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2025.06.03

行為主体感(Sense of Agency)の時間的許容幅は若年成人期に最大となる~ニューロリハビリテーション研究センター

人は自分の行動とその結果を結びつけ、「自分が動かした」「自分が行なった」という感覚――すなわち行為主体感(Sense of Agency: SoA)を日常的に経験しています。このSoAは、実際の動作とその結果の間にどの程度の時間的ズレがあっても「自分の行為の結果」と感じられるかという「時間的許容幅」によって支えられており、この幅が広いほど柔軟で適応的な行動が可能になると考えられます。畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの信迫悟志 准教授と慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の前田貴記 専任講師らの研究チームは、6歳から83歳までの189名を対象に、このSoAの時間的許容幅が生涯発達の中でどのように変化するかを明らかにしました。その結果、若年成人(20〜25歳)において最も時間的許容幅が広がることが示され、この時期がSoAの発達における重要な転換点である可能性が示唆されました。この研究成果は、Cognitive Development誌(Developmental changes in the time window for the explicit sense of agency experienced across the lifespan)に掲載されています。

 

本研究のポイント

■若年成人(20〜25歳)では、SoAの時間的許容幅(PSE)が他の年齢群(学齢期児童、青年期、成人、高齢者)よりも有意に長かった。
■PSEは非線形的な発達パターンを示し、若年成人期にピークを迎える「逆U字型」の軌跡を描くことが示唆された。
■SoA判断の「明確さ」(傾き)は、高齢者群において若年成人よりも有意に低下しており、加齢に伴う判断精度の低下も確認された。

 

研究概要

SoAとは「自分がこの行動を起こし、その結果を生んだ」という主観的な感覚を指し、人の自己認識や運動制御において基盤的な役割を果たします。SoAの発生には、行為と結果の時間的・空間的一致や予測とのズレの有無が重要であり、これまでの研究では発達や老化にともなって変化することが示唆されていましたが、SoAの「時間的許容幅(time window)」の生涯発達的な変化を詳細に検討した研究はありませんでした。本研究では、行為と結果の間に導入された時間遅延に対して「自分が動かした」と感じるかどうかを尋ねるエージェンシー判断課題(agency attribution task)を用いて、SoAの時間的許容幅(PSE)を測定し、各年齢群間で比較しました。

 

研究内容

6歳から83歳までの189名を対象に、SoAの時間的許容幅を測定するためのエージェンシー判断課題(agency attribution task)(図1)を実施しました。この課題では、参加者がビープ音に合わせてボタンを押すと、画面上の四角い図形が一定の遅延時間の後に跳ね上がる視覚刺激が提示され、「自分の操作によって図形が跳ねた」と感じるかを「はい/いいえ」で回答します。遅延時間は0~1000 msまで11段階で設定されており、行為と結果の間に導入された時間的ずれに対する感受性が評価されます。この「自己の行為によって結果が生じた」と感じられる時間の幅(PSE: Point of Subjective Equality)をSoAの時間的許容幅として定量化しました。

 

 

その結果、若年成人(20〜25歳)においてPSEが最も長く、他の年齢群と比較して有意に広い時間的許容幅を示したことが明らかになりました(図2)。また年齢とPSEの関係を非線形回帰モデルで解析した結果、SoAの時間的許容幅は加齢に伴って増加したのち再び短縮し、さらに高齢期にかけて再び緩やかに上昇するという逆U字型の発達パターンを描くことが示されました。この結果から、若年成人期がSoAの柔軟性・適応性の発達における転換点である可能性が示唆されました。

 

 

本研究の臨床的意義および今後の展開

本研究は、SoAの時間的許容幅が発達により変化することを実証的に示した初めての研究であり、特に若年成人期がSoAの柔軟性や適応性の発達において重要な時期である可能性を示しています。この背景には、前頭頭頂ネットワークの神経成熟、自律性の発達、および遂行機能の向上といった要因が関与していると考えられます。今後は、SoAの時間的許容幅と脳の構造的成熟、自律性の発達、実行機能との関係を縦断的に検討し、より包括的な理解を深めていくことが期待されます。また、SoAの障害がみられる発達障害や高齢期の認知症などにおける早期発見・介入指標としての応用可能性も視野に入れた研究展開が望まれます。

 

論文情報

Nobusako S, Takamura Y, Koge K, Osumi M, Maeda T, Morioka S.
Developmental changes in the time window for the explicit sense of agency experienced across the lifespan.
Cognitive Development. 2024 October–December 72, 101503.

 

問い合わせ先

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター
畿央大学大学院健康科学研究科
教授 信迫悟志
Tel: 0745-54-1601
Fax: 0745-54-1600
E-mail: s.nobusako@kio.ac.jp

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