研究の新着情報一覧
2023.12.13
亜急性期脳卒中患者の麻痺側上肢の上肢機能に対する使用頻度の傾向~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中後上肢麻痺への評価においては、運動機能だけでなく生活の中での使用頻度を評価することが重要です。上肢麻痺の評価には、Fugl-Meyer Assessment(FMA)とMotor Activity Log(MAL)の2つの評価法が広く採用されています。FMAの上肢項目(FMA-UE)とMALの間には相関があることが明らかになっていますが、FMA-UEのスコアにおける重症度と使用頻度の傾向の違いについて明らかにした研究はありません。岸和田リハビリテーション病院の平山 幸一郎氏、松田 麻里奈氏、本学客員研究員 渕上 健氏、本学 森岡 周教授らは、FMA-UEのスコアをSegment回帰分析により統計的に分割し、MALにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。この研究成果は、BMC Neurology誌(Trends in amount of use to upper limb function in patients with subacute stroke: a cross-sectional study using segmental regression analysis)に掲載されています。 研究概要 脳卒中患者の約33-80%は、発症後3週間以内に上肢麻痺を呈し、麻痺側上肢の不使用はさらなる機能低下を招く可能性が指摘されています。そのため、麻痺側上肢の運動機能のみでなく、日常生活における使用状況の評価も重要です。麻痺側上肢の運動機能と生活における使用頻度は密接に関連することが多く報告されています。一方で、Schweighoferらは、Constraint-induced movement therapyの効果を検証する大規模RCTに参加した被験者のデータを再解析し、コンピュータシュミュレーションに基づく上肢麻痺の回復モデルを検証した結果、治療を受けた1週間後のWolf Motor Function Test(WMFT)スコアが、1年後の麻痺側上肢の使用状況を予測し、ある一定のWMFTの得点を超えるか否かで、使用状況が大きく変化する可能性を示しました。この結果から、上肢麻痺へのリハビリテーションを行う中で、ある程度の運動機能の回復を担保しなければ、生活の中で麻痺側上肢を使用することは困難であることが考えられます。しかし、麻痺側上肢の運動機能の程度に対して、それぞれの運動機能に対する使用頻度の傾向について分析した研究はありません。岸和田リハビリテーション病院の平山 幸一郎氏、松田 麻里奈氏、本学客員研究員 渕上 健氏、本学 森岡 周教授らは、FMA-UEのスコアをSegment回帰分析により統計的に分割し、MALにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。 本研究のポイント ■ FMA-UEにおけるMAL-Aの傾向の変化および変化するポイントをSegment回帰分析によって検討しました。 ■ FMA-UE:45.3点を境にMAL-Aの回帰直線の傾きは大きく増加しました。 ■ 亜急性期の脳卒中後上肢麻痺において、FMA-UEが45.3点に達すると、麻痺側上肢の使用頻度の傾向が変化する可能性が示唆されました。 研究内容 初発の発症後3ヶ月以内の脳卒中患者203名を対象としました。対象者のFMA-UE、MALのAmount of Use(MAL-A)を評価し、FMA-UEに対するMAL-Aの傾向の変化を捉えるために、FMA-UEを独立変数、Mal-Aを従属変数として、Segment回帰分析を行いました。Segment回帰分析とは、異なるグループに分類された独立変数が、これらの領域で変数間に異なる関係を示す場合に用いられる統計手法であり、分割された独立変数における領域の区間は変曲点(Break point)として算出されます。Segment回帰分析における変曲点とは、以前に確立されたパターンから変化を示す可能性がある特定の点のことです。Segment回帰分析におけるBreak pointのフィッティングは、Akaike Information Criterion(AIC)を用いて検討しました(図1)。 研究の結果、FMA-UE 45.3点でMAL-Aの傾きが大きく変化し、45.3点以降では、MAL-Aのスコアに大きなばらつきが認められました。つまり、FMA-UE 45.3点を境にMAL-Aのスコアは大きく改善する可能性が示唆されました。 図1:FMA-UEとMAL-Aに基づくSegment回帰分析 FMA-UEとMAL-Aは有意な正の相関を示し、FMA-UE:45.3点で回帰直線の傾きは変化しました。回帰直線の勾配は、変曲点より下でx=0.03、変曲点より上でx=0.12でした。 本研究の臨床的意義および今後の展開 この研究では、初発の亜急性期の脳卒中患者を対象に、FMA-UEとMAL-Aに基づいてSegment回帰分析を行いました。Segment回帰分析では、FMA-UEのスコアを統計的に分割し、MAL-Aにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。結果として、FMA-UE:45.3点以上でMAL-Aの傾向は大きく変化し、45.3点を境にMAL-Aのスコアは大きく改善する可能性が示唆されました。この知見は、麻痺側上肢へのリハビリテーションにおいて、機能訓練や生活への参加に向けた介入などの治療戦略を考える上で、非常に有用であると考えています。 論文情報 Koichiro Hirayama, Marina Matsuda, Moe Teruya, Takeshi Fuchigami, Shu Morioka Trends in amount of use to upper limb function in patients with subacute stroke: a cross-sectional study using segmental regression analysis. BMC Neurology, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.11.29
地域在住ロバスト高齢者における新型コロナウイルス流行下での運動実施と基本チェックリストの下位項目との関連~健康科学研究科
