SNS
資料
請求
問合せ

研究の新着情報一覧

2024年の研究の新着情報一覧

2024.04.21

運動出力の調節には「感覚フィードバック」が重要~ニューロリハビリテーション研究センター

リハビリテーションの臨床で多く接する脳卒中患者において、運動麻痺は軽度であるにも関わらず感覚障害によって動作拙劣を呈するような症例をしばしば目にすると思います。本研究はその背景メカニズムを捉えるために、手指による物体把持動作における感覚フィードバックの影響を検討することを目的として実施しました。畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の 赤口 諒 氏、森岡 周 教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは、慢性期脳卒中患者の物体把持動作中の特徴として、①過剰な力発揮、②把持動作時の安定性低下、③予測制御の停滞を見出し、これらの運動制御の停滞が運動麻痺よりもむしろ感覚障害に強く影響を受けることを明らかにしました。この研究成果はClinical neurophysiologyに掲載されています。 研究概要 脳卒中後に生じる手指の麻痺や動作の拙劣さは日常生活の利便性に直結するため、手指機能の改善はリハビリテーションの主要な目標となっています。軽度の運動麻痺にも関わらず、感覚障害が原因で動作が不器用になる脳卒中患者は決して少なくありません。そのため、手指を用いた物体の把持動作において、感覚フィードバックがどのように影響するかを理解することは、その背景メカニズムを探る上で重要です。物体把持時の力の調節は、感覚フィードバックに基づく運動制御の一般的なモデルとして、長年にわたって研究されてきました。しかし、リハビリテーション分野で広く用いられている臨床的アウトカム尺度は、主に四肢運動の運動学的特性(例:Fugl-Meyer AssessmentやAction Research Arm Test)に焦点を当てており、運動制御戦略(例:把持力制御)には焦点が当てられていません。 このギャップを埋めるために、畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の赤口 諒氏、森岡 周教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島則天室長(畿央大学客員教授)を含む研究グループは、把持力計測装置を使用し、既存の研究で明らかにされた制御方略と計測・解析方法を臨床に応用する新しいアプローチを開発しました。彼らは、慢性期脳卒中患者の把持力調節の特徴把握のために、①物体重量に応じた力調節、②動作安定性、③予測制御の3つの観点から評価しました。その結果、脳卒中患者が物体を把持する際に過剰な力を発揮し、動作が不安定で、予測制御が停滞していること、さらには上記特徴が運動麻痺よりも感覚障害の影響を強く受けることを明らかにしました。この研究に用いている計測装置は、臨床現場で活用可能なシンプルなもので、かつ臨床評価の一環として取得・集積したデータを分析することで得られた知見であることに、大きな意義があると考えられます。 手指による物体の把持動作の円滑な遂行には、行った動作(運動出力)とその結果(感覚フィードバック)を照合・修正するプロセスが重要です。感覚情報に基づく運動調節は、動作実行中のオンライン制御だけでなく、運動の結果として得られた誤差情報を次の動作に修正・反映させるオフライン制御(予測制御や運動学習の基となる内部モデルに基づく運動制御)に大別されます。本研究では、運動制御における感覚フィードバックの重要性に焦点を当て、①物体重量に応じた力調節、②動作安定性、③予測制御の側面から分析するため、3つの課題を設定して把持力を計測しました。     図1:把持力計測装置と計測方法の概要   患者さんは各課題でロードセルおよび加速度計が内蔵された装置を把持して持ち上げます。計測は①3種類の異なる重量設定下での5秒反復把持課題(重量の違いに基づく力発揮調節を検証)、②30秒静的把持課題(物体把持時の安定性を検証)、③動的把持課題(把持物体を上下方向に動作させた際の予測制御を検証)で実施し、把持力(Grip force)と加速度(ACC)を計測しました。各課題の把持力と加速度の時系列データの代表例とその後の解析結果の代表例を提示しています。 本研究のポイント ■ 慢性脳卒中患者の物体把持力制御能は、感覚障害の影響を大きく受ける。 ■ 長期にわたる感覚入力の欠如は、内部モデルの更新を妨げ、予測的な把持力制御を困難にしている。 ■ 把持力制御に関する詳細な評価を行うことで、脳卒中患者における手指機能障害のメカニズム理解の一助となる。 研究内容 対象は麻痺側の手指で物体を把持できる脳卒中患者24名でした。運動麻痺はFugl-Meyer Assessment、感覚障害はSemmes Weinstein Monofilament Testで評価しました。把持力計測は、前記3課題を実施し、得られた把持力および加速度データを用いて、①物体重量に応じた把持力の感度特性(回帰式のゲイン・切片)の評価、②安定把持局面の加速度パワースペクトル解析による把持安定性、③物体把持下での上下動作時の把持力と負荷力のカップリングの程度について相互相関解析による評価を行いました。     図2 :研究結果の概要   患側は健側よりも過剰な力発揮と物体把持安定性の低下、予測制御が停滞していることが明らかになりました。   全課題を通して、把持力は健側と比べ患側で有意に大きく、この結果は重量に応じた把持力の変化を示す回帰式の切片における有意な増加に反映されています。把持動作時の安定性は患側で乏しく、30秒間の静止把持課題時の加速度スペクトル密度の振幅と低周波シフトにその特徴が表れています。また、動的把持課題の把持力と負荷力の相互相関係数は、健側に比べて患側で低い値を示しました。     図3:運動麻痺・感覚障害との関連性   運動麻痺よりも感覚障害との相関係数が大きいことが明らかになりました。   これらの特徴は感覚障害との関連性が高く、感覚障害が重度であるほど過剰な出力が生じ、物体の把持安定性が失われ、予測制御が損なわれる傾向が示唆されました。感覚情報は動作逐次のフィードバック制御だけでなく、結果を次の動作に活かす「内部モデルの更新」にも不可欠です。したがって、感覚障害を持つ症例の動作の不器用さや過剰出力は、単なる実行エラーではなく、予測制御の困難さが一因である可能性を示唆しています。     図4:運動麻痺優位、感覚障害優位、双方混在の典型例の対比   感覚障害優位、双方混在の典型例Patient W、 Xは運動麻痺優位の典型例Patient Cと比べて、把持力過剰出力、物体把持安定性の低下、予測制御の停滞となる特性を認めました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 把持力計測は単に運動出力の調節を検討するだけでなく、感覚情報を手掛かりとしたフィードバック制御や予測制御の成否を把握することを可能にします。運動制御のどの側面に停滞が生じているのかを感覚障害との関連から見極めた上で適切な課題設定や動作指導を行うことができれば、残存機能を最大限に活用した動作獲得を目指す上での足掛かりとなる可能性があり、高い臨床的意義を持つものと考えます。 この論文に用いたデータは実験計画を立てた上での研究目的のデータ取得ではなく、通常臨床における症状の特性評価を目的として実施したデータを、一定数集積後に事後的に分析したものです。既に研究レベルで得られている知見を臨床評価に応用し、リハビリテーション臨床における症状特性把握に活かすことは、極めて重要だと考えられます。 研究グループでは、今回の研究で明らかにしたような「評価的観点」からの試みに加え、感覚障害由来の動作拙劣さを呈する脳卒中患者に対してどのようなリハビリテーション介入を行うことで手指機能の改善に繋げられる可能性があるのか、という視点での「介入的観点」での取り組みを進めており、把持力計測を用いてその効果検証をするための介入研究を進めています。 尚、本研究で使用した把持力計測装置は、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能障害研究室の研究成果をもとに、株式会社テック技販が既に製品化しています。 論文情報 Ryo Akaguchi, Yusaku Takamura, Hiroyuki Okuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima. Relative contribution of sensory and motor deficits on grip force control in patients with chronic stroke. Clinical Neurophysiology  2024. 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 博士後期課程 赤口 諒(アカグチ リョウ) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.03.29

