2025.12.05
「重り×速度」が脳による歩行修正を促進-重り負荷は「速く歩く」ことで中枢神経系の適応を引き出す-~ニューロリハビリテーション研究センター
歩行には、脚の重さや速さの変化による誤差を感知し、徐々に動きを修正・適応・学習する機能があります。畿央大学大学院健康科学研究科(修了生/現 トヨタ記念病院)の本川剛志氏と森岡周教授(畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター・センター長)らは、健常成人を対象に「片脚への重り」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習効果に与える影響を検証しました。その結果、単に重りをつけるだけでなく、「重い×速い」という高強度の条件下でのみ、歩幅や関節運動に顕著な学習(遅延適応)と、重りを外した後も効果が続く現象(残効)が確認されました。これは、リハビリテーションにおいて歩行の修正を促すには、負荷と速度を組み合わせた強度の設計が重要であることを示唆する成果です。この研究成果はHuman Movement Science誌(Effects of Unilateral Leg Weight Perturbation Intensity on Spatiotemporal Gait Parameter Symmetry and Lower Limb Muscle Activity: An Exploratory Laboratory Study in Healthy Adults)に掲載されています。
本研究のポイント
- 「重い×速い」高強度条件のみで、歩幅や関節角度などの空間的指標に学習効果(遅延適応・後効果)が認められました。
- 一方、スイング時間などの時間的指標には学習効果が生じず、脳による学習よりも即時的な調整に依存することが示唆されました。
- 負荷と速度の条件により筋活動パターンが異なることから、リハビリにおける適切な「処方設計(重さ・速さ)」の重要性が示されました。
研究概要
私たちの脳には、歩行中に脚の重さや環境が変化しても、その誤差を感知して少しずつ動きを修正し、最適なパターンを学習する能力(適応)が備わっています。この学習効果は、重りなどの刺激を外した後もしばらく残ることがあり、これを「残効(aftereffects)」と呼びます。 リハビリテーションの現場では、脳卒中などによる歩行の左右非対称性を改善するために、片脚に重りをつけて歩く手法が用いられます。しかし、どのような「重さ」と「歩行速度」の組み合わせが、脳(中枢神経系)による効果的な運動学習を引き出すのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
畿央大学大学院 健康科学研究科(修了生/現所属:トヨタ記念病院)の本川剛志氏、同大学 ニューロリハビリテーション研究センターの森岡周教授らの研究チームは、健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミルで歩く実験を行いました。実験では、負荷の強度を変えるために「①軽い×速い」「②重い×遅い」「③重い×速い」という3つの条件を設定し、歩幅(ステップ長)の対称性や関節の角度、筋肉の活動パターンがどのように変化するかを詳細に解析しました。
その結果、最も負荷が高い「③重い×速い」条件においてのみ、歩行中に徐々に対称性が改善していく「遅延適応」という学習プロセスが明確に観察されました。さらに、重りを外した後も強い「残効」が現れ、歩幅や膝・股関節の動きに学習効果が定着しやすいことが示されました。 一方、他の2条件(軽い×速い/重い×遅い)では、重りを外した後の「残効」は見られましたが、歩行中の明確な「遅延適応」は生じませんでした。これは、負荷が不十分な場合、脳が積極的に動きを予測して修正する(フィードフォワード制御)までには至らない可能性を示唆しています。また、歩行のリズム(時間的指標)は空間的な動き(歩幅など)とは異なり、学習効果が残りにくいことも明らかになりました。
本研究の新規性は、歩行の左右差を修正するためには、単に重りをつけるだけでなく、「速く歩く」ことを組み合わせた高い強度の負荷設定が、脳の学習機能を最大限に引き出す鍵であることを体系的に示した点にあります。 この知見は、「どの脚に、どれだけの重さをつけ、どのくらいの速さで歩けばよいか」という、効果的なリハビリテーションプログラムを設計するための科学的な根拠となります。今後は、実際に歩行障害を持つ患者さんへの応用が期待されます。
研究内容
歩行中に脚の重さなどの環境が変化すると、私たちはその誤差を感知して動きを修正し、徐々に新しいパターンを学習します(遅延適応)。この学習効果は、環境が元に戻っても一時的に残存すること(後効果)が知られています。本研究では、リハビリテーションへの応用を見据え、「重さ(負荷量)」と「歩行速度」の組み合わせが、この学習プロセスにどのような影響を与えるかを検証することを目的としました。
健常成人15名を対象に、片脚に重りを装着してトレッドミル歩行を行う実験を実施しました(図1)。条件は、負荷(体重の3%または5%)と速度(3.5 km/hまたは5.0 km/h)を組み合わせた「①軽い×速い」「②重い×遅い」「③重い×速い」の3パターンとし、別日にランダムな順序で測定しました。 各条件のプロトコルは、ベースライン(5分)→ 重りありの適応期(10分)→ 重りなしの脱適応期(5分)とし、ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性、下肢屈伸角度、筋活動を計測しました。

