健康科学専攻(修士課程)の新着情報一覧
2024.03.19
日仏国際共同研究CREST-ANR NARRABODY 1st Meetingが開催されました!~ニューロリハビリテーション研究センター
2024年3月7-8日、フランス・リヨンにおいて、日仏国際共同研究CREST-ANR NARRABODY 1st Meetingが開催されました。 CREST:国立研究開発法人科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業 ANR:The French National Research Agency (ANR) NARRABODY:Narrative embodiment: neurocognitive mechanisms and its application to VR intervention techniques (ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用) CRESTは国内の競争的科学研究費としてはトップに位置するもので、本学森岡周教授らの日仏合同研究チームが2.74億円(5年6ヵ月/3研究室合同)の研究費を取得しています。 【プレスリリース】森岡周教授らの共同研究が2023年度 CRESTに採択されました。 1日目(3月7日)スケジュール The Director’s welcome ■ Yves Rossetti : introduction ■ Sotaro Shimada : The Narrabody Project ■ Gilles Rode : Presentation of the hospital and professionals ■ Tachibana Shotaro : Cultural comparison of Japanese and French rehabilitation ■ Noémie Larbi & Y Rossetti: La psychomotricité : between neurosciences and phenomenology Visit : The Mouvement & Handicap facilities Visit : Facilities for rehabilitation (Sébastien Mateo) ■ Afternoon session (Morioka Shu, Chair) ■ Preliminary results: ■ Tachibana Shotaro : self-efficiency measures ■ Hugo Ardaillon & G Rode : self-portraits as narrative and sensorimotor reports ■ Laurence Havé & François Quesque: ownership and agency following a left parietal lesion ■ Pr Morioka & G Rode : the pathologies relevant for NARRABODY ■ Central, peripheral, pure motor, sensory deficits, … ■ Yvan Sonjon, Eric Chabanat & J-B Van der Henst : Chronic pain and efficiency ■ Matthias Buffet & Noémi Larbi : self-narratives and anosognosia Discussions ▼左:1日目のMTGの前に訪れたリヨン大学神経科病院。この奥にフランス国立衛生医学研究所(Institut national de la santé et de la recherche médicale:INSERM)がありました。 ▼右:1日目のMTGが行われたリヨン大学病院 2日目(3月8日)スケジュール Morning session (J-M Roy, Chair) ■ Morioka Shu: Introduction ■ J-M Roy, Tanaka Shogo, and Tachibana Shotaro: Semi-structured interview with patients Discussion ■ What are the ideal common patients’ populations in Japan and France? Inclusion criteria Outcome measures for motor function ■ Box and block test, Nine hole peg test, ARAT, kinematics… ■ 10 m walking speed Interview and assessment schedule (per week?) Physiological measure ? (ECG, resting-state EEG, pupil diameter…) Anticipating ethical requirements & data sharing… Miscellaneous Afternoon session (Shimada Sotaro, Chair) ■ Tachibana Shotaro : self-efficiency measures ■ YuanLiang Zhu & YR : Efficiency boost for reaching? ■ Shimada Sotaro : Narrative-EEG measurement on RHI and FBI ■ Sebastien Mateo & YR : Efficiency boost for walking? ■ Discussions ▼2日目のMTGが行われたリヨン大学・高等師範学校(École Normale Supérieure de Lyon:ENS-Lyon)。この中のデカルト館にてミーティングが実施されました。 第1回ミーティングについて 日本側からは嶋田 総太郎 教授(明治大学)、森岡 周 教授(畿央大学)、信迫 悟志(畿央大学)が現地参加し、2日目のミーティングでは、田中 彰吾 教授(東海大学)がWebで参加されました。フランス側からはYves Rossetti教授(リヨン神経科学研究センター)、Gilles Rode教授(リヨン大学)、Jean-Michel Roy教授(ENS-Lyon)をはじめ、François Osiurak教授(リヨン大学)、Shotaro Tachibana研究員(リヨン大学病院)、多くの共同研究者、大学院生らが参加されました。 ミーティングでは、本研究課題の核となるナラティブ・インタビュー項目の詳細、日仏の医療制度・文化の違い、ナラティブ-ミニマル相関コヒーレント分析、包含・除外基準、追加すべき測定項目、パイロットスタディ、ケーススタディなど、研究計画の詳細について、アフターディスカッションも含めて約28時間の活発なディスカッションが行われました。また本研究課題のPreliminary resultsの報告や関連したケーススタディの報告も行われました。その中には非常に稀有なケースについて、詳細に分析したとても興味深い報告もあり、同じ建物内に病院と研究機関が存在し、医師、セラピスト、研究者が一例について非常に詳しく観察評価し議論できる環境を整備しているフランスの臨床研究力の高さを目の当たりにすることができました。こうした環境を日本の臨床施設でも整える必要があると強く感じました。 こうした科学力の高さだけでなく、期間中の移動や食事を全てアテンドしてくださり、フランス側の研究者らの優しさ、思いやりの深さに強い感銘を受けました。 この第1回ミーティングは、NARRABODYを通じた認知神経科学-哲学(現象学)-ニューロリハビリテーションの今後の展開において、非常に重要な第一歩になったと感じています。 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 准教授 信迫 悟志 【関連サイト】 JST CREST「マルチセンシング」領域2023年度 領域会議が京都・知恩院で開催されました~ニューロリハビリテーション研究センター 森岡周教授らの共同研究が2023年度 CRESTに採択されました。 2023年度 戦略的創造研究推進事業(CREST)新規採択課題・総括総評 国立研究開発法人学術技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
2024.02.06
JST CREST「マルチセンシング」領域2023年度 領域会議が京都・知恩院で開催されました~ニューロリハビリテーション研究センター
1月17日から19日にかけて、JST CREST「マルチセンシング」領域2023年度 領域会議が京都・知恩院で開催されました。 本年度からすべてのグループが一同にかえし、それぞれの研究の進捗状況や成果が報告され、学際的な議論がされました。今回、本学関係としては、私、信迫悟志 准教授、大住倫弘 准教授、林田一輝 客員研究員(宝塚医療大学・助教)が参加しました。私たちは、Narrative embodiment: neurocognitive mechanisms and its application to VR intervention techniques (ナラティブ・エンボディメントの機序解明とVR介入技術への応用)のチームの一員として議論に加わりました。 終日、研究内容に関する議論が続く中、今回は本プログラム総括である入來篤史先生(理化学研究所 未来戦略室・上級研究員)の配慮により、私たちは御影堂、阿弥陀堂、集会堂を訪れる機会を得ました。そこで、私たちは自らの体を使ってセンシングを行い、念仏を唱え、約100名の研究者がシンクロさせつつ、木魚を叩くなどの行為を通じて、意識経験を直接体感しました。加えて、加藤執事の説教を聞きながら、木魚の構造、南無阿弥陀仏の意味、さらには知恩院と徳川家康や於大の方との関係について、いま現在の自己の体験とこれまでの自伝的自己に基づく知識を統合して学ぶことができました。 今回の経験を通じて、入來先生が常に強調される「本物に触れる」ことの重要性を改めて実感できたようにも思えます。私にとっての「本物」とは、患者さんの身体とその物語でしょう。私たちは、それらの現象の中に生きており、単に死んだデータだけから議論をすることで満足するならば、その研究の価値は半減してしまうと考えています。今回の私たちの研究テーマはまさにナラティブエンボディメントであり、患者さんの自己の意識経験を記述しながら、新しい科学の概念を形成していこうと考えています。はしごを登る研究も大事ですが、はしごをかける研究を目的に、本テーマの解明のため5年間遂行していきます。 私自身、週末は日本全国の病院で臨床を経験させていただいていますが、同年代あるいはそれより年下の脳卒中患者と接する機会が増えてきました。彼らのナラティブが私の意識に深く影響を与え、まるで自分のことのように感じることがあります。脳損傷は個人のアイデンティティの喪失をもたらすことは明白です。そのため、旧来の理学療法モデルでもある関節運動だけで問題を解決することはできません。一般化された情報だけを語るのではなく、より不安定な要素を受け入れて、それを含めた人間の理解をこのCREST研究を通じて深めたいと思います。成果を焦らず、新しい概念の形成に向けて。 ▲プロジェクトを進めるメンバーと 左・嶋田総太郎 氏(明治大学教授・認知科学)、中・田中彰吾 氏(東海大学教授・現象学) 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長・教授 森岡 周 【関連サイト】 森岡周教授らの共同研究が2023年度 CRESTに採択されました。 2023年度 戦略的創造研究推進事業(CREST)新規採択課題・総括総評 国立研究開発法人学術技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
2024.01.22
大学院生が神経リハビリテーション研究大会を再開しました!~健康科学研究科 森岡研究室
令和6年1月20-21日に信貴山観光ホテルにて、神経リハビリテーション研究大会が開催されました。この研究大会は、合宿形式でありコロナ期間を経て4年ぶりに再開し、今年で15回目を迎えることができました。 本年度は、ニューロリハビリテーション研究センターの教員と大学院博士課程・修士課程メンバー総勢28名が参加しました。また、大学院修了生の重藤隼人さん(10期生)と林田一輝さん(10期生)をお招きし、それぞれ現在進めている研究について紹介して頂きました。 森岡教授の開会の挨拶から始まり、修士課程2年の最終諮問会に向けた予演会と博士後期課程2年の中間発表会に向けた予演会、および上記修了生の研究紹介が行われ、様々な視点から質疑応答や意見交換が繰り広げられました。 修士課程2年は5名が発表を行い、研究内容に関する質問はもちろん、スライド構成やプレゼンテーション時の話し方といった聴講者に研究内容を伝えやすくするためのアドバイスが活発にされていました。博士課程2年は4名が発表を行い、データの丁寧な解析やスライドの表現方法に並々ならぬ努力を感じ、心惹かれる研究内容ばかりでした。また、修了生の方は、大学院で実践された研究を現在進行形で活用・応用しながら、臨床現場に還元する形で研究に取り組まれており、今後の大学院生が目指していくべき姿を見させていただき、身が引き締まる思いでした。 夕方には、5グループに分かれて、修士課程1年の研究計画に対するディスカッションが行われました。各グループともに、研究計画の内容はもちろんのこと、論点を整理した発表方法などに力を注いでおり、活発に議論が行われていました。 1日目終了後の夕食時、入浴時、懇親会においても、それぞれが研究に関する白熱した議論を継続し、また自分の将来の展望についての話し合いも活発に行われていました。2日目は現地解散となりましたが、畿央大学に戻り研究室で継続した議論を続けている院生の姿もありました。 森岡教授からは、研究に対して主体的な取り組みを行っていくことへの重要性が説明されました。 現状では、博士課程・修了生の方々の研究を深く理解して意見を述べることは困難でしたが、あの土俵に自分も立てるように成長していきたいと思いました。 最後になりましたが、このような機会を与えてくださった森岡教授をはじめとする研究センターの皆様、神経リハビリテーション研究大会の開催にご尽力頂きました関係者の方々に深く感謝を申し上げます。 畿央大学大学院 健康科学研究科 修士課程2年 三枝 信吾 【関連サイト】 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 【関連記事】 神経リハビリテーション学研究室、京都大学との研究交流会を開催!~健康科学研究科 令和元年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成30年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成29年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成28年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成27年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成26年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成25年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成24年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成23年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成21年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会 平成20年度 畿央大学神経リハビリテーション研究大会
2024.01.10
脊髄小脳失調症患者の立位姿勢制御能改善に着眼した効果的な理学療法:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター
脊髄小脳変性症(SCD)は、小脳や脊髄の神経変性によって発生する運動失調を主症状とする進行性の疾患です。姿勢バランス障害は、SCDの主な症状の一つです。ライトタッチは姿勢の揺れを軽減するための広く知られた方法ですが、四肢に運動失調を持つSCD患者には適用されていませんでした。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院及び本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らの研究チームは、SCD患者の理学療法として体を壁に軽く接触させてリラックスした状態での静的立位保持を行い、その後、段階的に動的な姿勢バランス練習を導入することで、立位姿勢バランスと運動失調、日常生活動作(ADL)の改善に寄与したと報告しました。この研究結果は「Cureus」誌に「Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity」と題して掲載されました。 研究概要 脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Degeneration:SCD)は、小脳や脊髄後索の運動失調を主要な症状とする進行性の疾患です。SCD患者は姿勢バランスの維持が困難であり、多くの症例で転倒が報告されています。姿勢の揺れを軽減する手段としてライトタッチが知られていますが、これは通常、指先で行われ、四肢の運動失調があるSCD患者では適切な感覚情報の取得が困難になることがありました。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院および本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らによる研究では、壁面を利用したライトタッチの理学療法を介して段階的に動的な姿勢バランスへの移行を図り、その結果、SCD患者の立位姿勢バランスの改善と運動失調、日常生活動作(ADL)の向上が見られました。これらの効果は姿勢動揺及び立位保持時の筋活動の分析を通じて検証されました。 本研究のポイント ■進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者でも、適切な段階的理学療法を実施することで姿勢バランスが改善されることが示されました。 ■上肢に運動失調を持つSCD患者にとって、壁面への軽いタッチを利用することが有効であることがわかりました。 ■安定した静的立位姿勢の維持が、過剰な筋活動の抑制に寄与し、それが動的な姿勢バランスの練習へとつながることが確認されました。 研究内容 対象となったのは、6年前にSCDと診断され、その後の転倒により右第5中足骨基部と左脛骨近位部を骨折し、理学療法を開始した60代の患者です。左右の上下肢に運動失調が見られ、特に左下肢の運動失調が顕著であり、立位と歩行の能力が著しく低下していましたが、何とか意図的に立つことが可能なレベルでした。理学療法の介入初期から中期にかけてはライトタッチを利用し、力を抜いて楽に立つ練習を行いました。静止立位が安定した後期には、随意的な重心移動と道具を用いた関節間協調運動の練習を実施しました。歩行練習も計画通りに実施されました。理学療法の進行は初期から最終まで4期に分けて行われ、各期間は1週間ずつ設定されました。各段階でADL、歩行能力、SARA(包括的な運動失調検査)、BBS(包括的な姿勢バランス検査)、重心動揺、筋電図などの検査・測定を図1に示す通り行いました。 図1 :病歴および理学療法の経過 上図:特異的な姿勢バランス練習介入開始までの現病歴、下図: 特異的な姿勢バランス練習の内容・経過 患者は歩行器を用いて自立歩行が可能な状態で退院しました。また、BBS(Berg Balance Scale:包括的バランス尺度)とSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia:運動失調評価のための尺度)も改善が見られました。初期から最終段階にかけて、姿勢動揺が軽減しました。動揺面積と動揺速度、特に前後動揺の高周波パワー値(前後HF)の減少が認められました(図2A, B参照)。初期では、右前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の活動が顕著でした(図2C参照)。その後、右前脛骨筋の活動が減少し、ふくらはぎのヒラメ筋(Soleus:Sol)とTAの同時収縮指数は初期から中期に増加しましたが、中期から後期にかけては減少しました。交差的時間差相関分析の結果、左ヒラメ筋と前脛骨筋の同時収縮とSARAの間には時間差のない負の相関関係が見られました。 初期に右前脛骨筋の過剰な活動により姿勢が不安定でしたが、ライトタッチによる姿勢練習を導入し、本介入が進むにつれて姿勢の揺れや前脛骨筋とヒラメ筋の同時収縮指数が減少しました。これは健常幼児の発達過程に似た自動的な姿勢制御への移行を示唆しています。結果として、段階的な介入によって進行性SCD患者にも顕著な理学療法の効果が得られることが示唆されました。 図2:重心動揺および筋活動の経過 本研究の臨床的意義および今後の展開 進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者において、壁面への軽いタッチを用いることで、過度な筋肉の収縮を伴わずに安定した立位を維持する学習が可能であることが示されました。これは意図的な姿勢制御を減らすことに繋がり、結果としてより動的な姿勢バランスの練習が実施可能であることが確認されました。この結果は、戦略的かつ適切な理学療法を実施することで、進行性の脊髄小脳変性症の患者にも有効である可能性があることを示唆しています。 論文情報 Shiori Iwasa, Ryo Akaguchi, Hiroyuki Okuno, Koji Nakanishi, Kozo Ueta, Shu Morioka Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity Cureus, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.01.10
高齢者では「気持ちの年齢」が実年齢を超える場合、生活機能の低下と要介護リスクを増加させる可能性 :KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より〜理学療法学科
個人の健康状態や将来の疾病リスクを反映する代理指標として主観的年齢(気持ちの年齢)が注目されており、将来の健康状態を評価するための生物心理社会的マーカー(Biopsychosocial Marker)として広く研究されています。主観的年齢や老化感(Self-perceptions of Aging)と疾患の発生との関係を調べた研究では、主観的年齢が高く、よりネガティブな老化感を有する者は、心臓疾患および脳卒中の発生リスクが高いことが示されており(Stephanら, 2021)、また死亡リスクとの関係を調べた縦断研究では、主観的年齢が高い人は、低い人よりも死亡率が高いことが報告されています(Ripponら, 2015)。 理学療法学科の高取克彦 教授、松本大輔 准教授らは、KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査にて奈良県A町在住の高齢者を対象に主観的年齢と高次生活機能(買い物、公共交通機関の利用などレベルの高い生活機能)および新規要介護認定の発生との関係を明らかにするために3年間の追跡調査を実施しました。結果として、地域在住の一般高齢者において主観的な年齢が実年齢を超える者は、将来の高次生活機能を低下させ、要介護リスクを増加させる可能性があることが分かりました。この研究内容は日本老年医学会雑誌に掲載されました。 研究概要 奈良県A町の地域在住高齢者を対象に郵送式調査を行い、3年間追跡調査が可能であった2,323名を分析対象としました。主観的年齢の評価は「気持ちの年齢についてお答えください」という問いに対して「年相応」「実際の年齢より若い」「実際の年齢より上である」の選択肢を設定しました。その他の評価には、高次生活機能(老研式活動能力指標および JST 版活動能力指標)、運動定着(週1回以上の運動実施)などを聴取し、追跡調査時にはこれらに加え、対象者の新規要介護認定の発生状況についても調査しました。 その結果、調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は高次生活機能、一般性自己効力感(物事をやり遂げる自信)が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少ない結果となりました。 また追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少ないことが分かりました。さらに新規要介護認定を従属変数としたロジスティック回帰分析の結果で は、他の関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが独立したリスク因子であることが明らかとなりました(OR=3.33,95%CI: 1.02~10.94,p<0.05)。 本研究のポイント ■地域高齢者の大規模コホートを3年間の前向きに調査し、調査開始時の主観的年齢と追跡調査時の高次生活機能および新規要介護認定との関係性を明らかにした。 ■調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は 高次生活機能、一般性自己効力感が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少なかった。 ■ 追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少なかった。(図1) 図1: 主観的年齢と高次生活機能との関係 ■年齢・性別など関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが要介護状態発生の独立したリスク因子であることが明らかとなりました。(図2) 図2:主観的年齢と新規要介護発生リスクとの関係 本研究の意義 本研究は本邦で初めて地域高齢者の主観的年齢と新規要介護発生との関係を縦断的に調査したものになります。欧米での研究においては要介護認定という指標が存在しないため、日本における介護予防的な視点とはやや異なります。したがって日本人の高齢者を対象とした本研究の結果は、主観的年齢を評価することの重要性と、新たな心理社会的アプローチを考える上での一助になるものと考えられます。 論文情報 高取克彦,松本大輔・他:地域在住高齢者における主観的年齢と高次生活機能および新規要介護認定との関係-KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より-. 日本老年医学会雑誌60巻4号(2023:10) 問合せ先 畿央大学健康科学部理学療法学科 教授 高取 克彦 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: k.takatori@kio.ac.jp 地域リハビリテーション研究室ホームページ
2023.12.28
振動を用いた接触タイミング知覚生起が脳卒中後上肢機能に及ぼす影響:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中後の麻痺した手指の感覚運動機能障害に対するリハビリテーションとして、視覚刺激、電気刺激、聴覚刺激が使用されていますが、これらは物品を操作する際に必要な手指と物品との間の摩擦(動摩擦)情報をリアルタイムにフィードバックすることはできません。本学 理学療法学科4年生 淡路彩夏氏、岸和田リハビリテーション病院及び本学客員研究員 渕上健氏、森岡周教授らは、感覚運動障害を持ち回復が停滞している脳卒中後の症例に対し、動摩擦情報をリアルタイムにフィードバック可能な新しいリハビリテーション装置を使用して介入を行い、その有効性を報告しました。この研究成果は、「Cureus」誌において「Effects of Vibration-Based Generation of Timing of Tactile Perception on Upper Limb Function After Stroke: A Case Study」として掲載されています。 研究概要 脳卒中後の感覚運動機能障害に対するリハビリテーションとして、視覚刺激や電気刺激、聴覚刺激を用いることが紹介されています。しかし、手指での物体の把持・操作においては、手指と物品との摩擦(動摩擦)情報が重要になります。本学理学療法学科4回生 淡路彩夏氏、岸和田リハビリテーション病院および本学の客員研究員である渕上健氏、そして 森岡周教授らは、脳卒中後の感覚運動障害により麻痺側上肢機能の回復が停滞している患者に対して、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を用いたリハビリテーション介入を実施し、手の感覚運動機能障害の改善効果を検証しました。 本研究のポイント ■ 脳卒中後の感覚運動機能障害により、麻痺側上肢機能の回復が遅延している症例を対象としました。 ■ リハビリテーション介入に、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を使用しました。 ■ 停滞していた麻痺側上肢機能が回復し、物品操作時の過剰なつまみ動作や物品落下頻度の減少が確認されました。 研究内容 患者は70歳代の男性で、出血性脳梗塞による左上下肢麻痺と診断され、発症後20日目にリハビリテーション病院に転院しました。転院後、毎日2時間以上のリハビリテーションを1ヵ月実施し、Fugl-Meyer Assessment Upper Extremity(FMA-UE)は51/66点、Box and Block Test(BBT)は20個、9-Hole Peg Test(9-HPT)は86.6秒まで回復しましたが、上肢の表在感覚と深部感覚に障害を認め、麻痺の回復はその時点で停滞し、依然として物体操作時に物体の落下が生じていました。 そこで、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を介入に取り入れました。この装置は左手指に取り付けた触覚センサーで左手指の触覚情報を取得し、その情報を振動情報に変換し、左鎖骨遠位端に装着した振動子から伝達する仕組みになります(図1-A)。9-HPT(図1-B)を毎日5回、計15日間実施し、そのうち6日目から10日目にウェアラブル装置を装着しました。 図(A)ウェアラブル装置はセンサーを麻痺側人差し指に装着し、物品に触れた際の触覚情報を振動に変換し、鎖骨に装着した振動子から伝達します。(B)9-Hole Peg Test(9-HPT)は皿からペグを9つの穴に入れ、再び皿に戻すまでの所要時間を計測します。ペグをテーブルに落とした場合はエラーとして始めからやり直しました。介入プロトコルは1〜5日目と11〜15日目はウェアラブル装置を装着せずに9-HPTを毎日5回実施し、6〜10日目はウェアラブル装置を装着して9-HPTを毎日5回実施しました。 評価はFMA-UE、BBT、感覚評価とし、15日間の前後に実施しました。また、運動主体感の変化を捉えました。さらに、5日間ごとの9-Hole Peg Test(9-HPT)のエラー数(ペグをテーブルに落下させた回数)と所要時間を算出し、それらの関係をクロスラグ相関分析にて確認しました。 介入による不快感や重大な有害事象は示しませんでした。FMA-UEは51/66点から61/66点となり、BBTは20個から23個に増えましたが、感覚機能の変化ありませんでした。ウェアラブル装置を取り入れていた6〜10日目の期間で「手指の感覚がわかった」という発言が出現し、その後の11〜15日目の期間にはウェアラブル装置がないにも関わらず「自分の動きの感覚がわかり、(物体を)見なくてもできるようになった」という内省が聞かれました。また、運動主体感の指標からも改善していることが確認されました。15日間における9-HPTのエラー数と所要時間について、どちらも時間経過とともに改善し、物品操作時の過剰なつまみ動作や物品落下頻度も減少しました。またクロスラグ相関分析から、エラー数が減少した後に所要時間が減少するという時間差の関係が確認されました。 これらの結果から、脳卒中後の感覚運動障害を有する上肢運動機能障害に対して、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を取り入れたリハビリテーション介入が有効である可能性が示唆されました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 脳卒中後、感覚運動機能障害により上肢運動機能の回復が停滞している患者のリハビリテーションに、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を使用しました。その結果、それまで停滞していた上肢運動機能の回復が確認でき、物品把持に伴う過剰なつまみ動作と物品の落下頻度の両方が減少しました。これにより、動摩擦情報による知覚生成を用いたリハビリテーション介入が、脳卒中後の手指の感覚運動障害に対する新しい治療戦略となる可能性が見つかりました。 論文情報 Ayaka Awaji, Takeshi Fuchigami, Rento Ogata, Shu Morioka Effects of Vibration-Based Generation of Timing of Tactile Perception on Upper Limb Function After Stroke: A Case Study Cureus, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.12.26
外傷性脳損傷後の両眼性複視患者に対する眼球運動訓練と視線分析:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター
外傷性脳損傷後には両眼性複視を含む眼球運動障害を合併することが多いとされています。これらの障害は転倒による骨折の可能性を高め、日常生活活動や生活の質の回復に悪影響を及ぼします。特に複視症状を呈した患者の治療経過をまとめた報告はほとんどありません。岸和田リハビリテーション病院 中村 兼張 氏、本学客員研究員 渕上 健 氏、本学 森岡 周 教授らは、外傷性脳損傷後に両眼性複視を呈した患者に対して眼球運動訓練を実施し、その治療経過をまとめました。この研究成果は、Journal of Medical Case Reports誌(Eye movement training and gaze analysis for a patient with binocular diplopia after traumatic brain injury: a case report)に掲載されています。 研究概要 外傷性脳損傷患者の約90%が両眼性複視を含む眼球運動障害を発症すると報告されています。両眼性複視とは、1つの物体が2つの物体に知覚される状態であり、左右の眼球の視軸のズレによって引き起こされます。複視を含む両眼視機能の障害は、転倒による骨折の可能性を高め、運動能力や日常生活動作、QOLの回復に悪影響を及ぼします。複視に関連する輻輳、追視、およびサッカードに関する眼球運動訓練は既に臨床現場で導入されており、治療効果が報告されています。しかし、これまでの研究では、輻輳や近視、眼球運動障害に焦点が当てられることが多く、専門機器で測定できる複視症状に関する亜急性期からの長期的な追跡調査報告はほとんどありません。岸和田リハビリテーション病院の 中村 兼張 氏、本学 客員研究員 渕上 健 氏、本学 森岡 周 教授らは、両眼性複視を呈した患者に対して眼球運動訓練を実施し、眼球運動機能、複視症状のみでなく、視線推移の評価も加えて経過を追跡しました。 本研究のポイント ■ 両眼性複視に対する眼球運動訓練の治療経過を追跡した。 ■ 効果判定には、眼球運動機能と複視症状、そして視線推移を評価した。 ■ 治療効果が確認されるとともに、障害側だけでなく非障害側への訓練の必要性が示唆された。 研究内容 患者は30代男性で、外傷性脳損傷後に右眼球の外転方向への運動機能低下と両眼性複視症状を呈していました。運動麻痺や感覚障害、高次脳機能障害は認めませんでした。毎日2回、40分間の眼球運動訓練を行い、これを4週間継続しました。眼球運動訓練の内容は、セラピストがゆっくりまたは素早く右側に動かしたレーザーポインターを追視させること、右眼球を外転方向へ最大に動かし保持させること、@ATTENTION(クレアクト社製)に搭載された機能で点滅するターゲットを追視させることでした。 治療経過は、右眼球の外転方向への運動距離、正中からの複視出現角度、Holmesの複視質問票を用いて追跡しました。さらに、@ATTENTIONに搭載されている視線推移も計測しました。 右眼球の外転距離と複視出現角度(左図)、視線推移(右図)、視線座標の誤差ともに改善し、複視質問票の点数も介入前の76点から、2週後に26点、4週後に12点と改善を認めました。 左図:右眼球外転距離と複視出現角度の介入前、2週後、4週後の結果 右眼球外転距離(A)は介入前と比べて、2週後と4週後の距離が増加していました。複視出現角度(B)は介入前から2週後、4週後と経過する中で、出現角度が大きくなっていることから、複視が出現しにくくなっていることがわかりました。 右図:@ATTENTIONによる視線推移評価の結果 経過とともに視線推移のばらつきが減少していることが確認できました。 これらの結果から、眼球運動訓練を行うことで、障害されていた右眼球外転運動や複視が改善し、視線も安定することが確認できました。また、4週後には障害側の的と視線との誤差よりも、反対側の的と視線との誤差が大きくなっていたことから、障害側だけでなく、非障害側への眼球運動訓練の必要性が示唆されました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 両眼性複視に対する眼球運動訓練の経過を追跡し、その有効性が認められました。さらに、視線推移分析から、障害側への眼球運動訓練だけでなく、非障害側への眼球運動訓練も必要であることが示唆されました。今後は、症例数を増やし、前向き研究デザインで効果を検証していく必要があります。 論文情報 Kaneharu Nakamura, Takeshi Fuchigami, Shu Morioka Eye movement training and gaze analysis for a patient with binocular diplopia after traumatic brain injury: a case report. Journal of Medical Case Reports, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.12.26
大住倫弘准教授と冬木正紀准教授の発明が特許を取得しました~健康科学研究科
本学大学院健康科学研究科の大住 倫弘准教授と冬木 正紀准教授が発明した脳卒中リハビリテーションの結果予測AIにより、冬木学園が特許権を取得しました。この発明は本学が推進している次世代研究開発プロジェクトにおける萌芽的研究の成果であり、リハビリテーションの実施有無の判断やスムーズな実施に役立つ発明です。 ▼特許第7384341号 「脳卒中患者の身体の痛みの改善を目的とするリハビリテーションの効果を予測するための方法、及び、システム」 大住准教授と冬木准教授からのコメント 脳卒中によって出現する“痛み”が運動療法を中心とした理学療法で緩和するか/しないかをAIで予測するシステムを発明しました。 脳卒中後には、しびれたような痛み、電気が走るような痛み、灼けるような痛みなど、さまざまな痛みが出現します。これらの痛みは理学療法によって緩和することもありますが、なかなか緩和しないこともあり、痛みの予後は患者さんによって大きく異なります。そのため、患者さんは「良くなるのか分からない痛み」に悩みながらリハビリテーションをしなければいけない状況にあり、それが原因でリハビリテーションがうまく進みません。 今回の発明の前段階での研究では,患者さんごとに異なる痛みの“性質”に着目して、その性質によって痛みの予後を予測できるかを検証しました。そして、「ねじられるような痛み」「押されると生じる痛み」を有する患者さんは理学療法で痛みが緩和しやすく、それとは逆に「冷たいものに触れると生じる痛み」「しびれたような痛み」を有する患者さんの痛みは理学療法では緩和しにくいことを明らかにしました。この研究成果を踏まえて、リハビリ前の痛みの性質のデータからリハビリの結果を予測するAIシステムを発明しました。 このAIシステムでは、患者さんが悩む痛みの性質をシステムに入力するだけで、数ヶ月間のリハビリの後に痛みが緩和するかしないかを判定してくれます。そのため、患者さんおよび医療従事者は、数ヶ月先の状況を見越してリハビリテーションプログラムを計画することができます。このようなAIシステムは、先の見える医療を具現化し、患者さんの不安を低減してリハビリテーションに集中できることに貢献すると考えています。 今後は、このAIシステムの導入によってもたらされるリハビリテーション効果、医療経済効果などを調査していく予定です。 健康科学研究科 准教授 大住 倫弘 准教授 冬木 正紀 【関連記事】 修了生の幾嶋祥子さんと冬木正紀准教授の発明が特許を取得しました~健康科学研究科 健康科学研究科の庄本康治教授と冬木正紀准教授の発明が特許を取得しました。 冬木特任准教授の発明が新たに特許を取得しました~教育学習基盤センター 冬木特任准教授の発明が特許を取得しました~教育学習基盤センター
2023.12.22
この痛みは私のせいじゃない:非予測的な負の出来事に対する認知過程~ニューロリハビリテーション研究センター
「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など、自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず、その痛みは自分のせいで起こったのではないと認識してしまうことがあります。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 林田 一輝 客員研究員、森岡 周 教授 らは、非予測的な負の結果に対する認知過程について実験心理学的手法を用いて明らかにしました。この成果は、Consciousness and Cognition誌(I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in situations with unpredictable outcomes)に掲載されています。 研究概要 ある出来事について、それを生み出していると考えられる何らかの原因に結び付ける心理過程を原因帰属といいます。しばしば臨床では、「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など、自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず、その痛みは自分のせいで起こったのではないと原因帰属してしまうことがあります。このような患者は、他人に原因帰属をしてしまうため、患者教育が難渋する場合があります。痛みというネガティブな出来事を適切に原因帰属させることは、行動変容を促すために重要ですが、原因帰属は主観的な要素が多く科学的に扱うことが難しいため、その認知的メカニズムは不明でした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田 一輝 客員研究員らの研究チームは、原因帰属を客観的に測定できるtemporal bindingという現象に着目し、行為を自分の意志で選択した場合(自由選択条件)と他者に強制された場合(強制選択条件)とで原因帰属が変化するのかどうかを、健常者を対象に実験的に調査しました。その結果、行為に伴って痛みが与えられた時、自由選択条件と比較して強制選択条件で自分への原因帰属が減少することが示されました。驚くべきことに、自由選択条件と強制選択条件では、痛みの程度は同等に感じていることも示されました。これらの結果から、他者のせいにする、といった原因帰属は、ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました。 本研究のポイント ■ 自由選択と強制選択が痛みの原因帰属を変調させるかどうかの認知プロセスを調べた。 ■ 強制選択に痛みを伴うと自己への原因帰属が減少することが明らかにされた。 研究内容 強制選択が痛みの原因帰属に影響するかどうかを、健常者を対象とした実験で検証しました。単純な意思決定課題と痛み刺激を組み合わせた修正版temporal binding課題を用いました。Temporal binding課題とは、認知的な原因帰属を暗黙的かつ定量的に評価できる方法として知られています。あるキーを押して(行為を実行する)、100ms時間間隔を空けて、音が鳴る(出来事が起こる)という状況おいて、そのキー押しと音の間の時間間隔を参加者に推定させる課題です。推定した時間間隔が短いほど、行為と出来事の強い結びつけを認知しており、原因帰属を定量化できるとされています。 実験参加者は、自由選択条件と強制選択条件を遂行しました。画面上の3つのキーのうち1つは音だけが出る確率が最も高いキー、もう1つのキーは音と触覚刺激が出る確率が最も高いキー、最後のキーは音と痛み刺激が出る確率が最も高いキーであることが参加者に伝えられていました。自由選択条件では、痛み刺激を避けるようにキーを選択して押すように参加者に伝えられました。強制選択条件では、強制的に選択された黒塗りのキーを押すように指示されました。実際には、各キーはそれぞれの刺激を与える確率が同じでした(そのことを参加者は知りませんでした)。つまり、痛み刺激を受ける確率は、参加者がどのキーを押しても同じでした(33.3%)。すなわち、自由に選択できるかどうかの要因のみが操作されました。この課題にTemporal binding課題を組わせた実験を行いました。(図1) 図1:実験課題 キー押しの後、数100msの時間間隔が空いて、音のみ、音と触覚または音と痛みが提示される。その後、時間間隔の推定と痛みの程度をNumerical Rating Scale(NRS)にて評価する。自由選択条件と強制選択条件の両方を実験参加者は遂行した。 その結果、行為に伴って痛みが与えられた時、自由選択条件と比較して強制選択条件で推定時間間隔が有意に長くなることが示されました(図2)。つまり他者強制された時に痛みを伴うと自分への原因帰属が減少していました。驚くべきことに、自由選択条件と強制選択条件では、痛みの程度は同等であるという結果も得られました。これらの結果から、他者のせいにするといった原因帰属は、ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました。この成果は、患者教育の際に患者の自由意志を確保する重要性を示しています。 図2:実験の結果 A:時間推定の結果、値が小さい程キー押しと音との時間間隔を短く推定しており、原因帰属が強いことを表す。痛みが提示された条件において、自由選択と比較して強制選択が有意に長くなった。 B:痛みの結果、自由選択条件と強制選択条件で有意な差は認めなかった。データは平均±標準誤差を表す。*p<0.05 NRS:Numerical Rating Scale 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究によって、原因帰属は自由選択が重要な要因であることが示されました。今後の研究では、痛みの原因帰属の根底にある認知過程が患者の行動を変化させるかどうかを調べる予定です。 論文情報 Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Taku Matsukawa, Yuya Nagase, Shu Morioka I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in the unpredictable situation whether negative outcomes. Consciousness and Cognition, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2023.12.21
畿央大学から世界へ!修了生がコロンビア大学で研究を続けています~健康科学研究科
私は2018年度に健康科学研究科博士後期課程(森岡周研究室)を修了した片山脩です。現在はコロンビア大学の認知神経科学部門で博士研究員として研究を続けています。近況報告と院生の頃を思い出しながら書かせていただきます。 学位取得後から現在 博士号の学位を取得した2019年4月から国立長寿医療研究センター予防老年学研究部に特任研究員として勤務を開始しました。その後、2021年4月から日本学術振興会の特別研究員となり、2023年の6月より現在のコロンビア大学で博士研究員として研究を続けています。 コロンビア大学ではドイツ、フランス、オランダ、イラン出身の博士研究員の方々と研究の話だけでなく、業務後にメジャーリーグを一緒に観戦したり、休日にホームパーティーをしたりと充実した生活を過ごしています。 ▼ラボのメンバーと 社会人院生として学位を取れた理由 私は、理学療法士として愛知県の田舎にある小さな病院で勤務していました。1年目から持ち続けていた臨床での疑問を解決できないまま過ごしていましたが、このままではいけないと決意して理学療法士7年目の春に健康科学研究科に入学しました。 私が愛知県で勤務しながら、社会人院生として学位を取得できたのには大きな理由があります。それは2014年の入学時点で講義はライブ配信とオンデマンド配信が完備されていたことです。そのため、愛知県にいながら仕事後にライブで講義を受講することや、残業で聞けなかった講義をオンデマンドで受講することができました。 どちらも今では当たり前となっていますが、当時は完備されている大学は珍しく社会人院生が学位を取れる仕組みの先駆けが畿央大学でした。 私は愛知県に住んでいることもあり、大学の事務の方々と関わる機会も多くありました。いつも丁寧に対応してくだったおかげで、遠隔地に住む社会人院生でも安心して学びに集中することができました。今でもとても感謝しております。 ▼修士課程時代 院生生活を振り返って 私が修士課程と博士後期課程でお世話になった健康科学研究科の森岡 周教授の研究室では、週に1度のゼミには修士課程から博士後期課程の院生が20名ほど集まっていました。研究分野は痛み、姿勢制御、高次脳機能障害、小児、目標設定など多岐に渡っており、一見まとまりがないように思われても、論理的思考で物事を捉えるという共通した意識があったため、自身の研究分野でなくても的確で建設的な議論が毎週行われていました。そのレベルの高さに入学して不安にもなりましたが、社会人院生の先輩、同期、後輩にも恵まれて学位を取得することができました。 世界を意識するきっかけとなった出会い 私が院生の頃は金子 章道栄誉教授が健康科学研究科長をされており、講義を受講していました。講義の合間にしてくださるハーバード大学へ留学されていた頃のお話が私は大好きで、何としても真実を突き止めるという金子先生の信念の強さと研究者としての本質を学びました。私が一番お世話になった森岡 周教授の講義は必ず教室で受講したかったため、毎週愛知県で午前中勤務し午後から奈良県に通っていました。森岡先生からもフランスに留学されていた頃のお話を聞かせていただき、留学して現場を自身の目で見てくることへの憧れを抱きました。そして、在学中には国際学会での発表機会も与えていただき海外の研究者とディスカッションをする醍醐味を経験させていただきました。 ▼Society for Neuroscience (北米神経科学学会)にて 留学をして感じていること 留学をして今、感じていることは、院生の頃に多分野の方々と論理的思考を繰り返し行ってきた経験がとても役に立っているということです。コロンビア大学で自身の研究について教授や同僚に伝える際、もちろん言語の壁はありますが客観的に物事を捉えて論理的に説明をすることは同じであり、その礎が健康科学研究科で築かれたと感じています。 留学前には、壮行会を開催していただき一緒に学んだ仲間との絆が今もなお続いていることに喜びを感じました。(その時の様子はこちらから) 末筆ながら、貴大学の一層のご発展を心よりお祈りいたします。 博士後期課程 (森岡周研究室)2018年度修了生 コロンビア大学 博士研究員 片山 脩 【関連記事】 大学院修了生のColumbia University留学に向けた壮行会を開催!~森岡研究室 教員・大学院生が2nd International symposium on EmboSSで発表!~ニューロリハビリテーション研究センター 大学院生が国際疼痛学会(IASP 2018)でポスター発表! 森岡周教授と大学院生が第40回日本疼痛学会で発表!~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 長崎大学大学院 運動障害リハビリテーション学研究室と研究交流会を開催!~ニューロリハビリテーション研究センター