中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいた筋骨格系患者の臨床転帰~ニューロリハビリテーション研究センター

痛みが慢性化する要因となる痛覚変調性疼痛には、損傷量から予測されるよりも広い範囲で生じる強い痛みや疲れやすさ、不眠、記憶力の低下、気分の不調といった様々な症状(中枢性感作関連症状)が含まれています。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 重藤 隼人 客員研究員と同大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏、森岡 周 教授らは、このような中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいたグループ分類において、中枢性感作関連症状が強いことは疼痛強度にかかわらず臨床転帰が不良になることを明らかにしました。この研究成果は、Scientific Reports誌(Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms)に掲載されています。 研究概要 筋骨格系疼痛患者は、しばしば不眠や疲労といった中枢性感作関連症状(Central sensitization-related symptoms: CSS)を呈します。しかしながら、疼痛が軽度でもCSSが強かったり、CSSが軽度でも疼痛が強かったりと、個々の患者で臨床症状は様々です。本研究では質問紙表の結果を用いたCSSと疼痛強度の重症度から4つのグループに分類し、横断的な特徴や縦断的な臨床転帰を分析しました。 本研究のポイント ■ CSSと疼痛強度によって分類された4つのグループでは、身体知覚異常や心理的要因の観点から特徴が異なることがわかりました。 ■ CSSと疼痛強度が共に軽度のグループではNRSの改善が良好でしたが、その他のグループでは改善しにくい傾向があり、とりわけCSSが重度な二つのグループでは臨床転帰が不良であることが分かりました。 研究内容 有痛患者を対象に、短縮版CSI(CSI9)と様々な性質の痛み強度を点数化するShort Form McGill Pain Questionnaire – 2(SFMPQ2)を評価し、これら二つの質問紙の評価結果に基づいて、4つの群に分類しました。横断的分析の結果から、各群で異なる特徴が抽出されました(図1)。   図1 :多重比較結果に基づく各グループの特徴   疼痛/CSSがともに強いGroup3は疼痛強度、CSS、身体知覚異常、心理的要因が全て重度でした。これに対し、Group4は身体知覚異常と心理的要因が軽度~中等度であり、Group2は疼痛強度、身体知覚異常が重度であるという特徴がみられました。Group1は全ての項目が軽度でした。   縦断的解析として、Numerical Rating Scale(NRS)のMinimal Clinically Important Difference(急性痛: 22%、慢性痛: 33%)に基づいた1ヵ月後の疼痛改善者割合を分析したところ、Group1のみ改善は良好であり、Group2、3、4は改善しにくい傾向にあることがわかりました(図2)。   図2:各群におけるNRS改善者割合の比較   Group1は疼痛改善が良好でしたが、Group2、3、4は疼痛改善が良好とはいえませんでした。また、CSSが重度なGroup3、4では約5割しか疼痛改善者がいませんでした。   更に、個々の患者が縦断的にどの群へ移行するかを分析したところ、CSSが重度なGroup3、4では、軽症群であるGroup1への移行が少ないことに加え、痛みがさほど強くないGroup4に属する患者の一部(5/40人、12.5%)は重症群であるGroup3へ移行していることがわかりました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 不眠や疲労感といった関連症状が強い場合、臨床転帰が不良となりやすく、痛みが軽度でも改善しにくいことや、一部の患者は重症化することもあるため、患者の訴えを注意深く観察し適切に対処していく必要があります。今後は、このような関連症状を呈する患者の背景にある神経過敏性についても検証していく予定です。 論文情報 Hayato Shigetoh, Masayuki Koga, Yoichi Tanaka, Yoshiyuki Hirakawa, Shu Morioka. Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms. Sci Rep. 2024 Feb 28;14(1):4873. 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 重藤 隼人(シゲトウ ハヤト) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.03.29

急性期運動器疾患患者におけるサルコペニアの骨格筋量指標に関連する要因の検討-Sonographic Thigh Adjustment RatioとSkeletal Muscle Indexとの比較-~健康科学研究科