新型コロナウイルスの感染拡大により、身体活動量が減少し、フレイル*の新規発生率が増加しています。フレイル予防には運動習慣などの健康的な生活習慣が重要で、コロナ禍でも同様に運動や社会性の確保、十分な栄養補給が推奨されています。高齢者の運動実施に関する要因は、数多く報告されていますが、コロナ禍のような社会生活が制限された環境下での運動実施の可否に関する要因についてのエビデンスはまだ十分ではありません。 また、わが国では各地方自治体において、要介護状態のリスクが高い高齢者を抽出するために基本チェックリスト**が用いられています。しかし、多くの基本チェックリストを使用した研究では、総該当数によるフレイル判定に用いられており、実際に行政が活用している基本チェックリストの下位項目に着目した報告は少ないのが現状です。 本学大学院健康科学研究科修士課程の中北智士、健康科学研究科の松本大輔准教授、高取克彦教授は、地域在住高齢者を対象にした調査を行いました。その結果、ロバスト高齢者であっても、抑うつ項目(基本チェックリストの下位項目の一つ)に該当する者は、コロナ禍のような社会生活が制限される環境下において運動を実施することが難しいことを明らかにし、その内容を地域理学療法学に発表しました。 *フレイル:健康から障害に至る前段階の状態と位置付けられ、機能予後や要介護度に影響し、早期の死亡リスクを高める。フレイルの段階として、ロバスト(健常)、プレフレイル、フレイルに分けられる。 **基本チェックリスト:二次予防事業対象者の選定のために厚生労働省が作成した。全25項目7つのドメイン(生活機能、運動機能、栄養状態、口腔機能、閉じこもり、認知機能、抑うつ)で構成されている。 研究概要 A市在住の高齢者3,698名を調査し、2018年の基本チェックリストの下位項目と2020年のコロナ禍での運動実施の有無の関連について検討しました。 本研究のポイント 高齢者に対する調査によって、年齢、性別、家族構成、主観的健康感、痛みによる制限、各下位項目を調整しても、抑うつ項目該当者は、該当しない者と比べて、コロナ禍で運動を実施できていない割合が約1.5倍高いことが明らかとなりました。 図1:コロナ禍での運動非実施と抑うつとの関連(オッズ比) 図2:抑うつ者における運動実施・非実施群でのフレイル新規発生率の比較 また、ベースライン時に抑うつ項目該当者であってもコロナ禍で運動実施できている者では、運動実施できていない者に比べてフレイル発生率は有意に少なく(運動実施群14.0% vs 運動非実施群29.4%)、抑うつ該当者でも適切な支援を実施することでフレイルを抑制できる可能性が示唆されました。 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究は実際に行政が活用している基本チェックリストの下位項目に着目した数少ない研究です。ロバスト高齢者であっても抑うつ傾向にあるものは、コロナ禍のような環境で運動実施することが難しいことが明らかになりました。介護予防に認められている予後予測に基づいた明確な目標設定や支援方法の選定の一助になると考えられます。今後もより地域施策に還元できるような研究に発展させていきたいと思います。 謝辞 研究にご協力いただきました住民の皆様、役場の方々に感謝申し上げます。 論文情報 中北智士,松本大輔,高取克彦. 地域在住ロバスト高齢者における新型コロナウイルス流行下での運動実施と基本チェックリストの下位項目との関連. 地域理学療法学. 公開日2023/11/03. DOI https://doi.org/10.57351/jjccpt.JJCCPT23002 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 修士課程 中北智士 准教授 松本大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp
2023.11.17
サーマルグリル錯覚を過敏にさせる脳損傷領域の探索~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
サーマルグリル錯覚は温かいモノと冷たいモノを同時に触ることで灼熱痛に似た痛みや不快感を経験する錯覚です。サーマルグリル錯覚は中枢神経系の感覚情報処理の過程で生じるといわれており、最近では中枢性感作の有用な指標として提案されています。畿央大学大学院 博士後期課程 松田 総一郎、大住 倫弘 准教授を中心とする研究グループは、サーマルグリル錯覚が視床外側周囲の損傷によって過敏になることを明らかにしただけでなく、その過敏さは脳卒中患者における中枢性感作の症状と相関していることを明らかにしました。この研究成果はJournal of pain research誌(Thermal Grill Illusion in Post-Stroke Patients: Analysis of Clinical Features and Lesion Areas)に掲載されています。 研究概要 サーマルグリル錯覚は温かいモノと冷たいモノを同時に触ることで灼熱痛に似た痛みや不快感を経験する錯覚です。サーマルグリル錯覚は中枢神経系の感覚情報処理の過程で生じるといわれており、最近では中枢性感作と呼ばれる脳の問題による痛みの治りにくさを測るツールとして提案されてきています。しかしながら、そのメカニズムは不明なところが多く、多方面からの研究が求められている真っ只中にあります。畿央大学大学院 博士後期課程 松田 総一郎、大住 倫弘 准教授を中心とする研究グループは、サーマルグリル錯覚のメカニズム解明の一端を担うために、脳卒中後患者にを対象に「どのような脳の損傷によってサーマルグリル錯覚に過敏になるのか」を探索しました。その結果、サーマルグリル錯覚の過敏さは視床外側周囲の損傷と有意に関連していることが明らかになりました。また、興味深いことに、サーマルグリル錯覚の過敏さは、中枢性感作症状の1つであるワインドアップ現象(繰り返される痛み刺激によって徐々に痛みをつよく感じる現象)と相関していることが示されました。このことは、サーマルグリル錯覚が中枢性感作症状を安全に測ることのできる臨床ツールとなり得ることを示唆しています。 本研究のポイント 脳卒中後患者におけるサーマルグリル錯覚と臨床的特徴・損傷領域の関連性を検証した。 サーマルグリル錯覚によって経験する痛みや不快感が脳卒中後患者の中枢性感作を反映している可能性が示唆された。 サーマルグリル錯覚によって経験する不快感は視床外側の損傷と有意に関連していた。 研究内容 サーマルグリル錯覚を惹起するためには温刺激と冷刺激を同時に触る必要があります。そこで、本研究では直径 1 cm の銅の棒とプラスチックのチューブに水を流し、患者の接触面に温 (40 °C) と冷 (20 °C) の刺激を与えるように水温を調整しました。4本の温かい銅棒と 4本の冷たい銅棒を交互に配置することで、被験者が銅棒に触れるとサーマルグリル錯覚を生じるように設定しました(図1)。 図1:サーマルグリル刺激の実験条件 サーマルグリル錯覚の検査では、健側→患側の順番で銅棒の上に手のひらを最大30秒間置きました。その後、検査中に経験した痛みと不快感の強度をそれぞれ0(痛みなし)~10(想像できる最大の痛み)と0(不快感なし)~10(想像できる最大の不快感)で回答させました。その結果、サーマルグリル錯覚による痛みとワインドアップ比の間に有意な関連性を認めました。 また、脳画像解析(voxel-based lesion–symptom mapping)の結果、サーマルグリル錯覚による不快感は内包後脚および視床外側核周囲の病変と有意に関連していることが明らかになりました(図2)。 図2:サーマルグリル錯覚と損傷領域の分析 サーマルグリルによる不快感は内包後脚および視床外側核周囲の病変と有意に関連していました。 研究グループは、この結果について、内包や視床を損傷することで脳内での痛みや温度感覚情報処理の問題が生じ、サーマルグリル錯覚が過敏になると考えています。 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究成果は、脳卒中後患者の中枢性感作を「痛くない刺激」を用いて安全に定量評価することを示しているだけでなく、サーマルグリル錯覚のメカニズム解明および脳卒中後疼痛の病態解明の一助となると考えられます。 論文情報 Soichiro Matsuda, Yuki Igawa, Hidekazu Uchisawa, Shinya Iki, Michihiro Osumi Thermal Grill Illusion in Post-Stroke Patients: Analysis of Clinical Features and Lesion Areas Journal of pain research, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 松田 総一郎 准教授 大住 倫弘 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp
2023.10.20
痛みを難治化させる脳波ネットワーク異常~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome:CRPS)は、比較的小さな外傷や手術などが契機となって激しい痛みが生じます。これまでの研究の中で、CRPSの脳機能を調べた研究は多くありますが、日常診療で使われる脳波を活用してCRPSの脳機能異常を明らかにした報告は少ないです。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 大住 倫弘 准教授らは、名古屋大学医学部 平田 仁 教授、岩月 克之 講師、東京大学附属病院 住谷 昌彦 准教授らと共同で、CRPSにおける脳波ネットワーク異常の特徴を明らかにしました。この研究成果は、Clinical EEG and Neuroscience(Resting-state Electroencephalography Microstates Correlate with Pain Intensity in Patients with Complex Regional Pain Syndrome)に掲載されています。 研究概要 複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome:CRPS)は、比較的小さな外傷や手術などが契機となって激しい痛みが生じます。これまでの研究で、何らかの脳機能異常によってCRPSが増悪・長期化することが明らかになっています。特に、何もしていない「安静時」の脳活動の異常について多く報告されています。しかしながら、多くの研究ではfMRIやMEGなどの大掛かりな機器を使っており、日常診療で使われている脳波データではどのような異常があるのかは明らかになっていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 大住 倫弘 准教授らは、名古屋大学医学部 平田 仁 教授、岩月 克之 講師、東京大学附属病院 住谷 昌彦 准教授らと共同で、CRPSにおける脳波マイクロステートを分析し、安静時のデフォルトモードネットワークがCRPSの痛みのつよさと密接に関連していることを明らかにしました。 本研究のポイント CRPSにおける安静時の脳波活動を測定した。 マイクロステート解析を活用して脳波ネットワークの異常を観察した。 その結果、デフォルトモードネットワークの異常がCRPSの痛みのつよさと密接に関連していることが明らかになった。 研究内容 CRPSを有する者を対象に、安静時の脳波活動を計測して、脳波マイクロステート解析をしました(図1)。そして、それぞれのトポグラフパターンにおけるパラメータ(Mean Duration、 Time coverage etc…)とCRPSによる痛みのつよさとの相関関係を調べました。その結果、デフォルトモードネットワークで構成されていると考えられているトポグラフパターンのパラメータと痛みのつよさとの間に有意な相関関係がありました(図1)。つまり、デフォルトモードネットワークの異常がCRPSの痛みを増悪させている可能性が明らかになりました。加えて、初回の脳波測定日の6ヶ月後にも脳波を計測し、デフォルトモードネットワークの改善とともに痛みが緩和していることも確認されました。このことからデフォルトモードネットワークの改善がCRPSの痛みの緩和と密接に関連していることが考えられました。 図1:安静時脳波マイクロステート解析によって計算されるトポグラフパターンと痛みとの相関 本研究の臨床的意義及び今後の展開 日常診療で使われている脳波データを活用すればCRPSに生じている脳波ネットワーク異常を観察できる可能性を示唆しました。今後は、これらの脳波ネットワーク異常を改善させるためのリハビリテーションを検討していきます。 論文情報 Osumi M、 Sumitani M、 Iwatsuki K、 Hoshiyama M、 Imai R、 Morioka S、 Hirata H. Resting-state Electroencephalography Microstates Correlate with Pain Intensity in Patients with Complex Regional Pain Syndrome. Clin EEG Neurosci. 2023 その他の情報 本研究は以下の助成を受けて実施したものです。 Japan Agency for Medical Research and Development (AMED) 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 准教授 大住倫弘 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp
2023.10.16
発達性協調運動障害における行為と結果の規則性の知覚感度~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
