学療法によって誘発される痛みが改善するのかを検証したものです.
ニューロフィードバックトレーニングとは・・・??
自分の脳波活動をリアルタイムにフィードバックさせながら,ある特定の周波数の活動を選択的に高めるように自らの脳を調整するトレーニングです.
この論文では,化学療法によって痛みが誘発された者30名に対して,脳波電極19chを頭皮に装着してα波(8~13Hz)の周波数領域の活動を高めるようにニューロフィードバックトレーニングを実施しています.
今回の研究で実施されたニューロフィードバックでは,α波の活動が高くなると音が鳴るように設定されています.もちろん,対象者は「できるだけα波を高めて下さい」としか指示されていません.
このニューロフィードバックトレーニングを45分×20セッション(10週間)繰り返すことにより,安静時α波が有意に増大して,痛みも有意に改善したようです.ちなみに,痛み改善の効果量は他の先行研究(薬物療法)よりも明らかに大きいものでした.
化学療法誘発性疼痛は末梢神経障害に随伴するものと考えられていましたが,中枢機能を自らトレーニングすることによって改善するという知見は非常に興味深いものです.さらなる臨床応用が期待されます.
神経リハビリテーション学研究室の研究交流会が開催されました
平成29年3月11日に畿央大学にて,神経リハビリテーション学研究室(大学院 森岡研究室)による研究交流会が開催されました.今回は,吉備国際大学の竹林 崇 先生,伊丹恒生脳神経外科病院の竹内 健太 先生(いずれも作業療法士)に御来学頂き,研究紹介を行って頂きました.また、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住助教,大学院生の藤井,高村,石垣からも研究紹介を行い,双方の研究に関して意見交換を行いました.また,本会では在学中の大学院生以外にも,修士課程や博士課程の多くの修了生が参加し,懐かしい顏ぶれが揃う機会にもなりました.
研究会の前半は,竹林先生と竹内先生からそれぞれの研究紹介がありました.
竹林先生の研究紹介では,CI療法(脳卒中後片麻痺上肢の集中訓練:Constraint induced movement therapy)とTransfer package(改善した上肢機能を生活場面の使用に汎化させる行動療法)との併用効果や,その改善に関する神経メカニズム,運動療法にロボットを用いることの有用性,そして,経頭蓋直流電気刺激と末梢電気刺激の併用がCI療法の効果に与える影響など,脳卒中患者を対象とした様々な臨床研究の成果を示して頂きました.脳卒中患者の上肢機能という事項に対して,様々な側面から評価・介入しつつも回復機序までも検証しておられる一連の取り組みに感銘を受けると共に,強い臨床志向的な研究動機に触れさせて頂きました.また,竹内先生からは,半側空間無視患者の臨床的評価に対する素朴な疑問を検証するために取り組んでおられる臨床研究を紹介して頂きました.普段の臨床で生じる疑問を取りこぼさず,それに対する仮説を立てて検証していく手続きの重要性を改めて学ばせて頂きました.
続いて後半は,畿央大学から半側空間無視の病態特性について藤井,高村が,慢性疼痛患者の運動特性について大住助教,姿勢制御の社会的特性に関して石垣が紹介させて頂きました.
それぞれの研究紹介に対して,竹林先生,竹内先生との意見交換だけでなく,修了生からの意見も活発に発せられ,予定時間を超過してしまうほどの充実した会となりました.また,普段から博士課程の先輩方の研究発表を聞く機会がある修士課程の私達にとっても,発表を聞く度に研究が発展している先輩方の姿を目の当たりにし,刺激を受けるとともに,自身の研究に取り組む姿勢についても学ばせて頂きました.
交流会の途中で撮影した集合写真ですが,実は他の共同研究で来学されていた東京大学医学部附属病院リハビリテーション科の四津先生が交流会へと足を運んでくださり,集合写真まで撮らせて頂きました.東京へ戻られるお忙しい時間にも関わらず,わざわざ足を運んで頂きました.ありがとうございました.
半日という短い時間で開催された会ではありましたが,建設的な意見交換が活発に行われ,未来志向的な場を共有することができたと思います.そして,このような機会をきっかけに,様々な領域の研究者との協力関係を形成し,真にリハビリテーションの対象者に還元される研究成果の発信に繋げていきたいと思います.
最後になりましたが,ご多忙のなか御来学して頂いた竹林先生ならびに竹内先生,企画及び運営を実施してくださった博士後期課程の方々,そして,このような機会を与えてくださった森岡教授に深く感謝を申し上げます.
畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程1年 山道菜未
保護中: 平成28年度ニューロリハビリテーションセミナー病態・臨床編 事前テキスト配布について
発達障害児の運動機能には身体知覚の歪みが関係している
PRESS RELEASE 2017.2.10
脳性麻痺に限らず発達障害児は全身や手先の不器用さを伴うことが報告されています.この原因として身体イメージや身体図式とよばれる自己身体の知覚,認識の問題が指摘されていますが,この関係を客観的に調査した研究はこれまでありませんでした.畿央大学大学院健康科学研究科修士課程修了生(日本バプテスト病院)の浅野大喜らは,運動障害をもつ発達障害児の運動機能と,身体イメージの指標とされている他者に触れられた場所を同定する触覚位置同定(tactile localization)能力が関係していることを明らかにしました.この研究成果は,International Journal of Developmental Disabilities誌(Associations between tactile localization and motor function in children with motor deficits)に掲載されています.
研究概要
出生後早期の脳損傷により運動障害を呈する脳性麻痺児は,運動障害だけでなく身体運動の知覚にも問題があることが示されています.また,自閉症スペクトラム障害などの発達障害児にも運動の不器用さ,身体知覚の問題が指摘されています.これらの運動の困難さの原因として,自己の身体イメージや身体図式といった自己身体の知覚,認識の発達不全が関与していると考えられていますが,下肢については客観的に調査された研究はありませんでした.そこで,研究グループは,運動障害をもつ脳性麻痺や発達障害児を対象に,触れられた手指,足趾,下肢の場所を同定する触覚位置同定(tactile localization)能力と運動機能との関係について調査し,手指の認識と手の巧緻動作,さらに下肢全体のtactile localization能力と下肢の運動機能との間に相関関係があることを見出しました.
本研究のポイント
運動障害をもつ子どもの手の巧緻動作と手指の認識が関係していることに加え,下肢の運動機能と下肢の認識が関係していることを示した.
研究内容
近年,身体イメージを評価する方法として,触れられた身体部位を身体のイラスト上でポインティングする方法が用いられています.この課題に答えるためには自分の身体をそのイラストへ表象する必要があるためです.本研究では,運動障害をもつ脳性麻痺児,発達障害児を対象に,自分の身体が見えない状態で接触された身体部位を目の前に呈示された身体のイラスト上でポインティングして答えるという課題(tactile localization task:TLT)を手指,足趾,下肢全体について実施し(図1),そのtactile localization能力と手や下肢の運動機能,非言語的知能,年齢との関係について分析しました.
図1:tactile localization task (TLT)で用いられた身体イラスト
(左上)3指TLT & 5指TLT (左下)3趾TLT & 5趾TLT (右)下肢TLT
その結果,5指TLTと手指巧緻動作に有意な正の相関関係が認められました(図2左).また,下肢全体のTLTと下肢の運動機能に有意な正の相関関係が認められました(図2右).
図2(左):5指tactile localization task (TLT)の正答率とペグボードテストの関係
図2(右):下肢tactile localization task (TLT)正答率と片脚立位時間の関係
さらに,年齢,知能,足趾TLT,下肢TLTを説明変数,下肢の運動機能を目的変数とした重回帰分析を実施した結果,下肢TLTが下肢の運動機能(片脚立位β=0.57, p=0.02;片脚跳躍β=0.58, p=0.01)を予測する有意な説明変数として抽出されました.
本研究の意義および今後の展開
本研究の成果は,脳性麻痺や発達障害をもつ子どもの運動の問題が身体表象の未発達によって起こっている可能性を示したものであり,これらの子どもの運動障害に対するリハビリテーションを実施する際には,身体表象の評価や身体知覚に介入する必要性を示唆するものです.今後は,運動機能の向上と身体表象の発達的変化を縦断的に調査していくとともに,効果的なリハビリテーション介入の方法について検討していく予定です.
論文情報
Asano D, Morioka S. Associations between tactile localization and motor function in children with motor deficits. International Journal of Developmental Disabilities 2017.
問い合わせ先
日本バプテスト病院 リハビリテーション科
理学療法士・室長 浅野大喜(アサノダイキ)
E-mail: rinto.sou@gmail.com
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
平成28年度 神経リハビリテーション研究大会が開催されました!
平成29年1月28-29日に信貴山観光ホテルにて,神経リハビリテーション研究大会が開催されました.この研究大会は,毎年恒例の合宿形式となっており,今年で11年目を迎えました.
本年度は,ニューロリハビリテーション研究センターの教員と大学院博士後期課程・修士課程のメンバー総勢31名が参加しました.また初めての試みとして,大学院修了生の中野英樹さん(1期生)と河村章史さん(2期生)をお招きし,それぞれ現在進めている研究について紹介して頂きました.
初日は信貴山観光ホテルにて,森岡教授の開会の挨拶から始まり,修士課程2年の最終審査に向けた予演会と上記修了生の研究紹介が行われ,様々な視点から質問応答や意見交換が繰り広げられていました.
どの発表にも明確な研究目的や臨床意義がある中,特に修了生の研究紹介では,研究の質や精度を上げるために,厳密な研究方法を検討されており,研究手続きの一つ一つに根拠を持って取り組んでおられました.また自身の研究を紹介することに対して,楽しみながら話されている点も印象的な光景でした.
夕方には3グループに分かれて,修士課程1年の研究計画に対するディスカッションが行われました.各グループのメンバー全員から,意見やアドバイスを頂くことで研究計画が洗練されていくのを感じる中,議論が白熱し過ぎて時間が超過する場面もありました.
1日目終了後の懇親会でも,白熱したディスカッションは続き,日が変わるまで議論が続きました.
2日目の合宿終了後,畿央大学に戻ってからも,ディスカッションが引き続き行われ,最後に森岡教授による閉会の挨拶で無事に全日程を終えました.
森岡教授からは,これまでの大学院修了生が残してきた研究成果を振り返り,社会の役に立つ研究成果を世の中に出していくためにも,研究を絶えず継続していくことが必要であるとのお言葉を頂きました.
社会人として臨床で働く我々の対象者を通じ,最終的には社会に貢献できるような研究成果が出せるように,今後も研究室一同精進していきたいと考えております.
最後になりましたが,このような機会を与えてくださった森岡教授をはじめとする研究センターの皆様,神経リハビリテーション研究大会の開催にご尽力頂きました関係者の方々に深く感謝を申し上げます.
畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程1年 平田康介
運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛を軽減させる-安静時脳波解析による検証-
PRESS RELEASE 2017.1.24
脊髄を損傷すると神経障害性疼痛が生じることがあります.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は高い確率で出現し,心理的な苦痛や生活の質の低下を引き起こします.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の佐藤剛介らは,有酸素運動(車椅子駆動)により脊髄損傷後の神経障害性疼痛の緩和や負の気分状態が改善し,運動野周囲のα帯域の活性を変化させることを明らかにしました.この研究成果は,Journal of Rehabilitation Medicine誌(Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury)に掲載されています.
研究概要
脊髄損傷後には運動麻痺・知覚麻痺・自律神経障害が生じ,神経障害性疼痛を始めとした様々な二次的障害を引き起こします.脊髄損傷後の神経障害性疼痛は様々な健康指標を低下させ,治療が難しいことが知られています.この脊髄損傷後の神経障害疼痛は,脊髄が損傷することにより脳と手足の神経を中継する視床と呼ばれる部位の機能異常を引き起こすことが原因の一つと考えられています.この視床の機能異常は脳波を測定した際にα波の変化で表され,具体的にはα波のピークを示す周波数であるPeak alpha frequency(PAF)が低下します.こうした脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対して,有酸素運動を行うことで痛みを緩和させることが報告されており,有酸素運動による鎮痛効果は新たな視点として注目されています.さらに,健常者の実験では有酸素運動により負の気分状態が改善することやPAFが増加することが明らかにされています.しかし,これまで脊髄損傷の患者において運動による鎮痛効果と安静時脳波活動(PAFの変化)との関係は明らかにされていませんでした.
