理学療法学科
2025.03.05
第24回畿央大学公開講座を開催しました。
本学では、地域の皆様に生涯学習の場を提供することを目的とした「畿央大学公開講座」を開催しています。今年度は2025年2月22日(土)に健康栄養学科 准教授の岩田 恵美子先生と看護医療学科 准教授の紅林 佑介先生に講演していただきました。 講座① 「野菜のふしぎ」—調味料が色や食感に与える影響— 講師:健康科学部 健康栄養学科 岩田 恵美子 准教授 今回の講座では、野菜を中心に調味料の添加で料理の色や食感がどのように変化するのかについて、データや画像を使って分かりやすく紹介していただきました。生野菜を使った料理の手順では、「浸透圧」や「半透性」についての説明があり、調理の過程で細胞からの水分の移動を調理に役立てるコツが分かりました。 キャベツの千切りを水に浸すとしゃきしゃきになったり、キュウリのスライスを塩もみすると水分が細胞の外に出ますが、塩分量と出ていく水分の割合をデータをもとに確認することができました。また、重石をすると塩分量を抑えることができることも紹介されました。 そのほか、調理する際に重曹を添加すると水煮より食感が柔らかくなったり、逆にカルシウムイオンを含む牛乳などを使った場合は煮崩れを防ぐことができることが紹介されました。シチューを調理する際は、早い段階で牛乳を加えると具材が軟らかくなりにくいので、具材を充分煮てから仕上げで牛乳を入れた方が良いということです。 最後には大和野菜の一つである「大和丸なす」でジャムを調理した際のお話の中で、よりおいしくなる調合割合をデータに基づいて説明されました。参加者の中には、熱心にメモを取りながら岩田准教授の話に聞き入っておられました。 【参加者の声を一部紹介】 野菜の特性や成分に応じた調理法を選択することで、より美味しく色鮮やかに仕上がるということが勉強になりました。 塩もみの適切な塩分濃度(1%)や煮物の軟化度がpHに左右されるなど、今まで意識していなかった知見を得ることができた。 調理について専門的な知識が得られてよかったです。料理をするのが楽しくなりました。」 いつも何気なく調理している方法が、昔からの理にかなった方法だということがよく理解できました。 ナスをジャムに加工するという発想がすごいと思った。一度試してみたいと思う。 講座② テーマ:「メンタルヘルスを護る生活習慣」 講師:健康科学部 看護医療学科 紅林 佑介 准教授 メンタルヘルス上の悩みを抱える人が増加傾向にあり、その治療方法としては、薬物療法やカウンセリング、リハビリテーションが主軸となり、比較的多くの選択肢があるということが説明されました。しかし予防策となると、効果的な方法はまだ限定的だということです。その中で、近年では一部の生活習慣が精神的不調の予防につながるという知見が、特に英豪から出てくるようになったそうです。 生活習慣予防であれば、自身の心がけ次第で実行することができ、心身ともに健やかで張り合いのある生活を長く享受するためにも、自身の生活習慣を見つめなおすだけでメンタルヘルスを護ることができるということがわかりました。 身体疾患患者の1/3にメンタル面の何らかの問題があるといわれていますし、また健常者の13%(8人に1人)は精神疾患を有するということです。生活習慣による発症予防策としてまず挙げられるのは、良質な睡眠をとるということで、良質な睡眠はうつ・不安発症予防、認知機能の低下予防につながるということが説明されました。良質な睡眠は、眠くなるまで寝ない、眠くないのに寝ようとしても良質な睡眠をとることはできない。そして良質な睡眠をとるためには、良質な食事をとることが求められるということでした。 ファーストフードなどの超加工食品を食べれば食べるほど認知症発症リスクが高まるということも紹介されました。また、適度な運動や社会交流が、うつ・不安感の予防効果や認知機能低下予防、良質の睡眠をとるために良いということも紹介されました。 【参加者の声を一部紹介】 データをもとに分かりやすく説明してくださり、大変勉強になった。このような講座をもっと頻繁に開講してほしい。 生活習慣を見直す良い機会になった。これから精神的にも健康でいられるよう食品選びにも気を付けて生活したい。 日常生活に直結した内容で、とてもよかった。このような素晴らしい講座に参加でき、住民としてとても喜んでいます。 生活習慣を改善する具体的な方法を教えていただけたので、今からすぐにも実践していきたいと思った。 メンタルヘルスの維持・向上には生活習慣が密接に関係しており、薬に頼らない改善方法をまず実行すべきと再認識した。 講座①②ともに、講演会終了後も質疑応答の時間に質問できなかった皆さんが講演いただいた先生の周りに集まり質問をする様子もあり、参加者の一つ一つの質問に丁寧にお答えにいただきました。 畿央大学では、今後も受講者の皆様にご満足いただける講座を開催してまいります。 【関連記事】 第23回畿央大学公開講座を開催しました。 第22回畿央大学公開講座を開催しました。 第21回畿央大学公開講座を開催しました。 第20回畿央大学公開講座「コロナ時代におけるこれからの認知症ケア」をオンライン開催しました。 第19回畿央大学公開講座「感染症を知ろう~新型コロナウイルスとこれからの生活~」をオンライン開催しました。 第18回畿央大学公開講座「当事者とともに創る認知症ケア」を開催いたしました。 第17回畿央大学公開講座「認知症の正しい理解」を開催しました。 第16回畿央大学公開講座を開催しました。 第15回畿央大学公開講座B・C(2日目)を開催しました。 第15回畿央大学公開講座 講座Aを開催しました。 第14回畿央大学公開講座を行いました。 第13回畿央大学公開講座を開催しました。 第12回畿央大学公開講座「健康長寿のための食と運動」を開催しました。
2025.03.04
求心路遮断性疼痛へのミラーセラピーが脳筋コヒーレンスを増大させる-Proof of concept study-~ニューロリハビリテーション研究センター
不慮のバイク事故などで腕神経叢を損傷してしまうと、上肢の感覚・運動機能が麻痺するだけでなく、激しい痛みが生じることがあります。この痛みは求心路遮断性疼痛と総称されており、これは生活の質に大きな影響を与えます。畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 瀬川 栞 氏、大住 倫弘 准教授の研究グループは、求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に、ミラーセラピー実施中の筋電図・脳波を計測し、ミラーセラピーによって痛みが緩和している時には脳-筋コヒーレンスが増大していることを報告しました。この研究成果は国際学術誌 Frontiers in Human Neuroscience(Case report Exploring cortico-muscular coherence during Mirror visual feedback for deafferentation pain a proof-of-concept study)に掲載されています。 研究概要 不慮のバイク事故などで腕神経叢を損傷してしまい、上肢の感覚・運動麻痺が生じるだけでなく、激しい痛みをともなうことがあります。この痛みは求心路遮断性疼痛と総称されており、これは生活の質に大きな影響を与えます。そして、この求心路遮断性疼痛は脳の誤った活動によって増悪すると考えられています。この誤った脳の活動を是正するためのリハビリテーションツールとして “ミラーセラピー” が有名です。これは健常な手を鏡に映しながら運動をすることで惹起される「あたかも麻痺している手が動いているような」錯覚を利用したもので、脳の活動を正常に戻すようなリハビリテーションツールとして知られています。これまでの研究でも、ミラーセラピーを活用したリハビリテーションによって求心路遮断性疼痛が緩和したという報告はいくつかありますが、その脳のメカニズムは明らかにはなっていません。そこで、畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 瀬川 栞 氏、大住 倫弘 准教授 の研究グループは、求心路遮断性を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に、ミラーセラピー実施中の筋電図・脳波を計測し、ミラーセラピーによって痛みが緩和している時には感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大することを報告しました。つまり、ミラーセラピーによって求心路遮断性疼痛が緩和する背景には、脳の感覚運動領域における活動と麻痺した筋の活動の同期、これが適正化するというメカニズムがあるということです。 本研究のポイント 求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者を対象に、ミラーセラピーを実施中の脳波および筋電図を計測した。 ミラーセラピーによって痛みが緩和すると同時に、感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大した。 研究内容 求心路遮断性疼痛を有する腕神経叢引き抜き損傷者2名にご協力頂き、ミラーセラピーをしている時の脳波および筋電図を計測しました。どちらの症例も不全麻痺ながら感覚・運動麻痺があり、求心路遮断性疼痛を有していました。ミラーセラピー実施中には「あたかも麻痺している手が動いているような感覚」が得られ、その時には不十分ながら痛みは緩和しました。そして、ミラーセラピー実施中に筋が収縮している区間の筋電データおよび脳波データ(32ch)を抽出して、それらの同期性(コヒーレンス)を計算しました。その結果、どちらの腕神経叢引き抜き損傷者ともミラーセラピー実施中には対側感覚運動領域の脳-筋コヒーレンスが増大していました。これらは、「感覚運動領域の適正化が求心路遮断性疼痛を緩和する」ことを示唆する結果となります。ちなみに、脳波-筋コヒーレンスは皮質脊髄路の興奮性を間接的に表す指標として知られており、分かりやすく言うと、これが増大するということは脳からの運動指令が麻痺した筋肉へうまく伝わるようになった状態だと考えられます。 本研究の臨床的意義および今後の展開 リハビリテーション現場でも活用されているミラーセラピー、これによる痛みの緩和メカニズム解明の一助になったことは意義があると思います。ただし、今回は症例報告ですので、今後もこのような研究を継続して痛みの緩和をもたらすリハビリテーションのメカニズムを解明していく所存です。 論文情報 Segawa S, Osumi M. Case report Exploring cortico-muscular coherence during Mirror visual feedback for deafferentation pain a proof-of-concept study. Front Hum Neurosci, 2025. 謝辞 西大和リハビリテーション病院 リハビリテーション部 技師長 畿央大学大学院健康科学研究科 客員准教授 生野 公貴 問い合わせ先 畿央大学大学院健康科学研究科 博士後期課程 瀬川 栞 准教授 大住 倫弘 Tel 0745-54-1601 Fax 0745-54-1600 E-mail m.ohsumi@kio.ac.jp
2025.02.22
急性期運動器疾患患者におけるAWGS2019とISarcoPRMによるサルコペニア該当率の比較~健康科学研究科
高齢化の進行に伴い、サルコペニア*が注目されており、世界的にも数多くの研究が実施されています。我が国では、Asian Working Group for Sarcopenia 2019(AWGS2019)に従ってサルコペニアを診断することが推奨されています。しかし、国際リハビリテーション医学会が提唱した新しいサルコペニアの診断基準としてISarcoPRMがあります。両基準の違いとして、サルコペニアの診断に必須となる骨格筋量の評価方法が異なるという点が挙げられます。AWGS2019では、骨格筋量の評価に生体電気インピーダンス法(Bioelectrical Impedance Analysis:BIA)が主に使用されており、四肢の骨格筋量から身長(m2)で除したSkeletal Muscle Index(SMI)がサルコペニアの骨格筋量評価として用いられております。しかし、急性期運動器疾患患者を対象とした場合、BIAでは手術に伴う浮腫や体内の金属インプラントの影響で、SMIが過大評価されることが問題となります。一方で、ISarcoPRMでは、近年注目されている超音波画像診断装置(エコー)で測定した大腿四頭筋の筋厚をBody Mass Index(BMI)で除したSonographic Thigh Adjustment Ratio(STAR)が骨格筋量評価として用いられます。エコーで評価した筋厚は、浮腫の影響を比較的少なく測定できることがわかっており、BIAの欠点を補える可能性があります。そのため、急性期運動器疾患患者におけるサルコペニア診療においてISarcoPRMの有用性を明らかにすることは重要であると考えられます。 そこで、本学大学院健康科学研究科修士課程の池本大輝、健康科学研究科の松本大輔准教授らは、急性期病院に入院された運動器疾患患者を対象に、AWGS2019とISarcoPRMの両基準を用いてサルコペニアの該当率を調査し、各基準で判定されるサルコペニアの特徴を比較しました。その結果、AWGS2019(40.2%)よりもISarcoPRM(59.1%)の方が、サルコペニアの該当率が有意に高く、AWGS2019では低体重群(BMIが18.5kg/m2未満)での該当率が高く(86.7%)、肥満者(BMIが25kg/m2以上)での該当率が低かったが(7.3%)、ISarcoPRMでは、肥満度に関係なくサルコペニアを判定できることが明らかとなりました。その内容が総合リハビリテーションに掲載されました。 *サルコペニア:加齢に伴う進行性の骨格筋量および筋力低下と定義されており、転倒、骨折、入院、死亡のリスクが高い疾患である。 研究概要 急性期病院へ入院された65歳以上の運動器疾患患者164名を対象に、AWGS2019とISarcoPRMを用いてそれぞれでサルコペニアを判定しました。サルコペニアは、SMIあるいはSTARに基づく骨格筋量低下と握力に基づく筋力低下の両方に該当した場合に判定しました。各サルコペニアの判定項目(骨格筋量、握力)とサルコペニアの該当率を各基準で比較しました。さらに、性別と肥満度別でも各サルコペニアの判定項目の該当率を比較しました。 本研究のポイント AWGS2019よりもISarcoPRMの方がサルコペニアの該当率が高いことが明らかとなりました。 また、AWGS2019では、低体重者の該当率が高く、肥満者の該当率が低く、肥満度に影響される結果でしたが、ISarcoPRMでは肥満度に関係なくサルコペニアと判定できることが明らかとなりました。 近年注目されているサルコペニア肥満*を見逃さずに評価できる可能性が示唆されました。 *サルコペニア肥満:サルコペニアに肥満が合併した病態であり、身体機能障害を伴うだけではなく、代謝障害や動脈硬化が進展しており、心血管リスクが高いと考えられている。 表1.各サルコペニアの判定項目の該当率の比較 表2.肥満度(BMI)別の各サルコペニアの判定項目の該当率の比較 本研究の臨床的意義及び今後の展開 本研究は、我が国で初めてISarcoPRMを用いてサルコペニアの該当率を報告した研究です。本研究の結果より、肥満者では、ISarcoPRMを補完的に用いることでAWGS2019では、見逃されやすいサルコペニア肥満を診断できる可能性があります。これらの知見により、サルコペニア診断におけるエコーの有用性を示唆する研究であると考えられます。今後は、ISarcoPRMにおけるサルコペニアと臨床的な機能予後などとの関連について更なる検討を行い、対象者の皆様に還元できる研究を進めてまいりたいと思っております。 謝辞 研究にご協力いただきました対象者の皆様、共同研究者の方々に感謝申し上げます。 論文情報 池本大輝,松本大輔・他:急性期運動器疾患患者におけるAWGS2019とISarcoPRMによるサルコペニア該当率の比較.総合リハビリテーション 2025; 53(2): 197-205. 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 修士課程 池本大輝 准教授 松本大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp
2025.02.14
脳卒中後の特異な空間認知障害を報告-描画時に左側を過剰に表現する症例-~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中後、多くの患者さんに見られる半側空間無視は、日常生活動作に支障をきたし、リハビリテーションの大きな課題となっています。この症状が改善した後も残る空間認知の障害は、患者さんの生活の質に影響を与える可能性があります。畿央大学大学院健康科学研究科の吉川里彩氏、大住倫弘准教授、森岡周教授らの研究グループは、右視床出血後の症例を詳細に分析し、半側空間無視が改善した後も、描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia(空間の過剰表象)」が継続することを発見しました。さらに、詳細な画像解析により、この症状が脳の腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました。この研究成果は国際学術誌Cureus(Persistent Hyperschematia With Over-Generation Following Recovery From Unilateral Spatial Neglect: A Case Report)に掲載されています。 研究概要 脳卒中後の空間認知障害の一つである半側空間無視は、脳の右側が損傷を受けた際に起こる症状です。この症状により、患者さんは左側の空間を認識することが困難となり、日常生活に大きな支障をきたします。これまでの研究から、半側空間無視には様々な特徴があることが分かっていますが、回復過程での変化については、まだ十分に解明されていない点が多く残されています。 畿央大学大学院健康科学研究科の吉川里彩氏(西大和リハビリテーション病院言語聴覚士)、南川勇二氏、大住倫弘准教授、森岡周教授らは、右視床出血後の症例を縦断的に詳細に分析しました。その結果、半側空間無視が改善した後も、描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia(空間の過剰表象)」という特異な症状が継続することを発見しました。例えば、星の左部分を拡大して表現したり、時計の文字盤を描く際に必要以上の数字を書いたり、花の絵を描く際に左側に余分な花びらを加えたりする現象が観察されました。 本研究の新しい発見は以下の2点です。第一に、これまで半側空間無視や身体失認に付随すると考えられていた「Hyperschematia」が、必ずしも半側空間無視の症状と同時に改善するとは限らないことを示しました。第二に、詳細な画像解析技術を用いて、この症状が脳の腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました。 この成果は、脳卒中後の空間認知障害の理解を深め、より効果的なリハビリテーション方法の開発につながる重要な知見を提供しています。空間認知の障害に対して、より詳細な評価と個別化された対応の重要性を示唆する発見といえます。 本研究のポイント 右視床出血後の症例において、半側空間無視が改善した後も、描画時に左側の要素を過剰に表現する「Hyperschematia」が継続することを見出しました。 画像解析により、この症状が下前頭後頭束(IFOF)および中縦束(MdLF)という腹側視覚経路の損傷と関連している可能性を明らかにしました。 研究内容 本研究の目的は、脳卒中後の半側空間無視の回復過程における空間認知の変化を明らかにすることでした。研究では、右視床出血後の症例について、約6ヶ月間の詳細な観察を行い、従来の評価に加えて最新の脳画像解析を実施しました。 研究グループは、最新の画像解析技術を用いて脳の神経回路を詳細に分析しました。その結果、本症例では、下前頭後頭束(IFOF)および中縦束(MdLF)という腹側視覚経路に90%以上の重度な損傷があることが判明しました。 行動評価では、特徴的な「Hyperschematia」が半側空間無視の改善後も持続することが明らかになりました。下図に示すように、星の左部分を拡大して表現したり、時計描画では文字盤に必要以上の数字を書き加える、花の絵では左側に余分な要素を追加するなどの現象が観察されました。これらの症状は観察期間を通じて持続しました。 このような詳細な観察と画像解析の結果から、研究グループは以下の重要な結論に達しました: 「Hyperschematia」は、半側空間無視の改善後も残存する可能性がある。 この症状は、腹側視覚経路の損傷と関連している可能性が高い。 これらの知見は、脳卒中後の空間認知障害の評価において、従来の半側空間無視の評価に加えて、より包括的な空間認知機能の評価が必要であることを示唆しています。 このように、神経回路の損傷パターンと行動症状を詳細に対応づけた本研究は、脳卒中後の空間認知障害の理解を深め、より効果的なリハビリテーション方法の確立に向けた重要な一歩となりました。 本研究の臨床的意義および今後の展開 この症例研究では、半側空間無視の改善後も「Hyperschematia」が持続する可能性と、その症状が脳の特定の神経経路の損傷と関連している可能性を示しました。これは空間認知障害の評価において新たな視点を提供するものです。 論文情報 Yoshikawa R, Minamikawa Y, Osumi M, Morioka S. Persistent Hyperschematia With Over-Generation Following Recovery From Unilateral Spatial Neglect: A Case Report. Cureus. 2025 Jan 25;17(1):e77951. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2025.02.04
脳卒中者の歩行非対称性の特徴-障害と代償戦略の特定-~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中後、多くの人が体験する歩行の左右非対称性は、転倒リスクを高め、リハビリ期間を長引かせることがあります。この現象は「歩行非対称性」と呼ばれ、日常生活の質に大きな影響を与えます。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 の 水田直道さん(日本福祉大学健康科学部 助教 )、教授 森岡 周 らを中心とする研究グループは、リズム聴覚刺激を用いた歩行実験を通じて、歩行非対称性の原因が「純粋な障害」と「補償戦略」の2つに分類できることを明らかにしました。さらに、被験者の歩行パターンを詳細に分析することで、歩行非対称性が4つの特徴的なグループに分類できることを明らかにしました。この研究成果はScientific Reports誌 (Identifying impairments and compensatory strategies for temporal gait asymmetry in post-stroke persons)に掲載されています。 研究概要 脳卒中者の歩行の特徴として、歩行時の左右の動きが異なる「歩行非対称性(Temporal Gait Asymmetry, TGA)」があります。この状態は転倒リスクを高め、日常生活の質を低下させるだけでなく、リハビリ期間の延長にもつながります。TGAは、運動麻痺や痙縮などの身体的な要因だけでなく、患者が安全を優先して取る歩行戦略も影響していると考えられていました。しかし、快適歩行条件(CWS)における非対称性は、純粋な障害と代償戦略が混在しており、これらの要因をどのように区別できるかは明らかにされていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 の 水田直道さん(日本福祉大学健康科学部 助教 )、教授 森岡 周 らを中心とする研究グループは、リズム聴覚刺激を用いた歩行実験を通じて、歩行非対称性の原因が「純粋な障害」と「補償戦略」の2つに分類できることを明らかにしました。 クラスター1:過剰な代償戦略 メトロノームの音に合わせて歩行する条件(RAC)では左右対称に歩くことができるにも関わらず、CWSでは非対称的であるクラスター。 身体機能は他のクラスターと差はないが、歩行への自己効力感(modified Gait Efficacy Scale)が低く、「代償戦略」が優位になっていると考えられます。 クラスター2:純粋な障害 CWS・RACともに非対称的な歩行となるクラスター。 運動麻痺や痙縮、体幹機能等が重症であり、「純粋な障害」が優位になっていると考えられます。 本研究は、これまで区別が困難であったTGAの要因を「純粋な障害」と「代償戦略」に分類した点にあります。この成果は、個々の脳卒中者に合わせた、テーラーメイドリハビリテーションの構築に役立つことが期待されます。 本研究のポイント • CWSとRACを用いた2つの条件下で、歩行中の時間的対称性(SI)を評価した。 •「純粋な障害」を特徴とするクラスターは、運動麻痺や痙縮、体幹機能低下などの神経学的要因により歩行が非対称的である特徴がありました。 •「代償戦略」を特徴とするクラスターは、身体機能は他のクラスターと差がないが、歩行への自己効力感が低い特徴がありました。 研究内容 本研究では脳卒中後の患者39名を対象に、Fugl-Meyer Assessment(FMA)、Modified Ashworth Scale(MAS)、Trunk Impairment Scale、modified Gait Efficacy Scale(mGES)を用いて臨床評価を行い、参加者の身体機能や歩行の自己効力感を評価しました。参加者は、快適歩行条件(CWS)とメトロノームの音に合わせて歩行する条件(RAC)の2つの異なる条件下で10m歩行を行いました。RAC条件では、CWS条件で計測されたケイデンスに基づきメトロノームのテンポを設定し、参加者はメトロノームの音に下肢の接地タイミングを合わせて歩行しました。慣性センサーのデータから両下肢の接地・離地のタイミングを同定し、単脚支持時間の対称性指数(SI)を算出しました。CWS条件とRAC条件における単脚支持時間のSIを用いて、混合ガウスモデルに基づくクラスター分析を行い、参加者を4つのクラスターに分類しました。 図1.対称性指数に基づくクラスタリングの結果.© 2025 Naomichi Mizuta CWSおよびRAC条件における歩行中の単脚支持時間の対称性指数の分布をクラスターごとに示す。黒色のラインプロットは全データの回帰直線を示す。上図と右図は、各条件における平均値、95%信頼区間、各データポイントを示している。 対称性指数が負であるほど、非麻痺側の単脚支持時間が麻痺側と比較して長いことを示す。 CWS条件とRAC条件における単脚支持時間のSIは有意な相関関係が見られませんでした。クラスター分析の結果、4つのクラスターが抽出され、本研究の目的に合致したクラスターは下記の2つです。 クラスター1:過剰な代償戦略 RACでは左右対称に歩けるが、CWSでは非対称的であるクラスター。 身体機能は他のクラスターと差はないが、歩行への自己効力感(modified Gait Efficacy Scale)が低く、「代償戦略」が優位になっていると考えられます。 クラスター2:純粋な障害 CWS・RACともに非対称的な歩行となるクラスター。 運動麻痺や痙縮、体幹機能等が重症であり、「純粋な障害」が優位になっていると考えられます。 本研究の臨床的意義および今後の展開 これまで区別されていなかった快適歩行時のTGAの要因を、「純粋な障害」と「代償戦略」に分類できたことは、個々の脳卒中者に応じた、より効果的なリハビリテーションの立案に役立つと期待されます。今後は、個々の特徴に合わせたリハビリテーション介入の効果を検証する予定です。 論文情報 Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Sora Ohnishi, Yuki Sato, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka. Identifying impairments and compensatory strategies for temporal gait asymmetry in post-stroke persons. Scientific Reports, 2025. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 客員研究員 水田直道 教授 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2025.01.27
3分でわかる「KIO元気塾」ムービーを公開しました~理学療法学科
週2回ペースで地域の方をお呼びして、教員サポートのもと理学療法学科の3回生主体で運動相談を企画・実施する「KIO元気塾」。コロナ禍を経て今年度復活した課外活動には、3回生のほぼ全員が参加しています。 卒業生が多数在籍する西大和リハビリテーション病院の協力のもと、そこで理学療法士として活躍する卒業生もサポートに駆けつけていただきながら、長期の臨床実習前にコミュニケーション力をみがき、実際に目の前で困りごとのある参加者の皆さんに対して理学療法士としてできることを必死で考えて実践する、大きな学びの場となっています。 今回はKIO元気塾の魅力を、岡田洋平准教授のインタビューと参加者と在学生の声、そして現場の映像で紹介する3分ムービーが完成しました。畿央大学でしか体験できないKIO元気塾の様子を、ぜひご覧ください!
2025.01.24
顕著な前屈姿勢を示すパーキンソン病患者の歩行不安定性と代償戦略の解明~ニューロリハビリテーション研究センター
パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者は、顕著な前屈姿勢(Camptocormia)を示すことがあります。しかし、そのような前屈姿勢が歩行不安定性にどのような影響を与えるのか、またそれをどのように代償しているのかについて客観的に十分明らかにされていませんでした。畿央大学大学院博士後期課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは、三次元動作解析装置を用いて実験的検証を行うことにより、顕著な前屈姿勢を示す患者は、歩行中の垂直方向の不安定性が高く転倒リスクが高いこと、また重心位置を後方に位置させ、側方への重心移動を増加させる代償戦略をとることを初めて明らかにしました。本研究の知見は、前屈姿勢を示すパーキンソン病患者の歩行安定性を最適化するためのリハビリテーションにおける介入戦略を検討する上で有益な知見となることが期待されます。この研究成果は、Journal of Movement Disorders誌(Gait instability and compensatory mechanisms in Parkinson's disease with camptocormia: An exploratory study)に掲載されています。 研究概要 畿央大学大学院博士後期課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは、三次元動作解析装置を用いて実験的検証を行うことにより、顕著な前屈姿勢を示すパーキンソン病患者は、歩行中の垂直方向の不安定性が高く、転倒リスクが高いこと、また重心位置を後方に位置させ、側方への重心移動を増加させる代償戦略をとることを初めて明らかにしました。 本研究のポイント ・顕著な前屈姿勢(camptocormia)を示すパーキンソン病患者と顕著な姿勢異常を示さない患者の歩行の不安定性とそれを代償するための戦略について、三次元動作解析装置を用いて実験的に検証した。 ・ 顕著な前屈姿勢を示す患者は、歩行中の垂直方向の不安定性が高く、転倒リスクが高いことと、重心位置を後方に位置させ、側方重心移動を増加させながら歩く代償戦略をとっていることを明らかにした。 ・ また、パーキンソン病患者は前屈姿勢が強くなるにつれて、これらの歩行不安定性と代償戦略が強くなることも示した。 研究内容 本研究では、顕著な前屈姿勢であるCamptocormiaを示すPD患者10名、CamptocormiaがないPD患者30名および健常高齢者27名を対象に、三次元動作解析を用いて歩行不安定性の検証を行いました。対象者には快適歩行速度で5mの歩行路を歩行してもらい、歩行安定性指標(図1)と時空間歩行指標、運動学的指標を計測しました。実験環境における歩行安定性と代償戦略は、個人の特性や心理状況によって異なる可能性があります。したがって、健常高齢者群と比較して顕著に異なる歩行不安定性の傾向を有する患者を確認したうえで、その者を除外し、3群間比較を実施しました。また、PD患者全体で前屈角度と各歩行指標との関連を検討しました。 図1.歩行安定性指標 前方・側方・垂直方向の歩行安定性指標の算出方法を示す。いずれも歩行中の踵接地時に算出した。速度が考慮されたCOMであるXCOMが支持基底面内に位置する場合はMOS>0、支持基底面から逸脱し物理的に不安定な状態はMOS<0となる。 CamptocormiaがあるPD患者のうち1名は、顕著な前方への歩行不安定性を示しました。異質であったこの1例を除き、解析を行った結果、CamptocormiaがあるPD患者はCamptocormiaがないPD患者と比較して、COMが低位であり、垂直方向の歩行不安定性が高いことが示されました。また、CamptocormiaがあるPD患者は、歩行中のCOMを後方に位置させ、矢状面上の下肢関節運動範囲が減少し、COM側方速度、骨盤側方傾斜の運動範囲、歩隔が増加することが示されました(図2)。 図2.Camptocormiaがあるパーキンソン病患者の歩行の特徴 Camptocormiaがあるパーキンソン病患者はCamptocormiaがないパーキンソン患者と比較して、COM位置は低かった。また、歩行時にCOMを後方に位置させ、矢状面上の運動範囲を減少し、前額面の運動やCOM移動を増加させることも示された。 顕著な前方への歩行不安定性を示した1名は、CamptocormiaがあるPD患者群の特徴であったCOM後位や矢状面上の関節運動範囲の減少、歩隔の拡大を認めませんでした。また、この症例は頻回な前方への転倒歴を認め、転倒恐怖心が乏しく、歩行時の安全性を優先しない発言や行動を認めました。 これらの結果は、Camptocormiaを示すPD患者はCamptocormiaがないPD患者と比較して、垂直方向の歩行不安定性が高く、前屈角度の増加に伴い転倒リスクが高まることを示しています。一方で、Camptocormiaを示すPD患者は、前方への歩行不安定性が生じないように後方重心姿勢をとり、矢状面上での関節運動を減少させ、側方の関節運動を増加させることで、体幹屈曲の慣性モーメントを減少させる代償戦略をとっていると考えられます。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究の知見により、顕著な前屈姿勢を示すパーキンソン病患者は、垂直方向の歩行不安定性による転倒リスク増加と歩行不安定性の代償戦略について、初めて客観的に解明しました。また、一部の前屈姿勢を示す患者は、実験環境下でも顕著な前方への歩行不安定性を示すことが確認されました。本研究の知見は、前屈姿勢を示すパーキンソン病患者の歩行安定性を最適化するためのリハビリテーションにおける介入戦略を検討する上で有益な知見となることが期待されます。今後は、実際の日常生活場面の歩行不安定性の検証や個人の代償戦略の適用に及ぼす要因についても検証する予定です。 論文情報 Urakami Hideyuki, Nikaido Yasutaka, Okuda Yuta, Kikuchi Yutaka, Saura Ryuichi, Okada Yohei. Gait instability and compensatory mechanisms in Parkinson’s disease with camptocormia: An exploratory study. Journal of Movement Disorders, 2025. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 准教授 岡田洋平(オカダヨウヘイ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: y.okada@kio.ac.jp
2025.01.06
脳卒中患者への定量的上肢活動量評価を用いた行動変容介入の効果~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中患者は、中枢神経系の損傷により上肢機能障害を呈し、麻痺側上肢の使用頻度が低下することで社会参加が妨げられ、生活の質に不利益をもたらします。麻痺側上肢の使用頻度には、性格特性や脳卒中後に生じる心理的要因(自己効力感や結果期待)も影響することが分かっています。しかし、心理面や性格特性による麻痺側上肢活動の低下に着目した長期的な支援を実施した報告は散見されません。畿央大学大学院博士後期課程の南川勇二氏と森岡周教授らは、心理的要因によって麻痺側上肢の上肢活動量が低下している脳卒中患者1例に対し、上肢活動量の長期的なモニタリングに基づいた行動変容介入を行いました。その結果、上肢機能に加えて、日常生活の上肢活動量が改善しました。さらに、自己効力感が先行して改善し上肢活動量が改善することも明らかにしました。この研究成果は学術誌『作業療法』(心理的要因による脳卒中後麻痺側上肢使用に対する定量的上肢活動量評価を用いた行動変容介入の効果-症例報告-)に掲載されています。 研究概要 脳卒中患者は、中枢神経系の損傷により上肢機能障害を呈し、性格特性や心理的側面(手に対する自己効力感や結果期待)への影響から日常生活で麻痺側の上肢を使用することが困難になることがあります。これは、日常生活活動や社会参加を妨げ、生活の質の低下にもつながります。そのため、リハビリテーション専門家にとって、脳卒中患者の性格や心理的側面を考慮した上肢活動に対する包括的なアプローチが重要です。しかしながら、上肢機能に加え、心理面や性格特性による麻痺側上肢活動の低下に着目して長期的な支援した報告は散見されません。畿央大学大学院博士後期課程の南川勇二氏および森岡周教授らの研究チームは、脳卒中患者1症例に対し、入院中から退院後まで長期的にリストバンド型の加速度計を用いて日常生活にける上肢活動を分析、可視化することで麻痺側上肢の使用状況をモニタリングしました。加えて、上肢活動量の経過や症例の性格、心理面を考慮した行動変容介入を行いました。その結果、上肢機能や心理機能だけでなく、上肢活動量が改善し、日常生活活動や趣味活動の再獲得に繋がりました。また、脳卒中患者の長期的な心理的側面が先行して改善し、上肢活動量が改善することも明らかにしました。本症例報告は、入院中から退院後まで上肢活動を長期的にモニタリングして支援した報告であり、1症例ながら重要な知見といえます。 本研究のポイント ・心理的要因によって麻痺側上肢使用頻度が低下していた脳卒中患者に対し入院中から退院後まで長期的に支援した。 ・上肢使用のモニタリングにリストバンド型加速度計を用いた定量的上肢活動量評価を用いた行動変容介入を試みた結果、上肢活動量の長期的な改善を認めた。 ・1症例の介入効果を時系列分析することで、麻痺側上肢に対する主観的な認識の改善が後の上肢活動量改善に寄与した可能性が示唆された。 研究内容 本研究では、脳卒中患者1症例に対して入院中からリストバンド型の3軸加速度計を用い、日常生活にける上肢活動量を分析するとともに性格や心理面を考慮した行動変容介入を行いました。 上肢活動量は活動時間を表す各上肢の活動時間やその左右比からなる両側の使用率と、活動強度(加速度の大きさ)を表す両上肢活動強度の和、両側活動強度比を算出し、可視化することで(図1)麻痺側上肢の使用状況をモニタリングと症例へフィードバックを行いました。入院中から上肢機能と心理的側面に加えて、日常生活の上肢活動量をモニタリングしながら支援し、退院後には訪問リハビリテーションスタッフと連携することで、発症後約1年6ヶ月まで長期的な支援を行いました。その結果、Fugl-Meyer Assessmentの上肢項目やAction Research Arm Test、Motor Activity Logといった上肢機能評価や自己効力感や結果期待などの心理評価に加え、上肢活動量が長期的に改善し(図2)、日常生活活動や趣味活動の再獲得に繋がりました。加えて、本症例の上肢活動量と各上肢関連評価の時系列的関係を検証するために相互相関分析を実施しました。その結果、両上肢活動強度の和は1時点前のMALと自己効力感、両側の使用率は1時点前のARAT、自己効力感、結果期待と相関関係を認めました。つまり、脳卒中患者の長期的な上肢活動量の改善には上肢活動に対する主観的な認識や心理的側面が先行して改善することを明らかにしました。 本症例報告は、麻痺側上肢活動の向上には、心理評価と加速度計による定量的な上肢活動量のモニタリング結果による適切なフィードバック介入が重要であったことを示唆しています。一方、本報告は1事例を対象とした後方視的な検討であり、心理機能と上肢活動量評価との因果関係を明確に示す結果ではなく、解釈には注意が必要です。 図1.症例へのフィードバックに用いた図示化された上肢活動量評価と各指標の算出方法 横軸が両手動作時の麻痺側および非麻痺側の活動強度比率を表した両側活動強度比、縦軸が麻痺側と非麻痺側の活動強度を合計した両上肢活動強度の和を示し、それぞれの指標の関係が1秒毎にプロットされた症例の1日の上肢活動量を図示化したものである。プロット数が多く重なると、寒色から暖色へとプロットの色が変化する。縦軸は両上肢の活動強度を合計した値の大きさを示す。横軸は正の値(右側)にプロットされると麻痺側上肢の活動が優位であることを示し、負の値(左側)にプロットされると非麻痺側上肢の活動が有意であることを示す。横軸上の「7」と「−7」のバーは片側の加速度のみが反応した単肢での活動量を示す。縦に記載された黒線は両側活動強度比がプロットされた中心の位置を示す。 図2.上肢活動量長期的な変化 両側活動強度比:0に近付くほど左右上肢の活動強度が均等であることを示す。 両上肢活動強度の和:数値が高くなるほどより大きな両側上肢活動を行っていることを示す。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究成果は、1症例ながら、上肢活動量の向上に時間前後関係として自己効力感が先行して改善していたことは1症例ながら重要な知見であると考えます。この報告は、リハビリテーション専門家が脳卒中患者の日常生活における麻痺側上肢使用の行動変容を考える際に着目すべき点として心理的側面が重要であることを示しています。今後は、その他の要素を含めた脳卒中患者内における上肢活動量の特徴を横断的に調査していくことや、心理的要因と上肢活動量の関係を縦断的に調査する必要があります。 論文情報 南川 勇二、西 祐樹、生野 公貴、森岡 周 心理的要因による脳卒中後麻痺側上肢使用の低下に対する定量的上肢活動量評価を用いた行動変容介入の効果-症例報告- 作業療法, 2024 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 教授 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.12.20
パーキンソン病患者の移動支援に新たな可能性—足こぎ車椅子の有効性を確認~ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学の岡田洋平准教授らの研究グループは、すくみ足のあるパーキンソン病患者に足こぎ車椅子を導入し、従来の手動車椅子に比べてスムーズかつ十分な速度で駆動できることを明らかにしました。この研究成果は、Movement Disorders Clinical Practice誌に掲載されました(The Cycling Wheelchair as a New Mobility Aid for Individuals with Parkinson's Disease)。 研究概要 パーキンソン病患者は、疾患の初期段階から歩行能力が低下し、進行に伴いその傾向が顕著になります。その結果、日常生活で車椅子が必要となることがあります。しかし、手動車椅子を使用する際にも駆動能力が制限される場合が多いことが課題です。一方で、パーキンソン病患者は自転車のペダル操作能力が比較的保たれていることが知られています。本研究では、ペダル操作で駆動する足こぎ車椅子に着目し、その有効性を手動車椅子と比較しました。その結果、手動車椅子の駆動能力が著しく低下している患者でも、足こぎ車椅子ではスムーズかつ十分な速度で移動可能であることを確認しました。 本研究のポイント ・パーキンソン病患者に足こぎ車椅子を導入し、駆動能力を比較検証した。 ・手動車椅子の駆動が困難な患者でも、足こぎ車椅子でスムーズかつ十分な速度での移動が可能であることを実証した。 研究内容 本研究では、すくみ足を有するパーキンソン病患者2名を対象に、足こぎ車椅子(図1)と手動車椅子による10m直進路の駆動能力を比較しました。 症例1では、手動車椅子の約6倍の速度で足こぎ車椅子を駆動できました。 図1 足こぎ車椅子(COGGY,TESS) 症例2は強い前屈姿勢があり手動車椅子では途中で停止しましたが、足こぎ車椅子では十分な速度で完走可能でした。 図2 主な結果:車いすの駆動速度の比較(手動車椅子 vs 足こぎ車椅子) これらの結果から、足こぎ車椅子は移動能力が低下したパーキンソン病患者にとって新しいモビリティエイドとしての可能性を示しています。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究の結果、パーキンソン病患者の足こぎ車椅子の駆動能力は、従来の手動車椅子と比較して非常に高いことが明らかにされました。パーキンソン病患者にとって、日常生活で自由に動けることの意義は大変大きく、生活の質の向上への寄与が期待されます。今後は、方向転換や狭いスペースでの操作性など、より実用的な検証を進め、施設環境などでの有効性も調査できればと考えています。 論文情報 Okada Y, Narita M, Okamoto M, Osumi M, Morioka S. The Cycling Wheelchair as a New Mobility Aid for Individuals with Parkinson’s Disease. Mov Disord Clin Pract. 2024 Dec 5. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 准教授 岡田 洋平(オカダ ヨウヘイ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: y.okada@kio.ac.jp
2024.11.29
脳卒中後の運動主体感:定量化と上肢使用量への影響~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中後の運動障害は、「自分が自分の運動を制御している」という感覚である運動主体感を奪う可能性があります。しかし、運動障害は麻痺肢の重たさやぎこちなさといった不快感も招くため、運動主体感それ自体が患者の行動変容にどのような影響を及ぼしているのかは明らかではありませんでした。国立研究開発法人産業技術総合研究所の宮脇裕氏と本学の森岡周教授らは、脳卒中後運動障害が招く様々な不快感から運動主体感を分離し評価した上で、運動主体感が上肢使用量に影響することを明らかにしました。この研究成果は、Cortex誌(Diminished sense of agency inhibits paretic upper-limb use in patients with post-stroke motor deficits)に掲載されています。 研究概要 脳卒中後運動障害は身体運動の制御を困難にし、「自分が自分の運動を制御している」という感覚、すなわち運動主体感(Sense of Agency)を奪う可能性があります。運動主体感は、運動制御だけでなく、行為の動機付けや注意分配に関与し、この感覚が伴わない行為は実行されにくくなることが示唆されています。これらの知見に基づけば、運動主体感の低下は行為頻度の減少を招き、身体活動量、特に上肢の使用量を減少させる可能性が考えられます。しかし、運動障害は麻痺肢の重たさやぎこちなさなどの不快感も招くため、運動主体感それ自体が上肢使用量に影響するのかは明らかではありません。この検証のためには、不快感から運動主体感を分離し、運動主体感それ自体を定量化する必要があります。 そこで、国立研究開発法人産業技術総合研究所の宮脇裕氏(畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター客員研究員)と森岡 周 教授らは、不快感と運動主体感の分離を実現する質問紙を独自に開発し、患者の運動主体感を縦断的に評価することで、運動障害が招く運動主体感の低下が上肢使用量に及ぼす影響を精査しました。その結果、不快感ではなく運動主体感の低下が上肢使用量の減少に関連することが示され、運動障害が運動主体感を阻害することで、上肢使用量が減少するという運動主体感の媒介効果が明らかになりました。さらに、運動主体感が低下していた場合、これが向上することで、上肢使用量の改善が大きくなることが示されました。 本研究のポイント ・脳卒中後の運動障害が招く様々な不快感から運動主体感を分離し評価する質問紙を開発した。 ・運動障害が重度なほど、運動主体感が低下することを示した。 ・不快感ではなく運動主体感の低下が、上肢使用量の減少に関連することを示した。 ・運動主体感の向上が、上肢使用量の改善と関連することを示した。 研究内容 独自に開発した質問紙と、Fugl-Meyer Assessmentなどの臨床評価尺度を用いて、脳卒中後患者156名の運動主体感と、感覚運動機能および認知機能を縦断的に評価しました。質問紙には、運動主体感の関連・非関連項目を含み、因子分析後の因子パターンに基づき項目が選定されました。その後、適合度指標に基づき、運動主体感と不快感を分離した2因子モデルと分離しない1因子モデルを比較しました。これらを経て抽出した因子を用いて、構造方程式モデリング(SEM)により臨床アウトカムとの関連を分析し、voxel-based lesion-symptom mapping(VLSM)により損傷部位との関連を分析しました。さらに、縦断的変化を反映する回帰直線の傾きを推定した上で、多母集団同時分析により運動主体感の向上が上肢使用量の改善に関連するかを精査しました。 その結果、適合度指標から2因子モデルが支持され、運動主体感と不快感が因子として分離・抽出されました。SEMおよびVLSMの結果、運動主体感は認知機能や損傷部位ではなく、上肢運動障害の重症度に応じて有意に低下することが示されました(図1)。 図1:運動障害が不快感および運動主体感に及ぼす影響 興味深いことに、上肢使用量は不快感ではなく、運動主体感に有意に関連することが明らかになりました(図2左)。そして、運動障害が運動主体感の低下を介して上肢使用量を減少させるという運動主体感の有意な媒介効果を認めました(図2右)。 図2:運動主体感が上肢使用量に及ぼす影響 さらに、多母集団同時分析の結果、中等度から重度の運動障害を有する患者では、低下していた運動主体感が向上した場合に、上肢使用量の改善が有意に大きくなることが示されました(図3)。 図3:運動主体感の向上が上肢使用量の改善に及ぼす影響 本研究の臨床的意義および今後の展開 これまでの臨床現場では、運動主体感は単一の質問項目によりスクリーニング的に評価されることが多く、不快感などのバイアス混入が懸念されてきました。これに対し本研究は、不快感から運動主体感を分離するための質問紙を開発し、運動主体感それ自体が上肢使用量に影響することを明らかにしました。本成果は、運動主体感という臨床において新たに評価すべき指標を提案するとともに、その評価ツールの臨床実装に向けた基礎的知見を提供します。今後、本質問紙の臨床実装に向けて、その妥当性の検証をさらに進めていく予定です。 論文情報 Yu Miyawaki, Takeshi Otani, Masaki Yamamoto, Shu Morioka, Akihiko Murai Diminished sense of agency inhibits paretic upper-limb use in patients with post-stroke motor deficits Cortex, 2024 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) 客員研究員 宮脇 裕(ミヤワキ ユウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.11.25
横断性脊髄炎1症例の異常感覚および上肢運動に対するしびれ同調経皮的電気神経刺激の効果~ニューロリハビリテーション研究センター
脊髄炎は3例/10万人の稀な炎症性神経障害であり、脊髄炎由来の疼痛や異常感覚は治療抵抗性があることが知られています。脊髄炎による神経障害性疼痛・異常感覚に対するリハビリテーションの効果は、希少疾患ゆえに十分に検証されず、症例報告の蓄積は臨床的意義があります。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは、横断性脊髄炎1症例に対してしびれ同調経皮的電気神経刺激を行うことで異常感覚および上肢活動量が改善したことを明らかにしました。この研究成果はFrontiers in Human Neuroscience誌(Case report: A novel transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesias and motor behaviors after transverse myelitis)に掲載されています。 研究概要 脊髄炎は3例/10万人の稀な炎症性神経障害であり、予後は一定せず、60%以上の患者に軽度から重度の後遺症がみられます。また、脊髄炎由来の疼痛や異常感覚は治療抵抗性があることが知られています。しびれ感に対して我々はしびれ感と一致したパラメーターの電気刺激を行うしびれ同調経皮的電気神経刺激(TENS)を開発し、その有効性を報告しています(Nishi et al., 2022)。脊髄炎による神経障害性疼痛・異常感覚に対するリハビリテーションの効果は、希少疾患ゆえに十分に検証されず、症例報告の蓄積は臨床的意義があります。そこで、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の西祐樹らは、しびれ感およびアロディニアによりADLが阻害されている横断性脊髄炎1症例に対して、しびれ同調TENSを行いました。その結果、しびれ感、アロディニア、上肢活動量が即時的に改善しました。また、しびれ感での長期効果を示しましたが、アロディニアでは観察されませんでした。上肢活動量や上肢ADLにおいては持続効果を認め、しびれ同調TENSはしびれ感やアロディニアのみならず、ADLの改善に寄与する可能性を示しました。 本研究のポイント ・しびれ感やアロディニアを呈する横断性脊髄炎1症例に対するしびれ同調TENSの効果を検証した。 ・しびれ同調TENSによりしびれ感やアロディニアが改善したが、アロディニアに対する持ち越し効果がみられなかった。 ・主観的および客観的な上肢使用は持ち越し効果が確認された。 研究内容 本研究では、しびれ感およびアロディニアによりADLが阻害されている横断性脊髄炎1症例に対して、しびれ同調TENSを行い、その効果を検証しました。 症例はC4からTh2領域の横断性脊髄炎を診断され、左C8領域にしびれ感とアロディニアを呈していました。常に左手に手袋を着用し、左手の使用に恐怖心があり使用を避けていました。そのため、家事や仕事であるタイピングが左手で十分に行えないことに苦悩していました。介入は、A-B-A-B-Aデザインを使用し、各期は1週間としました。A期はTENS行わず、B期ではしびれ同調TENSを実施しました。しびれ同調TENSは1時間/回を2回/日行いました。症例は週2回の外来理学療法でストレッチや有酸素運動、疼痛教育を各期共通して行いました。評価項目として、しびれ感やアロディニアのNumerical rating scale(NRS)、主観的な上肢使用としてMotor Activity Log(MAL)、客観的な上肢使用として両手関節部に慣性センサを装着し、上肢活動量の左右比を算出しました。 その結果、Tau-Uおよびベイジアン未知変化点モデルにより、しびれ同調TENSのしびれ感やアロディニアへの即時効果およびしびれ感の持ち越し効果が明らかとなりました。一方、アロディニアの持ち越し効果はみられませんでしたが、主観的および客観的な左手の上肢使用は改善し、家事や仕事での左手の使用頻度が向上しました。難渋していたしびれ感やアロディニアがしびれ同調TENSによりコントロールできるようになったことが、ADLの向上に寄与したと考えられます。 図1.しびれ感やアロディニア、上肢活動量の経過 A期はTENSなし、B期はしびれ同調TENSを行った期間を示す。介入前、介入後、介入後1時間はB期のおける評価を示し、A期では同一時刻のNRSを評価した。 本研究の臨床的意義および今後の展開 しびれ同調TENSは服薬治療への抵抗性が高い異常感覚においても効果を示す可能性があり、新たな治療選択の一つとなる可能性があります。今後は、他の疾患におけるしびれ感やアロディニアに対する効果のみならず、ADL等への波及効果を検証していく予定です。 論文情報 Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yuji Minamikawa, Michihiro Osumi, Shu Morioka Case report: A novel transcutaneous electrical nerve stimulation improves dysesthesias and motor behaviors after transverse myelitis. Frontiers in Human Neuroscience, 2024 関連論文 Nishi Y, Ikuno K, Minamikawa Y, Igawa Y, Osumi M, Morioka S. A novel form of transcutaneous electrical nerve stimulation for the reduction of dysesthesias caused by spinal nerve dysfunction: A case series. Front Hum Neurosci, 2022. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) 客員研究員 西 祐樹 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.11.13
地域在住フレイル高齢者の運動系社会参加を促進する地域要因の検討~健康科学研究科
フレイルは、健康から障害に至る前段階の状態と位置づけられ、転倒や骨折、要介護、死亡リスクを高めることが明らかになっています。近年のフレイル対策として、社会的側面からのアプローチが注目され、特に運動を主体とする社会参加(運動系社会参加)は、フレイルからの脱却や要介護・死亡リスクを軽減することが報告されてきています。一方で、フレイルであることは社会参加の阻害要因になります。実際に、運動系社会活動の参加者は移動能力が自立した人に限られてしまっているという報告もあり、フレイル高齢者は十分に運動系社会参加ができていない可能性があります。 また、地方自治体が効果的なフレイル対策を講じるためには、同一自治体内の地域内格差の実態を把握し、それぞれの課題に応じた対策が求められています。しかし、同一自治体内での運動系社会参加の地域内格差を調査した報告も少ないのが現状です。 そこで、本学大学院健康科学研究科 客員研究員の中北 智士氏、健康科学研究科の松本 大輔准教授、高取 克彦教授は、地域在住高齢者を対象にした調査を行い、同一自治体内であっても、地区によってフレイル高齢者の運動系社会参加には格差があり、フレイル高齢者の運動系社会参加の推進のためには、近所づきあいのような地域のつながりが重要であることを明らかにしました。 この研究成果は、総合リハビリテーションに掲載されています。フレイル高齢者の運動系社会参加を促進するための一助になることが期待されます。 研究概要 A市在住の要介護認定を受けていない65~80歳の高齢者を対象に、2022年に基本チェックリスト*および社会活動についての郵送調査を行い、6,532名のフレイル高齢者の運動系社会参加に関する地域要因を検討しました。 *基本チェックリスト:二次予防事業対象者の選定のために厚生労働省が作成した。全25項目のうち8項目以上該当するとフレイルと判定される。 本研究のポイント • 運動系社会参加の割合は同一自治体内でも最大1.5倍の地域内格差があることが明らかとなりました。さらに、運動系社会参加者に占めるフレイル高齢者の割合においても、最小地区の6.7%から最大地区の16.5%と地域内格差を認めました。 図1:運動系社会参加者に占めるフレイル高齢者の割合(*p<0.01) また、フレイル高齢者の運動系社会参加が最も多かったE地区では、共変量を調整しても他の地区とは異なり運動系社会参加の促進要因としてフレイルであること(オッズ比2.2, 95%信頼区間1.17~4.12)、近所づきあいが良好であること(オッズ比2.9, 95%信頼区間1.51~5.47)が採択され、フレイル高齢者が運動系社会参加に参加しやすい地域では、近所づきあいのような地域のつながりが重要である可能性が示唆されました。 図2:E地区における運動系社会参加に対するロジスティック回帰分析 本研究の意義および今後の展開 本研究はフレイル高齢者の運動系社会参加に関する要因を調査した数少ない研究です。一般的にフレイルは社会参加の阻害要因でありますが、E地区においては、フレイル高齢者の運動系社会参加が多い地域は、近所づきあいのような地域のつながりが高いことが明らかとなりました。フレイル高齢者の社会参加は、要介護リスクを軽減することが分かっており、積極的にフレイル高齢者の社会参加を推進することが必要です。通いの場による介護予防推進のためには、フレイル高齢者が地域とのつながりを保つことができるような地域密着型の取り組みが重要であると考えられます。今後は、フレイル高齢者が社会参加できるような地域づくりに加え、本研究の対象者を縦断的に追跡し介護予防効果を検証していきたいと考えています。 謝辞 研究にご協力いただきました住民の皆様、役場の方々に感謝申し上げます。 論文情報 中北智士、松本大輔、高取克彦. 地域在住フレイル高齢者の運動系社会参加を促進する地域要因の検討. 総合リハビリテーション.52巻 11号 1213-1222. 公開日2024/11/10. 問合せ先 畿央大学大学院健康科学研究科 客員研究員 中北智士 准教授 松本大輔 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: d.matsumoto@kio.ac.jp
2024.11.05
第17回理学療法特別講演会「キャリア開拓とマネージメント事始め」を開催しました。
2024年10月19日(土)、本学で畿桜会(同窓会)主催の理学療法特別講演会が開催されました。今回の講演会は、対面とZoomのハイブリッド形式で行われ、81名の方が参加されました。 講演では、「キャリア開拓とマネジメント事始め」というテーマで、畿央大学健康科学部 理学療法学科長の庄本康治先生にご講義いただきました。前半では、日本の将来展望や国の政策から、理学療法士が今後直面するであろう課題、また、キャリアを積んだ理学療法士に生じる可能性のある問題点や必要とされるスキルの向上についてお話をいただきました。後半では、成長できる組織の特徴や、マネジメントに求められる能力、さらには理学療法士が今後活躍できる分野について幅広い展望が示されました。 どの分野で働く理学療法士にとっても重要な内容が盛り込まれており、非常に現実的で、今後のキャリアを見つめ直す貴重な機会となりました。また、マネジメントの求められるスキルは時代とともに変化することを学び、今後キャリアを重ねる中で、組織運営の機会も増えていくため、時代の変化に敏感に対応し、マネジメントスキルを継続して学んでいく必要性を強く感じました。 庄本先生の講義の後には、畿央大学理学療法学科卒業生で、現在管理業務に携わっている平成記念病院リハビリテーション科の徳田光紀先生(理学療法学科1期生)と、える訪問看護ステーションの伊藤潤平先生(理学療法学科6期生)にも登壇していただき、事前に参加者から寄せられた質問を基にディスカッションが行われました。現場で管理業務を実践されているお二人の回答は、いずれも現場に直結した内容で、すぐに役立つ貴重なアドバイスばかりでした。 今回の講演を通じて、私自身、日々の課題に追われがちな自分の姿を振り返り、長いキャリアを見据えた行動や学びについて改めて考える機会となりました。学生時代に学んだ管理運営について、社会人となった今再び聴くことができたことも、非常に感慨深く感じました。 畿央大学 理学療法学科6期生 森川 菜津
2024.10.07
パーキンソン病患者の診療環境と日常生活環境における歩行速度の調節能~ニューロリハビリテーション研究センター
歩行速度は環境の多様な文脈に応じて歩幅やケイデンス等の歩行パラメーターが変化することで調節されます。パーキンソン病患者は環境適応への困難さが指摘されておりますが、診療環境と日常生活環境の歩行制御の差異は十分に明らかになっていませんでした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の 西 祐樹氏らは、慣性センサーを用いて診療環境と日常生活環境の歩行を計測することで、診療環境と日常生活環境では歩行速度に応じた歩行パラメーターが異なることを明らかにしました。この研究成果はJournal of Movement Disorders誌(Adjustability of gait speed in clinics and free-living environments in people with Parkinson‘s disease)に掲載されています。 研究概要 パーキンソン病(PD)患者における歩行速度の低下や歩幅の短縮は、活動範囲、転倒リスク、生活の質、社会参加に影響を与える重大な歩行障害です。歩行速度は主にケイデンスと歩幅に影響を受けますが、PD患者においては、ケイデンスが歩行速度を主に決定付けます。これまでの先行研究では、参加者に快適あるいは最大歩行速度を求め、平均値や中央値による代表値によって歩行速度を解釈してきました。一方、日常生活環境における歩行速度の分布は二峰性ガウス分布を示しており、これは2つの好ましい速度が存在することが近年明らかになっています。比較的低い速度は、認知負荷が高い状況や狭い空間での歩行に該当し、比較的高い速度は、特定の目的地に到達する際やより広い空間での歩行に対応しており、環境や文脈に適応した歩行速度の調節能を反映していると考えられています。PD患者は環境適応性が低下していることが知られており、リハビリテーションが行われている診療環境と、日常生活環境では歩行が乖離している可能性があります。そのため、環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは、PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要であるといえます。 そこで、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターおよび長崎大学生命医科学域(保健学系)の 西 祐樹 ら は、PD患者の診療環境および日常生活環境の歩行を計測し、比較しました。その結果、歩行速度に応じた歩行制御が診療環境と日常生活環境では異なるとともに、パーキンソン病の重症度、転倒回数、生活の質に関連していることを明らかにしました。 本研究のポイント ・パーキンソン病患者を対象に、診療環境と日常生活環境における速度に応じた歩行制御を比較した。 ・日常生活環境では、診療環境と比較して、歩行速度の調節能の低下、速度の低下、歩幅の狭小化、左右非対称性の増大がみられた。 ・日常生活環境における歩行の調節能はパーキンソン病の重症度、転倒回数、生活の質に関連した。 研究内容 本研究の目的は、PD患者の診療環境および日常生活環境における歩行速度に応じた歩行パラメーターを比較することです。また、歩行パラメーター、環境要因、PD特有の評価との関連性を調査しました。 PD患者を対象に、腰に装着した加速度計を用いて診療環境および日常生活環境で計測しました。抽出した歩行速度分布に二峰性ガウスモデルを適合させることで、歩行速度を低速と高速に分類するとともに、歩行速度の調節能(Ashman’D)を算出しました。歩幅やケイデンス、左右非対称性等の歩行の時空間パラメーターを、環境(診療環境/日常生活環境)×速度(低速/高速)の2×2反復測定分散分析を用いて比較しました。また、パーキンソン病の症状と歩行パラメーターとの関連性をベイジアン・ピアソン相関係数を用いて評価しました。 図1.診療環境と自由生活環境における歩行パラメーターの相関係数を示すヒートマップ 濃いピクセルはより高い相関係数を示し(赤色は正の相関、緑色は負の相関を表す)、各相関がBayes factor (BF10) ≥ 1であったピクセルにのみ、BF10値と95%信頼区間が示されている。*:BF10 ≥3は実質的な証拠、**:BF10 ≥30は非常に強い証拠、***:BF10 ≥100は決定的な証拠を意味する。 その結果、日常生活環境では、診療環境と比較して、歩行速度の調節能の低下、速度の低下、歩幅の狭小化、左右非対称性の増大がみられましたが、ケイデンスは変わらないことが明らかになりました。また、速度の低下によって歩幅やケイデンスは低下しますが、左右非対称性には有意差がありませんでした。また、日常生活環境における歩行速度の調節能とパーキンソン病の重症度(MDS-UPDRS-III)、転倒回数、生活の質(PDQ-39)に有意な相関が認められました。さらに、近隣環境の歩きやすさは(Walk score)、日常生活環境における歩行速度の調節能との相関関係はありませんでしたが、相対的に高い速度の割合との有意な相関関係が明らかになりました。これらの結果は、パーキンソン病患者の歩行制御が環境の影響を受けることを示唆しています。 本研究の臨床的意義および今後の展開 環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは、PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要な示唆を与えます。今後は環境や文脈の要因を詳細に評価することで、PD患者における環境適応の病態をさらに明らかにする予定です。 論文情報 Yuki Nishi, Shintaro Fujii, Koki Ikuno, Yuta Terasawa, Shu Morioka. Adjustability of gait speed in clinics and free-living environments in people with Parkinson’s disease. Journal of Movement Disorders, 2024. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周 Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.10.02
脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御の異質性~ニューロリハビリテーション研究センター
脳卒中による歩行障害は歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とし、転倒リスクや生活範囲の狭小化、生活の質に不利益をもたらします。しかし、個々の患者においてこれらの歩行の特徴がどのように関係しているのかは不明でした。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域(保健学系)西 祐樹氏らは、ネットワーク分析を用いた因果探索を行い、日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに、その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました。この研究成果はIEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering誌(Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network)に掲載されています。 研究概要 脳卒中患者の多くは歩行速度の低下や歩行不安定性・非対称性の増大等を特徴とした歩行障害を呈し、転倒リスクや生活範囲の狭小化、生活の質の低下を引き起こします。特に日常生活環境においては、様々な文脈や環境に応じた歩行速度の調整等の歩行制御が求められます。近年、慣性センサー技術の進歩により、日常生活における歩行制御が明らかになってきました。一方、これまでの手法では、歩行の時空間パラメータを距離や時間の平均値として扱っており、歩行の連続性や歩行制御の変化を十分に捉えきれていませんでした。また、上記の歩行パラメータは相互に関係しており、従来の歩行制御モデルでは、脳卒中患者の歩行速度は主に歩調によって決定されますが、歩幅や歩行非対称性が歩行速度に与える影響には一貫性はありませんでした。つまり、脳卒中の歩行制御には個別性があることが推測されます。脳卒中患者個々の歩行制御モデルの構築と類型化は歩行機能の相互作用への洞察を深め、個別化されたリハビリテーション戦略に貢献することが期待されます。そこで、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター および 長崎大学生命医科学域(保健学系)西 祐樹らは、脳卒中患者の日常生活環境における歩行を計測し、ネットワーク分析を用いて、脳卒中患者個々の歩行制御モデルを構築するとともに、クラスター分析による類型化を行いました。その結果、日常生活環境における歩行の時空間的パラメータ間の因果関係を明らかにするとともに、その因果関係に3つのパターンがあることを明らかにしました。 本研究のポイント ■ 脳卒中患者の日常生活環境における個々の歩行制御の異質性を分析した。 ■ 脳卒中患者の歩行制御モデルは3つのクラスターに類型化された。 ■ これら3つのクラスターは歩幅速度の調整能、Fugl-Meyer assessment、歩幅の非対称性、歩幅によって説明可能であった。 研究内容 本研究の目的は、脳卒中患者の日常生活環境における個別の歩行制御モデルを構築し、類型化することでした。そこで、脳卒中患者を対象に腰部に加速度計を装着し、日常生活環境において24時間計測しました。計測された加速度データから歩行の時空間変数を算出し、Linear Non-Gaussian Acyclic Model(LiNGAM)を使用して歩行の連続性を考慮した時系列的因果探索を行い、各患者における有向非巡回グラフ(DAG)を作成しました。次にスペクトルクラスタリングを使用して各患者のDAGを類型化しました。最後に類型化されたDAGの特徴を分析するために、ベイズロジスティック回帰に基づいた特徴選択を行いました。 本研究における脳卒中患者の歩行制御モデルは以下の3つのクラスターに類型化されました: クラスター 1;歩行の非対称性と歩行の不安定性が高く、主にケイデンスに基づいて歩行速度を調整する中等度の脳卒中患者、クラスター 2;主に歩幅に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者、クラスター 3;主に歩幅とケイデンスの両方に基づいて歩行速度を調整する軽度の脳卒中患者。これらの 3 つのクラスターは、歩幅速度の調整能、Fugl-Meyer assessment、歩幅の非対称性、歩幅という 4 つの変数に基づいて正確に分類できました。これらの脳卒中患者における歩行制御モデルのパターンは、歩行制御の異質性と脳卒中患者の機能的多様性を示唆しています。 図1:脳卒中患者の日常生活環境における歩行制御モデル © 2024 Yuki Nishi 全参加者と各クラスターにおけるDAGの可視化。(a) 全参加者のDAG、(b) クラスター1のDAG、 (c) クラスター2のDAG、 (d) クラスター3のDAG。ノードの色はノードの次数、エッジの色はエッジの重み、エッジの幅は占有率(クラスター内で各エッジを持つ人の割合)を表す。 本研究の意義および今後の展開 脳卒中患者における特徴的な歩行障害間の相互作用を理解し、異質性を明らかにすることは、個別性の高い精密リハビリテーションの基礎となります。歩行制御の個々のネットワークを解読することで、歩行速度の向上などの望ましい機能改善に関連する歩幅や歩行の非対称性などの特定の歩行障害をターゲットにした正確な介入を開発できます。このアプローチにより、よりオーダーメイドで効果的な治療戦略が期待されます。 論文情報 Yuki Nishi, Koki Ikuno, Yusaku Takamura, Yuji Minamikawa, Shu Morioka Modeling the Heterogeneity of Post-Stroke Gait Control in Free-Living Environments Using a Personalized Causal Network IEEE transactions on neural systems and rehabilitation engineering, 2024 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.08.22
10/19(土)第17回理学療法特別講演会「キャリア開拓とマネージメント事始め」を開催します。
キャリア開拓やマネージメントについて悩んだことはありませんか?社会人経験を積むことで、理学療法士に限らず、多くの人がこのような問題に直面すると思います。本講演会では、現在の理学療法士の状況を整理し、今後の予測を共有し、今後私たちが何をすべきか、どのようにマネージメントを進めていくべきかを、大学・病院・訪問看護分野で経験・実績豊富な3名の先生方に学びます。卒業生の方はもちろん、卒業生以外の方もぜひご参加ください!なお、終了後は畿央祭(学園祭)もお楽しみいただけます。 ※キッズスペース等の設置は予定しておりませんが、お子さま連れでも大歓迎です。ぜひご家族でご参加ください。 開催日 2024年10月19日(土) 9:30~11:00 テーマ 「キャリア開拓とマネージメント事始め」 対面×Zoomのハイブリッド開催 講師 畿央大学 健康科学部 理学療法学科長 庄本 康治先生 平成記念病院 リハビリテーション科 徳田 光紀先生(理学療法学科1期生) える訪問看護ステーション 伊藤 潤平先生(理学療法学科6期生) 内容 60分:庄本学科長による講義 30分:講師3名によるディスカッション(参加者からいただいたテーマで) 会場 畿央大学(P201教室)×Zoomによるライブ配信 ※ご来場の際は、公共交通機関をご利用ください。 本学へのアクセス 対象 畿央大学卒業生・在学生、教員、一般の方 参加費 無料 申込方法 事前予約制です。申込フォームに必要事項を入力してお申し込みください。 申込フォーム 主催 畿桜会(畿央大学同窓会) 問合せ先 畿央大学 健康科学部 理学療法学科 助教 瀧口 述弘(理学療法学科5期生) 電話:0745-54-1601 E-mail:n.takiguchi@kio.ac.jp 過去の理学療法特別講演会レポート 【開学20周年】12/3(日)理学療法学科記念講演「PTの歩き方~PTが輝けるNew Spotを見つける旅」 第15回理学療法特別講演会「脳卒中急性期のリハビリテーション」 第14回理学療法特別講演会「2020東京五輪の活動報告」
2024.08.20
小脳への経頭蓋直流電気刺激が脊髄運動ニューロンおよび前庭脊髄路の興奮性に及ぼす影響~ニューロリハビリテーション研究センター
経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は、脳の神経活動を変調させる手法でありリハビリテーションに用いられています。小脳に対するtDCSは小脳皮質の興奮性を変調させることは分かっていますが、小脳と機能的結合を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性にどのように影響するかは明らかになっていません。畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 氏(畿央大学理学療法学科14期生)と森岡周 教授らは、健常者を対象に小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました。この研究成果は、Experimental Brain Research誌(Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals)に掲載されています。 研究概要 経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は脳の興奮性を変調させることができる非侵襲的な脳刺激法の一つであり、リハビリテーションに有効であると考えられています。近年、運動学習や姿勢制御において重要な脳の部位である小脳に対するtDCSの研究が多く実施されています。小脳に対するtDCSは小脳皮質の活動を変調させることができると報告されている一方で、小脳と機能的な連結を有する脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路などの興奮性に与える影響は明らかになっておりませんでした。そこで畿央大学大学院 修士課程の佐藤 悠樹 さん、森岡 周 教授らの研究グループは、H反射と直流前庭電気刺激(GVS)などの神経生理学的手法を用いて、小脳へのtDCSが脊髄運動ニューロンと前庭脊髄路の興奮性に与える影響を検証しました。 その結果、小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えないことが分かりました。 本研究のポイント H反射やGVSを用いて測定した脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性は小脳へのtDCS刺激前、刺激中、刺激後で変化はみられませんでした。健常被験者の座位姿勢において、小脳へのtDCSは脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性には影響を与えない可能性が示唆されました。 研究内容 本研究では脊髄運動ニューロンの興奮性を評価するためにH反射と呼ばれる神経生理学的手法を使用しました。これは感覚神経を電気で刺激することで誘発される筋電位であり脊髄運動ニューロンの興奮性を反映しています。また前庭脊髄路の興奮性を評価するために直流前庭電気刺激(GVS)を用い、H反射を誘発するための電気刺激の直前にGVSを通電することでGVS-H反射を測定しました。これはGVSによって前庭脊髄路の興奮性が一時的に上昇し、H反射の大きさが増大する現象を利用したものであり、GVSによるH反射の変化率が大きいほど前庭脊髄路の興奮性が高いことを示します。今回は運動神経を刺激することで誘発される最大のM波(Mmax)、最大のH反射(Hmax)、GVSで条件付けされたHmax(GVS-Hmax)をそれぞれ、tDCS刺激前、刺激中、刺激後の3地点で測定しました。またHmaxをMmaxで正規化したHmax/Mmaxを脊髄運動ニューロンの興奮性、GVSによるHmaxの変化率(%)を前庭脊髄路の興奮性の指標として用いました。tDCSの電極は小脳虫部に貼付し、偽刺激、陽極刺激、陰極刺激の3条件の刺激を同一被験者に対して最低3日以上の間隔を空けて実施しました。 図1:実験プロトコル tDCSは同一被験者に対して偽刺激、陽極刺激、陰極刺激の3刺激条件を最低3日以上の間隔を空けて実施しました。tDCSの刺激前、刺激中、刺激後の3地点でMmax、Hmax、GVS-Hmaxをそれぞれ測定しました。 図2:H反射の測定方法と代表的な波形 (a) 被験者は股関節90°、膝関節20°、足関節90°でベッド上に座り、右ヒラメ筋からH反射を計測しました。 (b) H反射とGVS-H反射の代表的な波形。H反射を誘発するための脛骨神経刺激の100ms前にGVSを与えることによってH反射の大きさが増大します。 図3:各tDCS刺激条件によるHmax/Mmaxの結果(脊髄運動ニューロンの興奮性の評価) tDCSの刺激条件による主効果、測定タイミングによる主効果、交互作用は有意ではありませんでした。 図4:各tDCS刺激条件によるGVSによるHmaxの変化率の結果(前庭脊髄路の興奮性の評価) tDCSの刺激条件による主効果、測定タイミングによる主効果、交互作用は有意ではありませんでした。 本研究の意義および今後の展開 小脳へのtDCSは健常者の座位姿勢において、H反射やGVSなどの神経生理学的手法で測定される脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性に影響を与えない可能性が示唆されました。この結果には神経細胞の膜電位を変化させるtDCSの神経学的作用メカニズムが本研究の結果に関連している可能性があり、tDCSによって小脳の活動を変調させても、健常者の座位姿勢における脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路の興奮性の調節にはあまり影響を及ぼさない可能性があります。今後は、異なるニューロモデュレーション技術や姿勢条件下で、脊髄運動ニューロンや前庭脊髄路に対する小脳の関与を調べる必要があります。 論文情報 Yuki Sato, Yuta Terasawa, Yohei Okada, Naruhito Hasui, Naomichi Mizuta, Sora Ohnishi, Daiki Fujita, Shu Morioka. Effects of cerebellar transcranial direct current stimulation on the excitability of spinal motor neurons and vestibulospinal tract in healthy individuals. Exp Brain Res (2024). 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長 森岡 周(モリオカ シュウ) Tel: 0745-54-1601 Fax: 0745-54-1600 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp
2024.07.31
高所などの怖い場所でのバランス制御メカニズムを調査~ニューロリハビリテーション研究センター
高所などpostural threat (姿勢脅威) を生じる環境では静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)の周波数が高く、振幅が小さくなることが知られています。このメカニズムとして、postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました。畿央大学大学院 客員准教授の植田耕造氏、森岡周教授らは、身体内部に注意を向ける課題(意識的なバランス処理課題)と比べて、できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御課題)の方がCOP動揺の平均パワー周波数が高く、postural threat下の姿勢制御と類似することを明らかにしました。この研究成果はNeuroscience Letters誌 に掲載されています。 本研究はpostural threatが姿勢制御を変調するメカニズム解明の一助となる研究です。 研究概要 過去の姿勢制御の基礎研究において、postural threat(姿勢脅威)が姿勢制御を変調することが報告されてきました。Postural threatとは、直立姿勢の制御に影響を与える要因のひとつであり、具体的には自分の身の安全に対し認識された脅威(threat)のことです。Postural threat(姿勢脅威)は高所で床面の端に立つなどの状況で生じ、静止立位時の足圧中心(center of pressure: COP)動揺の平均パワー周波数が高く、振幅が小さくなることが知られています。このメカニズムとして、postural threatにより身体内部に注意が向くためと考えられていました。しかし近年、身体内部(自己の足圧の移動)へ注意を向けておく課題(意識的なバランス処理課題)は簡単な認知課題を行う課題と比べ静止立位時の平均パワー周波数は高くなく、postural threatにより平均パワー周波数が高くなるメカニズムとなり得ないことが示されました。一方、植田 耕造 客員准教授 らは、できる限り動揺しないように随意的に制御する課題(随意的制御)において、リラックスした課題や難しい認知課題を行う課題と比べ静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く、振幅が小さいことを報告しています(当リリースはこちら)。 そこで、畿央大学大学院客員准教授/JCHO滋賀病院の植田 耕造氏(責任著者)、森岡 周教授、畿央大学大学院の修了生である菅沼惇一氏(筆頭著者:中部学院大学)、中西康二氏(京丹後市立弥栄病院)らの研究グループは、健常若年者に対し、静止立位時の随意的制御課題と意識的なバランス処理課題を比較し、随意的制御課題の方がpostural threat下と類似した姿勢制御になるかを検証しました。その結果、意識的なバランス処理課題と比べ随意的制御課題の方が静止立位時のCOP動揺の平均パワー周波数が高く、postural threat下とより類似していることを明らかにしました。 本研究のポイント 静止立位時に身体内部に注意を向けるよりも、できる限り動揺しないように随意的に制御する方がCOP動揺の平均パワー周波数が高くなることが判明しました。 研究内容 本研究では健常若年者27名を対象に、下記の3条件で各30秒間の静止立位時のCOP動揺を2回ずつ測定しました。 ①リラックス条件:リラックスして立つよう指示 ②意識的なバランス処理条件:立位中の足圧の移動に注意を向けるよう指示 ③随意的制御条件:できる限り動揺を小さく制御するように指示 その結果、左右方向の平均パワー周波数や高周波帯域において、随意的制御条件で意識的なバランス処理条件よりも高値を示しました。一方で、RMS(root mean square)で表されるCOP動揺の平均振幅に差はありませんでした。 高所条件でpostural threatを引き起こしている過去の研究では、全ての研究で平均パワー周波数の増加を認めており、本研究の結果から、意識的なバランス処理条件よりも随意的制御条件の方がpostural threat下の姿勢制御と類似していることが示されました。このことから、postural threat下では注意が身体内部へ向くだけでなく、随意的な動揺の制御が行われていると考えられます。そのため本研究結果は、postural threatが姿勢制御を変調するメカニズムの概念的枠組みの一部の修正が必要であることを提案します。 本研究の臨床的意義および今後の展開 本研究では、動揺を随意的に制御しようとした時にpostural threat下と類似した姿勢制御となることが示されました。臨床において、立つことが不安定で恐怖心を感じている症例の中には、随意的制御により姿勢制御が変調している対象者も存在する可能性があります。今後は随意的制御の方法の違いによる姿勢制御への影響を検証する必要があります。 論文情報 Suganuma J, Ueta K, Nakanishi K, Ikeda Y, Morioka S. Difference between voluntary control and conscious balance processing during quiet standing. Neurosci Lett. 2024 Jul 15;837:137900. 問い合わせ先 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター 畿央大学大学院健康科学研究科 客員准教授 植田耕造 教授・センター長 森岡 周 E-mail: s.morioka@kio.ac.jp