発達性協調運動障害(DCD)は、脳の適応的な運動制御・運動学習システムである内部モデルの働きの先天的・発達的問題として生じるとされています。一方で、定型発達(TD)乳児は生後の発達早期に、自己の運動とその結果の繋がり、すなわち行為と結果の規則的な関係性を知覚できるとされており、この行為と結果の規則性の知覚学習は、運動の多様性や内部モデルの発達に貢献すると考えられます。したがって、DCD児においては、行為と結果の規則性の知覚にも問題が生じている可能性がありますが、DCD児における行為と結果の規則性の知覚感度を調べた研究は皆無でした。そこで、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫 悟志 准教授らは、温 文(Wen Wen) 准教授(立教大学)、中井 昭夫 教授(武庫川女子大学)らと共同で、DCD児における行為-結果の規則性の知覚感度について調査しました。この研究成果は、Journal of Autism and Developmental Disorders(Action-outcome Regularity Perceptual Sensitivity in Children with Developmental Coordination Disorder)に掲載されています。 研究概要 DCDとは、協調運動技能の獲得や遂行に著しい低下がみられる神経発達障害の一類型であり、その症状は、字が綺麗に書けない、靴紐が結べないといった微細運動困難から、歩行中に物や人にぶつかる、縄跳びができない、自転車に乗れないといった粗大運動困難、片脚立ちができない、平均台の上を歩けないといったバランス障害まで多岐に渡ります。DCDの頻度は学童期小児の5-6%と非常に多く、自閉症スペクトラム障害、注意欠如多動性障害、限局性学習障害などの他の神経発達障害とも頻繁に併存することが報告されており、近年では脳性麻痺ともリスクファクターを共有する連続体である可能性も指摘されています。またDCDと診断された児の過半数が青年期・成人期にも協調運動困難が残存するとされており、DCDの病態理解と有効なハビリテーション技術の開発は、ニューロリハビリテーション研究における喫緊の課題の一つとされています。 自分の行為と外部刺激との間の規則的な関係性を検出する能力のことを、行為と結果の規則性の知覚と呼びます。この行為と結果の規則性の知覚は、コンパレータモデル以外の運動主体感(Sense of Agency: SoA)を生成する重要な情報源として注目されており、また適応的運動学習パフォーマンスにも関与することが示されています。行為と結果の規則性の知覚は、まだ内部モデルにおける正確な順・逆モデルを持ち合わせていない生後2カ月児にも存在することが明らかとなっており、子どもは行為と結果の規則的な関係性を知覚学習することにより、運動の多様性を獲得している可能性が示唆されています。また最近の研究で、この行為と結果の規則性の知覚感度は、6~15歳と年齢が増加するのに伴い発達向上すること、そして手先の器用さが低下した児では、行為-結果の規則性の知覚感度が低下していることが明らかになっていました。したがって、発達早期からの運動の不器用さを主な特性とするDCD児においては、行為と結果の規則性の知覚にも問題が生じている可能性がありますが、それを調べた研究はありませんでした。そこで畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授らは、DCD児における行為-結果の規則性の知覚感度を調べました。その結果、DCD児では、年齢と性別が一致したTD児と比較して、行為と結果の規則性の知覚感度が低下していることが明らかになりました。 本研究のポイント ■ DCD児の行為-結果規則性の知覚感度は低下しており、特に低年齢(6~10歳)DCD児で知覚感度が著しく低下していた。 ■ DCD児とTD児の両グループにおいて、年齢の増加に伴い行為-結果規則性の知覚感度は発達向上していた。 ■ DCD児における行為-結果規則性の知覚感度の低下は、いくつかの協調運動技能の低下と相関関係にあった。 ■ DCD児では発達早期の段階で行為-結果規則性の知覚感度が低下しており、そのことが運動の多様化や内部モデルの発達を阻害し、結果として協調運動技能の低下に陥っている可能性が示唆された。 研究内容 6~15歳までのDCD児20名と年齢と性別を揃えたTD児20名は、行為-結果規則性検出課題(図1)を完了しました。この課題において、子どもたちはタッチパッド上で10秒間自由に指を動かし、モニターに表示された3つのドットのうち、自分がコントロールすることができる/自分の指の動きを最も反映していると感じられたドット(検出目標ドット)を検出することが求められました。1つの検出目標ドットには、子どもが制御できる/指の動きを反映する割合に応じて、7制御条件(0、 20、 40、 50、 60、 80、 100%)が設定され、それぞれ6試行、合計で42試行ありました。他の2つのドットは0%制御のディストラクタードットになっていました。この課題の成績から、規則性検出閾値(Regularity Detection Threshold: RDT)を算出し、行為-結果の規則性の知覚感度の定量指標としました。 図1:行為-結果規則性検出課題 その結果、DCD児のRDTは、TD児と比較して高値を示し、DCD児では行為-結果の規則性の知覚感度が低下していることが明らかになりました(図2)。またDCD児とTD児の両グループにおいて、RDTの低下と年齢の増加との間には有意な相関関係が示され、DCD児においてもTD児においても、年齢の増加に伴い行為-結果の規則性の知覚感度は発達向上することが示されました。そこで、年齢を細分化して検討した結果、低年齢(6~10歳)のDCD児のRDTは、低年齢(6~10歳)および高年齢(11~15歳)のTD児と比較して、有意に高値であることが示され、特に低年齢のDCD児の行為-結果の規則性の知覚感度が低下していることが明らかになりました(図3)。またDCD児においては、RDTといくつかの協調運動技能との間に有意な相関関係が示され、行為と結果の規則性の知覚感度の低下とボールスキルなどの協調運動技能の低下との間に関連性があることが示されました。 図2:両グループにおける規則性の知覚感度度 図3:年齢を細分化した規則性の知覚感度の比較結果 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究は、DCD児における行為-結果の規則性の知覚感度が低下していることを初めて明らかにし、特にDCD児では低年齢の段階で規則性の知覚感度が著しく低下していることを示しました。このことは、DCD児では低年齢の段階で行為-結果の規則性の知覚感度が低下しており、そのことが運動の多様化や内部モデルの発達を阻害し、結果的に協調運動技能の低下に至っている可能性を示唆しました。今後、本研究で使用した行為-結果規則性検出課題と運動の多様性や内部モデルの働きを定量化する課題を併用し、縦断的に調査することで、この可能性を検証していく必要があります。 論文情報 Nobusako S, Wen W, Osumi M, Nakai A, Morioka S. Action-outcome Regularity Perceptual Sensitivity in Children with Developmental Coordination Disorder. J Autism Dev Disord. 2023 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学 大学院 健康科学研究科 准教授 信迫 悟志 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
2023.09.15
理学療法の意思決定場面における患者関与の実態とSDMの有用性~ニューロリハビリテーション研究センター
近年、患者の価値観を治療の意思決定に考慮する協働的意思決定(Shared Decision-Making:SDM)が注目されている一方、理学療法領域では理論的な背景が不足している状況です。畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程 尾川 達也 氏(西大和リハビリテーション病院) と 森岡 周 教授ら は、日本で理学療法を受けている患者を対象に意思決定への関与の状況とその要因について検証しました。結果、意思決定に関わる患者の希望を満たせていない実態とともに、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることを明らかにしました。この研究成果はBMC Medical Informatics and Decision Making 誌(Shared decision-making in physiotherapy: a cross-sectional study of patient involvement factors and issues in Japan)に掲載されています。 研究概要 根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine:EBM)を実践する際、医療者が患者の価値観を十分に考慮していない実態が指摘されています。近年、医療者と患者が共同で治療の意思決定を進めるSDMが推奨されるようになり、理学療法領域でも注目されています。しかし、既存の情報は医師を主とした研究や数名の患者による質的研究の結果であり、理学療法領域におけるSDMの有用性に関しては理論的根拠が乏しい状況です。畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程 尾川 達也 氏(西大和リハビリテーション病院)、森岡 周 教授らの研究チームは、日本で理学療法を受けている患者を対象に意思決定への関与の状況とその要因について検証しました。その結果、治療の決定を「理学療法士が行っている」と認識している患者の割合が多く、意思決定に関わる患者の希望を満たせていない実態が明らかとなりました。また、意思決定への関与に関連する要因として、理学療法士によるSDMの実施状況が選択され、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることが明らかとなりました。 本研究のポイント ■ 実際の意思決定方法とともに、患者が希望する意思決定方法も同時に評価することで、患者の希望を満たせていない実態を明らかにした。 ■ 患者の意思決定への関与に理学療法士によるSDMの実施程度が関連することを明らかにした。 研究内容 日本の入院環境や地域で理学療法を受けている277名の患者に対し調査を行いました。患者の意思決定への関与を評価するためにControl Preference Scaleを使用しました。これは実際の意思決定方法(Actual Role)と希望する意思決定方法(Preferred Role)の両方を5つのイラスト(A:most active、B:active、C:collaborative、D:passive、E:most passive)から1つ選択する評価で、今回はこの一致度を算出しました。また、SDMの評価には患者が医療者の言動を採点する9-item Shared Decision Making Questionnaireという質問紙評価を使用しました。 図1 実際の意思決定方法と希望する意思決定方法の一致度 実際と希望する意思決定方法は有意な一致度(一致率:49.8% 重みづけκ係数=0.38)を認めたもののκ係数は低かった(灰色)。また、希望よりも受動的な関与であった割合は36.5%(青色)、希望よりも能動的な関与であった割合は13.7%(赤色)であった。 図2 SDM-Q-9の投入有・無におけるロジスティック回帰分析の比較 意思決定への関与と有意に関連した要因として、1)治療環境が地域である 2)患者が意思決定への関与を希望する 3)理学療法士がSDMを実施することが選択された。一方、年齢や教育年数、歩行能力は、意思決定への関与と有意な関連を認めなかった。 結果、実際の意思決定方法と希望する意思決定方法が一致した割合は49.8%(図1の灰色)であり、希望よりも実際が受動的な関与となっていた者は36.5%(図1の青色)もいました。また、意思決定への患者関与に関連する要因として、1)治療環境が地域である、2)患者が意思決定への関与を希望する、3)理学療法士がSDMを実施することが選択され、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることが明らかとなりました(図2)。このことから、日本の理学療法領域においても意思決定に関わる患者の希望を満たせていないといった “患者関与の問題点” を明確に示すことができました。また、他の関連要因を調整したとしても、理学療法士によるSDMの実施程度が患者関与と関連した本研究の結果は、理学療法領域におけるSDMの有用性を支持する重要な発見となりました。 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究の結果から、理学療法領域の中でSDMの臨床実践を推進していく理論的根拠を示すことができました。今後は理学療法領域で頻繁に生じる意思決定場面に焦点を当て、患者側の視点を明らかにするとともに、それらの情報を統合した理学療法士に対するSDMの教育的支援も必要になると考えています。 論文情報 Tatsuya Ogawa, Shuhei Fujimoto, Kyohei Omon, Tomoya Ishigaki and Shu Morioka Shared decision-making in physiotherapy: a cross-sectional study of patient involvement factors and issues in Japan. BMC Medical Informatics and Decision Making, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 博士後期課程 尾川 達也 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.07.31
理学療法の意思決定場面における患者関与の実態とSDMの有用性~ニューロリハビリテーション研究センター
近年、患者の価値観を治療の意思決定に考慮する協働的意思決定(Shared Decision-Making:SDM)が注目されている一方、理学療法領域では理論的な背景が不足している状況です。畿央大学大学院博士後期課程 尾川 達也 氏(西大和リハビリテーション病院) と 森岡 周 教授ら は、日本で理学療法を受けている患者を対象に意思決定への関与の状況とその要因について検証しました。結果、意思決定に関わる患者の希望を満たせていない実態とともに、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることを明らかにしました。この研究成果はBMC Medical Informatics and Decision Making 誌(Shared decision-making in physiotherapy: a cross-sectional study of patient involvement factors and issues in Japan)に掲載されています。 研究概要 根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine:EBM)を実践する際、医療者が患者の価値観を十分に考慮していない実態が指摘されています。近年、医療者と患者が共同で治療の意思決定を進めるSDMが推奨されるようになり、理学療法領域でも注目されています。しかし、既存の情報は医師を主とした研究や数名の患者による質的研究の結果であり、理学療法領域におけるSDMの有用性に関しては理論的根拠が乏しい状況です。畿央大学大学院博士後期課程 尾川 達也 氏(西大和リハビリテーション病院)、森岡 周 教授らの研究チームは、日本で理学療法を受けている患者を対象に意思決定への関与の状況とその要因について検証しました。その結果、治療の決定を「理学療法士が行っている」と認識している患者の割合が多く、意思決定に関わる患者の希望を満たせていない実態が明らかとなりました。また、意思決定への関与に関連する要因として、理学療法士によるSDMの実施状況が選択され、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることが明らかとなりました。 本研究のポイント ■ 実際の意思決定方法とともに、患者が希望する意思決定方法も同時に評価することで、患者の希望を満たせていない実態を明らかにした。 ■ 患者の意思決定への関与に理学療法士によるSDMの実施程度が関連することを明らかにした。 研究内容 日本の入院環境や地域で理学療法を受けている277名の患者に対し調査を行いました。患者の意思決定への関与を評価するためにControl Preference Scaleを使用しました。これは実際の意思決定方法(Actual Role)と希望する意思決定方法(Preferred Role)の両方を5つのイラスト(A:most active、B:active、C:collaborative、D:passive、E:most passive)から1つ選択する評価で、今回はこの一致度を算出しました。また、SDMの評価には患者が医療者の言動を採点する9-item Shared Decision Making Questionnaireという質問紙評価を使用しました。 図1 実際の意思決定方法と希望する意思決定方法の一致度 実際と希望する意思決定方法は有意な一致度(一致率:49.8% 重みづけκ係数=0.38)を認めたもののκ係数は低かった(灰色)。また、希望よりも受動的な関与であった割合は36.5%(青色)、希望よりも能動的な関与であった割合は13.7%(赤色)であった。 図2 SDM-Q-9の投入有・無におけるロジスティック回帰分析の比較 意思決定への関与と有意に関連した要因として、1)治療環境が地域である 2)患者が意思決定への関与を希望する 3)理学療法士がSDMを実施することが選択された。一方、年齢や教育年数、歩行能力は、意思決定への関与と有意な関連を認めなかった。 結果、実際の意思決定方法と希望する意思決定方法が一致した割合は49.8%(図1の灰色)であり、希望よりも実際が受動的な関与となっていた者は36.5%(図1の青色)もいました。また、意思決定への患者関与に関連する要因として、1)治療環境が地域である、2)患者が意思決定への関与を希望する、3)理学療法士がSDMを実施することが選択され、理学療法領域においてもSDMが患者関与の一要因であることが明らかとなりました(図2)。このことから、日本の理学療法領域においても意思決定に関わる患者の希望を満たせていないといった “患者関与の問題点” を明確に示すことができました。また、他の関連要因を調整したとしても、理学療法士によるSDMの実施程度が患者関与と関連した本研究の結果は、理学療法領域におけるSDMの有用性を支持する重要な発見となりました。 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究の結果から、理学療法領域の中でSDMの臨床実践を推進していく理論的根拠を示すことができました。今後は理学療法領域で頻繁に生じる意思決定場面に焦点を当て、患者側の視点を明らかにするとともに、それらの情報を統合した理学療法士に対するSDMの教育的支援も必要になると考えています。 論文情報 Tatsuya Ogawa, Shuhei Fujimoto, Kyohei Omon, Tomoya Ishigaki and Shu Morioka Shared decision-making in physiotherapy: a cross-sectional study of patient involvement factors and issues in Japan. BMC Medical Informatics and Decision Making, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 博士後期課程 尾川 達也 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.06.02