今回,研究グループでは脊髄損傷の患者さんが日常生活で使用する車椅子を駆動する運動を行うことでPAFを増加させ,神経障害性疼痛と負の気分状態への効果を検証しました.主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動の結果,足や背中の神経障害性疼痛の主観的疼痛強度の減少と負の気分状態が改善し,中心領域(運動野に相当する領域周囲)におけるPAFの増加が認められました.この研究成果は,有酸素運動が脊髄損傷後の神経障害性疼痛や負の気分状態に対して有効であるとともに,脳波測定のような神経生理学的指標を用いて運動により視床の機能異常が一時的に軽減することを明らかにしたことになります.
本研究のポイント
15分間の車椅子駆動(有酸素運動)により実際に動かしている手ではなく,動かしていない足や背中の神経障害疼痛が緩和した
有酸素運動により負の気分状態が改善した
車椅子駆動によってα帯域の活動が変化(視床の機能異常が一時的に軽減)することを明らかにした
研究内容
神経障害性疼痛の主観的疼痛強度および気分の状態と安静時脳波活動を測定し,15分間の車椅子駆動が神経障害性疼痛の強度・気分の状態と安静時脳波活動を変化させるかについて検証しました.
車椅子駆動は自転車競技用のローラー上で「15分間駆動を維持できる最大速度」で行いました.
主観的運動強度で「ややきつい」~「きつい」程度の15分間の車椅子駆動で有意な疼痛強度の減少が認められました(図1).脊髄損傷群・コントロール群ともに負の気分状態が改善しました.
図1:車椅子駆動後に疼痛強度が減少したことを示しています.駆動前と比較して駆動15分経過時点において有意な減少が認められ,駆動終了後10分経過時点においても疼痛強度が減少している状態が持続しました.
†: フリードマンテスト ‡: ウィルコクソンの符号順位検定 **: p<0.01
脳波の解析はPeak alpha frequencyをgravity methodを用いて算出しました.図2は車椅子駆動前の安静脳波活動を示しており,脊髄損傷群でPAFが低下していることが表されています.車椅子駆動後には,脊髄損傷群の中心領域(運動野に相当する領域周囲)でPAFの増加が認められました(図3).
研究グループは,車椅子駆動に伴い疼痛強度の減少とともにPAFが増加したことは,脊髄損傷後の神経障害性疼痛の病態の一つである視床の機能異常を一時的に軽減させたことを反映していると考察しています.
図2:青線がコントロール群,赤線が脊髄損傷群を示しています.ベル型になっている部分はα帯域に相当し,コントロール群のピーク(青矢印)と比較して脊髄損傷群のピーク(赤矢印)が左側へ偏位しており,PAFが低下していることを表しています.
図3:グラフは車椅子駆動前後でのPAFの変化を表しています.脊髄損傷群の中心領域(運動野周辺領域)では,車椅子駆動後にPAFが有意に増加することを示しています.
Pre-WP: 車椅子駆動前,WP15: 車椅子駆動15分経過時点,Post-WP10:車椅子駆動終了後10分経過時点
†: フリードマンテスト,‡: ウィルコクソンの符号順位検定,*: p<0.05
本研究の意義および今後の展開
研究成果は,神経障害性疼痛を有する脊髄損傷の患者さんが疼痛や負の気分状態を緩和するための一つの手段として有酸素運動の有効性を示したものであり,日常生活の活動性を高める重要性を説明したものになります.一方で身体機能や体力が低下している場合には十分な運動を行えない場合もあり,運動による鎮痛効果を促進するためにニューロモジュレーションテクニックとの併用など適用範囲を拡大していくことが期待されます..
論文情報
Sato G, Osumi M, Morioka S. Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury. J Rehabil Med. 2017 Jan 18..
問い合わせ
先
畿央大学大学院健康科学研究科
博士後期課程 佐藤 剛介(サトウ ゴウスケ)
Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
E-mail: gpamjl@live.jp
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
センター長 森岡 周(モリオカ シュウ)
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp