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健康科学専攻(博士後期課程)の新着情報一覧

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2018.08.27

脳卒中後に運動ができなくなる仕組みに新たな発見~ニューロリハビリテーション研究センター

麻痺がないのにできない?「失行症」のメカニズム解明に貢献   畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター教授 森岡周と同助教 信迫悟志らは、共同研究病院(村田病院,摂南総合病院,共に大阪府)、および明治大学理工学部の嶋田総太郎教授らと共同して、脳卒中後の高次脳機能障害の一つである「失行症(※)」の病態メカニズム解明をめざす研究を実施しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」の支援を受けて実施されています。   ※失行症:麻痺などの運動障害やその他の認知障害(失語症や失認症)がないにも関わらず、習熟していたはずの行為が遂行できなくなる高次脳機能障害の一つ   この度、失行症を有する脳卒中患者では、自分が行った運動とその結果を比較し、誤りに気付き、運動を修正するという脳機能が低下していることを、世界で初めて明らかにしました。   この研究成果は、失行症の病態解明に貢献するだけでなく、失行症からの回復に向けたリハビリテーション技術開発の基礎的知見になるものと期待されます。具体的には、今回の研究で失行症を有する脳卒中患者で低下していることが明らかになった「自分が行った運動とその結果を比較し、間違いがあれば修正するという脳機能」を改善するリハビリテーション技術の開発をめざします。 この研究成果は、Frontiers in Neurology誌 (Distortion of Visuo-Motor Temporal Integration in Apraxia: Evidence From Delayed Visual Feedback Detection Tasks and Voxel-Based Lesion-Symptom Mapping)に掲載されています。  研究概要 失行(Limb-Apraxia)は、麻痺がないにも関わらず、使い慣れたはずの道具を操作したり、普段使用しているコミュニケーション・ジェスチャーを表出したり、他者の動作を模倣することが困難になるという、失語・失認と並ぶ代表的な高次脳機能障害の一つです。 失行の神経学的メカニズムとしては、“道具やジェスチャーを生後から繰り返し使用することで脳内に貯蔵された手続き記憶が障害されたために生じる”とする貯蔵された運動表象障害仮説(Buxbaum、 2017)や“使用したことのない道具であっても創造的に推論することによって使用方法を創発する能力が障害されたために生じる”とする技術的推論能力障害仮説(Osiurak and Badets、 2017)などが有力視されていますが、決定的な解明はなされていません。 しかしながら、運動表象障害仮説であっても技術的推論障害仮説であっても、感覚情報を統合し、意図的な行為を計画する(意図的運動結果の予測情報を形成する)ことに困難があることに共通点があります。実際、失行を有する患者では、運動イメージやインテンショナルバインディングに問題があることが明らかになっていました。また失行には運動結果の予測情報と実際の感覚フィードバックが時空間的に統合することによって生起する運動主体感(運動した際に、“この運動は自らが引き起こした運動である”という主観的意識)が障害されている可能性が示唆されていますが、それを実証した研究は存在しません。 そこで森岡周教授らの研究グループは、様々な感覚情報間(運動情報を含む)の統合を定量的・客観的に測定することで、こうした失行の病態を明確に浮き彫りにできないかと考え、失行を有する左半球脳卒中患者と失行を有さない左半球脳卒中患者との間で、感覚-感覚(視覚-触覚、視覚-固有受容覚)統合機能、感覚-運動(視覚-運動)統合機能が異なるか否かについて調べました。さらに病巣減算分析およびVoxel-based lesion symptom mapping(VLSM)を実施することで、失行と感覚-感覚/感覚-運動統合障害に共通する病巣を解析しました。その結果、失行を有する患者では、感覚-感覚(視覚-触覚、視覚-固有受容覚)統合機能は保たれているものの、感覚-運動(視覚-運動)統合機能に顕著な低下があることが示されました。感覚-運動統合に困難があるものの、感覚-感覚統合は保たれているという本研究結果は、失行には行為の結果を予測することに困難があることを強く示唆しました。また失行の重症度と感覚-運動統合障害の程度には相関関係があることも示されました。そして、失行と感覚-運動統合障害は、共通して左下前頭回と左下頭頂小葉を結ぶ左腹側-背側運動ネットワーク上の病巣に起因することが明らかになりました。   本研究のポイント ■ 失行を有する左半球脳卒中患者には、運動結果の予測情報と感覚フィードバックを統合する機能に低下がある。 ■ 失行の重症度と感覚-運動統合障害には相関関係がある。 ■ 左下前頭回と左下頭頂小葉を主領域とした左腹側-背側運動ネットワークの損傷は、運動結果の予測を障害し、失行と感覚-運動統合障害の発生を導く。   研究内容 本研究には、失行を有する左半球脳卒中患者(失行群)7名、失行と診断されるレベルではないが失行評価においてエラーが認められた左半球脳卒中患者(偽失行群)6名、失行を有さない左半球脳卒中患者(非失行群)9名が参加しました。 感覚-感覚/感覚-運動統合機能の測定には、共同研究者の嶋田総太郎教授(明治大学理工学部)が開発した視覚フィードバック遅延検出課題が使用され、この課題で抽出される遅延検出閾値と遅延検出確率曲線の勾配が統合機能を反映する指標となりました。