脳卒中患者の不整地歩行の特徴ー生体力学的パラメータと筋活動の変化~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中患者は、中枢神経系の損傷によりさまざまな歩行障害を有します。特に、不整地を含む屋外の地域社会での歩行は困難となる場合があり、結果として社会参加が妨げられ、生活の質に不利益をもたらします。畿央大学大学院博士後期課程 乾 康浩 氏 と 森岡 周 教授ら は、脳卒中患者の不整地歩行の特徴を検証しました。脳卒中患者は不整地歩行中に、歩行安定性の低下、立脚期の股関節最大伸展角度の低下、遊脚期のヒラメ筋活動時間の増加を示すことを明らかにしました。この研究成果はGait and Posture誌(Characteristics of uneven surface walking in stroke patients: Modification in biomechanical parameters and muscle activity)に掲載されています。 研究概要 脳卒中患者は、中枢神経系の損傷により歩行障害を有し、屋外の地域社会での歩行が困難になります。これは、社会参加を妨げ、生活の質の低下にもつながります。屋外環境のなかでも、不整地は摂動の予測が困難であり、適応性が低下した脳卒中患者では特に難しくなることが予想されます。そのため、リハビリテーション専門家にとって、脳卒中患者の不整地歩行の特徴を捉えることは必要です。一方で、現在までに、脳卒中患者が人工芝を歩行する際の変化は検証されているが、予測困難な摂動が生じる不整地での特徴を検証した報告は見当たりません。畿央大学大学院 博士後期課程 乾 康浩 氏、森岡 周 教授ら の研究チームは、予測困難な摂動が生じる不整地路を作製し、脳卒中患者の不整地歩行中の歩行速度、体幹の加速度、麻痺側の関節運動、および筋活動の特徴を分析しました。その結果、脳卒中患者は不整地歩行中に、歩行安定性の低下、立脚期の股関節伸展低下、遊脚期のヒラメ筋活動時間増加を示すことを明らかにしました。本研究は、健常者と比較した脳卒中患者の予測困難な摂動が生じる不整地歩行中の特徴を明らかにした初めての研究です。 本研究のポイント ■ 脳卒中患者の不整地歩行の特徴を自作の不整地路を用いて評価した。 ■ 脳卒中患者は、不整地歩行中に安定性の低下、立脚期股関節伸展の低下、遊脚期ヒラメ筋活動時間の増大を示すことが明らかとなった。 研究内容 脳卒中患者は、中枢神経系の損傷により歩行障害を有し、屋外の地域社会での歩行が困難になります。これは、社会参加を妨げ、生活の質の低下にもつながります。屋外環境のなかでも、不整地は摂動の予測が困難であり、適応性が低下した脳卒中患者では特に難しくなることが予想されます。そのため、リハビリテーション専門家にとって、脳卒中患者の不整地歩行の特徴を捉えることは必要です。本研究では、予測困難な摂動が生じる不整地での脳卒中患者の特徴を調べることを目的とし、自作の不整地路(図1)を用いて年齢を一致させた健常高齢者との違いを検証しました。 図1.作成した不整地路 © 2023 Yasuhiro Inui 実験中、歩行速度、歩行安定性を評価するための立脚期と遊脚期に分けた3軸の体幹の加速度のRoot Mean Square、麻痺側下肢の最大関節角度、麻痺側下肢の立脚期と遊脚期に分けた平均筋活動および筋活動時間を測定しました。その結果、歩行速度は健常者と違いは見られないものの、歩行安定性は立脚期と遊脚期のすべての軸において脳卒中患者で低下していました。さらに、脳卒中患者の特徴として、立脚期股関節伸展角度の低下、遊脚期ヒラメ筋活動時間の増大が見られました(図2)。 図2.平地および不整地歩行中の健常者と脳卒中患者の群×路面の交互作用の結果 (a) 左右軸方向の体幹加速度のroot mean square (RMS); (b) 立脚期の股関節最大伸展角度; (c) 遊脚期のヒラメ筋活動時間 研究グループは、この結果のうち、歩行安定性の低下と立脚期股関節伸展角度低下に関しては、不整地歩行中に運動制御が困難になった結果と考えています。一方で、遊脚期ヒラメ筋活動時間の増大に関しては、脳卒中患者の歩行時の衝撃吸収のための代償戦略であることが知られており、不整地で生じる大きな衝撃に対応するために代償戦略を強めたと考察しています。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究成果は、予測困難な摂動が生じる不整地での脳卒中患者の歩行の特徴を明らかにしており、リハビリテーション専門家が脳卒中患者の屋外歩行の問題を考える際に着目すべき点を示しています。今後は、脳卒中患者内での特徴の違いや縦断的な経過を調査する必要があります。 論文情報 Yasuhiro Inui, Naomichi Mizuta, Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Yuki Yamaguchi, Shu Morioka Characteristics of uneven surface walking in stroke patients: Modification in biomechanical parameters and muscle activity Gait and Posture ,2023 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 博士後期課程 乾 康浩 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.04.17
疼痛促通系に対する高強度経皮的電気刺激の効果~理学療法学科・健康科学研究科
ヒトには痛みの感じる程度を調節する機能が中枢神経系にあり、痛みを抑える「疼痛抑制系」と痛みを促通する「疼痛促通系」があります。痛みが強く感じる患者さんは、「疼痛促通系」の機能が亢進しているという報告があり、「疼痛促通系」の亢進に対して治療をすることが効果的と考えられます。経皮的電気刺激(Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation: TENS)は鎮痛目的の電気刺激療法であり、近年では強い強度でTENSをする高強度TENSという方法が報告されており、強い鎮痛効果が報告されています。そこで、畿央大学健康科学部理学療法学科の瀧口述弘助教と庄本康治教授、畿央大学大学院健康科学研究科客員研究員 徳田光紀は疼痛促通系に対して高強度TENSの効果を検証しました。この研究成果は、Neuroscience Letters誌(High Intensity-Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation Does Not Inhibit Temporal Summation of the Nociceptive Flexion Reflex)に掲載されています。 研究概要 我々は生理学的かつ客観的な方法で「痛みの程度」を計測できるNociceptive Flexion Reflex (NFR)と「疼痛促通系」を計測できるTemporal summation -Nociceptive Flexion Reflex (TS-NFR)を測定しました。すると、高強度TENSはNFRに対しては効果的でしたが、TS-NFRに対しては効果がありませんでした。この結果から、高強度TENSは鎮痛効果がありますが、「疼痛促通系」に対しては効果が少ないことが明らかになりました。 本研究のポイント ・高強度TENSは鎮痛効果を示すが、疼痛促通系には効果が少ない。 研究内容 健常人31名を高周波数TENS群、コントロール群に分類して、TS-NFR、NFRに対する効果を比較しました。高強度TENS群は1分間、対象者が耐えられる最大強度でTENSを実施し、コントロール群は1分間安静にしました。すると、高強度TENS群はNFRに対して効果を示しましたが、TS-NFRには効果がありませんでした。コントロール群はTS-NFR、NFRともに効果を示しませんでした。 ▲TS-NFR、NFRの測定場面 本研究の臨床的意義及び今後の展開 高強度TENSは鎮痛効果がありますが、疼痛促通系が亢進している慢性疼痛の患者さんへの効果は少ない可能性が示唆されました。しかし、本研究は健常人を対象としているため、実際の疼痛患者さんでの検証が必要と考えています。 論文情報 Nobuhiro Takiguchi, Mitsunori Tokuda, Koji Shomoto. High intensity-transcutaneous electrical nerve stimulation does not inhibit temporal summation of the nociceptive flexion reflex. Neuroscience Letters. 29 May 2023 問合せ先 畿央大学 健康科学部 理学療法学科 助教 瀧口述弘 TEL:0745-54-1601 FAX:0745-54-1600 E-mail: n.takiguchi@kio.ac.jp
2023.04.06
感覚運動不一致によって経験する重だるさは痛みの予後と関連する~健康科学研究科
感覚運動の不一致とは、自分の運動の意図と感覚フィードバックが一致しないことを指します。この時に重だるさや不快感などの経験を生じることが報告されており、これが痛みに影響を与える可能性が示唆されています。畿央大学大学院 健康科学研究科 博士後期課程 松田総一郎さん と 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授 は、筋骨格系疼痛患者を対象に感覚運動不一致を誘発させる実験タスクを実施し、それによって生じる重だるさが筋骨格系疼痛患者の痛みを遷延化させることを明らかにしました。この研究成果はPain Research and Management誌(Perception of heaviness induced by sensorimotor incongruence is associated with pain prognosis)に掲載されています。 研究概要 骨折や組織損傷直後のギプス固定が、関節拘縮や筋力低下といった身体機能の制限に加えて身体知覚の異常を引き起こすことが報告されています。このような異常な身体知覚は、臨床現場で患者から「自分の手とは思えない」「自分の手に違和感や不快感がある」など様々な形で表現されています。このような異常な身体知覚は運動の意図と感覚フィードバックの不一致に起因すると考えられています。感覚運動の不一致とは自分の運動の意図と感覚フィードバックが一致しないことを指し、異常な身体知覚が生じることが知られています。例えば、四肢の動きと視覚フィードバックの間の空間的な不一致によって、奇妙さや不快感、あるいは重さだるさなどが引き起こされることが報告されています。しかしながら、感覚運動の不一致による身体知覚の異常が痛みの予後に及ぼす影響についてはこれまで検討されていませんでした。畿央大学大学院 健康科学研究科 博士後期課程 松田総一郎 さんと畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 大住倫弘 准教授 は、急性期の筋骨格系疼痛患者を対象に、感覚運動不一致を誘発する実験タスクを用いて、どのような種類の異常な身体知覚が痛みの予後に関与しているのか検証しました。その結果、急性疼痛の重症度そのものは痛みの遷延化を予測できませんでしたが、感覚運動の不一致によって生じる重だるさが痛みを遷延化させやすいことが明らかとなりました。 本研究のポイント ・感覚運動の不一致によって生じる異常知覚が、急性期の筋骨格系疼痛患者の痛みの予後に与える影響を検証した。 ・感覚運動の不一致によって生じる重だるさが、痛みの遷延化に影響を与えることが明らかとなった。 研究内容 感覚運動の不一致を惹起するために、鏡を用いて実験を行いました。実験では患者に椅子に座ってもらい、上肢または下肢の間に鏡を設置しました(図1)。 図1.鏡を用いた感覚運動の不一致を惹起するための環境設定 椅子に座った患者の上肢または下肢の間に鏡を置いて一致条件と不一致条件を実施しました。一致条件は健側と患側を同時に屈伸運動させる条件、不一致条件は健側と患側で異なるタイミングで屈伸運動をさせる条件として、各条件ともに20秒間実施しました。 このとき、患者は鏡に写る健側の上下肢を見ることができましたが、患側の上下肢を見ることができないように設定しました。その状態で、鏡に写る健側の上下肢を見ながら健側と患側を同時に動かす一致条件と異なるタイミングで動かす不一致条件をそれぞれ20秒間実施しました。各条件を実施した後に、異常知覚(痛み、不快感、奇妙さ、重だるさ、温度の変化、四肢が増えた感じ、四肢が無くなった感じ)に関するアンケートに回答してもらいました。 外傷もしくは手術後2ヶ月以内に1回目の実験を行い、その2週間後、4週間後の合計3回実施しました。その結果、不一致条件によって生じやすい異常知覚は痛み、重だるさ、奇妙さの3項目でした。そこで、構造方程式モデリングを用いて、痛みの強さと異常知覚の関係を検討しました(図2)。その結果、 初期の痛みの強さは予後に関係しませんでしたが、不一致条件で経験する重だるさという異常知覚が2週間後と4週間後の痛みを予測することが明らかとなりました。これは、異常な身体知覚の中でも重だるさという経験が痛みに影響を与えることを示唆しています。 図2.痛みの強さと異常知覚を用いた構造方程式モデリング 初期の痛みの強さではなく、不一致条件で経験する重だるさが2週間後と4週間後の痛みの強さを予測することが明らかとなりました。 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究では、「急性期の筋骨格系疼痛患者の痛みの遷延化」に感覚運動の不一致によって経験する重だるさが関わることを明らかにしました。今後は、筋骨格系疼痛患者の運動機能も含めてより詳細な評価を行い、感覚運動の不一致によって生じる異常知覚の影響を検証する必要があります。 論文情報 Soichiro Matsuda, Michihiro Osumi Perception of heaviness induced by sensorimotor incongruence is associated with pain prognosis. Pain Research and Management ,2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 准教授 大住倫弘 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp