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健康科学専攻(博士後期課程)

2024.07.24

基本チェックリストを用いた新たな認知症スクリーニングモデルの検討~地域リハビリテーション研究室

認知症は世界的な課題であり、今後、わが国でも認知症高齢者が増加すると推計されています。各地方自治体において、要介護状態のリスクが高い高齢者を抽出するために基本チェックリスト*が用いられています。基本チェックリストの認知機能項目への該当状況は、認知症の発症に有用であることが報告されています。しかし、認知症の初期症状は記憶障害だけでなく、日常生活のあらゆる場面に問題が生じることが多く、基本チェックリストの認知機能項目だけでは、ハイリスク者を十分に抽出できていない可能性があります。 本学大学院健康科学研究科客員研究員の中北智士、健康科学研究科の松本大輔 准教授、高取克彦 教授は、基本チェックリストの全25項目のうち、5項目が1年間の新規認知症発症に関連し、5項目の合計スコアが、基本チェックリストの認知機能項目や総得点よりも予測精度が優れていることを明らかにしました。 この研究成果は、Geriatrics & Gerontology International誌に掲載されています。認知症に対する早期発見・治療の可能性を高め、認知症に対する予防的介入の一助になることが期待されます。 *基本チェックリスト:二次予防事業対象者の選定のために厚生労働省が作成した。全25項目7つのドメイン(生活機能、運動機能、栄養状態、口腔機能、閉じこもり、認知機能、抑うつ)で構成されている。 研究概要 A市在住の要介護認定を受けていない65~80歳の高齢者を1年間追跡し、死亡者を除外した6,476名を対象に、新規認知症発症(認知症高齢者のに日常生活自立度Ⅱa以上)に関連する基本チェックリストの個別項目を検討しました。 本研究のポイント • 1年間の認知症発症は40名(0.6%)でした。年齢、性別、家族構成、主観的健康感、ウォーカビリティ、身体活動、近所づきあい、社会参加を調整しても、基本チェックリストの#2買い物、#5相談、#6階段昇降、#18物忘れ、#20時間的方向性の5項目が新規認知症発症に関連することが明らかとなりました(図1)。 図1:基本チェックリストの個別項目と認知症発症との関連   また、5項目の合計スコアは、感度55.0%、特異度84.1%、AUC 0.76(カットオフ値 2点)と認知機能項目や基本チェックリスト合計スコアよりも有意に精度が高いことが示されました(図2)。 図2:5項目の合計スコア、認知機能項目、基本チェックリスト合計スコアの認知症発症の予測精度の比較   本研究の結論および意義 本研究は基本チェックリストの個別項目と認知症発症との関連性を示した数少ない研究です。基本チェックリストの認知機能項目以外の項目であっても1年間の認知症発症の予測に有用であることが示唆されました。本研究で示した5項目の合計スコアは、介護予防に関わる地域包括支援センター、保健師等の専門職、介護事業所等においても簡便で一般臨床で活用しやすく、効果的なハイリスク者の抽出や認知症に対する予防的介入の一助となると考えられます。今後は、このスクリーニングモデルが長期的な認知症発症の予測にも有用であるかを検証していく予定です。 謝辞 研究にご協力いただきました住民の皆様,役場の方々に感謝申し上げます。 論文情報 Nakakita S, Matsumoto D, Takatori K. Development of a new screening model for predicting dementia using individual items of the Kihon Checklist in community-dwelling older adults. Geriatr Gerontol Int. 2024. First published:17 July 2024. 問合せ先 畿央大学健康科学部理学療法学科 准教授 松本 大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp 地域リハビリテーション研究室ホームページ

2024.07.12

人工膝関節全置換術後の長引く痛みと関連する疼痛の性質~ニューロリハビリテーション研究センター

人工膝関節全置換術(TKA)の施行によって歩行や階段動作といった日常生活の問題が改善される一方で、およそ2割の患者は長引く痛みを経験しています。畿央大学大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏、森岡 周 教授らは、TKA術前・術後において患者が訴える疼痛の性質において、とりわけ術後2週の「ひきつるような」という疼痛の性質が、術後3ヵ月・6ヵ月まで長引く痛みの存在に関連していることを明らかにしました。この研究成果は、Scientific Reports誌(Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty)に掲載されています。疼痛の性質は痛みの病態を反映しており、術後遷延痛に対して、より具体的なリハビリテーション介入選択の一助になることが期待されます。 研究概要 TKA術前・術後の疼痛強度は長引く痛みの関連因子ですが、その要因は様々です。疼痛の性質は痛みの病態を理解するために重要な情報を提供するため、本研究では、術前・術後に患者が訴える疼痛の性質に着目し、術後3ヵ月・6ヵ月の疼痛強度との関連性を分析しました。 本研究のポイント ■「ずきんずきん」や「鋭い」、「うずくような」といった関節炎に由来するような疼痛の性質は、術前から術後2週で(すなわちTKAの施行によって)改善されていることがわかりました。 ■ 術前の「ビーンと走る」、「うずく」、「軽く触れるだけで痛い」、「しびれ」、術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質は術後3ヵ月の疼痛強度と関連しましたが、とりわけ「ひきつるような」は、術後3ヵ月・6ヵ月の遷延痛の存在(NRS≧3)と関連していることが分かりました。 研究内容 TKA患者52名を対象に、術前と術後2週の疼痛強度(Numerical Rating Scale: NRS)と様々な疼痛の性質(Short Form McGill Pain Questionnaire – 2: SFMPQ2)を評価し、それぞれが比較されました。その結果、関節炎に由来するような「ずきんずきん」や「鋭い」、「うずくような」といった疼痛の性質はTKAの施行後に改善されていることが分かりました(図1)。     図1:術前と術後2週における疼痛の性質   「ずきんずきん」や「鋭い」、「うずくような」、「疲れてくたくたになるような」といった疼痛の性質は、術前と比べて術後2週で有意に改善しました。また、「さわると痛い」や「むずがゆい」といった疼痛の性質はわずかに悪化しました。   続いて、マルコフ連鎖モンテカルロ法による事後分布推定を用いたベイズアプローチによって、術前・術後2週における疼痛の性質と、術後3ヵ月・6ヵ月時点における疼痛強度の関連性を分析した結果、いくつかの術前(「ビーンと走る」、「うずくような」、「軽く触れると痛い」、「しびれ」)と、術後2週(「ひきつるような」)の性質が、術後3ヵ月の疼痛強度と関連していることがわかりました。また、これらの性質と術後3ヵ月および6ヵ月における遷延痛の存在(NRS≧3)の関連性を分析したところ、術後2週における「ひきつるような」のみが関連していることがわかりました(図2)。     図2:疼痛の性質と術後遷延痛の関連性   いくつかの疼痛の性質(術前:「ビーンと走る」、「うずく」、「軽く触れるだけで痛い」、「しびれ」、術後2週:「ひきつるような」)は、術後3ヵ月の疼痛強度と関連していました。さらに、術後2週の「ひきつるような」といった疼痛の性質のみが術後3ヵ月、6ヵ月における遷延痛(NRS≧3)の存在と関連していました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 TKA術後遷延痛の予防において、周術期の疼痛管理で特に焦点を当てるべき疼痛の性質が明らかとなり、痛みの病態に基づいた介入戦略選択の一助になると考えられます。今後はこのような疼痛の性質の背景にある運動障害や末梢/中枢神経制御のメカニズムを検証していく予定です。 論文情報 Koga M, Maeda A, Morioka S. Description of pain associated with persistent postoperative pain after total knee arthroplasty. Sci Rep. 2024 Jul 2;14(1):15217. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 古賀優之 教授・センター長 森岡 周 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.06.27

令和6年度「大学・高専機能強化支援事業」に本学が採択されました。

  2024年6月26日(水)、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の助成事業「大学・高専機能強化支援事業」の「学部再編等による特定成長分野への転換等に係る支援(支援1)」に採択されました。   「大学・高専機能強化支援事業」は、デジタル・グリーン等の成長分野をけん引する高度専門人材の育成に向けて、意欲ある大学や高等学校が成長分野への学部転換等の改革に予見可能性をもって踏み切れるよう、機動的かつ継続的に行なわれる国による支援です。   心身の健康を支えるアメニティ・オブ・ライフ(Amenity of Life)の実現を目指す「健康工学部」の設置 ~事業概要~ 現代社会における多様なニーズに応え、格差や制約を有する全ての市民が豊かな生活を享受できる社会を構築することで、地域住民におけるAmenity of Life( AOL)の実現を⽬指す「健康工学部」の開設を令和8年度に計画している(入学定員90名、収容定員360名)。 「建築・まちづくり」「室内環境」「衣環境」「ヘルステック」「ウェルネスデザイン」といった幅広い分野にわたる教育課程において、データサイエンスを統合し、心身の健康を支えるAOLを実現するための革新的な知識と技術を持つ人材を育成することを⽬的としている。 健康工学部は、産官学連携拠点「(仮)KIOウェルネスヒル」を併設し、社会における教育研究の成果の実装を⽬指す重要なプロジェクトを推進する。地域住民が豊かな人生をデザインするための支援や、PBL課題解決型学修等を通した連携・協働を積極的に展開する。   なお、7月中旬には新学部紹介ページを公開し、順次情報を更新していく予定です。   ▼クリックでPDFが開きます。   関連リンク 「大学・高専機能強化支援事業」の第2回公募選定結果(文部科学省) 令和6年度選定分 | 助成事業 | 独立行政法人 大学改革支援・学位授与機構   

2024.06.18

パーキンソン病患者における静止立位時の足圧中心の包括的多変量解析~ニューロリハビリテーション研究センター

パーキンソン病患者は、病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈しますが、その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています。畿央大学大学院健康科学研究科 研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎 氏、森岡 周 教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは、パーキンソン病患者の姿勢障害を構成する5つの因子を抽出し、抽出された姿勢障害の因子より6つのサブタイプに分類できることを明らかにしました。この研究成果はJournal of NeuroEngineering and Rehabilitation誌に掲載されています。このようなサブタイプ分類により、パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます。 研究概要 パーキンソン病患者は、病気の進行とともに姿勢反射応答の低下や体幹の前屈姿勢などが顕著となり、立位姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈することが知られています。ヒトの立位時の姿勢の揺れは、重心動揺計を用いた足圧中心により評価され、揺れの大きさや速さなどから姿勢障害の特徴づけがされています。しかし、姿勢不安定性があるパーキンソン病患者では、単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく、むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されています。パーキンソン病には、臨床徴候や病歴、発症年齢、疾患進行速度などの違いから異なるサブタイプが存在することが広く知られており、姿勢障害の特徴についても様々なサブタイプが存在することが想定されています。そこで畿央大学大学院研究生/西大和リハビリテーション病院の藤井 慎太郎氏、森岡 周教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは、健常者およびパーキンソン病患者に対して静止立位時の重心動揺を計測し、様々な特徴量を持つ変数に「因子分析」を施すことで姿勢障害の構成要素(因子)の抽出を試みました。その結果、揺れの大きさ、前後・左右・高周波(揺れの頻度)、閉ループ制御(揺れに基づく修正能力)といった5つの因子が特定されました。次いで、抽出された因子を用いた「クラスター分析」を試みることにより、6つのタイプに分類可能であることを見出しました。パーキンソン病の重症度での比較では、姿勢障害を構成する因子に有意差がみられませんでしたが、サブタイプ間においては明確に異なる値を示していました。またパーキンソン病の発症からの期間の長さや症状の重症度についても有意な違いを示しており、この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせることを明らかにしました。 本研究のポイント ■ パーキンソン病患者における静止立位時の重心動揺変数を用いた因子分析およびクラスター分析により、姿勢障害の特徴分類を試みた。 ■ 姿勢障害の構成要素とみなし得る5つの因子が抽出され、因子得点を用いたクラスター分析を行うことによりパーキンソン病患者の姿勢障害が6つのサブタイプに分類できることを明らかにした。 研究内容 パーキンソン病患者は、病気の進行とともに姿勢の不安定性や転倒リスクの増加といった姿勢障害を呈します。ヒトの静止立位時の姿勢の揺れは、重心動揺計を用いた足圧中心(center of pressure: CoP)の評価によって定量化され、揺れの範囲や速度などの時空間変数から姿勢障害の特徴づけが試みられています。しかし、パーキンソン病患者では、単に重心動揺計での揺れが増大しているのみでなく、むしろ揺れが過少となっている症例も存在することが指摘されており、その特徴には様々なサブタイプが存在することが想定されています。そこで本研究では、静止立位時の足圧中心(CoP)時系列データを用いてPD患者における姿勢障害の特徴分類を行うことを目的としました。   対象はパーキンソン病患者127名、健常若年者71名、健常高齢者47名でした。対象者は重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測しました。計測されたCoP時系列データから、95%楕円信頼面積などの空間変数、平均移動速度などの時間変数、パワースペクトル分析を用いた周波数特性およびフラクタル解析の手法であるStabilogram Diffusion Analysis(SDA)により、短時間領域(Ds)/長時間領域の傾き(Dl)、短時間/長時間領域の切り替え時間(CP)など計23変数を算出しました(図1左)。その後、パーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴を抽出するために、各変数について因子分析を実施しました。その結果、95%楕円信頼面積や平均移動速度などの関連が強い動揺振幅因子や、左右周波数因子、前後周波数因子、高周波因子、SDAの変数であるDlやCPの関連が強い動揺拡散因子といった5因子が抽出されました(図1右)。     図1:計測方法の概要および因子分析の結果 (高解像度の図はこちらをクリック) 左:計測方法およびCoPより算出された変数一覧。重心動揺計の上で30秒間の静止立位のCoPを計測し、計測されたCoP時系列データから30変数を算出した(うち7変数は除外)。 右:算出された23変数を用いた因子分析により、5つの因子が抽出された。   臨床分類として、健常高齢者およびパーキンソン病患者は、健常若年者と比較し動揺範囲因子および高周波因子において有意に高値を示しましたが、PD重症度間では有意差を認めませんでした(図2左)。次にパーキンソン病患者における姿勢不安定性の特徴の違いに基づいてサブタイプを分類するために、抽出された因子を用いたガウス混合モデルによるクラスター分析を行いました。健常若年者を除く174名での5因子を用いたクラスター分析の結果、6つのクラスターに分類されました。これらのクラスター間において、因子得点は明確に異なる値を示しており、この分類はパーキンソン病患者における姿勢障害のサブタイプとみなせると考えられました(図2右)。     図2:臨床分類とクラスター分類間での因子得点の比較(高解像度の図はこちらをクリック) 臨床分類において、PD重症度間(左)では因子得点に有意な違いを示さなかったが、クラスター分類(右)では、各因子得点に明確な違いを示した。   図3は代表的な4症例を提示しています。この4症例は疾患重症度が同程度であるにもかかわらず、因子得点は明確に異なる結果を示しており、それぞれ異なるクラスターに分類されました。このことからも、単に疾患重症度から姿勢制御の問題を捉えるのではなく、それぞれのサブタイプに応じた姿勢制御の病態を捉える必要があると考えられます。     図3:各クラスターの代表4症例(高解像度の図はこちらをクリック) 各クラスターの代表4症例を示す。疾患重症度は同程度であるが、各因子得点は明確に異なっており、それぞれが異なる姿勢制御を示していることが示唆された。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究により、パーキンソン病患者の姿勢障害のタイプに基づいた適切なリハビリテーション介入の一助となることが期待されます。今後はパーキンソン病患者で生じる体幹の前屈や側弯といった姿勢異常や筋活動特性を包含した姿勢障害の特徴分類を予定しています。 論文情報 Shintaro Fujii, Yusaku Takamura, Koki Ikuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima A comprehensive multivariate analysis of the center of pressure during quiet standing in patients with Parkinson’s disease. Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation, 2024 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 研究生 藤井 慎太郎 教授・センター長 森岡 周 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.06.17

痛みの性質を観察することで脳卒中後疼痛のリハビリテーション予後を推定できるか?~ニューロリハビリテーション研究センター

脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain:PSP)は、脳卒中を発症した患者の約40%が経験するとされる痛みです。脳卒中後疼痛は、患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えるため、その予後を正確に予測し、適切なリハビリテーションを計画する必要があります。畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程1年 浦上 慎司、ニューロリハビリテーション研究センター 大住 倫弘 准教授らの研究グループは、痛みの性質データ(うずくような、しびれたような)を活用すれば痛みのリハビリテーション予後を推定できることを明らかにしました。この研究成果はPhysical Therapy誌(Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality)に掲載されています。 研究概要 脳卒中後疼痛(Post-Stroke Pain:PSP)は、脳卒中を発症した患者の約43%が経験するとされる痛みです。この痛みは肩の痛み、筋肉の痙攣による痛み、神経障害性疼痛など、様々なタイプがあり、患者の日常生活やリハビリテーション過程に大きな影響を与えます。PSPの管理は患者の機能回復にとって重要であり、痛みの質に応じた個別化された治療が理想とされています。今回の研究により、脳卒中後の痛み(PSP)のリハビリテーション予後は、痛みの性質に依存することが明らかになりました。 本研究のポイント ■ 痛みの性質に基づく患者分類: 脳卒中後疼痛患者を4つの異なるクラスターに分類し、それぞれの痛みの性質に基づいて個別のリハビリテーション戦略が提案されました。 ■ リハビリテーション効果の差異: 一部のクラスターでは、従来の運動療法ベースのリハビリテーションが有効である一方、他のクラスターでは追加の治療法が必要とされることが判明しました。 ■ 個別化されたリハビリテーションの必要性: 痛みの性質に応じた個別化されたリハビリテーション戦略が、脳卒中後疼痛の治療に重要であることが示されました。 研究内容 本研究では、脳卒中後疼痛を有する85名の患者を対象に、痛みの質に基づいて4つの異なるクラスターに分類しました(下図の左:こちらをクリック)。クラスター1は「冷たい刺激が痛いグループ」、クラスター2は「しびれがつよいグループ」、クラスター3は「圧痛がつよいグループ」、クラスター4は「深部痛がつよいグループ」で構成されました。患者は、12週間にわたる運動療法ベースのリハビリテーションを受け、痛みの強さを縦断的に観察されました。クラスター4の患者は、従来の運動療法ベースのリハビリテーションにより痛みの強度が有意に軽減されましたが、クラスター1およびクラスター2の患者は痛みの軽減が見られませんでした(下図の右:こちらをクリック)。この研究結果から、症例ごとに異なる痛みの性質によってリハビリテーション予後が異なることが分かりました。痛みの性質は、症例の痛みを発生させている病態メカニズムを表現していると考えられていることから、それぞれの病態によってリハビリテーション予後が異なるということが考えられます。そのため、個別化されたリハビリテーション戦略が重要であり、特に、従来のリハビリテーションが効果的でない場合、追加の治療法(例:経頭蓋直流刺激など)が必要となる可能性があります。 図:脳卒中後疼痛の痛みの性質に基づくクラスター分類とそれぞれのグループのリハビリテーション予後 *高解像度の図はこちらをクリックして下さい。 本研究の臨床的意義および今後の展開 今回の研究では、症例が日常的に表現する痛みの性質(ズキズキなど)を軽んじてはいけないということが再確認されました。また、リハビリテーションの初期段階での痛みの性質の評価をすることで、予後を予測できるだけでなく、リハビリテーションの選択を迅速に提供できるようになるとのことです。 論文情報 Uragami S, Osumi M, Sumitani M, Fuyuki M, Igawa Y, Iki S, Koga M, Tanaka Y, Sato G, Morioka S. Prognosis of Pain after Stroke during Rehabilitation Depends on the Pain Quality. Phys Ther. 2024 Apr 3:pzae055. doi: 10.1093/ptj/pzae055. Epub ahead of print. PMID: 38567849. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 浦上慎司 准教授 大住倫弘 E-mail: m.ohsumi@kio.ac.jp

2024.06.04

痛みの概日リズムの評価は短縮可能か?-慢性疼痛を有する地域住民を対象とした研究-~ニューロリハビリテーション研究センター

痛みの概日リズムとは24時間周期の痛み感受性の変動を意味します。こうした痛みの概日リズムを把握することで、痛みによって制限を受けている日常生活活動や生活の質の改善を目的としたリハビリテーションがより効果的に進むのではないかと考えられています。しかし、痛みの概日リズムの評価期間はこれまで7日間が一般的であり、日内に数回評価する特性上、患者負担が大きいことが問題視されていました。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの田中 陽一 客員研究員と森岡 周 教授らは、痛みの概日リズムの評価期間が3日間であっても、従来の7日間の評価から得られた結果と概ね一致することを明らかにしました。この研究成果は、Journal of Pain Research誌(Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain)に掲載されています。 研究概要 慢性疼痛患者に対し自身で痛み管理を行いながら日々の生活活動や身体運動の適正化を目標に教育的介入を行っていくことは重要であり、より具体的で効率的な教育的介入を行う為には、慢性疼痛患者の痛み概日リズムを把握する必要があります。しかしながら、従来痛みの概日リズムの評価期間は7日間が主流となっており、患者負担が大きいことから評価として定着しない現状がありました。そこで本研究では7日間評価と比較し、3日間評価の妥当性をカッパ係数を用いて検証しました。 本研究のポイント ■ 金曜から日曜の3日間が最も7日間評価との一致度が高いことがわかりました。 ■ 金曜から日曜、火曜から木曜の3日間では概ね7日間評価と一致していましたが、日曜から火曜の3日間では他の曜日と比べ7日間評価との一致度が低下していました。 研究内容 地域在住の慢性疼痛患者を対象に、痛みの概日リズムの評価として起床時、9時、12時、15時、18時、21時の6時点での痛みの評価を7日間実施しました。個々の参加者について6時点の痛みスコアを用いてクラスター分析を行い、7日間評価による分類と、各3日間評価(火曜‐木曜、金曜‐日曜、日曜‐火曜)による分類間の一致度をカッパ係数を用いて確認しました。 図1.7日間評価による痛みの概日リズムの分類 各クラスターには以下の基準が適用されました; CL1:痛みの強さは起床時に最小で、その後上昇し、正午以降はスコア0を超えた。CL2:起床時と21時にスコア0を上回り、日中は下回る。CL3:VASスコアは起床時にピークに達し、時間の経過とともに低下し、正午過ぎにはスコア0を下回った。 各3日間評価の分類を7日間評価の分類基準と照らし合わせて相違を確認し、7日間評価と各3日間評価の被験者内変動性をカッパ係数を用いて調べたところ、金曜-日曜の3日間が最も高いカッパ係数を示し(k=0.77)、次いで火曜-木曜(k=0.67)、日曜-火曜(k=0.34)という一致度であった。先行研究においてカッパ係数が0.58~0.80の間であれば、良好な一致を示すとされており、金曜-日曜、火曜-木曜の3日間評価は7日間評価の結果と一致していると考えられます。しかし、日曜日から火曜日までの3日間の一致度は低くなっており、本研究の結果は、3日間評価の有効性を示すと同時に、特定の曜日によっては一致度にばらつきが生じることも強調する結果となりました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究で得られた知見は、3日間評価から得られた結果が、従来の7日間評価から得られた結果と一致することを示しています。痛みの概日リズムの評価を短縮できるようになれば、臨床における評価がさらに確立され、痛みのリズムを考慮した疼痛管理が容易になると考えられます。また、評価時間の短縮は早期介入につながり、患者満足度の向上にも寄与すると思われます。したがって、本研究の結果は、患者の個人差を考慮し、評価期間を短縮した痛みの概日リズム評価を確立する必要性を示唆しています。 論文情報 Tanaka Y, Fujii R, Shigetoh H, Sato G, Morioka S. Can the Assessment of the Circadian Rhythm of Pain Be Shortened? A Study of Community-Dwelling Participants with Chronic Pain. J Pain Res. 2024 May 25 ; 17 :1929-1940. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 田中 陽一(タナカ ヨウイチ) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.04.21

運動出力の調節には「感覚フィードバック」が重要~ニューロリハビリテーション研究センター

リハビリテーションの臨床で多く接する脳卒中患者において、運動麻痺は軽度であるにも関わらず感覚障害によって動作拙劣を呈するような症例をしばしば目にすると思います。本研究はその背景メカニズムを捉えるために、手指による物体把持動作における感覚フィードバックの影響を検討することを目的として実施しました。畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の 赤口 諒 氏、森岡 周 教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島 則天室長(畿央大学客員教授)らの研究グループは、慢性期脳卒中患者の物体把持動作中の特徴として、①過剰な力発揮、②把持動作時の安定性低下、③予測制御の停滞を見出し、これらの運動制御の停滞が運動麻痺よりもむしろ感覚障害に強く影響を受けることを明らかにしました。この研究成果はClinical neurophysiologyに掲載されています。 研究概要 脳卒中後に生じる手指の麻痺や動作の拙劣さは日常生活の利便性に直結するため、手指機能の改善はリハビリテーションの主要な目標となっています。軽度の運動麻痺にも関わらず、感覚障害が原因で動作が不器用になる脳卒中患者は決して少なくありません。そのため、手指を用いた物体の把持動作において、感覚フィードバックがどのように影響するかを理解することは、その背景メカニズムを探る上で重要です。物体把持時の力の調節は、感覚フィードバックに基づく運動制御の一般的なモデルとして、長年にわたって研究されてきました。しかし、リハビリテーション分野で広く用いられている臨床的アウトカム尺度は、主に四肢運動の運動学的特性(例:Fugl-Meyer AssessmentやAction Research Arm Test)に焦点を当てており、運動制御戦略(例:把持力制御)には焦点が当てられていません。 このギャップを埋めるために、畿央大学大学院博士後期課程/摂南総合病院の赤口 諒氏、森岡 周教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能研究室の河島則天室長(畿央大学客員教授)を含む研究グループは、把持力計測装置を使用し、既存の研究で明らかにされた制御方略と計測・解析方法を臨床に応用する新しいアプローチを開発しました。彼らは、慢性期脳卒中患者の把持力調節の特徴把握のために、①物体重量に応じた力調節、②動作安定性、③予測制御の3つの観点から評価しました。その結果、脳卒中患者が物体を把持する際に過剰な力を発揮し、動作が不安定で、予測制御が停滞していること、さらには上記特徴が運動麻痺よりも感覚障害の影響を強く受けることを明らかにしました。この研究に用いている計測装置は、臨床現場で活用可能なシンプルなもので、かつ臨床評価の一環として取得・集積したデータを分析することで得られた知見であることに、大きな意義があると考えられます。 手指による物体の把持動作の円滑な遂行には、行った動作(運動出力)とその結果(感覚フィードバック)を照合・修正するプロセスが重要です。感覚情報に基づく運動調節は、動作実行中のオンライン制御だけでなく、運動の結果として得られた誤差情報を次の動作に修正・反映させるオフライン制御(予測制御や運動学習の基となる内部モデルに基づく運動制御)に大別されます。本研究では、運動制御における感覚フィードバックの重要性に焦点を当て、①物体重量に応じた力調節、②動作安定性、③予測制御の側面から分析するため、3つの課題を設定して把持力を計測しました。     図1:把持力計測装置と計測方法の概要   患者さんは各課題でロードセルおよび加速度計が内蔵された装置を把持して持ち上げます。計測は①3種類の異なる重量設定下での5秒反復把持課題(重量の違いに基づく力発揮調節を検証)、②30秒静的把持課題(物体把持時の安定性を検証)、③動的把持課題(把持物体を上下方向に動作させた際の予測制御を検証)で実施し、把持力(Grip force)と加速度(ACC)を計測しました。各課題の把持力と加速度の時系列データの代表例とその後の解析結果の代表例を提示しています。 本研究のポイント ■ 慢性脳卒中患者の物体把持力制御能は、感覚障害の影響を大きく受ける。 ■ 長期にわたる感覚入力の欠如は、内部モデルの更新を妨げ、予測的な把持力制御を困難にしている。 ■ 把持力制御に関する詳細な評価を行うことで、脳卒中患者における手指機能障害のメカニズム理解の一助となる。 研究内容 対象は麻痺側の手指で物体を把持できる脳卒中患者24名でした。運動麻痺はFugl-Meyer Assessment、感覚障害はSemmes Weinstein Monofilament Testで評価しました。把持力計測は、前記3課題を実施し、得られた把持力および加速度データを用いて、①物体重量に応じた把持力の感度特性(回帰式のゲイン・切片)の評価、②安定把持局面の加速度パワースペクトル解析による把持安定性、③物体把持下での上下動作時の把持力と負荷力のカップリングの程度について相互相関解析による評価を行いました。     図2 :研究結果の概要   患側は健側よりも過剰な力発揮と物体把持安定性の低下、予測制御が停滞していることが明らかになりました。   全課題を通して、把持力は健側と比べ患側で有意に大きく、この結果は重量に応じた把持力の変化を示す回帰式の切片における有意な増加に反映されています。把持動作時の安定性は患側で乏しく、30秒間の静止把持課題時の加速度スペクトル密度の振幅と低周波シフトにその特徴が表れています。また、動的把持課題の把持力と負荷力の相互相関係数は、健側に比べて患側で低い値を示しました。     図3:運動麻痺・感覚障害との関連性   運動麻痺よりも感覚障害との相関係数が大きいことが明らかになりました。   これらの特徴は感覚障害との関連性が高く、感覚障害が重度であるほど過剰な出力が生じ、物体の把持安定性が失われ、予測制御が損なわれる傾向が示唆されました。感覚情報は動作逐次のフィードバック制御だけでなく、結果を次の動作に活かす「内部モデルの更新」にも不可欠です。したがって、感覚障害を持つ症例の動作の不器用さや過剰出力は、単なる実行エラーではなく、予測制御の困難さが一因である可能性を示唆しています。     図4:運動麻痺優位、感覚障害優位、双方混在の典型例の対比   感覚障害優位、双方混在の典型例Patient W、 Xは運動麻痺優位の典型例Patient Cと比べて、把持力過剰出力、物体把持安定性の低下、予測制御の停滞となる特性を認めました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 把持力計測は単に運動出力の調節を検討するだけでなく、感覚情報を手掛かりとしたフィードバック制御や予測制御の成否を把握することを可能にします。運動制御のどの側面に停滞が生じているのかを感覚障害との関連から見極めた上で適切な課題設定や動作指導を行うことができれば、残存機能を最大限に活用した動作獲得を目指す上での足掛かりとなる可能性があり、高い臨床的意義を持つものと考えます。 この論文に用いたデータは実験計画を立てた上での研究目的のデータ取得ではなく、通常臨床における症状の特性評価を目的として実施したデータを、一定数集積後に事後的に分析したものです。既に研究レベルで得られている知見を臨床評価に応用し、リハビリテーション臨床における症状特性把握に活かすことは、極めて重要だと考えられます。 研究グループでは、今回の研究で明らかにしたような「評価的観点」からの試みに加え、感覚障害由来の動作拙劣さを呈する脳卒中患者に対してどのようなリハビリテーション介入を行うことで手指機能の改善に繋げられる可能性があるのか、という視点での「介入的観点」での取り組みを進めており、把持力計測を用いてその効果検証をするための介入研究を進めています。 尚、本研究で使用した把持力計測装置は、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能障害研究室の研究成果をもとに、株式会社テック技販が既に製品化しています。 論文情報 Ryo Akaguchi, Yusaku Takamura, Hiroyuki Okuno, Shu Morioka, Noritaka Kawashima. Relative contribution of sensory and motor deficits on grip force control in patients with chronic stroke. Clinical Neurophysiology  2024. 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 博士後期課程 赤口 諒(アカグチ リョウ) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.04.12

ニューロリハビリテーション研究センター開設10周年を終えて~センター長より

  畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターは2013年に設立され、2014年にはハード面であるオープンラボが完成し、それから10年が経過しました。全室ガラス張りの研究室かつ実験室と隣接する施設は、教員、研究者、大学院生、学部生の垣根を越え、その都度ディスカッションやミーティングがはじまるといった空間となりました。       このセンターは、理学療法学科や大学院健康科学研究科の教員を含む7名の研究者と客員研究員で構成されており、研究の発信、研究の指導、web・SNSを通じた情報提供、各種研究会やセミナーの開催、専門職向けリカレント教育、地域住民向け講座の実施、他の研究機関との共同研究会など、多岐にわたる活動を展開してきました。                   2014年度から2023年度にかけての10年間で、センターの研究者が発表した研究成果は、学術論文が合計316編、そのうち査読付きの国際論文が189編、査読付きの国内論文が28編、招待総説が99編にのぼります。近年ではインパクトの高い雑誌だけでなく、専門領域にとっては重要な雑誌への掲載も多くなっています。また、著書は分担執筆を含めると74編に上ります。新型コロナウイルスの影響で2020年と2021年は落ち込みが見られましたが、国際学会発表は74回、国内学会発表は494回、招待講演(民間企業からの依頼を除く)は344回に及びます。さらに、学会表彰は26件、年次外部研究費の獲得件数は累積にすると93件に上ります。     大学院生の研究成果が神経学領域で最も権威ある雑誌「Brain」に掲載されました 大学院生の半側空間無視に関する原著論文が「iScience」に掲載されました     事業に関しては、初期の活動は、ニューロリハビリテーション関連のセミナーやフォーラムの開催が中心でしたが、最近では主に専門領域の研究会を主催しています。こうした活動には、この10年間で合計5,000名以上の参加者に恵まれ、センター設立以前の活動を含めると約15,000名が参加され、専門職のリカレント教育に大きな役割を果たしてきました。最近では、YouTube動画やSNSを通じた研究内容のわかりやすい発信、地域住民向けの腰痛予防講座、シニア層向けの脳講座、子どもの運動発達に関する定期検査など、社会への貢献も行っています。そして、多くの研究機関(東京大学、明治大学、東海大学、立教大学、東京都立大学、武庫川女子大学、国立障害者リハビリテーションセンター研究所、フランス国立衛生医学研究所、リヨン大学病院、リヨン高等師範学校など)や臨床施設(主に大学院生が属している施設)との共同研究を通じ、多くの研究費を取得するとともに、国内最大規模のCREST獲得にもつながり、国際共同研究の主導的な役割を担うに至りました。     センターの知名度の向上に伴い、毎年、センターやその研究者の活動を知った高校生が本学に進学する例も見受けられます。         今後も研究発信と地域貢献をさらに推進し、「ニューロ」に限らず、より広範なウェルビーイングに関わる研究センターへと成長するとともに、イノベーションを生み出す場所として成長していくことを目指しています。センターのさらなる発展のため、ご協力とご支援を引き続き賜りたいと存じます。     畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡  周 関連リンク ニューロリハビリテーション研究センターHP 公式Facebook 公式X(Twitter) 公式Instagram 公式YouTube(10分でわかる脳の構造と機能・3分でわかるニューロリハの研究)

2024.04.05

令和6年度入学式を行いました。

2024(令和6)年4月2日(火)、健康科学部339名、教育学部196名、健康科学研究科24名(修士課程19名、博士後期課程5名)、教育学研究科修士課程3名、助産学専攻科10名、臨床細胞学別科8名、あわせて580名の新しい畿央生が誕生しました。 学部は午前10時から、大学院・専攻科・別科は午後3時からと2部にわけて入学式を行いました。     午前の学部生入学式は冬木記念ホールにすべての学生が集まり、保護者はその様子を中継会場から視聴・参加する形で行われました。       冬木正彦学長が学科ごとに入学許可を行い、つづく学長式辞では、”建学の精神である「徳をのばす」「知をみがく」「美をつくる」を大切にしながら充実した4年間を過ごしてほしい”という激励のメッセージがありました。     新入学生代表として現代教育学科1回生 高橋愛未さんから入学生宣誓が、在学生代表として健康栄養学科3回生有馬実優さんから歓迎のことばがありました。       続いて畿央大学の学歌をアカペラ部「#ADVANCE」の学生が紹介し、閉式となりました。       式典後は、冬木記念ホールで新入生へオリエンテーションを、また保護者に対しては、各教室にて各学科の教員から挨拶をさせていただきました。     当日は晴天に恵まれ、あたたかい一日となりました。オリエンテーション後は、フォトスポットや入学式の看板の前で撮影する姿もあれば、先輩からクラブ・サークルの紹介を受けている姿が見られました。                     午後3時からは大学院健康科学研究科、教育学研究科、助産学専攻科および臨床細胞学別科の入学式が冬木記念ホールにて行なわれました。入学許可の後、学長、研究科長・専攻科長・別科長から祝辞をいただきました。     新入生の皆さん、入学おめでとうございます!畿央大学で充実した時間が過ごせるように、また皆さんの夢がかなうように教職員一同全力でサポートしていきます。  

2024.03.29

急性期運動器疾患患者におけるサルコペニアの骨格筋量指標に関連する要因の検討-Sonographic Thigh Adjustment RatioとSkeletal Muscle Indexとの比較-~健康科学研究科

サルコペニア*は加齢に伴い、筋肉が痩せ衰える疾患であり、国際的にも注目されている老年医学のトピックの一つです。サルコペニアは骨折や人工関節術後(運動器疾患)患者さんの機能回復に悪影響を及ぼすことがわかっているため、早期発見・早期介入が重要になってきます。 サルコペニアの診断基準であるAsian Working Group for Sarcopenia 2019(AWGS2019)では、骨格筋量の測定が必須になります。生体電気インピーダンス法(Bioelectrical Impedance Analysis:BIA)を用いた機器(体組成計)によって測定された四肢の骨格筋量を身長(m2)で除したSkeletal Muscle Index(SMI)が広く用いられています。BIA法は汎用性の高いものの、今回、対象となる運動器疾患患者さんによく見られる浮腫や手術後に体内金属があると誤差が出やすいことが指摘されています。 一方、2021年に国際リハビリテーション医学会からISarcoPRMという新たなサルコペニアの診断基準が提案されました。AWGS2019との大きな違いは骨格筋量の評価方法として、超音波画像診断装置(エコー)で測定した大腿四頭筋の筋厚をBody Mass Index(BMI)で除したSonographic Thigh Adjustment Ratio(STAR)が導入されたことです(図1,2)。その理由として、骨格筋量の低下は一般的に下肢から起こりやすく、大腿部に着目することでより早期の変化を捉えられる可能性があることが挙げられます。また、浮腫などの影響を受けにくいという特徴があり、急性期の運動器疾患患者に対するサルコペニアの評価として有用ではないかと考えられます。 しかし、今までわが国でSTARに関する研究は実施されておらず、また、SMIと比較して関連する要因について検討したものもありませんでした。 そこで、本学大学院健康科学研究科修士課程の池本大輝、健康科学研究科の徳田光紀客員准教授、健康科学研究科の松本大輔准教授らは、急性期病院に入院された運動器疾患患者を対象に、STARとSMIを同時に評価し、それぞれの関連要因を比較、検討しました。その結果、STARとSMIは互いに相関せず、関連要因も異なり、独立した骨格筋量指標であることやSTARは入院前の歩行能力と関連が強い骨格筋量指標である可能性があることを明らかにし、その内容が日本栄養・嚥下理学療法雑誌に掲載されました。   *サルコペニア:加齢に伴う進行性の骨格筋量および筋力低下と定義されており、転倒、骨折、入院、死亡のリスクが高い疾患である。   研究概要 急性期病院へ入院された65歳以上の運動器疾患患者130名を対象に、サルコペニアの診断における骨格筋量指標であるSTARと SMIを評価しました。その他の評価には、入院前の歩行能力(Functional Ambulation Categories:FAC)、認知機能(Mini - Mental State Examination:MMSE)、栄養状態(Mini Nutritional Assessment Short Form:MNA - SF)などを評価し、SMIおよびSTARに関連する要因を相関分析・重回帰分析を用いて検討しました。     図1:エコーによる大腿四頭筋筋厚の測定風景   図2:エコーで測定した筋厚の代表的な画像(撮像:池本)   本研究のポイント STARとSMIの間に相関関係を認めなかったことから、互いに異なる骨格筋量指標である可能性が示唆されました。 また、STARには入院前の歩行能力のみが正の関連を認めました(図3)。一方で、SMIには性別や疾患種別、栄養状態等が関連し、入院前の歩行能力は負の関連を認めました。       図3.STAR と入院前歩行能力の散布図     本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究は、わが国で初めてSTARを用いた研究です。STARはSMI とは異なる要因を含んだ骨格筋量評価であり、年齢・性別や栄養状態とは関連が少なく、より歩行能力(身体機能)を反映した骨格筋指標である可能性が明らかとなりました。STARの理解が深まるだけでなく、エコーを用いた骨格筋量評価を実施する際の貴重な情報になると考えられます。今後は、STAR の臨床的な有用性について更なる検討を行い、対象者の皆様に還元できる研究を進めてまいりたいと思っています。 謝辞 研究にご協力いただきました対象者の皆様、共同研究者の方々に感謝申し上げます。 論文情報 池本大輝,徳田光紀,松本大輔・他:急性期運動器疾患患者におけるサルコペニアの骨格筋量指標に関連する要因の検討-Sonographic Thigh Adjustment RatioとSkeletal Muscle Indexとの比較-.日本栄養・嚥下理学療法学会雑誌.2024.早期公開   問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 修士課程 池本大輝 准教授  松本大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp

2024.03.29

中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいた筋骨格系患者の臨床転帰~ニューロリハビリテーション研究センター

痛みが慢性化する要因となる痛覚変調性疼痛には、損傷量から予測されるよりも広い範囲で生じる強い痛みや疲れやすさ、不眠、記憶力の低下、気分の不調といった様々な症状(中枢性感作関連症状)が含まれています。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 重藤 隼人 客員研究員と同大学院 博士後期課程の 古賀 優之 氏、森岡 周 教授らは、このような中枢性感作関連症状と疼痛強度に基づいたグループ分類において、中枢性感作関連症状が強いことは疼痛強度にかかわらず臨床転帰が不良になることを明らかにしました。この研究成果は、Scientific Reports誌(Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms)に掲載されています。 研究概要 筋骨格系疼痛患者は、しばしば不眠や疲労といった中枢性感作関連症状(Central sensitization-related symptoms: CSS)を呈します。しかしながら、疼痛が軽度でもCSSが強かったり、CSSが軽度でも疼痛が強かったりと、個々の患者で臨床症状は様々です。本研究では質問紙表の結果を用いたCSSと疼痛強度の重症度から4つのグループに分類し、横断的な特徴や縦断的な臨床転帰を分析しました。 本研究のポイント ■ CSSと疼痛強度によって分類された4つのグループでは、身体知覚異常や心理的要因の観点から特徴が異なることがわかりました。 ■ CSSと疼痛強度が共に軽度のグループではNRSの改善が良好でしたが、その他のグループでは改善しにくい傾向があり、とりわけCSSが重度な二つのグループでは臨床転帰が不良であることが分かりました。 研究内容 有痛患者を対象に、短縮版CSI(CSI9)と様々な性質の痛み強度を点数化するShort Form McGill Pain Questionnaire – 2(SFMPQ2)を評価し、これら二つの質問紙の評価結果に基づいて、4つの群に分類しました。横断的分析の結果から、各群で異なる特徴が抽出されました(図1)。   図1 :多重比較結果に基づく各グループの特徴   疼痛/CSSがともに強いGroup3は疼痛強度、CSS、身体知覚異常、心理的要因が全て重度でした。これに対し、Group4は身体知覚異常と心理的要因が軽度~中等度であり、Group2は疼痛強度、身体知覚異常が重度であるという特徴がみられました。Group1は全ての項目が軽度でした。   縦断的解析として、Numerical Rating Scale(NRS)のMinimal Clinically Important Difference(急性痛: 22%、慢性痛: 33%)に基づいた1ヵ月後の疼痛改善者割合を分析したところ、Group1のみ改善は良好であり、Group2、3、4は改善しにくい傾向にあることがわかりました(図2)。   図2:各群におけるNRS改善者割合の比較   Group1は疼痛改善が良好でしたが、Group2、3、4は疼痛改善が良好とはいえませんでした。また、CSSが重度なGroup3、4では約5割しか疼痛改善者がいませんでした。   更に、個々の患者が縦断的にどの群へ移行するかを分析したところ、CSSが重度なGroup3、4では、軽症群であるGroup1への移行が少ないことに加え、痛みがさほど強くないGroup4に属する患者の一部(5/40人、12.5%)は重症群であるGroup3へ移行していることがわかりました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 不眠や疲労感といった関連症状が強い場合、臨床転帰が不良となりやすく、痛みが軽度でも改善しにくいことや、一部の患者は重症化することもあるため、患者の訴えを注意深く観察し適切に対処していく必要があります。今後は、このような関連症状を呈する患者の背景にある神経過敏性についても検証していく予定です。 論文情報 Hayato Shigetoh, Masayuki Koga, Yoichi Tanaka, Yoshiyuki Hirakawa, Shu Morioka. Characterizing clinical progression in patients with musculoskeletal pain by pain severity and central sensitization-related symptoms. Sci Rep. 2024 Feb 28;14(1):4873. 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 重藤 隼人(シゲトウ ハヤト) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2024.03.26

令和5年度卒業証書・学位記・修了証書授与式を行いました。

  2024年3月14日(木)、晴天に恵まれ春の陽気を感じる温かさのなか「令和5年度卒業証書・学位記・修了証書授与式」が冬木記念ホールで挙行されました。   健康科学部323名(理学療法学科68名・看護医療学科94名・健康栄養学科96名、人間環境デザイン学科65名)、教育学部現代教育学科192名、大学院30名(健康科学研究科修士課程26名、健康科学研究科博士後期課程3名、教育学研究科修士課程1名)、助産学専攻科9名、臨床細胞学別科10名の合計564名が門出の日を迎えました。     冬木記念ホールにて卒業生・修了生全員が一堂に会し、保護者の皆さまには別会場より中継を通じて授与式の様子を見守っていただきました。キャンパスには華やかな袴姿や笑顔があふれ、共に学び切磋琢磨した学友たちと手を取り合い写真撮影する様子が見られました。     午前10時に開式し、国歌斉唱、学歌斉唱の後、壇上で学科・大学院・専攻科・別科ごとの代表者に卒業証書・学位記・修了証書が授与されました。引き続いての学長表彰では、特に優秀な成績を修めた各学科学生1名が表彰を受けました。       冬木正彦学長による式辞では、入学直後からコロナ禍でのキャンパスライフを余儀なくされたことを労いながら、建学の精神「徳をのばす」「知をみがく」「美をつくる」を実践して社会で活躍すること、困った時にはいつでも母校に帰ってきてほしいと力強い激励のメッセージが贈られました。続いて、広陵町長代理 広陵町教育委員会教育長 植村 佳央様、畿央大学後援会 副会長 篠本 由美子様、畿桜会 副会長 川口 忠輝様より祝辞をいただきました。       その後、在校生を代表して現代教育学科3回生の岡 未知さんが送辞を、卒業生を代表して現代教育学科4回生の岸 維織さんが答辞を述べ、厳かな雰囲気でおこなわれた式典は、幕を閉じました。       式典終了後は各学科ごとにわかれ、卒業生・修了生一人ひとりに卒業証書・修了証書が手渡され、各学部長・学科長より祝辞として今後の社会での活躍に向けてエールが送られました。                               卒業生・修了生の皆さん、本当におめでとうございます。これからそれぞれの場所へ羽ばたかれ、更に成長した姿を見せに母校に戻ってきてくださることを心待ちにしています。 皆さんの新天地でのご活躍を教職員一同、心から祈っています。   【関連記事】 令和4年度卒業証書・学位記・修了証書授与式を行いました。

2024.01.10

高齢者では「気持ちの年齢」が実年齢を超える場合、生活機能の低下と要介護リスクを増加させる可能性 :KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より〜理学療法学科

個人の健康状態や将来の疾病リスクを反映する代理指標として主観的年齢(気持ちの年齢)が注目されており、将来の健康状態を評価するための生物心理社会的マーカー(Biopsychosocial Marker)として広く研究されています。主観的年齢や老化感(Self-perceptions of Aging)と疾患の発生との関係を調べた研究では、主観的年齢が高く、よりネガティブな老化感を有する者は、心臓疾患および脳卒中の発生リスクが高いことが示されており(Stephanら, 2021)、また死亡リスクとの関係を調べた縦断研究では、主観的年齢が高い人は、低い人よりも死亡率が高いことが報告されています(Ripponら, 2015)。 理学療法学科の高取克彦 教授、松本大輔 准教授らは、KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査にて奈良県A町在住の高齢者を対象に主観的年齢と高次生活機能(買い物、公共交通機関の利用などレベルの高い生活機能)および新規要介護認定の発生との関係を明らかにするために3年間の追跡調査を実施しました。結果として、地域在住の一般高齢者において主観的な年齢が実年齢を超える者は、将来の高次生活機能を低下させ、要介護リスクを増加させる可能性があることが分かりました。この研究内容は日本老年医学会雑誌に掲載されました。 研究概要 奈良県A町の地域在住高齢者を対象に郵送式調査を行い、3年間追跡調査が可能であった2,323名を分析対象としました。主観的年齢の評価は「気持ちの年齢についてお答えください」という問いに対して「年相応」「実際の年齢より若い」「実際の年齢より上である」の選択肢を設定しました。その他の評価には、高次生活機能(老研式活動能力指標および JST 版活動能力指標)、運動定着(週1回以上の運動実施)などを聴取し、追跡調査時にはこれらに加え、対象者の新規要介護認定の発生状況についても調査しました。 その結果、調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は高次生活機能、一般性自己効力感(物事をやり遂げる自信)が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少ない結果となりました。 また追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少ないことが分かりました。さらに新規要介護認定を従属変数としたロジスティック回帰分析の結果で は、他の関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが独立したリスク因子であることが明らかとなりました(OR=3.33,95%CI: 1.02~10.94,p<0.05)。 本研究のポイント ■地域高齢者の大規模コホートを3年間の前向きに調査し、調査開始時の主観的年齢と追跡調査時の高次生活機能および新規要介護認定との関係性を明らかにした。 ■調査開始時において「実際の年齢より上」と感じている者は 高次生活機能、一般性自己効力感が有意に低く、他群に比較して運動が習慣化している者が少なかった。 ■ 追跡調査時に「実際の年齢より上である」と感じている者は他群に比較して新規要介護発生が多く、反対に「実際の年齢より若い」と感じている者では少なかった。(図1) 図1: 主観的年齢と高次生活機能との関係   ■年齢・性別など関連因子を調整しても「実際の年齢より上」と感じることが要介護状態発生の独立したリスク因子であることが明らかとなりました。(図2) 図2:主観的年齢と新規要介護発生リスクとの関係   本研究の意義 本研究は本邦で初めて地域高齢者の主観的年齢と新規要介護発生との関係を縦断的に調査したものになります。欧米での研究においては要介護認定という指標が存在しないため、日本における介護予防的な視点とはやや異なります。したがって日本人の高齢者を対象とした本研究の結果は、主観的年齢を評価することの重要性と、新たな心理社会的アプローチを考える上での一助になるものと考えられます。 論文情報 高取克彦,松本大輔・他:地域在住高齢者における主観的年齢と高次生活機能および新規要介護認定との関係-KAGUYAプロジェクト高齢者縦断調査より-. 日本老年医学会雑誌60巻4号(2023:10) 問合せ先 畿央大学健康科学部理学療法学科 教授 高取 克彦 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: k.takatori@kio.ac.jp 地域リハビリテーション研究室ホームページ

2024.01.10

脊髄小脳失調症患者の立位姿勢制御能改善に着眼した効果的な理学療法:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター

脊髄小脳変性症(SCD)は、小脳や脊髄の神経変性によって発生する運動失調を主症状とする進行性の疾患です。姿勢バランス障害は、SCDの主な症状の一つです。ライトタッチは姿勢の揺れを軽減するための広く知られた方法ですが、四肢に運動失調を持つSCD患者には適用されていませんでした。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院及び本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らの研究チームは、SCD患者の理学療法として体を壁に軽く接触させてリラックスした状態での静的立位保持を行い、その後、段階的に動的な姿勢バランス練習を導入することで、立位姿勢バランスと運動失調、日常生活動作(ADL)の改善に寄与したと報告しました。この研究結果は「Cureus」誌に「Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity」と題して掲載されました。   研究概要 脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Degeneration:SCD)は、小脳や脊髄後索の運動失調を主要な症状とする進行性の疾患です。SCD患者は姿勢バランスの維持が困難であり、多くの症例で転倒が報告されています。姿勢の揺れを軽減する手段としてライトタッチが知られていますが、これは通常、指先で行われ、四肢の運動失調があるSCD患者では適切な感覚情報の取得が困難になることがありました。本学理学療法学科4年の岩佐しおりさん、摂南総合病院および本学の博士後期課程の赤口諒さん、森岡周教授らによる研究では、壁面を利用したライトタッチの理学療法を介して段階的に動的な姿勢バランスへの移行を図り、その結果、SCD患者の立位姿勢バランスの改善と運動失調、日常生活動作(ADL)の向上が見られました。これらの効果は姿勢動揺及び立位保持時の筋活動の分析を通じて検証されました。 本研究のポイント ■進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者でも、適切な段階的理学療法を実施することで姿勢バランスが改善されることが示されました。 ■上肢に運動失調を持つSCD患者にとって、壁面への軽いタッチを利用することが有効であることがわかりました。 ■安定した静的立位姿勢の維持が、過剰な筋活動の抑制に寄与し、それが動的な姿勢バランスの練習へとつながることが確認されました。 研究内容 対象となったのは、6年前にSCDと診断され、その後の転倒により右第5中足骨基部と左脛骨近位部を骨折し、理学療法を開始した60代の患者です。左右の上下肢に運動失調が見られ、特に左下肢の運動失調が顕著であり、立位と歩行の能力が著しく低下していましたが、何とか意図的に立つことが可能なレベルでした。理学療法の介入初期から中期にかけてはライトタッチを利用し、力を抜いて楽に立つ練習を行いました。静止立位が安定した後期には、随意的な重心移動と道具を用いた関節間協調運動の練習を実施しました。歩行練習も計画通りに実施されました。理学療法の進行は初期から最終まで4期に分けて行われ、各期間は1週間ずつ設定されました。各段階でADL、歩行能力、SARA(包括的な運動失調検査)、BBS(包括的な姿勢バランス検査)、重心動揺、筋電図などの検査・測定を図1に示す通り行いました。     図1 :病歴および理学療法の経過 上図:特異的な姿勢バランス練習介入開始までの現病歴、下図: 特異的な姿勢バランス練習の内容・経過   患者は歩行器を用いて自立歩行が可能な状態で退院しました。また、BBS(Berg Balance Scale:包括的バランス尺度)とSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia:運動失調評価のための尺度)も改善が見られました。初期から最終段階にかけて、姿勢動揺が軽減しました。動揺面積と動揺速度、特に前後動揺の高周波パワー値(前後HF)の減少が認められました(図2A, B参照)。初期では、右前脛骨筋(Tibialis Anterior:TA)の活動が顕著でした(図2C参照)。その後、右前脛骨筋の活動が減少し、ふくらはぎのヒラメ筋(Soleus:Sol)とTAの同時収縮指数は初期から中期に増加しましたが、中期から後期にかけては減少しました。交差的時間差相関分析の結果、左ヒラメ筋と前脛骨筋の同時収縮とSARAの間には時間差のない負の相関関係が見られました。   初期に右前脛骨筋の過剰な活動により姿勢が不安定でしたが、ライトタッチによる姿勢練習を導入し、本介入が進むにつれて姿勢の揺れや前脛骨筋とヒラメ筋の同時収縮指数が減少しました。これは健常幼児の発達過程に似た自動的な姿勢制御への移行を示唆しています。結果として、段階的な介入によって進行性SCD患者にも顕著な理学療法の効果が得られることが示唆されました。     図2:重心動揺および筋活動の経過   本研究の臨床的意義および今後の展開 進行性の脊髄小脳変性症(SCD)患者において、壁面への軽いタッチを用いることで、過度な筋肉の収縮を伴わずに安定した立位を維持する学習が可能であることが示されました。これは意図的な姿勢制御を減らすことに繋がり、結果としてより動的な姿勢バランスの練習が実施可能であることが確認されました。この結果は、戦略的かつ適切な理学療法を実施することで、進行性の脊髄小脳変性症の患者にも有効である可能性があることを示唆しています。 論文情報 Shiori Iwasa, Ryo Akaguchi, Hiroyuki Okuno, Koji Nakanishi, Kozo Ueta, Shu Morioka Changes in Standing Postural Control Ability in a Case of Spinocerebellar Ataxia Type 31 With Physical Therapy Focusing on the Center of Gravity Sway Variables and Lower Leg Muscle Activity Cureus, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2023.12.28

振動を用いた接触タイミング知覚生起が脳卒中後上肢機能に及ぼす影響:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター

脳卒中後の麻痺した手指の感覚運動機能障害に対するリハビリテーションとして、視覚刺激、電気刺激、聴覚刺激が使用されていますが、これらは物品を操作する際に必要な手指と物品との間の摩擦(動摩擦)情報をリアルタイムにフィードバックすることはできません。本学 理学療法学科4年生 淡路彩夏氏、岸和田リハビリテーション病院及び本学客員研究員 渕上健氏、森岡周教授らは、感覚運動障害を持ち回復が停滞している脳卒中後の症例に対し、動摩擦情報をリアルタイムにフィードバック可能な新しいリハビリテーション装置を使用して介入を行い、その有効性を報告しました。この研究成果は、「Cureus」誌において「Effects of Vibration-Based Generation of Timing of Tactile Perception on Upper Limb Function After Stroke: A Case Study」として掲載されています。 研究概要 脳卒中後の感覚運動機能障害に対するリハビリテーションとして、視覚刺激や電気刺激、聴覚刺激を用いることが紹介されています。しかし、手指での物体の把持・操作においては、手指と物品との摩擦(動摩擦)情報が重要になります。本学理学療法学科4回生 淡路彩夏氏、岸和田リハビリテーション病院および本学の客員研究員である渕上健氏、そして 森岡周教授らは、脳卒中後の感覚運動障害により麻痺側上肢機能の回復が停滞している患者に対して、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を用いたリハビリテーション介入を実施し、手の感覚運動機能障害の改善効果を検証しました。 本研究のポイント ■ 脳卒中後の感覚運動機能障害により、麻痺側上肢機能の回復が遅延している症例を対象としました。 ■ リハビリテーション介入に、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を使用しました。 ■ 停滞していた麻痺側上肢機能が回復し、物品操作時の過剰なつまみ動作や物品落下頻度の減少が確認されました。 研究内容 患者は70歳代の男性で、出血性脳梗塞による左上下肢麻痺と診断され、発症後20日目にリハビリテーション病院に転院しました。転院後、毎日2時間以上のリハビリテーションを1ヵ月実施し、Fugl-Meyer Assessment Upper Extremity(FMA-UE)は51/66点、Box and Block Test(BBT)は20個、9-Hole Peg Test(9-HPT)は86.6秒まで回復しましたが、上肢の表在感覚と深部感覚に障害を認め、麻痺の回復はその時点で停滞し、依然として物体操作時に物体の落下が生じていました。 そこで、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を介入に取り入れました。この装置は左手指に取り付けた触覚センサーで左手指の触覚情報を取得し、その情報を振動情報に変換し、左鎖骨遠位端に装着した振動子から伝達する仕組みになります(図1-A)。9-HPT(図1-B)を毎日5回、計15日間実施し、そのうち6日目から10日目にウェアラブル装置を装着しました。     図(A)ウェアラブル装置はセンサーを麻痺側人差し指に装着し、物品に触れた際の触覚情報を振動に変換し、鎖骨に装着した振動子から伝達します。(B)9-Hole Peg Test(9-HPT)は皿からペグを9つの穴に入れ、再び皿に戻すまでの所要時間を計測します。ペグをテーブルに落とした場合はエラーとして始めからやり直しました。介入プロトコルは1〜5日目と11〜15日目はウェアラブル装置を装着せずに9-HPTを毎日5回実施し、6〜10日目はウェアラブル装置を装着して9-HPTを毎日5回実施しました。   評価はFMA-UE、BBT、感覚評価とし、15日間の前後に実施しました。また、運動主体感の変化を捉えました。さらに、5日間ごとの9-Hole Peg Test(9-HPT)のエラー数(ペグをテーブルに落下させた回数)と所要時間を算出し、それらの関係をクロスラグ相関分析にて確認しました。 介入による不快感や重大な有害事象は示しませんでした。FMA-UEは51/66点から61/66点となり、BBTは20個から23個に増えましたが、感覚機能の変化ありませんでした。ウェアラブル装置を取り入れていた6〜10日目の期間で「手指の感覚がわかった」という発言が出現し、その後の11〜15日目の期間にはウェアラブル装置がないにも関わらず「自分の動きの感覚がわかり、(物体を)見なくてもできるようになった」という内省が聞かれました。また、運動主体感の指標からも改善していることが確認されました。15日間における9-HPTのエラー数と所要時間について、どちらも時間経過とともに改善し、物品操作時の過剰なつまみ動作や物品落下頻度も減少しました。またクロスラグ相関分析から、エラー数が減少した後に所要時間が減少するという時間差の関係が確認されました。 これらの結果から、脳卒中後の感覚運動障害を有する上肢運動機能障害に対して、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を取り入れたリハビリテーション介入が有効である可能性が示唆されました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 脳卒中後、感覚運動機能障害により上肢運動機能の回復が停滞している患者のリハビリテーションに、動摩擦情報をリアルタイムでフィードバックできるウェアラブル装置を使用しました。その結果、それまで停滞していた上肢運動機能の回復が確認でき、物品把持に伴う過剰なつまみ動作と物品の落下頻度の両方が減少しました。これにより、動摩擦情報による知覚生成を用いたリハビリテーション介入が、脳卒中後の手指の感覚運動障害に対する新しい治療戦略となる可能性が見つかりました。 論文情報 Ayaka Awaji, Takeshi Fuchigami, Rento Ogata, Shu Morioka Effects of Vibration-Based Generation of Timing of Tactile Perception on Upper Limb Function After Stroke: A Case Study Cureus, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2023.12.26

外傷性脳損傷後の両眼性複視患者に対する眼球運動訓練と視線分析:症例報告~ニューロリハビリテーション研究センター

外傷性脳損傷後には両眼性複視を含む眼球運動障害を合併することが多いとされています。これらの障害は転倒による骨折の可能性を高め、日常生活活動や生活の質の回復に悪影響を及ぼします。特に複視症状を呈した患者の治療経過をまとめた報告はほとんどありません。岸和田リハビリテーション病院 中村 兼張 氏、本学客員研究員 渕上 健 氏、本学 森岡 周 教授らは、外傷性脳損傷後に両眼性複視を呈した患者に対して眼球運動訓練を実施し、その治療経過をまとめました。この研究成果は、Journal of Medical Case Reports誌(Eye movement training and gaze analysis for a patient with binocular diplopia after traumatic brain injury: a case report)に掲載されています。 研究概要 外傷性脳損傷患者の約90%が両眼性複視を含む眼球運動障害を発症すると報告されています。両眼性複視とは、1つの物体が2つの物体に知覚される状態であり、左右の眼球の視軸のズレによって引き起こされます。複視を含む両眼視機能の障害は、転倒による骨折の可能性を高め、運動能力や日常生活動作、QOLの回復に悪影響を及ぼします。複視に関連する輻輳、追視、およびサッカードに関する眼球運動訓練は既に臨床現場で導入されており、治療効果が報告されています。しかし、これまでの研究では、輻輳や近視、眼球運動障害に焦点が当てられることが多く、専門機器で測定できる複視症状に関する亜急性期からの長期的な追跡調査報告はほとんどありません。岸和田リハビリテーション病院の 中村 兼張 氏、本学 客員研究員 渕上 健 氏、本学 森岡 周 教授らは、両眼性複視を呈した患者に対して眼球運動訓練を実施し、眼球運動機能、複視症状のみでなく、視線推移の評価も加えて経過を追跡しました。 本研究のポイント ■ 両眼性複視に対する眼球運動訓練の治療経過を追跡した。 ■ 効果判定には、眼球運動機能と複視症状、そして視線推移を評価した。 ■ 治療効果が確認されるとともに、障害側だけでなく非障害側への訓練の必要性が示唆された。 研究内容 患者は30代男性で、外傷性脳損傷後に右眼球の外転方向への運動機能低下と両眼性複視症状を呈していました。運動麻痺や感覚障害、高次脳機能障害は認めませんでした。毎日2回、40分間の眼球運動訓練を行い、これを4週間継続しました。眼球運動訓練の内容は、セラピストがゆっくりまたは素早く右側に動かしたレーザーポインターを追視させること、右眼球を外転方向へ最大に動かし保持させること、@ATTENTION(クレアクト社製)に搭載された機能で点滅するターゲットを追視させることでした。 治療経過は、右眼球の外転方向への運動距離、正中からの複視出現角度、Holmesの複視質問票を用いて追跡しました。さらに、@ATTENTIONに搭載されている視線推移も計測しました。   右眼球の外転距離と複視出現角度(左図)、視線推移(右図)、視線座標の誤差ともに改善し、複視質問票の点数も介入前の76点から、2週後に26点、4週後に12点と改善を認めました。     左図:右眼球外転距離と複視出現角度の介入前、2週後、4週後の結果 右眼球外転距離(A)は介入前と比べて、2週後と4週後の距離が増加していました。複視出現角度(B)は介入前から2週後、4週後と経過する中で、出現角度が大きくなっていることから、複視が出現しにくくなっていることがわかりました。 右図:@ATTENTIONによる視線推移評価の結果 経過とともに視線推移のばらつきが減少していることが確認できました。   これらの結果から、眼球運動訓練を行うことで、障害されていた右眼球外転運動や複視が改善し、視線も安定することが確認できました。また、4週後には障害側の的と視線との誤差よりも、反対側の的と視線との誤差が大きくなっていたことから、障害側だけでなく、非障害側への眼球運動訓練の必要性が示唆されました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 両眼性複視に対する眼球運動訓練の経過を追跡し、その有効性が認められました。さらに、視線推移分析から、障害側への眼球運動訓練だけでなく、非障害側への眼球運動訓練も必要であることが示唆されました。今後は、症例数を増やし、前向き研究デザインで効果を検証していく必要があります。 論文情報 Kaneharu Nakamura, Takeshi Fuchigami, Shu Morioka Eye movement training and gaze analysis for a patient with binocular diplopia after traumatic brain injury: a case report. Journal of Medical Case Reports, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2023.12.22

この痛みは私のせいじゃない:非予測的な負の出来事に対する認知過程~ニューロリハビリテーション研究センター

「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など、自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず、その痛みは自分のせいで起こったのではないと認識してしまうことがあります。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 林田 一輝 客員研究員、森岡 周 教授 らは、非予測的な負の結果に対する認知過程について実験心理学的手法を用いて明らかにしました。この成果は、Consciousness and Cognition誌(I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in situations with unpredictable outcomes)に掲載されています。 研究概要 ある出来事について、それを生み出していると考えられる何らかの原因に結び付ける心理過程を原因帰属といいます。しばしば臨床では、「この痛みは私のせいで起こったんじゃない」「あの先生のせいでこの痛みがあるんだ」など、自分が引き起こした行為や運動に伴って痛みが誘発されたにも関わらず、その痛みは自分のせいで起こったのではないと原因帰属してしまうことがあります。このような患者は、他人に原因帰属をしてしまうため、患者教育が難渋する場合があります。痛みというネガティブな出来事を適切に原因帰属させることは、行動変容を促すために重要ですが、原因帰属は主観的な要素が多く科学的に扱うことが難しいため、その認知的メカニズムは不明でした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの林田 一輝 客員研究員らの研究チームは、原因帰属を客観的に測定できるtemporal bindingという現象に着目し、行為を自分の意志で選択した場合(自由選択条件)と他者に強制された場合(強制選択条件)とで原因帰属が変化するのかどうかを、健常者を対象に実験的に調査しました。その結果、行為に伴って痛みが与えられた時、自由選択条件と比較して強制選択条件で自分への原因帰属が減少することが示されました。驚くべきことに、自由選択条件と強制選択条件では、痛みの程度は同等に感じていることも示されました。これらの結果から、他者のせいにする、といった原因帰属は、ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました。 本研究のポイント ■ 自由選択と強制選択が痛みの原因帰属を変調させるかどうかの認知プロセスを調べた。 ■ 強制選択に痛みを伴うと自己への原因帰属が減少することが明らかにされた。 研究内容 強制選択が痛みの原因帰属に影響するかどうかを、健常者を対象とした実験で検証しました。単純な意思決定課題と痛み刺激を組み合わせた修正版temporal binding課題を用いました。Temporal binding課題とは、認知的な原因帰属を暗黙的かつ定量的に評価できる方法として知られています。あるキーを押して(行為を実行する)、100ms時間間隔を空けて、音が鳴る(出来事が起こる)という状況おいて、そのキー押しと音の間の時間間隔を参加者に推定させる課題です。推定した時間間隔が短いほど、行為と出来事の強い結びつけを認知しており、原因帰属を定量化できるとされています。   実験参加者は、自由選択条件と強制選択条件を遂行しました。画面上の3つのキーのうち1つは音だけが出る確率が最も高いキー、もう1つのキーは音と触覚刺激が出る確率が最も高いキー、最後のキーは音と痛み刺激が出る確率が最も高いキーであることが参加者に伝えられていました。自由選択条件では、痛み刺激を避けるようにキーを選択して押すように参加者に伝えられました。強制選択条件では、強制的に選択された黒塗りのキーを押すように指示されました。実際には、各キーはそれぞれの刺激を与える確率が同じでした(そのことを参加者は知りませんでした)。つまり、痛み刺激を受ける確率は、参加者がどのキーを押しても同じでした(33.3%)。すなわち、自由に選択できるかどうかの要因のみが操作されました。この課題にTemporal binding課題を組わせた実験を行いました。(図1)   図1:実験課題 キー押しの後、数100msの時間間隔が空いて、音のみ、音と触覚または音と痛みが提示される。その後、時間間隔の推定と痛みの程度をNumerical Rating Scale(NRS)にて評価する。自由選択条件と強制選択条件の両方を実験参加者は遂行した。   その結果、行為に伴って痛みが与えられた時、自由選択条件と比較して強制選択条件で推定時間間隔が有意に長くなることが示されました(図2)。つまり他者強制された時に痛みを伴うと自分への原因帰属が減少していました。驚くべきことに、自由選択条件と強制選択条件では、痛みの程度は同等であるという結果も得られました。これらの結果から、他者のせいにするといった原因帰属は、ネガティブな出来事そのものよりも自分でその行為を選択したかどうかが重要であることが示されました。この成果は、患者教育の際に患者の自由意志を確保する重要性を示しています。   図2:実験の結果 A:時間推定の結果、値が小さい程キー押しと音との時間間隔を短く推定しており、原因帰属が強いことを表す。痛みが提示された条件において、自由選択と比較して強制選択が有意に長くなった。 B:痛みの結果、自由選択条件と強制選択条件で有意な差は認めなかった。データは平均±標準誤差を表す。*p<0.05 NRS:Numerical Rating Scale 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究によって、原因帰属は自由選択が重要な要因であることが示されました。今後の研究では、痛みの原因帰属の根底にある認知過程が患者の行動を変化させるかどうかを調べる予定です。 論文情報 Kazuki Hayashida, Yuki Nishi, Taku Matsukawa, Yuya Nagase, Shu Morioka I am not the cause of this pain: An experimental study of the cognitive processes underlying causal attribution in the unpredictable situation whether negative outcomes. Consciousness and Cognition, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp

2023.12.13

亜急性期脳卒中患者の麻痺側上肢の上肢機能に対する使用頻度の傾向~ニューロリハビリテーション研究センター

脳卒中後上肢麻痺への評価においては、運動機能だけでなく生活の中での使用頻度を評価することが重要です。上肢麻痺の評価には、Fugl-Meyer Assessment(FMA)とMotor Activity Log(MAL)の2つの評価法が広く採用されています。FMAの上肢項目(FMA-UE)とMALの間には相関があることが明らかになっていますが、FMA-UEのスコアにおける重症度と使用頻度の傾向の違いについて明らかにした研究はありません。岸和田リハビリテーション病院の平山 幸一郎氏、松田 麻里奈氏、本学客員研究員 渕上 健氏、本学 森岡 周教授らは、FMA-UEのスコアをSegment回帰分析により統計的に分割し、MALにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。この研究成果は、BMC Neurology誌(Trends in amount of use to upper limb function in patients with subacute stroke: a cross-sectional study using segmental regression analysis)に掲載されています。 研究概要 脳卒中患者の約33-80%は、発症後3週間以内に上肢麻痺を呈し、麻痺側上肢の不使用はさらなる機能低下を招く可能性が指摘されています。そのため、麻痺側上肢の運動機能のみでなく、日常生活における使用状況の評価も重要です。麻痺側上肢の運動機能と生活における使用頻度は密接に関連することが多く報告されています。一方で、Schweighoferらは、Constraint-induced movement therapyの効果を検証する大規模RCTに参加した被験者のデータを再解析し、コンピュータシュミュレーションに基づく上肢麻痺の回復モデルを検証した結果、治療を受けた1週間後のWolf Motor Function Test(WMFT)スコアが、1年後の麻痺側上肢の使用状況を予測し、ある一定のWMFTの得点を超えるか否かで、使用状況が大きく変化する可能性を示しました。この結果から、上肢麻痺へのリハビリテーションを行う中で、ある程度の運動機能の回復を担保しなければ、生活の中で麻痺側上肢を使用することは困難であることが考えられます。しかし、麻痺側上肢の運動機能の程度に対して、それぞれの運動機能に対する使用頻度の傾向について分析した研究はありません。岸和田リハビリテーション病院の平山 幸一郎氏、松田 麻里奈氏、本学客員研究員 渕上 健氏、本学 森岡 周教授らは、FMA-UEのスコアをSegment回帰分析により統計的に分割し、MALにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。 本研究のポイント ■ FMA-UEにおけるMAL-Aの傾向の変化および変化するポイントをSegment回帰分析によって検討しました。 ■ FMA-UE:45.3点を境にMAL-Aの回帰直線の傾きは大きく増加しました。 ■ 亜急性期の脳卒中後上肢麻痺において、FMA-UEが45.3点に達すると、麻痺側上肢の使用頻度の傾向が変化する可能性が示唆されました。 研究内容 初発の発症後3ヶ月以内の脳卒中患者203名を対象としました。対象者のFMA-UE、MALのAmount of Use(MAL-A)を評価し、FMA-UEに対するMAL-Aの傾向の変化を捉えるために、FMA-UEを独立変数、Mal-Aを従属変数として、Segment回帰分析を行いました。Segment回帰分析とは、異なるグループに分類された独立変数が、これらの領域で変数間に異なる関係を示す場合に用いられる統計手法であり、分割された独立変数における領域の区間は変曲点(Break point)として算出されます。Segment回帰分析における変曲点とは、以前に確立されたパターンから変化を示す可能性がある特定の点のことです。Segment回帰分析におけるBreak pointのフィッティングは、Akaike Information Criterion(AIC)を用いて検討しました(図1)。   研究の結果、FMA-UE 45.3点でMAL-Aの傾きが大きく変化し、45.3点以降では、MAL-Aのスコアに大きなばらつきが認められました。つまり、FMA-UE 45.3点を境にMAL-Aのスコアは大きく改善する可能性が示唆されました。   図1:FMA-UEとMAL-Aに基づくSegment回帰分析   FMA-UEとMAL-Aは有意な正の相関を示し、FMA-UE:45.3点で回帰直線の傾きは変化しました。回帰直線の勾配は、変曲点より下でx=0.03、変曲点より上でx=0.12でした。 本研究の臨床的意義および今後の展開 この研究では、初発の亜急性期の脳卒中患者を対象に、FMA-UEとMAL-Aに基づいてSegment回帰分析を行いました。Segment回帰分析では、FMA-UEのスコアを統計的に分割し、MAL-Aにおける麻痺側上肢の使用頻度の傾向の違いを明らかにしました。結果として、FMA-UE:45.3点以上でMAL-Aの傾向は大きく変化し、45.3点を境にMAL-Aのスコアは大きく改善する可能性が示唆されました。この知見は、麻痺側上肢へのリハビリテーションにおいて、機能訓練や生活への参加に向けた介入などの治療戦略を考える上で、非常に有用であると考えています。 論文情報 Koichiro Hirayama, Marina Matsuda, Moe Teruya, Takeshi Fuchigami, Shu Morioka Trends in amount of use to upper limb function in patients with subacute stroke: a cross-sectional study using segmental regression analysis. BMC Neurology, 2023 問合せ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 センター長/教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp