健康科学専攻(修士課程)の新着情報一覧
2019.02.21
脳卒中後の上肢運動機能に関連する運動イメージ能力~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター長の森岡 周教授らの研究グループは、両手協調運動課題(bimanual circle-line coordination task:BCT)を用いて、脳卒中片麻痺患者を対象に、運動イメージ能力、上肢運動機能、そして、日常生活における上肢の使用頻度ならびに動作の質との関係を調べました。一側上肢で直線を描きながら、反対側上肢で円を描くと、それに干渉されてしまい、直線が楕円化するといった現象が確認されています。BCTはそれをもとに開発された課題ですが、本研究では、対象者に非麻痺側上肢で直線を描いてもらいながら、麻痺側上肢で円を描くイメージを求め、その際の楕円化の程度を調べ、その楕円化の程度を運動イメージ能力の定量的指標としました。結果として、中等度〜軽度の上肢運動障害を有している脳卒中患者において、運動イメージ能力は、麻痺側上肢の日常生活における使用頻度を増大させ、その使用の際の動作の質に直接的に関係していることがわかりました。そしてそれら2つの要因を媒介し、上肢運動機能に間接的に関係することがわかりました。この成果は2月18日付けで米国科学誌『Annals of Clinical and Translational Neurology』(Motor‐imagery ability and function of hemiplegic upper limb in stroke patients)に掲載されました。 本研究のポイント ■ bimanual circle-line coordination task(BCT)は、麻痺側上肢の運動イメージ能力を定量的に評価できる手法である。 ■ 脳卒中患者における麻痺側上肢の運動イメージ能力は、日常生活における麻痺側上肢の使用頻度・動作の質に関係し、それらを媒介して上肢運動機能に関係する。 研究内容 本研究ではBCTを用いて、運動イメージ能力を定量的に調べ、運動イメージ能力が片麻痺上肢の運動機能や麻痺肢の使用頻度などに関係するかを明らかにしたものです。 対象は脳卒中片麻痺患者31名でした。BCTにはタブレット型PCを使用し、その課題は(1)unimanual-line(U-L):非麻痺側のみで直線を描く条件、(2)bimanual circle-line(B-CL):非麻痺側で直線を描き麻痺側で円を描く条件、(3)imagery circle-line(I-CL):非麻痺側で直線を描き麻痺側で円を描くイメージを行う3条件(図1)で行い、各々12秒間3セット、ランダムに実施しました。描かれた直線を記録し、その軌跡を1周期ごとに分解し、その歪みを数値化するためにovalization index(OI =[X軸データの標準偏差/Y軸データの標準偏差]×100)を算出しました。 図1: BCT課題の概要 A: 3条件の概要、U-L condition;非麻痺側上肢で直線を描く課題、B-CL condition;非麻痺側上肢で直線を描きつつ麻痺側上肢で円を描く課題、I-CL condition;非麻痺側上肢で直線を描きつつ麻痺側上肢で円を描くイメージを行う課題。B: 代表的なケースの軌跡、向かって左はU-Lの軌跡、右はI-CLの軌跡。I-CLのovalization indexからU-Lのovalization indexを減算した値をImage OI(運動イメージ能力)と定義しました。 運動麻痺の評価にはFugl-Meyer Motor Assessment(FMA)、日常生活での使用頻度にはMotor Activity Log(MAL)のAmount of Use(AOU)、動作の質にはMALのQuality of Movemen(QOM)を用いて評価しました。 OI値は、ULに対してBCLおよびICLで有意な増加を認めました。BCLとICLの間には有意差が見られず、BCLあるいはICLのOI値からULのOI値を減算したImage OI値においても、BCLとICLの間に有意差が見られませんでした。ゆえに、脳卒中片麻痺患者においても、運動イメージ能力を有していることが明らかになりました。 FMAとAOUの値を用いてクラスター分析した結果、2つのクラスター(クラスター1:10名、クラスター2 :21名)に分けられました。このうち、クラスター2のみFMAとAOUあるいはQOMに有意な相関が得られました。 クラスター2のデータを用いて媒介分析を行ったところ、媒介なしの場合ではImage OIとFMAの間に有意な相関が認められましたが、AOUあるいはQOMを媒介させると、それらの間に有意な相関が示されず、Image OIとAOUあるいはQOMの間に有意な相関、そして、AOUあるいはQOMとFMAの間に有意な相関が確認されました(図2)。 図2: 媒介分析の結果 媒介なしの場合ではImage OIとFMAの間に有意な相関をみとめましたが、AOUあるいはQOMを媒介させると有意な相関がみられなくなりました。一方、AOU媒介モデル(A)では、Image OIとAOUの間に有意な相関、AOUとFMAの間に有意な相関を認めました。他方、QOMモデル(B)においてもImage OIとQOMの間に有意な相関、QOMとFMAの間に有意な相関を認めました。AOUあるいはQOMを介したImage OIとFMAの間接効果は、ブーストラップ信頼区間(95%CI)から有意な正の効果を示すことがわかりました。 これらの結果から、脳卒中片麻痺患者において、運動イメージ能力の存在を定量的に確認することができました。一方で、運動イメージ能力は運動麻痺の程度に直接には関係しないものの、麻痺肢の使用頻度や動作の質に関係し、それらを媒介し、運動麻痺の程度に間接的に関係することが明らかになりました。 本研究の臨床意義および今後の展開 本研究結果は、脳卒中後の運動イメージ能力の向上が麻痺肢の使用頻度を増加ならびに動作の質を改善させ、それに基づき運動障害が改善することを示唆するものですが、その関係性を明確なものとするためには、縦断的調査を試みる必要があると考え、現在、それに取り組んでいます。 論文情報 Morioka S, Osumi M, Nishi Y, Ishigaki T, Ishibashi R, Sakauchi T, Takamura Y, Nobusako S. Motor‐imagery ability and function of hemiplegic upper limb in stroke patients Annals of Clinical and Translational Neurology 2019 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2019.01.30
平成30年度神経リハビリテーション研究大会を開催!~健康科学研究科(森岡研究室)
平成31年1月26・27日(土・日)に、信貴山観光ホテルにて神経リハビリテーション研究大会(院生合宿)が開催されました。この研究大会は今年で13年目を迎えました。本年度はニューロリハビリテーション研究センターの教員と大学院博士後期課程・修士課程のメンバーに加え、大学院博士課程修了生の平川善之さん、河村民平さんをお招きし、総勢28名での開催となりました。 初日は博士課程の院生3名の研究報告があり、その後に修了生の平川さんからCRPS症例に対する影絵を用いた介入について、河村さんから文の理解における再帰性との関連について話題提供をいただきました。いずれのプレゼンテーションも、内容、ディスカッションともに非常に密度の濃いものでした。目の前の現象をより深く理解しようとされている先輩方の研究者としての姿勢を見て、私も見習わないといけないと改めて感じました。 夕方には4つのグループに分かれて、修士課程1年の院生の研究計画に対するディスカッションが行われました。それぞれが研究背景や研究手続き、現在までの実験データを提示し、研究室のメンバーから意見やアドバイスをもらっていました。悩みながらも今より少しでもよい方向に進めようとする彼らの姿と昨年の自分が重なりました。是非来年は素晴らしい発表をしてほしいと思います。 夜の懇親会でもディスカッションは続き、毎年恒例ですが、日が変わるまで活発な議論が行われました。 2日目は、朝から修士課程の学位審査を控えた7名による予演会が行われました。それぞれが修士課程で取り組んできた内容を発表し、学位審査本番に向けてのアドバイスをいただきました。私を含め発表者は大変緊張しましたが、貴重なご意見やご助言をいただきましたので、本番まで準備を怠らず、修士課程の集大成として発表に望みたいと思います。 全ての発表が終わり、森岡教授による閉会の挨拶で無事に全日程を終えました。森岡教授からは、目先の研究発表や論文投稿だけでなく、今後の自分の研究や臨床への向き合い方を考えさせられるようなエールを頂きました。その中でも、「自信と謙虚さの狭間」という言葉が印象深く残っています。自信がないような態度ではいくら話しても相手にしてもらえません。一方で、自信ばかりで謙虚さを忘れると盲目的になります。いずれにしても他者からの信頼を得るためにはこの「自信と謙虚さの狭間」の意識が重要であると肝に銘じて、今後も研究や臨床に取り組み、リハビリテーションの対象者の方々へ貢献できるように、研究室一同ますます精進していきたいと考えています。 最後になりましたが、このような機会を与えてくださった森岡教授をはじめとする研究センターの皆様、神経リハビリテーション研究大会の開催にご尽力頂きました関係者の方々に深く感謝を申し上げます。 畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程2年 玉木義規 【関連サイト】 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 【関連記事】 ●「平成29年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成28年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成27年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成26年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成25年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成24年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成23年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成21年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」 ●「平成20年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会」
2019.01.15
徒手牽引の鎮痛効果を「信号検出理論」で検証~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
徒手牽引は鎮痛手段の1つとして用いられていますが、その鎮痛効果が“主観的なバイアス”によるものか“徒手牽引そのもの”による効果なのか明らかになっていませんでした。畿央大学大学院博士後期課程の重藤隼人氏と森岡周教授らは、心理物理学的手法である信号検出理論による実験で、徒手牽引はAδ線維由来の一次痛に対して主観的なバイアスよりも、徒手牽引そのものによって鎮痛効果が引き起こされていることを明らかにしました。この知見は、徒手牽引を介入手段として選択する際の意思決定に役立つ基礎的知見になるものと期待されます。この研究成果は、Pain Medicine誌(Experimental Pain Is Alleviated by Manual Traction Itself Rather than Subjective Bias in the Knee: A Signal Detection Analysis)に掲載されています。 研究概要 徒手牽引は臨床場面で鎮痛を目的とした治療に用いられています。しかし、徒手牽引の鎮痛効果が主観的なバイアスによるものか、徒手牽引によるものかは明らかにされていませんでした。また、徒手牽引に伴う触刺激自体も鎮痛効果を有しているとされていますが。徒手牽引と触刺激の鎮痛効果の違いは明らかになっていませんでした。そこで、疼痛研究分野で応用されつつある「信号検出理論」と呼ばれる心理物理学的手法を用いて、徒手牽引および触刺激のAδ線維由来の一次痛およびC線維由来の二次痛に対する鎮痛効果が、疼痛感受性の低下によるものか、主観的なバイアスによるものかを鑑別し検討しました。その結果、徒手牽引は一次痛に対して鎮痛効果を有し、触刺激は一次痛および二次痛に対して鎮痛効果を有していることがわかりました。そして、徒手牽引の一次痛の鎮痛効果は、主観的なバイアスよりも疼痛感受性の低下によって引き起こされていることが明らかになりました。 本研究のポイント ■ 信号検出理論による解析によって、鎮痛効果を疼痛感受性と主観的なバイアスの影響に鑑別した。 ■ 徒手牽引はAδ線維由来の一次痛に鎮痛効果を有し、触刺激はAδ線維由来の一次痛およびC線維由来の二次痛に鎮痛効果を認めた。 ■ 徒手牽引の一次痛に対する鎮痛効果は、主観的なバイアスよりも疼痛感受性の低下による影響が大きかった。 研究内容 健常成人を対象に、1)徒手牽引×Aδ線維、2)触刺激×Aδ線維、3)徒手牽引×C線維、4)触刺激×C線維、の4条件の実験を実施しました。介入(図1)前後に疼痛強度の選択課題を実施させます。この課題では、「低強度」・「高強度」の2つの刺激強度を設定し、ランダムに「低強度」もしくは「高強度」の電気刺激を被験者に実施し、被験者は電気刺激が「低強度」・「高強度」どちらであったか回答を行いました。 回答は下記の4パターンに分類され、各回答の割合を解析に用いました。 Hit:高強度を高強度と回答 Miss:高強度を低強度と回答 False Alarm:低強度を高強度と回答 Correct Rejection:低強度を低強度と回答 本研究ではHit率(Hitの割合)の低下を鎮痛効果と定義しています。 信号検出理論による解析では、Hit率およびFalse Alarm率を用いて、d`(感度)とC(バイアス)を算出することができ、d`の低下が識別能力の低下(≒疼痛感受性の低下)による鎮痛を示し、Cの低下が主観的なバイアスの増大による鎮痛を示しています。 図1:徒手牽引(A)、触刺激(B) 実験の結果、徒手牽引ではAδ線維でHit率の低下を認め、触刺激ではAδ線維およびC線維でHit率の低下を認めました(図2)。鎮痛効果を認めた徒手牽引のAδ線維のd`(感度)とC(バイアス)に着目すると、C(バイアス)よりもd`(感度)の変化が大きく認められました(図2)。つまり、徒手牽引によるAδ線維由来の痛みの軽減は、主観的なバイアスよりも疼痛感受性の低下によって引き起こされていました。 図2:A.Aδ線維での徒手牽引・触刺激前後のHit率とFalse Alarm率、d`(感度)とC(バイアス). B.C線維での徒手牽引・触刺激前後のHit率とFalse Alarm率、d`(感度)とC(バイアス). *p<0.05. #p<0.10. 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究成果は、徒手牽引はAδ線維由来の痛みに対して有効であり、その鎮痛効果は主観的なバイアスによるものではなく徒手牽引そのものによって引き起こされていることを示唆するものです。徒手牽引による鎮痛効果が、主観的バイアスによるものではないという事実は、臨床的には意義がある基礎研究と考えられます。 論文情報 Sigetoh H, Osumi M, Morioka S. Experimental Pain Is Alleviated by Manual Traction Itself Rather than Subjective Bias in the Knee: A Signal Detection Analysis Pain Medicine 2019 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 重藤隼人(シゲトウ ハヤト) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2019.01.11
大学院生の研究成果が神経科学分野で権威ある雑誌「Cortex」に掲載されました。
脳卒中後に生じる高次脳機能障害「半側空間無視」 のあらたな評価手法を開発 畿央大学大学院博士後期課程の大松聡子氏、森岡 周教授、国立障害者リハビリテーションセンター神経筋機能研究室の河島則天室長(畿央大学大学院健康科学研究科客員教授)らの研究グループは、脳卒中後に生じる高次脳機能障害の一つである「半側空間無視」症状の新たな評価手法を開発しました。半側空間無視は損傷を受けた脳と反対側の空間の物体やできごとが認識できなくなる不思議な症状で、症状が慢性化すると日常生活に大きな支障を来します。大松氏たちは、視線分析によって半側空間無視症状を簡便かつ定量的に評価できる手法を開発し、その有用性に関する重要な知見を得ました。従来の検査は紙面検査や日常生活の行動観察によるもので、検査に時間を要することや、重症度の高い患者の評価が困難であるなどの限界点がありました。開発手法は、PC画面上に提示された対の左右反転画像を見ているときの視線の分布特性を分析することで無視症状の程度や特徴を捉えるもので、今後、臨床場面での活用が期待されます。 この成果は1月5日付けで、神経科学分野で権威ある英国科学誌『Cortex』に掲載されました。 国立障害者リハビリテーションセンター プレスリリース 畿央大学 プレスリリース 研究概要 半側空間無視は、脳卒中後に生じる高次脳機能障害の一つで、損傷を受けた大脳半球の反対側の空間にある物体や事象を無視してしまう神経症状です。脳卒中後のリハビリテーションでは、紙面検査や行動観察によって無視症状についての評価を行うことが一般的ですが、検査実施に時間を要すること、患者側に集中力や認知的負荷を強いることなどの問題点があり、加えて重症度の高い患者では評価が困難であるなどの限界点があります。空間無視、という言葉に表れるように、この症状は空間上の物体や事象を認識できなくなる症状で、筆記検査や言語での回答を要求するような検査手法では、症状の特性を捉える上で限界があります。 今回発表した論文では、視線分析を用いて直観的かつ定量的に無視症状を捉えるための手法を開発し、その有用性についての検証を行いました。単に様々な画像を注視した際の視線分析を行うのではなく、左右を反転させた対の画像を用い、注視対象の空間配置に応じて視線がどのように推移するかを分析する工夫を施しました(図1)。 【図1 開発手法の概要】 患者さんにコンピュータスクリーン上に提示される画像をただ見るのみ、という課題を行いました(A)。提示される画像は、図Bで示される元画像6種類(B)に、それぞれを左右反転した画像、計12画像でした。分析は、対の左右反転画像の視線データを合わせ、平均したものを視線偏向(°)として用いました(C )。 図中に示すような対の左右反転画像を自由に見ている(Free viewing)ときの私たちの視線は、画面の右空間に注視対象があれば右空間に集中し、画像の左右空間を反転することで注視対象が左に移れば視線もまた、左空間に集中します(図1C、図2:健常群)。一方、半側空間無視をもつ患者群では、右空間に注視対象があるときこそ右に視線が集中するものの、画像を左右反転させ、注視対象が左に移ったとしても対象を探索できず、依然として右空間を注視するような特徴を持ちます(図2:無視群)。私たちはこの特性を利用して、無視症状の特徴を捉えることを試みました。左右反転画像を用いるメリットは、元画像と左右反転画像に含まれる物理的(輝度や色彩など)、認知的要素(意味性や文脈など)を統一した状態で、左右の空間的位置関係のみを反転できる、ということになります。また、画像間の視線分布の違いに表れるように、注視対象の特性(生物or無生物、単数or複数、配列の方向性や意味性)により、無視空間への視線配分に変化を認めました(図2)。つまり、半側空間無視症例が見せる『無視空間』は空間上の固定された範囲で生じるのではなく、画像に含まれる情報や要素に応じて変化することを示唆しています。これらの結果は、左右反転画像を用いた視線分析が、評価の視点だけでなく、リハビリテーション介入を考える上での重要な情報を提供し得るものと考えられます。 【図2 研究結果の概要】 画像ごとの視線分布の結果です。視線のカラーマップ(上:健常群、下:無視群)は赤くなっている箇所が、長く注視されていた部分です。折れ線グラフは、横軸が画像の横軸に対応しており、縦軸は横軸の各左右位置を見ていた時間の割合を示した図です。健常者は画像が反転すると視線も反転して、どちらも類似した箇所を見ていますが、無視群は右に偏った特徴があります。ただし、少女や金魚の画像では、他群と類似した視線分布となっていることが分かります。 【図3 全画像を通じた結果】 本論文で開発した左右反転画像の注視点分析による評価結果は、無視のない群と比較して無視群の視線が有意に右へ偏向しており、かつ通常臨床で使用される行動性無視検査(BIT)結果と有意な相関を示しました。開発手法は所要時間が数分足らずで実施可能で、かつ覚醒レベルの停滞や全般性注意障害、認知機能面の低下を合併しているような、BIT検査の実施が困難な症例にも実施可能です。本論文の対象のうち2名は、BIT検査が実施困難でしたが、開発手法による評価が実施可能でした。今後、臨床場面での無視症状の把握に活用することが期待できます。 論文情報 Ohmatsu S, Takamura Y, Fujii S, Tanaka K, Morioka S, Kawashima N. Visual search pattern during free viewing of horizontally flipped images in patients with unilateral spatial neglect. Cortex 113: 83-95, 2019 補足情報 研究成果の一部は既に実用化され、株式会社クレアクトより製品販売されています。 https://www.creact.co.jp/item/welfare/attention/usn_attention/attention-top 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 大松 聡子(オオマツ サトコ) Tel: 04-2995-3100(内線7190) Fax: 04-2995-3132 E-mail: ohmatsu-satoko@rehab.go.jp 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp 国立障害者リハビリテーションセンター 研究所運動機能系障害研究部 神経筋機能障害研究室長 河島 則天(カワシマ ノリタカ) Tel: 04-2995-3100(内線2520) Fax: 04-2995-3132 E-mail: nori@rehab.go.jp
2019.01.10
感覚運動の空間的不一致による異常知覚と運動制御に関わる神経活動~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中や慢性疼痛患者における身体性変容の要因の1つとして、感覚情報の予測と実際に入力される感覚情報との間の不一致(感覚運動の時間的および空間的不一致)が考えられています。健常者においても、感覚運動の“時間的”不一致を生じさせると、四肢の重さの知覚変容、しびれ、奇妙さや嫌悪感の惹起に加えて、運動の正確性も低下することが明らかにされています(Katayama and Morioka et al 2018)。しかしながら、感覚運動の“空間的”不一致による異常知覚と運動制御に関わる神経活動は明らかになっていませんでした。 畿央大学大学院博士後期課程の片山脩氏と森岡周教授らは、健常者を対象に感覚運動の空間的不一致課題を実施し、感覚運動の空間的不一致による異常知覚と運動制御異常には、前補足運動野および帯状皮質運動野におけるベータ波帯域の神経活動性の低下が関わっていることを脳波の三次元画像解析(eLORETA)を用いて明らかにしました。この知見は、脳卒中や慢性疼痛患者の病態解明に貢献し、新たなニューロリハビリテーション技術開発に向けた基礎的知見になるものと期待されます。この研究成果は、Neuroscience Letters誌(Neural activities behind the influence of sensorimotor incongruence on dysesthesia and motor control)に掲載されています。 研究概要 脳卒中、慢性疼痛患者では患肢に対する知覚変容や運動制御の低下が生じます。この要因の1つとして、運動指令に基づいて脳内で生成される感覚情報の予測と、運動により実際に入力される感覚情報との間に生じる不一致(感覚運動の時間的および空間的不一致)が考えられています。実験的に感覚運動の時間的不一致を生じさせると、健常人であっても知覚変容や運動の正確性が低下することが明らかにされていました(Katayama and Morioka et al 2018)。しかしながら、感覚運動の空間的不一致による異常知覚と運動制御に関わる神経活動は明らかになっていませんでした。今回、健常者を対象に実験的に感覚運動の空間的不一致を生じさせ、異常知覚と運動制御に関わる神経活動を検討しました。その結果、感覚運動の空間的不一致により様々な異常知覚が惹起され、その中で奇妙さが有意に強く惹起されました。さらに、運動制御においては運動の正確性が低下することを確認しました。これらの異常知覚と運動制御には、前補足運動野と帯状皮質運動野のベータ波帯域の神経活動性の低下が関わっていることを脳波の三次元画像解析により明らかにしました。 本研究のポイント ■ 感覚運動の空間的不一致により、奇妙さをはじめとした異常知覚が惹起される。 ■ 感覚運動の空間的不一致により、運動の正確性が低下する。 ■ 異常知覚と運動制御に前補足運動野と帯状皮質運動野のベータ波帯域の神経活動性の低下が関わる。 研究内容 健常成人を対象に、片面がホワイトボードでもう片面が鏡となったボードを両上肢の間に設置し両手関節の掌背屈運動を実施させます(図1)。一側の手関節を背屈した際にもう一側を掌屈させる条件(図1D)では、鏡の後ろに隠された手関節の運動方向と、鏡に映る鏡像の運動方向が空間的に不一致した状態となります。この条件設定によって、ヒトの感覚運動ループを実験的に錯乱させることができ、“患肢の知覚変容”という状況を設定することができます。 図1:実験の条件設定 実際の実験では、A:ホワイトボード一致条件、B:ホワイトボード不一致条件、C:鏡一致条件、D:鏡不一致条件(感覚運動の空間的不一致条件)の4条件で手関節の反復運動を被験者に実施してもらいました。運動中の手関節の運動を電子角度計で計測し、身体に対する異常知覚についてアンケートで定性的に評価しました。 実験の結果、感覚運動の空間的不一致条件で、奇妙さが他の条件と比較して強く惹起され、多数の異常知覚が惹起されました(図2)。さらに、手関節における運動の正確性の低下が確認されました。 図2:惹起した異常知覚とその数の比較および運動の正確性の比較 脳波活動は、感覚運動の空間的不一致条件では、前補足運動野と帯状皮質運動野のベータ波帯域の神経活動性の低下を認めました(図3)。 図3:感覚運動の空間的不一致条件の神経活動領域 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究成果は、脳卒中や慢性疼痛患者の異常知覚や運動制御の低下に前補足運動野と帯状皮質運動野の神経活動性が関わっていることを示唆するものです。そのため、理学療法や作業療法の際には、感覚運動の空間的不一致を最小限にしながら臨床介入を進めることの重要性を提唱する基礎研究となります。今後は、実際に患肢の知覚変容や運動制御の低下が生じている症例を対象に神経活動性の検証をしていく予定です。 論文情報 Katayama O, Nishi Y, Osumi M, Takamura Y, Kodama T, Morioka S. Neural activities behind the influence of sensorimotor incongruence on dysesthesia and motor control. Neuroscience Letters 2019 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 片山 脩(カタヤマ オサム) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: b6725634@kio.ac.jp 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2019.01.08
同窓会レポート~理学療法学科瓜谷ゼミ
畿桜会(畿央大学・畿央大学短期大学部・桜井女子短期大学同窓会)では、卒業後の同窓生のつながりを活性化することを目的に、一定数以上集まる同窓会の開催を補助しています。 ▶同窓会開催にかかわる補助について(大学ホームページ) 今回は、理学療法学科を卒業した瓜谷先生のゼミ生による同窓会兼ラボ勉強会のレポートをお届けします! 昨年瓜谷先生が研究員として行っておられたオーストラリアのメルボルンより帰国され、再始動しました瓜谷ゼミです。2018年12月23日、今年も瓜谷ゼミ・裏瓜谷ゼミ同窓会兼ラボ勉強会を開催いたしました。現在3回生の学部生から社会人まで参加し、今回は総勢20名以上の会となりました。 この会は例年、メンバーや瓜谷先生自身が発表し意見を出し合う形式で実施しています。今年の発表者および内容は、学部生による卒業研究の計画、卒業生の今井亮太さんによる運動器疼痛について、佐々木将人さんによるこれまでの職場経験についてでした。3つの発表はどれも全く異なる分野のものでしたが、毎回メンバーから質問や意見の交換が行われ、とても有意義な場となりました。その後は忘年会を兼ねた飲み会も実施しました。 今年も現職者、学生、先生と縦・横のつながりを感じられる会となりました。2019年もパワーアップされた瓜谷先生とともに、メンバーみんなでさらにゼミを盛り上げていければと思います! 理学療法学科7期生 坂東峰鳴
2018.12.25
第23回日本基礎理学療法学会学術大会で大学院生が発表&修了生が奨励賞を受賞!
平成30年12月15日(土)・16日(日)に京都で開催された第23回日本基礎理学療法学会学術大会で宮脇裕さん(博士後期課程)と私(林田一輝 博士後期課程)が演題発表をしてきましたのでここに報告させていただきます。 本大会は分科学会が独立して行う最初の開催であり、テーマは「身体運動学を極める」とされ、基礎理学療法学会が研究領域とする領域のうち特に身体運動学に焦点を当てられて講演が企画されていました。大会長の市橋教授からは「筋の運動学-筋の機能とトレーニング-」と題されたテーマで話題提供があり、臨床におけるトレーニングにおいて非常に示唆に富むものであり、興味深く拝聴しました。 私は「運動課題に伴う予測が運動主体感および運動パフォーマンスに与える効果」という題で身体性に関する発表をさせていただきました。私自身、理学療法学会での口述発表は数年ぶりで、口述発表において方法論を伝えることの難しさを改めて痛感しました。また、会場からはいくつか的確な質問をしていただきました。頂戴した意見も含めて、今回発表した内容を早く論文化していきたいと思います。 また、本研究室の修了生である西勇樹さんが第52回日本理学療法学術大会において発表した内容が奨励賞を受賞しました。今年度、本研究室からは神経分野、地域分野、基礎分野の3つの分科学会で受賞することになります。同研究室のメンバーが受賞されることは非常に嬉しく励みにもなっています。私自身、後に続けるよう努力していきたいと思います。 奨励賞 西 勇樹(修了生) 「慢性疼痛患者における交感神経変動と内受容感覚の関係性」 宮脇 裕(博士後期課程) 「感覚の自他区別が運動制御に及ぼす影響-自他区別課題開発のための予備的研究-」 林田一輝(博士後期課程) 「運動課題に伴う予測が運動主体感および運動パフォーマンスに与える効果」 健康科学研究科 博士後期課程 林田一輝 【関連記事】 教員・大学院生が2nd International symposium on EmboSSで発表!~ニューロリハビリテーション研究センター 大学院生が第42回日本高次脳機能障害学会学術総会で発表! 第11回日本運動器疼痛学会で大学院生が発表! 第16回日本神経理学療法学会学術集会で教員・大学院生など5名が発表!~健康科学研究科 平成30年度運動器リハビリテーションセミナー「臨床実践編 (膝関節)」を開講しました。 大学院生が第19回認知神経リハビリテーション学会で最優秀賞を受賞!~健康科学研究科 大学院生6名が日本リハビリテーション学会学術大会で発表!
2018.12.19
最適難易度での知覚運動学習中には運動主体感が増幅が明らかに~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
身体性の科学において、この運動を実現しているのは、自分自身であるという主体の意識を運動主体感(sense of agency)と呼びます。この運動主体感は主観の意識であるため定量的評価が難しいと考えられていたものの、近年、intentional binding(IB)課題が開発され、運動主体感を測定する試みがされはじめています。IB課題とは、被験者がキーを押した後、音が鳴るように設定された実験手続きにおいて、キー押し後、音が鳴るまでの時間を主観的に被験者に回答させ、実際の時間とそれの差分をみるものです。先行研究では自らの意志によって随意的にキーを押した場合は、音が鳴るまでの時間を実際よりも短く感じることが明らかになっています。つまり、時間知覚の短縮は「自分がキーを押したから音が鳴った」という運動主体感の強さを反映していると考えられています。この時間短縮をみることで運動主体感の程度をみることができるわけです。畿央大学の森岡 周 教授らの研究グループは、林田一輝さん(博士後期課程)のアイディアをもとに知覚運動学習型のintentional binding課題を新たに開発し、知覚運動学習の程度と運動主体感の関係性を調べました。その結果、知覚運動学習が徐々に進むグループでは運動主体感が増幅することがわかりました。その一方で、知覚運動学習が停滞(天井効果)するグループでは運動主体感が増幅しないことがわかりました。つまり、学習効果と運動主体感の間には密接な関係性があることが示されました。この結果は、知覚運動学習課題における誤差修正過程において、徐々に学習効果が起こっていることを潜在的に捉えている時期においては、運動主体感が高まっていることをあらわしています。この結果は、学習プロセスおいて課題の難易度が重要であることを示唆しています。この研究成果はPeer J誌(Changes in intentional binding effect during a novel perceptual-motor task)に掲載されています。 本研究のポイント ■ 知覚運動学習の進行と運動主体感の程度には関係がある。 ■ 知覚運動学習課題の難易度が運動主体感に影響を与える。 研究内容 大学生を対象に、今回新たに独自に開発した知覚運動学習型intentional binding課題(図1)を用いて実験が行われました。課題は、左右に動く円形の赤い球をPC画面中心のターゲット内にあわすようにタイミング良くキーを押すといった時間的精度を学習させる知覚運動学習課題です。この際、ターゲットと赤い球の間に発生する空間的な誤差値(pixel)を知覚運動パフォーマンス効果の指標としました。一方、キー押し後、ランダムな時間遅延(200、500、700ms)後に音が鳴り、キー押しから音が鳴るまでの時間を被験者に主観的に回答させました(被験者は200、500、700msであることは知りません)。実際の時間と主観的に感じる心理的時間の差をintentional binding効果(ms)とし、運動主体感の指標としました。 図1:知覚運動学習型intentional binding課題 練習課題、コントロール課題(個人の時間感覚の違いを是正する目的)を経て、実験課題が行われました。実験課題は18試行を1セットとし、計10セット行われました。1セットと10セットの誤差値を用いてクラスター分析を行ったところ、2つの説明可能なクラスターに分けることができました。クラスター2はクラスター1と比べ知覚運動学習が有意に起こっていました。10セットを2セット毎の5ブロックに統合して、知覚運動学習の変化を観察したところ、クラスター1は5ブロックを通じてわずかな誤差値の減少にとどまり、ほぼ天井効果を示した(図2水色)のに対して、クラスター2は1ブロック目の誤差値が大きく、その後ブロックを重ねるごとに誤差値が大きく減少することが確認されました(図2オレンジ)。 図2:知覚運動学習型intentional binding課題 一方、intentional binding効果の結果に関しては図3に示しました。時間(縦軸)がマイナスにいけばいくほど、時間短縮をあらわしておりintentional binding効果が増幅した、すなわち運動主体感が高まったことを示しています。クラスター2(図3オレンジ)において2ブロックから徐々にintentional binding効果が高まっていることがわかります(2ブロックと5ブロックの間に有意差)。すなわち、知覚運動学習効果が明確にみられたクラスター2のみ運動主体感が増幅したことが確認されました。一方、クラスター1(図3水色)は著明な変化が見られませんでした。 図3:ブロック毎のintentional binding効果の比較(運動主体感の指標) 本研究の臨床的意義および今後の課題 本研究によって知覚運動学習の進行と運動主体感の程度の間には関係があることがわかりました。運動主体感の増幅には目標設定のみならず、目標が徐々に達成されていくプロセスが重要であることを本研究は示しており、学習者あるいはリハビリテーション対象者に対する知覚運動学習課題において、その難易度の設定・調整が重要であることを本研究は示す結果になりました。今後はこれに関係するメカニズム(例:報酬、注意)を明らかにすることや、実際のリハビリテーション対象者の課題中の時間短縮を記録する必要があります。 論文情報 Morioka S, Hayashida K, Nishi Y, Negi S, Nishi Y, Osumi M, Nobusako S. Changes in intentional binding effect during a novel perceptual-motor task. Peer J 2018 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 教授/センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2018.12.19
確率共鳴(Stochastic Resonance: SR)現象による視覚-運動統合の向上~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
感覚-運動統合は、運動学習や運動制御において欠かせない脳機能です。発達性協調運動障害や視覚性運動失調、そして失行は、その病態に感覚-運動統合の困難さを有しています。したがって、感覚-運動統合を促進する効果的な介入手段の開発が求められています。確率共鳴(Stochastic Resonance: SR)とは、感覚閾値下の機械的あるいは電気的ノイズを生体に印加すると、感覚入力シグナルが増幅し、運動反応が向上する現象です。SR現象は、健常成人のみならず、健常高齢者、脳卒中後片麻痺、糖尿病性神経障害、パーキンソン病などでも観察されています。しかしながら、SR現象の提供によって、感覚-運動統合が促進されるか否かについては明確になっていませんでした。そこで畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志助教らの研究グループは、SRが視覚-運動統合に与える影響を調査し、SRが若年健常成人の視覚-運動統合を向上することを明らかにしました。このSR現象の提供は、感覚-運動統合障害を有する疾患に対する介入手段として期待されます。この研究成果は、PLOS ONE誌(Stochastic resonance improves visuomotor temporal integration in healthy young adults)に掲載されています。 研究概要 視覚-運動統合の時間的側面、すなわち視覚-運動時間的統合機能は、遅延視覚フィードバック検出課題によって客観的・定量的に測定することができます。一方で、遅延視覚フィードバック下での運動課題は、視覚-運動統合を阻害し、運動に拙劣さを与えることができます(仮想的な視覚-運動統合障害)。 そして感覚閾値下の振動触覚ランダムノイズ刺激は、SR現象を引き起こすことが可能です。 そこで信迫助教らの研究グループは、若年健常成人を対象に、SRが遅延視覚フィードバック検出課題と遅延視覚フィードバック下での運動課題に与える影響を調べました。その結果、SRが遅延視覚フィードバック検出課題で測定される視覚-運動時間的統合機能を向上することを明らかにしました。しかしながら、SRは遅延視覚フィードバック下での運動課題の成績に影響しませんでした。 本研究のポイント SRの提供によって若年健常成人の視覚-運動時間的統合機能が向上した。したがって、SRデバイスは、感覚-運動統合障害を有する疾患の症状改善に効果的で有り得る。しかしながら、SRの提供は、267ミリ秒の遅延視覚フィードバック下での運動に正の効果を与えなかった。したがって、感覚-運動統合障害が重度である場合には、SRは有効でない可能性がある。 研究内容 本研究には、若年健常成人30名が参加しました。SRは手首に取り付けた振動触覚デバイスによる感覚閾値の60%の強度の振動触覚ランダムノイズ刺激によって提供されました。参加者は、SRあり条件とSRなし条件において、遅延視覚フィードバック検出課題と遅延視覚フィードバック下運動課題を実施しました。遅延視覚フィードバック検出課題は、自己運動に対するその視覚フィードバックに33-500ミリ秒までの15遅延条件が設定され、参加者は視覚フィードバックが遅れているか否かについて回答しました。遅延視覚フィードバック検出課題で抽出される検出閾値と検出確率曲線の勾配が、視覚-運動時間的統合機能を反映する定量的指標でした。検出閾値の短縮と勾配の増加は、視覚-運動時間的統合機能が高いことを表します。遅延視覚フィードバック下運動課題における遅延時間は267ミリ秒に設定しました。参加者は267ミリ秒の遅延視覚フィードバック下で、Box and Block Test(BBT)とNine Hole Peg Test(NHPT)の2つの手運動課題を実施しました。BBTにおいては得点が高いほど、NHPTにおいては実施時間が短縮するほど、手運動課題の成績が高いことを表します。SRあり条件・なし条件は、振動触覚デバイスの電源をオンまたはオフにすることにより調整しました。感覚閾値未満の振動触覚ランダムノイズ刺激であったため、参加者はSRについて盲検化されました。 図1. 実験課題 左:遅延視覚フィードバック検出課題 右:遅延視覚フィードバック下での運動課題 図2. 結果 SR(+)、SRあり条件;SR(-)、SRなし条件;**、p<0.01;N.S.、有意差なし 上:視覚-運動時間的統合機能を反映する検出閾値(左)と勾配(右)の比較結果 下:遅延視覚フィードバック下運動課題(左、BBT;右、NHPT)の比較結果 結果、SRあり条件の検出閾値は、SRなし条件と比較して、有意に短縮しました(図2)。このことは、SRの付与が、視覚-運動時間的統合を促進することを意味しました。しかしながら、遅延視覚フィードバック下運動課題の成績には有意差はありませんでした(図2)。SRあり条件における視覚-運動時間的統合の向上効果は、平均検出閾値で約20ミリ秒の短縮でした。したがって、遅延視覚フィードバック下運動課題で設定した267ミリ秒の外乱効果が上回ったものと考えられました。このことは、視覚-運動時間的統合障害が重度な場合には、SRによる効果がない可能性を示唆しました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究結果は、SRの提供が感覚-運動統合障害を有する疾患に対して有効である可能性を示唆しました。介入研究を実施することで、SRの有効性を検証する必要があります。 論文情報 Nobusako S, Osumi M, Matsuo A, Fukuchi T, Nakai A, Zama T, Shimada S, Morioka S. Stochastic resonance improves visuomotor temporal integration in healthy young adults. PLoS One 13(12): e0209382. 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 助教 信迫 悟志(ノブサコ サトシ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
2018.12.18
教員・大学院生が2nd International symposium on EmboSSで発表!~ニューロリハビリテーション研究センター
平成30年12月5日、6日に大阪で開催された”2nd International symposium on Embodied-Brain System Science (EmboSS)”に森岡周教授、信迫悟志助教、大住倫弘助教、片山脩(博士後期課程)、林田一輝(博士後期課程)と私(宮脇裕、博士後期課程)が参加発表してきましたのでここに報告させていただきます。 EmboSSでは、脳科学とリハビリテーション医学の融合をシステム工学が仲介することで「身体性システム科学」という新たな学問領域を創出することを目的としており、本シンポジウムでも運動制御やロボティクス、そして主体感などに関する研究について、非常に高いレベルで活発に議論されていました。私たちも2日間にわたり主体感に関する研究を発表し、多くの基礎研究者と貴重な情報交換をすることができました。本シンポジウムへの参加は今後の研究にも繋がる大変有意義な時間となりました。 本シンポジウムにおいて特に印象的だったことは、基礎研究者がその基礎的知見のリハビリテーションへの応用を見据え研究を進めているということでした。主にロボティクスに基づくリハビリテーション手法の提案は、私たちにとって刺激的でありつつも、セラピストとして何をしていかなければならないのか、そしてどういった研究をしていかなければならないのか、といったことを改めて見つめ直す良い機会にもなりました。 私自身、修士時代にNTTコミュニケーション科学基礎研究所での研究活動をきっかけに身体性の基礎研究に携わるようになりましたが、本シンポジウムを通じて、身体性の基礎研究を臨床に還元するということの意味と検証すべきポイントをよりいっそう深く考えるようになりました。 今回発表させていただいた「運動制御における自他帰属」に関する研究については、近々論文投稿を行い、その後は臨床研究にも積極的に取り組んでいきたいと思います。 このような貴重な経験ができたのは森岡教授をはじめとする研究室の仲間の日頃のご指導およびご支援と、畿央大学の手厚いバックアップがあったからであり、この場をお借りして、深謝申し上げます。 <発表演題> ・信迫悟志 ”Stochastic resonance improves visuomotor temporal integration” ・大住倫弘 “The relationship and difference between delay detection ability and judgment of sense of agency” ・片山脩 “Neural mechanism of distorted body perception caused by temporal sensorimotor incongruence” ・林田一輝 “Noticing the skill in a motor task enhances sense of agency: Employing intentional binding task” ・宮脇裕 “Confusion within feedback control between cognitive and perceptual cues in self-other attribution: optimal cue integration in motor control” 健康科学研究科 博士後期課程 宮脇裕