健康科学専攻(博士後期課程)
2022.05.30
慢性腰痛患者の筋活動分布には痛みの性質と疼痛部位が影響する~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
痛みは筋活動を変化させますが、慢性腰痛患者では屈曲位から体幹を伸展させる(おじぎをした状態から体を起こす)時に、痛みにより腰の筋肉の活動が増強もしくは減弱することが報告されています。しかしながら、痛みの強さと部位が筋活動にどのように影響するかは明らかにされていませんでした。 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター客員研究員 重藤 隼人らは、慢性腰痛症例を対象に、痛みの性質に着目して痛みの強さ・部位と筋活動分布の関連性を調査し、痛み強度が増すにつれて、痛みを感じている部位周囲の筋活動を抑制する運動適応が痛みの性質に依存することを明らかにしました。 この研究成果は、Pain Research and Management誌 (The pain intensity/quality and pain site associate with muscle activity and muscle activity distribution in patients with chronic low back pain: Using a generalized linear mixed model analysis)に掲載されています。 研究概要 慢性腰痛患者の筋活動の特徴として、立位で体幹を屈曲した時に、屈曲位から体幹を伸展させる時に背筋群の筋活動が増強もしくは減弱することが報告されています。また、痛みによって筋活動分布を変化させることも報告されています。しかし、疼痛強度と部位が筋活動にどのように影響するかは明らかにされておらず、そして疼痛の性質による筋活動への影響も検証されておらず、疼痛強度・部位および疼痛の性質と筋活動分布の関連性は明らかにされていませんでした。 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター客員研究員の重藤隼人らの研究チームは、疼痛の性質・強度・部位と筋活動分布の評価を行い、一般化線形混合モデル分析を用いて、疼痛の性質に着目して疼痛強度と部位がどのように筋活動分布に影響するかといった関連性を検証しました。 その結果、神経障害性疼痛の強度が増すと体幹屈曲位から伸展する時の背筋群の筋活動は抑制されることが明らかになりました。また、持続痛・間欠痛・神経障害性疼痛・感情表現に該当する疼痛の性質に依存して疼痛強度が増すにつれて、疼痛部位周囲の筋活動を抑制する運動適応が存在することを明らかにしました。 本研究のポイント ■ 疼痛の性質に着目して、疼痛強度・部位と筋活動分布の関係を調査した。 ■ 神経障害性疼痛の強度が増すと、屈曲位から伸展する時の背筋群の筋活動が抑制されることが明らかにされた。 ■ 疼痛強度が増すにつれて、疼痛部位周囲の筋活動を抑制する運動適応が痛みの性質に依存することが明らかにされた。 研究内容 慢性腰痛患者を対象に、疼痛部位・性質の評価と筋活動の評価を行いました。痛みの性質はSFMPQ-2を用いて評価しました。筋活動は表面筋電図を用いて、立位体前屈課題時(図1)の脊柱起立筋の筋活動を測定し、主動作筋の筋活動として体幹屈曲位から伸展させる時の筋活動と筋活動分布の重心を算出しました。また、疼痛部位と筋活動分布の重心との間の距離を算出しました。 図1.立位体前屈課題 © 2022 Hayato Shigetoh 一般化線形混合モデル分析という解析方法を用いて、疼痛強度・性質、疼痛部位および筋活動の関係を検証しました。筋活動に対する疼痛強度・性質の影響を検証した結果、「神経障害性疼痛」・「軽く触れるだけで生じる痛み」の疼痛強度が増すと背筋群の筋活動が抑制される関係が認められました。疼痛部位と筋活動分布の重心との間の距離に対する疼痛強度・性質の影響を検証した結果、「間欠痛」・「ずきんずきんする痛み」・「割れるような痛み」・「拷問のように苦しい」・「軽く触れるだけで生じる痛み」の疼痛強度が増すと距離が増大する関係が認められました。筋活動分布の重心は筋活動が高い部位を示していることから、疼痛強度が増大すると疼痛部位に近い部位の筋活動が抑制される反応が、疼痛性質に依存しているということを示しています(図2)。 図2.疼痛強度・部位と筋活動の相互作用を説明したモデル © 2022 Hayato Shigetoh 特定の疼痛性質の強度が増大すると、主動作筋の筋活動が抑制された。疼痛部位と筋活動分布の関係性に着目すると、特定の疼痛性質の強度が増大することによって疼痛部位近くの主動作筋の筋活動が抑制された。 研究グループは、この結果について、疼痛による主動作筋の筋活動の抑制を示す疼痛適応モデル(pain adaptation model)のメカニズムが反映された結果であり、疼痛性質に依存した筋活動の変化は、腰痛関連組織に由来した疼痛性質が筋活動に影響した結果であると考察しています。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究成果は、疼痛の性質によって疼痛強度・部位による筋活動分布の変化が異なることが示され、痛みの性質に着目して痛みと運動制御の関連性を捉える重要性が示されました。今後は慢性腰痛患者の運動制御のメカニズムについて研究される予定です。 論文情報 Shigetoh H, Nishi Y, Osumi M, Morioka S The pain intensity/quality and pain site associate with muscle activity and muscle activity distribution in patients with chronic low back pain: Using a generalized linear mixed model analysis Pain Research and Management, 2022 関連する先行研究 1. Shigetoh H, Nishi Y, Osumi M, Morioka S. Combined abnormal muscle activity and pain-related factors affect disability in patients with chronic low back pain: An association rule analysis. PLoS One. 2020 Dec 17;15(12):e0244111. 2. Shigetoh H, Nishi Y, Osumi M, Morioka S. Temporal associations between pain-related factors and abnormal muscle activities in a patient with chronic low back pain: A cross-Lag correlation analysis of a single case. J Pain Res. 2020 Dec 3;13:3247-3256. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 重藤 隼人 センター長 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 Mail: s.morioka@kio.ac.jp
2022.05.16
手先の不器用な子供は物体把持における空間的安定性が低下している~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
発達性協調運動障害(DCD)は「運動の不器用さ」を特徴とし、字を書くことやボールを使うスポーツ等、協調的な把持制御が要求される日常生活動作に障害をきたします。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター客員研究員の西祐樹らは、手先が不器用な子どもは、物体を持ち上げ、保持する際に把持位置のずれや物体の傾き、指の滑り・転がりといった空間的安定性が低下することを明らかにしました。この研究成果はBrain Sciences誌の特集号(New Insights in Developmental Coordination Disorder (DCD))Spatial Instability during Precision Grip–Lift in Children with Poor Manual Dexterityに掲載されています。 研究概要 発達性協調運動障害(DCD)は「運動の不器用さ」を特徴とし、字を書くことやボールを使うスポーツ等、協調的な把持制御が要求される日常生活動作に障害をきたします。このような把持制御障害は思春期から成人期まで続くため、臨床的問題となっています。一般的に物体を持ち上げ保持する場合、物体の傾きを最小限にするために、物体の中心近くを把持し、物体が滑らないように十分な把持力を発揮する必要があります。また、物体の重さによって把持力を調整する必要があります。このような複雑な把持制御は内部モデルにおける感覚―運動統合が基盤となっています。DCDでは内部モデルが障害されていることが知られており、物体把持における把持力の変動が大きくなることが報告されています。しかしながら、把持制御の重要な構成要素である空間的安定性については明らかになっていませんでした。 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 西 祐樹ら の研究チームは、手先が器用あるいは不器用な子どもにおける物体を持ち上げ、保持する際の把持制御を調査しました。その結果、手先が不器用な子どもは、把持位置のずれや物体の傾き、指の滑り・転がりといった空間的安定性が低下していることが明らかになりました。 加えて、不器用な子どもは物体の重さの違いによって、柔軟に把持力を調整していましたが、空間的安定性は適応できないことも明らかになりました。 本研究のポイント ■ 手先が器用あるいは不器用な子どもを対象に物体把持課題における空間的安定性を評価した。 ■ 手先が不器用な子どもは把持位置のずれや物体の傾き、指の滑りといった空間的安定性が低下していた。 ■ 手先が不器用な子どもは重量の違いによっても空間的安定性は変化した。 研究内容 6-12歳の子どもたちは、M-ABC2のよって手先が器用・不器用な群に分けられ、物体(不透明の箱を取り付けた特注の6分力フォースプレート)を持ち上げ、保持する課題を行いました(図1)。箱の中に重錘を入れることができ、重量条件(計800g)および軽量条件(計300g)をそれぞれ10試行行いました。計測されたデータから、平均把持力、変動性、圧中心(COP)の軌跡(指の滑り、転がりを反映)、把持位置、物体の傾きを算出しました。 図1.本研究における計測データ (A)計測機器.(B)物体把持課題中の把持力、負荷力、物体の傾きの経時的データ。(C)物体把持課題中のCOPデータ その結果、手先が不器用な子どもは把持力の変動性に加え、把持位置のずれや物体の傾き、指の滑り・転がりといった空間的安定性が低下しました。 また、不器用な子どもは物体の重さの違いによって、柔軟に把持力を調整していましたが、軽量条件ではCOPの軌跡が延長しました。また、平均把持力とCOPの軌跡は有意な負の相関関係を、物体の傾きと把持位置は有意な負の相関関係を示しました。内部モデルにおいて運動予測(握力など)と実際の感覚フィードバック(重さ、摩擦、トルクなどの触覚情報、物体の滑りや転がりなどの視覚情報)の不一致により誤差信号が発生し、把持制御をリアルタイムで修正しています。一方、手先が不器用な子どもは内部モデルにおけるフィードバック情報と運動指令の統合が損なわれており、触覚情報を効果的に運動に利用する能力が低下していることが知られています。したがって、本研究の結果において、手先が不器用な子どもは感覚―運動統合の欠損によるオンライン運動制御の障害によって、空間的安定性が低下している可能性があります。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究は、手先の不器用さに関して、空間的不安定性の観点から明らかにした点で臨床的意義があります。今後は、触覚の感度が向上し感覚―運動統合を改善させる介入研究を行う予定です。 論文情報 Nishi Y, Nobusako S, Tsujimoto T, Sakai A, Nakai A, Morioka S Spatial Instability during Precision Grip–Lift in Children with Poor Manual Dexterity Brain Sciences 2022 関連する先行研究 1. Nobusako, S.; Sakai, A.; Tsujimoto, T.; Shuto, T.; Nishi, Y.; Asano, D.; Furukawa, E.; Zama, T.; Osumi, M.; Shimada, S.; et al. Deficits in visuo-motor temporal integration impacts manual dexterity in probable developmental coordination disorder. Front. Neurol. 2018, 9, 114. 2. Nobusako, S.; Sakai, A.; Tsujimoto, T.; Shuto, T.; Nishi, Y.; Asano, D.; Furukawa, E.; Zama, T.; Osumi, M.; Shimada, S.; et al. Manual Dexterity is a strong predictor of visuo-motor temporal integration in children. Front. Psychol. 2018, 9, 948. 3. Nobusako, S.; Osumi, M.; Matsuo, A.; Furukawa, E.; Maeda, T.; Shimada, S.; Nakai, A.; Morioka, S. Subthreshold vibrotactile noise stimulation immediately improves manual dexterity in a child with developmental coordination disorder: A single-case study. Front. Neurol. 2019, 10, 717. 4. Nobusako, S.; Osumi, M.; Matsuo, A.; Furukawa, E.; Maeda, T.; Shimada, S.; Nakai, A.; Morioka, S. Influence of Stochastic Resonance on Manual Dexterity in Children with Developmental Coordination Disorder: A Double-Blind Interventional Study. Front. Neurol. 2021, 12, 626608. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 西 祐樹 畿央大学大学院健康科学研究科 准教授 信迫 悟志 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp
2022.04.28
恐怖文脈が身体所有感と疼痛閾値に及ぼす影響~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
身体的あるいは精神的な苦痛を有する人は「自分の身体」を自分のものと感じられなくなることがあり、 これは身体所有感(sense of ownership)が低下した状態と考えられています。身体所有感の低下は、 リハビリテーション効果を阻害するため、 身体所有感に影響する要因を検証することは重要です。 畿央大学大学院 修士課程 修了生 田中 智哉 氏 (市立福知山市民病院)と 森岡 周 教授らは、ラバーハンド錯覚実験を用いて、外傷のある偽物の腕に対して身体所有感を惹起させる際に、その腕に対して恐怖を生じさせる言語情報を与え、その影響を検証しました。その結果、主観的な身体所有感を増加させ、その増加の程度が大きい人ほど、痛みを感じやすくなることを明らかにしました。この研究成果はFrontiers in Human Neuroscience誌(Verbal suggestion modulates the sense of ownership and heat pain threshold during the “injured” rubber hand illusion)に掲載されています。 研究概要 身体的および精神的な苦痛を有する人は「自分の身体」を自分のものと感じられなくなることがあり、これは身体所有感が低下した状態と考えられています。身体所有感の低下は、リハビリテーション過程において回復を阻害する因子であると考えられていることから、身体所有感に影響を与える要因を検証することは重要です。一般的に、身体所有感は視覚、触覚、固有感覚(位置情報)といった情報など、ボトムアップ情報を統合することによって生まれると考えられています。一方で近年では、文脈などのトップダウン要因も関与することが議論されています。文脈の操作として言語情報が最も簡易に用いられますが、身体所有感に与える影響は十分に検証されていませんでした。畿央大学大学院 修士課程 修了生 田中 智哉 氏(市立福知山市民病院)と 森岡 周 教授ら の研究グループは、ラバーハンド錯覚という錯覚現象を用いて、外傷のある偽物の腕に対して身体所有感を生じさせる際に、トップダウン要因の操作として、その腕に対して恐怖を生じさせる言語情報を与えました。その結果、客観的な身体所有感には影響を与えませんでしたが、主観的な身体所有感を増加させ、その増加の程度が大きい者ほど疼痛閾値は低下し、その影響度合いには個人差があることを明らかにしました。 本研究のポイント ■ラバーハンド錯覚時に恐怖を生じさせる言語情報を与えると、偽物の手に対する主観的な身体所有感が増加しました。 ■ラバーハンド錯覚時に恐怖を生じさせる言語情報を与えると、主観的な身体所有感と疼痛閾値には有意な負の相関関係を認め、言語情報の影響には個人差があることがわかりました。 研究内容 ラバーハンド錯覚:参加者からは偽物の手のみが見えている状況(図1a)で、実験者は筆を用いて参加者の本物の手と偽物の手に対して同じタイミングで触覚刺激を加えると、参加者は徐々に偽物の手を自分自身の手であると錯覚します(錯覚条件)。一方、異なるタイミングで触覚刺激を与えると、錯覚が生じにくくなります(非錯覚条件)。本研究においても、錯覚条件と非錯覚条件の2条件が、第一実験では各偽物の手に対して、第二実験では各参加者に対して行われました。第一実験:15名の健常人が参加し、ラバーハンド錯覚によって惹起された外傷のある偽物の腕に対する身体所有感と、錯覚後の疼痛閾値の程度を、外傷を有していない健常な偽物の腕のそれらの程度と比べました(図1b)。その結果、錯覚条件における主観的な身体所有感は、外傷のある偽物の腕と健常な腕は同程度惹起されることがわかり、外傷のある偽物の腕を用いるラバーハンド錯覚は実験として成り立つことをまず確認しました。 図1:ラバーハンド錯覚の実験セット(a) と使用したラバーハンド (b) 第二実験:30名の健常人が参加し、外傷のある偽物の手のみを用いたラバーハンド錯覚を行いました。その際、参加者はランダムに「恐怖文脈あり」と「恐怖文脈なし」の2グループ(それぞれ、15名ずつ)に分けられました。「恐怖文脈あり」は、ラバーハンド錯覚を行う際に、その偽物の腕に対して恐怖文脈を生じさせる言語情報を与えました。一方、「恐怖文脈なし」は、その腕に対して恐怖文脈を引き起こさない言語情報を提示しました(図2)。 図2:言語情報の要約 釘が刺さっている腕の背景について各グループ「恐怖文脈あり」と「恐怖文脈なし」で異なる説明を行った。その結果、「恐怖文脈あり」の錯覚条件では、主観的な身体所有感を増加させ、その増加の程度が大きい参加者ほど、痛みを感じやすくなることが明らかになりました(図3b)。 図3:主観的な身体所有感 (質問紙) の結果および疼痛閾値との相関関係 ラバーハンドの所有感と痛みの感じやすさについては、「恐怖文脈あり」×錯覚条件のみ有意な負の相関関係を認めた。*p<0.05 本研究の臨床的意義および今後の展開 身体所有感と痛みに影響する要因の一つとして、言語情報が関与することがわかりました。これは、医療者による対象者への病態説明などの言語情報が、身体所有感や痛みにも影響する可能性が示唆される知見と考えています。しかし、慢性的な痛みを有する者と健常者では、ラバーハンド錯覚に対する反応が異なることが報告されています。そのため、今回明らかになったことが臨床において、そのまま応用できる訳ではありませんので、今後は、健常者と筋骨格系疼痛を有する方の身体所有感の違いに関して検証していこうと考えています。 論文情報 Tomoya Tanaka, Kazuki Hayashida, Shu Morioka Verbal Suggestion Modulates the Sense of Ownership and Heat Pain Threshold during the “Injured” Rubber Hand Illusion Frontiers in Human Neuroscience, 2022 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 教授 森岡 周 Tel:0745-54-1601 Fax:0745-54-1600 E-mail:s.morioka@kio.ac.jp
2022.04.22
長期間の理学療法が脊髄損傷後の神経障害性疼痛に及ぼす影響~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
ヒトには、痛みの感受性を低下させる疼痛抑制メカニズムが備わっています。有酸素運動は疼痛抑制メカニズムを賦活することが知られており、慢性疼痛の治療にも用いられています。脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対しても、有酸素運動により痛みが即時的に軽減することが報告されていますが、単回の介入による検討に限られています。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの 佐藤 剛介 客員准教授ら は、長期間の理学療法(有酸素運動)が脊髄損傷後の神経障害性疼痛に及ぼす影響を頚髄不全損傷の単一症例を通して検証しました。 この研究成果は、Spinal cord series and cases誌(Long-term physical therapy for neuropathic pain after cervical spinal cord injury and resting state electroencephalography: a case report)に掲載されています。 研究概要 脊髄損傷後の神経障害性疼痛は、約半数近くで認められ様々な健康指標の低下を引き起こすことが知られています。脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対する介入として、様々なものが提唱されており、その中の一つに有酸素運動があげられます。車椅子駆動による有酸素運動は、脊髄損傷後の神経障害性疼痛に対する即時的な鎮痛効果が得られることが明らかにされています(Sato et al. J Rehabil Med, 2017)。しかし、これまでの研究では、単回の介入による即時的な効果に限局されており、長期間の介入による鎮痛効果は検討されておらず、不明瞭なままでした。 本研究では、頚髄不全損傷者一例に対して、有酸素運動を含む長期間の理学療法が脊髄損傷後の神経障害性疼痛におよぼす影響を検証しました。加えて、本研究では、鎮痛効果の機序を明らかにするために、神経障害性疼痛のバイオマーカーである安静時脳波活動から得られるPeak alpha frequency(PAF)を指標として測定しました。 本研究のポイント ■ 長期間の理学療法により頚髄不全損傷者の上肢の神経障害性疼痛が軽減された ■ 有酸素運動として集中的歩行トレーニング(体重免荷式トレッドミル歩行トレーニング)を行い、痛み強度の軽減と運動野周辺で測定したPAFの高周波域へのシフトが確認された ■ 疼痛がある部位(上肢)に直接接触することなく、他の身体部位の運動を介して疼痛強度の軽減が得られた 研究内容 C5レベル残存の頚髄不全損傷者に対して、18週間の介入を行いました。 介入は7日/週の頻度で行い、1回の介入は40分間でした。4週~10週目の間には、有酸素運動を企図して体重免荷装置を用いた集中的歩行トレーニングを実施しました。安静時脳波活動は、1チャンネル脳波計を使用して測定しました。電極は、運動野に相当する領域に配置して閉眼状態で3分間測定し、PAFを算出しました。PAFは、α帯域のピークパワーを示す周波数で、視床-大脳皮質間の神経回路の活動を反映するとされており、高周波域へシフトしている場合に痛みの感受性が低下している状態であることを指しています。アウトカムは、脊髄損傷の評価としてInternational Standards for Neurological Classification of Spinal Cord Injury (ISNCSCI)の運動スコアと感覚スコア、主観的疼痛強度と疼痛範囲、安静時脳波活動としてPAF、動作能力の指標として10m歩行テストとWalking Index for Spinal Cord Injury II (WISCIII)を2週間ごとに測定し、PAFについては入院時を基準として変化率(Δ)を求めました。 結果は、痛みの平均強度と最大強度のNRSスコアは6週間後に有意に減少し、ΔPAFは4週以降に有意に増加しました。ΔPAFの変化については、集中的な歩行トレーニングの開始と同時期に生じていました。ΔPAFは集中的歩行トレーニング期間の終了後に低周波域へのシフトを認めましたが、入院時よりも高周波域へシフトした状態が維持されていました(図1)。 図1:各評価の経時的変化 黄色で示した範囲は、集中的歩行トレーニングの期間を表しています。集中的歩行トレーニング開始後にΔPAFの増加と痛み強度の減少が認められています。さらに、集中的歩行トレーニング期間終了時にはPAFが低周波域へシフトしているものの、入院時を比べて高周波域にシフトしている状態が維持されています。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究は、長期間の理学療法(有酸素運動)を行うことで頚髄不全損傷者の上肢の神経障害性疼痛が軽減できることを初めて報告しました。これは、継続した有酸素運動によって、痛みがある身体部位に直接触れることなく、痛みを軽減できることを示唆しています。さらに、有酸素運動を行っている期間は、PAFが高周波域へシフトしており、痛みの感受性が低下している状態であることを示しています。今後は、複数症例に対して長期的な有酸素運動の効果と安静時脳波活動への影響を調べるとともに、神経障害性疼痛の性質と有酸素運動による鎮痛効果との関係を詳しく検証していく必要があります。 論文情報 Sato G, Osumi M, Mikami R, Morioka S Long-term physical therapy for neuropathic pain after cervical spinal cord injury and resting state electroencephalography: a case report Spinal cord series and cases, 2022 関連論文 Sato G, Osumi M, Morioka S. Effects of wheelchair propulsion on neuropathic pain and resting electroencephalography after spinal cord injury. J Rehabil Med. 2017 Jan 31;49(2):136-143. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 客員准教授 佐藤剛介 E-mail: gpamjl@live.jp 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2022.04.05
令和4年度入学式を行いました。
2022(令和4)年4月4日(月)、健康科学部346名、教育学部194名、健康科学研究科40名(修士課程30名、博士後期課程10名)、教育学研究科修士課程2名、助産学専攻科10名、臨床細胞学別科6名、あわせて598名の新しい畿央大生が誕生しました。 学部は午前10時、大学院・専攻科・別科は午後3時からと2部にわけて入学式を行いました。 午前の学部生入学式は、新型コロナウイルス感染拡大予防のため、冬木記念ホールで式典を開催し、その様子を中継して各学科の会場から視聴・参加して行われました。 冬木正彦学長が学科ごとに入学許可を行い、 つづく学長式辞では、”建学の精神である「徳をのばす」「知をみがく」「美をつくる」を大切にしながら充実した4年間を過ごしてほしい”と力強いメッセージがありました。 新入学生代表として現代教育学科1回生 下柳田千晴さんから入学生宣誓が、在学生代表として現代教育学科3回生 岸維織さんから歓迎のことばがあり、閉式となりました。 式典後は、学科別に入学生ガイダンスが行われました。各会場でも手指消毒、換気などの感染予防策を徹底したうえで、1回生担任紹介や学生生活に関してのオリエンテーションが行われました。 当日は桜も綺麗に咲き、晴天に恵まれたあたたかい一日となりました。オリエンテーション後は、フォトスポットや入学式の看板の前で撮影する姿や、クラブ・サークルの勧誘ブースで先輩から紹介を受けている姿が見られました。 ※写真は撮影直前のみマスクを外し、声を出さないようにして撮影しています。 午後3時からは大学院健康科学研究科、教育学研究科、助産学専攻科および臨床細胞学別科の入学式が冬木記念ホールにて行なわれました。入学許可の後、学長、研究科長・専攻科長・別科長から祝辞をいただきました。 新入学生の皆様、入学おめでとうございます!皆様のこれからの学生生活が実りのあるものになるよう教職員一同全力でサポートしていきます。
2022.03.16
令和3年度卒業証書・学位記・修了証書授与式を行いました。
2022年3月15日(火)、快晴のもと「令和3年度卒業証書・学位記・修了証書授与式」が冬木記念ホールにて挙行され、健康科学部320名(理学療法学科75名・看護医療学科86名・健康栄養学科95名、人間環境デザイン学科64名)、教育学部現代教育学科217名、大学院40名(健康科学研究科修士課程33名・博士後期課程4名、教育学研究科修士課程3名)、助産学専攻科10名、臨床細胞学別科6名の合計593名を送り出しました。 感染拡大予防のため、昨年度に引き続いて参加者は卒業生・教職員のみとしました。記念式典は冬木記念ホールで開催し、それを学科や専攻科等の会場に中継する形での実施となりました。 午前10時に開式し、国歌清聴の後、学部学科ごとの代表者に卒業証書・学位記・修了証書が授与されました。その後、学長表彰が行われ、特に優秀な成績を修めた各学科学生1名が紹介されました。 冬木正彦学長による式辞、それに続く植田政嗣健康科学部長・健康科学研究科長・臨床細胞学別科長と前平教育学部長・教育学研究科長の祝辞では、学部生と大学院生は2年、専攻科・別科では丸1年をコロナ禍で過ごしたことを労いながら、卒業・修了後も建学の精神である「徳をのばす」「知をみがく」「美をつくる」を実践して社会で活躍してほしいというメッセージが送られました。 その後、卒業生を代表して健康科学部健康栄養学科の南萌奈さんが謝辞を述べました。最後に学歌をそれぞれが清聴し、厳かな雰囲気でおこなわれた式典は、幕を閉じました。 式典終了後は各会場で卒業生・修了生一人ひとりに卒業証書・修了証書が手渡されました。 例年なら学科毎に卒業パーティーや謝恩会が開催されるところですが、この日が全員で集まる最後の場になります。授与式終了後は各会場で趣向を凝らしてビンゴや抽選会で盛り上がったり、先生と一緒に記念撮影をしたり…と、それぞれが学生生活での最後のひとときを仲間・恩師とともに楽しみました。 ※記念撮影にあたっては、直前にマスクを外し、声を出さないようにして撮影しています。 卒業生・修了生の皆さん、本当におめでとうございます。また、いつでも母校に戻ってきてください! 教職員一同、これからのご活躍を心から祈っています。 【関連記事】 令和2年度卒業証書・学位記・修了証書授与式を行いました。
2022.03.16
障害者支援施設における運動への動機づけとソーシャルサポート~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
障害者支援施設では、社会参加を実現するために身体機能の維持・向上を目的として運動に取り組む必要があります。また、18ヵ月以上の長期間に及ぶ場合もあり、動機づけを維持する必要があります。 畿央大学大学院 博士後期課程 乾 康浩 氏 と 森岡 周 教授 ら は、障害者支援施設における運動への動機づけに関係する要因について検証しました。その結果、従来から重要視されていた運動機能や自己効力感よりも、ソーシャルサポートが動機づけに関連することが明らかになりました。 この研究成果はAnnals of Medicine誌(Relationship between exercise motivation and social support in a support facility for persons with disabilities in Japan)に掲載されています。 研究概要 障害者支援施設では、社会参加を実現するために身体機能の維持・向上を目的として運動に取り組む必要があります。しかし、入所期間は18ヵ月以上と長期に及ぶ場合もあり、動機づけを維持する必要があります。動機づけには、運動能力や自己効力感といった個人的要因と、ソーシャルサポートが関連するとされていますが、家族支援困難などの理由で入所する可能性のある障害者支援施設ではソーシャルサポートの影響が大きい可能性が考えられました。さらに、動機づけは自らの意思と判断で行う自律的動機づけと外部からの誘因によって生じる統制的動機づけに分類されることから両方の側面から把握する必要があります。 畿央大学大学院 博士後期課程 乾 康浩 氏、森岡 周 教授 ら の研究チームは、運動への動機づけを評価する質問紙Behavioral Regulation in Exercise Questionnaire-2を用いて評価し、個人的要因およびソーシャルサポートとの関係性を分析しました。その結果、自律的動機づけには家族サポートと施設サポートが関連し、統制的動機づけは家族サポートが低い場合にピアサポートが関連する結果となり、いずれも個人的要因との関連は見られませんでした。 本研究のポイント ■ 障害者支援施設入所者の運動への動機づけを自律的動機づけと統制的動機づけの両方から評価したところ、いずれの動機づけにも個人の能力よりもソーシャルサポートの関連が強く認められました。 ■ 自律的動機づけには家族サポートと施設サポートが関連し、統制的動機づけには、家族サポ―トが低下している場合にピアサポートが関連することが明らかにされました。 研究内容 本研究は障害者支援施設入所者を対象に行いました。施設入所者が実施する運動への動機づけを質問紙Behavioral Regulation in Exercise Questionnaire-2を使用して、自律的動機づけと統制的動機づけに分類して評価しました。あわせて、施設入所者の移動能力、自己効力感といった個人的な因子と、家族サポート、施設サポート、ピアサポートといったソーシャルサポートを質問紙にて評価し、自律的動機づけと統制的動機づけを予測する因子を分析しました。 結果として、自律的動機づけでは高い家族サポートおよび高い施設サポートが有意な独立予測因子となり、統制的動機づけでは、低い家族サポートと高いピアサポートな有意な独立予測因子となりました。 表1. 自律的動機づけを目的変数とした階層的重回帰分析 表2. 統制的動機づけを目的変数とした階層的重回帰分析 本研究の臨床的意義および今後の展開 障害者支援施設入所者においては、家族や施設スタッフとの関係、入所者同士の関わり方を調整し把握することが、運動への取り組みを促進するためには必要であることを示唆すると考えられます。今後は、施設入所後の縦断的な変化について検証する必要があります。 論文情報 Yasuhiro Inui, Yoichi Tanaka, Tatsuya Ogawa, Kazuki Hayashida, Shu Morioka Relationship between exercise motivation and social support in a support facility for persons with disabilities in Japan Annals of Medicine. 2022 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 博士後期課程 乾 康浩(イヌイ ヤスヒロ) センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2022.03.03
脳卒中患者における歩行の時間的非対称性と筋シナジー~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
歩行時における下肢筋活動パターンは筋シナジー(多数の筋を低次元化し制御するメカニズム)によって制御されています。我々はこれまでに、脳卒中患者における筋シナジー障害が歩行能力に影響し、歩行時の運動学的特性が筋シナジー障害と関連していることを明らかにしています。しかし、筋シナジー障害と歩行時の時間的非対称性の関係性は明らかになっていませんでした。畿央大学大学院博士後期課程の水田 直道 氏と森岡 周 教授らは、脳卒中患者における歩行時の時間的非対称性と筋シナジーの関係性について検証しました。 この研究成果は、 Archives of Rehabilitation Research and Clinical Translation誌(Association between temporal asymmetry and muscle synergy during walking with rhythmic auditory cueing in stroke survivors living with impairments)にオンライン先行掲載されています。 研究概要 多くの脳卒中患者は歩行能力が低下し、日常生活や屋外での移動時にさまざまな困難さを経験します。歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています。歩行時における下肢筋活動パターンは筋シナジー(多数の筋を低次元化し制御するメカニズム)によって制御されています。我々はこれまでに、脳卒中患者における筋シナジー障害が歩行能力に影響し、歩行時の運動学的特性が筋シナジー障害と関連していることを明らかにしています。しかし、筋シナジー障害と歩行時の時間的特性の関係性は明らかになっていませんでした。そこで畿央大学大学院博士後期課程の水田 直道 さん、同 教授 の 森岡 周 さんらの研究グループは、歩行時にリズム聴覚刺激を併用することで時間要因を主として操作し、歩行時における時間的非対称性は筋シナジーと関連することを明らかにしました。 本研究のポイント ■ 脳卒中患者を対象に、歩行時にリズム聴覚刺激を併用することで麻痺側単脚支持時間が延長し、時間的非対称性が改善しました。 ■ リズム聴覚刺激を併用した際における麻痺側単脚支持時間の変化量(快適歩行との差分)は、筋シナジーの単調性の変化量と関連しました。 ■ 一方で、本研究のプロトコルにおいて運動学的要因の変化量は筋シナジーの単調性の変化量と関連しないことが分かりました。 研究内容 介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました。対象者は2つの歩行条件(快適歩行:CWS、リズム聴覚刺激:rhythmic auditory cueing; RAC)で10m歩行テストを行いました。RAC条件では、対象者にメトロノームのテンポに下肢の接地タイミングを合わせながら歩くよう指示しました。歩行動作には時間要因以外にもさまざまな要因が関与するため、RAC条件を設けることで時間要因を主として操作しました。 図1:条件間における歩行パラメータ 条件間における歩行パラメータの結果。RAC条件ではピーク下肢屈曲角度や単脚支持時間が増大し、筋シナジーの単調性は減少した。 図2:歩行時における筋活動パターン 図3:歩行パラメータの相関関係 (A)CWS条件における相関関係。多くのパラメータ間において相関関係を認めた。(B)歩行条件間の変化量における相関関係。筋シナジーの単調性はケイデンスおよび単脚支持時間と相関関係を認めた。 表1:筋シナジーの単調性を目的変数とした階層的重回帰分析 全てのパラメータは歩行条件間の変化量としている。Step1では運動学的要因を、Step2では時間的要因を投入した。Step1では有意な変数は抽出されなかったが、Step2では麻痺側単脚支持時間を投入したことで有意なモデルとなり、説明率は約39%となった。 本研究の臨床的意義および今後の展開 この研究では、歩行時にリズム聴覚刺激を併用することで時間要因を主として操作し、歩行時における時間的非対称性と筋シナジーの関係性を調査しました。結果として、歩行時の時間的非対称性と筋シナジーは関連することが分かりました。今後は筋シナジー障害の神経メカニズムを明らかにするとともに、脳卒中患者に筋シナジー障害がどのような回復過程をたどるかを調査する予定です。 論文情報 Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yuki Nishi, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Junji Deguchi, Yasutada Yamamoto, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka. Association between temporal asymmetry and muscle synergy during walking with rhythmic auditory cueing in stroke survivors living with impairments. Archives of Rehabilitation Research and Clinical Translation, 2022(2022年2月24日オンライン先行掲載) 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp 博士後期課程 水田 直道(ミズタ ナオミチ) 医療法人尚和会 宝塚リハビリテーション病院 E-mail: peace.pt1028_@_gmail.com(※@の前後の_を削除してお送りください)
2022.02.22
腰痛を有する就労者の体幹運動制御障害には恐怖心が影響する~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
腰痛による労働能力の低下には、作業関連動作中に生じる体幹の運動制御の変調が影響すると言われています。しかしながら、このような体幹の運動制御障害が、どのような要因によって引き起こされているのかは明らかにされていませんでした。畿央大学大学院 博士後期課程 藤井 廉 氏 と 森岡 周 教授らは、腰痛を有する就労者を対象に作業動作中の体幹の運動パターンと痛み関連因子の評価を行い、体幹の運動制御障害には“恐怖心”が影響することを明らかにしました。 この研究成果は、BMC Musculoskeletal Disorders誌(Task-specific fear influences abnormal trunk motor coordination in workers with chronic low back pain: A relative phase angle analysis of object-lifting)に掲載されています。 研究概要 作業関連動作時において、腰痛は体幹の運動制御障害を引き起こします。その特徴としては、上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターン(上部体幹と下部体幹の運動が時空間的に一致した状態)が挙げられます。この運動パターンは腰部負荷に悪影響を及ぼし、やがては労働能力の低下をもたらしますが、それがどのような要因で引き起こされるのかは明らかにされていませんでした。 畿央大学大学院 博士後期課程 藤井 廉 氏、森岡 周 教授らの研究チームは、三次元動作解析装置を用いて重量物を持ち上げる際の体幹の運動パターンの分析と痛み関連因子の評価を行い、両者の関係性を詳細に分析しました。その結果、動作課題を遂行する際に生じる特異的な恐怖心によって、作業関連動作中の上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました。 本研究のポイント ■ 腰痛を有する就労者を対象に、重量物を持ち上げる際の体幹の運動制御障害に影響する要因を分析した。 ■ 動作課題中に生じる恐怖心によって、作業関連動作中の上部-下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました。 研究内容 本研究の対象は、腰痛のない就労者と腰痛のある就労者としました。三次元動作解析装置を用いて、床に置かれた重量物を持ち上げる動作における体幹の運動パターンを定量的に計測しました。身体各部位に貼付したマーカーの位置情報から、上部体幹と下部体幹の一致度を算出しました。あわせて、痛み関連因子に関するアンケート評価を実施し、動作課題中に生じた痛み・不快感・痛みの予測・恐怖心の程度も評価しました。 分析の結果、最も重い重量物を持ち上げる条件における「重量物を把持して持ち上げる場面」の上部体幹と下部体幹の一致度が腰痛群では高いことが明らかになりました(図1)。 図1.腰痛群と対照群における上部-下部体幹運動の一致度 また、この同位相による運動パターンに影響する要因を明らかにするために、階層的重回帰分析を用いて関係性を分析しました。その結果、同位相による運動パターンに影響する要因として、「動作課題中に生じた恐怖心」が抽出されました。 つまり、動作課題中に生じる恐怖心によって、作業関連動作中の上部-下部体幹の同位相による運動パターンが引き起こされることが明らかとなりました。つまり、同位相による運動パターンは痛み関連恐怖によって引き起こされる回避行動そのものと言え、それによって上部-下部体幹の運動の自由度を制限してしまうことが示唆されました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 作業関連動作時の上部体幹と下部体幹の同位相による運動パターンは腰部負荷に直接的に悪影響を及ぼし、やがて労働能力や労働生産性を低下させるため、適切なリハビリテーション介入が求められます。本研究の結果、体幹の同位相による運動パターンを是正するためには、作業遂行時に特異的に生じる恐怖心を軽減する介入が必要であると考えられました。今後は、運動恐怖を減ずる介入によって運動制御障害が改善するかどうかを縦断的研究によって検証していく予定です。 論文情報 Ren Fujii, Ryota Imai, Hayato Shigetoh Shinichiro Tanaka, Shu Morioka Task-specific fear influences abnormal trunk motor coordination in workers with chronic low back pain: a relative phase angle analysis of object-lifting. BMC Musculoskeletal Disorders 2021 関連する論文 藤井 廉, 今井 亮太, 西 祐樹, 田中 慎一郎, 佐藤 剛介, 森岡 周. 運動恐怖を有する腰痛有訴者における重量物持ち上げ動作時の運動学的分析. 理学療法学. 2020; 47 (5): 441-449. Ren Fujii, Ryota Imai, Shinichiro Tanaka, Shu Morioka. Kinematic analysis of movement impaired by generalization of fear of movement-related pain in workers with low back pain. PLoS ONE. 2021; 16 (9): e0257231. 問い合わせ先 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 藤井 廉 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2022.02.18
中枢性感作症状と痛みの関係性が対照的なクラスターの特徴~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
痛みは組織や神経の損傷に伴い生じることがほとんどですが、ときに、その損傷の程度から予想されるよりも広い範囲で強い痛みが生じることや、疲れやすさや不眠、記憶力の低下、気分の不調といった様々な症状(中枢性感作関連症状)が出現することがあります。畿央大学大学院 修士課程 修了生の古賀 優之 氏(協和会病院)と森岡 周 教授らは、中枢性感作関連症状を呈しながらも、痛みが対照的な集団(クラスター)が存在することを特定し、それぞれのクラスターの特徴を検証しました。この研究成果は、Scientific Reports誌(Characteristics of clusters with contrasting relationships between central sensitization-related symptoms and pain)に掲載されています。 研究概要 中枢性感作関連症状の評価指標であるCentral Sensitization Inventory(CSI)は、慢性疼痛と関連することは多くの研究で示されているものの、痛みの強度や痛覚閾値との関連が未だ不明瞭であるという指摘がされています。 本研究ではCSIと痛みの強度が共に軽度、中等度、重度といったCSIと痛みが関連する3つのクラスターと、CSIが高値でありながらも痛みの強度は軽度であるといったCSIと痛みが関連しない特徴的な1つのクラスターが存在することを突き止めました。また、興味深いことに、CSIが共に高値でありながら痛みの強度が対照的、すなわち重度あるいは軽度のクラスターがあり、これらは心理的因子や中枢性感作関連症状の発現状況にほとんど違いがありませんでした。つまり、今回評価した尺度において、痛みの強度が異なること以外では類似していることがわかりました。 本研究のポイント ■ CSIと痛みの強度は概ね関連しているものの、一部、CSIが高値でありながらも痛みが軽度で、それらが関連しない集団(クラスター)が存在することがわかりました。 ■ CSIが共に高値でありながら痛みが対照的(重度/軽度)な2つのクラスター(C3、C4)の比較では、それぞれの関連症状にほとんど差がみられず、心理的因子(破局的思考、不安・抑うつ)においても差がないことがわかりました。 研究内容 146名の有痛患者を対象に、短縮版CSI(CSI9)と様々な性質の痛み強度を点数化するShort Form McGill Pain Questionnaire – 2(SFMPQ2)を評価しました。これら二つの質問紙の評価結果に基づいて、それぞれが似た性質を持つ集団を抽出するクラスター解析を実施したところ、CSI9が共に高値でありながら痛み強度が対照的(重度/軽度)な二つのクラスター(C3、C4)の存在を特定できました(図1)。 図1.中枢性感作関連症状(CSI9)と痛み(SFMPQ2)の評価に基づくクラスター分析の結果 C1–3はCSI9とSFMPQ2に相関関係がみられましたが、C4ではそれらに相関関係がみられませんでした。また、C3とC4はCSI9が共に高値でありながら、SFMPQ2が対照的(重度/軽度)な関係でした。 CSI9(中枢性感作関連症状)の各項目をクラスター間で多重比較したところ、C3とC4では、「起床時の疲労感」の項目で差があるものの、その他の項目においては差がみられませんでした(図2)。また、C3とC4では、痛みの破局的思考や不安・抑うつの指標(PCS4、HADS)にも差がみられませんでした。 図2.クラスター間におけるCSI9各項目(それぞれの中枢性感作関連症状)の多重比較結果 本研究の臨床的意義および今後の展開 痛みの強い患者が疲れやすさや不眠を訴える場合(C3にあたる症例)、医療従事者はそれらの症状も含めて注意深く対応を検討します。その一方で、痛みがさほど強くないにもかかわらず、そのような関連症状を訴える場合(C4にあたる症例)、それらはしばしば不定愁訴として捉えられ、軽視されがちです。しかしながら、このような関連症状は運動の阻害因子となり、痛みも改善しにくくなる可能性があるため、適切な対処を行っておく必要があります。 今後は、これらの中枢性感作関連症状を有するクラスターにおいて、実際に痛みが遷延化しやすいのか否かについても縦断的研究によって検証していく予定です。 論文情報 Masayuki Koga, Hayato Shigetoh, Yoichi Tanaka, Shu Morioka. Characteristics of clusters with contrasting relationships between central sensitization-related symptoms and pain Sci Rep 12, 2626 (2022). なお、本研究は厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金 「種々の症状を呈する難治性疾患における中枢神経感作の役割の解明と患者ケアの向上を目指した複数疾患領域統合多施設共同疫学研究」の支援(研究課題番号 20FC1056)を受けて実施されました。 問い合わせ先 畿央大学大学院健康科学研究科 修了生 医療法人協和会 協和会病院 古賀 優之(コガ マサユキ) E-mail: kogahlio@gmail.com 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2022.02.07
脳卒中患者における歩行の関節運動学的特徴と筋シナジーパターン~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中患者の歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています。しかし、個々の症例毎に観察すると、異常な筋活動パターンは歩行時の立脚相または遊脚相において確認されます。畿央大学大学院 博士後期課程の水田 直道 氏と森岡 周 教授らは、歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し、サブタイプの歩行特性について検証しました。この研究成果は、PLOS ONE誌(Merged swing-muscle synergies and their relation to walking characteristics in subacute post-stroke patients: An observational study)に掲載されています。 研究概要 多くの脳卒中患者は歩行能力が低下し、日常生活や屋外での移動時にさまざまな困難さを経験します。歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています。歩行時における異常な筋活動パターンは立脚相(歩行中に足が床面についている状態)または遊脚相(歩行中に足が床面から離れて前に振りだす時期)において確認され、運動学的特徴においても症例ごとに異なるパターンを示すことは臨床上明らかですが、それらの関係性は分かっていませんでした。 博士後期課程の水田 直道さんらは、歩行時における筋活動の異常パターンを筋シナジーの側面からサブタイプを特定し、サブタイプの歩行特性を明らかにしました。立脚期における筋シナジーの異常パターン(単調な筋シナジー制御)がみられるサブタイプでは、快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少した一方で、遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは、快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少していることが分かりました。加えて、遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは、麻痺側下肢を大きく振り出す(屈曲角度の増大)ように歩くと、筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました。 本研究のポイント ■ 立脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは、快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少。 ■ 遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは、快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少。 ■ 遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは、麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと、筋シナジーの異常パターンが即時的に改善する。 研究内容 介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました。対象者は3つの歩行条件(快適歩行:cws、麻痺側下肢大股歩行:p-long、非麻痺側下肢大股歩行:np-long)で10m歩行テストを行いました。p-longおよびnp-long条件では、対象者にそれぞれの下肢を前に大きく振り出しながら歩くよう指示しました。cws条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき、3つのサブタイプを特定しました。 図1:歩行時における筋シナジーの併合パターン 快適歩行条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき、3つのサブタイプを特定しました。(A)歩行時における個々の筋活動波形を示します。(B)併合している筋シナジー波形と、それに含まれる筋肉の重み付けを示します。サブタイプ1では立脚前半と立脚後半、サブタイプ2では遊脚後半と立脚前半、サブタイプ3では遊脚前半と遊脚後半における筋シナジーが併合していることが確認できます。 図2:歩行条件間における運動学的パラメータおよび筋シナジーの複雑さ cws条件における下肢屈曲角度はサブタイプ3が減少している一方で、下肢伸展角度はサブタイプ1において減少していました。歩行条件間における筋シナジーの異常パターンは、サブタイプ3においてのみp-long条件で複雑に表現されました。 図3:歩行速度と筋シナジーの複雑さの関係性 全症例における歩行速度と筋シナジーの複雑さは有意な負の相関を示しました。一方で、サブタイプごとにこれらの相関関係を確認すると、サブタイプ2、3においてのみ有意な相関を示しました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 この研究では、歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し、サブタイプの歩行特性について検証しました。結果として、筋シナジーの異常パターンは3つのサブタイプに分類され、それぞれのサブタイプに応じて快適歩行時の運動学的パラメータは異なっていました。遊脚期における筋シナジーの異常パターンを示すサブタイプにおいては、麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと、筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました。今後は、サブタイプの神経基盤を明らかにするとともに、筋シナジーの異常パターンがどのような回復過程を辿るか調査する予定です。 論文情報 Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yuki Nishi, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Junji Deguchi, Yasutada Yamamoto, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka. Merged swing-muscle synergies and their relation to walking characteristics in subacute post-stroke patients: An observational study. PLOS ONE 17 (2), e0263613, 2022 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp 博士後期課程 水田 直道(ミズタ ナオミチ) 医療法人尚和会 宝塚リハビリテーション病院 E-mail: peace.pt1028_@_gmail.com(※@の前後の_を削除してお送りください)
2021.12.20
固定物とヒトへの軽い接触による立位姿勢制御の特徴~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
手すりや壁などの固定物だけではなく、ヒトに軽く触れるだけでも立位姿勢が安定します。しかし、このような接触する対象物の違いによって生じる姿勢制御の特徴は明らかにされていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 石垣 智也 客員研究員(現:名古屋学院大学 講師)と畿央大学大学院 修了生 山道 菜未 氏(現 福岡リハビリテーション病院)、森岡 周 教授らは、固定物に触れると立位姿勢が安定化し姿勢動揺が高周波化するのに対し、ヒトに触れる場合には立位姿勢の安定化が固定物の場合に比べ少ないものの、姿勢動揺の高周波化が生じにくいことを明らかにしました。また、低周波成分の姿勢動揺で生じる二者間の姿勢協調が、高周波化を生じさせにくくする要因である可能性を示しました。 この研究成果はHuman Movement Science誌(Characteristics of postural control during fixed light-touch and interpersonal light-touch contact and the involvement of interpersonal postural coordination )に掲載されています。 研究概要 ヒトの立位姿勢は様々な感覚情報を用いて制御されています。この中でも、触覚が姿勢制御に与える影響を調べるために、指先等を用いて対象物に軽く接触(1 N未満)する「ライトタッチ」という方法が用いられています。一般的にライトタッチを固定物(例:手すりや壁)やヒトに対して行うと立位姿勢の安定化が得られますが、これら姿勢制御特徴の違いは明らかにされていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 石垣 智也 客員研究員らは、固定物とヒトに対するライトタッチの姿勢制御特徴を比較するために4つの立位条件(図1)で姿勢動揺を計測し、姿勢動揺の大きさや周波数、二者間での姿勢協調(自身と相手の姿勢動揺が類似すること)を分析しました。結果、固定物へのライトタッチ(固定物ライトタッチ)で立位姿勢動揺の減少と高周波化が認められ、ヒトへのライトタッチ(対人ライトタッチ)では立位姿勢動揺の減少が固定物の場合に比べて少ないものの、高周波化が生じにくいことが示されました。また、対人ライトタッチでは0。4 Hz以下の低周波成分で二者間の姿勢協調が認められるのに対し、0.4 Hzより大きな高周波成分では姿勢協調が認められませんでした。これら結果より、固定物ライトタッチでは自身の姿勢動揺を動きの無い対象物を基準に制御するため、姿勢動揺が大きく減少するとともに高周波化が生じると解釈されます。一方、対人ライトタッチでは動いている対象物(ヒト)を基準に自身の姿勢動揺を制御するため、姿勢動揺の減少が得られつつも高周波化が生じにくいと考えられます。低周波成分の姿勢動揺はヒトの重心の動きを反映するため、対人ライトタッチによる二者間での姿勢協調が高周波化を生じさせにくくする要因と考えられます。 本研究のポイント ■ 固定物へのライトタッチでは、立位姿勢の安定化が得られ姿勢動揺は高周波化する ■ ヒトへのライトタッチでは立位姿勢の安定化は固定物の場合に比べると少ないが、姿勢動揺の高周波化は生じにくい ■ ヒトへのライトタッチでは姿勢動揺の低周波成分において二者間の姿勢協調が生じる 研究内容 健常若年者を対象に閉眼での継ぎ足立位姿勢を基準とし、非接触条件、固定物(安定した台)へのライトタッチ条件、自身より安定したヒトに接触する対人ライトタッチ条件、自身と同様に不安定なヒトに接触する対人ライトタッチ条件の4条件を設定し(図1)、各条件の姿勢動揺(足圧中心)を計測しました。そして、姿勢動揺の大きさと主たる周波数(平均周波数)、低周波成分(≤0.4 Hz以下)と高周波成分(>0.4 Hz)における二者間での姿勢協調(相互相関係数)を解析し、条件間の比較を行いました。 図1:設定した立位条件 NT: no touch, FLT: fixed light touch, SILT: stable interpersonal light touch, UILT: unstable interpersonal light touch その結果、固定物ライトタッチでは立位姿勢動揺の減少と高周波化が認められ、対人ライトタッチ条件では立位姿勢動揺の減少が固定物ライトタッチに比べて少ないものの、不安定な対人ライトタッチ条件の左右動揺を除いて高周波化が生じにくいことが示されました(図2)。そして、高周波化の示されなかった安定した対人ライトタッチ条件と不安定な対人ライトタッチ条件の前後動揺では、低周波成分で高い姿勢協調が認められたのに対し、高周波成分では姿勢協調に条件の差を認めませんでした(図3)。 図2:立位姿勢動揺の平均周波数 図3:周波数成分別における二者間の姿勢協調 本研究の臨床的意義および今後の展開 リハビリテーションの臨床場面では、対象者の動作介助や運動療法のために支持物(手すりや杖など)や療法士の徒手的な身体接触が用いられます。本研究成果は、これら方法の違いが対象者の姿勢制御に与える影響について、基礎的知見からの考察を提供するものとなります。具体的には、姿勢動揺の減少は姿勢の安定化を意味するものの、他の研究知見を踏まえると、姿勢動揺の高周波化は固定化された自由度の低い制御様式とも解釈できます。そのため、姿勢の安定化を目的にライトタッチを用いる場合であったとしても、対象者や状況によっては用いる方法を使い分ける必要があるかも知れないという仮説を提唱するものとなります。 論文情報 Ishigaki T, Yamamichi N, Ueta K, Morioka S. Characteristics of postural control during fixed light-touch and interpersonal light-touch contact and the involvement of interpersonal postural coordination. Hum Mov Sci. 2021;81:102909. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 現:名古屋学院大学 リハビリテーション学部 理学療法学科 講師 石垣 智也(イシガキ トモヤ) Tel: 0745-54-1601(畿央大学) Fax: 0745-54-1600(畿央大学) E-mail: ishigaki@ngu.ac.jp 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 森岡 周(モリオカ シュウ) E-mail: s.morioka@kio.ac.jp Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
2021.12.10
脳卒中患者における“急激な”体重減少は“慢性”疾患における悪液質基準と関連している~健康科学研究科
悪液質とは、がんや心不全などの慢性疾患に関連して生じる予後不良な複合的代謝異常症候群であり、筋肉量の減少を特徴とし、顕著な臨床的特徴は体重減少といわれています。一般に、脳卒中患者は急性期に体重減少が生じやすく、この体重減少は予後不良因子であることが報告されていますが、その原因については十分に解明されていません。畿央大学大学院健康科学研究科修士課程の山本実穂氏と庄本康治教授、野添匡史准教授(甲南女子大学)、吉田陽亮氏(奈良県西和医療センター)らは、脳卒中患者に生じる急激な体重減少は悪液質の診断基準と関連があることを明らかにしました。本研究結果は,脳卒中患者に生じる体重減少に悪液質が関連している可能性を示唆するものであり、脳卒中患者の体重減少予防のための治療方法の確立に寄与する内容といえます。この研究成果は、Nutrition誌に掲載されます。 研究概要 悪液質の主な症状である体重減少は脳卒中において生じやすく、特に脳卒中発症後間もない急性期において生じやすいことが知られています。そこで本研究では、脳卒中患者における急性期での体重の変化と、悪液質の診断基準とに関連があるか否か、前向きの観察研究を実施することで検討しました。 研究内容 脳卒中発症後、研究期間内に急性期病院に入院した155名の患者を対象に、急性期病院入院時及び退院時に体重を測定し、体重の変化率を求めました。また、急性期病院退院時に悪液質診断基準の評価(図1)を行い、この5項目の基準のうち3項目以上の基準を満たした場合、悪液質基準を有すると判断しました。そして、体重変化率と悪液質基準の有無に関連性があるか否かを分析しました。 【図1:本研究で用いた悪液質の診断基準(Evansらの分類)】 データ分析の結果、155名中30名(19%)の方が入院期間に5%以上体重が減少しており(体重減少群)、体重減少を認めなかった125名(体重安定群)よりも悪液質基準を満たす割合が多いことが分かりました(体重減少群=18名(60%) vs体重安定群=28名(22%))。また、悪液質基準は体重変化率に影響を与える他の要因(重症度やエネルギー摂取量、嚥下能力や悪液質の原因になる他疾患の保有など)で調整した上でも、体重変化率に影響を与えることが明らかになりました(表1)。 【表1:悪液質基準と体重変化率の関係】 BMI: body mass index, NIHSS: National Institute of Health Stroke Scale, FOIS: Functional Oral Intake Scale 研究の臨床的意義および今後の展開 慢性疾患で生じるとされている悪液質の診断基準が、急性期の脳卒中患者における体重減少に関連しているということは、脳卒中患者で生じる体重減少に悪液質が関与している可能性を示唆するものです。本研究結果から、脳卒中患者で生じる体重減少に対して、悪液質の影響を考慮し早期診断・早期介入することで、生命予後や生活の質改善に寄与すると考えられます。これらの因果関係を明らかにするためには、今後さらなる研究が必要と考えられます。 論文情報 Miho Yamamoto, Masafumi Nozoe, Rio Masuya, Yosuke Yoshida, Hiroki Kubo, Shinichi Shimada, Koji Shomoto Cachexia criteria in "chronic" illness associated with “acute” weight loss in patients with stroke Nutrition December 2021, 111562 問い合わせ先 甲南女子大学 准教授 畿央大学健康科学研究科 客員研究員 野添 匡史(ノゾエ マサフミ) nozoe@konan-wu.ac.jp 畿央大学健康科学研究科 教授 庄本 康治(ショウモト コウジ) k.shomoto@kio.ac.jp Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600
2021.12.06
地域在住障害高齢者におけるバディスタイル介入が運動継続に与える効果~健康科学研究科
身体活動は障害者や高齢者であっても健康状態の維持・改善に有効であることが知られていますが、障害高齢者の多くは十分な運動をしていないとされています。そのため、運動継続を促進できるような取り組みが必要となります。 最近の研究では、バディスタイル(二人1組で行う介入方法)の身体トレーニングと栄養教育介入で、フレイル、栄養状態、身体活動量が改善したことが報告されています。しかし、これらの研究では、トレーニングを受けた健常者のボランティアが介入をしており,実施が容易ではありませんでした。畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 武田広道 氏と高取克彦 教授 らは、地域在住障害高齢者同士のバディスタイル介入が12週間の在宅運動プログラムにおける運動継続性に効果があるかどうかを検証することを目的に本研究を行いました。この研究成果はClinical Rehabilitation に掲載されています。 研究概要 通所介護事業所を利用している障害高齢者65名に12週間の在宅運動プログラムを実施してもらいました。その際、無作為にバディスタイル介入群と対照群に分けて実施し、バディスタイル介入を追加することで運動継続と身体・心理機能に効果があるかどうかを分析しました。 本研究のポイント ■障害高齢者同士のバディスタイル介入は12週間の在宅運動プログラムにおける運動継続性向上に効果があることが分かりました。 研究内容 データ解析の結果、バディスタイル介入群は対照群と比較して9~12週の期間において運動プログラムを実施した日数が有意に多くなっていました。両群で運動プログラム終了後に膝関節伸展筋力、4m歩行時間、5回立ち上がり時間が改善していました。 本研究の意義および今後の展開 今回の研究はバディスタイル介入が運動継続に与える効果を検討したものです。障害高齢者同士でバディを組むため、実施が容易で効率的に運動継続を促せるという点に意義があると考えています。本研究は運動の実施頻度を評価指標にしましたが、現在は運動の実施時間やバディスタイル介入終了後の持続効果についての報告をまとめています。また運動継続の予測因子として、アパシーに着目した解析も行っており、これらの結果も報告する予定としています。 論文情報 Hiromichi Takeda, Katsuhiko Takatori Effect of buddy-style intervention on exercise adherence in community-dwelling disabled older adults: A pilot randomized controlled trial Clinical Rehabilitation, 2021.
2021.11.30
第7回畿央大学シニア講座「腰痛を正しく知ろう」をオンライン開催しました。
令和3(2021)年11月24日(水)、畿央大学では地域のシニア世代の方々を対象に、「健康」と「教育」について学びを深めるための「畿央大学シニア講座」を開催いたしました。 今回で7回目となった本講座ですが、前年度に引き続き今年度もZoomアプリを用いた「オンライン」での開催となりました。 「腰痛を正しく知ろう-コロナ禍で乱れがちな生活習慣が腰痛を増悪させている!?-」をテーマに、家にこもりがちで生活習慣が乱れやすいコロナ禍だからこそ正しく腰痛を理解していただくべく、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘准教授が講師となり参加者の皆さまに最新の知見を学んでいただきました。 まず、画面上で資料を見ていただきながら、「腰痛のメカニズム」や「痛み」についての講義を行いました。痛みが出たときや痛みが長引くときにどう対処することが良いのか、自身の腰痛の状態についてどのように把握すれば良いのかなど、参加者の方にも分かりやすいように専門の知識を丁寧にお伝えしました。また、生活習慣がどのように痛みに影響を及ぼすのかという解説も行い、コロナ禍だからこその注意点などもお伝えしました。 また講義だけではなく、解説をまじえながら腰痛に効果的なストレッチもレクチャーしました。事前に収録をした動画を使用し、ストレッチのポイントなどを解説しながら、参加者の方に実践していただく時間も取り、講座の後も継続的に実践ができるよう工夫を行いました。 ▼腰痛に効果的な体操をレクチャー すべての講義が終了した後はZoomアプリのQ&A機能を使い、質疑応答の時間を設けました。「振動するタイプのマッサージ器を使用するのは大丈夫でしょうか。」「高齢者向けの膝に痛みがあるときに有効なストレッチはありますか」等の多くの質問があり、その一つ一つに大住准教授が口頭で回答していきました。 講座終了後、参加者の方からは、「とてもよい講座に参加できてありがたいことだと思いました。この講座はこれまでにもあったようで、参加できなかったことを残念に思うくらいでした。」「講師の先生の説明も分かりやすく、また実際のストレッチのコーナーなどが良かったと思います。」といった内容についての感想や、「初めてのオンライン講座受けましたが、講座の内容を何回でも振り返りたいです。」といった、オンライン講座に対しての好評なご感想・ご要望も数多くいただきました。 今回もオンラインでの開催となりましたが、このような形での情報発信、地域貢献も大変有効だということを実感することができました。引き続き、畿央大学では今後も社会情勢に寄り添いながら、様々な形で地域貢献ならびに社会貢献に取り組んでまいります。 【関連記事】 第6回畿央大学シニア講座 第5回畿央大学シニア講座 第4回畿央大学シニア講座 第3回畿央大学シニア講座 第2回畿央大学シニア講座 第1回畿央大学シニア講座
2021.11.10
雑誌「老年内科」で本学と生駒市・広陵町とのコホート研究が紹介されました~理学療法学科
雑誌「老年内科」10月号にて「日本における高齢者コホート研究の成果と現状」が特集されました。コホート研究は共通の特性を持つ集団を追跡し、その集団からどのような疾病が発生し、また健康状態が変化したかなどを観察して、各種要因との関連を明らかにしようとする研究です。 その中で、奈良県コホートスタディとして生駒市で実施中の後期高齢者コホート研究の成果と広陵町と本学の共同プロジェクトであるKAGUYAプロジェクト(文部科学省 私立大学研究基盤形成事業:研究代表 文鐘聲)が紹介されました。 本特集では日本を代表する高齢者コホート研究であるNILS-LSAやJAGES、柏スタディなどが紹介されており、多くが関東圏の研究で占められています。国立の研究センターや大学、また医科大学を中心とした研究成果が並ぶ中で、関西圏かつ理学療法学科の教員による研究が紹介されていることは、ある意味異色と言えます。 本学で行われた研究はコホートの規模やデータ追跡期間、データ解析手法などにおいては他のビッグデータ研究には及びませんが、フレイル高齢者のステージ変化と関連要因1)、主観的年齢と健康度2)、より小地域別に着目した地域診断研究3)、高齢者の孤食問題4)など、独自の視点がオリジナリティを発揮しているものとなっています。 今後も、理学療法士の目線を活かしつつ地域高齢者の健康寿命の延伸,フレイル予防,地域包括ケアシステムの深化に有用な成果を出していきたいと考えています。是非ご一読頂ければと思います。 理学療法学科 教授 高取克彦 【関連リンク】 地域在住後期高齢者における新規要介護発生の地域内格差:4年間の前向きコホート研究 ~理学療法学科 平成30年度「広陵町・香芝市×畿央大学 介護予防リーダー養成講座」修了式を行いました。 「広陵町・香芝市×畿央大学 介護予防リーダー養成講座」を開講しました。 「広陵町・香芝市×畿央大学 介護予防リーダー養成講座」説明会が開催されました。 KAGUYAプロジェクト紹介リーフレット 広陵町×畿央大学KAGUYAプロジェクトfacebookページ 畿央大学ヘルスプロモーションセンター
2021.11.05
【スポーツリハ×スポーツ栄養】中日ドラゴンズのドラフト6位指名、福元悠真選手を科学的にサポート!
畿央大学は中日ドラゴンズドラフト6位指名の福元悠真選手(大阪商業大学4回生)とアドバイザリー業務委託契約を結び、スポーツリハならびにスポーツ栄養の面からアスリート支援を行うこととなりました。福元選手は奈良県出身で、高校時代に甲子園に3度出場。4番打者としてセンバツ優勝も経験しているパワーヒッターです。大学でも主将を務め、3回生の秋にはリーグ最優秀選手賞とベストナインを獲得している逸材ですが、怪我に苦しんだシーズンもありました。 理学療法学科の福本貴彦准教授は17年前から奈良県の高校野球に関わっており、福元選手とも面識がありました。今回のプロ野球入りを受け、年明けの入寮とキャンプインに向けて本学教員によるサポートによりプロアスリートになるための体づくりを行うことになりました。2021年10月27日(水)には本学で運動能力の測定やフィジカルチェック、栄養指導を受けました。 【理学療法学科 田平一行教授(専門:呼吸器リハ)からのアドバイス】 心臓や肺機能、体力を測定するために呼気ガス分析器というマシンを使った運動負荷試験を行いました。試験は自転車の負荷(抵抗)を少しずつ上げていき、漕げなくなるまで頑張ってもらい、体に取り入れる酸素の量(酸素摂取量)を測定します。私たちの運動のエネルギーは、ほぼ酸素を燃やして得ていますので、漕げなくなった時の酸素量(最大酸素摂取量)は体力の最も良い指標とされています。福元選手はこの値が一般の人よりも25%も高く、野球選手としてだけでなく体力も非常に優れていることが分かりました。運動負荷試験は体力の判定だけでなく、効果的な運動強度やトレーニングのターゲット(心臓、肺、筋肉等)を決定することにも利用できます。 本学の学生は200ワットくらいの負荷で漕げなくなるのですが、福元選手は300ワットを優に超えて、先生方を驚かせていました。ちなみに、マスクをつけて漕ぎ続けるこの試験は「今年で体力的に一番キツい」体験になったそうです。 【健康栄養学科 中谷友美講師(専門:栄養生理学)からのアドバイス】 現在の食生活について細かくヒアリングを行いながら、栄養面からアスリートの体づくりのアドバイスをします。怪我をしたことがきっかけで食事には気をつかい、大好きだというお菓子も我慢してきたストイックな福元選手も「管理栄養士から指導を受けるのは初めて」とのこと。中谷先生から「食べないと体重は落とせない」など目からウロコのアドバイスに、「めっちゃわかりやすいですね!」と感動されていました。「すぐ忘れてしまうので…」と即座にメモを取る向上心あふれる姿勢も印象的でした。今後は実際にとった食事を報告するなどして、継続的にアドバイスを受けコンディションやパフォーマンスの向上につなげていきます。 【理学療法学科 福本貴彦准教授(専門:運動器リハ・スポーツリハ)からのアドバイス】 普通に立った状態と、バッティングフォームでそれぞれ左右の足型をとりました。 足指握力も非常に強く、足型はしっかりとした土踏まずが観察できる、非常にきれいな足部形状をしていました。バッティングフォームになったとたんに重心位置が変化し、足指で地面をしっかり握っているのが観察されました。この足指の使い方でホームランが打てるのですね!来シーズンはナゴヤドームのバックスクリーンにたくさん打ち込んで欲しいものです。 福元選手からは「プロ入りしても怪我なく、一年間を通してプレイできるように引き続きトレーニングを行い、良い結果を出せるように頑張っていきたいです。」という力強いコメントをいただきました。 これらの測定値を科学的に分析し、弱点を強化しつつ、体への負担が少なく効率の良いトレーニング方法を継続的に指導していきます。強打者として期待されている福元選手が怪我や故障のないように体を整えプロ野球界で活躍してもらえるよう、チームKIOで一丸となって支援していきます! 【左から】中谷先生、福本先生、福元選手、田平先生 ※撮影時のみマスクを外しています。 【畿央大学のアスリート支援関連記事】 第14回理学療法特別講演会「2020東京五輪の活動報告」を開催しました。 「広陵町チャレンジデー2016」に理学療法学科教員とTASKが協力! 認知症啓発の列島リレー「RUN伴」に参加・協力! 宇陀市連携「こどもウェルネス講演会」を開催しました。 広陵町連携 介護予防リーダー養成講座の取り組みが「奈良介護大賞2015」に選ばれました。 鳥人間コンテスト本番で京都大学”Shooting Stars”チームをメディカルサポート! 畿央の学びと研究産学連携 女性専用フィットネスクラブ業界NO.1"カーブス広陵"との共同研究2年目をスタート! 元全日本女子バレーボール監督「柳本晶一先生特別講演会」を開催しました。 鳥人間コンテスト本番出場で間寛平さんをメディカルサポート 関西中央高校応援プロジェクトがすすんでいます。
2021.11.04
大学院生の研究論文が国際誌「Physiotherapy Theory and Practic」に掲載されました~健康科学研究科
地域在住高齢者の円背姿勢と咳嗽力および呼吸機能の関係 誤嚥の直接的な防御機構は咳嗽(がいそう/せき)であるとされています。また、咳嗽力(せきの力)は加齢や呼吸機能、呼吸筋力と関連があることが報告されています。一方で高齢者の姿勢変化として代表的な円背姿勢は呼吸機能に影響を与えることが報告されていますが、咳嗽力との関係は明らかとなっていません。畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程の武田広道氏と田平一行教授らは、①非円背高齢者と比較して円背高齢者では咳嗽力が低下する。②円背の重症度と咳嗽力、呼吸機能は関連している。という二つの仮説を検証することを目的に本研究を行いました。 ※この研究成果は「Physiotherapy Theory and Practice」に掲載されています。 この研究では地域在住高齢者に対して円背指数(図1)、咳嗽力、呼吸機能、呼吸筋力の評価を行い、円背姿勢と咳嗽力および呼吸機能の関係について分析を行いました。その結果、非円背高齢者と比較して、円背高齢者では咳嗽力、肺活量、呼気筋力、吸気筋力、胸郭拡張差で有意に低い値となっていました。また、円背の重症度と咳嗽力、呼気筋力、吸気筋力、胸郭拡張差には有意な相関関係がありました。さらに年齢と性別の要因を調整した後では、咳嗽力には肺活量や胸郭拡張差が関連していることがわかりました。 図1 円背指数 円背指数は第7頸椎から第4腰椎までの弯曲に沿って自在曲線定規をあて、その弯曲を紙にトレースし、第7頸椎から第4腰椎までの距離(L)と弯曲の頂点からLまでの距離(H)を計測する。そして、H/L×100(%)の式に代入することで算出される。 本研究の知見は、円背高齢者では咳嗽力が低下しており、誤嚥性肺炎のリスクが高いことを示しています。また円背が重症化していくにつれて咳嗽力が低下することから、円背姿勢を予防することが誤嚥性肺炎のリスク要因を減らす可能性を示唆しています。今後は咳嗽力に関連している要因への介入効果について検証していきたいと考えています。 健康科学研究科 博士後期課程 武田広道 【論文情報】 Hiromichi Takeda, Yoshihiro Yamashina, Kazuyuki Tabira Relationship between kyphosis and cough strength and respiratory function of community-dwelling elderly Physiotherapy Theory and Practice, 2021.