遅延検出閾値の延長と勾配の低下は、統合機能が低いことを表します。     図1。 本研究で使用した3種類の視覚フィードバック遅延検出課題 患者は、触覚刺激・受動運動(固有受容覚刺激)・能動運動に対して、その映像(視覚フィードバック)が同期しているか非同期しているかを回答した。 左図は、触覚刺激に対する視覚フィードバックの遅延を検出する課題。 中央図は、受動運動(他者に動かされる)に対する視覚フィードバックの遅延を検出する課題。 右図は、能動運動(自分で動かす)に対する視覚フィードバックの遅延を検出する課題。     図2。 3種類の視覚フィードバック遅延検出課題の結果 検出確率曲線(赤・黄・青線)が、左方に変位し、勾配(傾き)が強いほど、統合機能が高いことを表す。 左図は、3群(赤線:失行群、黄線:偽失行群、青線:非失行群)の視覚-触覚統合課題の成績。中央図は、3群の視覚-固有受容覚統合課題の成績、右図は3群の視覚-運動統合課題の成績。 感覚-感覚(視覚-触覚、視覚-固有受容覚)統合では、3群に差が認められなかったが、視覚-運動統合において、失行群(赤線)は、偽・非失行群(黄線、青線)と比較して、著明な低下(遅延検出閾値の延長、勾配の低下)を示した。   結果、感覚-運動統合課題においてのみ、失行群は、偽・非失行群と比較して、遅延検出閾値が延長し、勾配は低下しました(図2)。このことは、失行群が、視覚-運動統合機能の歪みを有することを意味し、感覚-感覚統合には違いがなかったことから、失行では自己運動の結果を予測することが障害されている可能性が強く示唆されました。また失行の重症度と視覚-運動統合障害の程度は相関関係にありました(図3)。     図3。 失行の重症度と視覚フィードバック遅延検出課題の成績との関係 視覚フィードバック遅延検出課題で得られる遅延検出閾値が延長するほど、そして検出確率曲線の勾配が低下するほど、統合機能が低いことを表す。 左図は、失行の重症度と3課題の遅延検出閾値との相関関係を表す。視覚-運動統合課題における遅延検出閾値(赤□)が延長するほど、失行の重症度が重度となる相関関係を認めた。 右図は、失行の重症度と3課題の検出確率曲線の勾配との相関関係を表す。視覚-運動統合課題における検出確率曲線の勾配(赤□)が低下するほど、失行の重症度が重度となる相関関係を認めた。 本研究では、さらに病巣減算分析とVLSMを実施することで、失行と感覚-感覚/感覚-運動統合障害に関連する病巣解析を行いました。その結果、失行の発症と感覚-運動統合障害の発生が、左腹側-背側運動ネットワーク上の左下前頭回と左下頭頂小葉の損傷に起因することが示されました(図4)。本研究は、左下前頭回と左下頭頂小葉を主領域とした左腹側-背側運動ネットワークの損傷が、運動結果の予測を妨げ、失行と感覚-運動統合障害を導くことを明らかにしました(図5)。     図4。 病巣減算分析とVoxel-based lesion symptom mapping(VLSM)の結果 病巣減算分析とVLSMの結果は、失行と視覚-運動統合障害が共通して、左下前頭回と左下頭頂小葉を中心とした左腹側の前頭-頭頂ネットワーク上の病巣によって生じることを示した。     図5。 要約図 左腹側の前頭-頭頂ネットワークの損傷は、運動結果の予測を妨げ、失行と視覚-運動統合障害を引き起こす。   本研究の臨床的意義および今後の課題 本研究は、視覚フィードバック遅延検出課題を使用することにより、定量的かつ客観的に、失行の感覚-感覚/感覚-運動統合機能を調べました。そのことにより、失行は感覚-感覚統合機能には問題がないものの、感覚-運動統合機能に問題を生じていることを明確に示しました。そして左大脳半球の腹側の前頭-頭頂ネットワークの損傷が、失行と感覚-運動統合障害の共通した病巣であることを明らかにしました。本研究結果は、失行の病態解明に貢献するだけでなく、運動結果の予測の形成を促し、感覚-運動統合を促進する介入が、失行の改善に寄与する可能性を強く示唆しました。 しかしながら、失行は様々な形態(模倣障害、ジェスチャー障害、道具使用障害、系列動作障害など)と多様な誤反応(錯行為、保続、拙劣、誤使用、省略など)を有する複雑な症候です。今後、今回明らかにした感覚-運動統合障害と関連する失行の形態・誤反応とは何かについての横断的研究、失行と感覚-運動統合障害の回復に関する縦断的研究、そして運動結果の予測の形成を促し、感覚-運動統合を促進し、失行からの改善に導くニューロリハビリテーション開発研究を力強く推進していく必要があります。 なお本研究は、新学術領域研究『脳内身体表現の変容機構の理解と制御』のサポートを受けて実施されました。   論文情報 Nobusako S, Ishibashi R, Takamura Y, Oda E, Tanigashira Y, Kouno M, Tominaga T, Ishibashi Y, Okuno H, Nobusako K, Zama T, Osumi M, Shimada S, and Morioka S. Distortion of Visuo-Motor Temporal Integration in Apraxia: Evidence From Delayed Visual Feedback Detection Tasks and Voxel-Based Lesion-Symptom Mapping. Frontiers in Neurology. 2018.   問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 助教 信迫 悟志(ノブサコ サトシ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp   畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 教授/センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2018.07.18

森岡教授と客員研究員がISPRMで発表!~ニューロリハビリテーション研究センター

2018年7月8日(日)~12日(木)にフランスのパリで開催された12th the International Society of Physical and Rehabilitation Medicine(ISPRM) World Congressに、森岡周教授と私(佐藤剛介 客員研究員)で参加・発表してきました。   ISPRMは学会名の通りリハビリテーション医を中心とした学会であり、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士等のリハビリテーション関連職種には関係の深い学会になります。学会では、演題発表もありつつワークショップも豊富に企画されているのが特徴的でした。取り上げられている分野も幅広く、脳卒中や外傷性脳損傷、脳性麻痺、パーキンソン病、脊髄損傷をはじめとした神経疾患や筋骨格系疾患、トピックスとしてバーチャルリアリティ等がありました。   演題発表については、森岡教授と私ともに7月9日にE-poster発表を行ってきました。森岡教授の発表セッションは、短時間のプレゼンテーションとディスカッションで構成されており、森岡教授のプレゼンテーションとディスカッションのやり取りを直にみることができ参考になりました。しかしながら、今回の学会で驚かされたことの一つとして、私の発表セッションではプレゼンテーションの時間が設けられておりませんでした。結果的には、自分の演題について他の学会参加者とディスカッションできなかったことが心残りではあります… 色々な意味で世界のリハビリテーション医学を垣間見ることができたことは、今後の私の研究人生の励みになるとともに財産になると思います。   ▲演題発表を行う森岡教授(写真左)と佐藤剛介(写真右)   また、学会の合間を利用して、森岡教授・松本大輔助教、首都大学東京の先生方とフランスのサルペトリエール病院の見学に行くことができました。サルペトリエール病院は歴史が非常に古く、起源となる療養所が造られたのは西暦1650年代に遡ります。そして、現代の神経学の発展に大きな影響を与えた、Jean-Martin Charcot(ジャン=マルタン・シャルコー)医師やJoseph Jules François Félix Babinski(ジョゼフ・ジュール・フランソワ・フェリックス・ババンスキー)医師が活躍されていた病院になります。これらの医師達の名前は、学生時代から当たり前のように目にする神経疾患の病名や神経学的検査の名称にもなっており非常に身近な存在のようにも感じます。病院内には、サルペトリエール病院の歴史を物語る一つとして大きな教会が建てられていることや、日本でのリハビリテーション科がReEducationと表現されていた点が印象深かったです。さらに病院では、Myologieを専門とされているDr.Edoardo Malfattiの研究室の紹介をしていただくことができました。私の研究テーマとは離れた部分もあり、勉強不足のままでの参加となったため十分に理解できなかった点は残念に思います。しかし、実際に海外の研究室を訪問することは、初めての経験でしたので非常に良い刺激になったと思います。     今回のISPRM2018への参加では、最新のリハビリテーション医学の動向を知ることができ、加えてサルペトリエール病院を訪問し神経学の長い歴史に触れることができました。華の都パリらしく、新しいものから古いものまで私に様々な時間を与えてくれたと思います。   最後になりますが、今回の学会参加にあたり研究指導・アドバイスをしていただきました森岡周教授、大住倫弘助教、信迫悟志助教、研究室のメンバーに感謝申し上げます。そして、研究の場を提供していただきました畿央大学に感謝申し上げます。     【発表演題】 森岡 周 教授 RELATIONSHIP BETWEEN MOTOR IMAGERY ABILITY AND MOTOR FUNCTION OF HEMIPLEGIC UPPER LIMBS AND THEIR USE IN STROKE PATIENTS   佐藤 剛介 客員研究員 THE EFFECTS OF TRANSCRANIAL DIRECT CURRENT STIMULATION COMBINED WITH AEROBIC EXERCISE ON PRESSURE PAIN THRESHOLDS AND ELECTROENCEPHALOGRAPHY IN HEALTHY CONTROL: PILOT STUDY   畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 佐藤剛介   ●畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターHP ●畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターFacebook    【関連記事】 大学院生が海外でポスター発表!~健康科学研究科 森岡周教授と大学院生が第40回日本疼痛学会で発表!~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 第25回Cognitive Neuroscience Societyで研究発表!~健康科学研究科  長崎大学大学院 運動障害リハビリテーション学研究室と研究交流会を開催!~ニューロリハビリテーション研究センター

2018.07.13

大学院生が海外でポスター発表!~健康科学研究科

平成30年6月30日(土)~7月2日(月)、アイルランドの首都ダブリンで開催された第22回International Society of Electrophysiology and Kinesiologyに林田一輝さん(博士後期課程)と私(水田直道 博士後期課程)が参加・発表してきましたので報告させていただきます。     この学会は運動制御や神経生理学、生体力学、信号解析、リハビリテーションなど運動制御に関連する約600の一般演題があり、どの演題も議論が非常に活発でした。 シンポジウムでは「生体力学研究の問題点と臨床応用」や「運動パフォーマンスと生理学的指標の関連性」などが取り上げられており、基礎研究の取り組みと臨床ならびにスポーツ現場での現象と隔たりを埋めようとする内容が示されておりました。 森岡研究室からは3日目に私が脳卒中後症例の歩行の研究を、林田さんが運動主体感のポスター発表を行いました。私にとって初めての国際学会でしたが、多くの方から質問に来ていただき、2時間の発表時間はあっという間に感じました。頂戴した質問やアドバイスは非常に有益となる情報が多くあり、今後の進展へ向けモチベートされました。   写真;左:水田 右:林田さん   シンポジウムや一般演題は非常にラフな雰囲気の中、議論が多いにもかかわらず時には笑いが起こるなど、良い意味で議論を行いやすい雰囲気のように感じました。マウントの取り合いのような議論ではなく、相互向上を目的とした姿勢には襟が正されました。また自身の研究領域とは異なる発表に対しても興味を持っている印象を受けました。 このような貴重な経験ができたのは森岡教授をはじめとする研究室の仲間の日頃のご指導と、畿央大学の手厚いバックアップがあったからであり、ここに深く感謝致します。     【発表演題】 水田 直道(博士後期課程) Trunk instability with shank muscle co-contraction is masking the potential of walking ability in patients with post stroke hemiplegia   林田 一輝(博士後期課程) Effects of sharing goals with others on sense of agency and perceptual motor learning   畿央大学大学院健康科学研究科博士課程 水田直道   ●畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターHP ●畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターFacebook   【関連記事】 森岡周教授と大学院生が第40回日本疼痛学会で発表!~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 第25回Cognitive Neuroscience Societyで研究発表!~健康科学研究科 長崎大学大学院 運動障害リハビリテーション学研究室と研究交流会を開催!~ニューロリハビリテーション研究センター

2018.07.09

姿勢バランスに重要な役割を果たす前庭脊髄路の評価に用いる直流前庭電気刺激の作用と最適刺激強度を明らかに~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

姿勢バランスに重要な役割を果たす前庭脊髄路の評価に用いる直流前庭電気刺激の作用と最適刺激強度を明らかに   ヒトは通常生活の中で立ったり、歩いたりしていますが、多くの場合、姿勢バランスを非自覚的にコントロールしています。非自覚的に姿勢バランスをコントロールする機能は、ヒトが豊かな生活を行う上で基盤となる重要な機能です。非自覚的な姿勢バランスのコントロールは感覚系、筋骨格系、神経系などの働きによって行われています。前庭脊髄路は、非自覚的な姿勢コントロールを行う上で重要な役割を果たす神経機構の一つであり、抗重力筋の制御に特に関与しています。リハビリテーションにおいて姿勢バランスのコントロールに障害のあるヒトを対象とすることが多くありますが前庭脊髄路の機能を評価することができれば、姿勢バランスの障害の機序にせまることが可能となり、有効なリハビリテーション介入の発展に寄与することも期待されます。 前庭脊髄路の機能は、直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation: GVS)という経皮的な前庭系の刺激を行うことによる抗重力筋であるヒラメ筋のH波(誘発筋電位の一つ。脊髄運動ニューロンプール興奮性の程度を反映)促通の程度を計測することによって評価されてきていました。しかし、GVSは経皮的に前庭系を刺激するためヒラメ筋のH波の促通が前庭系の刺激によるものなのか、皮膚刺激によるものなのか明らかにされてきていませんでした。また、評価時の対象者の負担を考えるとGVSの刺激強度は小さいことが望ましいですが、評価する上で適切な刺激強度についても明らかにされていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの岡田洋平 准教授らは、塩崎智之 助教(奈良県立医科大学)、中村潤二 氏(畿央大学大学院客員研究員、西大和リハビリテーション病院)、松木明好 教授(四条畷学園大学)らと共同で、GVSによるヒラメ筋のH跛の促通は、皮膚刺激だけでなく前庭系の刺激によって引き起こされること、GVSの刺激強度は3mA以上とすることが望ましいことを明らかにしました。この研究成果は、Neuroreport誌 (Influence of the intensity of galvanic vestibular stimulation and cutaneous stimulation on the soleus H-reflex in healthy individuals)に掲載されています。     研究概要 本研究で用いた前庭脊髄路機能評価に用いたGVSは、左右の耳後部(乳様突起)に電極を貼付し、直流電流を通電することによって、経皮的に前庭系を刺激する神経生理学的手法です。H波を下肢において計測する際、下腿後面のヒラメ筋が計測部位となることが多いです。ヒラメ筋H波は、対象者の脛骨神経を刺激することにより、Ia感覚神経線維が脱分極し、活動電位が脊髄に伝わり、運動神経線維に伝達され誘発されます。本研究で用いた前庭脊髄路の機能評価の方法は、H波を誘発する脛骨神経刺激の100ms前に経皮的前庭刺激であるGVSを与えることにより、前庭脊髄路が駆動され、脊髄運動ニューロンプール興奮性が変化するという考えに基づいて、GVSを条件刺激として与えることによるヒラメ筋H波振幅の変化を計測するものであり、先行研究においても利用されています(Kennedy PM、 2000、 2001; Matsugi A、 2017)。一方で、手背部(橈骨神経支配領域)などの離れた身体部位を刺激することによっても、ヒラメ筋のH波振幅が増加することが報告されています(Zher EP、 2004)。GVSは経皮的に耳後部より前庭系を刺激する方法であるため、GVS後のヒラメ筋H波振幅の変化は、前庭系刺激によるものか皮膚刺激によるものかこれまで明らかでありませんでした。岡田准教授らは、条件刺激としてGVSを与える際と、皮膚刺激を与える際のヒラメ筋H波の振幅の変化の差を比較検証することにより、この点について明らかにすることを着想しました。 また、これまで前庭脊髄路機能評価に用いるGVSの刺激強度は2。5~4mAでしたが、1mA、 2mAのGVSにおいても被験者から痛みや不快感の発生を報告している先行研究(Lenggenhager B、 2008)があります。前庭脊髄路機能評価を行う上で対象者に負担が少なく、評価に適した下限の刺激強度を明らかにすることが望ましいですが、この点についても明らかになっておりませんでした。 岡田准教授らはこれらの点について明らかにするため、1mA、 2mA、 3mAのGVSあるいは3mAの皮膚刺激を与えた際のヒラメ筋H波振幅の変化の差について検証することにより、GVSによるヒラメ筋H波の促通の程度は皮膚刺激による促通の程度よりも大きく、条件刺激としてのGVSの強度については3mAが1mA、 2mAと比較してヒラメ筋H波の促通の程度が大きいことを明らかにしました。今回の研究結果から、GVSによるヒラメ筋H波促通は皮膚刺激のみでなく前庭系刺激によるものでもあること、健常者においては3mA以上の強度のGVSによりH波の促通効果が観察されると結論付けられました。     本研究のポイント GVS後の下腿後面筋のH波の促通の計測は、GVSによって皮膚のみでなく前庭系も刺激し、前庭脊髄路が活動することによって下腿の抗重力筋であるヒラメ筋の脊髄運動ニューロンプールが促通されること、健常者においては3mA以上のGVSを行うことによってヒラメ筋の脊髄運動ニューロンプール興奮性が安定して認められることの2点を明らかにした。   研究内容 神経疾患、前庭疾患の既往歴のない17名の健常成人が本研究に参加し、全員が本研究に伴う副作用が生じることなく、全ての過程を終了しました。本研究において前庭脊髄路機能に用いたGVSは左右乳様突起に電極を貼付し、直流電流を通電しました。GVSでは陰極下の前庭系が脱分極すると考えられています。前庭脊髄路は同側の抗重力筋の制御に関与していると考えられています。そのため、本研究ではヒラメ筋H波の計測と同側の乳様突起を陰極、対側の乳様突起を陽極として、GVSを行いました。 本研究では各対象者に対して1mA、 2、mA、 3mAのGVS、3mAの皮膚刺激を無作為な順序で条件刺激として与え、条件刺激によるヒラメ筋H波振幅および促通の程度の差について検証しました。条件刺激によるヒラメ筋H波促通の程度は、各条件刺激を与えた際のヒラメ筋H波振幅を、条件刺激を与えない際のヒラメ筋H波振幅で除して算出しました。条件刺激によるヒラメ筋H波の促通の程度が1より大きい値を示す際は、条件刺激によってヒラメ筋H波が促通されたことを示し、0~1の値を示す場合は条件刺激によってヒラメ筋H波が抑制されたことを示します。 結果、 1mA、 2mA、 3mAのGVS、3mAの皮膚刺激のいずれの条件刺激を与えた際にも、条件刺激を与えない際と比較してヒラメ筋H波の振幅の値は大きくなりましたが、3mAのGVSを与えた際は3mAの皮膚刺激を与えた際と比較してヒラメ筋H波の振幅および促通の程度が大きくなりました(図1)。この結果は、GVSによるヒラメ筋H波の促通は、皮膚刺激のみでなく前庭系の刺激に伴う変化であることを示しています。もし、GVSにより促通が皮膚刺激によるもののみであるとすれば、3mAの皮膚刺激を与えた際には1mA、2mAのGVSを与えた際より促通されると考えられますが、条件間に差は認められませんでした(図1b、 c)。この結果は、GVSによるヒラメ筋H波の促通が皮膚刺激によるもののみでないことを支持しています。 先述のように、条件刺激を与えた際にいずれの条件においても条件刺激を与えない際と比較してヒラメ筋H波の振幅の値は大きくなりました。しかし、条件刺激によるヒラメ筋H波の促通の程度については、3mAのGVSにおいてのみ他の条件との間に差が認められました(図1c)。この結果は、前庭脊髄路機能評価としてGVS後のヒラメ筋H波促通の程度を評価する際には、3mA以上の刺激強度が適していることを示しています。     図1。 条件刺激の各条件におけるヒラメ筋H波の代表波形(a)と平均振幅(b)の差 a。 3mAのGVSを条件刺激として与えた際、条件刺激を与えない場合と比較してヒラメ筋のH跛振幅が顕著に大きい。 b。 いずれの条件刺激を与えた際も条件刺激を与えない際と比較して、ヒラメ筋H波が大きくなった。3mAのGVSを条件刺激として与えた際、他の刺激条件と比較してヒラメ筋H波振幅が大きかった。1mA GVSと2mA GVSの間には条件刺激後のヒラメ筋H波振幅に差はなかった。 c。 3mAのGVSを与えた際、1mA、 2、mAのGVS、3mAの皮膚刺激と比較して、ヒラメ筋H波促通の程度が大きかった。 GVS: 直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation) *p<0。05(one-way repeated measures ANOVA、 post hoc test)   本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究結果は、直流前庭電気刺激による下腿後面筋のH波の促通は皮膚刺激によるものだけでなく、前庭刺激に伴う前庭脊髄路の活動を反映したものであること、直流前庭電気刺激は3mA以上で行うことが望ましいことの二点を示唆するものでした。本研究結果は、直流前庭電気刺激後の下腿後面筋のH波促通の計測は、前庭脊髄路機能を反映することを支持するものであり、評価の妥当性を明らかにした初めての研究です。本研結果は、今後症例と健常者の結果を比較する際に重要な基本的な知見となると考えられます。今後は、今回妥当性が確認された評価方法を脳卒中やパーキンソン病、前庭疾患の方など姿勢バランスに異常を認める症例に適用し、検証していく予定です。   関連論文 Matsugi A et al. Effect of gaze-stabilization exercises on vestibular function during postural control. Neuroreport. 2017 May 24;28(8):439-443 論文情報 Okada Y、 Shiozaki T、 Nakamura J、 Azumi Y、 Inazato M、 Ono M、 Kondo H、 Sugitani M、 Matsugi A。 Influence of the intensity of galvanic vestibular stimulation and cutaneous stimulation on the soleus H-reflex in healthy individuals. Neuroreport。 2018 Jun 30。 doi: 10。1097/WNR。0000000000001086     問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 畿央大学健康科学部理学療法学科 准教授 岡田 洋平(オカダ ヨウヘイ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: y.okada@kio.ac.jp

2018.07.02

日本老年看護学会第23回学術集会に看護医療学科教員・健康科学研究科院生が参加・発表しました!

2018年6月23日(土)~24日(日)に福岡県久留米市にて行われた、日本老年看護学会第23回学術集会(約1,980名参加)に、老年看護学領域の教員4名が参加しました。      「つなぐ つくる つたえる 老年看護の創出―より豊かに生きることを支え合う-」をテーマに、様々な分野で活躍されている諸先生方の講演や一般演題発表が行われました。 認知症になっても暮らしやすい地域づくりやその人らしく生きるための意思決定支援など、高齢者が住み慣れた地域でより豊かに生きるために欠かせない倫理的な問題や課題、取り組みについての講演を拝聴させて頂きました。 また、人生の最終段階における医療・ケアについての講演、発表が多くみられました。 これは高齢多死社会の進行に伴う地域包括ケアシステムの構築に対応する必要があることや、英米国を中心にACP(アドバンス・ケア・プランニング)の概念を踏まえた研究・取組が普及してきていることを踏まえて、今年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が改訂されたことに関連していると考えられます。   今回、畿央大学大学院生の島岡、尼﨑が示説発表を行いました。 尼﨑のテーマは「高齢者施設における終末期ケアの意思決定支援に関する文献検討」でした。 海外のACPのガイドラインがどのようなものかという質問があり、今回は高齢者施設の文献検討であったこと、イギリスではNHS主催の終末期ケアプログラムの一環としてガイドラインが開発されていることを説明しました。今後も、最期までその人らしい生き方、本人の意思を尊重したEnd-of-lifeケアの実践に向けて、研究活動を進めていきたいと思います。     島岡のテーマは「新オレンジプランにおける我が国の認知症カフェに関する研究の動向」でした(学術研究助成基金助成金 挑戦的萌芽研究 16K15979)。 発表後に今後の研究について、「認知症カフェにはいろいろなタイプがあるが、どのような方向性でまとめていくのか」と質問を受け、「認知症カフェは主に5つのタイプに分類されるが、これをベースとして更に新しい可能性を模索し、発展させたものをモデル化していこうと考えている」と答えました。このやり取りの中から自己の方向性が再確認できました。     また、今回聴講した発表の中には、認知症サポーターとなった大学生が認知症カフェを拠点にし、主体的に認知症の啓発活動を行っている紹介がありました。     Orange Projectの公式Facebookはコチラ!   若い世代の学生たちが認知症に興味を持ち、認知症を理解して当事者や家族の方たち、地域の方たちと関わることで地域のエンパワメントを高め、地域が活性化できる。また、他の同世代の若い人達に活動を紹介してくれることで更に認知症に関心を持つ若者が増えるという発表は、現在行っている認知症カフェの研究にとても役立つ内容でした。 今回の学会参加で自身の研究の発展につながる様々なヒントを得ることができ、とてもいい刺激を受けました。認知症になっても安心して暮らしていける町づくりに少しでも貢献できるように、今後も自身の研究を深めていこうと思います。   健康科学研究科修士課程 尼﨑裕子 島岡昌代   【関連記事】 川上村民生児童委員会の方を対象とした「認知症を正しく理解する講習会」を開催!~看護医療学科 平成30年度第2回「Kioオレンヂ喫茶(カフェ)分かち合いin御所」を開催!~看護医療学科 平成30年度第1回「Kioオレンヂ喫茶(カフェ)分かちあい in 御所」を開催!~看護医療学科

2018.06.22

書評~森岡周教授著「コミュニケーションを学ぶ -ひとの共生の生物学-」

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター長の森岡教授(理学療法学科教授)が執筆された「コミュニケーションを学ぶ -ひとの共生の生物学-」が出版されました!     本書は、【社会人類学的視点からみた人間のコミュニケーション】【神経科学からみた人間のコミュニケーション】【人間のコミュニケーション行動】の3部構成になっており、人間のコミュニケーションを生物学的あるいは神経科学的に学べることはもちろんのこと、現代のコミュニケーション文化についても語られていますので、シンプルに楽しめる本です。最初のページをめくると、『人間はおしゃべり』とだけ綴られたページがあり、なんとも森岡教授らしい仕掛けとなっています。特に、コミュニケーションにおける“無駄”なことについても言及されており、我々のコミュニケーション行動の本質についても触れられているように思いました。 本書は、現代社会のコミュニケーションについて考える機会を与えてくれるものになっており、医療・教育・経営などの分野で幅広く読まれることになる一冊と思いますので、ご一読いただければ幸いです。   畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 助教 大住倫弘   【畿央大学教員執筆図書の紹介】 ・DVDで学ぶ助産師のわざ「母乳育児支援」に執筆協力!~助産学専攻科教員 ・書評~教育学部西端律子教授執筆「誰でも使える教材ボックス」 ・書評「看護学生のための疫学・保健統計」(看護医療学科松本泉美教授 編著) ・書評『教育の質の平等を求めて―アメリカ・アディクアシー学校財政制度訴訟の動向と法理―』 ・『サルコペニアとフレイル』書評 ・書評:森岡周教授執筆「発達を学ぶ~人間発達学レクチャー」 ・「養護教諭のための発達障害児の学校生活を支える教育・保健マニュアル」をご紹介! ・書評『リハビリテーションのための神経生物学入門』 ・書評「おいしさの科学シリーズ~生きていくための味覚の役割」 ・書評「Pain Rehabilitation(ペインリハビリテーション)」 ・石川裕之著『韓国の才能教育制度』を読む

2018.06.20

森岡周教授と大学院生が第40回日本疼痛学会で発表!~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

平成30年6月15日、16日に長崎で開催された第40回日本疼痛学会に健康科学研究科の森岡教授と私(博士後期課程:片山脩)で参加してきました。学会では細胞や分子レベルでの基礎研究から薬理学、そしてリハビリテーションまで多彩な演題発表とシンポジウムが組まれており大変勉強になりました。 森岡教授はシンポジウム「幻肢痛のメカニズムと新規治療戦略」にて座長および演者として講演を行われました。講演では、森岡研究室の研究成果を紹介しながら「幻肢痛を含んだ身体性変容のメカニズムとニューロリハビリテーション」についてお話しされました。     私は博士後期課程で行っている「感覚運動の不一致による身体性変容の脳内情報処理メカニズム」についてポスターセッションにて発表を行いました。発表は自由討論形式でしたので多くの方々とゆっくり議論することができました。以前からお話をしたかった先生も内容を聞きに来てくださり、今後の研究につながる様々なアドバイスを頂けました。 1日目の夜には、長崎大学の沖田教授、神戸学院大学の松原教授の研究室の方々との懇親会が開催されました。学会会場とは異なり、和やかな雰囲気の中で情報交換を行うことができました。このような貴重な経験をさせて頂いた森岡教授と畿央大学に深く感謝申し上げます。 今回の発表内容を論文としてまとめ、今後も研究活動に取り組んでいきたいと思います。 健康科学研究科 博士後期課程3年 片山脩

2018.06.13

子どもの手運動機能は、視覚と運動を統合する能力に起因する~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

子どもの手運動機能は、視覚と運動を統合する能力に起因する   ヒトの運動発達、運動学習を支える脳内システムの一つに、教師あり学習があります。教師あり学習とは、フィードフォワード(運動)情報とフィードバック(感覚)情報を比較し、誤差信号を教師信号として、迅速な運動の修正を可能にします。反復練習により、運動が徐々に上達していく背景には、この教師あり学習が関与しています。 一方で、この教師あり学習の基本形である運動と感覚を比較し統合する能力は、子ども時代に年齢増加に伴って発達変化することが分かっています。すなわち、乳児期⇒幼児期⇒学童期⇒青年期と成長(年齢が増加)するにつれ、感覚-運動統合能力は向上します。しかしながら、子どもが有する運動機能と感覚-運動統合能力との関係は、よく分かっておらず、子どもが有する運動機能が感覚-運動統合能力の予測因子となるか否かは明確になっていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 助教と森岡周 教授らは、嶋田総太郎 教授(明治大学)、中井昭夫 教授(武庫川女子大学)らと共同で、子どもが有する手運動機能は、年齢に関わらず、運動情報と視覚情報を統合する(視覚-運動統合)能力の強力な予測因子であることを明らかにしました。この研究成果は、Frontiers in Psychology誌 (Manual Dexterity Is a Strong Predictor of Visuo-Motor Temporal Integration in Children)に掲載されています。   研究概要 視覚情報と運動情報を時間的に統合する能力(視覚-運動時間的統合能力)とは、自己の運動とその視覚フィードバックが同期しているか否かを認識する能力です。そして、この視覚-運動時間的統合能力は、小児期に年齢増加に伴い、発達変化することが分かっています。具体的には、生後1-5カ月の乳児では、自己運動とその視覚フィードバックとの間に3秒もの誤差を与えても認識できませんが、生後6-11カ月の乳児では2秒もの誤差であれば認識できることが示されています。さらに5歳児では約250ミリ秒の誤差が、8歳児では約110ミリ秒の誤差が、そして成人前には約60ミリ秒の誤差が認識できるとされています(誤差時間については、実験方法によって異なります)。このように、年齢は視覚-運動時間的統合能力の予測因子であることが分かっていました。一方で、この視覚-運動時間的統合能力は、運動機能とも深い関係があることが予想されますが、視覚-運動時間的統合能力と子どもが有する運動機能との関係性は明らかになっていませんでした。そこで信迫助教らの研究グループは、4歳児から15歳児までの手運動機能と視覚-運動時間的統合能力を調査しました。その結果、先行研究と同様に、視覚-運動時間的統合能力は年齢増加に伴って向上することが示されましたが、同時に、手運動機能の向上に伴って視覚-運動時間的統合能力が向上することも示されました。結論として、子どもにおける手運動機能は、年齢に関わらず、視覚-運動時間的統合能力の有意な予測因子であることが示されました。   本研究のポイント 子どもが有する手運動機能(手運動の器用さ)は、年齢とは関係なく、子どもが有する視覚-運動時間的統合能力の強力な予測因子であること、すなわち子どもにおける手運動機能と視覚-運動時間的統合能力との間には、直接的な関係(ダイレクト-リンク)があることを明らかにした。   研究内容 本研究には、医療的状態、発達障害、知的障害の診断を持たない4歳から15歳までの139児が参加しました。そのうち、132児が実験課題を完了しました。手運動機能の測定には、共同研究者の中井昭夫教授(武庫川女子大学)が日本での標準化研究を実施している国際標準評価バッテリーが使用されました。このバッテリーで測定された得点が高いほど、手運動機能が高いことを表します。視覚-運動時間的統合能力の測定には、共同研究者の嶋田総太郎教授(明治大学)が開発した映像遅延検出課題が使用され、この課題で抽出される遅延検出閾値と遅延検出確率曲線の勾配が、視覚-運動時間的統合能力を反映する指標となりました。遅延検出閾値の短縮と勾配の増加は、視覚-運動時間的統合能力が高いことを表します。   図1:年齢と視覚-運動時間的統合能力との関係 A:年齢と遅延検出閾値の関係。年齢が増加するほど、遅延検出閾値は短縮した。B:年齢と勾配との関係。年齢が増加するほど、勾配は増加した。     図2:手運動機能と視覚-運動時間的統合能力との関係A:手運動機能と遅延検出閾値の関係。手運動機能が向上するほど、遅延検出閾値は短縮した。B:手運動機能と勾配との関係。手運動機能が向上するほど、勾配は増加した。     結果、年齢の増加に伴って、遅延検出閾値は短縮し、勾配は増加しました(図1-A・B)。このことは、年齢の増加に伴って、視覚-運動時間的統合能力が向上することを意味しました。一方で、手運動機能の向上に伴って、遅延検出閾値は短縮し、勾配は増加しました(図2-A・B)。このことは、手運動機能の向上に伴って、視覚-運動時間的統合能力が向上することを意味しました。しかしながらこの段階では、(本研究で使用した国際標準評価バッテリーは年齢調整テストであるが、)偶然に高年齢児ほど手運動機能が高かったために、年齢だけでなく、手運動機能と視覚-運動時間的統合能力との間にも相関関係が認められた可能性がありました。そこで、階層的重回帰分析によって、年齢と手運動機能の交互作用を検討しました。その結果、年齢と手運動機能との間には交互作用はありませんでした。したがって、子どもが有する手運動機能(手の器用さ)は、年齢とは独立して、視覚-運動時間的統合能力の強力な予測因子であることが示されました。   本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究結果は、子どもが有する手運動機能は、年齢と同様に、子どもの視覚-運動時間的統合能力の重要な予測因子であることを示しました。本研究結果と先行研究(Nobusako et al., Front. Neurol. 2018)は、一貫して、運動の器用さと視覚-運動統合との間には重要な関連性があることを示し、子どもの運動の不器用さの改善のために、視覚-運動統合を促進・向上するリハビリテーション技術の必要性を強調しました。   関連論文 Nobusako S, Sakai A, Tsujimoto T, Shuto T, Nishi Y, Asano D, Furukawa E, Zama T, Osumi M, Shimada S, Morioka S, Nakai A. Deficits in Visuo-Motor Temporal Integration Impacts Manual Dexterity in Probable Developmental Coordination Disorder. Front Neurol. 2018 Mar 5;9:114. 論文情報 Nobusako S, Sakai A, Tsujimoto T, Shuto T, Nishi Y, Asano D, Furukawa E, Zama T, Osumi M, Shimada S, Morioka S, Nakai A. Manual Dexterity Is a Strong Predictor of Visuo-Motor Temporal Integration in Children. Front Psychol. 2018 June 12. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2018.00948   問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター畿央大学大学院健康科学研究科助教 信迫 悟志(ノブサコ サトシ)Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp

2018.05.10

大学院生の研究成果がHand surgery & Rehabilitation誌に掲載されました~健康科学研究科

運動恐怖と「運動の躊躇」の関係性について新たな発見   術後痛を慢性化させる要因は痛みの強度だけでなく、心理的要因が大きく関与していることは周知のこととなってきています。その中でも、“運動恐怖(=患肢を動かすことへの恐怖心)”は、日常生活動作の悪化や運動障害に起因し、慢性疼痛発症の危険因子とされています。畿央大学大学院健康科学研究科の今井亮太らは、橈骨遠位端骨折後患者を対象に、ビデオカメラ(sampling rate 30Hz)で記録した手指タッピング動作解析(母指と示指の反復開閉運動)によって、運動恐怖を運動学的に定量化することを試みました。その結果、運動への恐怖心が強い症例ほど、運動方向を切り替える時間が長くかかっていることを明らかにし、このような運動学的異常を「運動の躊躇」と定義しました。この研究成果から術後患者が示す恐怖を客観的にセラピストが把握できる可能性が考えられます。この論文は、(Hand surgery & Rehabilitation誌(Relationship between pain and hesitation during movement initiation after distal radius fracture surgery: A preliminary study)に掲載されています。   研究概要 整形外科疾患術後患者の主とする問題は痛みであることが多く、その術後痛の遷延化は日常生活動作(ADL;Activity Daily of Life)を制限します。術後遷延痛の発生率は約50%といわれており、その中でも約10%が重度な痛みを有すると報告されています8)10)。つまり、多くの術後患者が痛みの慢性化を発症する可能性を秘めています。そのため、術後急性期では、炎症症状に伴う痛みを遷延化させず、慢性疼痛の発症を予防することが求められます。また、慢性化させる要因は痛みの強さだけでなく、痛みに対する心理的要因が大きく関与しています。中でも、“運動恐怖”(=患肢を動かすことへの恐怖心)は、患肢の不動化に続くADL障害の悪化、さらなる術後遷延痛をもたらすと考えられます。  そこで、本研究では術後患者が示す心理的要因の運動恐怖を客観的に定量化が可能かどうか試みました。橈骨遠位端骨折術後患者が示す手指の屈伸運動をビデオカメラで撮影し、記録された映像を1枚1枚のフレームに切り分け、速度が0になる時点(最大伸展位・最大屈曲位)のフレーム数を測定しました(Firure。1)。その結果、速度が0になる点、つまり運動を切り替える時間が経時的に改善(短縮)していく様子が観察されました。また、術後5日目より痛みや心理面と有意な相関関係が認められました。我々は、この運動を切り替えるといった現象を「運動の躊躇」と定義しました。   本研究のポイント  術後急性期に示される“運動恐怖”を、動画解析により定量化し運動の躊躇を定義しました。   研究内容 橈骨遠位端骨折術後患者の痛み強度の評価(安静時痛、運動時痛)、心理的評価、関節可動域と手指のタッピング運動との関係性を調査しました。評価期間は術後1日目、3日目、5日目、7日目、2週間後、3週間後、1ヵ月後まで継続的に実施しました。タッピング運動の評価方法は、橈骨遠位端骨折術後患者が示す手指の屈伸運動をビデオカメラで撮影し、記録された映像を1枚1枚のフレームに切り分け、速度が0になる時点(最大伸展位・最大屈曲位)のフレーム数を測定しました。(=運動を切り替える際にかかる時間)(図1) 結果、痛み強度や心理面はフレーム数と術後1日目、3日目と有意な相関関係が示されませんでした。しかし、術後5日目から有意な相関関係が認められました。(図2)   図1:手指タッピング動作の映像 手指の屈伸運動をビデオカメラで撮影し、映像をフレームに切り分け、速度が0になる時点(最大伸展位・最大屈曲位)のフレーム数を測定した。   図2:術後5日目の痛みとフレーム数との相関関係   本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究結果から、臨床で簡便に実施可能なタッピング運動から客観的に痛みや痛みの心理面を評価できる可能性を示すことができました。痛みや心理面の紙面評価も重要ですが、紙面評価は主観的でありバイアスが大きく影響します。そのため臨床上、患者示す運動から客観的に定量化し評価することが重要であると考えます。今後は術後急性期から恐怖を著明に示す患者に対する介入研究を実施していく予定です。   論文情報 Imai R, Osumi M, Ishigaki T, Morioka S. Relationship between pain and hesitation during movement initiation after distal radius fracture surgery: A preliminary study. Hand Surg Rehabil. 2018   問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 客員講師 今井 亮太(イマイ リョウタ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: ryo7891@gmail.com

2018.04.03

平成30年度入学式を行いました。

新たに586名が畿央生に!     2018(平成30)年4月3日(火)、畿央大学健康科学部333名、教育学部222名、健康科学研究科19名(修士課程10名、博士後期課程9名)、教育学研究科修士課程4名、助産学専攻科8名あわせて586名の新しい畿央生が誕生しました。学部は午前10時、大学院と助産学専攻科は午後3時から入学式を行いました。   桜も残る穏やかな天気に恵まれながら、新入生と保護者の笑顔でキャンパスは華やぎました。       冬木記念ホールで開催された健康科学部・教育学部の入学式では、学科長から新入生が一人ひとり呼名され、冬木正彦学長による入学許可をいただきました。     学長式辞では冬木学長が「建学の精神である『徳をのばす、知をみがく、美をつくる』を実践し、自ら学ぶ態度を身につけてほしい」と述べられました。 続いてご来賓の山村吉由広陵町長、香芝市の吉田弘明市長、前垣昇司後援会長からも新入生へのエールの言葉をいただきました。     新入生代表の現代教育学科1回生の竹上はるかさんから宣誓、在学生代表の大津留黎さんから歓迎の言葉があり、閉式となりました。       閉式後には教員の紹介、畿友会およびアカペラ部有志による学歌披露、畿央大学パフォーマンスチームKiPT、アカペラ部ADVANCE#、チアリーディング部TINKERSのコラボレーションによる「ウェルカムショー」で入学生を歓迎しました。     午後3時からは大学院健康科学研究科・教育学研究科および助産学専攻科の入学式が行なわれました。大学院および専攻科の入学生、全員の名前が読み上げられ入学を許可された後、それぞれの研究科長、専攻科長から祝辞をいただきました。より高度な学びと研究活動に向けての決意を固める、緊張した中にも和やかな入学式となりました。     新入生の皆さん、入学おめでとうございます!     ●入学式の様子は、大学公式facebookページでもご覧になれます。

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