2023.12.25
負傷競技者の感情調整行動に影響を与える個人差について~現代教育学科
負傷競技者が負傷によって引き起こされた陰性情動を持続的に抑制すると、リハビリテーションのような未来志向の対処行動に集中できないことや、過剰適応することで怪我の再発、深刻な場合は精神的な障害を引き起こすことがあります。一方で、陰性情動を抑制することによる影響は不適応な側面ばかりではなく、現状を肯定的に再解釈できているのであれば、必ずしも不適応的ではありません。つまり、負傷によって示す反応が適応的かどうかを判断する際は、抑制の視点だけではなく、現状を肯定的に再解釈できているかどうかの可能性を検討する必要があります。
現代教育学科の辰巳教授は陰性情動の抑制に影響すると考えられる要素を取り上げ、肯定的再解釈ができているかどうかを調査することで、不適応な反応をする可能性のある競技者を選別できるのではないかと考え、一定の負傷基準に基づく180名の対象者に対して調査を行いました。その結果、感情伝達困難さの傾向が強い負傷競技者は、負傷により生起させた陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向があることで、不適応な反応を起こしやすいことを導きました。
この研究成果は、PLoS ONE誌(Individual-differences affecting emotion regulation behaviors of injured athletes: A retrospective quantitative study)に掲載されています。
本研究のポイント
■個人変数としてスポーツ倫理コミットメント、競技者アイデンティティー及び感情伝達困難さの3つを取り上げ調査
■3つの個人変数と陰性情動への情動調整行動に関する表出抑制、肯定的再解釈との関連について、2つの仮説を検討
■感情伝達困難さの傾向が強い負傷競技者は、負傷により生起させた陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向が疑われる
研究内容
本研究では先行研究をふまえ、陰性情動に対する表出抑制の行使と関連する個人変数として、スポーツ倫理コミットメント、競技者アイデンティティー及び感情伝達困難さの3つを取り上げました。
スポーツ倫理とは、競技スポーツ界に浸透している組織合理を優先させる集団規範の内容(図1)をさし、抑制との関連が指摘されてきました。
図1.スポーツ倫理コミットメントに対する検証的因子分析結果
競技者アイデンティティーは、競技者としての自己意識を指し、このアイデンティティーが強固な負傷競技者は、スポーツ倫理に強く同調していることが仮定されます。感情伝達困難さは、自己感情の記述や伝達を困難にしている個人の傾向を指し、アレキシサイミア傾向を捉える一側面として知られています。
以上の3つの個人変数と陰性情動への情動調整行動に関する表出抑制、肯定的再解釈との関連について、回顧法による質問紙調査に基づく量的研究デザインを採用し、以下の2つの仮説を検討しました。
仮説2:感情伝達困難さは、肯定的再解釈を行使させず、抑制の行使のみに止まる。具体には、感情伝達困難さは、抑制に対しては正の関連を、肯定的再解釈に対しては負の関連を示す。
一定の負傷基準に基づく180名(平均年齢20.27歳,SD = 1.02;医師の診断に基づくスポーツ停止平均日数66.58日,SD = 87.13、同中央値は31日)を分析の対象としました。主な分析手順は、変数間の相関を検討し、重回帰分析よりパスの推定を行い、最終的に3つの個人変数を外生変数とし、2つの情動調整行動を内生変数とするモデルの適合性を構造方程式モデリングにより検討するというものでした。
分析の結果、2つの仮説は支持されました(図2)。
図2.構造方程式モデリングの結果
結果は、3つの個人変数全てが陰性情動の表出抑制の行使を促すことを示しています。次に、スポーツ倫理コミットメントと競技者アイデンティティーは肯定的再解釈の行使を促しますが、感情伝達困難さは肯定的再解釈の行使を妨げる可能性があることを示しています。また、スポーツ倫理コミットメントは競技者アイデンティティーと感情伝達困難さの双方と正の関連があることを示しています。
主な結論として、感情伝達困難さの傾向が強い負傷競技者は、負傷により生起させた陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向があることから、アブノーマルな反応を顕在化させやすいと言えます。負傷競技者を取り巻く各種のプラクティショナーは、彼らがネガティブな情緒的反応の固着や反復を来していないか、情緒的反応の動向を注視する必要があります。
本研究の限界と今後の課題
本研究では調査協力者に対し、リハビリテーション期間全般の回顧を求め、マクロな視点から個人変数と情動調整行動の実態についての回答を求めました。この方法により、優勢であった情動調整行動を把握することができましたが、臨床現場で実際に示されている日々の反応は複雑であり、個別的です。本研究は仮説に基づく理論的傾向が示されたに過ぎません。知見の精緻化を図るには、調査協力者の記憶の偏りや調査時の心理状態が感情経験の想起に与える影響についても、十分に制御した計画にて研究を推進する必要があります。今後の研究では、負傷競技者を縦断的に追跡し、ノーマルな反応時とアブノーマルな反応時における変数間の関連の仕方の時系列を検討する必要があります。
論文情報
Tomonori Tatsumi
PLoS ONE 2023
問い合わせ先
畿央大学 教育学部 現代教育学科
教授 辰巳 智則
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: t.tatsumi@kio.ac.jp