図1.実験環境および条件とプロトコルの概略
データ解析では、各時期(ベースライン:BL、適応期:EA/LA、脱適応期:EP/LP)から10歩ずつを抽出し、統計的に比較しました。
実験の結果、最も高強度である「重い×速い」条件においてのみ、ステップ長の対称性と下肢屈伸角度の両方で、明瞭な遅延適応(徐々に対称性が改善する現象)と、強い後効果が確認されました(図2、3)。 一方、「軽い×速い」や「重い×遅い」条件では、ステップ長には後効果が見られましたが、関節角度の変化に顕著な後効果は認められませんでした。また、時間的な指標である「スイング時間の対称性」は、どの条件でも後効果を示しませんでした。

図2.ステップ長(歩幅)とスイング時間(脚を振る時間)の対称性の変化
※各時期の定義 ・BL(Baseline):ベースライン期終盤の10歩 ・EA(Early Adaptation):適応期開始直後の10歩 ・LA(Late Adaptation):適応期終了直前の10歩 ・EP(Early Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)開始直後の10歩 ・LP(Late Post-adaptation):重り除去後(脱適応期)終了直前の10歩

図3.下肢の関節角度(屈伸)における遅延適応と後効果
歩行周期全体を通した関節角度の変化(SPM1D解析)。 上段の**「低重量/高速度」条件では、重り側(摂動側)の振り出し動作において、初期(EA)から後期(LA)にかけて元の動きに戻る遅延適応が見られた(上部赤矢印)。 下段の「高重量/高速度」条件では、重りをつけていない側(非摂動側)において遅延適応**(下部赤矢印)が生じ、重りを外した後には両脚の蹴り出し動作(立脚後半)に強い後効果が出現した(右側赤枠)。これらの結果は、条件によって学習の現れ方が異なることを示している。
これらの結果から、重い負荷と速い歩行の組み合わせは、感覚的な誤差信号と筋肉への出力要求を高め、その場しのぎの修正(フィードバック制御)だけでなく、脳による予測的な制御(フィードフォワード制御)を強く動員させると考えられます。これにより、空間的な運動パターン(歩幅や関節角度)の学習が促進されたと解釈されます。対照的に、時間的なリズム調整は即時的な反応に依存しやすく、学習効果が残りにくい特性があることが示唆されました。 本研究は、歩行のリハビリテーションにおいて、「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」**という処方設計が、再学習の効果を決定づける重要な要素であることを示しています。
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究は、「重さ×速さ」の強度が歩行学習の効果を左右し、特に「高負荷×高速度」条件が空間的パターンの学習を強く促進することを実証しました 。これは、リハビリテーションにおける「どの脚に・どれだけの重さを・どの速さで」という科学的な処方設計の基盤となります 。今後は、脳卒中後の歩行障害に対する安全性を検証しつつ、個々の歩行特性に合わせた負荷設定や、日常歩行への波及効果を含めた臨床ガイドラインの構築を目指します。
論文情報
Motokawa T, Terasawa Y, Nagamori Y, Onishi S, Morioka S.
Effects of unilateral leg weight perturbation intensity on spatiotemporal gait parameter symmetry and lower limb muscle activity: An exploratory laboratory study in healthy adults.
Hum Mov Sci. 2025 Nov 4;104:103426.
問い合わせ先
畿央大学大学院健康科学研究科
修士課程修了生(現所属:トヨタ記念病院) 本川剛志
畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
教授 森岡 周
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.morioka@kio.ac.jp