サルコペニア*は加齢に伴い、筋肉が痩せ衰える疾患であり、国際的にも注目されている老年医学のトピックの一つです。サルコペニアは骨折や人工関節術後(運動器疾患)患者さんの機能回復に悪影響を及ぼすことがわかっているため、早期発見・早期介入が重要になってきます。 サルコペニアの診断基準であるAsian Working Group for Sarcopenia 2019(AWGS2019)では、骨格筋量の測定が必須になります。生体電気インピーダンス法(Bioelectrical Impedance Analysis:BIA)を用いた機器(体組成計)によって測定された四肢の骨格筋量を身長(m2)で除したSkeletal Muscle Index(SMI)が広く用いられています。BIA法は汎用性の高いものの、今回、対象となる運動器疾患患者さんによく見られる浮腫や手術後に体内金属があると誤差が出やすいことが指摘されています。 一方、2021年に国際リハビリテーション医学会からISarcoPRMという新たなサルコペニアの診断基準が提案されました。AWGS2019との大きな違いは骨格筋量の評価方法として、超音波画像診断装置(エコー)で測定した大腿四頭筋の筋厚をBody Mass Index(BMI)で除したSonographic Thigh Adjustment Ratio(STAR)が導入されたことです(図1,2)。その理由として、骨格筋量の低下は一般的に下肢から起こりやすく、大腿部に着目することでより早期の変化を捉えられる可能性があることが挙げられます。また、浮腫などの影響を受けにくいという特徴があり、急性期の運動器疾患患者に対するサルコペニアの評価として有用ではないかと考えられます。 しかし、今までわが国でSTARに関する研究は実施されておらず、また、SMIと比較して関連する要因について検討したものもありませんでした。 そこで、本学大学院健康科学研究科修士課程の池本大輝、健康科学研究科の徳田光紀客員准教授、健康科学研究科の松本大輔准教授らは、急性期病院に入院された運動器疾患患者を対象に、STARとSMIを同時に評価し、それぞれの関連要因を比較、検討しました。その結果、STARとSMIは互いに相関せず、関連要因も異なり、独立した骨格筋量指標であることやSTARは入院前の歩行能力と関連が強い骨格筋量指標である可能性があることを明らかにし、その内容が日本栄養・嚥下理学療法雑誌に掲載されました。   *サルコペニア:加齢に伴う進行性の骨格筋量および筋力低下と定義されており、転倒、骨折、入院、死亡のリスクが高い疾患である。   研究概要 急性期病院へ入院された65歳以上の運動器疾患患者130名を対象に、サルコペニアの診断における骨格筋量指標であるSTARと SMIを評価しました。その他の評価には、入院前の歩行能力(Functional Ambulation Categories:FAC)、認知機能(Mini - Mental State Examination:MMSE)、栄養状態(Mini Nutritional Assessment Short Form:MNA - SF)などを評価し、SMIおよびSTARに関連する要因を相関分析・重回帰分析を用いて検討しました。     図1:エコーによる大腿四頭筋筋厚の測定風景   図2:エコーで測定した筋厚の代表的な画像(撮像:池本)   本研究のポイント STARとSMIの間に相関関係を認めなかったことから、互いに異なる骨格筋量指標である可能性が示唆されました。 また、STARには入院前の歩行能力のみが正の関連を認めました(図3)。一方で、SMIには性別や疾患種別、栄養状態等が関連し、入院前の歩行能力は負の関連を認めました。       図3.STAR と入院前歩行能力の散布図     本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究は、わが国で初めてSTARを用いた研究です。STARはSMI とは異なる要因を含んだ骨格筋量評価であり、年齢・性別や栄養状態とは関連が少なく、より歩行能力(身体機能)を反映した骨格筋指標である可能性が明らかとなりました。STARの理解が深まるだけでなく、エコーを用いた骨格筋量評価を実施する際の貴重な情報になると考えられます。今後は、STAR の臨床的な有用性について更なる検討を行い、対象者の皆様に還元できる研究を進めてまいりたいと思っています。 謝辞 研究にご協力いただきました対象者の皆様、共同研究者の方々に感謝申し上げます。 論文情報 池本大輝,徳田光紀,松本大輔・他:急性期運動器疾患患者におけるサルコペニアの骨格筋量指標に関連する要因の検討-Sonographic Thigh Adjustment RatioとSkeletal Muscle Indexとの比較-.日本栄養・嚥下理学療法学会雑誌.2024.早期公開   問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 修士課程 池本大輝 准教授  松本大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp

2024.01.10

脊髄小脳失調症患者の立位姿勢制御能改善に着眼した効果的な理学療法:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター

脊髄小脳変性症(SCD)は、小脳や脊髄の神経変性によって発生する運動失調を主症状とする進行性の疾患です。姿勢バランス障害は、SCDの主な症状の一つです。ライトタッチは姿勢の揺れを軽減するための広く知られた方法ですが、四肢に運動失調を持つSCD患者には適用されていませんでした。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院及び本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らの研究チームは、SCD患者の理学療法として体を壁に軽く接触させてリラックスした状態での静的立位保持を行い、その後、段階的に動的な姿勢バランス練習を導入することで、立位姿勢バランスと運動失調、日常生活動作(ADL)の改善に寄与したと報告しました。この研究結果は「Cureus」誌に「Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity」と題して掲載されました。   研究概要 脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Degeneration:SCD)は、小脳や脊髄後索の運動失調を主要な症状とする進行性の疾患です。SCD患者は姿勢バランスの維持が困難であり、多くの症例で転倒が報告されています。姿勢の揺れを軽減する手段としてライトタッチが知られていますが、これは通常、指先で行われ、四肢の運動失調があるSCD患者では適切な感覚情報の取得が困難になることがありました。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院および本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らによる研究では、壁面を利用したライトタッチの理学療法を介して段階的に動的な姿勢バランスへの移行を図り、その結果、SCD患者の立位姿勢バランスの改善と運動失調、日常生活動作(ADL)の向上が見られました。これらの効果は姿勢動揺及び立位保持時の筋活動の分析を通じて検証されました。 本研究のポイント ■進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者でも、適切な段階的理学療法を実施することで姿勢バランスが改善されることが示されました。 ■上肢に運動失調を持つSCD患者にとって、壁面への軽いタッチを利用することが有効であることがわかりました。 ■安定した静的立位姿勢の維持が、過剰な筋活動の抑制に寄与し、それが動的な姿勢バランスの練習へとつながることが確認されました。 研究内容 対象となったのは、6年前にSCDと診断され、その後の転倒により右第5中足骨基部と左脛骨近位部を骨折し、理学療法を開始した60代の患者です。左右の上下肢に運動失調が見られ、特に左下肢の運動失調が顕著であり、立位と歩行の能力が著しく低下していましたが、何とか意図的に立つことが可能なレベルでした。理学療法の介入初期から中期にかけてはライトタッチを利用し、力を抜いて楽に立つ練習を行いました。静止立位が安定した後期には、随意的な重心移動と道具を用いた関節間協調運動の練習を実施しました。歩行練習も計画通りに実施されました。理学療法の進行は初期から最終まで4期に分けて行われ、各期間は1週間ずつ設定されました。各段階でADL、歩行能力、SARA(包括的な運動失調検査)、BBS(包括的な姿勢バランス検査)、重心動揺、筋電図などの検査・測定を図1に示す通り行いました。     図1 :病歴および理学療法の経過 上図:特異的な姿勢バランス練習介入開始までの現病歴、下図: 特異的な姿勢バランス練習の内容・経過   患者は歩行器を用いて自立歩行が可能な状態で退院しました。また、BBS(Berg Balance Scale:包括的バランス尺度)とSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia:運動失調評価のための尺度)も改善が見られました。初期から最終段階にかけて、姿勢動揺が軽減しました。動揺面積と動揺速度、特に前後動揺の高周波パワー値(前後HF)の減少が認められました(図2A, B参照)。初期では、右前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の活動が顕著でした(図2C参照)。その後、右前脛骨筋の活動が減少し、ふくらはぎのヒラメ筋(Soleus:Sol)とTAの同時収縮指数は初期から中期に増加しましたが、中期から後期にかけては減少しました。交差的時間差相関分析の結果、左ヒラメ筋と前脛骨筋の同時収縮とSARAの間には時間差のない負の相関関係が見られました。   初期に右前脛骨筋の過剰な活動により姿勢が不安定でしたが、ライトタッチによる姿勢練習を導入し、本介入が進むにつれて姿勢の揺れや前脛骨筋とヒラメ筋の同時収縮指数が減少しました。これは健常幼児の発達過程に似た自動的な姿勢制御への移行を示唆しています。結果として、段階的な介入によって進行性SCD患者にも顕著な理学療法の効果が得られることが示唆されました。     図2:重心動揺および筋活動の経過   本研究の臨床的意義および今後の展開 進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者において、壁面への軽いタッチを用いることで、過度な筋肉の収縮を伴わずに安定した立位を維持する学習が可能であることが示されました。これは意図的な姿勢制御を減らすことに繋がり、結果としてより動的な姿勢バランスの練習が実施可能であることが確認されました。この結果は、戦略的かつ適切な理学療法を実施することで、進行性の脊髄小脳変性症の患者にも有効である可能性があることを示唆しています。 論文情報 Shiori Iwasa, Ryo Akaguchi, Hiroyuki Okuno, Koji Nakanishi, Kozo Ueta, Shu Morioka Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity Cureus, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.01.10

高齢者では「気持ちの年齢」が実年齢を超える場合、生活機能の低下と要介護リスクを増加させる可能性 :KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より〜理学療法学科

個人の健康状態や将来の疾病リスクを反映する代理指標として主観的年齢(気持ちの年齢)が注目されており、将来の健康状態を評価するための生物心理社会的マーカー(Biopsychosocial Marker)として広く研究されています。主観的年齢や老化感(Self-perceptions of Aging)と疾患の発生との関係を調べた研究では、主観的年齢が高く、よりネガティブな老化感を有する者は、心臓疾患および脳卒中の発生リスクが高いことが示されており(Stephanら, 2021)、また死亡リスクとの関係を調べた縦断研究では、主観的年齢が高い人は、低い人よりも死亡率が高いことが報告されています(Ripponら, 2015)。 理学療法学科の高取克彦 教授、松本大輔 准教授らは、KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査にて奈良県A町在住の高齢者を対象に主観的年齢と高次生活機能(買い物、公共交通機関の利用などレベルの高い生活機能)および新規要介護認定の発生との関係を明らかにするために3年間の追跡調査を実施しました。結果として、地域在住の一般高齢者において主観的な年齢が実年齢を超える者は、将来の高次生活機能を低下させ、要介護リスクを増加させる可能性があることが分かりました。この研究内容は日本老年医学会雑誌に掲載されました。 研究概要 奈良県A町の地域在住高齢者を対象に郵送式調査を行い、3年間追跡調査が可能であった2,323名を分析対象としました。主観的年齢の評価は「気持ちの年齢についてお答えください」という問いに対して「年相応」「実際の年齢より若い」「実際の年齢より上である」の選択肢を設定しました。その他の評価には、高次生活機能(老研式活動能力指標および JST 版活動能力指標)、運動定着(週1回以上の運動実施)などを聴取し、追跡調査時にはこれらに加え、対象者の新規要介護認定の発生状況についても調査しました。 その結果、調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は高次生活機能、一般性自己効力感(物事をやり遂げる自信)が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少ない結果となりました。 また追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少ないことが分かりました。さらに新規要介護認定を従属変数としたロジスティック回帰分析の結果で は、他の関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが独立したリスク因子であることが明らかとなりました(OR=3.33,95%CI: 1.02~10.94,p<0.05)。 本研究のポイント ■地域高齢者の大規模コホートを3年間の前向きに調査し、調査開始時の主観的年齢と追跡調査時の高次生活機能および新規要介護認定との関係性を明らかにした。 ■調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は 高次生活機能、一般性自己効力感が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少なかった。 ■ 追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少なかった。(図1) 図1: 主観的年齢と高次生活機能との関係   ■年齢・性別など関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが要介護状態発生の独立したリスク因子であることが明らかとなりました。(図2) 図2:主観的年齢と新規要介護発生リスクとの関係   本研究の意義 本研究は本邦で初めて地域高齢者の主観的年齢と新規要介護発生との関係を縦断的に調査したものになります。欧米での研究においては要介護認定という指標が存在しないため、日本における介護予防的な視点とはやや異なります。したがって日本人の高齢者を対象とした本研究の結果は、主観的年齢を評価することの重要性と、新たな心理社会的アプローチを考える上での一助になるものと考えられます。 論文情報 高取克彦,松本大輔・他:地域在住高齢者における主観的年齢と高次生活機能および新規要介護認定との関係-KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より-. 日本老年医学会雑誌60巻4号(2023:10) 問合せ先 畿央大学健康科学部理学療法学科 教授 高取 克彦 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: k.takatori@kio.ac.jp 地域リハビリテーション研究室ホームページ